「しわ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: しわとは

2026-05-11

虐待件数DV件数ストーカー件数ADHD件数

こういうのって認知が広がった結果、件数が増えているみたいな統計マジックが起きているんだけど

当然、各担当者しわ寄せが行くわけで

そうなると重症な人が見過ごされる自体に陥ってしまうのでは?と心配だよね

2026-05-09

[]

原神予告番組おもろかったな!

仲良さそうな男性声優2人が漫才トークしてるのは人によっては嫌かもしれんが俺はナギさんの同時視聴みながら楽しませてもらった

6年ごしに足跡PVのスメール副題回収されるのもアツいし番組で判明したように冬夜の戯劇PVの謎だった世界樹炎上シーンも回収されるっぽくてどんだけ綿密に世界観構築してるんだと恐ろしくなるね

てかスメールが好きすぎる、転生したらスメールに住みたいくらいだけどどうやらドットーレの復活絡みでスメールが滅びの危機っぽいな

なんかナヒーダの伝説任務でもアランナラが滅びの記憶映像見せてくれた覚えがあるしそのへんも関係するんだろうか

てか今日きたコレイ誕生日メールの「平和な日々がずっと続くといいな」がフラグしか見えないんよホヨバくん本当に君ってやつは

今さっき来たネフェルの誕生日メールにも「ファデュイ情報がらみで砂漠から不穏な情報が」ってあるしこういうリアルタイム性がエグいわ

キャラに関してはニコの爆発ビジュアル想像以上に美しかったしローエンは想像以上にワイルドだった、一部のMっけあるオタク女子には刺さりそうだな

個人的には小さな魔女イベントロリキャラ大集合が楽しみだ

てかローエンは恒常って予想されてたけど、特に言及いか限定ってことで、読みを外してきたな

べつに毎年恒常追加されるって決まりはないけど、こうなるともしや、次の次verに来ると思われるサンドローネが恒常なのでは?

聖遺物がスネージナヤギミック系の超電導強化だから雷か氷のキャラになる、イネファ的な枠になると思うんだけど

イネファがpaimon.moe統計みても初回登場時ぜんっぜん引かれてなかったんだよね、俺は実装時に確保したけど

ナドクライ環境で必携レベルな性能だったことを後々身に沁みて理解した人が多かったのか、あとナドクライ到着後の家族愛エピソードが良かったのもあってか、復刻時の方が引かれてるという異常事態だったほど

そこで開発的はちょっと考えるところがあったのかもしれない

ver終盤の新地ギミック先取りキャラを恒常で入れておくというのは、新地域への対応力をもったプレイヤーを増やすという意味合理的なやり方にも思える

から個人的には限定よりも恒常追加の方が理想的なんじゃないかと思ってはいるんだよね

どうせサンドローネに思い入れあるプレイヤーが大半だから限定だろうが恒常だろうが回るだろうしね

考えうる最高のパターンだと、サンドローネ恒常で、限定並の性能をもちつつ、実装と同時にすり抜け枠のカスタム機能が追加され、初期5人から8人まで増えてたところが9人から5枠選択するようになるパターン

すり抜けなしのNTEが最近ちょっと話題さらってたが原神がすり抜けなしに変更することはまずないと思うから、「すり抜けを許容できる程度に嬉しいものにする」路線しかないと思うんだよね

特に無主の星屑狙いの人は新恒常追加が嬉しくないものになってるから何かしら手を入れるべき時期だとは思う

 

ちなみにNTEだけどハンターランク35、シティ名声レベル27まで無課金でやってたけど節々の低品質さと作業が多いわりに退屈になってきたのと生成AI利用指摘への対応が不誠実と感じたのが決め手になって俺はさっきアンストした

それ以外にも声優台詞話してる途中でゲーム側がぶった切って来ること結構あったしわりと創作に対するリスペクトが感じられない感じがする、この会社

シナリオは全部やったけどバンドのエピが普通に良かった程度、あとは無感動で台詞言い終わってもページ送りできないモーション待ち?が多発する仕様イライラしてキツかった

まぁ餅ありナナリと、1凸ちぃちゃん餅1凸の強さを満喫できたし、軌道外の全日路線10ステージ目だけ星2だけどあとは星3クリアできたか10日間のプレイ歴にしてはよくやった部類なはず、周期路線の方は3ステージ目くらいまで完クリしてまだやれそうだったけど放置

にしても毎日やったほうがいいことが多すぎて本当にしんどい、先だってやめてるエンフィより時間を奪ってくる後発ゲー特有設計だった

自分が把握してる範囲だけでもデイリー要素が

F1デイリーF2デイリー、噴水、魔女プレゼントウィッシュ絵馬祈願(ゲーム20時~、リアル24hCD)、映画デートコーヒー補充、家具受け取り(コットン、ブロック、虫コイン)、タウン絆交流(遭遇タイム)、ちぃちゃんファンス稼ぎ

ちぃちゃんは上限あるから2週間もやれば終わるだろうけど異象家具レベル上げ素材集めも結構果てしなくて、自販機電気霊、ポップ、妖刀、憂愁の英雄熊の全狩りを毎日した方がいいし、ポスト家具Lvのためにシティスタミナを毎日配達ぜんぶこなすのに使った方がいいしで

競合ゲーをやる時間を失わせて興味をなくさせるために虚無作業を山盛りにされてる感じがする、ホヨバゲー日課コンパクトにしてリアル大事にさせようって意思を感じるのと真逆

レースゲー部分と大強盗はそこそこ面白かったけど全体的にセンスが古くてホラー要素というか突然の衝撃音とかでびっくりさせてくる系のが特にいつもイヤホンプレイしてる自分にとってはゲンナリさせられた

 

AI関連技術ゲーム開発の助力とできる時代になってきて、自分AI全否定ではなくモーションマッチングとかNPC行動AIとか有益活用できる部分はしていったらいいと思うんだけど

他社作品学習した生成AIっぽい画像動画パロディオマージュの体でふんだんに使おうとするのは盛大に解釈違いなんであれよ

今後もAIゲームエンジンの力で、ぱっと見は高画質で見栄えするゲーム、作り込まれて「いるように見える」ゲームに触れる機会は増えていくんだろう

からこそ表面的なものに惑わされず、開発にかかわる人たちがどういう考え方や嗜好をもって創作に向き合ってるのか、内面を嗅ぎ取っていかんと遊ぶ側も身が持たんね

2026-05-06

カグラバ

・次期覇権ジャンルとお伺いして来ました

座頭市おじさんが作者の寵愛をうけすぎている

・オイィィ!話題になってた某色んな意味でのヤバカプ、

思ったより無いじゃねぇかァァァ!

・なんか物語テンポとか構成がサカモトデイズとか呪術っぽくて

今のジャンプ漫画だ…ってなった

・これキャラ多いしわりと

退場する時はする確率高いし

腐女子が喜ぶ「クソデカ感情」があんまりなく

キャラクターのメンタルサッパリしてる(兄除く )から

腐女子がやりにくいか…⁉︎

パッパ信仰派は

なんか「推し感情テンプレ化が進んだ最近

拗らせとはまた違う時代を反映した「そういう」描写って感じで逆に掘り下げようが無いみたいなとこある

・もう腐女子ジャンプに群がる時代は終わったんか…?

・今頃米津玄師が神歌詞かいて作者さんが感激してることろなんや

さて、ここでうまい増田を書こうと思いましたが何も思いつきませんでした

もうしわけありません

2026-04-30

絵を描き始めて分かった。なぜ、絵師は顔ばかり描くのか。服を描くのが面倒だからだ。しわを描くまではいいが、装飾品や影のことを考え始めると頭おかしくなる。

2026-04-27

映画フューリーロード を見た

貞操逆転世界 the Movie。66点。

 

ロシア軍ベテラン爆発物処理班の主人公ISと戦うシリア地雷処理のインストラクターを務めていた。現地の気のいい仲間たちに対して温かくも厳しい態度で訓練を課していたが、ある日現地民の女とイチャイチャしてたところ基地のど真ん中で大爆発が起きほとんどの部下を喪ってしまう。失意の彼はしか現場での地雷撤去が忘れられずロシア政府支援するシリア軍に同行。彼の地雷処理の旅が始まる。

みたいな話。

 

ちなみに、マッドマックス怒りのデスロードの原題とはなんも関係ないです。

それでさぁ、欧米列強連合の末席に位置するJAP LANDSの人間としては設定が草生えすぎて。

敵がIS(イスラム国)←テロ組織しわかる

主人公ロシア軍人←まぁ、ロシア産映画だし。

味方はロシア支援するシリア(アサド政権)政府軍←えぇ……

まぁロシアはもともとアサド政権支持だったかロシアで作られた映画的には何もおかしくはないんだろうけど、こっち側価値観としてはアサド政権 is evilって感じだったか主人公たちが支援する正義シリア政府軍テロ組織反政府組織と戦うぜ!って設定はさすがに草生える貞操逆転世界かよ。

お行儀がよくて”西欧側の”倫理的人類はこの時点でもう見る価値ない映画だなって思うと思う。

なーにがフューリーロードじゃい。お前らロシア道程自体フューリー(憤怒の)・ロード(路)じゃい!ちなみに原題はPalmyra(主人公が目指す都市名前)で、英題はOnce in the Desert(砂漠にて)。実際問題映画の中でフューリーロード要素全くないからこれは配給会社が悪い。

 

で、映画自体の出来はどうだったかって言うと、普通に面白いんだよね。

特にあらすじにも書いた基地の真ん中で爆弾が大爆発するシーンはマジでよくて。遠景での大迫力の爆発シーンから、ド派手に吹き飛ぶ兵士たち、まき散らされた鉄球でトラックが穴だらけになって中の人たちは貫かれて死亡し、飛び散った破片で脚は吹き飛び、吹っ飛んだ兵士戦車の砲塔にぶつかってへし折れ、転がってきた車に兵士が押しつぶされる。この世の地獄じゃ(ノブ)というのをきっちりしっかり見せてくれていてサービス精神満点で非常に良い。

このシーンだけでも見る価値ある。

それ以外にもお仕事映画としても楽しくて、序盤の地雷処理レクチャーシーンもいろんなタイプの起爆装置解説してくれていて知識欲的にも嬉しいし、ちゃんと途中での爆弾解除シーンとそして最後のシーンにも生きてくる。ジャイロ起爆装置強すぎるだろ。地雷以外にもブービートラップから自爆ベストといろんな種類の爆弾を見せてくれて、その処理方法も多岐にわたる。装甲車型のロボットで全部爆発させながら道を確保するとかは、そういうのあるんやなぁって興味深かった。

戦争映画らしくアクションシーンも豊富でよき。

まぁ主人公ジジイがそういうキャラって設定だから飲み込むしかないとしても単独行動しすぎ、命令無視しすぎでそんなわけある?ってのはぬぐえないんだけど、作中でも「地雷処理ってのは常に自分だけしか頼れるものがない作業なんだ」ってのが繰り返し登場するので、まぁ、テーマリンクしてはいるんだろう。実際、やりすぎて任務を解除されるし。つーか、単独自爆テロ犯を制圧するっていうご都合展開自体はこいつも軍人からいいとして、その自爆ベスト勝手に持ってきて危うく爆発するシーンはさすがにアホすぎて。

あとは主人公が妙に執着している現地民の女がいるんだけど、見てるこっちからすれば基地の爆発こいつが犯人やろ!としか思えないので主人公もその疑惑確認するために追いかけてるんだろうと思いきや、現場で拾った彼女携帯家族動画見てニヤニヤしてるし、再会した後に普通にセックスちゃう。お前発情しとっただけなんかい

ここが一番よくわからんかったな。

主人公が国に残してきた娘とすれ違いながらも通話するシーンが結構登場して戦場平和日常の対比がされていて、それ自体別にうまく行ってなかったんだけど、終盤に娘が「こっちには戦争はない」って主人公に語るシーンがあって、今の情勢から見たら笑っちゃうと同時に、4回地雷解体に失敗して指も3本吹っ飛ばされても戦場しか生きられない主人公平和日常享受する一般市民の断絶を感じてちょっとエモかった。

終盤、話は現地で誘拐された主人公の元教え子の救出に移っていくんだけど、最終的に人質交換になり生きて彼の身柄を貰い受けるが自爆ベストを着せられていた。機構的に解除ができないので主人公がそのベストを預かり、教え子を逃がし爆死する。そして、そんな目にあっても教え子は再び地雷処理のために現地に戻る。主人公の別名「already(すでに爆発している)」を継いで、というのも戦場しか生きられない地雷爆破中毒者の連鎖と、そんな目にあっても正義のために戦う人たちがいるというプロパガンダの両方をうまく兼ねていて意外に脚本も頑張っていた。まぁ主人公ガバを取り返せるほどでもないけど。

あと、ズイーンって効果音と共に高速ズームバックして基地遺跡戦場の全景を移す演出が8回くらい登場して笑っちゃうお気に入りなんやろなぁ。

 

まぁそんな感じかな。

ロシア支援するシリア政府軍かい西欧倫理観的にバカアウトな部分をとりあえず見ないものとすれば普通に楽しい戦争アクション映画だった。完全に個人的に惜しい点があるとすれば俺がハート・ロッカーを見てないか見ても一ミリも覚えてないので、地雷処理のプロ戦場に心を残してしまった作品としての到達度の比較ができないところくらいかな。でもたぶん、あっちは監督の趣向からしてもエンタメアクションとかじゃないと思うから前前別物だと思う、知らんけど。

そんなわけであん倫理観がなくて面白い戦争アクション映画を見たい人には普通にオススメ

2026-04-23

仕事が続かないのは、能力じゃなくて“練習不足”かもしれない

仕事が続かない人は甘えている」とか、「最近の若者打たれ弱い」とか、そういう話を見るたびに、少しだけ違和感があった。

本当にそれだけなんだろうか、と。

児童養護施設で育つ子どもたちのことを知って、その違和感の正体が少しわかった気がした。

施設の子どもたちは、高校卒業したらそのまま社会に出るケースが多い。

大学進学する人もいるけど、全体で見れば多くはない。

ここまでは、なんとなく想像できる話だと思う。

でも、その先が自分想像全然違った。

「助けて」と言う練習をしていないまま大人になる人がいる、ということ。

人に頼るとか、困ったとき相談するとか、

そういうことって、普通は家庭の中でなんとなく身についていくものだと思う。

親に愚痴を言ったり、怒られたり、慰められたり。

そういうやり取りの中で、「こういうときはこう言えばいいんだ」と覚えていく。

でも、その環境がなかったらどうなるか。

困っても言えない。

しんどくても言えない。

どう言えばいいのか分からいから。

結果として、職場孤立する。

無理をする。

限界が来て辞める。

から見ると「続かなかった人」になる。

でもそれって、本当にその人の問題なんだろうか。

練習してないことができない」のは当たり前だと思う。

自分は、これまで何度も人に頼ってきた。

うまく言えなくても、なんとなく察してもらえたこともある。

ももし、それを一度もやったことがなかったら。

そもそも「頼る」という選択肢を知らなかったら。

たぶん、同じようには生きられていない。

そういう子どもたちに対して、

コミュニケーション練習の場をつくっている団体があると知った。

https://congrant.com/project/jam-network/21809

「ことばキャンプ」という取り組みで、

自分気持ち言葉にすることや、人とやり取りすることを、

安全環境で少しずつ練習できるらしい。

正直、これを知るまで、コミュニケーションって「性格」とか「センス」の問題だと思っていた。

でも違った。

環境で、かなり左右される。

そして環境は、あとからでも用意できる。

寄付をするかどうかは人それぞれだと思う。

でも、「できない人」と見えている誰かが、本当は「教わらなかっただけ」かもしれない、ということは、もう少し広く知られてもいい気がした。

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-22

anond:20260422161001

いや普通に歳とるだろ

アバターは変わらなくても年々声がしわがれていくしネタが繰り返しになってくるぞ

dorawii@新刊発売(予定)

病院で男が陰部を診察される場合、むいてくださいと言われたときにもし自身が仮性であることやそもそも「内部に亀頭を持ったようなむくことができるもの」という構造を知らなかった場合はどういう反応をすると考えるのが自然なのだろうか?

「え、むくってどういうことですか?」か?「へそと同じように一見穴があるように見えても実際はしわとして広げられるだけじゃないんですか?」とまで言うのはもうお前知ってるだろって感じの不自然台詞か。

dorawiiより


-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE-----
Hash: SHA512

https://anond.hatelabo.jp/20260422163700# 
-----BEGIN PGP SIGNATURE-----

iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaeh6lQAKCRBwMdsubs4+
SCBfAP0WqiNUHh7C9iRRULHTN8O8TyPDl7fzo04V44CQTA3DGgEAlsfRx8Q43A6L
xp5cziR5gISAagr8ryDupgcUSmXgvwI=
=Do4W
-----END PGP SIGNATURE-----

anond:20260421230350

逆だろ

年を取れば取るほど「若作りしてる」「じじくさい」と、セオリーから外れるとあれこれ言われる

年寄りしわもシミもあるから、なにもしないと汚く見えるんだよ

若いうちは適当でも小ぎれいに見えるけど、年寄りが小ぎれいに見せるためには色々する必要がある

anond:20260421150528

書いていることは服装に関してだけだけど、言いたいことは少しわかる。

清潔感必要性って二つあって、①人として不快さがない(知人、友達仕事仲間として最低ライン)②素敵だなと思ってもらえる(恋愛的に刺さるプラスアルファの要素)だと思う。「実際に維持するための努力をしているかどうか」という事実大事だけど、誰かに刺さる清潔感演出するには「維持するための努力をしていそうなのが感じられる見た目を作り上げることができるかどうか」なんじゃないかな。そりゃ社会で誰かと関わることを考えたら実際に清潔にしていることも含めてマナーだけど、②も含めて目指しているのならお風呂入って洗濯するという生活を回しているだけの行為じゃ「演出」が全然足りないと思う。

嘘ばっかりつくAIに「テキトーな事ばっかり言うな!!お前責任取れんのか!!!!」ってキレたら

「申しわけございませんこれからはお前を混乱させないように発言には気を付けます

「お前って誰にいうとんじゃボケ!!」って漫才みたいになった

2026-04-21

anond:20260421163746

これからいっぱい笑いな

年取った顔ってのは表情筋が衰えた顔なんだよ

喜怒哀楽しっかり出していけば、顔なんて若返る(しわは気にするな)

2026-04-19

戦争反対と訴える人達に思うこと

反戦はお花畑?なぜ平和の声は伝わりにくいのか トランプ氏ら為政者の「平和悪用」の現実 平和の“曖昧さ”と戦争の“単純化”の危うさ【サンデーモーニング風をよむ

https://news.yahoo.co.jp/articles/d813da1fbdd7b9c079e3e09f96d1065867cd754f/comments

戦争反対について私の心の中には、どうしても拭いきれない矛盾を感じる。

ニュースでは、イスラエルアメリカ攻撃による惨状が報じられ、それに対して「戦争反対」の声が上がる。でも、そもそもこの危機の原因を辿れば、イラン核兵器を持とうとしている、という現実に行き着くのではないだろうか?

戦争反対」と叫んでいる人たちは、イランが核を持つことには賛成なのだろうか? 今までイランの核開発に提言せずに戦争になったら反対というのは都合よすぎないか

(都合の良い立場を切り取って良い事言ってるでしょ的な、そういうところが腹立つ)

もし、「戦争ダメだけど、核開発は止める手段がないか放置するしかない」という立場なのだとしたら、それは巡り巡って、将来もっと悲惨な、取り返しのつかない大戦争が起きることを許容しているのと同じではないか

だとすれば、「今の平和」を叫ぶことは、結果的に「未来地獄」に賛成していることにならないだろうか。

SNS平和を訴える人たちに対して、「お花畑だ」という批判が飛ぶことがある。

今の状況を見ていると、その批判が出てくる理由も少しわかる気がする。

平和がいいなんて、誰だってわかっている。

でも、私たちが向き合わなきゃいけないのは、「どうすれば核の脅威を止められるのか」「どうすれば将来の犠牲を最小限にできるのか」という、綺麗事だけでは済まない泥臭い現実なんだよ。

具体的な解決策を持たずに、ただ抽象的な「平和」という言葉だけを並べるのは、ただの自己満足に見えてしまう。あるいは、現実から目を逸らしているだけではないのか。

戦争か、平和か」という二択で語るから話がおかしくなる。

「核を持たれた後の100万人の死」と、「核を止めようとする今の戦いでの死」を天秤にかけなければならないとしたら? どちらを選んでも地獄だ。でも、その地獄から目を逸らさずに考えることこそが、本当に平和を願うということではないだろうか。

可愛いイラストやNo Warというスローガンの裏側にある、この重たくて不都合矛盾

それを無視したまま語られる平和には、どうしても違和感を感じずにはいられない。

複雑な問題を、複雑なまま受け止めること。

安易正義に逃げないこと。

今、私が大切にしたいのは、そんな割り切れなさの中に留まり続けることだと思っている。

女さん「夫が私のハンカチしわくちゃで干してた!信じられない!これで時短とかよく言うよ!」

ぼく「なにも事前共有なしで結果だけ見て断罪するとか、そういうとこやぞ」

2026-04-16

anond:20260416201820

バカとまではおもわんしわざわざ他人の主張を罵倒する趣味もないのでバカゆうやつがバカやろとはおもっている

ドメインって30年後も使われてそうだよね

今の若者おすすめなのが、ドメインを取ること。

維持費もそんなにかからないし、ドメインを取る過程ネットの仕組みも少しわかる。

ネット土地持ってるんやで」と言えるし。

30年後にもドメインは使われていると思うから、今のうちに好きなドメインを取っておくのがおすすめ

月の土地を買うのもアリ。

2026-04-15

anond:20260415184124

僕は超弦理論について考え、酷く虚しい気持ちになった

やれやれ

僕はハムレタスチーズを買い、自宅に戻り

パスタをゆでた

やれやれ

超弦理論とは何だろう?よくわからない

正確に言えばわかるとも言えるしわからないとも言える

そして彼女パスタを食べて、セックスした

2026-04-14

セイセイエアー

今のところ持続可能性のある生成AIの使い方って自分能力拡張として使う感じで、体感2〜3倍って感じがする。

10倍とか100倍みたいな使い方もできるけどそれって短期的にはたしかにそうだと思うけど、中長期的に後ろにしわ寄せしてる感じで。

まぁでもべつにそれは生成AIない時代でもそういうやり方は出来たから、その負債前借りして一気にっていう戦術は増えたしスピードもアップしたと思う。

なんにせよ前借りしてるのに借金ないですよみたいな顔をするのはちょっと違うと思う。あるいは本人もそれに気づいていないのか。

2026-04-09

新卒年収1400万円の衝撃、壊れる年功序列…中堅にしわ寄せ「私の給料が減って新卒~3年目の給料が大幅に上がりました!え??」

“ 大妻女子大教授鶴光太郎(65)は「年功型は生活保障役割果たしてきた一方、企業にとっては中高年が重荷になりやすい。若年層に手厚く配分する動きは続く」とみる”


三井住友銀行は今年1月、年功序列運用廃止した。人事部副部長北山剛(45)は「選び、選ばれる関係を目指す」と強調する。「もたれ合い」から役割と成果に応じた管理への進化だ”

https://news.yahoo.co.jp/articles/51fe1ed53f21edb015c7cc9b5ac826efa7e7a9aa

2026-04-06

だいぶ前に、子供私立中学に入れるべきかとの日記コメントを読んで、思うこと。マイケル・サンデルが本に書いている通り、アメリカメリトクラシー社会日本でいう東大に入れば収入の桁もコネも違うから、生育環境でその後の人生人為ブーストがかかる。日本場合東大出ても研究やってる人もいて、平均すれば収入格差は平均的大学のせいぜい2、3倍程度なんじゃないかな。それで、今の社会環境から大きく変わらないと仮定した場合、むしろ、どんな会社どんな上司に初めに当たるかの運の要素が大きいと思う。やり直しが難しい社会から。そこで考えるべきなのは、くじ運が悪かったときリカバリープランを用意できるか。資格なり技術なり才能なり、バックアップ手段をどのように確保させるかが大事なんであって、それを確実にできるなら公立私立問わないし、それがないなら私立行かせてどのくらいメリットがあるのかは、何をバックアップと考えるかによる。

元増田がなにを考慮決断したのかわからないが、リスクヘッジ視点がないようだったのが、いかにも日本あるいははてなだな、と思う。また、もし社会が変化すると思うなら、そのように考えてはじめから話をしないといけない。その意見表明なしにいわば相談を丸投げした、という事実工学系の自分には理解できない。フェルミ推定とは異なるが、問題にする能力は大きな括りでは同じだと思う。悪口に聞こえたら申しわけない。

2026-04-03

anond:20260401232310

子どもが出来たら終わらせようと思っていた女、子供が出来た後や関係がうまくいかなくなった後に利用しようとして来ない男。

どちらもギリギリラインで甘美な時を過ごせたので不倫の中ではかなりマシな方だと思う。

しか増田はきちんと現実を受け入れている。書きたいだけ書いたらいいよ。壁打ちで少しわかる事があると思う。

2026-03-31

anond:20260330063203

49日目 7週間生きた。身体は怠いが朝はまだ動ける。体重はこの2週間ほど減らなくなったが体感は軽くなった。

仕事が年度末月末で増えていて身の回りの整理改善体重と同じで停滞。

職場には少しわがままを言って締め切りを伸ばしてもらい、仕事を定時であがってまだ明るい中を歩いているとアパートの近くのお寺の桜が見事に満開。立ち止まって見とれていると

通りかかったおばあさんが「まあことしも綺麗にさきましたねーこれからいろんな花であふれる季節ですよ」とおっしゃるので

「そうですねぇ」とあいずちを打った。おばあさんが本堂に向かって南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱えている横で、

自分南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱えた。空は黄昏前のオレンジ色に輝いていて、暖かい芽吹きの南風が吹いていて

道行く人達がみんな穏やかだ。こういう瞬間はとてもありがたい。

2026-03-29

anond:20260329130239

あの……皮肉で言ったつもりなんですが……あのですね? 帰化人出自を隠して政治家やって日本の政治を乗っ取ってるというのが本当だとしたら、今の戸籍ってそういうのの防止になんの役にも立ってないことの証左になるし、逆に戸籍がうまく機能してるってんなら外国人が〜みたいなのって自己矛盾妄言であることを皮肉ってるんですがわかりづらかったですか? なんかすいません…次回からもう少しわかりやすく書きます

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん