【WORLD VIEW】(91) AIとビートルズの幸せな関係
数多くの世界的音楽家を輩出したドイツには、“ドイツ3大B”という言葉がある。バッハ、ベートーベン、ブラームスの頭文字を取ったものだ。だが、ドイツ北部の港湾都市ハンブルクに行くと、よく市民はこう話す。「いや、4大Bだ。ビートルズを忘れちゃ困る」。勿論、ビートルズはイギリスが生んだ世界的ロックバンドだ。だが、無名だった1960年代前半、彼らは西ドイツ時代のハンブルクのライブハウスで演奏し、日銭を稼いでいた下積み時代がある。ハンブルク市民には「ビートルズを育てたのは自分達だ」という誇りがあるのだ。人口約190万人のハンブルクは、首都ベルリンに次ぐドイツ第二の都市。中世には北海・バルト海貿易を支配した『ハンザ同盟』の都市として栄え、その後は船乗り達が遊ぶ歓楽街も発展した。ビートルズが“青春”していた1960年代も、歓楽街は世界各国の船員、売れないミュージシャン、地元の不良グループらで毎晩大騒ぎだったらしい。ビートルズのメンバーは未だ後の4人に固定されていなかったが、彼らが回想録等で振り返る当時の思い出は実に楽しげだ。「僕はリバプールで生まれた。でも、育ったのはハンブルクだ」(※ジョン・レノン、1980年死去)、「今思えば、ハンブルク時代がビートルズのベストに近かった。贅沢はできず、服も買えなかったが、未だ無名だったので、有名になった後に経験する悩みもなかった」(※ジョージ・ハリスン、2001年死去)。ポール・マッカートニーさん(81)が当時通っていたバー『グレーテル&アルフォンス』は、後にファンの聖地となった。私も2011~2015年のベルリン特派員時代、この店で何回か飲んだことがある。店で働いていた女性は、「今もファンがよく来ます。特にイギリス人は嬉しそう。でも私達は、ビートルズは“ドイツ製”だと思っています」と笑っていた。
貧しかったポールさんは酒代を払えず、よくツケで飲ませてもらっていたという。その後、ビートルズは20世紀を代表する世界的スターとなった。時は流れ、メンバー4人のうち2人が世を去った。そして昨年11月、ビートルズは久々に新曲を発表した。タイトルは『Now And Then』。1970年代に録音された未発表の音源から、AIを使った最新のデジタル技術でジョン・レノンの歌声を抽出して完成させたという。発売の際に発表した声明で、ポールさんは「紛れもなく澄み切ったジョンの声がそこにありました。それに合わせて私達が演奏する。本物のビートルズのレコーディングでした」と語った。リンゴ・スターさん(83)も、「まるでジョンがそこにいるようでした」と述べた。そして新曲は、昨年11月10日付の全英シングルチャートで首位を飾った。ビートルズの1位は、1969年の『ジョンとヨーコのバラード』以来、54年ぶりの快挙だったという。イギリスメディアによると、実は1990年代にも作品化を目指した時期があった。だが、当時は亡きジョン・レノンの歌声をクリアに収録することができず、発売を断念していた。こうした経緯を振り返れば、遂に新曲がリリースされた昨年11月2日という日は、進化し続けるAIの恩恵を世界の音楽ファンが感じた日だったのかもしれない。だが、ビートルズを生んだイギリスでは、実は皮肉なことが同時進行で起きていた。丁度この日、ロンドン郊外のブレッチリーではAIの規制を考える国際会議『AI安全サミット』が開かれていたのだ。「AIを使い、化学兵器となり得る有毒物質の設計が可能との論文が、既に発表されています。未来の話ではありません。現在のAIで簡単にできてしまうのです」。これはサミット前の10月下旬、AI研究の巨匠と呼ばれるモントリオール大学のヨシュア・ベンジオ教授が発した警告の言葉だ。
市民はどう思っているのか。新曲発表後、ビートルズの故郷であるリバプールを訪れた。「新曲にAIが関係していると知った時点で興味をなくしました。やはり生の声がいい。あまり聴く気になれません」(元自営業の59歳の男性)と厳しい声もあれば、「ゼロから声を作ったわけではなく、元々あった音源をAIで整えただけ。問題ないと思います。寧ろこれからの時代は、AIを使う曲作りが普通になる筈です」(ウーバー運転手の34歳の男性)と肯定的な意見もあった。『リバプールビートルズ博物館』ゼネラルマネージャーのポール・パリー氏は、「発売前には一部のファンから『本物のビートルズではない』と否定的な反応もありました。しかし、自分の耳で実際に聴くと、不満は消えていったようです」と話す。哀愁を感じさせる曲調も、往年のファンの心に響いているという。AIには光と影があるが、揺れるファン心理はまさにAI時代ならではの思いだろう。こうしてメンバーが世を去った後も、AIを使って新曲が作られ、世界中のファンに聴かれ続ける。歓楽街の片隅で演奏し、酒代すら払えなかった若き日々、彼らはそんな未来が来ることを予想していただろうか。その未来は今、呆気なくやってきた。さて、ポールさんの名誉の為に後日談を。ポールさんは1989年、久々にハンブルクのこの店を訪れ、当時のツケを一気に“出世払い”した。私が2012年にこの店を訪れた時、カウンター脇の壁にはポールさんの直筆の紙があり、こう書かれていた。“Paid in full!(完済しました)”。 (ロンドン支局長 篠田航一)
2024年1月7日付掲載
テーマ : The Beatles(ビートルズ)
ジャンル : 音楽