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【WEEKEND PLUS】(567) 話せなくても表現できる…自閉症の高校生・内田博仁さん、考えや思いはキーボードで
タブレット端末を覗き込むようにして、慎重に文字を打ち込んでいく。時折、体を前後に揺らし、大声を上げるが、画面のキーボードで意図した文字を探す瞳は輝いて見える。
神奈川県立あおば支援学校高等部1年の内田博仁さん(16、左画像)は重度の自閉症の為、言葉を口にすることができない。その為、幼少から文字を打つ訓練を重ね、今ではタブレットを使って意思表示できるようになった。更に文章を書くのが好きで、小学生になってからは作文コンクールへの応募を重ね、これまで10以上もの受賞歴がある。
記者(※横見)が初めて博仁さんに会ったのは6月。自宅を訪れると、父の博道さん(53)と母の敦子さん(53)が笑顔で迎えてくれた。一人っ子の博仁さんは居間のソファーに座り、じっと記者を見つめていた。知らない人に会うとパニックになることもあるというが、そこまでの様子はなかった。両親への取材中は落ち着かないのか、動き回って時々大きな声を出していた。
その後、日課という文字の打ち込みや表現力を鍛えるトレーニングの様子を見せてもらった。「博ちゃん。漢詩をやるよ」。敦子さんはそう言って、漢詩の音読を始めた。『麗人行』。律詩を完成させ、中国で“詩聖”と称される杜甫の作だ。
博仁さんは体が動いて文字を目で追えない為、敦子さんが代わりに読む。それを聞いた博仁さんは1文字ずつ丁寧にローマ字入力し、漢字に変換する。入力の際は集中力が高まっているせいか、体の揺れが抑えられる。補助は必要ない。更に、漢詩の内容について想像力を働かせ、感想も綴る。これが作文の格好の訓練になっているという。
9月下旬、記者は再び博仁さんの自宅を訪れた。博道さんと敦子さんと共にテーブルを囲むと、博仁さんもリラックスした様子で加わってくれた。前回は初対面だった為、長時間の取材は控えていた。
博仁さんに自身の自閉症について尋ねると、「伝わらない苦しみは想像を超えている。閉じ込められた世界にいる感覚で生きてきた」と答えた。「今は前向きに捉えられるようになった」といい、こう続けた。「僕はこうやって表現できるようになったが、何かしらの方法が他の人にもあるのではないだろうか」。
息子は同い年の子と違っているのではないか――。夫婦がそう感じ始めたのは、博仁さんが2歳に近づいた頃だった。それまで博仁さんは、声を出したり指を差すしたりして何かを訴えることがなかった。発語がないまま迎えた1歳10ヵ月の健診。インターネットの検索等で自閉症の可能性を疑っていた敦子さんは、思い切って医師に相談した。
「この子は自閉症でしょうか? 話せるようになるんでしょうか?」。医師は「正式な診断は3歳の健診時になるが、この子は――」。言葉を濁しながら、重度の知的障害を伴う自閉症の疑いを強く示唆した。頭が真っ白になったという敦子さん。ショックで涙が止まらなかった。発達障害等を抱える子供達を支援する療育施設に通い始めたが、夫婦は絶望的になっていた。「博ちゃんをどのように育てればよいのか」。
博仁さんが2歳半の時だ。敦子さんが絵本の読み聞かせをしていた時(※右下画像、家族提供)に大きな変化があった。絵本はパトカーや消防車等のサイレン音が鳴るもので、其々のイラストのボタンを押して答える教材だ。「何の音かな?」。パトカーのサイレンの音を鳴らすと、博仁さんは敦子さんの腕を掴み、パトカーの絵のボタンを敦子さんの指で押した。
敦子さんはハッと気づいた。「この子、わかっている」。別の車で何度も試して確信した。「博ちゃんは物事を理解している」。博仁さんは当時をこう振り返る。「『僕は何もわかっていないわけではない』と母に伝えたくて機会を窺っていた。『今こそチャンスだ!』と思った。母の手をがしっと掴み、サイレンの音の後にパトカーのボタンを母の指を使って押した。『正解!』と音が鳴り響いた」。
当時は自身の指や体を上手くコントロールできなかった為、敦子さんの指を手に取り、答えを示したという。敦子さんからその様子を聞いた博道さんは「信じられない、という気持ちだった」。療育施設では、カードの色合わせや教育用玩具の穴にボールを入れる等の単純な訓練の繰り返し。高度な教育を施す必要はないと考えられていた。博道さんと敦子さんは、こう決意した。「博ちゃんが自分の思いや考えを表現できる方法を見つける」。
【アニメは今】(04) 識者に聞く
■「自分達の強み、言語化を」 氷川竜介さん(アニメ・特撮研究家)
アニメは漫画に比べ、言語の壁を越え易く、浸透力が強い。日本の漫画は欧米と違い、右ページから左ページに進み、コマとコマの間の省略もあり、読み方がわからない人も多い。アニメのキャラクターのセリフは、実写映画の俳優が発するのに比べ“くさく”聞こえず、心に染み入ってくるような力がある。大人と子供の中間で悩みを抱える中高生や、不安定な人にも刺さり易い。
人気アニメ『【推しの子】』のオープニング主題歌である『YOASOBI』の『アイドル』が、アメリカのビルボード『Global Exci.U.S.』で日本語楽曲として初めて首位となったように、アニメと音楽の組み合わせは今、世界の若者の共通言語となっている。
嘗てと違い、ライト層とも言うべき、そこまで思い入れの強くない多くの人達がアニメを見るようになってきている。インターネット配信で多様な作品が見られるようになり、コロナ禍の巣ごもり中に非常に多くの人が魅力に気づいた。読者の声が反映されたインターネット小説がアニメ化される例も増えてきている。
少し不安なのは、描く手間を増やし、高品質を追求することこそ日本アニメだという風潮だ。面白さはそこではないと思う。そればかりでは10年、20年先に他国に模倣されてしまい、半導体等が歩んだ道と同じことになりかねない。海外から認められて喜ぶだけではなく、自分達が作っているものの何が凄いかを言語化・体系化し、自画像として持つ必要がある。
“誰も見たことのないアニメを作ろう”というパワーを持ったチャレンジャーが常にいるのが、日本アニメの良いところだ。『ルックバック』・『きみの色』・『逃げ上手の若君』等、表現や内容が進化している作品が次々と出ている。細田守監督や新海誠監督は、アニメの可能性にある種の自信と確信を持ち、描く感情や届けるメッセージを1作毎に更新しようとしている。
商売が先に立っている拡大路線の業界人もいるが、アニメ作家達が世の中に挑戦して積み重ねてきた歴史を自覚している人達もいる。アニメ業界にはまだまだ潜在能力がある。
■「作品の本数多く、才能分散」 押山清高さん(アニメーション監督)
少人数で制作した『ルックバック』は、原画の線を直接画面に出す等、一般の商業アニメとの差別化を意識した。いわゆる“日本のアニメ会社が作った作品”には見えない映像を目指した。ヒットはその部分が評価されたこともあるかと思う。
日本では少し拘った作品づくりに向き合える環境ができつつある。手描きによる2Dアニメは、映像表現の世界で一番勢いがあるようにも感じる。全体としては制作予算も増えてきており、一般的に予算の低いテレビシリーズですら、劇場版と遜色ない制作環境が用意できるものもある。
ただ、収益が凄く上がった会社もあるが、そうでない会社も多く、差が広がった印象がある。業界全体としては相変わらず忙しいし、基本的にはあまり贅沢できていない。作品の本数は多く、あまり増えていない才能あるクリエイターが多くの作品に分散している。彼らがプライドを持ってギリギリのところで頑張り、作品の質を維持している状況だ。
その状況は、自分で自分の首を絞めることにも繋がる。「好きなアニメ作りに携われるから」と安い額で仕事を引き受ける人は、やり甲斐を搾取されてしまう。作り手側にも罪がある。技量のある人は強気で交渉すべきだ。
今は絵が描けるなら子供でも使いたいほどの人手不足。教えている余裕はなく、有力な会社にしか若手を育てる余力はない。若手は使い捨てにならないように少しでも腕前を上げ、安い仕事を突っぱねられるようになるべきだ。幸い、今はインターネットで、世界中のクリエイターの仕事を見て独学で上手くなれる。それでもつらいと思ったら、業界を離れることだって考えたほうがいい。
今後、生成AI等の進展で、制作時間の短縮や質の向上が見込まれる。究極的には人間が作る必要すらなくなるかもしれない。どこまでAIに任せるか、考えなければならなくなる局面がくるだろう。自分も制作中、誰かに任せたくなる部分は多い。だが、絵を描くことで承認欲求が満たされ、ストーリーが人に届くことに面白さを感じているので、描き続けたい。
【アニメは今】(03) 原画等保存、専門的に
先月19日、文化庁の有識者会議で、『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ等を手掛けたアニメ・実写監督の庵野秀明さん(64)は、アニメーターになろうと決めたきっかけが、安彦良和さん(76)ら偉大な先人による原画を直に見たことだったと明かした。「凄い原画にはそれぐらいのインパクトがある」と、保存の重要性を訴えた。
アニメの制作過程では、原画や動画等が、テレビの30分番組でも数千枚単位で生まれる。多くは作品完成後、廃棄されてきた。一方で、原画を転写して色を着けたセル画等はコレクション対象として売買され、近年は時に1枚数百万円の値段がつく。だが、アニメ・特撮研究家の氷川竜介さん(66)は、「制作過程や演出意図を知るには、絵コンテや背景等がカット毎に一纏めに揃わないと価値がない」と話す。
庵野さんや氷川さんらは、貴重な資料の散逸を防ぎ、アニメや特撮文化を継承しようと、『アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)』を2017年に設立し、アニメ関係では3万点近くの原画やセル画等を保存している。事務局長の三好寛さん(54)は、「ファンがセル画等を手元に置きたい気持ちはわかるが、買った人しか見られないならば残念だ」と語る。
セル画用絵の具等を販売する『六方』の高橋俊成社長(30)によると、売買されているセル画等の多くは出所が不透明だ。権利処理されていないものが流通したり、偽作がつくられたりしており、「販売した絵の具が偽作づくりに使われたケースもあった」と語る。適切な収集・保存には、価値や真贋を見極める専門知識が必要だ。
ATAC等民間機関だけでは、資金力等に不安がある。この為、国は収集・保存や情報発信、専門の人材育成等の拠点となるメディア芸術ナショナルセンター(※仮称)の整備に向け動いている。アニメ映画約3000本を保存する国立映画アーカイブも来年度、デジタル化等を担うアニメ映画担当研究員3人の配置を目指す。
保存や人材育成には長期的な取り組みが不可欠だ。だが、日本では2009年、国によるアニメ等の保存・発信拠点の整備計画が、“予算の無駄”とされて中止になった過去もある。一方で、中国等ではアニメや漫画の収蔵や研究等を行なう施設が続々とできている。
明治大学の森川嘉一郎准教授(※現代日本文化)は、「国民の広範な理解が重要だ」と強調する。「現代のアニメは、100年を超える蓄積の上に成り立っており、一朝一夕にはできない。新センターでは、その歴史的価値を感じ取れるようにすることが、原画等の保存機能を維持する為にも重要だ」と話す。
2024年10月9日付掲載