【第二次トランプ政権に備えよ!】(06) 「化石燃料を掘りまくれ!」
アメリカで共和党のドナルド・トランプ前大統領の返り咲きが決まり、ジョー・バイデン政権が推し進めた連邦レベルでの気候変動政策は一変する。選挙戦で掲げた公約の一部は、来年1月の就任初日から大統領令を通じて実行に移し始めることになる。第二次トランプ政権は、アメリカ国内外の脱炭素の取り組みに何をもたらすのか。
「我々は世界のどの国よりも多くの“金の液体”を持っている。サウジアラビアよりも、ロシアよりも多い」――。トランプ氏は今月6日未明の勝利演説で、インフレ対策として化石燃料の掘削を支援する姿勢を改めて強調した。トランプ氏は選挙戦で“掘って、掘って、掘りまくれ”をスローガンに掲げ、石油・ガスの更なる増産を通してエネルギー価格の大幅引き下げを実現すると主張してきた。アメリカの石油・天然ガス生産量は足元でも過去最高水準にある。
就任後、直ちにパイプラインの承認や連邦所有地での掘削許可等を簡素化する手続きを進め、生産拡大を後押しするとみられる。バイデン政権は今年1月から、気候変動に与える影響を分析する為として、液化天然ガス(※LNG)の新たな輸出許可を一時凍結しているが、トランプ氏はこの措置も撤廃する意向だ。
脱炭素社会の象徴である電気自動車(※EV)も標的となる。「政権の発足初日、馬鹿げたEV義務化は廃止する。グリーン詐欺は終わりだ」。トランプ氏は選挙中の演説でそう繰り返してきた。実際には、アメリカにEV義務化の政策は存在しない。トランプ氏が指すのは、「2030年までに新車の販売台数の50%以上をEVを含むゼロエミッション車とする」というバイデン政権の目標と、それを達成する為の自動車の排出ガス基準とみられる。
トランプ氏は、バイデン政権が2022年に成立させたインフレ抑制法(※IRA)に盛り込まれたEV購入者に対する税優遇の見直しも主張する。実現すれば、アメリカのEV市場の成長鈍化の傾向を更に下押しする要因となりそうだ。
トランプ氏の選挙戦を支えたEV大手『テスラ』のイーロン・マスクCEOの存在もカギになる。マスク氏はEV推進の恩恵を受ける立場でありながら、あらゆる政府補助金への反対を公言してきた。アメリカメディアには、「条件付きのEV減税が縮小すれば、テスラが競争上優位に立つ」との見方がある。
アメリカ史上最大の気候変動対策を謳うIRAは、EV以外にも広範な脱炭素技術の製造や導入を、税控除等を通じて後押ししてきた。ただ、IRAに絡んだ投資や新規雇用は共和党が優勢の地域に偏在している実態があり、全面的な廃止には党内にも抵抗感が強い。トランプ氏を支持する石油・ガス業界からも、二酸化炭素(※CO2)の回収・貯留(※CCS)技術への支援の継続を求める声が上がっている。
環境シンクタンク『世界資源研究所(WRI)』でアメリカ担当のディレクターを務めるダン・ラショフ氏は、「トランプ氏であっても、この4年で急速に加速したクリーンエネルギーへの移行に終止符を打つことはできないだろう。手厚い優遇措置を撤廃しようとすれば、超党派の反対に直面することになる」と指摘する。
外交面では、地球温暖化対策の国際枠組み『パリ協定』からの再離脱が見込まれる。2030年までに温室効果ガスの排出量を50~52%削減(※2005年比)し、2050年までに排出実質ゼロを目指すパリ協定に沿った現状の国内目標も反故にするとみられる。
トランプ氏は、「パリ協定は我が国に雇用喪失や産業力低下をもたらし、中国等に有利になる」との主張を崩していない。最初に大統領に就任した2017年に離脱を表明、途上国の気候変動対策を支援する国連の基金への拠出も停止した。
アメリカメディアによると、今回、トランプ氏の周辺は、将来のパリ協定復帰を妨げる為、母体である国連の気候変動枠組み条約からの脱退を模索しているとされる。条約再加盟には議会の承認が必要で、政権交代が起きた場合でも復帰のハードルは上がる。
アメリカの気候変動政策に詳しい『電力中央研究所』の上野貴弘上席研究員は、「アメリカの将来の復帰に対して不確実性が残っていると求心力が失われて、国際協調にも影を落とす可能性がある。アメリカは(排出量1位の)中国と対峙してきた面もあり、その重しが抜けてしまう影響は大きい」と話す。
今月11日には、旧ソビエト連邦のアゼルバイジャンで『国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)』が開幕した。途上国の地球温暖化対策の為の資金調達が最重要議題で、中国や中東の産油国等資金力のある新興国を資金のドナー側に引き込めるかも争点の一つとなっている。COP29には現在のバイデン政権の代表団が参加するが、日本政府の交渉関係者は「アメリカが会議をリードできなくなり、資金を巡る交渉でドナーに新興国を巻き込むのは容易ではないだろう」と話す。
第一次トランプ政権時には、アメリカ国内の州・地方政府や企業が再生可能エネルギーの導入推進等の取り組みを独自に加速させた。パリ協定に沿った気候対策の継続を誓約する『ウィー・アー・スティル・イン(我々は未だパリ協定にとどまっている)』と銘打ったキャンペーンが始まり、リベラル勢力の強いカリフォルニア、ニューヨーク両州の他、『Apple』や『グーグル』等の大企業が参加した。
このキャンペーンはその後、2030年までに排出量50%以上削減を目指す『アメリカ・イズ・オール・イン(アメリカは全力を尽くす)』という連合体に発展し、現在は州政府や企業等5000以上の組織が参加する。COP29でも大々的なイベントを予定しており、政権交代後も脱炭素を牽引する“もう一つのアメリカ”を世界にアピールするとみられる。
日本の気候変動政策もアメリカの影響を受けてきた。菅義偉政権は2021年4月、従来の温室効果ガス排出削減目標を大幅に上方修正し、“2030年度までに2013年度比で46%減”という新目標を決定した。直前に発足したばかりのバイデン政権から目標強化を迫られた“外圧”の結果だった。
日本政府は現在、2035年以降を期限とする新しい目標の議論を進めている。仮に第二次トランプ政権の間に削減のペースを鈍化させるような目標を策定したとしても、将来、アメリカが気候変動対策を推進する政権になれば、その政策に影響を受ける可能性は高い。
環境省幹部の一人は、「他国の状況で目標が何度も揺れてしまうと、企業の設備投資等のタイミングが難しくなってしまう。“2050年までに排出実質ゼロ”という大きな旗を立ててしまったので、今の日本にはもう横を向いている暇はない」と話す。 (取材・文/ニューヨーク支局 八田浩輔/東京本社くらし科学環境部 山口智)
2024年11月12日付掲載