【JR・栄光と苦悩の30年】(15) 日本の鉄道を襲う2大課題…地震・テロ対策の万全度
高い安全性を誇る新幹線だが、新潟県中越地震での脱線(2004年)や東海道新幹線放火事件(2015年)等、事故も少なからず起きている。天災やテロへの対策は、どこまで進んでいるのか?

「若し、新幹線に乗車中、巨大地震が起きたら」――。誰しもが一度は抱いた不安ではないだろうか? 新幹線は時速300㎞近くで走っているだけに、脱線すれば重大事故に繋がり易い。2004年の新潟県中越地震で『JR東日本』の上越新幹線が脱線したのは、JR関係者に大きな衝撃を与えた。地震の揺れだけで新幹線が脱線したのは初めてだったからだ。それまでは、(地震による)高架橋の崩壊や、レールの歪みの“2次被害”で脱線することしか想定されていなかった。新潟県中越地震による脱線を機に、南海トラフ地震のリスクがある『JR東海』が、巨大地震による脱線防止対策の強化に乗り出した。最も期待されている対策が、脱線防止ガードだ。JR東海は、これまで脱線時の被害が大きくなり易いトンネルの入り口付近等に脱線防止ガードを設置してきたが、今年2月に「東海道新幹線全線(※上下線のレール合計1072㎞)に敷設する」と発表した。2100億円の巨額投資である。JR東海の実験によれば、脱線防止ガードでほぼ脱線を防ぐことができるが、万一脱輪しても、レールから車両が飛び出し、トンネル等に衝突するのを避ける機器がある。この機器は、東海道新幹線の全車両に搭載済みだ。地震では伝達速度が速いP波(初期徴動)を捉え、大きなエネルギーを持ったS波(本震)が来る前に新幹線を減速させる技術も必要不可欠だ。緊急停車で重要なのは、初期微動をキャッチして即時に本震の危険度を判断する能力だ。工事の微振動や小さな地震で一々新幹線を止めていては、輸送に差し障りがあるからだ。
『鉄道総合技術研究所』によれば、最新機器は初期微動が来てから2秒後にを止めるべきかを判断する。これを1秒まで縮める技術が既に開発されており、実用化に向けた準備が進められている。地震対策では当然、2011年の東日本大震災の教訓も生かされている。東日本大震災は、鉄道が津波の直撃を受けた世界初のケースだった。東北地方の太平洋沿岸部で盛り土が流されてレールが歪んだり、電柱が傾いたりしたことを踏まえ、JR東日本等は土木構造物の補強を行っている。因みに、列車運休の最多要因は豪雨である。雨で列車が止まり、運転再開の見通しがわからないまま待つのは、イライラするものだ。列車の運休は、降雨量が規制値を超えたかどうかで判断される。降雨量は、15~20㎞毎に設置された雨量計で見ている。つまり、電車の運休を判断する基準は、きめ細かなデータには基づいていない。降南量を細やかに推定して、降雨状況から洪水や土石流が起きる場所と時間を精緻に予測できれば、安全性も輸送効率も格段に高まる。このシステムには、日本の技術の枠が集められている。例えば、経営危機にある『東芝』等が製造する高性能レーダーだ。積乱雲等を3次元で把握でき、ゲリラ豪雨の予測には欠かせない。更に、山や谷の地形を予めデータ入力しておき、雨水の流れ等を予測する技術も最先端のものだ。この予測の精度が高まれば、電車を不必要に長く止めなくて済むし、災害発生まで時間がある場合は、危険箇所を早めに通過させてリスクを回避することもできる。実は、この仕組みは新幹線を輸出する際の売りにもなる。鉄道総合技術研究所等が開発中で、来年度から試験運用が始まるという。同研究所防災技術研究部の太田直之部長は、「インドやアメリカから話が来れば、水害等を予想するノウハウで貢献できる」と話す。自然災害への対策が一定の成果を上げている一方、出遅れているのがテロ対策だ。2015年には、東海道新幹線でガソリンに火を付けて焼身自殺を図った男性と、その煙に巻かれた女性の2人が死亡。新幹線がテロに弱いことが露呈してしまった。2020年に東京オリンピックを控え、テロ対策の強化は急務だ。だが、テロ防止に最も有効な乗客の手荷物検査の実施は、「駅に来れば直ぐに新幹線に乗れるという利便性が失われる」(JR東海関係者)。JR東海は、東京-大阪間を最短2時間30分で繋ぐ『のぞみ』を、1時間に10本運転する“のぞみ10本ダイヤ”に象徴される大量で高密度な輸送を重視している為、現状の対策は監視カメラの設置や警備員の増員等に留まる。特に標的になり易い新幹線を持つJR各社は、ある程度の利便性を犠牲にしてでも、テロ対策を充実させるべきだ。東京オリンピックまでに残された時間は短い。
2017年3月25日号掲載

「若し、新幹線に乗車中、巨大地震が起きたら」――。誰しもが一度は抱いた不安ではないだろうか? 新幹線は時速300㎞近くで走っているだけに、脱線すれば重大事故に繋がり易い。2004年の新潟県中越地震で『JR東日本』の上越新幹線が脱線したのは、JR関係者に大きな衝撃を与えた。地震の揺れだけで新幹線が脱線したのは初めてだったからだ。それまでは、(地震による)高架橋の崩壊や、レールの歪みの“2次被害”で脱線することしか想定されていなかった。新潟県中越地震による脱線を機に、南海トラフ地震のリスクがある『JR東海』が、巨大地震による脱線防止対策の強化に乗り出した。最も期待されている対策が、脱線防止ガードだ。JR東海は、これまで脱線時の被害が大きくなり易いトンネルの入り口付近等に脱線防止ガードを設置してきたが、今年2月に「東海道新幹線全線(※上下線のレール合計1072㎞)に敷設する」と発表した。2100億円の巨額投資である。JR東海の実験によれば、脱線防止ガードでほぼ脱線を防ぐことができるが、万一脱輪しても、レールから車両が飛び出し、トンネル等に衝突するのを避ける機器がある。この機器は、東海道新幹線の全車両に搭載済みだ。地震では伝達速度が速いP波(初期徴動)を捉え、大きなエネルギーを持ったS波(本震)が来る前に新幹線を減速させる技術も必要不可欠だ。緊急停車で重要なのは、初期微動をキャッチして即時に本震の危険度を判断する能力だ。工事の微振動や小さな地震で一々新幹線を止めていては、輸送に差し障りがあるからだ。
『鉄道総合技術研究所』によれば、最新機器は初期微動が来てから2秒後にを止めるべきかを判断する。これを1秒まで縮める技術が既に開発されており、実用化に向けた準備が進められている。地震対策では当然、2011年の東日本大震災の教訓も生かされている。東日本大震災は、鉄道が津波の直撃を受けた世界初のケースだった。東北地方の太平洋沿岸部で盛り土が流されてレールが歪んだり、電柱が傾いたりしたことを踏まえ、JR東日本等は土木構造物の補強を行っている。因みに、列車運休の最多要因は豪雨である。雨で列車が止まり、運転再開の見通しがわからないまま待つのは、イライラするものだ。列車の運休は、降雨量が規制値を超えたかどうかで判断される。降雨量は、15~20㎞毎に設置された雨量計で見ている。つまり、電車の運休を判断する基準は、きめ細かなデータには基づいていない。降南量を細やかに推定して、降雨状況から洪水や土石流が起きる場所と時間を精緻に予測できれば、安全性も輸送効率も格段に高まる。このシステムには、日本の技術の枠が集められている。例えば、経営危機にある『東芝』等が製造する高性能レーダーだ。積乱雲等を3次元で把握でき、ゲリラ豪雨の予測には欠かせない。更に、山や谷の地形を予めデータ入力しておき、雨水の流れ等を予測する技術も最先端のものだ。この予測の精度が高まれば、電車を不必要に長く止めなくて済むし、災害発生まで時間がある場合は、危険箇所を早めに通過させてリスクを回避することもできる。実は、この仕組みは新幹線を輸出する際の売りにもなる。鉄道総合技術研究所等が開発中で、来年度から試験運用が始まるという。同研究所防災技術研究部の太田直之部長は、「インドやアメリカから話が来れば、水害等を予想するノウハウで貢献できる」と話す。自然災害への対策が一定の成果を上げている一方、出遅れているのがテロ対策だ。2015年には、東海道新幹線でガソリンに火を付けて焼身自殺を図った男性と、その煙に巻かれた女性の2人が死亡。新幹線がテロに弱いことが露呈してしまった。2020年に東京オリンピックを控え、テロ対策の強化は急務だ。だが、テロ防止に最も有効な乗客の手荷物検査の実施は、「駅に来れば直ぐに新幹線に乗れるという利便性が失われる」(JR東海関係者)。JR東海は、東京-大阪間を最短2時間30分で繋ぐ『のぞみ』を、1時間に10本運転する“のぞみ10本ダイヤ”に象徴される大量で高密度な輸送を重視している為、現状の対策は監視カメラの設置や警備員の増員等に留まる。特に標的になり易い新幹線を持つJR各社は、ある程度の利便性を犠牲にしてでも、テロ対策を充実させるべきだ。東京オリンピックまでに残された時間は短い。
