
ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、非常に興味深く、そして予期しない重要な発見があった。それは、世界は今もG7によって率いられているという現実だ。この数十年間、専門家と称する人たちや、『世界経済フォーラム』年次総会(※ダボス会議)で講演するような経済人や政治家は、世界で“力の拡散”が進んでいると唱えてきた。日米欧等の主要国で構成されるG7が弱体化し、代わりに中国やロシア、トルコ等の新興国を含むG20の時代が到来している――という主張だ。G7の一員であるアメリカ、イギリス、ドイツ等を主体とする『北大西洋条約機構(NATO)』も、ドイツ等が国防への投資を怠ってきたことから弱体化が指摘されてきた。ロシアは、そうした現状を見越して侵攻に踏み切ったわけだが、その瞬間からNATOは逆に極めて強力な組織に変貌を遂げた。ドイツのオーラフ・ショルツ首相は国防費をGDP比2%以上に引き上げると表明した他、加盟国のポーランドやデンマーク等が今月に入って国防費の大幅増額を決めた。NATOは目を覚ましたのだ。NATOに呼応して、伝統的な中立国のフィンランドとスウェーデンもウクライナに武器を供与するという歴史的決断を下した。しかも、アメリカ、イギリス、日本、ドイツ、フランス等の国々が一斉にその気になれば、各種の制裁措置を通じてロシアを世界経済から完全に切り離すことができることも示された。その結果、モスクワ市内では『ルイヴィトン』等の高級ブランド品店が一斉に休業した他、ロシア自体がデフォルト(※債務不履行)の危機に陥っている。
これらの事態は、台湾統一の野心を抱いている中国に対しても、今の世界がG7主導であるとの教訓を突きつけたと言える。中国は着実に軍備を増強させ、習近平国家主席の側近等は「台湾有事の際、先ずアメリカの空母を1隻沈めておけば、アメリカはそれ以上介入しない」と豪語している。軍事的には正解かもしれないが、中国はロシアと同様に経済を遮断され、小さな箱に押し込められたような状態になるのは確実だ。中国は、原油等のエネルギーはロシアからのパイプラインで、ある程度は賄うことができる。鉄鉱石の輸入が止まっても死活的な影響はない。だが、大豆や小麦、家畜の飼料といった食糧の輸入がストップする事態となれば、畜産業や養鶏業が致命的打撃を受け、中国人民は深刻な蛋白質不足を経て飢餓に陥るだろう。中国は平和な時には世界経済の中で成長を続けることができるが、一度戦争を起こせば直ちに世界から切り離される。また、ウクライナ侵攻で覚醒した欧州諸国は海軍力の増強に動くとみられ、アジアでの経済権益確保の為に艦船を派遣することも想定される。その意味でも、中国が台湾に対して冒険主義的な行動を取るリスクは大幅に低下したと言える筈だ。そして、ドイツ等欧州諸国がウクライナの積極支援に転じ、G7主導の世界の復権へと導いたのは、ロシアに対して頑強に抵抗するウクライナの人々の姿に心を打たれたからだろう。侵攻前、ロシアによるウクライナの情報収集は外国情報を扱う対外情報局(※SVR)ではなく、「ウクライナは本来、ロシアだ」という理由で国内治安機関の連邦保安局庁(※FSB)が担当した。彼らがウラジーミル・プーチン大統領に上げた情報分析では、「ウクライナ軍に戦意はなく、同国のウォロディミル・ゼレンスキー大統領は直ぐに逃亡する」といったもので、見通しが極めて甘かった。プーチン氏は今や軍事的に手詰まり状態に陥った。キエフに露軍部隊を突入させても、甚大な損害を被るだけだろう。他方、ウクライナはNATOに加盟することなく、NATO諸国や諸外国からあらゆる軍事支援を引き出し、世界を味方につけた。そして、戦争の帰結がどうあれ、ウクライナ人は戦いを通じて“国民精神”と“民族的同一性(アイデンティティー)”を勝ち取ることができた。1948年の第一次中東戦争に勝利したイスラエルや、日清・日露戦争に勝った近代日本の例にもあるように、長らく他国に支配されたり、重要視されなかったりした国が大国に打ち勝てば大きな自信に繋がり、それが国を躍進させる原動力となる。ゼレンスキー氏はいつ殺害されてもおかしくない状況にあるが、若しウクライナ人が同氏を失うことがあっても、同氏によってかき立てられた士気が衰えることは決してない。 (聞き手/黒瀬悦成)
エドワード・ルトワック(Edward Nicolae Luttwak) 『戦略国際問題研究所(CSIS)』上級顧問。1942年、ルーマニア生まれ。ロンドン大学経済政治学院(LSE)卒。1972年にアメリカに移り、1975年にジョンズ・ホプキンス大学で博士号を取得。同年、国防省長官府に任用される。専門は軍事史、軍事戦略研究、安全保障論。『アメリカンドリームの終焉』(飛鳥新社)・『エドワード・ルトワックの戦略論』(毎日新聞社)・『戦争にチャンスを与えよ』(文春新書)等著書多数。

2022年3月19日付掲載
テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済