【WEEKEND PLUS】(561) 甲子園が全てじゃない…高校野球の“革新者”阪長友仁さん、勝利以外の価値を求める
選手達の溌溂としたプレーに、スタンドから万雷の拍手が起こる。真夏の甲子園。高校球児達の憧れ、晴れ舞台だ。だが、丁度同じ頃、1000㎞以上離れた北海道で、甲子園とは別のある大会が開かれていた。8月9日、北海道栗山町の町営球場。広大な沃野と山々の緑が視界に入る。観客は数えるほどだが、球児達の元気のいい掛け声が響き渡る。
初開催となった『リーガサマーキャンプ』という大会の試合初日。その名の通り、リーグ戦(※総当たり戦)だ。参加したのは、夏の甲子園出場を果たせずに部活動を引退したり、元々『日本高校野球連盟(高野連)』に選手登録したりしていない選手で、全国から計52人が集まった。4チームに分かれ、各6試合とプレーオフに臨む。日程は12日間だ。
「今の高校野球はトーナメント戦(※勝ち抜き戦)が主流。甲子園出場、全国制覇を目指す為の一発勝負であり、負けたら終わり。その為、試合に出場できる選手が限られてしまうし、多くの選手の成長の機会を失っている面がある。甲子園を否定するつもりはないのですが、違う道があってもいいと思うんです」。
そう語るのは大会の仕掛け人である阪長友仁さん(43、右上画像、撮影/貝塚太一)だ。「甲子園だけが高校野球の全てだろうか」。サマーキャンプの開催には、そんな疑問が根底にある。
阪長さんの球歴は華麗だ。甲子園に春夏通算8回出場した新潟明訓高校出身。夏の甲子園で本塁打を放ち、卒業後は立教大学に進み、主将を務めた。小中学生の野球チーム『堺ビッグボーイズ』(※大阪府)で総監督を務める。因みに同チームのOBには、筒香嘉智(※横浜DeNAベイスターズ)、森友哉(※オリックスバファローズ)両選手らがいる。
サマーキャンプへの参加費は交通費を除いて約27万円と高額だ。というのは、野球の商業利用を禁じる日本学生野球憲章との兼ね合いから、企業・団体から直接協賛金を受け付けられない等の事情がある。それでも「出場機会がないまま終われない」と続々と選手が集まってきた。
現在のトーナメント制では、公式戦に敗れればそれで大会から退く為、試合数は限定的だ。春、夏、秋の地方大会全てで初戦敗退した場合、3年間の公式戦は10試合に満たない場合もある。強豪校ならば勝ち進んで試合数は増えるが、多数の部員を抱える高校もある。公式戦でベンチ入りできるのは20人と決まっており、その中でもスターティングメンバーは固定されがち。更には、スタンドでの応援で3年間を終える選手もいる。
阪長さんは、「最も成長するのは試合に出て負けや失敗を経験した時。リーグ戦ならば一度負けても試合が続くので、得た学びを次戦に生かすことができる。だから、高校生にはリーグ戦が必要なのです」と説明する。その考えが裏付けされるような場面が、サマーキャンプでは幾つも見られた。
高校で出場機会がほぼなかったというある投手は、初戦で大量失点を喫したが、リーグ戦を経た最終日は見違えるような直球を投げ込んで抑えた。別のチームは、約2ヵ月後のプロ野球ドラフト会議で指名される投手から4点も奪った。阪長さんは、「選手は誰もが可能性を秘めているし、成長し続けられるんです」と目を細める。
阪長さんがリーグ戦を提供するのは初めてではない。2015年から高校野球のリーグ戦『リーガアグレシーバ』を開催。当初は大阪府の6校で始まったが、口コミで徐々に広がり、現在は新チーム移行後の秋を中心に全国各地で行なわれている。
今年は慶応(※神奈川県)や、この夏の甲子園に出場した札幌日大や掛川西(※静岡県)等34都道府県の約180校が参加する。リーグ戦に加え、スポーツマンシップを学んだり、各校の取り組みを共有したりしている。選手だけでなく指導者にとっても刺激となり、学びの場にもなっている。
阪長さんは、「スポーツは勝利を目指すものですが、共に試合を作る仲間でもある相手チームをリスペクトし、野球を通じて成長することに意味があります」と語る。更に、トーナメントは絶対に負けられないという重圧が大きくなる為、勝利至上主義が芽生え易い。そこからサイン盗みといった不正や野次、指導者による罵倒や体罰に繋がりかねない。
新たな取り組みには当然、風当たりも強い。今夏のサマーキャンプの開催は高野連にも報告したが、夏の地方大会前に参加申し込みが締め切られること等を理由に「賛同しかねる」という反応だったという。それでも阪長さんが開催に突き進んだのは、野球の将来を憂えるから。「野球というスポーツ自体は変わらないのに、競技人口は減り続けている。だから変えなきゃいけないし、変わらねばならない」。
今年のサマーキャンプに、慶応の森林貴彦監督(51)が顔を見せていた。昨年夏に全国制覇して旋風を吹かせた。阪長さんをこう表現した。「イノベーター(※革新者)。漠然としたアイデアがあっても行動を起こせない人が殆ど。阪長さんは自ら行動を起こし、更にそれを形にできる人」。高校野球の現状に問題提起をする阪長さん。“異端児”と言ってもいいかもしれない。その原点は、海の向こうで出合った“野球”にあった。