【石井ふく子の「世間の渡り方」】(26) 社会的距離という“溝”
新型コロナウイルスにはうんざりです。13歳の時に結核に罹り、治るまでに1年半かかりましたが、その経験より辛い。結核はいつ頃治るのか見当がつきましたし、治療法もわかっていましたが、新型コロナウイルスはわからないことばかりだからです。正体がよくわからないまま、世界中に広まり、大勢の方の命を奪いました。緊急事態宣言後に感染者が減り、これで一安心なのかと思ったら、全然違った。予測がつかないので、必要以上に不安な気持ちになります。「こんな病気なんだ」「こうすればいいんだ」とはっきりすればいいんですが、テレビ等で発言する方の解説はバラバラ。「第2波は秋に来る」と言う方もいれば、「もう来ている」と断言する方もいます。深刻に捉えている方が殆どであるものの、楽観視されている方もいる。ここまで四分五裂の状態では、誰の言葉を信じていいのかわかりません。だから余計に怖くなるのです。今でも無暗に出歩かないようにしています。自分が罹るのが怖いのも然ることながら、感染を広めてしまっては申し訳ないですから。外に出掛けるのは整体の時くらいです。次のドラマの準備は家の中で始めています。プロデューサーの仕事は電話である程度はできるのです。勿論、本当は電話で済ませたくありません。脚本家とのドラマの中身の打ち合わせを電話で行なうのは難しいですし、役者さんへの出演交渉も電話では失礼にあたります。お会いしてお願いするのが筋だと思っていますので、違和感を抱くばかりです。それでも今は誰とも向き合えません。会うことを望むと、相手に迷惑をかけてしまう。スタッフ同士も同じ。どのテレビ局も感染防止に懸命です。収録現場のスタッフはシールドを付けて作業をしていますし、なるべく人と人が近付かないようにしています。コロナ禍でドラマの中身も変わっていくでしょう。ラブシーンは勿論できませんし、ハグもいけない。握手も駄目。でも、私の作品はホームドラマなので、極力変えないつもりです。勿論、役者さんにはマスクを外して登場してもらいます。
これは、どのドラマも同じだと思いますけどね。役者の顔がマスクで隠れてしまったら、味気ないです。その上、眼鏡をかけたら、まるで変装ですよ。誰だかわからなくなってしまいます。だけど、変えなくてはならないところも出てくるでしょう。『渡る世間は鬼ばかり』(TBSテレビ系)の場合、中華料理店の『幸楽』と食事処の『おかくら』は、世間と同じようにお客さんを減らさざるを得ないと思います。幸楽は出前を増やすことになるでしょう。おかくらも弁当の販売を始める。テイクアウトです。でも、登場人物たちが感染で苦しむ姿など視聴者の方も見たくないでしょうから、あくまで小さな変化にとどめるつもりです。気が滅入ることばかりの日々の中で、楽しみは電話でのお喋り。懐かしい方も含めて、沢山の方から電話を戴きます。連日、2~3時間も電話でお話ししています。脚本家の橋田壽賀子さんとは毎日です。コロナ禍のせいか、それとも年齢のせいなのか、このところ橋田さんは少し弱気になっているので、私はいつも怒っているんです。橋田さんに厳しいことを言えるのは私だけですから…。この間も「最近は書かなくていいから、気が楽よ」等と気弱なことを口にしたので、「嘘よ。未だ書きたいでしょ」と言い返しました。それでも橋田さんは反発しませんでした。コロナ禍の前なら「もう電話なんかくれなくてもいい」とひねくれることもあったのですが、今は「また電話ちょうだいね。元気が出るから」って。コロナ禍のせいで人と会えないから、淋しいのでしょう。そんな私も、「橋田さんに電話しなきゃ」と毎日思っています。目に見えず、正体も完全にはわかっていないウイルスを相手にしていると、気が付かないうちにイライラしがちですが、そうするとトラブルに巻き込まれ易い。防止や予防は勿論、大切です。しかし、お仕事や日常生活で、社会的距離から“溝”が生まれているような気がします。思いがけない事件や事故も増えている。コロナ禍によるイライラのせいで寛容さや冷静さが失われてしまい、我慢ができなくなっているせいでもあると思います。普段なら笑って済ませられることが、そうできなくなっている。だからこそ、いつかは日常が戻って来ると信じ、焦らない気持ちを持ち続けることが必要だと思っています。
石井ふく子(いしい・ふくこ) テレビプロデューサー・舞台演出家。1926年、東京都生まれ。東京女子経済専門学校(現在の新渡戸文化中学校・高等学校)を卒業後、『新東宝』の女優等を経て、1950年に『日本電建』へ入社して宣伝部で務める。1961年に『東京放送(TBS)』へ入社。プロデューサーとして『肝っ玉かあさん』『ありがとう』『渡る世間は鬼ばかり』等、数々のホームドラマをヒットさせる。1985年に「テレビ番組最多プロデュース」(1007本)、2014年に「世界最高齢の現役テレビプロデューサー」(87歳342日)、2015年に「舞台初演作演出本数」(183作品)でギネス世界記録に認定。2014年4月より淑徳大学人文学部表現学科客員教授に就任。
2020年9月12日・19日号掲載
これは、どのドラマも同じだと思いますけどね。役者の顔がマスクで隠れてしまったら、味気ないです。その上、眼鏡をかけたら、まるで変装ですよ。誰だかわからなくなってしまいます。だけど、変えなくてはならないところも出てくるでしょう。『渡る世間は鬼ばかり』(TBSテレビ系)の場合、中華料理店の『幸楽』と食事処の『おかくら』は、世間と同じようにお客さんを減らさざるを得ないと思います。幸楽は出前を増やすことになるでしょう。おかくらも弁当の販売を始める。テイクアウトです。でも、登場人物たちが感染で苦しむ姿など視聴者の方も見たくないでしょうから、あくまで小さな変化にとどめるつもりです。気が滅入ることばかりの日々の中で、楽しみは電話でのお喋り。懐かしい方も含めて、沢山の方から電話を戴きます。連日、2~3時間も電話でお話ししています。脚本家の橋田壽賀子さんとは毎日です。コロナ禍のせいか、それとも年齢のせいなのか、このところ橋田さんは少し弱気になっているので、私はいつも怒っているんです。橋田さんに厳しいことを言えるのは私だけですから…。この間も「最近は書かなくていいから、気が楽よ」等と気弱なことを口にしたので、「嘘よ。未だ書きたいでしょ」と言い返しました。それでも橋田さんは反発しませんでした。コロナ禍の前なら「もう電話なんかくれなくてもいい」とひねくれることもあったのですが、今は「また電話ちょうだいね。元気が出るから」って。コロナ禍のせいで人と会えないから、淋しいのでしょう。そんな私も、「橋田さんに電話しなきゃ」と毎日思っています。目に見えず、正体も完全にはわかっていないウイルスを相手にしていると、気が付かないうちにイライラしがちですが、そうするとトラブルに巻き込まれ易い。防止や予防は勿論、大切です。しかし、お仕事や日常生活で、社会的距離から“溝”が生まれているような気がします。思いがけない事件や事故も増えている。コロナ禍によるイライラのせいで寛容さや冷静さが失われてしまい、我慢ができなくなっているせいでもあると思います。普段なら笑って済ませられることが、そうできなくなっている。だからこそ、いつかは日常が戻って来ると信じ、焦らない気持ちを持ち続けることが必要だと思っています。
石井ふく子(いしい・ふくこ) テレビプロデューサー・舞台演出家。1926年、東京都生まれ。東京女子経済専門学校(現在の新渡戸文化中学校・高等学校)を卒業後、『新東宝』の女優等を経て、1950年に『日本電建』へ入社して宣伝部で務める。1961年に『東京放送(TBS)』へ入社。プロデューサーとして『肝っ玉かあさん』『ありがとう』『渡る世間は鬼ばかり』等、数々のホームドラマをヒットさせる。1985年に「テレビ番組最多プロデュース」(1007本)、2014年に「世界最高齢の現役テレビプロデューサー」(87歳342日)、2015年に「舞台初演作演出本数」(183作品)でギネス世界記録に認定。2014年4月より淑徳大学人文学部表現学科客員教授に就任。
2020年9月12日・19日号掲載