冬でも温暖な筈のテキサス州ヒューストンの住宅街。築84年の家で一人暮らしするウェンディー・カプラン・スタビノーハさん(75)は、2月17日の大寒波の夜をこう振り返った。「気候変動が初めて目の前に降りかかってきた。本当に恐ろしい」。氷点下の凍いてつく寒さに、毛布にくるまった。停電が起き、闇の中に取り残された。暖房は全て電気だから使えない。水道管が次々に破裂し、家財道具は水浸しになった。「この危機を生き抜いた私たちは、何か手段を講じないといけない。ジョー・バイデン大統領がやろうとすることは正しい」と力を込めた。バイデン大統領が“人類存亡の危機”と位置付ける気候変動問題は、2兆ドル(※約220兆円)規模のインフラ投資計画の大きな柱だ。電気自動車(EV)、最先端のクリーンエネルギー技術の振興に向けた大規模投資が盛り込まれている。“大きな政府”を実現する上で最大の試金石とも言える。2月26日、バイデン大統領はヒューストンの被災地を訪れると、演説で「傷付いているのは共和党員でも民主党員でもない。我が国の仲間だ」と訴えた。同州のグレッグ・アボット知事(共和党)に対しては、「共に取り組めることは沢山ある」と呼びかけた。実際には、連邦議会の野党・共和党と並び、バイデン大統領の野心的な気候変動対策の行く手を阻んでいるのが、共和党が主導権を握るテキサスのような州だ。全米50州のうち、共和党が知事に就く州は27州。エネルギー産業を重視し、規制緩和を進める知事が多く、気候変動対策には消極的だ。
テキサスでは、100人以上の犠牲者を出した大寒波の後になっても、惨事の原因を巡る議論が泥沼に陥った。知事らは「再生可能エネルギーへの過度の依存が惨事を招いた」と主張し、気候変動対策の強化を主張する民主党と真っ向から対立した。アボット知事はテレビ番組で「我が国にとってグリーンニューディールは致命的な政策となる」と述べ、タービンが凍結して停止した風力等再エネへの依存を槍玉に挙げた。グリーンニューディールは、民主党左派が脱炭素対策の投資で雇用を生み出す策として主張してきたものだ。一方で民主党は、天然ガス等の火力発電の防寒対策の不備を指摘し、「知事が寒波への備えを怠った為だ」と猛反発した。結局、州議会で成立した再発防止策は、電力会社に防寒対策を義務付ける2つの法案だけだった。民主党のジョン・ローゼンソール議員は、「共和党は気候変動に関する法案を審議しようとすらしなかった。彼らはあの冬の嵐を経験しても、気候変動の事実を認めようとしない」と唇を噛む。テキサス州は伝統的に共和党が強く、州政府は民間に極力関与せず、自由経済を尊重する文化がある。州独自の送電網があり、100超の電力会社が価格競争を繰り広げ、住民はその恩恵にも浴してきた。卸売りの市場価格によって価格が変動するプランを選ぶ住民も多かった。2月の大寒波では極端な需給切迫の為、高額請求を受けた利用者が相次いだ。ヒューストン郊外のリサ・カウリーさん(57)には、2月1~19日分で1万1586ドル(※約127万円)の請求書が届いた。「数日の電気代で人生が一変してしまう。他の皆に同じことが再び起こらないように」と3月、電力会社を相手取り、「利用者保護を怠った」として集団訴訟を起こした。バイデン政権が気候変動問題で大きな目標を掲げても、共和党が権力を握る州は強く反発する。バイデン大統領の挑戦の前に立ちはだかる壁は高い。
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(ワシントン支局)横堀裕也・田島大志・蒔田一彦が担当しました。
2021年6月11日付掲載
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