【前略・北関東の山の上から】(22) 「今年こそは熊を仕留めたい!」…狩った鹿を食い繋ぎ野営をする作戦に
「単独で熊を獲る」。その悲願を達成すべく、山歩きの日々が続いている。11月23日。この日の目的地は、人里から7時間歩いた山奥のM沢。そこは師匠の服部文祥さんが昔よく通っていた猟場で、近くに公道も林道も無い為、人の出入りが無く、鹿は多くいるが警戒心が薄い。いわゆる鹿天国だ。
猟期が始まってから未だ熊に出合えていない私は、「このM沢の裏の山で鹿を獲る。その鹿の匂いに引き寄せられた熊を撃つ。それまでは鹿を食べながら居続ける」という作戦でいた。熊は“3㎞先の餌の匂いも嗅ぎ取れる”そうな。
野営道具が入ったザックを背に、鉄砲を手に、朝7時狩猟登山開始。秋が深まった山の色みは、たった3色。樹皮と岩肌の白、苔と針葉樹の緑、地面を埋め尽くす落ち葉の茶色がひたすら続く。30分おきくらいに「ピィッ!」と鹿に鳴かれるが、目的地までまだまだ距離がある為、鉄砲は構えない。
9時半。川の横で大きな頭骨を拾う。牙が大人の指ほど太い。熊だ。山中で熊の骨を拾うのは初めて。周辺にも様々な骨が転がっている為、半年以上前にここで自然死したのだろう。ごつい犬歯を抜いて、緊急時用の医療ポーチに仕舞う。「帰って欲しい人がいたらあげよう」。
11時。笹しか生えていない裸の山の頂上で小休止。もう冷え切ったコーヒー150㎖くらいとカロリーメイト半パックで昼食を済ませ、立ち上がりざまにサクマドロップを口に放り込む。その甘味を楽しみながら、北側に面する寒々しい針葉樹林帯の斜面を下る。さっきまで登ってきた南側斜面が体感温度で10℃くらいあったろうか。一日の殆どが日陰のここは吹き上げる風も冷たく、0℃くらいに感じる。足元にはうっすら積もった雪が目立ち始める。
歩き始めて4時間半。ここまでは、林業従事者が木々に結んだピンクテープを目印に進んでこれた。しかし、この先は20年前に服部さんが結んだオレンジテープしかなく、それが結ばれた木も今や倒木や朽ち果てた木になっている。今回私は、その目印を結び直すつもりでいた。普段着ている狩猟用ベストのポッケからオレンジテープを取り出し、千切っては結び、千切っては結びを繰り返しながら山を上下する。
進行方向に、季節外れの発情鳴きをする牡鹿がいた。通常、鹿の発情期はもう終わっている。10月中旬くらいからひと月弱あるが、優秀な雄は10月20日くらいには複数頭の雌を従えてハーレムを形成している。牡鹿の鳴き声を度々耳にしながら谷を下りると、谷底で「俺は男だあー!」と叫ぶように鳴く小さな三段角の若鹿がいた。
こっちに気付かず鳴き喚く若造を見て、「ああそうだった。自分が10代後半の頃、同年代の女の子は皆、20代中盤とか30代の男に惹かれていて『何でだ!』って憤っていたっけ」と青臭い青春期を思い出したりしていた。
13時50分頃、最後の難所の崖を登り切る。M沢まであと少し。首からぶら下げていた鉄砲を両腕で持ち直し、「狩猟に気持ちを向けよう」とフッと短く息を吐いた瞬間、30mほど先で何かが動いた。同時に「ピィッ!」と鹿の警戒音。ここで獲ることができれば、今夜は焼肉だ。
東出昌大(ひがしで・まさひろ) 俳優・ファッションモデル。1988年、埼玉県生まれ。大学中退後、宝飾デザイナーを目指し、ジュエリーの専門学校に進む。2006~2011年までパリコレクションで『ZUCCa』や『ヨウジヤマモト』等にモデル出演。2012年公開の映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。この作品をきっかけにファッションモデルとしての活動を辞め、俳優に転身。主な出演映画に『クローズEXPLODE』・『コンフィデンスマンJP』シリーズ・『スパイの妻』等、テレビドラマは『あまちゃん』『ごちそうさん』(NHK総合テレビ)・『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)・『あなたのことはそれほど』(TBSテレビ系)等。
2024年12月17日号掲載
猟期が始まってから未だ熊に出合えていない私は、「このM沢の裏の山で鹿を獲る。その鹿の匂いに引き寄せられた熊を撃つ。それまでは鹿を食べながら居続ける」という作戦でいた。熊は“3㎞先の餌の匂いも嗅ぎ取れる”そうな。
野営道具が入ったザックを背に、鉄砲を手に、朝7時狩猟登山開始。秋が深まった山の色みは、たった3色。樹皮と岩肌の白、苔と針葉樹の緑、地面を埋め尽くす落ち葉の茶色がひたすら続く。30分おきくらいに「ピィッ!」と鹿に鳴かれるが、目的地までまだまだ距離がある為、鉄砲は構えない。
9時半。川の横で大きな頭骨を拾う。牙が大人の指ほど太い。熊だ。山中で熊の骨を拾うのは初めて。周辺にも様々な骨が転がっている為、半年以上前にここで自然死したのだろう。ごつい犬歯を抜いて、緊急時用の医療ポーチに仕舞う。「帰って欲しい人がいたらあげよう」。
11時。笹しか生えていない裸の山の頂上で小休止。もう冷え切ったコーヒー150㎖くらいとカロリーメイト半パックで昼食を済ませ、立ち上がりざまにサクマドロップを口に放り込む。その甘味を楽しみながら、北側に面する寒々しい針葉樹林帯の斜面を下る。さっきまで登ってきた南側斜面が体感温度で10℃くらいあったろうか。一日の殆どが日陰のここは吹き上げる風も冷たく、0℃くらいに感じる。足元にはうっすら積もった雪が目立ち始める。
歩き始めて4時間半。ここまでは、林業従事者が木々に結んだピンクテープを目印に進んでこれた。しかし、この先は20年前に服部さんが結んだオレンジテープしかなく、それが結ばれた木も今や倒木や朽ち果てた木になっている。今回私は、その目印を結び直すつもりでいた。普段着ている狩猟用ベストのポッケからオレンジテープを取り出し、千切っては結び、千切っては結びを繰り返しながら山を上下する。
進行方向に、季節外れの発情鳴きをする牡鹿がいた。通常、鹿の発情期はもう終わっている。10月中旬くらいからひと月弱あるが、優秀な雄は10月20日くらいには複数頭の雌を従えてハーレムを形成している。牡鹿の鳴き声を度々耳にしながら谷を下りると、谷底で「俺は男だあー!」と叫ぶように鳴く小さな三段角の若鹿がいた。
こっちに気付かず鳴き喚く若造を見て、「ああそうだった。自分が10代後半の頃、同年代の女の子は皆、20代中盤とか30代の男に惹かれていて『何でだ!』って憤っていたっけ」と青臭い青春期を思い出したりしていた。
13時50分頃、最後の難所の崖を登り切る。M沢まであと少し。首からぶら下げていた鉄砲を両腕で持ち直し、「狩猟に気持ちを向けよう」とフッと短く息を吐いた瞬間、30mほど先で何かが動いた。同時に「ピィッ!」と鹿の警戒音。ここで獲ることができれば、今夜は焼肉だ。
東出昌大(ひがしで・まさひろ) 俳優・ファッションモデル。1988年、埼玉県生まれ。大学中退後、宝飾デザイナーを目指し、ジュエリーの専門学校に進む。2006~2011年までパリコレクションで『ZUCCa』や『ヨウジヤマモト』等にモデル出演。2012年公開の映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。この作品をきっかけにファッションモデルとしての活動を辞め、俳優に転身。主な出演映画に『クローズEXPLODE』・『コンフィデンスマンJP』シリーズ・『スパイの妻』等、テレビドラマは『あまちゃん』『ごちそうさん』(NHK総合テレビ)・『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)・『あなたのことはそれほど』(TBSテレビ系)等。

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済