【誰の味方でもありません】(29) 教科書の悪文と“霞ヶ関文学”
珍しく新聞を読んでいたら、中高生の読解力がピンチという記事が目に留まった。『国立情報学研究所』の調査によって、基本的な日本語読み取り能力の無い子供が多くいることがわかったのだという。調査の名前は『リーディングスキルテスト』。教科書や新聞記事から抜粋した文章を読んでもらい、選択肢から正解を選ばせるという、所謂文章題だ。例えば、問題はこんな具合。「メジャーリーグの選手の内、28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見るとドミニカ共和国が最も多く、凡そ35%である」(※出典は『帝国書院』の教科書『中学生の地理』)。この文章を読んで、メジャーリーグ選手の出身国内訳を示す正しい円グラフを選ぶという形式だ。正答率は中学生で12%、高校生でも28%だったという。多くの子供が、選手の72%がアメリカ出身ということを読み取れなかったらしい。このような結果を受けて「子供の読解力がピンチだ」と煽るのだが、上の文章、一読しただけで意味がわかりましたか? はっきり言って悪文だと思う。一文の中に“選手”という言葉が2回も出てきて、文章が全く整理されていない。更に、“28%”と“35%”が何に対する割合なのかもわかり難い。同じことを伝えたい場合、僕だったら次のように書くと思う。
「メジャーリーグ選手の内、アメリカ合衆国出身は72%だが、外国出身者も28%に達する。その内訳はドミニカ共和国が最も多く、35%だ。つまり、全選手の内、9.8%がドミニカ出身ということになる」。完全に自画自賛なのだが、こちらのほうがわかり易いと思う。そんなことを新聞記事へのリンクと共に『ツイッター』に書いたら、「それではテストにならない」というコメントが何人かから寄せられた。確かに、敢えて難文を読ませ、読解力を問うテストがあってもいいと思う。しかし、先程のメジャーリーグに関する文章は、中学生向けの地理の教科書からの引用なのだ。態と難解な文章を書く必要性は全くない媒体である。その意味で、リーディングスキルテストの正答率が低いことで責められるべきなのは、中高生の読解力ではなく、大人たちの文章力だと思う。主語と述語の関係が明確で、論理的な文章であれば、誤解の余地など生まれようがない。特に教科書・行政文書・マニュアル等は、そのような平易な文章で書かれるべきだ(※僕のツイッターへの的外れな批判も、僕の書き方が悪かったと思うことにする)。尤も、世の中には意図的に難解に書かれた“霞ヶ関文学”や、こっそり世論を誘導しようとする新聞記事も多く存在する。それを読み解く訓練は、子供にも必須かもしれない。『週刊新潮』読者にお勧めなのは、三浦瑠麗さんの連載を読むこと。独特の文学的表現に紛れて、時折どぎつい主張がなされている。文体や語り口に惑わされない訓練になると思う。
古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)等。近著に『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』(文藝春秋)。
2017年11月30日号掲載
「メジャーリーグ選手の内、アメリカ合衆国出身は72%だが、外国出身者も28%に達する。その内訳はドミニカ共和国が最も多く、35%だ。つまり、全選手の内、9.8%がドミニカ出身ということになる」。完全に自画自賛なのだが、こちらのほうがわかり易いと思う。そんなことを新聞記事へのリンクと共に『ツイッター』に書いたら、「それではテストにならない」というコメントが何人かから寄せられた。確かに、敢えて難文を読ませ、読解力を問うテストがあってもいいと思う。しかし、先程のメジャーリーグに関する文章は、中学生向けの地理の教科書からの引用なのだ。態と難解な文章を書く必要性は全くない媒体である。その意味で、リーディングスキルテストの正答率が低いことで責められるべきなのは、中高生の読解力ではなく、大人たちの文章力だと思う。主語と述語の関係が明確で、論理的な文章であれば、誤解の余地など生まれようがない。特に教科書・行政文書・マニュアル等は、そのような平易な文章で書かれるべきだ(※僕のツイッターへの的外れな批判も、僕の書き方が悪かったと思うことにする)。尤も、世の中には意図的に難解に書かれた“霞ヶ関文学”や、こっそり世論を誘導しようとする新聞記事も多く存在する。それを読み解く訓練は、子供にも必須かもしれない。『週刊新潮』読者にお勧めなのは、三浦瑠麗さんの連載を読むこと。独特の文学的表現に紛れて、時折どぎつい主張がなされている。文体や語り口に惑わされない訓練になると思う。
古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)等。近著に『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』(文藝春秋)。
2017年11月30日号掲載