【安齋肇の「空耳だけが人生だ!」】(20) 人を結ぶ仕事…その達人との早過ぎる別れ
――1989年、小泉今日子さんのツアーパンフレットの仕事で締め切りを破り、危機的状況に陥った安齋さんと編集者の川勝正幸さん。ところが、キョンキョン本人が許してくれたことで事態は丸く収まった、というのが先週までのお話です。
「締め切り破りどころじゃないからね。ツアー初日にパンフレットが間に合わなかったんだから。それを許してくれるんだから、格好いいなぁ、小泉さん! 人が集まるのがわかるよね。時代を象徴するアイドルってだけじゃないのよ。優しくて自由なんだ。キョンキョン大好き! しかもだよ、続けて仕事をさせてくれたのよ。〈学園天国〉(※1989年)のシングルや、ベストアルバムのジャケットのデザイン。これはマジで嬉しかったなぁ。張り切ったねぇ。そして、また遅れたさ。でも、ツアーパンフレットの時と違って、発売予定日には間に合ったからね」
――威張ることじゃないっすよ!(笑)
「確かに(笑)。で、遂にはシングル〈LOVE SHELTER〉(※1993年)のMVのディレクションもやらせてもらえたんだ」
――それも川勝さんが持ってきた仕事で?
「そう。実は、キョンキョンのお仕事は川勝君が全部持ってきてくれてたの。川勝君とはスチャダラパーをやって、それから細川ふみえさんのシングル〈スキスキスー〉(※1992年)のMVも共同監督的な立場で関わらせてもらった」
――“巨乳グラビアアイドルの元祖”とされる女性タレントですね。
「細川さんは“フーミン”って愛称のセクシーアイドルでしたからね。でも正直、困ったの。僕も川勝君も“セクシー”とは何か理解していなかったから(笑)。色々勉強したけど、結局はおちゃらけた、おしゃれなMVになっちゃった。で、後日、川勝君にMVの評判を聞いたら、『フーミン始まって以来のヌケないビデオだ』って。自分でプロデュースしておきながら、こんなことを言うんだよ(笑)」
――ハハハ。
「でも、改めて思うと、川勝君のおかげで、本当に色々面白いことに関わらせてもらったと思うよ」
――2012年1月、川勝さんは不慮の事故でこの世を去りました。
「うん。パニックだった。NHKのニュースで流れたんですね。燃えたマンションと、ニコニコとテレビで喋っている川勝君の映像がね。何だろうなぁ、あの感覚。理解できない感じ? 暫く妻と何も言わず突っ立っていた。キョンキョンのツアーパンフレットの頃にね。川勝君が『安齋さんは稼いでいるから、ノーギャラの仕事しませんか?』って、スチャダラパーのプレデビューの仕事を持ってきたんですよ。スチャ達は、僕の桑沢デザイン研究所の後輩だったんだ。川勝君の仕事は、人間関係なんですよね。僕も川勝君も裏方。表に出ることはあっても、裏の仕事ですから。その中で、川勝君は最高の裏方だった。今でも惜しい人を亡くしたと思っているよ」 (聞き手・構成/フリーライター 尾谷幸憲)
安齋肇(あんざい・はじめ) イラストレーター、アートディレクター。1953年、東京都生まれ。『タモリ俱楽部』(※テレビ朝日系)の空耳アワーにて“ソラミミスト”として出演。これまで『日本航空(JAL)』のリゾッチャのキャラクターデザインや、『ジャストポップアップ』(※NHK総合テレビ)のタイトルアニメーション、『ユニコーン』や奥田民生のツアーパンフレットのアートディレクション、宮藤官九郎原作の絵本『WASIMO』の原画等を担当。
2024年4月8日号掲載
「締め切り破りどころじゃないからね。ツアー初日にパンフレットが間に合わなかったんだから。それを許してくれるんだから、格好いいなぁ、小泉さん! 人が集まるのがわかるよね。時代を象徴するアイドルってだけじゃないのよ。優しくて自由なんだ。キョンキョン大好き! しかもだよ、続けて仕事をさせてくれたのよ。〈学園天国〉(※1989年)のシングルや、ベストアルバムのジャケットのデザイン。これはマジで嬉しかったなぁ。張り切ったねぇ。そして、また遅れたさ。でも、ツアーパンフレットの時と違って、発売予定日には間に合ったからね」
――威張ることじゃないっすよ!(笑)
「確かに(笑)。で、遂にはシングル〈LOVE SHELTER〉(※1993年)のMVのディレクションもやらせてもらえたんだ」
――それも川勝さんが持ってきた仕事で?
「そう。実は、キョンキョンのお仕事は川勝君が全部持ってきてくれてたの。川勝君とはスチャダラパーをやって、それから細川ふみえさんのシングル〈スキスキスー〉(※1992年)のMVも共同監督的な立場で関わらせてもらった」
――“巨乳グラビアアイドルの元祖”とされる女性タレントですね。
「細川さんは“フーミン”って愛称のセクシーアイドルでしたからね。でも正直、困ったの。僕も川勝君も“セクシー”とは何か理解していなかったから(笑)。色々勉強したけど、結局はおちゃらけた、おしゃれなMVになっちゃった。で、後日、川勝君にMVの評判を聞いたら、『フーミン始まって以来のヌケないビデオだ』って。自分でプロデュースしておきながら、こんなことを言うんだよ(笑)」
――ハハハ。
「でも、改めて思うと、川勝君のおかげで、本当に色々面白いことに関わらせてもらったと思うよ」
――2012年1月、川勝さんは不慮の事故でこの世を去りました。
「うん。パニックだった。NHKのニュースで流れたんですね。燃えたマンションと、ニコニコとテレビで喋っている川勝君の映像がね。何だろうなぁ、あの感覚。理解できない感じ? 暫く妻と何も言わず突っ立っていた。キョンキョンのツアーパンフレットの頃にね。川勝君が『安齋さんは稼いでいるから、ノーギャラの仕事しませんか?』って、スチャダラパーのプレデビューの仕事を持ってきたんですよ。スチャ達は、僕の桑沢デザイン研究所の後輩だったんだ。川勝君の仕事は、人間関係なんですよね。僕も川勝君も裏方。表に出ることはあっても、裏の仕事ですから。その中で、川勝君は最高の裏方だった。今でも惜しい人を亡くしたと思っているよ」 (聞き手・構成/フリーライター 尾谷幸憲)
安齋肇(あんざい・はじめ) イラストレーター、アートディレクター。1953年、東京都生まれ。『タモリ俱楽部』(※テレビ朝日系)の空耳アワーにて“ソラミミスト”として出演。これまで『日本航空(JAL)』のリゾッチャのキャラクターデザインや、『ジャストポップアップ』(※NHK総合テレビ)のタイトルアニメーション、『ユニコーン』や奥田民生のツアーパンフレットのアートディレクション、宮藤官九郎原作の絵本『WASIMO』の原画等を担当。
2024年4月8日号掲載