【不養生のススメ】(07) 飲酒の御利益
飲酒が齎す健康への影響という議論になると、大抵憂鬱な気分になる。厚生労働省のホームページを開けば、「飲酒は、意識状態の変容を引き起こす。短時間内の多量飲酒による急性アルコール中毒は、死亡の原因」「慢性影響による肝疾患、脳卒中、がん等と関連」「長期にわたる多量飲酒と依存性、社会への適応力の低下、家族等周囲の人々にも深刻な影響」等の警告がある。まるでホラー映画を見ているような恐怖感に襲われる。勿論、厚労省の警告は間違っていないが、飲み過ぎが体に悪いことは誰でも知っている。フェアな議論として、適量の飲酒が齎す健康への利益も知るべきだと思う。先ず、多くの読者が経験している飲酒による幸福感から話そう。2012年のカリフォルニア大学のジェニファー・ミッチェル博士らの報告によると、飲酒は幸福感を齎す脳内神経伝達物質のエンドルフィンを放出する。また、2016年のケント大学のベン・バアンバーグ・ガイガー博士らの報告は興味深い。博士らは、飲酒の齎す幸せについて、2つの調査を用いて分析した。1つ目は、1970年生まれの1万7000人を対象にした伝統的な疫学調査。結果、飲酒の頻度やレベルは、人生の幸福感に関与していなかった。但し、長い人生、様々な状況において、飲酒は幸福感にも様々な影響を及ぼす。そこで博士らは、『ロンドンスクールオブエコノミクス』が開発した、人間の幸福をよりよく理解する為のアプリ『Mappiness』を使用し、約3万1000人の利用者の1日を通じたランダムな瞬間の幸福度を調べた。
すると、利用者が酒を飲んだ瞬間に、より幸せを感じていることが示された。特に、通勤や待ち時間等楽しくない時に、飲酒による幸福感は高まった。一方、社交や性行為等、既に楽しい時は、飲酒は少しだけしか幸福感に影響しなかった。こうして、飲酒の齎す幸せが、医学研究でも実証されつつある。実は、幸せは最近ホットな研究テーマだ。例えば2015年、『ユニバーシティーカレッジロンドン』のアンドリュー・ステプトー博士らは、高齢になると幸せと健康の関係が深まり、その関係は双方向性であること、幸せであることが長生きに繋がることを報告している。昨年、『ハーバード大学公衆衛生大学院(HSPH)』は、香港の李錦記ファミリーからの2100万ドルの寄付金で、『健康と幸せセンター』を設立した。このセンターは現在、幸せと健康の関係の調査を進めている。他にも、飲酒が齎す健康へのメリットが沢山報告されている。HSPHによると、これまでに100以上の研究が、適度な飲酒は心臓発作や突然死、全ての心血管疾患による死亡のリスクを減らすことを報告している。しかも、その効果はほぼ一貫しており、25~40%のリスクが低下する。適度な飲酒はHDL(善玉)コレステロールを増す為、心血管疾患を予防するのは理に適っている。また、HSPHの大規模疫学調査等で、適量の飲酒は、全く飲まない人に比べて、胆石とⅡ型糖尿病が起こり難いことも示されている。更に、適度な飲酒の認知症への効果も示された。2003年、ハーバード大学の研究者らの報告では、酒を全く飲まない人、週1~6ドリンク(※飲酒量を、アルコールの種類に拘わらず、純粋なアルコール量に換算して表示したもの。その基準量は国によって異なり、日本の基準は1ドリンク=10g【ビール中ビン半分】)飲む人、週7~13ドリンク飲む人、週14ドリンク以上を飲む人において、週1~6ドリンクの飲酒が最も認知症のリスクが低かった(※右上図)。つまり、適度な飲酒は認知症を予防する可能性がある。また、2014年のテキサス大学の研究者らの報告によると、認知症の無い60歳以上の人は、少量から中等量の飲酒で記憶力が向上した。ところで、飲酒は肥満の原因と勘違いしている読者もいるだろう。実は、適量の飲酒は、飲まない人に比べて肥満が少ない。『アメリカ国立衛生研究所』の研究者らによる報告では、1997~2001年までを通じて、3万7000人以上の非喫煙者を対象とし、1日あたり1ドリンク、週3~7日の頻度で飲酒をしていた男女が、最も低い肥満指数だった。