【佐藤祥子の「力士、燃ゆ」】(38) 「相撲界は変わっていくよ」…2人の人気親方を偲ぶ
元関脇・寺尾の錣山親方が、昨年12月、60歳という若さでこの世を去った。愛弟子らの手で厳かに運び出された出棺時。葬送曲は親方の愛した『千の風になって』。「私のお墓の前で泣かないで。そこにはいない。風になって吹いているから」との主旨の歌詞が胸に刺さり、生前の親方の言葉が蘇る。父を師匠とする井筒三兄弟は、自他共に認めるマザコンだった。長兄の元十両・鶴嶺山、次兄の元関脇・逆鉾、そして三男の寺尾。若くして亡くなった母の墓に、時には夜中に自転車で、三兄弟は毎日のように参っていたという。しかし、この歌を知ってから「何だか気持ちが楽になったんですよ」と、常に口遊んでいたのだった。2月3日、四十九日法要が営まれ、納骨された錣山親方。未だ哀しみも癒えないなか、夫人の伊津美さんは言う。「父と母が眠る墓に、三兄弟も仲良く一緒に入っています。義姉達と『私達“未亡人かしまし娘”になっちゃったねぇ』と泣き笑いしてしまいました」。そして2月5日には、昨年11月に亡くなった元大関・朝潮(※先代の高砂親方)の長岡末弘氏を偲ぶ会が催された。同じ一門で鎬を削った八角理事長(※元横綱・北勝海)が、涙で声を詰まらせながら弔辞を贈っていたものだ。葬儀は密葬として親族内で済まされていたものの、この偲ぶ会には約350名の弔問客が訪れた。戒名は“大光院潮真弘道居士”。生前、“大ちゃん”の愛称で親しまれた人気大関らしい文字が刻まれていた。そして、忘れられない光景がある。密葬の為に、長岡氏が自宅からひっそりと出棺された時のことだ。嘗て大関として同時代を生きた元若嶋津が、みづえ夫人に付き添われて別れを告げに来たのだ。故・北天佑、琴風、若嶋津、そして朝潮の四大関は、土俵を降りれば家族ぐるみの付き合いをしていたという。脳の病の後遺症で体が不自由な元若嶋津は、朝潮の遺影を見てただ一言、「良い写真だね…」とだけ呟いていた。そして、みづえ夫人は、棺に眠る長岡氏にこう語りかけていた。「親方、これから相撲界はどんどん変わっていくよ。もう私達の時代は終わったんだね」。
佐藤祥子(さとう・しょうこ) 相撲ライター。日本相撲協会認定・相撲健康体操指導員。1967年生まれ。週刊誌記者を経て、1993年からフリーに。著書に『相撲部屋ちゃんこ百景』(河出書房新社)・『知られざる大鵬』(集英社)等。
2024年4月号掲載
佐藤祥子(さとう・しょうこ) 相撲ライター。日本相撲協会認定・相撲健康体操指導員。1967年生まれ。週刊誌記者を経て、1993年からフリーに。著書に『相撲部屋ちゃんこ百景』(河出書房新社)・『知られざる大鵬』(集英社)等。
2024年4月号掲載
【万博まで1年・夢の洲の現在地】(下) 機運低調、募る焦燥
2025年大阪・関西万博の開幕まで1年1ヵ月となった先月13日の朝、大阪市役所玄関前にある万博の公式キャラクター『ミャクミャク』のモニュメントが傷付けられているのが見つかった。機運醸成の一環で、623万円をかけて設置されたものだ。「ミャクミャクは万博の象徴。万博に対して良く思っていない人がやった可能性は高い」。報道陣から受け止めを聞かれた大阪府の吉村洋文知事は、思わずそう漏らした。「出禁(※出入り禁止)にしたろうかな」。自身が代表を務める『大阪維新の会』の集会では、テレビ番組で万博に批判的なコメントをしたコメンテーターにフラストレーションの矛先を向けた。吉村氏が万博を運営する『日本国際博覧会協会』の副会長でもあることから、「言論統制に当たるのでは」と批判が集中。今月10日、発言を撤回して謝罪した吉村氏は、自身のメンタルを「人間であって、超合金ではない」と表した。苛立ちを募らせる背景には、維新が誘致を主導したこの万博が窮地に立たされていることがある。国、大阪府・市、経済界が3分の1ずつ負担する会場建設費は、当初の1250億円から二度上振れし、1.9倍の最大2350億円に膨らんだ。運営費も当初の1.4倍の1160億円に増額された。海外パビリオンの建設遅れに、能登半島地震が追い打ちとなり、開幕まで1年となっても延期論が消えない。
そんな状況を反映してか、府市が昨年度、全国6000人を対象にインターネット上で実施したアンケート調査の結果も芳しくない。万博に「行きたい」「どちらかといえば行きたい」と答えた人の割合は、全国33.8%、府内36.9%。調査は2021年度から毎年実施しているが、何れの割合も年々低下している。全国より数値が高い府内でも2021年度は58.1%、2022年度は46.4%だった。府市は誘致から開幕までの機運醸成に計約39億円を投じる方針だが、効果が出ているとは言い難い。1970年の大阪万博に何度も足を運んだという市内在住の70代男性は、「チケットも高いし、展示内容もはっきりしない。生活が苦しいのに多額の税金が投入され、全く行く気にならない」と辛辣だ。前売り入場券の販売実績はどうか。10日までの実績は約130万枚で、協会が開幕までの販売を目指す1400万枚の1割に満たない。半数の700万枚を任された経済界は、「企業等が購入の目処を立てた」と胸を張る。しかし、協会が発表する販売実績には経済界の負担分も含まれる為、一般の人がどれだけ買ったのかは判然としない。2005年の愛知万博には、目標の1500万人を上回る約2200万人が訪れた。成功のカギはどこにあったのか。当時の協会で事務総長を務めた中村利雄さん(77)は、「自分達が参加するという意識が機運醸成に繋がった」と振り返る。国内外のNPOの出展に加え、公募による市民参加型のプロジェクトを多数進めた。市民を巻き込んだことで、その後の愛知では様々な場面で住民の社会参加が定着したという。大阪でも萌芽はある。協会と府市が30日まで計2万人を募集している万博ボランティアは、5日時点で応募者が1万5000人を超えた。応募を検討中という同府吹田市の30代の女性会社員は、「万博をきっかけに街が成長していく姿を見るのが楽しみ。次世代に残せる万博になれば」と期待を寄せる。吉村氏も万博の意義や中身を直接伝えようと、広島県や香川県を皮切りにトップセールスに乗り出した。開幕まで1年となるのを機に来日した『博覧会国際事務局(BIE)』のディミトリ・ケルケンツェス事務局長は11日の記者会見で、この先の道程をこう描いた。「オリンピックもワールドカップも、近づくにつれて人気が出てくる。力を合わせて、もっとプロモーションをやらなくちゃいけない。皆さん必ずEXPOを訪問し、ハッピーになると思います」。
◇
(社会部大阪グループ)戸田紗友莉・東久保逸夫・藤河匠・野田樹・鈴木拓也・高木香奈/(大阪本社経済部)宇都宮裕一が担当しました。
2024年4月14日付掲載
【万博まで1年・夢の洲の現在地】(中) “孤島”の防災計画、未完成
肌寒さが残る先月の午前7時、大阪市住之江区にある『アジア太平洋トレードセンター(ATC)』前のバス乗り場には、建設作業員が列を作っていた(※右画像、撮影/野田樹)。対岸の人工島・夢洲(※此花区)で進む大阪・関西万博会場の建設工事に従事する人々で、その数は1日約3000人を数える。ここから夢洲へはトンネルを通って向かう。作業員のマイカー通勤を認めれば渋滞は必至で、工事や物流への影響が懸念される。並んでいた内装作業員の男性(31)は、こうこぼした。「他の現場なら車で行って横に付ければいいだけ。不便だっていうのは皆感じていますよ。やっぱり、夢洲の現場は特殊だ」。万博を運営する『日本国際博覧会協会』は、四方を海に囲まれた史上初の“海の万博”をアピールする。来年4月から半年間の会期中、世界各国から2820万人を迎える予定だが、陸と繋がるのは、このトンネルと別の島に架かる橋の2つだけだ。そうした立地故、当初から防災面の脆弱性が指摘され、市議会でも度々議論されてきた。「夢洲は島だ。トンネルや橋が使えなくなれば、大勢の人が島の中で何日も過ごさないといけない」。1月31日、市議会の万博推進特別委員会で、公明党の議員が災害時の対応について尋ねた。
元日の能登半島地震を受けて、市民の防災意識が高まる中、市側の答弁は淡々としたものだった。「(協会の)安全対策協議会で今後、具体的な検討が進められていくものと認識しています」。夢洲は南東の咲洲と夢咲トンネルで、北の舞洲と夢舞大橋で其々繋がる。南海トラフ巨大地震を想定した大阪府のシミュレーションでは、一帯の震度は5強~6弱。協会は「何れも耐震構造を備えており、損壊する可能性は低い」とする。市によると、夢洲は最低潮位から11mの高さに嵩上げしている。埋め立てには液状化し難い粘土質の浚渫土を使用。その為、協会は「高潮や津波の被害は限定的で、会場の大部分は液状化リスクも低い」と説明する。ただ、府のボーリング調査では、咲洲、舞洲一帯は液状化の可能性が高いとの結果が出た。橋やトンネルが無事でも、2島や大阪一円で交通が止まれば、最大で1日22万7000人とされる来場者が帰宅困難に陥る可能性がある。2011年の東日本大震災では、ATC近くの府咲洲庁舎が長周期地震動で水平方向に最大2.7m揺れ、約360ヵ所が破損した。2018年9月の台風21号では、夢洲と同様に大阪湾の人工島にある関西国際空港の滑走路が浸水、地下の電源設備が海水に浸かり、大規模停電に繋がった。また、強風にあおられたタンカーが連絡橋に衝突して通行不能となり、利用客ら約8000人が孤立。空港内のコンビニには、食料品や生活用品を買い求める客が殺到した。「夢洲は地震で断水や停電の可能性がある。夏ならエアコンが止まり、来場者は熱中症のリスクに晒される」。兵庫県立大学大学院の紅谷昇平准教授(※都市防災)はそう指摘し、来場者が安全に待機できる施設の確保や、会場外への誘導も含めたシミュレーションの必要性を訴える。協会は2021年9月に設置した安全対策協議会で、食料備蓄用の倉庫3ヵ所(※計3570㎡)の整備計画を策定。市は会期中、会場内に24時間態勢の消防センターを設置し、関西広域連合は協会とドクターヘリの運用を調整している。しかし、万博会場での避難誘導や帰宅困難者対策を含む具体的な防災計画は未完成で、協会担当者は「夏までに」と語るのみだ。万博のテーマ〈いのち輝く未来社会のデザイン〉は、防災の観点からも試される。
2024年4月13日付掲載
【万博まで1年・夢の洲の現在地】(上) バス輸送計画ピンチ
2025年大阪・関西万博(※4月13日~10月13日)の開幕まで、明日で1年。万博を巡っては、海外パビリオンの建設の遅れに注目が集まる一方、別の課題も浮かぶ。夢洲の現在地を報告する。
JRゆめ咲線の終着・桜島駅(※大阪市此花区)に降り立つと、工事用フェンスが張られた目の前の広場で、小型重機が音を立てていた。裏手にある『ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)』のジェットコースターからは、浜風に乗って客の絶叫が運ばれてくる。ここは、来年4月に開幕する大阪・関西万博の会場に最も近いJRの駅だ。現地へ向かうシャトルバスの発着場整備が進む一方で、非常事態が起きていた。「何とかしないと計画自体が破綻しかねない」。万博の輸送計画を担う『日本国際博覧会協会』の幹部は、苦悶の表情を浮かべた。会場の人工島・夢洲へは、延伸予定の地下鉄と桜島駅等近隣主要駅からのシャトルバスが主な交通手段だ。ところが、この桜島駅を発着する路線に必要な180人のバス運転手のうち、80人しか確保の見通しが立っていないという。協会は来年4月から半年間の会期中に2820万人の来場目標を掲げ、1日当たり最大22万7000人を見込む。夢洲は四方を海に囲まれ、陸上からのアクセスは橋とトンネルに限定される。会場直結の鉄道は、開幕前に新駅『夢洲』まで延伸開業する地下鉄『大阪メトロ』中央線だけだ。来場時間は予約制で、正確な到着時間を見込める地下鉄に客が殺到する可能性が高い。そこで、協会はアクセス手段を分散させる青写真を描く。地下鉄中央線12万4000人(※55%)、マイカーや団体バス等6万8000人(30%)、近隣の主要10駅や空港からのシャトルバス等3万5000人(※15%)――。マイカーの客は、周辺の専用駐車場で会場行きのバスに乗り換えてもらう。
主要10駅で会場に最も近い桜島駅発着のルートは、地下鉄の補完的役割が期待される。1時間に最大70便を運行、1日約1万6000人を運ぶ計画で、輸送力は駅発シャトルバス全体の6割を占める。協会は新大阪駅から会場にアクセスする新幹線利用客を想定し、桜島駅からシャトルバスに乗ったほうが安くなるよう、料金を350円に設定。地下鉄からの誘導を図る。この桜島ルートについて、協会が在阪バス会社に運転手確保の見通しを尋ねたところ、約100人の不足が明らかになった。「(大阪府南部を走る)金剛バスが撤退と聞いて『ん?』となり、阪急と京阪が路線廃止と言った時点で『これは拙い』と思った」。協会幹部が危機的状況を認識したのは、大阪府内で運行するバス会社に異変が相次いだ昨年秋頃のことだ。「現有路線の維持で精いっぱいで、万博に人を回す余裕はない」。あるバス会社の担当者は本音を漏らす。別のバス会社でも常時30~50人が不足、休日出勤や月40~50時間の残業を頼んで、何とか路線を維持しているという。業界では運転手の高齢化や離職者の増加に加え、2024年問題が重くのしかかる。今月から時間外労働に最大年960時間の上限が設定され、人繰りは厳しさを増した。更に、万博の理念の追求が運転手確保のハードルを上げた面もある。府はSDGsを掲げる万博で“脱炭素”の取り組みをアピールする為、万博でシャトルバスとして走らせることを条件に、電気自動車(※EV)の購入を補助した。2022年度以降、府内5社が計57台を導入し、協会は桜島駅を含む2ルートの全車両をEVバスにすると決めた。しかし、国内のEVバス普及率は0.1%程度(※『自動車検査登録情報協会』のデータによる)に過ぎない。協会は全国から運転手をかき集めようと、今年2月に斡旋事業者と契約。北海道から九州の貸し切りバス会社1000社に意向を調査したが、回答率は6割に及ばず、内容も大半が厳しいものだった。「運転手だけ出向させるのは難しい」「営業補償はしてもらえるのか」――。どの社も人手不足に喘ぐ中、運転手だけを大阪に出向させれば、その間は自社のディーゼルバスを動かせず、営業損失が出かねないというわけだ。協会幹部は頭を抱える。ただ、調査への回答からは一筋の光も見えた。「地方で働くバス運転手にとっては、人生一度の晴れの場。会社としても派遣したい」。協会は夏までに運転手の確保に目処を付けたい考えだ。
2024年4月12日付掲載
JRゆめ咲線の終着・桜島駅(※大阪市此花区)に降り立つと、工事用フェンスが張られた目の前の広場で、小型重機が音を立てていた。裏手にある『ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)』のジェットコースターからは、浜風に乗って客の絶叫が運ばれてくる。ここは、来年4月に開幕する大阪・関西万博の会場に最も近いJRの駅だ。現地へ向かうシャトルバスの発着場整備が進む一方で、非常事態が起きていた。「何とかしないと計画自体が破綻しかねない」。万博の輸送計画を担う『日本国際博覧会協会』の幹部は、苦悶の表情を浮かべた。会場の人工島・夢洲へは、延伸予定の地下鉄と桜島駅等近隣主要駅からのシャトルバスが主な交通手段だ。ところが、この桜島駅を発着する路線に必要な180人のバス運転手のうち、80人しか確保の見通しが立っていないという。協会は来年4月から半年間の会期中に2820万人の来場目標を掲げ、1日当たり最大22万7000人を見込む。夢洲は四方を海に囲まれ、陸上からのアクセスは橋とトンネルに限定される。会場直結の鉄道は、開幕前に新駅『夢洲』まで延伸開業する地下鉄『大阪メトロ』中央線だけだ。来場時間は予約制で、正確な到着時間を見込める地下鉄に客が殺到する可能性が高い。そこで、協会はアクセス手段を分散させる青写真を描く。地下鉄中央線12万4000人(※55%)、マイカーや団体バス等6万8000人(30%)、近隣の主要10駅や空港からのシャトルバス等3万5000人(※15%)――。マイカーの客は、周辺の専用駐車場で会場行きのバスに乗り換えてもらう。
主要10駅で会場に最も近い桜島駅発着のルートは、地下鉄の補完的役割が期待される。1時間に最大70便を運行、1日約1万6000人を運ぶ計画で、輸送力は駅発シャトルバス全体の6割を占める。協会は新大阪駅から会場にアクセスする新幹線利用客を想定し、桜島駅からシャトルバスに乗ったほうが安くなるよう、料金を350円に設定。地下鉄からの誘導を図る。この桜島ルートについて、協会が在阪バス会社に運転手確保の見通しを尋ねたところ、約100人の不足が明らかになった。「(大阪府南部を走る)金剛バスが撤退と聞いて『ん?』となり、阪急と京阪が路線廃止と言った時点で『これは拙い』と思った」。協会幹部が危機的状況を認識したのは、大阪府内で運行するバス会社に異変が相次いだ昨年秋頃のことだ。「現有路線の維持で精いっぱいで、万博に人を回す余裕はない」。あるバス会社の担当者は本音を漏らす。別のバス会社でも常時30~50人が不足、休日出勤や月40~50時間の残業を頼んで、何とか路線を維持しているという。業界では運転手の高齢化や離職者の増加に加え、2024年問題が重くのしかかる。今月から時間外労働に最大年960時間の上限が設定され、人繰りは厳しさを増した。更に、万博の理念の追求が運転手確保のハードルを上げた面もある。府はSDGsを掲げる万博で“脱炭素”の取り組みをアピールする為、万博でシャトルバスとして走らせることを条件に、電気自動車(※EV)の購入を補助した。2022年度以降、府内5社が計57台を導入し、協会は桜島駅を含む2ルートの全車両をEVバスにすると決めた。しかし、国内のEVバス普及率は0.1%程度(※『自動車検査登録情報協会』のデータによる)に過ぎない。協会は全国から運転手をかき集めようと、今年2月に斡旋事業者と契約。北海道から九州の貸し切りバス会社1000社に意向を調査したが、回答率は6割に及ばず、内容も大半が厳しいものだった。「運転手だけ出向させるのは難しい」「営業補償はしてもらえるのか」――。どの社も人手不足に喘ぐ中、運転手だけを大阪に出向させれば、その間は自社のディーゼルバスを動かせず、営業損失が出かねないというわけだ。協会幹部は頭を抱える。ただ、調査への回答からは一筋の光も見えた。「地方で働くバス運転手にとっては、人生一度の晴れの場。会社としても派遣したい」。協会は夏までに運転手の確保に目処を付けたい考えだ。
2024年4月12日付掲載
【WEEKEND PLUS】(485) それは法と社会規範への挑戦…違法でも密かに活動を続ける台湾のヌーディストコミュニティー
台北から車で1時間半ほど離れた、苗栗県の山中にあるB&B(※朝食付き民宿)のベッドルーム8部屋全てとロビーを、あるグループが貸し切った。ここは台湾でもかなり辺鄙なエリアだ。周りを森に囲まれ、苗栗県の中央駅からは40㎞も離れている。ここで彼らは、外部から邪魔されずに自然を満喫できる。そして、まさにそれこそが重要なのだ。何故なら、彼らは皆、裸でいるのだから。厳密に言えば、他の殆どのアジア諸国と同様、台湾では公の場で裸になることは法律で禁止されている。台湾はアジアの中でも最も進歩的な国として知られる。2016年には初の女性総統が誕生し、2019年には同性婚が合法化された。だがそれでも、ヌーディストの為のリゾートやビーチは存在しない(※尤も、脱衣での入浴を許可する温泉は存在する)。ナチュリズム(※ヌーディズムの別名)は欧米ではより一般的で、ドイツでは19世紀後半から“フライケルパークルトゥア(自由な身体文化)”という考え方が社会で受け入れられ、礼賛されてきた。イギリスやその他の国では、ヌーディストよりもナチュリストと呼ぶほうが好まれる。というのも、ナチュリストという呼び方は自然への愛をも含意するからだ。ナチュリスト団体としては世界最大規模の団体で、オーストリアに本部を置く『国際ナチュリスト連盟』によると、「ナチュリズムは性的なものではなく、寧ろ自然と調和した生き方であり、自己や他者、環境を尊重する心を育む目的で、集団で裸になることを特徴とするもの」だそうだ。
台湾では、ナチュリスト達は自らをティアンティ(※“天体”を意味する中国語)と呼び、〈自然に還れ〉という意味のLINEグループを作って活動している。このグループには現在、260人のメンバーがいるという。ナチュリズムが台湾に入ってきたのは、2000年代中頃から後半にかけてのことだ。SNSを通じてオンラインでネットワーク作りができるようになったことで、この文化が広まった。グループは毎月イベントを開催しており、その規模は場所を借りて数十人で行なうものから、10人以下の小さなパーティーまで様々だ。今のところ、メンバーは全員台湾人だという。グループのホスト役を務めるのは、50代のケヴェン・リャオ・ティアンウェイ。台湾南部の高雄市出身の、元自動車部品ディーラーだ。「元々リーダーだった人が諸事情でイベントをやらなくなったので、南部に住む友人達でパーティーをするようになり、結果的に自分がこういう活動をするようになったんです。台湾にナチュリズムが入ってきて20年になりますが、私は未だこれからも続くと思っています。私がイベントを主催しなくなっても、若い人達が後を継ぐでしょう」。彼らの中に暫くいると、誰も服を着ていないということを忘れてしまう。今回のB&Bの貸切イベントには、30~70代の男性20人と女性10人が参加した。上も下も丸出しだが、ゆったりソファーに腰掛けたり、キッチンで一緒に料理をしたり、カラオケをしたりしながら、皆、カジュアルに話をしている。勿論、ルールはある。同意なしにインターネット上でメンバーの写真を共有してはならない。若し共有する場合は、顔にモザイクをかける必要がある。グループ内でのポルノの共有は禁止されており、ルールを破った者はLINEグループから削除される。また、人前での性的な振る舞いは禁止されており、女性メンバーに対するハラスメントも許されない。こうしたイベントでは大抵、女性より男性のほうが多くなる為、ホスト役のリャオは女性が嫌な思いをせず、安全に感じられるよう、最大限の努力をしている。グループのメンバーは、最低でも2ヵ月に一度はパーティーに参加することを求められる。もぐりを排除する為だ。苗栗県でのイベントにいた女性メンバーの殆どは、夫と一緒に参加していた。参加者の過半数がカップルで、シングルの男性も数人いたが、女性の場合は殆どパートナーと一緒だった。私が初めてこのグループのイベントに参加したのは昨年、60代の女性であるジュリア・フー・ヨンエンが企画した、新北市烏来区の温泉旅館での集まりだった。フーはこの10年、リャオと共にグループの活動を仕切ってきた。彼女は新北市三芝区の人里離れたところにある農場で過ごすことも多い。メンバー達はそこに、自分達だけの非公式ヌーディストリゾートを造ったのだ。
【WEEKEND PLUS】(484) ノスタルジー、コロナ禍、YouTuber…ポケモンカードは如何にしてトレーディングカードの“王”となりしか
親達が野球選手のミッキー・マントルのカードを自転車のスポークに挟んでしまった思い出を語るのも、もう遠い過去のものとなった。最近の親達は、収集品を大切にするよう語る際に、2000年代初頭、初代の“ひかるリザードン”を昼休みのカードバトルに使って価値を下げてしまったことについて話すだろう。だが実は、カードの状態や真偽の鑑定、グレードづけをする業界の最大手『プロフェッショナルスポーツオーセンティケーター(PSA)』にてポケモンカードが単独のカテゴリーとなったのは、僅か6年前のことだ。それでも、この短い間にポケモンカードは爆発的なルネサンスを迎えた。実際、昨年、PSAの受けた査定依頼のうち40%がポケモンカードで、野球を始め、他のスポーツの選手カードを大きく上回っている。これはモンスターにしては快挙だろう。「最近になってこのような盛り上がりを見せているのは、コレクションにはノスタルジーがつきものだからではないかと思います」とPSAのライアン・ホーグ社長は言う。「30~40代になって可処分所得が増えると、子供時代の懐かしいものに惹かれるようになります。1990年代後半に育った人達にとって、それがポケモンなのでしょう」。1996年、日本の小さなゲーム会社である『ゲームフリーク』が、最初の『ポケットモンスター』を世に出した。魅力的な世界のマップ中に散らばった151匹のポケットモンスター達を集める依存性の高いゲームは、瞬く間に大ヒット作となった。とはいえ、このゲームが後年、映画、テレビ番組、テーマパーク、そしてゲームカードに至るまで、数十億ドル規模の大帝国を築き上げるとは、制作に関わった誰ひとりとして予想だにしていなかった。
アメリカ版のライセンスが下りたのは1999年で、「ポケモン、ゲットだぜ!」(※英語では“Gotta catch 'em all”、直訳すると「全てのポケモンをゲットだぜ!」となる)の惹句と共に、アメリカの子供達をすぐさま虜にした。この子供達も今や親となり、当時のポケモングッズを子供達と一緒に楽しんでいるかもしれない。住宅ローンを抱えた大人達がノスタルジーによってトレーディングカードに惹きつけられている一方、これらのカードは実際、大きな利益を生み得る。トレーディングカードの価値は、流通市場、つまり人々が何を欲しがるかにかかっている。ポケモンの場合、5桁、6桁、場合によっては7桁の価格でも喜んで払う人がいる。コレクター達は、PSA等の第三者によってコンディションと真偽が証明されている場合であれば、単なる厚紙に大枚を叩くのである。子供達がレアカードを分けて保存することを覚える以前、初期のポケモンカードは校庭等で乱雑に扱われた。また、2000年代のカードの製造クオリティーは今よりも劣っていた。そうした事情から、初期のポケモンカードは最もレア度の高いヴィンテージの野球カードと同じくらいの価値があるのだ。ただ、新しいポケモンカードの価値が低いというわけではない。ポケモンカードにはレアカードが作られており、中でもウルトラレア、スーパーレアと呼ばれるものはコレクター人気が高い。まるで『チャーリーとチョコレート工場』でウォンカ・バーから当たりのゴールデンチケットを探すように、量販店で箱買いしたポケモンカードを次々に開封する人もいる。カード欲しさに店や家に押し入る強盗まで現れた。ホーグによると、PSAがコレクターから鑑定を委託されたポケモンカードの殆どが、2015年以降に生産されたものだという。ポケモンカードの鑑定は2010年代後半には盛んになりつつあったが、パンデミックによって更なる盛り上がりを見せるようになった。「家に籠っている時に昔のコレクションに目を通し、何か掘り出し物があればeBayに出品したのではないでしょうか」とホーグは言う。「そうやって売り出すうちに、人々は『ここには商機があるぞ』と気づいたのでしょう」。パンデミックによって在宅を余儀なくされたフラストレーションによってポケモンカードを再発見した人々は、状況が収まるや否や、コレクションを再びパンデミックの歴史のごみ箱に投げ捨てたのだった。しかし、そうでない人々もいる。コレクターの多くは、後述するローガン・ポールにすっかり洗脳され、その巨大なファンダムの一部になっていった。
【木曜ニュースX】(486) ツルハで大儲けの香港アクティビスト…次なる獲物はアインかアオキか
ドラッグストア首位で『イオン』傘下の『ウエルシアホールディングス』と、2位の『ツルハホールディングス』が経営統合を決めた。笑いが止まらないのが、香港のアクティビスト『オアシスマネジメント』を率いるセス・フィッシャー氏。ツルハ株を13%近くまで買い進め、再編の圧力をかけていたが、今回の統合を機に、保有株を約1000億円でイオンに売却できたからだ。早速、オアシスは二匹目のドジョウを狙っている。先月には、調剤薬局の『アインホールディングス』の株を9.6%保有していることが明らかになった。狙いは再編。アインの大株主には、8%近くを持つ『セブン&アイホールディングス』がいる。「オアシスはアインをねじあげてセブン&アイに買収させようという腹積もりだろう」(投資銀行関係者)。オアシスは『クスリのアオキホールディングス』の株も5%強保有する。アオキも筆頭株主は約10%を持つイオンで、ツルハと同じだ。オアシスはアオキの創業家によるガバナンス不全を責め立てており、ツルハと同じ展開を狙う。二匹目のドジョウとなるのはアインかアオキか――。
2024年4月号掲載
【木曜ニュースX】(485) “同意なき買収”の業務を受託したみずほ証券に業界の驚き
『Amazon.com』の宅配請負等で急成長した『AZ-COM丸和ホールディングス』が、同業の『C&Fロジホールディングス』に買収提案をした。C&Fは賛同しておらず、同意なき買収になる。同意なき買収自体は増えつつあるが、資本市場で驚きを持って受け止められたのが、AZ-COM丸和によるTOB(※株式公開買い付け)の公開買付代理人を『みずほ証券』が務めることだ。同意なき買収は、これまで“敵対的なTOB”と呼ばれ、公開買付代理人を引き受ける証券会社は大抵、『三田証券』と決まっていた。最近、大手でも『大和証券』等が引き受けるようになってきたものの、「メガバンク系証券が引き受けるとは聞いたことがない」(地場証券幹部)。お行儀が悪いとされる行為には加担しないという慣習が、証券業界に古くからある。三菱UFJ系のある証券幹部は「うちでは未だ敵対的TOBの引き受けは難しそう」と話すが、旧習は崩れつつある。一方で、攻める企業側は「できれば大手証券にやってほしい」のが本音。みずほ証券には、これからオファーが殺到するかもしれない。
2024年4月号掲載