【第二次トランプ政権に備えよ!】(08) 対米通商摩擦、EU警戒
“アメリカファースト”と自国第一主義を志向するドナルド・トランプ氏の次期大統領就任は、世界最大規模を誇る米EU間の貿易・投資に影を落としそうだ。自由貿易体制は崩れて、元々成長の鈍化に苦しんでいた欧州経済は更なる重荷を抱えるのか。現地からは「解決の糸口は日本との協力にある」との声も出ている。
「大西洋を挟んだ貿易と投資と雇用は、米EUの経済関係の力強さと安定に依存している」。EUの行政執行機関である欧州委員会トップのウルズラ・フォン・デア・ライエン氏は、トランプ氏勝利を祝う声明の中でこう釘を刺し、米EU間の貿易摩擦を避けたい意向を滲ませた。
EUによれば、2021年の米EU間の貿易額は過去最高の1兆2000億ユーロ(※約200兆円)に達している。対外投資分も合わせると940万人の雇用を直接支えており、世界最大の交易関係と言っていい。だが、トランプ次期政権が始まれば、これまで通りEUが自由貿易の恩恵を受け続けられるかは見通せない。
第一の懸念は、トランプ氏の主張通りに中国に対して60%の高関税がかかり、行き場をなくした中国製品が欧州に押し寄せる可能性だ。その際に対中関税の引き上げ等で対処しようとすれば、中国との貿易戦争に引きずり込まれかねない。
第二の懸念は、EU自体がアメリカの関税引き上げの対象になることだ。貿易赤字解消を目指すトランプ氏は「中国以外の国や地域に対しても10~20%の関税を課す」と訴えている。アメリカの対EUの貿易赤字(※エネルギーを除く)は右肩上がりで増えており、今や対中と同規模になっている。欧州自身も、貿易赤字に注目する次期トランプ政権の“標的”にされるリスクはある。
では、EUはどう動きそうなのか。関係者によると、欧州委員会は今年初め頃から、トランプ氏が返り咲いた場合の対応を検討するチームを作り、対応を検討してきた。
欧州委員会元幹部でシンクタンク『ブリューゲル』(※ブリュッセル)のイグナシオ・ベルセーロ氏は本紙の取材に対し、トランプ氏の関税を巡る主張を「未だ詳細不明な点が多い」とした上で、「EUはアメリカとの対話に入る用意をしていると思う。それでもアメリカが関税を適用した場合には、報復する用意もある筈だ」との見方を示す。
実際、トランプ前政権時には鉄鋼・アルミニウムに追加関税を課され、EU側もアメリカのウイスキーやオートバイ等に報復関税を課して応酬した経緯がある。ただ、成長が鈍化する欧州経済にとって、各国との通商摩擦が高まる事態になれば、かなりの重荷になりそうだ。ユーロ圏20ヵ国の7~9月期の実質GDPは前期比0.4%増でしかない。ドイツの自動車大手『フォルクスワーゲン』が国内工場の閉鎖や数万人規模の人員削減計画を明らかにする等、産業構造の転換にも苦労している状況だ。
イギリスのシンクタンク『センター・フォー・ヨーロピアン・リフォーム(CER)』のアスラック・ベルグ研究員は、欧州の現状は「輸出に大きく依存している」と指摘する。「アメリカの政策次第では、安価な中国製品と競合することになり、輸出は益々難しくなる。かといって、域内需要を喚起する為に投資しようにも資金がない」と警鐘を鳴らす。
そこで、対抗策としてベルグ氏が提案するのは、一つはアメリカ以外の国や地域との自由貿易拡大だ。具体的な地域としては、南米各国やインド等を候補に挙げたが、もう一つがアメリカとの関係が深い他の国との連携強化だ。そこには日本も入る。
ベルグ氏は、「日本や韓国は、アメリカが不可欠な相手である点がEUと共通する。何とか協力して、アメリカに市場開放の重要さを一緒に訴えるべきだ」と語る。ベルセーロ氏も、「日本のようにEUが個別に経済安全保障等を議論して緊密な関係を築いた国は多くない。イギリスも含めた連携には大きな可能性がある」と期待を寄せる。
多国間交渉よりも1対1のディール(※取引)に持ち込みたがる傾向があるトランプ氏にとって、EUは「経済規模が大きく、他国よりは同等の存在としてアメリカに立ち向かえる」(ベルグ氏)存在でもある。そのEUとの連携は、日本を含めた他の国にとっても利点がありそうだ。 (取材・文・撮影/欧州総局 岡大介)
2024年11月13日付掲載