皇国日本がアジアへの侵略戦争である第二次世界大戦に敗北して63年目の敗戦記念日。皇国日本のその国家的過ちがなければ命を落とさずにすんだ、あるいは人生を狂わされずにすんだ大勢の国外の人々、アジアの隣国の人々のことをまず思います。そのような人々を前に、そのような人々の存在を前に、証人としての国際社会の眼の前で、日本国内でしか通用しない内向きの理屈で日本の戦争全体と個々の残虐行為を肯定しようとしたり、弁護しようとしたり、責任解除を図ろうとしたり、責任を相手に押し付けようとしたり、行為そのものをなかったことにしようとしたり、言われているよりも規模が小さかったことにしたり、そのような行為を私はしないこと、そのような行為には反対すること、そのような行為を超えた倫理をつくることを改めて自分に誓う日です。
そして、日本のその国家的過ちがなければ命を落とさずにすんだ、あるいは人生を狂わされずにすんだ大勢の日本人のことを思い、当時の日本国と日本人の何が誤っていたのか、そのような国家的誤りを繰り返さないためにはどうすればいいのか、理性の目を見開いて改めて考える日です。
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●世界の片隅でニュースを読む 「8月15日」
http://sekakata.exblog.jp/7398680/ また、戦没者追悼式典の河野洋平衆議院議長の追悼の辞が胸に残った、と社民党・保坂展人議員が書いています。追悼の辞の全文は報道され次第ここにもメモしておこうと思いますが、まず保坂議員のブログ記事にリンクをはりましょう。
●保坂展人のどこどこ日記 8・15 胸に残った河野衆院議長の「追悼の辞」
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/eca4a1e7a01baee46cdade2697a77045 それから、戦争末期の「誤り」の風景の一つとして、当時を知る方の証言としてこちらから紹介。
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http://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/ac3fdca56372f9b3fe5d5e088955cafa ■「上官の命令は朕の命令」の戦陣訓と当時の空気
http://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/def6939328f7a4adc0f92ce5276bf175 今の目から見ると全くばからしい「竹槍訓練」ですが、当時、その場でそれに異議をとなえることがどれほど難しかったかを思うと、現在進行形の集団的誤りに異議をとなえる機会を国民に対して保証すること、理のある異議に冷静に耳を傾けて立ち止まる習慣を国民一人一人が持つことの大切さを改めて思うのです。
あと、看護士であるえぼりさんの「漂流生活的看護記録」ブログの貴重な聞き書き記事、「今しか聞けない」シリーズも、その淡々とした書きぶりがなおさら胸に迫りますね。...ていうか、切なくて泣いてしまいますよ!
●漂流生活的看護記録 ■今しか聞けない
http://eboli.exblog.jp/5437727 ■今しか聞けない 2
http://eboli.exblog.jp/5834506/ ■今しか聞けない 3
http://eboli.exblog.jp/6555446/ ■今しか聞けない 4
http://eboli.exblog.jp/7398056/ それから、8月6日、9日の広島、長崎での平和宣言も、追記として
「追記を表示」 以下に掲載しました。
築地市場の豊洲移転に反対して食の安全を守ろうとがんばるRolling Beanさんへの応援もよろしくお願いします。●Like a rolling bean (new) 出来事録 2008-08-14 【転載】 日本環境学会からの、東京都の豊洲移転強行への批判声明http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10127040091.html
「税制について世界の片隅でニュースを読もう」ミニキャンペーン ■世界の片隅でニュースを読む 「税制」カテゴリーhttp://sekakata.exblog.jp/tags/%E7%A8%8E%E5%88%B6/ 「消費税と社会保障と国家予算についての知られざる真実を大脇道場で学ぼう」ミニキャンペーン ■NO.540 消費税増税反対関連エントリー集。http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-588.html 「民主党に投書しよう」ミニキャンペーン ■自公政権の退場を望むなら、その代わりに望む政策をどしどし民主党に伝えようhttp://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-792.html
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アクセスランキング 以下は、8月6日、9日に載せるべきだった、広島、長崎での平和宣言です。自分の記録のためにも転載しておきます。
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/declaration/Japanese/2008/index.html 広島平和宣言 2008年 平均年齢75歳を超えた被爆者の脳裡(のうり)に、63年前がそのまま蘇(よみがえ)る8月6日が巡って来ました。「水を下さい」「助けて下さい」「お母ちゃん」―――被爆者が永遠に忘れることのできない地獄に消えた声、顔、姿を私たちも胸に刻み、「こんな思いを他の誰(だれ)にもさせない」ための決意を新たにする日です。 しかし、被爆者の心身を今なお苛(さいな)む原爆の影響は永年にわたり過少評価され、未だに被害の全貌(ぜんぼう)は解明されていません。中でも、心の傷は深刻です。こうした状況を踏まえ、広島市では2か年掛けて、原爆体験の精神的影響などについて、科学的な調査を行います。 そして、この調査は、悲劇と苦悩の中から生れた「核兵器は廃絶されることにだけ意味がある」という真理の重みをも私たちに教えてくれるはずです。 昨年11月、科学者や核問題の専門家などの議論を経て広島市がまとめた核攻撃被害想定もこの真理を裏付けています。核攻撃から市民を守る唯一の手段は核兵器の廃絶です。だからこそ、核不拡散条約や国際司法裁判所の勧告的意見は、核軍縮に向けて誠実に交渉する義務を全(すべ)ての国家が負うことを明言しているのです。さらに、米国の核政策の中枢を担ってきた指導者たちさえ、核兵器のない世界の実現を繰り返し求めるまでになったのです。 核兵器の廃絶を求める私たちが多数派であることは、様々な事実が示しています。地球人口の過半数を擁する自治体組織、「都市・自治体連合」が平和市長会議の活動を支持しているだけでなく、核不拡散条約は190か国が批准、非核兵器地帯条約は113か国・地域が署名、昨年我が国が国連に提出した核廃絶決議は170か国が支持し、反対は米国を含む3か国だけです。今年11月には、人類の生存を最優先する多数派の声に耳を傾ける米国新大統領が誕生することを期待します。 多数派の意思である核兵器の廃絶を2020年までに実現するため、世界の2368都市が加盟する平和市長会議では、本年4月、核不拡散条約を補完する「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を発表しました。核保有国による核兵器取得・配備の即時停止、核兵器の取得・使用につながる行為を禁止する条約の2015年までの締結など、議定書は核兵器廃絶に至る道筋を具体的に提示しています。目指すべき方向と道筋が明らかになった今、必要なのは子どもたちの未来を守るという強い意志と行動力です。 対人地雷やクラスター弾の禁止条約は、世界の市民並びに志を同じくする国々の力で実現しました。また、地球温暖化への最も有効な対応が都市を中心に生れています。市民が都市単位で協力し人類的な課題を解決できるのは、都市が世界人口の過半数を占めており、軍隊を持たず、世界中の都市同士が相互理解と信頼に基づく「パートナー」の関係を築いて来たからです。 日本国憲法は、こうした都市間関係をモデルとして世界を考える「パラダイム転換」の出発点とも言えます。我が国政府には、その憲法を遵守し、「ヒロシマ・ナガサキ議定書」の採択のために各国政府へ働き掛けるなど核兵器廃絶に向けて主導的な役割を果すことを求めます。さらに「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め、また原爆症の認定に当たっても、高齢化した被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を要請します。 また来月、我が国で初めて、G8下院議長会議が開かれます。開催地広島から、「被爆者の哲学」が世界に広まることを期待しています。 被爆63周年の平和記念式典に当たり、私たちは原爆犠牲者の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げ、長崎市と共に、また世界の市民と共に、核兵器廃絶のためあらん限りの力を尽し行動することをここに誓います。 2008年(平成20年)8月6日 広島市長 秋葉 忠利
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/abm/heiwasengen/sengen_j.htm 長崎平和宣言 2008年 あの日、この空にたちのぼった原子雲を私たちは忘れません。 1945年8月9日午前11時2分、アメリカ軍機が投下した一発の原子爆弾が、巨大な火の玉となって長崎のまちをのみこみました。想像を絶する熱線と爆風、放射線。崩れ落ちる壮麗な天主堂。廃墟に転がる黒焦げの亡骸。無数のガラスの破片が突き刺さり、皮膚がたれさがった人々が群れをなし、原子野には死臭がたちこめました。 7万4千人の人々が息絶え、7万5千人が傷つき、かろうじて生き残った人々も貧困や差別に苦しみ、今なお放射線による障害に心もからだもおびやかされています。 今年は、長崎市最初の名誉市民、永井隆博士の生誕100周年にあたります。博士は長崎医科大学で被爆して重傷を負いながらも、医師として被災者の救護に奔走し、「原子病」に苦しみつつ「長崎の鐘」などの著書を通じて、原子爆弾の恐ろしさを広く伝えました。「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」という博士の言葉は、時を超えて平和の尊さを世界に訴え、今も人類に警鐘を鳴らし続けています。 「核兵器のない世界に向けて 」と題するアピールが、世界に反響を広げています。執筆者はアメリカの歴代大統領のもとで、核政策を推進してきた、キッシンジャー元国務長官、シュルツ元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院軍事委員長の4人です。 4人は自国のアメリカに包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を促し、核不拡散条約(NPT)再検討会議で合意された約束を守るよう求め、すべての核保有国の指導者たちに、核兵器のない世界を共同の目的として、核兵器削減に集中して取り組むことを呼びかけています。 これらは被爆地から私たちが繰り返してきた訴えと重なります。 私たちはさらに強く核保有国に求めます。まず、アメリカがロシアとともに、核兵器廃絶の努力を率先して始めなければなりません。世界の核弾頭の95%を保有しているといわれる両国は、ヨーロッパへのミサイル防衛システムの導入などを巡って対立を深めるのではなく、核兵器の大幅な削減に着手すべきです。英国、フランス、中国も、核軍縮の責務を真摯に果たしていくべきです。 国連と国際社会には、北朝鮮、パキスタン、イスラエルの核兵器を放置せず、イランの核疑惑にも厳正な対処を求めます。また、アメリカとの原子力協力が懸念されるインドにも、NPT及びCTBTへの加盟を強く促すべきです。 我が国には、被爆国として核兵器廃絶のリーダーシップをとる使命と責務があります。日本政府は朝鮮半島の非核化のために、国際社会と協力して北朝鮮の核兵器の完全な廃棄を強く求めていくべきです。また、日本国憲法の不戦と平和の理念にもとづき、非核三原則の法制化を実現し、「北東アジア非核兵器地帯」創設を真剣に検討すべきです。 長崎では、高齢の被爆者が心とからだの痛みにたえながら自らの体験を語り、若い世代は「微力だけど無力じゃない」を合言葉に、核兵器廃絶の署名を国連に届ける活動を続け、市民は平和案内人として被爆の跡地に立ち、その実相を伝えています。医療関係者は、生涯続く被爆者の健康問題に真摯に対応しています。 来年、私たちは広島市と協力して、世界の2,300を超える都市が加盟している平和市長会議の総会を長崎で開催します。世界の都市と結束して、2010年のNPT再検討会議に向けて核兵器廃絶のアピール活動を展開していきます。国内の非核宣言自治体にも、長崎市が強く呼びかけて活動の輪を広げていきます。 核兵器の使用と戦争は、地球全体の環境をも破壊します。核兵器の廃絶なくして人類の未来はありません。世界のみなさん、若い世代やNGOのみなさん、核兵器に「NO!」の意志を明確に示そうではありませんか。 被爆から63年が流れ、被爆者は高齢化しています。日本政府には国内外の被爆者の実態に即した援護を急ぐよう重ねて要求します。 ここに原子爆弾で亡くなられた方々の御霊の平安を心から祈り、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。 2008年(平成20年)8月9日 長崎市長 田上 富久
「きまぐれな日々」 と
「カナダde日本語」 経由で
「大脇道場!」 にまとめられていた、子どもたちの平和の誓いをこちらにも記憶のために転載。そのうちの一部は
昨年も載せました が、何度読んでもいいので、今年も。
《こども代表・平和への誓い全文》 昭和20年(1945年)8月6日、午前8時15分。一瞬(いっ・しゅん)にして広島の街は何もかも破壊(は・かい)されました。原子爆弾(げん・し・ばく・だん)は、高温と爆風で人々をおそい、さらに死の放射能で街を汚染(お・せん)していきました。そして、その年の終わりまでに約14万人もの命が失われました。14万の夢や希望、未来が奪(うば)われ、数え切れないほどの悲しみが生まれたのです。 平成17年(2005年)11月22日。私たちの身近なところで、とても悲しい、辛(つら)い事件が起きました。その事件によって、私たちが当たり前だと思っていた日常は壊(こわ)れてしまいました。好きな友だちとおしゃべりしながら登下校したり、一人で外へ出ることもできなくなりました。そして、私たちは事件を通して、一つの命の重みを知りました。 この時奪われた命も、原子爆弾や戦争で奪われた多くの命も同じ命です。一つの命について考えることは、多くの命について考えることにつながります。命は自分のものだけでなく、家族のものであり、その人を必要としている人のものでもあるのです。 「平和」とは一体何でしょうか。 争いや戦争がないこと。いじめや暴力、犯罪、貧困、飢餓(き・が)がないこと。 安心して学校へ行くこと、勉強すること、遊ぶこと、食べること。 今、私たちが当たり前のように過ごしているこうした日常も「平和」なのです。 世界中のどこの国も「平和」であるために、今必要なことは、自分の考えを伝えること、相手の考えを受け入れること、つまりお互いの心を開くことです。人間は言葉をもっています。心を開けば対話も生まれ、対話があれば争いも起きないはずです。 そして、自分だけでなく他の人のことを思いやること、みんなと仲良くすることも「平和」のためにできることです。 私たちはこれまで、祖父母や被爆者の方から体験を聞いたり、「平和」について学習したりする中で、原爆や戦争のことについて学んできました。しかし、まだまだ知らないことがたくさんあります。これからもヒロシマで起きた事実に学び、それを伝えていかなければなりません。 私たちは、命を大切にし、精いっぱい生きることを誓(ちか)います。 私たちヒロシマのこどもは世界中の国々や人々との間の架(か)け橋となり、「平和」の扉(とびら)を開くために一歩一歩、歩み続けていくことを誓います。 平成18年(2006年)8月6日平成19年度「平和への誓い」 私たちは、62年前の8月6日、ヒロシマで起きたことを忘れません。 あの日、街は真っ赤な火の海となり、何もかもが焼かれてなくなりました。川は死者で埋まり、生き残った人たちは涙も出ないほど、心と体を傷つけられました。 目も鼻も口もわからないほどの大やけど。手足に突き刺さった無数のガラス。 あの日、ヒロシマは、怒りや悲しみのとても恐ろしい街でした。 これが原子爆弾です。これが戦争です。これが本当にあったことなのです。 しかし、原子爆弾によっても失われなかったものがあります。 それは生きる希望です。 祖父母たちは、廃墟の中、心と体がぼろぼろになっても、どんなに苦しくつらい時でも、生きる希望を持ち続けました。多くの犠牲の上によみがえった広島をもっと輝かせたいという思いで、原子爆弾によって焼け野原になった街をつくり直してきました。そして、今、広島は、自然も豊かでたくさんの人々が行き交う、笑顔あふれるとても平和な街となりました。 今、テレビや新聞は、絶えることない戦争が、世界中で多くの命を奪い、今日一日生きていけるか、一日一食食べられるか、そんな状況の子どもたちをつくり出していることを伝えています。 そして、私たちの身近なところでは、いじめや争いが多くの人の心や体を壊しています。 嫌なことをされたら相手に仕返しをしたい、そんな気持ちは誰にでもあります。でも、自分の受けた苦しみや悲しみを他人にまたぶつけても、何も生まれません。同じことがいつまでも続くだけです。 平和な世界をつくるためには、「憎しみ」や「悲しみ」の連鎖を、自分のところで断ち切る強さと優しさが必要です。そして、文化や歴史の違いを超えて、お互いを認め合い、相手の気持ちや考えを「知ること」が大切です。 途切れそうな命を必死でつないできた祖父母たちがいたから、今の私たちがいます。原子爆弾や戦争の恐ろしい事実や悲しい体験を、一人でも多くの人たちに「伝えること」は、私たちの使命です。 私たちは、あの日苦しんでいた人たちを助けることはできませんが、未来の人たちを助けることはできるのです。 私たちは、ヒロシマを「遠い昔の話」にはしません。 私たちは、「戦争をやめよう、核兵器を捨てよう」と訴え続けていきます。 そして、世界中の人々の心を「平和の灯火」でつなぐことを誓います。 平成19年(2007年)8月6日 こども代表 広島市立五日市観音西小学校6年 森 展哉 広島市立東浄小学校6年 山崎 菜緒平成20年度「平和への誓い」 昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。 突然のするどい閃光(せんこう)と爆風(ばくふう)で、数え切れない多くの尊(とうと)い命が失われました。 あの日、建物疎開(そかい)や工場で働くために出かけていった子どもたちは、63年たった今も帰りません。「いってきます。」と出かけ、「ただいま。」と帰ってくる。原爆(げんばく)は、こんな当たり前の毎日を一瞬(いっしゅん)で奪(うば)いました。 原爆は、やっと生き残った人たちも苦しめます。 放(ほう)射線(しゃせん)の影響で突然病(やまい)に倒れる人。 あの日のことを「思い出したくない」と心を閉ざす人。 大切な家族や友人を亡くし、「わしは、生きとってもええんじゃろうか?」と苦しむ人。 でも、生き抜(ぬ)いてくれた人たちがいてくれたからこそ、私たちまで命が続いています。平和な街を築き上げてくれたからこそ、私たちの命があるのです。 今、私たちは、生き抜いてくれた人たちに「ありがとう」と心の底から言いたいです。 忘れてはならない原爆の記憶や、核兵器に対する怒(いか)りは、年々人々の心から薄(うす)れていると思います。しかし、人の命を奪う戦争や暴力は、遠い過去のことではありません。 この瞬間にも、領土の取り合い、宗教の違いなどによる争いによって、小さい子どもや大人、私たちと年齢の変わらない子どもたちの命が奪われています。 失われた命の重さを思う時、何も知らなくて平和は語れません。 事実を知る人がいなくなれば、また同じ過ちがくり返され、戦争で傷つき、命を失った人たちの願いは、かき消されてしまいます。だから、私たちは、大きくなった時、平和な世界にできるよう、ヒロシマで起きた事実に学び、知り、考え、そして、そのことをたくさんの人に伝えていくことから始めます。 また、私たちは、世界の人々に、平和記念式典が行われ、深い祈(いの)りの中にある広島に来てほしいと思っています。ヒロシマのこと、戦争のことを知り、平和の大切さを肌で感じてほしいのです。 そして今こそ、平和を願う子どもたちの声に耳をかたむけてほしいのです。 みなさん、見ていて下さい。 私たちは、原爆や戦争の事実に学びます。 私たちは、次の世代の人たちに、ヒロシマの心を伝えます。 そして、世界の人々に、平和のメッセージを伝えることを誓います。 平成20年(2008年)8月6日 こども代表 広島市立幟町小学校6年 今井 穂花 広島市立吉島東小学校6年 本堂 壮太平和への誓い あの一発の原子爆弾が、この空でさく裂した日の一九四五(昭和二十)年八月九日午前十一時二分。このころ六歳の私は、爆心地より一・三キロほどの家野町の自宅からそう遠くない小高い丘で、友達とセミとりに夢中でした。そこには古びた山小屋があり、雑木林が茂っていて、緑の木立でセミが合唱していました。 私が、一緒に付いてきた三歳の妹に虫かごを手渡し、樹の幹のセミに、虫アミのさおを伸ばし始めた時でした。急に、飛行機の爆音がしました。驚き、怖くて、うろたえ、母の注意がよぎりました。友達は、慌てて駆け降りました。 私は、立ちすくむ妹を強引にひきずって、山小屋に逃げ込みました。その瞬間、まっ白い光と爆発、爆風、熱風を浴び、すさまじい破壊が始まりました。 私は、木片・がれきと化した木立や小屋の片隅から、吹き飛ばされて気絶していた妹をかき出しました。 自宅方面は、空も町も赤く染まって見え、その辺りから、衣服が燃えて狂ったようにもがく人、半身焼け焦げた人、肉がえぐれて血まみれになった人などが、次々、丘の峠に逃れてきては、町外れへと消え去りました。 私は、妹を背負ってさまよいました。力尽きて立ちすくんでいました。だれか助けてくれそうでしたが、私の体をみて、もうダメだろうと、置き去りにしました。 私は、左下腹部に竹が突き刺さって肉がえぐれ、血を流しながら妹を背負っていました。妹は衣服がこげて血を流し、震えながら「お母さん、お母さん…」と、か細く母を呼び続けます。はじめて「お父さん、助けて」と戦死して帰らぬ父が欲しくて泣き叫びました。 そのころ、爆心地・周辺・いたるところで、七万数千人が亡くなり、私を含め、七万数千人が傷つきました。 あの一発の原子爆弾は、空前の破壊力で放射線を浴びせ、一瞬にして、無差別大量殺りくをやってのける地球の人類の悪魔でした。 時を追うごとに増え続ける未曾有の悲惨さ。今も後障害に苦しむ多くの被爆者。あまりにも、不条理であります。 あの日の長崎市民は、みな、だれでも、人類の子であります。 あの日の広島と長崎は、人類の広島・長崎でもあります。 その両市への原爆投下は人類への投下であって、向かうべき人類の真理に背き続けて、それぞれの立場や都合でそれを正当化し、肯定し、擬制するものではありません。 人類の真理。それは「平和にいだかれた幸福と繁栄」。これこそ人類が命を懸けて子孫に贈り、未来を託す真理であります。 今、私たちはとりまく経済・社会の環境の中で、それぞれの立場や都合で「よろしく・おかげさまで・ありがとう」を言ったり言われたりしていることが多いと思います。しかし、人の得意とすることで滅びゆくことなく事を成すには、どのような立場の人でも「平和にいだかれた幸福と繁栄」に向けて進路を取り、その真理を尋ねて「よろしく・おかげさまで・ありがとう」を言ったり言われたりする―そうした勇気と信念をもって、誰もが心豊かな幸福を共有できるバランスのとれた環境をみんなの力でつくっていくことが必要なときでは。そう思えてなりません。 私はこれからも、核兵器のない世界の恒久平和を願って、足元から微力を尽くすことを申し上げ「平和への誓い」とさせていただきます。 平成19年8月9日 被爆者代表 正林克記
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秋元康については「安倍のこともおいおい」ですね。控えめに言って「李下に冠を正さず」、厳しく言えば「そんなんなら消えて宜しい」です。
私も彼のアンドリュー・バルトフェルド自民党の裏金問題を暴いた日本共産党の委員がいない政倫審は自民党の政治腐敗を加速させるだけでは? #自民党は利権と汚職と税金泥棒許すまじ共産排除を正当化する奴等は「揚げ足取りをするから」などとほざきます。それなら「おめえらは、死んでも他人にあれこれ指図するな」などと反論する権利がこちらにありますアンドリュー・バルトフェルド玉木を衒いて石を売る国民民主党は、学生を学びに集中させない誤った政策を推進しています。(国民民主党への強い疑問 (4)) #玉木雄一郎に騙されるな #国民民主党に騙されるな #玉木代表の議員辞職を要求する重要なのは、いまアルバイトしている学生のもので、本当に将来を見るならば、子ども手当を廃止してでも、この少子化時代、年少扶養控除の復活した方がいい?特定扶養控除の工作員z講談社と弘兼憲史が沖縄米軍への抗議運動に「辺野古日当デマ」。 #島耕作の辺野古・日当デマに抗議します #講談社不買 @morningmanga @KODANSHA_JP戦時中の講談社1938年の秋には出版大手の大日本雄弁会講談社が『南京城総攻撃』というタイトルの子供向けの本を出版した。そのなかでは,「報国百人斬競争」の物語がきわめてドラマチックTakeshi玉木を衒いて石を売る国民民主党は、学生を学びに集中させない誤った政策を推進しています。(国民民主党への強い疑問 (4)) #玉木雄一郎に騙されるな #国民民主党に騙されるな #玉木代表の議員辞職を要求するわざわざ自然を壊さなくとも、都心にゴルフ場もAEONもこそ作れるはずトピズレすみません…
「ゴルフ税」は必須かと
田舎に育ち、バブル期のゴルフ場開発ラッシュで、地下水が汚染された、とか野生動物(特にサルが)人里に出没するようになった津木野宇佐儀「原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたい」 (被団協、田中熙巳(てるみ)代表委員、2024年ノーベル平和賞授賞式で)No title>Takeshiさん
>国家賠償
憲法制定小委員会で議論された結果、現憲法に「国家賠償請求権」が明記されました。
先人たちの思いを「押しつけ憲法」論のいいようにさせては津木野宇佐儀政治を知らないスポーツ選手や有名人の自民党からの選挙出馬が悲しいAKIMOTO48の存在が不気味で怖い谷亮子のアホさと彼女を担ぎ上げた小沢にも、もうやめてくれよ!と思ったものです。
芸能人、局アナ、すぽーす選手…言葉は悪いですが「〇ホ」の一つ覚え…でもジミンだけで津木野宇佐儀個人経営の餃子屋さんへの堀江貴文による誹謗中傷に法の裁きを。強きを助け弱きを叩くジミン支配下ニッポソなら>工作員zさん
>返済できずに破産かもしれないネ
ホリエ某は、ジミンpowwwwwwwwered by 財界& assssssssssisted by 電通 がいる限り、そうはならないでしょうね(憤怒)
ass津木野宇佐儀全国民のための正しい政治を求めることは「共産主義的な物言い」だとする石原伸晃の発言が、「政治は自民のもの」という自民党の基本姿勢をよく示していた。補足です。 インドネシアにおける共産党員虐殺の主体には,イスラム法学者もいました。必ずしも共産党員及びそのシンパが犠牲になっただけでなく,中国人も犠牲になりました。軍が武Takeshi欧日間の経済連携協定で、欧州連合が人権後進国日本に「人権条項」を要求するのは当然である。天賦人権論最近の記事のコメント欄では脈絡がないので、村野瀬玲奈と天賦人権論を検索ワードにして出てきた記事にコメントします。
「こどもには権利も義務もない」と言っている地方kuroneko個人経営の餃子屋さんへの堀江貴文による誹謗中傷に法の裁きを。この方は、大阪万博の特別顧問だそう。ライブドアceo時に証券取引法違反で逮捕された前科。ロケット打ち上げ失敗の融資先はたぶん政府系金融機関でしょう?返済できずに破工作員z「まるで中国、北朝鮮」と言うのではなく、「まるで大日本帝国」と言おう。北朝鮮への帰還事業から65年 北朝鮮への帰還事業は1959年12月14日に新潟港から出発したのが第一陣で,2024年12月14日には65年を迎えました。当時朝鮮人は日本社会において貧困と差別に苦しみ,「地上Takeshi政治を知らないスポーツ選手や有名人の自民党からの選挙出馬が悲しいNo title来年は確か統一地方選挙もあるので、「地獄逝こう」と立憲で有名人を候補に擁立する猟官運動の類が頻発しますね。
「頭数にしかならんだろ」と冷めた目で見ています。今井アンドリュー・バルトフェルド政治を知らないスポーツ選手や有名人の自民党からの選挙出馬が悲しい体育会系芸能人はともかく、スポーツ選手つまり体育会系エリートは、割と自民党に近い思想を持っていると思います。
体育会系は軍隊であり、そこに民主主義などありませんから。怒りの日政治を知らないスポーツ選手や有名人の自民党からの選挙出馬が悲しい打越さくらvs中村真衣か オリンピックでのメダル受賞者の自民党議員となると,堀井学や橋本聖子のようにかんばしくない人を思い出します。中村真衣さんは早くから自民党の参議院議員になりたいとTakeshi全国民のための正しい政治を求めることは「共産主義的な物言い」だとする石原伸晃の発言が、「政治は自民のもの」という自民党の基本姿勢をよく示していた。インドネシアにおける共産党員大虐殺インドネシアは17500の島から成り,人口は2億3500万人。300の民族から成り,365の言語が話されています。留学生のリクルートのためにジャカルタに出張したとき,インドネシTakeshiハン・ガンさんのノーベル文学賞授賞講演のテキスト (メモ)No titleトピズレすみません
山口放送制作のNNNドキュメント「アボジが眠る海」は必見です
山口県宇部市の長生炭鉱の惨事は、恥ずかしながら、知りませんでした津木野宇佐儀ハン・ガンさんのノーベル文学賞授賞講演のテキスト (メモ)ハン・ガンさんの小説が尹錫悦大統領の弾丸を求めるデモに参加した若者曰く「今までデモに参加したことはなかった。でもハン・ガンさんの小説を読み光州事件のことを知り民主主義の危機を感じたの閉口ハン・ガンさんのノーベル文学賞授賞講演のテキスト (メモ)民主主義の勝利ハン・ガンさんの韓国でクーデターを起こして失敗した尹錫悦大統領への弾劾訴追案が一昨日(14日)可決されました。
心より歓迎したいと思います。
これは民主主義の勝利その閉口島根原発再稼働。大事故が起こったら日本政府も自民党も電力会社も誰も責任を取らないのに。そもそも原発は多くの欧米列強は脱炭素を悪用し原発を推進しようとしています。
しかし原発は核兵器の開発のためにつくられた悪しきものです。
さらにウラン採掘から運転・廃炉、廃棄物処閉口島根原発再稼働。大事故が起こったら日本政府も自民党も電力会社も誰も責任を取らないのに。危険だとわかりきっている原発が避難計画の策定が不十分の中、島根原発が再稼働されました。
これは暴挙そのものです。
一時盛り上がりをみせていた脱原発の声はすっかり下火になってしまいました。
なり閉口修学支援新制度において、成績要件によって機械的に支援を打ち切ることは低所得家庭の学生の学びと人生を危機にさらす偏った富を吐かせるもちろん、無償化は「学費」だけでなく、教育全般の無償化です
「GDP」では中国に続き、さらにドイツに抜かれましたが
まだまだ経済「大国」日本にはそれくらいの富はある津木野宇佐儀玉木雄一郎ドヤ顔の公約「手取りを増やす」は「玉木を衒いて石を売る」行為ではないか (国民民主党への強い疑問 (3)) #国民民主党に騙されるな #玉木雄一郎に騙されるな予想。給与所得控除55万円はいじれない。特定扶養控除での調整か年少扶養控除の復活かでしょう。柿ノ木扇蔵ハン・ガンさんのノーベル文学賞授賞講演のテキスト (メモ)疑問:M上青樹にどんな演説ができるのか??…∞またまたトピズレ、すみません
ここ何年か、過剰に喧伝され続けてきた某M上ペラ樹氏のノーベル賞受賞…
彼には絶対にない!
それより、生前に谷川俊太郎さんが受賞されてい津木野宇佐儀「原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたい」 (被団協、田中熙巳(てるみ)代表委員、2024年ノーベル平和賞授賞式で)No title 田中熙巳さんが日本政府が原爆被害者への国家補償をかたくなに拒んでいることを批判したことについて、ネットでは「補償ならアメリカに求めろ」とか「結局は金か」と罵倒クテシフォン島根原発再稼働。大事故が起こったら日本政府も自民党も電力会社も誰も責任を取らないのに。鼻先の馬は必死、目先のジジイ・オヤジは「一代主義」の「お主も悪よのう」福島原発事故でまき散らされた放射能はしばらくしてドイツでも観測されたそうですし、海洋汚染もアメリカに到達しています。
推進派はともかく、世界からはニッポソの核お津木野宇佐儀大日本帝国のおかしたたくさんの過ちの一つ、太平洋戦争の開戦。(1941年12月8日、真珠湾爆撃)No titleそして、南京と・だけでない「蝗軍」の蛮行…
「ゴメンで済んだら警察いらん」と言いますが、まだきちんと「ゴメン」も済ませていないニッポソ…
いつになったらアジア全土で津木野宇佐儀論外取締役デマ工作についての最初のぬるい謝罪を批判されてやっと「沖縄の方々」に謝罪した弘兼憲史と講談社。しかし、まだ問題は残っています。 @morningmanga @KODANSHA_JP講談社は滅ぼされて然るべき理由を自分で作っている一つ
ワニブックスを買収したこと。私としては「アイドルのグラビア雑誌などの収入でヘイト本を作っている」扱いなので「やっちまった」という感があります。
新書は「石しアンドリュー・バルトフェルド1937年12月13日は大日本帝国軍による南京占領の日。南京虐殺の蛮行の歴史を忘れず、犠牲者を悼み、蛮行を繰り返さないと誓う。8月6日と8月9日に原爆被害を思い出すように。12月13日は聖ルチアの記念日でもある。イタリアの歌謡でサンタ・ルチアとして歌われるシラクサのルチアの記念日は、西欧では12月13日とされています。ルチアは生涯を神に仕えることを決意し、自分の財産を貧しいTakeshi1937年12月13日は大日本帝国軍による南京占領の日。南京虐殺の蛮行の歴史を忘れず、犠牲者を悼み、蛮行を繰り返さないと誓う。8月6日と8月9日に原爆被害を思い出すように。2024年12月13日は南京大虐殺から87年2024年12月13日は、南京大虐殺から87年を迎えます。日本人学校の生徒が殺害される事件が起こり、かなり緊張感が高まっているようです。今の中国では大学を卒業しても希望しTakeshi