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こわがりやさん

May 17, 2013
A Skittish Bird at the Airport
By DEBBIE SHAPIRO


Dear Diary:

ニュワーク空港のシカゴ行き出発ロビーでのことです。私と弟夫婦の三人で椅子に並んで腰掛けていました。すると、私たちのすぐそばの椅子に腰掛けていたご婦人が足元に置いたペットキャリアをの中から、時々すごく奇妙な、キーッという大きな鳴き声が聞こえてくるのです。中に何が入っているのかは見えなかったのですが、一体何かしら? ネズミか何かそれに近い動物かしらと想像をめぐらしていました。

搭乗案内が始まって機内に乗り込むと、その女性が通路をはさんだとなりの座席にペットキャリアを持って腰掛けました。私は興味津々、中に入っているのは何なのか、お尋ねしないではいられませんでした。

「鳥よ、鳥が入っているの」

女性は気軽に応えてくれました。そしてこう付け加えたのです。

「この子ったら、空を飛ぶのが嫌いなのよ!」

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窓際コンサート

May 15, 2013
A Window Concert in Brooklyn Heights
By MAGGIE LEVINE


Dear Diary:

自転車に乗って坂道を下る。上着なし。通りの木々に花が咲き誇っている。春は後戻りしない。この季節以上に心地良い季節はない。

通りの角を曲がってブルックリンハイツのレンガの壁の前までやってきた。建物の前の歩道には大勢の人が白い折り畳みイスを並べて腰掛けている。私の友達のエリカもそこにいた。信号待ちの車からわざわざ窓を開けて何ごとかとのぞいている人がいる。

通りの反対側にも人が集まっていた。本格的な自転車乗りの服装に身を包んだ幾人かがロードバイクをとめてサドルの前に身体をずらし、両脚を広げて地面に立っている。若い女性が彼氏に肩を抱かれて寄り添っている。とても幸せそうな様子だ。少し奇妙な金髪を普通以上に長く伸ばした年老いた女性が身じろぎもしないで立っている。ノルディック・ヒッピーのポロシャツを着た男の人がいる。この人、ブルックリンハイツの住人かしら? 今まで一度も見たことがないのはどうしてだろう?

この人たちみんなが正面の建物の、開いた窓の一つを熱心に見つめている。

ようやく分かった。窓から見えているのはアップライトピアノの裏側だ。たどたどしい和音の響きが聴こえてきた。どこかで聴いたことがある曲、クラシックでないのは確か。ポピュラー・ソングに違いないけど、いつ頃の曲か思い出せない。

これ、リサイタル?

よく見ると窓ガラスの端に張り紙がしてあった。「第4回 窓際コンサート」

陽気で賑やかなその曲が終わると、みんな大きな拍手と歓声をあげた。すると一人の少年が窓から顔を出してお辞儀をし、また奥に引っ込んだ。あんまりその動作が素早くて、ほとんど顔を見ることができないほどだった。

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努力は実る

May 7, 2013
Training a Subway Musician
By JACOB FROMMER


Dear Diary:

毎日のように電車通勤を続けているが、この二年間ずっと変わらない光景が一つだけある。ギターとパンフルートを携えて演奏する男だ。

私がその男の前を通り過ぎるのはいつもラッシュアワーを過ぎた午前10時ころなのだが、男の足元に置かれたギターケースの中には、1ドル札がほんの数枚と小銭が少々くらいしか入っていないことがほとんどだった。毎日見かけていると嫌でも気づくことだが、男のレパートリーは「ホテル・カリフォルニア」をはじめとするイーグルスの名曲が数曲だけで、いつも変わりがない。

ある日私はこのミュージシャンのために、あるいは私も含めた他の通勤客のためにと言ってもよいが、一冊のロックギターの楽譜を買って手渡した。

それから二ヶ月たったが何も変わらなかった。ようやく3月になって、ある日、駅の階段を降りているといると、ビートルズの曲(パンフルート版だ)が聴こえてきた。しかもギターケースの中は、いつもとは比べ物にならないくらい、チップで一杯になっていた。

通り過ぎざまに、男は私に向かってウィンクして挨拶した。私はにやりと笑顔でうなづいた。

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タクシー、今は昔

May 8, 2013
A Corporal’s Taxi Ride
By VICTOR WASHKEVICH

Dear Diary:

38年間もマンハッタンのミッドタウンで働き続けていれば、タクシーに乗っていて不愉快な思いをしたことも少なくない。そんな時私は目をつぶって、はるか昔のある日の出来事に思いを馳せることにしている。

それは1951年の6月のことだった。当時軍隊に所属していた私は久々に休暇を与えられて、マンハッタンの家へ帰る途中だった。軍服姿のまま荷物を抱えてラガーディア空港に着いたのは深夜だった。ここからマンハッタンまでタクシーに乗って行くというのは駆け出しの下士官の安月給では無理というものだ。とりあえずタクシーには乗り込んだが、運転手が「どちらへ?」と聞くと間髪入れずに、不遜な態度でこう応えてやった。「ああ、どこでもいいから一番近くの地下鉄の駅までやってくれ」

運転手は大いに面食らったようだったが、私はさらに調子に乗ってこう付け足した。「俺はマンハッタンに住んでるんだ。軍隊は安月給だからな。休暇中の小遣いを減らしたくないのさ」

運転手は妙な唸り声をあげてメーターを倒すと、車を急発進させた。猛スピードで走りながら通りに面した地下鉄の駅を次から次へと素通りしていく。これには驚いた。声も出せなかった。メーターはどんどんあがっていく。手持ちのわずかばかりのお金が無くなってしまう・・・。

ついにマンハッタンに入った所で運転手が振り向いた。そしてにやりと笑いながらこう言った。「肝を冷やしてたんじゃないか? え、どうなんだ? まあいいさ、実はな、わしのせがれもな、軍隊で頑張ってるんだ。それでな、お前さん、タクシー代が心配なんだろ? だったらよーく聞くんだ。俺はな、お前さんから一銭も受け取ろうなんて思っちゃいないのさ。」

あり得ない、今ではまったくあり得ないこんなことが、昔は本当にあったのだ! 

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どこまで?

May 1, 2013
An Attempt at a Good Deed
By CLAUDIA GRIESBACH-MARTUCCI


Dear Diary:

24番通りと八番街の角で、目の不自由なお年寄りが、「誰か手を貸してくれんかねー」と声をあげました。歩道が工事中で回り道をしなきゃいけないようになっていたのです。たまたま私は近くを歩いていて、それで、何のためらいもなしにそのおじいさんの腕をとって付き添ってあげることにしました。人助けの気持ちが先走ったのね。そのとき自分が夕べの乱痴気パーティーのド派手な服装のままだということをすっかり忘れてました。紫と青の、お尻が半分見えそうなくらい小さなリップドデニムに、「I NY」のロゴ入りハーフトップでおヘソ丸出しというファッションでした。

回り道は迷路のように曲がりくねっていて、一緒に歩いている間じゅう、おじいさんは乾いた唇から息を吐きながら、ほとんど聞き取れないくらい小さな声で「ありがとう、ありがとう」と繰り返してました。ようやく迷路の出口を出て25番通りにたどりついたので、「オーケー、おじさん、ここまでくればもう大丈夫ね。」と言って肩をたたいてお別れしようとしたら・・・。

「27番通りじゃよ。27番通りまで行かなきゃならんのだよ」とおっしゃるのです。

私が乗る電車の出発時刻まで、あと20分。私たち二人の歩くスピードはカタツムリよりも遅い。しかし、しかーし、私の中で、道徳を重んじる心が合理的な判断を打ち負かしたってわけです。「オーケー、分かったわ。27番通りね」

そうしてまた一緒に歩き始めると、道行く人がみんな私たちのことをじろじろ見るんです。奇妙なカップルだから。薄手の上着から肌が透けて見えるし、そんなに見られると気になるじゃないですか。とにかく全然見ず知らずのこの老人と身体をぴったりと寄せ合って歩いているもんだから、体臭と口臭がひどくて、吐き気がしそう。この人、もし眼が見えてたとしたらどうするの~って感じでした。

ようやく27番通りについて、ほっとして、「さ、着いたわよ、おじさん」と告げました。そしたらなんと「五番街、ここから五番街まで頼むよ」と言われたの。これじゃ約束違反だわね。

「おじさん、よく聞いて。さっき27番通りまでって言ったでしょ。もう大急ぎで行かなきゃ、私、電車に乗り遅れるわ!」

私はそう言ってその場を立ち去りました。そのとき、ああ、私はもうガールスカウトじゃないんだなあ、とあらためて感じてしまいました。足早にその場を離れて行く私の後ろの方から、あの老人の声が聞こえて来ました。「誰か手を貸してくれんかねー」

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ニューヨークを演出する

April 30, 2013
A Director Calls for Lights, Camera and Depression
By MICHAEL FOLEY


Dear Diary:

カリフォルニア州のユニバーサルスタジオにある屋外セットでテレビドラマの撮影が行われていた。ニューヨークの市街を模したセットで、総勢130人にのぼるエキストラが通りを行き交っている。その様子を見渡しながら助監督のジョニー・ハダッドが叫んだ。

「皆さーん、いいですか、ここはニューヨークです! もっと、さっさと早足で、携帯使いながら歩いて。それから、もっとずっと不機嫌そうにお願いします!!」

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祈りをこめて

April 29, 2013
At the Post Office, Praying for Delivery
By ANNE-LISE VERNIER


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Victor Kerlow

Dear Diary:

先週の月曜日の朝、アルゼンチンに住んでいる友人にお誕生日のお祝いカードを送るために、急ぎ足で郵便局に行きました。

彼女の誕生日までにカードが届くかどうか心配だったので、係の人に尋ねてみました。「すいません、あの、このカード、あちらに届くまでに何日くらいかかるか分かりますか?今週の金曜日が誕生日なので・・・」

すると係の人はしばらくのあいだ真剣に考えた後、大真面目でこう言いました。「そうですね、今度の新しいローマ法王はアルゼンチン出身の方だというのはご存知ですよね。もしあなたが神を信じるなら・・・、奇跡も起きるでしょうし、このカードも無事、間に合うように届くと思いますね。」

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訳者注:
2013年3月13日に就任した第266代ローマ教皇フランシスコはアルゼンチンのブエノスアイレス出身で、南北アメリカ大陸出身者としては初めて教皇に就任した。

ご参考
「ローマ法王」と「ローマ教皇」、どちらが正しい?

スイセンの想い出

April 19, 2013
A Decade Later, an Appreciation for the Daffodils
By RUBY BARESCH

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Angel Franco/The New York Times

Dear Diary:

街の公園にスイセンの花が咲き始めると、2002年の春を思い出す。ある日突然、街中のあちこちに驚くほどたくさんのスイセンの花が現れた。本当にどこにでも、ほんの小さなスペースと土さえあれば、そこにはスイセンの花が顔を出していた。

前年の秋に起きた同時多発テロ事件の後、オランダから贈られてきた百万個のスイセンの球根が、一斉に花を咲かせたのだった。億万長者を含む大勢のオランダ人とロッテルダム市が、この街に寄付してくれたその球根は、大勢のボランティアが力を合わせて、余すことなく、この街のあちこちに植えられた。

それ以来、毎年この時期に咲き誇る街のスイセンを見るたびに、あのときの、大勢の人々の善意を思い出す。改めて、心から感謝の気持ちを捧げたい。本当に有り難いことだった。

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Richard Perry/The New York Times
2001年10月、マンハッタンの公園内で球根を植える学生ボランティアたち。世界貿易センタービルの被害者を追悼するために、当時、全市を挙げて取り組んだ「百万個の球根を植えよう」プロジェクトの一コマ。

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ニューヨーク流の親切

April 17, 2013
A Lasting Memory From the First Days in New York
By PATRICK MCNAMARA


Dear Diary:

ニューヨークに引っ越してきたのは1983年の夏のことでした。それまでこの街には一度も来たことがなく、就職するのも生まれて初めて。知り合いもほとんどいませんでした。初めの頃はこうしたことすべてが一緒になって、何かこの街に圧倒されるような気がしたものです。

その後ずっとこの街で暮らしてきましたが、ごく最近ニューヨークを離れてよそへ引っ越しました。その引っ越しの日の数日前に、グリニッジ・ヴィレッジの通りを歩いていたとき、ふと昔のある出来事のことを思い出しました。それは私がニューヨークに引っ越してきた最初の週のある日の出来事、私にとってとても貴重な体験の思い出です。

会社勤めの最初の一日を無事に終えて、マーサー・ストリートのアパートメントへ帰る途中、スーパーに寄って買い物をしました。オフィス帰りなので手にはブリーフケースを持っていました。色々と思いつくままにカートに入れて、さてレジを通してみると、いかにも新人らしい失敗をしてしまったことに気がつきました。あまりにもたくさん買いすぎたのでした。パンパンに詰まった大きなレジ袋とブリーフケースを右手に、そして左手にはもう一つこれもまた同じくらい詰め過ぎたレジ袋を提げて、お店から出ました。

重たいレジ袋二つとブリーフケースを両手に提げてヨチヨチ歩き、なんとかアパートメントの入り口まであとわずか100メートルというところまで来た時、とうとうレジ袋の一つが裂けました。中に入れてあったものが私の足元の歩道の上に散乱しました。幾人もの人がそばを通り過ぎて行きます。殆どの人は表情も変えずに無視して通りすぎて行きました。

なんてみじめなことでしょう。自分のことがほんとに情けなくなりました。初めての一人暮らし、初めての就職、初めての大都会ニューヨーク。そして、それなのに、私ときたら買い物ひとつきちんとできない!! こうしたことすべてに、当時の私は、本当に圧倒されていたのでした。

するとそのとき、一人の若い女性が私の目の前に立ち止まりました。レジ袋を二つ、手に提げています。それぞれ中身は半分ほど入っています。その女性はそのレジ袋を二つとも地面に降ろすと、黙って一方のレジ袋の中身を他方のレジ袋の方へと移し始めました。そうして一つの袋にすべてをまとめると、空になった方のレジ袋を私に差し出したのです。私は「ありがとうございます」とお礼を言いました。その女性はただ小さくうなづいて、そのまま歩いて行ってしまいました。

この小さな出来事はその後ずっと私の心の中にとどまり続けていました。ニューヨークにやってきたばかりの頃の私は本当に一人ぼっちで、大都会の中の孤独というものに苛まれていました。でも、この出来事があって、気がつき始めたのです。ニューヨークという街は確かに、人に頼るんじゃなくて自分でしっかり生きていかなきゃいけない街ではあるけれど、それは必ずしも他人のことには一切お構いなしということではない。ニューヨーク、そしてニューヨーカーは、あなたが必要とするものを、必要とする時に、提供してくれることだってたくさんある。それも大抵の場合、さりげなく・・・。

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「スワン家の方へ」出版100周年

April 16, 2013
Proust at the Morgan Library
By TOM HUGHES


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Marilynn K. Yee/The New York Times: Clare Eddy Thaw Gallery of the Morgan Library & Museum.

Dear Diary:

場所:モルガン図書館&博物館の特別展示場。マルセル・プルーストの全七巻からなる代表作「失われた時を求めて」の第一巻「スワン家の方へ」の出版100周年を記念して、直筆原稿などを含めた特別展示が行われている。

展示場はとても静かで、隣で見学している人たちの会話が耳に入るのは避けられない。展示場へ一組の夫婦が入ってきた。少しとまどい気味の妻の手を引いた夫が、大股で勢い良く進んで来る。

学生ノートに記されたプルーストの手書き原稿の前で立ち止まり、熱心にのぞきこむ(この人はプルーストの大ファンに違いない)

夫:「うーん、これはすごい!!」

妻:「それで、プルーストって、何がすごいんでしたっけ?」

夫:「長いんだよ。とにかく長い小説なんだ」

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プルースト自筆ノート(落書きも)「スワン家の方へ」の一部

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訳者注:
マルセル・プルーストは20世紀初頭に活躍したフランスの小説家。その代表作はもちろん「失われた時を求めて」です。この小説の第一巻「スワン家の方へ」が出版されたのが1913年。今からちょうど100年前でした。プルーストはその後も死ぬまで延々とこの長編小説を書き続け、最後の第七巻が出版されたのは、プルーストの死後5年めの1927年のことでした。

たとえこの本を読んだことはなくても、ある日プチット・マドレーヌを紅茶に浸して口に入れた途端、思いがけず遠い昔の記憶が蘇るというエピソードは有名なのでご存じの方も多いでしょう。

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何しろ本当に長い小説なので果たしてどれだけの人が全巻通読したでしょう。かく言う私も若いころ全巻購入して今でも書棚に置いてありますが、途中で挫折したままです。。。 

不安症

April 5, 2013
Shopping and Anxiety
By STEPHANIE LAZAR

Dear Diary:

アッパーウェストサイドのベッド・バス&ビヨンドで買い物をしていたときに、たまたま聞こえてきた会話をご紹介します。これ、作り話じゃありません。ほんとのお話なんです。

登場人物:二人の中年男性

男性その1:「なるほど、今まで週に1回のセッションだったのを、週2回にするって言われたわけだ。で、その理由は何だって?」

男性その2:「ああ、不安症が悪化してるって言われたんだ」

男性その1:「実際そうなのかい?」

男性その2:「いや、自分じゃよく分からないんだ。でも、俺が本当に心配なのはさ、いつか電話がかかってきてその医者が死んじまったって言われたらどうしようってことなんだ。そんなことになったら、俺は一体どうすればいいか、ほんとに分からないんだ」

男性その1:「そうなる前に、その不安症が治っちまうってことを期待しようぜ!」

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猫の名前は・・・

April 3, 2013
A Timely Cat Emergency
By DORIA STEEDMAN

Dear Diary:

私の娘は子供の頃からずっと大の動物好きです。最近はブルックリンのキャット・シェルターでときどきボランティアをしいます。

月曜日の朝、その娘が電話をかけてきました。いつもの調子でおしゃべりしようとした私をさえぎって、こう言われました。「ママ、聞いて。今わたし、キャットシェルターにいるんだけど、大変なの! 猫屋敷に閉じ込められてた可哀想な猫が、20匹も保護されてきたの!」

「まあ、なんてこと!」と私は思わず声をあげました。

娘が言うには、彼女の夫と話してそのうちの二匹はとりあえず彼女の家で預かることにしたのだそうです。そうしてさらに別の二匹を私の家で預かってほしいというのです。私はそれは無理だわと答えました。うちのあの年寄り猫がきっと我慢できないにちがいありませんから。

「大丈夫よママ、二階に上げなきゃいいのよ。もうすぐシェルターの人が二匹を連れて車でそっちに着くわ。もうほんとに着く頃よ。お願いっ。力を貸し手欲しいの!」

こうまで言われて、しかたなく引き受けることにしました。そして、ちょっと悪かったかなと思い直して、もしあれだったら、三匹でもいいわよ、と言い足しました。

すると、それはいいからと断って、こう続けたのです。「今そっちへ向かっている二匹の猫ちゃんの名前、教えるわ。いい? 『エイプリル』と、『フール』っていうの!」

ええそうですとも、またあの娘にやられたわ。

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訳者注:
「猫屋敷に閉じ込められてた可哀想な猫が、20匹も保護されてきたの」というところ、原文はこうです。
「The shelter has just rescued 20 cats from a hoarder.」

ここで「hoarder」というのは動物虐待の一種である「Animal hoarding (アニマル・ホーディング)」を行なっている飼い主(病的なアニマルコレクター)のことです。

アニマル・ホーディング(または劣悪多頭飼育)とは多数のペットを劣悪な環境下で飼育することを意味し、動物愛護の観点から、また、公衆衛生の観点から、様々な問題が指摘されています。

当て逃げ

March 26, 2013
A Sidewalk Hit and Run, With a Suitcase
By SALLY WENDKOS OLDS


Dear Diary:

それは1月のある日のことでした。ちょうどお昼時でマジソン・アベニューの歩道は大勢の歩行者が忙しそうに行き交っていました。そのとき急に右足に、何か痛みが走りました。足元を見るとスーツケースのローラーがちょうど私の靴の上を通りすぎて行くところでした。綺麗に着飾った一人の女性が後ろ手にローラー付きのスーツケースを引っ張りながら真っ直ぐ前を見て、後ろで何が起こっているかに一切お構いないしに颯爽と歩いているのでした。

不注意な人が車を運転していて人をはねたことに気づかずにそのまま行ってしまうように、彼女は自分のスーツケースが私の足をひいたことに全然気が付かなかったのです。

彼女は早足でどんどん進んでいきます。同じ方向に歩いていた私は痛めた右足をちょっと引きずるようにして、ゆっくりと歩きました。しばらく進むとその女性が交差点の赤信号で立ち止まっています。私は彼女の隣に並んでにこやかな笑顔で話しかけました。「あの、もう少しそのスーツケース注意して運んだ方がいいですよ。さっき私の足にぶつかったのよ」

私のことを振り返った彼女は、私が少なくとも30歳以上は年上の老人だということがすぐに分かったはずなので、「まあ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」と心配そうに謝ってくれるとばかり思っていました。とんだ間違いでした。

実際に返ってきた言葉はこうでした。「しっかり注意して歩いた方がいいんじゃありません?」そして畳み掛けるようにこう聞いてきたのです。「あなた、私の後ろにいたの? それとも前?」 私は、後ろと答えました(彼女が肘で私を押しのけて前へ進み出るまでは隣に並ぶようにしてあるいていたのですけどもね)。「あらそう」スーツケースを引き寄せながら彼女は言いました。「それならあなたの方がもっと気をつけるべきよね。後ろに眼がついてるわけじゃないんだから!」

「まあ、あなた責任をとらないのがお上手なのね」と言うのが精一杯でした。すると彼女はこれを褒め言葉とでも受け取ったのでしょうか、「サンキュー」と返事をしたので驚いてしまいました。

信号が変わって彼女はまた足早に立ち去っっていきました。私の隣にいた青年がその後姿をあきれたように見つめています。そして私の方を向いて目配せしました。こうしてこの出来事を見知らぬ若者と共有できたこと、そして私はまだニューヨークを愛していると思えたことをとても嬉しく思っています。

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靴磨き職人のドン

March 22, 2013
Shoeshine Notes
By JOE WIEDER

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Don at his shoeshine stand. Joe Wieder

Dear Diary:

47番通りとアベニュー・オブ・ディ・アメリカスの角に靴磨きのスタンドがあって、そこに靴磨き職人のドンがいる。私は最近そこをちょくちょく利用するようになった。

初めて彼に靴を磨いてもらったときのことはよく覚えている。たまたま通りかかった私に大きな音で舌を鳴らして注意を引き、満面に笑みを浮かべながら薄汚れたローファーを指さしてこう言ったのだ。「だんな、またそろろ大事にしてやんないとね!」 それから私はドンのファンになった。

ドンの靴磨きスタンドに行くたびに面白かったことを心にとめるようにしている。そのうちのいくつかを紹介しよう。

12月初旬の天気のいい晴れた日の事だった。スタンドの椅子に腰掛けていると肌寒い。もうすぐ本格的な冬がやって来る。私はドンに電気ストーブを置いらどうだいと勧めてみた。それにエスプレッソのサービスがあるとなおいいんだがと。

「いやー、んなこたぁ、要らん世話ですよ。ケツの下に手を敷きゃ寒くねえし、エスプレッソは自分で買ってくりゃいいんですよ!」

また、別のある日には、ビシっとしたスーツを着こなして高そうなウィングチップを履いたビジネスマンに、磨いた方がいいよ、どんだけ汚れてるかちゃんと見てみなよと何度も声を掛けたあげくに無視された。そしてドンがその男の背中に向けてかけた言葉がこうだ:「ああ、そうかい。だけどな、あんたの自尊心だってずっとそのまま永遠に無傷でいられるってわけじゃねえだろ。 どうすんだい? いつかすり切れっちまった時はよぉ!」

ドンが声を掛けた時にチラッと振り返った別のビジネスマンのときはこうだった。「そうさ、ちゃんと認めたよ。今、自分の靴に問題があるってことを認めたんだよ。まず認めることが大事なんだ! さあ、こっち来なせえ。お次はあんただよ!」男はドンに誘われるまま椅子に腰掛けた。大成功。

若いビジネスマンが急ぎ足で通りすぎようとしていた。一心不乱にiPhone の画面を見つめて何やらしきりに操作しながら歩いている。ドンは後ろから大きな声でこう言った。「靴!そこの兄さん、自分の靴を見てみなよ。オンラインじゃ、靴磨きはできねえよ!」 

若者はiPhone から顔を上げて何ごとかと振り返り、足元を見ると、ドンの指さす椅子に座るため、引き返してきたのだった。

まったくドンという男は大した詩人であり、マーケティングの天才だ!

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新たな結婚観

March 19, 2013
Committed, Sort Of
By JOHANNA HENRY


Dear Diary:

チェルシーの地下鉄の入り口で、ふと聴こえてきた会話。

「そうよ、私たち、完璧な一夫一婦制というわけじゃないの。一夫一婦制的な関係ってわけ」

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訳者注:
本日の投稿は極めて短いものなので、全文を下記に記します。

Overheard entering a Chelsea subway station:

“We’re not monogamous; we’re monogamish.”

「monogamous」というのは夫と妻それぞれ互いに一人だけを認める一夫一婦制の婚姻制度。これに対する語は「polygamous」で一夫多妻または一妻多夫。

「monogamish」というのは造語。本来そういう活用形がない単語に「-ish」とつけることによって「~的な」とか、「~っぽい」といったニュアンスを出す用法。

「monogamish」な婚姻形態とは、原則としては一夫一婦制ではあるものの、それにガチガチに縛られるわけではなく、お互いに納得の上で、たまにはそれぞれ第三者とのお付き合いも認め合うという関係のこと。

この言葉(というかこのような関係)は、Urban dictinary にも記載されているくらいなので、結構広まっているんでしょうねえ。「monogamish

ゲイとユダヤ人

March 15, 2013
A Lubavitcher and a Young Gay Latino Board a Plane
By WILFREDO RAMOS, JR.

Dear Diary:

スイスのチューリッヒからニューヨークのケネディ空港へ向かう飛行機に乗った。隣の座席にユダヤ教ルバビッチ派の装束に身を包んだ男が座った。これで道中楽しみにしていた映画「マジック・マイク」を観ることをあきらめた。イケメンのマット・ボマーが胸をはだけるシーンを観る代わりに、となりで男がテフィリンにキスしている様子が目に入った。窓の外にはちょうど飛行機の翼があって景色も楽しめない。これは長い旅になりそうだと思った。

しばらく経ってスイスで買ったチョコレートの最後の一個をつまんだとき、隣人があの味気ないコーシャー・ベーグルを手にしてじっと眺めているのに気がついた。ちょっと可哀想な気がして、チョコレートを勧めてみた。男は丁重に断った。僕は食べるのをやめて箱にしまった。すると男がどこへ向かうのかと話しかけてきた。

僕達二人は飛行機が大西洋を渡り下降を始めるまでに、シカゴの人種差別問題や英文学専攻の価値、そしてスイスと比較したアメリカのオープンさなどについて語り合った。機体が大きく弧を描いてさらに下降し始めて会話が途切れた。眼下には空港へと続く海が見える。白波の花があちらこちらに咲いている。その花びらの上にたよりなげに浮かぶ小さな船の群れ。対岸の街は一面、やわらかな朝日に照らされていた。

こうしてルバビッチ派の老ユダヤ人とラテン系ゲイの若者がニューヨークに到着したというわけだ。ここまでの長旅を後にして、この先の、もっともっと長い旅に足を踏み出すために。

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訳者注:
ルバビッチ派はユダヤ教の中でも超正統派と呼ばれる厳格な宗派の一つ。ユダヤ教伝統の様々なしきたりや教えを厳格に守る。食事はコーシャーに限り、同性愛は認めない。
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マジック・マイク」は男性ストリッパーの世界を描いた話題騒然の映画。
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このエントリーの投稿者がお気に入りのイケメン、マット・ボマーは右側の男性(もちろんゲイ)。

「テフィリン」とはユダヤ教の宗教用具の一つで四角い小さな革製の箱。お祈りのときにこれを頭と腕に革ヒモで取り付ける。画像はこちら。日本の山伏もなにか似たようなものをおでこに付けてますよね。




妊婦 vs 障がい者

March 13, 2013
For a Subway Seat, Weighing Pregnancy Against Infirmity
By STEPHANIE NEEL


Dear Diary:

ある日の朝、時刻は8時45分。マンハッタン行きの地下鉄の駅のホームで電車を待っていました。冬の終わりの肌寒い、雨降りの日でした。電車は遅れてもう15分も待たされています。ホームはどんどん人が増えてきて混雑してきました。

ようやく電車がやってきたのですがもうすでに満員です。それでもみんな遅刻してはならじと湿気の充満した混み合った車内に押し合いながら乗り込んで行きました。するとドアが閉まる直前になって、座席に座っていた一人の男性が急に立ち上がり、あわててホームへ降りて行きました。

満員電車の中でぽっかり一人分の座席が空いたのです。そばに立っていた二人の乗客が同時に、その席へ座ろうという動作をみせました。そしてお互いの顔を見て立ち止まったのです。一人は年配の男性で杖を使っています。もう一人の方は若い女性で妊婦さんのようです。

車内の乗客はこの状況をみて皆息をひそめました。さあ、これはどちらの方が優先されるべきでしょうか? お二人の間で言い争いが起きたりするのかしら? 誰か他に席を立つ人はいないのかしら?

電車がホームを離れて進みだすと、ついに男性が言いました。「杖よりお腹の赤ちゃんじゃ、杖よりお腹の赤ちゃんが優先じゃ!」

この言葉に車内のみんなが笑顔になって、そこかしこで拍手が沸き起こり、ほっとうなずき合う乗客もいました。それでもそれで解決したわけではなく、二人は何度も互いに相手に座るよう勧めあって、結局、杖を持った男性が座席に腰掛けることになりました。女性は、自分は次の駅で降りからと、どうしても座ろうとしなかったのです。この様子を目撃した私たち乗客は皆本当に心和む思いでした。

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訳者注:
杖をついた男性のセリフ、原文はこうです。「 “Pregnancy beats cane! Pregnancy beats cane!”」

銃と教会

February 28, 2013
Guns and the Pulpit
By ALESSANDRA LONGO


Dear Diary:

ハーレムにあるファースト・コリンシアン・バプティスト教会の礼拝堂。説教壇に立つ牧師は額から汗を流しながら熱心に説教を続けていました。礼拝堂に並ぶ長椅子は信徒で埋め尽くされています。牧師の熱烈な言葉に応じて、あちこちで感謝の言葉が聞こえます。生きていることの幸せ。この日、ここに皆で集まることのできた幸せ。この日集うことのできたすべての人々、そしてそれに続くすべての人々にとって、特別な一日。

そんな雰囲気が一変したのは突然のことでした。感謝の言葉や「アーメン」という声のさざめきに代わって沈黙が訪れました。牧師が皆に向かってこう言ったのです。「お集まりの皆さんのうち、愛する者を銃による被害で失ったことのある人は、どうぞ前へ、この説教壇の前までお越しなさい。」

集まった信徒のうち半分ほどが立ち上がり、前へ進みました。

私は座ったままでした。この会衆の中で私はほんの一握りの白人の一人。右隣に座っていた友人は8歳の息子をきつく抱きしめました。彼女にとってその子は全世界そのもの。でも、世界にとっては、その子はどこにでもいる小さな黒人の一人。怖ろしい統計数字との境界で不安に暮らしているようなもの。私の友人は今日は立ち上がって説教壇に向かう必要はなかったけれど、明日はどうか、何の保証もない。この男の子の将来、そしてこのコミュニティの将来は、この町のどこか違う場所で決められてしまう・・・。

左隣りへ目をやると長椅子は端まですっかり空席になっていました。ついさっきまでそこにはずらりと人が並んで座っていたのです。私は胸が締め付けられるような思いで床に敷き詰められた真紅のベルベットをながめました。いったいどうすれば皆の意見が一致する方法を見つけることができるのでしょうか、ここに集まった私たちのうちの半分が、身近にそんなつらい経験をしているというのに。

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Deep Thoughts on the Bus

March 7, 2013
Deep Thoughts on the Bus
By SHANT SHAHRIGIAN


Dear Diary:

バスに乗ると、時に哲学的な気分になるのはなぜだろう。私たちの頭のなかに漂っている思いがラッシュアワーの混みあった車内で押し合いへし合いしているうちに、ついに頭の中から飛び出してくるのだろうか。

私は普段は自分の思いをあまり口にだすことはしない。しかし、折りにふれ、公衆の面前でソクラテスも顔負けなことを言う人に出会うことがある。

寒さの厳しいある日の夕暮れ、クィーンズを走るバスの中、小太りでおしゃべり好きな中年の女性が誰彼かまわずそばに居る乗客に話しかけていた。「今夜のゴールデン・グローブ賞、誰か観る・・・?」 他の殆どの乗客同様、私は目をそらした。

すると突然その女性は大きな笑い声を立て始めた。自分の言ったことに自分で大笑いしているようだ。ずい分突拍子もないことなので、彼女の隣に居た人が、何がそんなに可笑しいの?と尋ねたほどだ。

「えっ、なに? みんなの前で笑っちゃいけないの?」

「いえ、そういうわけじゃなくて、ただ、何がそんなに愉快なのかなと思って・・・。」

「どうしてみんな、人が笑ってる時にはその訳を知りたがって、一緒に笑おうとするのかしら? 人が泣いてる時には誰もそばに近寄ろうともしないのに!」

今やもっと注意深く彼女の言葉に耳を傾けていた乗客の多くが(私自身も含む)、肩をすくめた。その日以来私は何日も寒い夜に同じバスの中で、彼女の言葉を思い出し、思いを巡らせた。

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ガン病棟にて

March 8, 2013
Waiting for Radiation Treatment, an Inspiration
By E. ANNE LIPMAN


Dear Diary:

友人のフランに付き添って「スローンケタリング癌センター」に行ったときのこと。受付を済ませて待合室の冷たい椅子に腰掛けました。前夜の雨の跡が残るほこりだらけの窓ガラスを通して朝日がさし込んでていました。するとそのとき、小柄な年取った老婦人が待合室に入って来ました。白と黒のストライプ柄の、つばの広い帽子を目深にかぶって、顔がほとんど見えないくらい。帽子と同じ柄のレインコートを肩に羽織って、まるで鳥が羽根を広げたようでした。

一つだけ空いていた席を見つけると身体を沈めるようにして腰掛けて、誰に言うともなく張りのある声で言いました。「まあ、ほんとにみんなこんなところじゃなくて、どこか別のところにいたいものだわね。さっさと全部済ましてね。でも、ま、これが人生ってことだわね」

待合室のほかの人たち同様、私はすっかり気を惹かれてその老婦人のことをまじまじと見つめました。老婦人は新聞紙と恋愛小説とお弁当箱の入った折りたたみ式のショッピングカートを椅子の脇に置いて、受付のカウンターに向かいました。係の人は困ったような顔をして子供に言い聞かせるように言いました。「ミセスG、あなたのご予約は明日の2時からです」

「いいのよ、そんなこと」老婦人は一向に意に介しません。「とにかく来ちゃったんだし。どうせなら早く来たいのよ。『今は亡きミセスG 』なんて呼ばれる前にね。そうそう、あなた私のことピジョンさんって呼んでいいのよ。私のボーイフレンドがそう呼ぶの」

くすくす笑いの声が待合室に拡がって、椅子に戻るったピジョンさんはお弁当箱を開きながら、今度はこう言いました。「もう、86歳なのよ。糖尿病、高血圧、心臓疾患、それにとうとう今度はこれよ。でもね、先生がおっしゃったの、大丈夫だって。だからね、私は絶対あきらめたりなんかしないの。大事なのは気持ちでしょ、違う?」

ピジョンさんはこの待合室にいる人たちの最大公約数は「癌」だということをもちろんちゃんとご存知です。何人かの患者さんと挨拶して親しげに言葉を交わしています。病状が好転したという大学生に喜びの声をかけたり、フランスからやってきたという母親に11歳になる息子さんの容態を尋ねたり。私の友人のフランが放射線治療に呼ばれて席を立った後に、私にも声をかけてくれました。「いつも一緒に付き添っていらっしゃるるのね。素晴らしいことだわ。本物の友人同士なのね!」

フランのアパートメントへ帰るタクシーの中で、フランはずっと無口でした。その間私はピジョンさんの人生哲学について思いを巡らせていました。それはつまり生きることへの意思。どんな困難に遭遇しようとも、生きるという強い意思をもつことが大事なんだということだと思いました。

タクシーはセントラルパークの中を横切って進んでいます。観光名物の馬車が停まっていて、御者が馬にエサを与えています。バケツいっぱいに大麦を入れて歩道に置くと、空からハトが何羽も舞い降りてきて、馬と一緒に仲良く食事を始めました。

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訳者注:
老婦人が受付の係の人に「予約は明日ですよ」と言われたときに返した言葉、原文はこうです。

“That’s O.K.,” she says. “I’m here now. I’d rather be a day early than be called ‘the late Mrs. G.’

一日早くの「early」と故人を意味する「late」が掛かっているんですね。これは座布団一枚です。 86歳のがん患者にこう言われてはさすがに無碍にお断りするわけにもいかないと思いますね。お見事です!

くつろぎのひと時

February 11, 2013
Public Grooming at the Met
By JACKIE SCHWIMMER

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Victor Kerlow

Dear Diary:

これは多分今までにない光景だったと思います。1月19日、メトロポリタン・オペラのマチネで「マリア・スチュワルダ」を観に行った時のことです。ある一人の観客の方が、まあ本当に自分の家に居るようにくつろいでいらっしゃる様子を目の当たりにしました。

私の近くに座っていらしたその方(男性です)は、休憩時間になると、悠々と、何も悪びれた様子も見せずに、電気ヒゲソリを使い始めたのです。

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プライド

January 31, 2013
A Drummer on the Subway
By DANIEL WALLENBERG


Dear Diary:

休暇をニューヨークの実家で過ごした。家内と二人で地下鉄に乗ってダウンタウン方面に向かっていたとき、ドラムスティックとバケツを抱えた若いドラマーが我々の乗っている車両に入ってきた。

これまでに出会った「バケツ・ドラマー」たちと同様に、彼の演奏は見事なものだった。とはいえ、狭い車両の中で演奏しているわけだから、その音は耳が痛くなるほどの大きさで響き渡った。我々夫婦は二人とも音楽家なので、いつも耳には細心の注意を払うことにしている。そっと両手をあげて耳を塞いだ。

ひと通り演奏を終えると乗客一人ひとりに近づいて「寄付」のお願いが始まった。素晴らしい演奏だったことは間違いないのでお金を渡すつもりだった。しかし彼は受け取ることを拒否した。

私にはその気持ちが理解できる。私たちは彼のアーティストとしてのプライドを傷つけてしまったのだ。

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通勤電車での出会い

January 29, 2013
Missed Connection on the R Train
By JACQUELINE KLAPAK


Dear Diary:

「ドアが閉まります。足元にお気をつけください」

次の駅に電車が停まるまでその人のことに気がつかなかった。
一人で座席に腰掛けていて、
ドミニカ生まれの作家、ジュノ・ディアスのベストセラー小説
「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」を読んでいる。

「次の停車駅はエルムハースト・アベニューです」

『¡Me gusta Junot Díaz también!(私もジュノ・ディアス大好き!)』と声をかけたい。
でもどうやって?通路をはさんで大きな声をだす? そんなの無理。

「次の停車駅はルーズベルト・アベニューです」

彼が履いている靴はチャック・テイラー。
私のお気に入り。
今朝もよっぽど履いてこようと思ってたほど。
片手にダンキンドーナツのテイクアウトコーヒーを持ってる。
ねえちょっと、私も毎朝ダンキンドーナツに寄るのよ。
そして一人ぼっちでクイーンズからウォールストリートの駅まで電車に乗るの。

「次の停車駅は65番通り・・・」

肌の色は褐色。(ドミニカ人、それともキューバの人かしら?)
どっちでもかまわない。とにかくかっこいい。
髪はほとんど黒に近い焦げ茶色。

「次の停車駅はノーザン・ブルバード」

もしかしたら同じ駅で降りる?
お仕事、何してるのかしら?
詩人? オペラ歌手? お店のウェイター? それともスパイ・・・?
左手に指輪はしていない。

次の停車駅は46番通りです」

急に大きな声で笑い始めた。
開いた本で顔を覆った。
隣に座っている女性がジロッとにらむ。
それでも身体を揺すって笑いをこらえきれない。
女性はコートの前を合わせると席を立った。

「次の停車駅はスタインウェイ・・・」

彼の隣に座りたい。
いや、だめ。そんなの変。
この電車、なんで今日は故障しないのかしら。
いつもしょっちゅう故障して止まるくせに。

「次の停車駅は36番通り・・・」

賭けてもいい、間違いなく完ぺき。
メール魔じゃなくて、
周りの人を楽しませるのが好きで、
ハリウッド製じゃない渋い映画が好みで、
毎朝ジョギングするんだわ。

「次の停車駅はクィーンズプラザ」

こっち見て、
その本、私も大好きなの。
こっち見て、私のこと、お願い!
私は自分の人生を誰か一人の人にコミットするなんて怖くてできないタイプ。でも、
一緒に犬を飼って、小さな家に住んで、ずっと仲良く暮らしましょ・・・。

「次の停車駅はレキシントン・アベニュー・・・」

後ろ髪を引かれる思いで私は電車を降りた。

「閉まるドアにご注意下さい」

相変わらず「オスカー」を夢中で読んでいる彼、ドミニカンでキューバン、詩人でオペラ歌手、それにウェイター兼スパイの彼を、電車に残したまま。

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訳者注:
「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」という本、私はまったく知りませんでしたが、なんだかずい分おもしろそうな本のようですね。アマゾンの紹介記事は次のようになっています。

オスカーはファンタジー小説やロールプレイング・ゲームに夢中のオタク青年。心優しいロマンチストだが、女の子にはまったくモテない。不甲斐ない息子の行く末を心配した母親は彼を祖国ドミニカへ送り込み、彼は自分の一族が「フク」と呼ばれるカリブの呪いに囚われていることを知る。独裁者トルヒーヨの政権下で虐殺された祖父、禁じられた恋によって国を追われた母、母との確執から家をとびだした姉。それぞれにフクをめぐる物語があった―。英語とスペイン語、マジックリアリズムとオタク文化が激突する、全く新しいアメリカ文学の声。ピュリツァー賞、全米批評家協会賞をダブル受賞、英米で100万部のベストセラーとなった傑作長篇。

ロングアイランド訛り(ロンドンにて)

January 25, 2013
A Long Island Accent in London
By KRISTA NANNERY


Dear Diary:

しばらく前からロンドンに引っ越してきています。ある日、市内のビクトリア地区で行われた、恵まれない人たちのためにスープと軽食を配布するイベントにボランティアとして参加しました。そこではイギリスらしい色んな食べ物が提供されていました。スモークサーモン・サンドイッチに、ミンスパイをはじめとしたありとあらゆる種類のパイなどです。カウンターで食事を手渡す係をしていたら、一人のホームレスの男性がやってきました。「ハロー」と声をかけてパイを手渡すと、私のことをジロジロと見つめて、「あんた、どっからきたんだい?」とアメリカン・アクセントで聞いてきました。

「ニューヨークよ」と答えると、

「ああ、それは分かってるさ。で、ニューヨークのどこから?」

もうすっかりニューヨーク・アクセントはなくなってるものと思ってたのですけど、どうやらそうじゃなかったみたいです。「元々はクイーンズよ。それからロングアイランド。」と答えました。私たち家族はクイーンズで何度か引っ越した後、ロングアイランドのワンタフという町に落ち着いたのでした。

「ああ、やっぱりロングアイランドだな。それも北側じゃなくて、南の海岸沿いだ。そうだろ」そう言うとその人はちょっと胸をそらして、バリトンのよく通る声で高らかにロングアイランドの(南側の)町の名前を並べだしたのです。

「ボールドウィン、フリーポート、ベルモア、ワンタフ、リンデンハースト、それにバビロン!」

そうしてポークパイを受け取って、そのまま去って行きました。

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忘れ得ぬコンサート

January 24, 2013
A Memorable Concert
By SAM HIMMELSTEIN


Dear Diary:

12月の末のある日のこと、仕事に疲れ果ててタクシーで帰ることにした。タクシーの運転手は20代の若者だった。しばらく乗っているとその運転手が突然大きな声で歌を歌い始めた。ちょっと普通ではない感じがしたので、iPhoneのイヤホンを外して、なんでまたそんなに大きな声で歌ってんだいと聞いてみた。

男はクィーンズカレッジに通っていて会計学を専攻しており、ちょうど今日、すべての単位が無事に取得できたという通知を受け取ったところなのだそうだ。これで専門を活かした新しい道が開けるということで、いかにも嬉しそうだった。

「それは素晴らしいことだ。ところで君はどこから来たんだね」と尋ねると、バングラデシュだという。どういう事情でどういう苦労を重ねてアメリカへ移住してきたかという感慨深い話を聞かせてもらった後、「ところで君、『バングラデシュ・コンサート』というのを知っているかい?」と聞いてみた。1971年にマジソンスクェアガーデンで行われた、あの伝説的ロック・チャリティ・コンサートのことだ。

その答えは驚くべきものだった。彼によると、自分は1984年生まれで、そのコンサートの13年後に生まれたわけなのだが、もちろんそのコンサートのことはよく知っている。なぜなら、バングラデシュでは毎年必ずそのコンサートのドキュメンタリー番組を放送しているからだという。もちろんそのコンサートを主催したのがジョージ・ハリスンとラビ・シャンカールだったということもよく知っていた。

「私はね、そのコンサート、実際に聴きに行ったんだよ。友だちと一緒に、前の晩徹夜してチケットを手に入れてね。」と教えると、大いに感動したようだった。目的地についてタクシーを降りる時、彼は私の方に手を伸ばして力強く握手しながら、「あのコンサートに参加していただいて、本当に有難うございました!」と言った。

わかるかい、あれはこれまで私が聴きに行ったコンサートの中で、一番感動したコンサートなんだ。それなのに彼は私がそれに参加したことに対して、お礼を言ってくれたのだ。

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「バングラデシュ・コンサート」は、1971年8月1日、マジソン・スクェア・ガーデンで開催されたバングラデシュ難民救済のためのチャリティ・コンサート。ジョージ・ハリスンとラビ・シャンカールが中心になり、様々なアーチストの賛同を得て実現した。
主な参加アーチスト
・ジョージ・ハリスン
・リンゴ・スター
・ボブ・ディラン
・エリック・クラプトン
・レオン・ラッセル
などなど・・・

コンサートは昼夜二回にわたって行われ、合計4万人の観客が参加し、大成功を収めたという。

ジョージ・ハリスンとバングラデシュ・コンサートに参加したすべての人々の魂は現在でも受け継がれています。
UNICEFのサイトを御覧ください

アイスティー

January 23, 2013
Overheard at Le Bernardin
By LEIGH MCMULLAN


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Nicole Bengiveno/The New York Times. The dining room at Le Bernardin in 2011.

Dear Diary:

先日、彼と一緒にル・ベルナルディンでお祝いのディナーを楽しみました。私たちの食事がちょうど終わりかけた頃、隣のテーブルに50代くらいのカップルがやってきました。そのときに聞こえてきた会話がちょっと面白かったのでご紹介します。

ウェイター:「いらっしゃいませ。お食事の前になにかお飲み物召し上がりますか?」

女性客:「ええ、砂糖抜きのアイスティーいただくわ」

ウェイター:「はい、かしこまりました」

女性客:「お代わりは無料かしら?」

ウェイター:「えーと、ちょっと分かりませんので、聞いてみます」

女性客:「そうね、聞いてみて。もしお代わり無料でいただけるんなら、氷はグラスに入れてもってきて。もしそうじゃないなら、氷はグラスに入れないで別にして持ってきてちょうだい。」

ウェイター:「了解です!」

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訳者注:
ル・ベルナルディンLe Bernardin)といえばニューヨークを代表する高級レストランの一つです。ニューヨークのグルメガイド、ザガットでのトップランクに加えて、ミシュランガイドでも三ツ星を獲得しています。

珍しい注文をつけているこの女性客、氷で冷やすのはいいけど、それで薄くなるのは我慢ならないということなんでしょうね。いかにもニューヨーカーらしいこだわりです。

年齢確認

January 22, 2013
Carded at Age 77
By MORT YOUNG


Dear Diary:

1月2日の誕生日で80歳になった。いつも誕生祝いの席で簡単なスピーチをするのだが、今回は誕生日の数日前に、それにちょうどいい面白い話しを思い出したのでその話をした。それは私がまだ77歳のときに近くのスーパーマーケットに出かけた時の話だ。

6本入のビール缶を手にしてレジに向かうと、そばにいた店長がレジの若い女性店員に注意深い視線をやっているのに気がついた。私はこの店の常連なので、その子が新入りの店員だということは分かっていた。ビール缶をレジに通す前に彼女は私にこう言った。

「年令確認ができるIDをおみせください」
「え、 なぜだい?」
「確認しなきゃいけないんです」
「冗談だろ?」
「きまりなんです」
「そんなばかげたこと! わしを見りゃわかるだろ」

困惑の表情を浮かべて「店長に聞いてみないと・・・」と言うと、店長がすぐにやってきてこう言った。「彼女は正しいんです。今後、当店でアルコールを購入される方については、例外なく年齢確認することになってます」

その言い方はまったく議論の余地のないものだった。私は運転免許証を取り出して、やっと支払いを済ませて、ビールを受け取って店を出た。

これは一体どういうことなのか、歩きながら考えた。そしてようやくある考えにたどり着いた。私の年令を確認したのは、未成年かどうかということをチェックするためではなくて、逆に、歳をとり過ぎていないかどうかをチェックしたかったのに違いない!

ちなみにその後、同じ店でビールを買ったとき、くだんのルールはもう撤廃されていたし、店長も新しい人に代わっていた。

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エアコンに注意!

January 18, 2013
Air-Conditioner Bombs
By EMILY STRASSER

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Emily Strasser

Dear Diary:

新しいルームメイトの彼と一緒に暮らすためにクイーンズの小さなアパートに引越しました。引越し荷物を開けていると彼の飼っている猫、ロミオが可愛い声でごろごろと喉を鳴らしながらまとわりついてきました。ほんとにシェークスピアの主人公みたいにハンサムな猫です。ところが、途中でちょっと買い物に出かけて戻ってみると、強烈なオシッコの臭いが鼻をつきました。ファスナーを半分開けたままにしていたダッフルバッグの中にやられてしまったのです。すぐにロミオを部屋から追い出して、彼に電話しました。

「ああ、窓を開けてエアコンつけるといいよ。空気を入れ替えるんだね。まだそのエアコン使ってみたたことないけど」ということでした。

このとき彼が教えてくれなかったこと、そして私が言われた通り部屋の空気を入れ替えようと窓を開けたとたん、否応なく気がついたことは、窓際のエアコンは窓枠や壁のどこにもネジ止めされていなかったということです。ほんの少し窓を開けただけでエアコンはあっという間にこの2階の窓から落ちていき、道路と建物の間の誰もいないコンクリートのスペースに、ものすごい音をたてて打ちつけられてしまいました。私は目の前で起こったことが信じられなくて、壊れたエアコンを見下ろしたまま、しばらく呆然と立ちすくんでしまいました。

気を取り直してアパートの物置き場まで降りて行って、錆び付いた自転車や壊れたカートの間を縫って、出口を見つけ、外に出ました。そこには無残にも壊れてしまったエアコンが横たわっていました。すごく重かったけど何とか道路の端まで引きずって片づけました。

重い足取りで階段を登って部屋に戻り、何気なく窓の下をのぞいてみて、心の底からびっくりしました。ぺしゃんこになったエアコンがまだそこにあるじゃないですか。

これは一体なんてことでしょう。私のしでかしたお粗末の証拠、それをやっとの思いで片付けたと思ったのに。でもよくよくながめてみると・・・、今度は、ほっとしました。新品のエアコンをこんな風に地面に落っことして壊してしまうのは、私一人じゃなかったのです!

その後1週間というもの、通りの歩道を歩く時はなるべく端の方を歩いて、ビルの窓辺に取り付けてあるエアコンに注意するようにしたのは言うまでもありません。

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子供の創造性を育むには

January 17, 2013
A Grandma’s Defense
By EILAM DORON


Dear Diary:

私はセントラルパークのそばにあるアパートメントに住んでいる。玄関ロビーでエレベーターがやってくるのを待っていた。冷蔵庫の中には何が残っていたかな、などと考えながら。天気のいい午後だった。冷たい空気が心地よい。そしてそのとき、すべては始まった。

エレベーターのドアが開いて、乗り込んだ。後ろから大きな声が聞こえた。「そのドア、開けといてくださいな!」 いつも良き隣人であることを心がけている私は、「開」ボタンを押した。明らかに誤りだったとすぐに後悔することになる行為だった。

声の主は小さな孫(男の子)を連れたおばあさんだった。二人とも無事エレベーターに乗った。

我々三人はこうして小さな鋼鉄のカゴに閉じ込められた。おばあさんは孫のことがとても気に入っていて誇らしくてたまらないようだった。で、その孫はといえば、とがった耳をした、悪魔に似ていた。私は自分の行き先の階、18階のボタンを押した。

私はおばあさんに何階ですかと尋ねた。すると彼女が答える前に、子供が突進してきて5階のボタンを思い切り殴るように押した。その勢いはエレベーターが揺れるほどだった。おばあさんは満足そうな視線とともに、私に向かってこう言った。「私が教えたのよ。数の数え方」

続いて男の子は大きな声で数を数え始めた。そのたびにエレベーターのボタンを力一杯叩きながら・・・。「2,3,・・・16!!」耳も裂けそうな程の金切り声で繰り返すのだった。おばあさんはというと、クスクス笑いながら、「そうよ、上手に数えられるわね」と褒めている。

私はこみ上げる怒りを何とか抑えて、その子に、やめるようお願いした。

そのとたん、おばあさんが口を挟んだ。「この子の創造性を邪魔しないでちょうだい!」

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訳者注:
最後のおばあさんのセリフ、原文は、こうです。「“Don’t ruin his creativity.”」
これには驚きですね。訳し方を間違っているんじゃないかとも思いましたが、恐らく文字通りの意味にとって差し支えないと思われます。そして案外これは、もしかするとほんとに、将来のこの子の「創造性」に関係することなのかもしれないなと思ったりします。

少なくともこの子は、「人の迷惑になるようなことだけはしないように」と言われて育つ人間とは、ずいぶん違った人間になりそうだということは間違いないでしょう。

塗りたて注意

January 15, 2013
Beware Wet Paint
By STEFANI JACKENTHAL


Dear Diary:

アッパーウエストサイドのアパートメントのエレベーターの中。洗濯物をいっぱいためてしまった私は、これ以上入らないくらいに膨らんだ大きな洗濯物袋を引きずりながら、地下のコインランドリーへと向かった。乗り合わせた同じアパートの住人が、「地下室の床、塗り替えたばかりみたいだから気をつけた方がいいわよ」と声をかけてくれた。

その人はロビーで降りた。私は一人で無人の地下室まで降りて行き、注意書きに眼をとめた。「ベビーカー、または手押し車での入室禁止」と書いてあった。歩いて中に入ることについては何も書かれていなかった。磨かれた鉄のように光る灰色の床には、物置場の方から続く四角いプラスティック製のブロックが、地下室の中を横切るようにして並べられていた。ここでちょっと立ち止まって、重たい洗濯物袋を持ち上げて、鈍く光るコンクリートの上に足を踏み出した。すると、あっと思うまもなく、塗りたての床に足を取られた。

エレベーターの扉が閉まる。サンダルを履いていた足をあわてて床から引き上げる。足に灰色のペイントがたっぷりくっついている。もう一方の足をプラスティックのブロックの上に乗せてバランスをとった。洗濯物袋の底をもう片方の足で支えながら、なんとかエレベーターのところまで戻らなければいけない。まったく、ほんとに、とんでもないことになってしまったと思った。

エレベーターの扉が開くと、中には大きな黒い長い毛をした三匹の犬を連れた男性が乗っていた。私はかまわず洗濯物袋をエレベーターの中に放り込んで、ちょっとこのまま扉を開けたままにしておいてくださいとお願いした。そのときの私は塗りたての床に片足のサンダルを取られて、裸足のままもう一度その床に足を突っ込んでしまった後で、それはみじめな姿だった。でもその人はそんな私をただ無言でながめていた。

扉を開けておいてもらっている間にサンダルを取りに戻った。床から持ち上げるとそこの部分の塗料が一緒にとれてジグソーパズルのピースが欠けている跡みたいになってしまった。

エレベーターの中で、洗剤と、塗料で汚れたサンダルと、コインランドリー用に持ってきた何枚かのコインを手にして、片足で立ったまま、肩を落としてつぶやいた。「あーもう、信じられない。とんでもないことになっちゃたわ。管理人さんに殺されちゃう!」

すると犬を連れた紳士、少しも表情を変えずに、ちょっと肩をすくめてこう言った。「ま、ただの床ですからな!」

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