はてなキーワード: 知る楽とは
のっけから申し訳ないのだが、自分は「古事記」を池澤夏樹訳で読んでいない。というか、この池澤夏樹の日本文学全集で読んだ本はほとんどない。しかし、池澤夏樹にはちょっと悪いのだが、リストとして便利なのでダシに使わせてもらった。
自分が最初に「古事記」に触れたのは神代だけを扱った子供向けの講談社青い鳥文庫経由でだ。次に読んだのが確か大学生の頃になる。文芸春秋社の三浦佑之が現代語訳したもので、古老が昔話をする形式で翻訳していた。現代人にはわかりづらいところを語りで補う、初心者に親切なものだった。
さて、内容だが、神話だけでなく、それ以降の歴史時代の記述も面白い。ヤマトタケル物語だけでなく、おそらく戦前は教えられていたであろう神功皇后の朝鮮半島への進軍を知っておくと、昔の人がどんな世界観を持っていたか想像しやすい。権力者の書いた歴史書を鵜呑みにするのは危険だが、歴史の一次資料に(翻刻・翻訳されたものとはいえ)触れるのは非常に楽しい。「学校で習う歴史の出典がこれか!」という素直な驚きがある。
もちろん神話としても面白く、考えてみれば今の皇室は天の住民と海の住民の両方の血を引いているという属性てんこ盛りである。他にも、イザナギノミコトとイザナミノミコトが夫婦生活をする際に「凸を凹に入れて子供を作りませんか?」「それは楽しそうですね」というくだりが何となく好きだ。性に罪悪感がないのがいい。もちろん、最初に生まれた子供ヒルコの描写は、今の感覚では身体障害者差別なんだけれども、後にそれが恵比寿様だということになって崇拝されるようになったのが、何となく流されたヒルコが救われた感じがして、結構好きなエピソードなのだ。捨てられた存在に新しい場所を用意してあげた後世の人の優しさみたいでね。
面白かったので「日本書紀」も確か講談社学術文庫か何かで読んだ。傍論としてさまざまな説を併記しているのが、物語ではなく歴史書の体裁をとっている「日本書紀」の特徴を端的に示していて面白かった。もちろん、これだけでは日本の神話は理解できない。中世の神仏習合や近代の国学、陰陽道などの展開を追わねばなるまい。しかし、その一歩を踏み出せたのはやはりうれしい。
ところで、「記紀」の記述を合わせて池澤夏樹は「ワカタケル」を書いたようだけれど、個人的にはピンとこなかった。「記紀」の文字に書かれたことや考古学的成果の内容とは矛盾しないが、むしろ史実から離れすぎないようにしたため、想像力が少し現実に縛られている気がしたのである。あとは現代中国語の「上に政策あれば下に対策あり」って言葉が引用されていたのに違和感があった。お分かりのように、僕は面倒くさい読者なのである。
「万葉集」は全然読んだことがない。というのも、巻数が膨大なためだ。僕は完璧主義なところがあり、読むならきちんと最初から最後まで読むべきだと感じてしまう。それに詩を読むのなら、一つ一つの詩をきちんと味わって理解したいのである。そうなると膨大な時間がかかり、そこまで詩に興味がない自分としては手が伸びない。ただし、自分にフォークナーを薦めてくれた友人は、「美酒をがぶ飲みするように、次から次へと詩を読んでいくのも贅沢でいいものだよ」とは言っていた。僕の場合、深く刺さった詩は、小説の中のぴったりした場面で引用されたときに出会っているケースがほとんどだ。やはり詩が多すぎると言葉の海に溺れてしまう。
「百人一首」は田辺聖子の解説で読んだ。それぞれの和歌や作者の背景を丁寧に、肩の凝らない文体で説明してくれているので、今でも時々手に取っている。王朝の人物史としても面白かった。田辺聖子とは評価する場所が違うところもたくさんあるけれど、脱線が楽しい。ちなみに、初めて百人一首に出会った小学校高学年のときには、もちろん恋の歌にばかり心が動かされたのである。「しのぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」。たぶん自分の感傷マゾというか、言い出せない思いをウジウジ、グツグツと自分の中で煮詰めて煮凝りにしてしまう傾向は、この時からあったのだろう。
ところで、王朝文学は世界的に見て女性作家が多かった時期だと聞いたことがあるのだが、調べてみると女性の句は二十一だった。半分くらいだと思っていたのだが、これは女性の句が心に残ることが多かったための錯覚だろう。
「新々百人一首」は未読だ。こうして記事を書こうとしていた時に調べたのだけれど、王朝の歌を二百種に絞って紹介してくれているらしいので、これはぜひ読みたい。昔ほど完璧さにこだわらなくなったし、こういうベスト盤みたいにピックアップしてくれると、きっと散文を好む自分も楽しめることだろう。丸谷才一はジョイスの翻訳で知ったのだけれど、文章のリズムが合ったから今から読むのが楽しみだ。
これらの本はすべて別の訳者で読んだのだけれど、こうして並んでいる訳者にそれぞれ馴染みがあるので、彼らがどのような翻訳をしたのか、ちょっと読みたくなってきた。ちょっと前までは「古典は原文で読んでこそ意味がある」という原理主義的なところがあったのだが、「源氏物語」や「太平記」が長すぎるあまり、開き直って現代語訳で読んでしまったため、最近はそこまで原文にはこだわっていない。今ではいい翻訳がたくさんあるので、普通に現代語訳でストーリーを味わってから、原文を楽しめばいい。このラインアップでは、個々の作家に対しても言いたいことがあるのだが、今回は省こう。
「竹取物語」は、幼いころに聞いた物語の原典を知る楽しみがあった。一番シンプルにされた絵本のバージョンだと、五人の貴公子の物語が省かれてることもあるし。そういう意味では、「御伽草子」なんかもちょっと読みたくなってきたな。
「伊勢物語」は短編集で、古典の授業で東下りを扱ったので前から気になっていた。ただのモテる男の話を読んだって楽しくないかもしれないが、一つ一つがごく短いのでそこまで嫌味ではないし、うまくいかななった恋物語もある。それに、古語で読むから現代日本語で読むのと違ってワンクッションある。僕は感傷マゾだったから、結局は恋の物語が読みたかったのだ。
だが、書かれているのは恋愛遍歴だけではない。「老いぬればさらぬ別れのありといへばいよいよ見まくほしく君かな」「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もといのる人の子のため」。ほんとそれな。無理な願いだとわかっていても、大切な人には永遠に生きていてほしい。これらの歌に出会えたのは幸いだった。
なお、これを読んだ後に祖父を亡くしている。ほんとに、人間がいつまでも生きられないのは寂しいことである。なお、これも阿部俊子訳の講談社学術文庫で読んでいる。
他に当時刺さった歌を日記から書き写しておく。「思ふこといはでぞただにやみぬべき我とひとしき人しなければ」(そんな寂しいこと言わないで……)「心をぞわりなきものと思ひぬるかつ見る人や恋しかるらむ」(それな)。たくさんあるのですべては書き写さない。
「堤中納言物語」は「虫愛づる姫君」で有名だけれども、例えば娘ではなくその祖母を連れ出してしまう話だとか、二人の男が誤った相手と契ってしまうとか、慌てて白粉ではなく墨でメイクしてしまう話とか、奇妙な話も含まれている。あとは手に入れることなど到底できないもので作った「ほしいものリスト」である「よしなしごと」とか。どうも物語に統一感がなく、どういう意図で編纂されたのかはよくわからなかった。これは笠間文庫で読んでいる。
「土佐日記」は小学生時代に塾の先生が「男のくせに女の文章で書いたのが紀貫之って変な奴」って紹介していたのでそんな印象がずっと続いていたし(子供にインパクトを与えて覚えさせるためなのと、当時は平成初期なのでこういう言い方をしていたのである)、文学史的にもそういう評価をする面もあるのだが、今は亡き子供の思い出を語る悲しい話なのである。道中の描写も素敵だし、ラストの「この原稿は捨ててしまおう」というくだりが、例え虚構であってもとっても好き。どうも僕は、一人の人間が読者を意識して書いたテキストであるという臭いが好きらしい。だからメタフィクションも好き。これは角川日本古典文庫で読んだ。図書館で借りたボロボロになった古い本だった。三谷榮一訳註。
「更級日記」はかつての文学少女が「源氏物語」をはじめとする文学への憧れを綴っているが、ラストのあたりで「自分の人生はいったい何だったんだろう」と回顧するので、僕みたいな作家になりそこなった文学少年崩れが、感傷的になりたいときなんかにオススメだ。内容をすっかり忘れているのだが、そこばかりが強く印象に残っている。
そして、「物語なんぞにうつつを抜かすんじゃなかった」的なくだりがある癖に、内容が技巧に富んでいるのだが、それはただの未練というよりも、そうした技巧で妄念を鎮めようとしたのやもしれないし、それもまたパフォーマンスかもしれない。小説家になりそこなった僕にはグッサリと深く刺さっている。よく「更級日記」は文学少女の物語だと言われているが、文学少女崩れの物語でもあるのだ。実際、興味深いことに「更級日記」では結婚、子供の誕生、両親の死という重い事柄が、ほとんど触れられていないのである。
それにしても、文学少年や文学少女はとても欲深い。彼らは現世で得られないものを書物の中から得ようとするからだ。そして、創作に手を出すのは、自分の持っていないものを魔術のように作り出そうとする更に深い欲がある人々だ。そして、僕はその欲望を愛していた。
ああ、そうだ。ここまで書いて気づいたのだが、恋だけでない、生きていてふと感じる寂しさを和歌にした作品が、僕はとても好きなのだ。
こういうのは個人のブログでやったほうがいいんじゃないかと思わないでもないのだが、辺境のブログでやってもあまり読者は集まらない。個人のブログを読んでもらうためには、ある程度自分をコンテンツ化する必要がある。言い換えるならば、一定の頻度で、ある程度の品質の記事を、独自色を伴って、継続的に生産し続けなければならない。なかなかできることではない。それに、この動画全盛期の時代に、どれほど文字を読む人がいるだろうか? また、首尾一貫したキャラで書き続けるのも面倒である。
一方、はてな匿名ダイアリーでは、文字を読むのが好きな人が集まっている。また、内容が有益であったり面白かったりすると、きちんと読んでもらえる。虚飾と権威主義真っ盛りの時代にあって、「誰が言ったかではなく、何を言ったか」だけで評価されるという意味では、非常に居心地がいい。もちろん殺伐としているし、暴言も多いが、それを補って余りある素晴らしい点である。有益なまとめを書いたときは褒められ、的外れなことを言えば叩かれ、面白くなければ無視される。残酷だが、内容だけで毎回勝負するのは、文章を書くのが好きな人にとっては鍛錬の場になる。
なお、時折こうして個人的なボヤキを書く。あまりにも古典文学の紹介という話題から逸れ過ぎて、イケメン・モテ男に関する個人的な愚痴になってしまい、読者を笑わせるよりは暗鬱な気分にさせるであろう箇所はこれでもかなり削った。かろうじて残したのは文学に関係する箇所のみだ。
恨みつらみを向けている人や、気に食わない人はたくさんいるのだが、作家以外は実名では論じるつもりはない。名前を出して作品を批判することはあるが、その人の行いに直接何か言いたくなった時はぼかしている。己の負の感情を直視したい一方で、人にネガティブなものをぶつけるのは美しくない。だからせめて、こういう妙な義理を通したいのである。
それでも長い。気に入らなければ読み飛ばしてほしい。ここに書きたいのは古典文学の紹介であり、せめて日常感じていることであり、怨念の垂れ流しではない。ただし前回のように時折脱線しては管を巻くつもりだ。
続く。
彼氏のことが大好きで彼氏の元カノのことが大嫌いだから元カノのTwitter(削除済みも含む)もInstagram(3垢)もnoteもぜんぶ特定してきた。何のためかわからない。いつも胸のあたりが冷えるだけでいい気はしない。
彼女のはてなブログを見つけた。7年前元カノたちが付き合い始めたころの記事が残っていて「早く会って激しいエッチがしたいです」で締められていた。一応他の記事も読みはしたが、それを見たあとなんだか急に冷めてしまった。
見た目がかわいくて、仕事もできて、簡単に浮気できる程度にモテる彼女。
自分が元カノより優れているところなんて一つもなくて彼氏が自分と付き合う理由がわからないと思っていた。自分でわざわざ調べておいて本気で元カノとの差に落ち込んで、彼氏に何度もぶつけていた。彼氏はなだめて、少し怒って、不機嫌になる。「信用してないんだね」とよく言われた。信用って何、全部事実だよ。証拠はネトストでいくらでも集めてきた。恋人同士の「信用」がわからない自分は、不安の正当化に完璧で到底敵わない元カノが必要だった。
ただそれも崩れてしまった。どうやっても「激しいエッチがしたい」ブログを載せる元カノを神格化できなかった。余計なことを書いた元カノのせいで散々だ。ネトストする熱意はもうない。結局自分の手で美化された元カノ像が崩れてつまんねー女になったことが嫌なだけかもしれない。元カノに恋でもしていたんだろうか?残念ながら理想の彼女はいなくなってしまった。同時に元カノと付き合っていた当時の彼氏にも冷めてしまった。彼女の話をしているツイートや二人のリプを見ていても普通に若くて痛いカップルにしか見えなくなった。一々傷付いていたのはなんだったのだろう。
色々考えたところでネトストは暇つぶしだったわけで、新しいことを知る楽しさもそこから受けるショックもなければつまらないだけだ。もっと面白い恋愛がしたかったな。
安定期になったらいろいろと楽しんでおこうね
ただし、いつも妊娠からの経過を見てもらっている病院にすぐ行ける距離に限る...だな。
馬鹿が羽目を外して旅行に出かけたりするけれど、いつも見ている人じゃないと受け入れられなかったりするから、旅行先でトラブったら悲惨だからな。
よしんば旅行先の病院で見てもらえたとして、旅行保険の対象外で法外な借金を背負って育児スタートもあり得る。
あと、出産でホルモンバランス壊れて切れやすくなってるから、多少の失礼な言動は気にするな。
今の気分がその辺なんだなーと理解する程度でいい。
...離乳食って買う時代になったのか。俺の周りだと離乳食が一番面倒くさかったなぁと言っている人がいたもので。
今何に興味があるのか、どこまで食べられるのかを知る楽しみがあるが、毎週末離乳食ストックを作るのが楽しくもあり、面倒くさくもありだったな。
あのさ、
電子レンジ新調したのよ。
壊れて1年ぐらい使ってなくて何も不便なく暮らしていたんだけど
結構さ
最近の昨今電子レンジ調理を前提とした冷凍食品の充実っぷりは凄いことになってるじゃない。
私もそのウェーブに乗るためにまあ重い腰を上げてやっとこさ、
やっぱりあるとないとでは
一目瞭然というか
本当に手品みたいじゃない!
そんでもって何分か温めたらすぐに食べられるの如く!
文明の利器だわ。
これをもってして何を利器と言うのかしら?
言っていいのは消臭力ぐらいよ。
秒で冷凍食品の調理というかもう本当に温めるだけで数分で完成してしまう、
自炊して調理するよりも結構もう冷凍食品を買ってきて食べる方が安くあがりまくりまくりすてぃーなのよ。
まあもちろん
そんな冷凍食品ばかりに頼っている生活にしよう!って言って掲げているわけではないんだけど、
凄い便利だなぁって改めて。
おでん以外に温かい食事が得られるだなんて!って涙ぐましいそれなんてマッチ売りの少女?を地で行くような感じよ。
温めないとは嘘になるけど、
なんでも小鍋で温めて牛乳とかそれで事欠かないと思っていた時代が私にもあって、
そんな小鍋で温める時間よりはるかに早い秒で温まる電子レンジの
手洗いは絶対にいや!と早々に食洗機は導入していたんだけれども、
順番が間違っていたようね。
先にそう言ったもの、
もしくは同時に揃えるべきだったのよ。
もう着ない服とかも一切合切!
埋もれていた製麺機も発掘されて、
これどうしたものかと?もう多分製麺生活はしないと思うぐらい、
後片付けが小麦粉のグルテンてーの?それがガッチガチに固まって
それ水分も吸い込んでふやかして洗いやすくするって作戦も通用しないのよ。
だから1回作って機器を片付けるの洗うのにものすごく手間がかかって、
よっぽど製麺生活の製麺作りが好きな人じゃないと成り立たない製麺機なのよね。
もうきっと使うことのない製麺機の行方をどうにかしなくては!ってところよ。
こんな事なら外箱もちゃんとしっかり取って保存しておけば良かった物語よ。
残念だけど
製麺機ほど電子レンジばりの文明の利器しまくる感激は最初の1週間ぐらいで消え去ってしまったわよ。
まあとにかく器具を洗うのが大変!
それだけがネックよね。
あと粉の管理も意外と面倒くさくって、
まあとにかく私と製麺機との相性はあんまり良くなかったってことね。
たぶん、
朝のテレビの占いのラッキーアイテムに製麺機!と発表されても私はもう製麺機に浮かれない自信があるもの。
そう言ったファクトリーオートメーションの極みの産物の私たちがいちいち製麺の大変さをお手軽に美味しく麺を食べられますように!って製麺に命を賭けてきた人たちがいるから今に成り立っているのよね。
そう言った背景があると思うのよ。
世の中役捨て美味しく出回っている物をわざわざ手間かけて自分で生産する喜びを知る楽しさ以外にもうこれは買ってきた方が早い!って
世の中は大体そう言う仕組みになっているのよね。
きっとそうよ。
うふふ。
ツナっていると美味しいお醤油で炊いたご飯とマッチして思わず黒柳さーんって言いたいレヴェルよ!
まあ冗談はさておき、
冗談で済まなかったのは
多めに作って事務所にも水筒に入れて持ってこようと思ったけれど
すっかり水筒を持ってくるのを忘れていて
思わずもうるーるるるるー!ってそれなんてお財布忘れたドラ猫?って思っちゃうわ。
我ながら凹む~。
でもまあ帰ったら緑茶ホッツまだ冷めてないと思うので、
夜に仕方なくいただくことにするわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
家近良樹『歴史を知る楽しみ』(ちくまプリマー新書、2018年12月)
石川松太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)
伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版、2018年12月)
今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ、2014年)
岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館、2018年11月)
大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命』(星海社新書、2017年)
小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版、2016年)
金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本の海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)
上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本の近代』(NHK出版、1978年)
神谷大介『幕末の海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館、2018年1月)
神谷大介『幕末期軍事技術の基盤形成――砲術・海軍・地域』(岩田書院、2013年)
佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)
サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店、2013年)
篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房、2005年)
中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書、2018年8月)
内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書、2019年2月)
中野節子『女はいつからやさしくなくなったか』(平凡社新書、2014年)
長山靖生『帝国化する日本――明治の教育スキャンダル』(ちくま新書、2018年9月)
本郷和人『戦いの日本史 武士の時代を読み直す』(角川学芸出版、2012年)
松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)
宮地正人『日本史リブレット人68 土方歳三と榎本武揚 幕臣たちの戊辰・函館戦争』(山川出版社、2018年8月)
森正人・鈴木元編『文学史の古今和歌集』(和泉書院、2007年)
山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌとからすとうずらとペンと 山川菊栄・山川均写真集』(同時代社、2016年)
山本ルンルン『サーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス、2019年)
吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物の社会史』(ぺりかん社、2012年)
和田裕弘『織田信忠――天下人の嫡男』(中公新書、2019年8月)
渡部周子『〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女」規範の形成』(新泉社、2007年)
渡邊大門『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書、2019年9月)
渡辺尚志『江戸・明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社、2017年)
★再読★
鬼頭宏『日本の歴史19 文明としての江戸システム』(講談社、2002年)
ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)
中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書、2016年)
家近良樹『歴史を知る楽しみ』(ちくまプリマー新書、2018年12月)
石川松太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)
伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版、2018年12月)
今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ、2014年)
岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館、2018年11月)
大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命』(星海社新書、2017年)
小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版、2016年)
金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本の海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)
上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本の近代』(NHK出版、1978年)
神谷大介『幕末の海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館、2018年1月)
神谷大介『幕末期軍事技術の基盤形成――砲術・海軍・地域』(岩田書院、2013年)
佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)
サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店、2013年)
篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房、2005年)
中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書、2018年8月)
内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書、2019年2月)
中野節子『女はいつからやさしくなくなったか』(平凡社新書、2014年)
長山靖生『帝国化する日本――明治の教育スキャンダル』(ちくま新書、2018年9月)
本郷和人『戦いの日本史 武士の時代を読み直す』(角川学芸出版、2012年)
松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)
宮地正人『日本史リブレット人68 土方歳三と榎本武揚 幕臣たちの戊辰・函館戦争』(山川出版社、2018年8月)
森正人・鈴木元編『文学史の古今和歌集』(和泉書院、2007年)
山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌとからすとうずらとペンと 山川菊栄・山川均写真集』(同時代社、2016年)
山本ルンルン『サーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス、2019年)
吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物の社会史』(ぺりかん社、2012年)
和田裕弘『織田信忠――天下人の嫡男』(中公新書、2019年8月)
渡部周子『〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女」規範の形成』(新泉社、2007年)
渡邊大門『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書、2019年9月)
渡辺尚志『江戸・明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社、2017年)
★再読★
鬼頭宏『日本の歴史19 文明としての江戸システム』(講談社、2002年)
ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)
中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書、2016年)
とても嬉しかった。
みなさんのお陰で新たに学んだことと、コメントに対して感じたことをこの日記に残します。
知っていれば賢い、ということでもない。使いこなせない知識は有害
* 外面では見えない知識が表に出て初めて人のお役にたてるかも知れないのに勿体無い限りです。
* 週刊実話を読んだことがありませんので楽しい気持ちになれるなら凹んだ時に読んで見ます。
わたしは無知な女/htmarさん&miyashikiさん
* わたしは無知な女です。
いやいや、確かに知っていても適切に引出から出せないと無駄に思われがちだけど、もしも知っていなかったらそもそも引き出すものがないのだから、やっぱり知っているだけでも価値はあるよ。。/quix_queさん
全知全能になれない以上、全ての存在は何かしらにおいて無知であろう。その中で知ることをやめなければ良いのではなかろうか。/ vidさん
知ることをやめなければ良いのではなかろうか
* めげずに励みます。
知っている方が楽しいことと知っていたほうが悲しいことを天秤にかけたら前者が重たくなるためにはある程度の時期までに蓄積をしなければならないんだとは思う。間に合うのであれば知る努力をしたほうが楽しい/ NOV1975さん
知る努力をしたほうが楽しい
* 知る努力をし、みんなと一緒に楽しいと実感できる日々に向かい現在進行中です。
それでも生きて行けるならそれでいいと思うし、無知を恥じているならそれはものすごい発見でもある。読書ははまると楽しいよ。/ vaginallyさん
無知を恥じているならそれはものすごい発見でもある。
私と比べるから
* 沢山の人達に出会うことで自分の無力さを感じてしまう反面、希望があります。
知らなくていい言葉もいっぱいありますよ。気になるなら週末だけでもコンビニで新聞買ってさらっと見ておくといいかも。/ gohankunさん
いま気付いたのならこれから読めばいいじゃん。まあ知らなければよかったってこともあったりするから、ほどほどでいいのでは。/htnmikiさん
いま気付いたのならこれから読めばいいじゃん。
* 知らなくていい言葉が気になります。「さらっ」「ほどほど」具合が分かりませんので、ついでに体験してみます。
「知らない」ということを知ってるのはだいじ。/K-Onoさんへ
「知らない」ということを知ってるのはだいじ。
* 「知らないことは知らない」ただそれだけのことです。大事であるならば大事だと思うようにします。
上から目線で寛容な理解者ぶりたいおっさんホイホイなのかなと開いたが思った以上に色気がない文章だった/zuiji_zuishoさん
* ガッカリさせてすみません。「色気ある文章」というのが存在するんですね。意識して文章の研究をしてみます。
百聞は一見にしかずって言うよ/QJV97FCrさん
本を読むのって、他人の人生を追体験すること。本を読まない人はやたらと「経験」というけれど、自分ひとりだけの経験と、読書で何百人何千人もの人生の片鱗と知識・知恵を経験した人では見える世界が違うよね。/MK3110さん
読書で何百人何千人もの人生の片鱗と知識・知恵を経験した人では見える世界が違う
* 見える世界…。わたしの世界は良し悪しでも「みんな生きている」というシンプルさです。
どういう成り行きで稲川会を知ったんだ…/nekonekonekotoriさん
* 知らなかったわたしは一先ず安心です。ただ、死ぬ期限が不明です。いずれにせよ人はいつか死にます。念のため、20歳未満の人に忠告しておきますね。
P.Sが本編。/bloominfeelingさん
* P.Sが本編だと困ります。本編に捉えてしまった人がいたということに対して後書きする場合は、どのように表現していいのか考えました。
知ったような口を叩きたくないから、知識を取り入れるようにしてる。/waribashiwaretaさん
* パワーを感じます。
知識を仕入れても大概のことは忘れてるけどね。知らないのと忘れてるの、どっちがいいかわからないけど、仕入れて忘れるのも悪くないなとは思う。/ricemountainさん
* 忘れてもどこかしらに残っていますよね。
*「やったーわたし」ですね。
知ってるつもりより100倍まし/mementm0riさん
* 100倍と明確にされるとは、想定範囲外です。むしろ100倍の威力が気になります。
無知な人がはてな匿名ダイアリーなんて知ってるわけないじゃないですか/junglejungleさん
この増田はまとめ、増田、稲川会を知っている時点で無知じゃない。もっと無知な人間がいる世界だってある/miho3783さん
* わたしは、字を書くのも苦手なためパソコンで日記を書こうとおもい「日記」「無料」「匿名」で検索したらここに辿りつきました。
知っている時点で無知じゃないということは有名なんですね。知れて良かったです。
* 時と場合によっては、使い方があるのではと考えさせられました。
私はムッチリな女、、、 が、親父ギャグ的なものにあたることくらいの知識はある。/ imakimamさん
* 恐縮ですが、ムッチリが無知の言い換えですか?だとしたら、親父ギャグにあたるよりも仕事であてたいです。
「増田」の意味は知ってる?/zeromoon0さん
増田(ますだ)【意味:「はてな匿名ダイアリー」およびその利用者の俗称。当初は「アノニマスダ」「アノニ増田」などと称されていたが、現在ではさらに省略した「増田」が一般的であるようだ。Anonymous Diary(アノニマスダイアリー)に由来する。】
* この日記は文字をクリックしたら辞書へ移動できます。そこで調べた限り、人の名前でした。誰のことかと思い追跡したら上記の意味だったんですね。
* 生活面で悪影響を与えてしまったらすみません。タイトルを変えようと考えましたが他に思い当たる節がないので使わせて頂いています。
小説なんてたくさんある娯楽のうちの一つにすぎないのだから消費しないことを嘆く必要なんてないけど、今後も飯を食っていけるだけの知識と技術を保てるよう専門書をたくさん読むなりして研鑽に励む必要はある/pepekyさん
飯を食っていけるだけの知識と技術を保てるよう専門書をたくさん読むなりして研鑽に励む必要はある
* 専門書という発想がありませんでした。小説と専門書を使いわける選択肢ができました。
知識に人生の逃げ道はない。無学な人間には学がないなりの生き方がある。自分らしさを卑下するのは不健全。口を開けばパズドラと酒と女しか話題がない中卒だからこその野性のたくましさを見習い、笑顔を取り戻せ。/limeclimbさん
知識に人生の逃げ道はない。無学な人間には学がないなりの生き方がある。自分らしさを卑下するのは不健全。
* 無学なりにここまで生きてきました。次は博学なりの生き方をします。
いやー、無知な人ってヤクザの話大好きなんだよ。自分は無知だという自覚が半ば無意識的にあるのだけど、「でも俺はみんなが知らない裏社会のこと知ってるんだぜ」って風に相殺して優越感に浸れるのかもしれない。/Falkyさん
* 学んだことは表に出しなさいと教わりました。
* すみません。「新手の埼玉おっさん案件」を検索したのですが意味が分かりませんでした。井手らっきょかと思い再検索したのですが埼玉ではなく熊本でした。
無知の知。一見無駄かもしれない知識が思いがけない場所で使えることもあるから、色々知ってる人は有利だと思う。/ nil-fellさん
無知の知。「そんなこと知らなくても死なないじゃん」と切り捨てないことは言葉の単語=語彙が多いことよりももっと大切で立派なことだと思うのです。/あと知ったかぶりよりいいよね。と自分に言ってみる/ikd18さん
無知の知と言いますし。/richard_rawさん
* なんだか深いお話です。
知らないというより考えない人が増えている気がする。あるいは、知ってることだけで理解したつもりになって新しい知識を増やす気がない人。算数ができれば数学なんていらないという考え方はこれに近い。/nenashigusanoraさん
* 「知らない」と「考えない」のあいだに壁があるのを感じます。
* 他の方の日記を拝見し、読みやすくできたらと思い記法に辿りつきました。まだまだ使いこなせていません。
本は読んでるつもりだけど稲川会知らない。あと、無知であることを自覚してるならわからないことをどんどん人に聞いてくといいんじゃないかな。その方がコミュニケーション捗るし。/sato-gcさん
* リアル世界とは少々違いますが、今こうしている場もコミュニケーションのひとつですね。
銀河鉄道999より:メーテル「ええ、私は時の流れを旅する女。今までに数え切れないくらい多勢の若者と旅をしてきたわ。ともに喜んでともに悲しんで、そして死に別れてきた。私は一緒に旅した若者のことを決して忘れない。一人一人の思い出をこの胸に刻みこんで抱いて行くわ。永遠に。」
* 共感することもしばしばあります。こんなお話があったんですね。
コメントしてくれた人以外の方も読んでくれてありがとうございます。
「わたしは無知な女」をブックマークする意味が分かりかねます。
ありがたく思います。
また、書きます。
わたしは無知な女。
情報の集中に関しては長短あるけど、事例がなー
子「じゃ、ネットで場所とつかまえ方をくわしく調べてくる!」
一緒に調べてあげようよ。
「確実に」とか、「分かった気になっちゃう」とか書いてる人の言葉とは思えない。確実って気になっちゃってるだけだから。全然確実じゃないから。
クワガタでもどんなクワガタがとか、他におもしろい生物いないかだとか、樹液を出す木の種類だとか、写真や文字と現物とのギャップとか、まだまだ色々あるから。
調べ方だって色々あるから。どんな言葉で、どんな機能で、どんなサイトで調べるのか。情報を発見する喜び、知る楽しさだってひとしおだよ。
探すんだよ。家で探してネットで探して実地で探して。だいたい、準備8割本番2割だよ。本当は。
2割調べて8割外でもいいよ。想像と現実のギャップを知ればいいよ。10割調査じゃ不味いけどナー。そんときはお父ちゃん駄々こねろ。