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2026-05-05

anond:20260505075102

東北新幹線八戸終点北陸新幹線長野まりで、確か長野新幹線と呼ばれていた。

九州新幹線新八代鹿児島中央という部分開業状態だった。

まさか東京駅から函館福井まで新幹線で行けるようになるとは思わなかった。

2026-05-03

京王線千歳烏山駅マナー

なんでこの駅は突出してマナーが悪いんだろうか?ホームがほかの駅に比べて狭いから?

電車から降りる前にせっかくホームに降車優先と書いてあるのに無視してそこに横に移動して待ち構えて、とにかく先に乗ろうとする。

千歳烏山駅上りって中途半端座席がぽこぽこ空いているからそれがいけないのだろうか。

でも千歳から明日山駅から座っても京王線新宿行きの特急なんてあと少しで終点なのですけどね。

あと最近京王線中央線などのように優先席に座る若い人など増えました。お年寄りいても座ってますねえ気が付かないふりして。

なんだかです

2026-03-25

トランプとかネタニヤフが「もうめんどいから核使うわ…」となったとき、それを止める機構存在する?

現状をふまえるに、両方とも国際法良識ブレーキになることはなさそう(ブレーキになるなら、そもそもこうなっていない)。

で、GOサインまでは大統領首相独断で出せるとして、本来なら軍や官僚のチェックを通過しないと結局ボタンは押されないと思うけど、いまやそれももうよくわからん

周囲の個々人も「OKじゃないと思うけど、ボスが言うんじゃしょうがねーな」つって勢いで承認印(なのか知らんけど)押しちゃうぐらいには狂ってきてそう。

そうなると、2名のわけわからんちんが起点であり終点になっていて、この2人の感覚がそのままボタンになってるのでは、と思うとすごいことだと思う。

2026-03-14

港区から見たら皆田舎だとおもうけど

職場も家も23区にいたのですが、

東京都市部にひっこしてきて、あまつさえ職場埼玉になりました。

変わらない と思っていたんですけど

違。電車内の様子が違う。

23区の人は席が空いても座らなかったりするのですが、

席取合戦が激しい。田舎から区間が長いって理由でもないのに(1区間2分程度)

なにがなんでも座る。

1駅2駅程度でも絶対座る。集団で全員座れなさそうなのに1,2人意地でも座る高校生

都営バス終点ポールポジションを取る足の悪い遅い邪魔ババアのこともずっと謎に思っていたが

挙動がすべて遅いので迷惑。他の降りる乗客を待ったあと、降りればいいのに)

おなじように絶対座る田舎民の謎。なんで?誰かこの人たちの深層心理教えて。

武蔵野線は1区間が長いからまぁわかるけどさ。翔んで埼玉

2026-03-04

[] anond:20260304043922

僕は今朝、シリアルを42回噛んだ。42という数は宇宙的に重要からではない。単に最適化の結果だ。咀嚼回数を増やすと粘性が上がり、牛乳との混相ダイナミクス不快になる。減らすと消化効率が落ちる。物理キッチンにも宿る。

 

さて、本題だ。多相互作用世界と2状態ベクトル形式を同時に飼い慣らす、という野心的な試みについてまず整理する。

Howard Wisemanらが提案したMIWは、波動関数実在とみなさず、有限個あるいは無限個の古典的世界の配置空間上の相互作用量子力学再構成しようとする。

量子ポテンシャルに相当する効果が、世界間の反発的相互作用から現れるという立場だ。シュレーディンガー方程式は、極限での有効理論にすぎない。

一方で、Yakir AharonovのTSVFは、状態ヒルベルト空間ベクトル一つではなく、前進するケットと後退するブラのペア記述する。

境界条件は初期時刻と最終時刻の両方に課される。時間対称性露骨採用する形式だ。測定は“収縮”ではなく、境界条件更新解釈できる。

両者の共通動機は明確だ。コペンハーゲン解釈曖昧観測という語を物理法則から追放し、より実在論的で決定論的な像を得たいという欲望だ。欲望はしばしば理論前進させる。時に暴走もさせるが。

では仮に、作業仮説として、MIWの世界群それぞれにTSVF的な二重境界条件を与えるとどうなるか。

通常のMIWでは、世界の配置は初期分布から時間発展し、隣接世界との相互作用項が量子的振る舞いを再現する。未来は結果であって原因ではない。

ここにTSVFを差し込むと、各世界は初期位置だけでなく最終配置も固定される。すると運動方程式は、単なる初期値問題ではなく、二点境界問題になる。

言い換えると、世界は横から世界に押され、前後から境界条件に挟まれる。

この描像は、配置空間上のネットワーク時間方向にも閉じる。

世界は枝分かれするのではなく、巨大な時空グラフの中の一本の整合的経路になる。各経路は未来ポストセレクション対応する。

弱測定の異常値は、この二重制約の幾何学帰結として理解できるかもしれない。

もちろん、これは完成理論ではない。問題は山ほどある。ローレンツ不変性をどう保つのか。有限世界数で干渉位相情報を完全に再現できるのか。未来境界条件はどの物理過程で選ばれるのか。

Lev Vaidmanの立場は興味深い。彼はTSVFを用いながら多世界解釈にも積極的だ。つまりヒルベルト空間数学世界実在性を同時に肯定する。

これはある意味で、状態ベクトル記述ではなく分岐した実在総体とみなす姿勢だ。僕はその大胆さを評価する。ただし評価と真理は別物だ。

超弦理論を考えるときと同じだ。

次元ラビヤウ多様体のモジュライ空間を歩くと、安定化条件が未来境界条件のように見える瞬間がある。

ウィッテンでさえ完全には制御できない非摂動効果が、あたかも後ろからの制約のように振る舞う

時間対称性は、場の量子論経路積分の中では最初から潜んでいる。始点と終点を固定して和を取るのだから当然だ。

MIWとTSVFの統合は、量子力学を初期値理論から境界条件理論へ再解釈する試みと見るのが妥当だ。

それが成功するかは不明だが、少なくとも測定問題を別の座標系に写像する効果はある。

 

今日の朝はここまでにする。

ルームメイト協定第7条により、早朝の理論的飛躍は禁止されている。

脳は冷却も必要だ。今後の課題は、弱測定の実験設定を古典的確率過程でどこまで模倣できるか検討する予定だ。

量子の神秘は、しばしば我々の記述不器用さにすぎない。

2026-02-12

円環の拘束――結婚指輪における「契約」の呪術的変容と身体連鎖に関する考察

序論

現代社会において、結婚指輪愛情の証や社会的ステータス象徴として自明のものとされている。しかし、文化人類学的、あるいは記号論的な視点からその本質を解剖すれば、それは単なる装飾品ではなく、一種の「洗練された呪詛(カース)」としての機能内包していることが浮き彫りになる。本稿では、指輪という形状が持つ円環性と、左手薬指という身体的部位への固着が、いかにして個人自由剥奪し、永続的な拘束を強いる「呪詛」として機能するかを論じる。

第一章:円環という名の「終わりのない牢獄

指輪の最大の特徴はその円環構造にある。幾何学において円は始点と終点が一致し、無限の反復を意味する。これを婚姻関係に当てはめる時、それは「死が二人を分かつまで」という誓約を、視覚的・物理的なループへと固定する行為に他ならない。 かつて呪術世界観において、対象を紐や輪で囲う行為は「封印」や「束縛」を意味した。結婚指輪をはめる行為は、自らの意思特定他者との関係性の中に封じ込め、外部世界との流動的な接触を断絶させる自己封印儀式である

第二章:薬指の静脈心臓への直結

左手薬指に指輪をはめる習慣は、古代エジプトローマにおける「ヴェナ・アモリス(愛の静脈)」という幻想に基づいている。この指の血管が直接心臓(アニマ)に繋がっているという信仰は、解剖学的には否定されているものの、文化的呪詛としては今なお強力である指輪による圧迫は、微弱ながらも絶え間ない物理的刺激として身体記憶される。この持続的な刺激は、意識下に「私は所有されている」という通奏低音を響かせ続ける。つまり指輪は皮膚という境界線を越えて精神の深層へと侵入し、個体としての独立性を侵食する身体同化装置なのである

第三章:社会的監視の「護符」と「呪い

指輪は、第三者に対して「この者は売約済みである」と宣言する標識である。これは一見不埒な誘惑から身を守る護符(アミュレット)のように機能するが、その実態相互監視システムである指輪を外す行為が「裏切り」や「隠蔽」と直結する社会構造において、指輪は装着者の行動を24時間規定する。外す自由を奪われた装飾品は、もはやファッションではなく、見えない鎖の末端に位置する「美しい枷」に他ならない。

結論

以上の考察から結婚指輪とは愛の象徴という美名の裏に、永続的な拘束、自己喪失、そして社会的監視を埋め込んだ高度な呪術記号である結論付けられる。それはロマンティシズムによって美化された「呪詛」であり、我々はその円環に指を通すことで、自ら進んで自由という名の魂の一部を供物に捧げているのである

2026-02-11

リベラル界隈が見失っている批判意味

本来あるべきサイクル

この循環が回って初めて、批判意味を持つ。

なぜ批判だけでは無意味

結論

変える行為ではなく

変わらない状態を固定するだけ。

機能していない改善サイクルに手を入れないと批判を続けてもなんら意味がない。その正当性議論する意味もない。

2026-01-25

anond:20260124135824

ぶっちゃけ増田地元がどこかわからいか選挙区わからんねんから、うちの話をする。ワイは自民党投票する。

 

宇都宮なもんで、船田元っていう自民党衆議院議員がおるんやけども、こいつは野球とかで有名な作新学院理事長で、まぁいわゆる宇都宮ドン的な存在でもあるわけや。でもワイは今回はこいつにまた投票する。なぜかって?立憲や共産最近話題宇都宮の「LRT」(路面電車事業永遠に反対してきたからや。おかしい話やろ?LRTの当初の目的地は郊外工業団地宇都宮駅を結ぶ道路渋滞緩和で、労働者側に本来立つはずに野党どもが永遠に通勤渋滞を緩和するために動こうとする船田やら知事福田市長佐藤に楯突いてきたんよ。LRTは国の交付金を大きく活用して作られている。その国と地元パイプLRT反対とかいうアタオカじゃ話にならないのよ。

 

今度は駅の反対側に延伸して、今度は工業団地じゃないんだけども、街の大通り部分にLRTを通そうという話になってる。終点作新学院付近、これはもうほぼ船田の利益誘導と言ってもおかしくはない範囲や。だけども実際に目を向ければ作新学院に向かう宇都宮駅のバス停は朝夜あふれんばかりに人がいるし(学校組織としては作新学院は全国最大規模のマンモス小中高だからね)、作新学院の手前までは街の中心部が広がっていて、バスがたくさん走っていて空気も汚いし無駄が多い。LRTに置き換えられたら駅の東西アクセスは抜群に良くなるし、それによって人口が減る中でももう少しままりのある街になりそうな感じがする。

 

インフレ気味で総工費は膨れるばかりだが、ある程度目を瞑るべきやと思っている。変わらなければ宇都宮は、栃木県は人がいなくなる一方やから西武デパートも無くなった、パルコも居なくなった、ララスクエアららぽーとの小規模版?)も無くなった、客観的に街の魅力はどんどん落ちてる。具体的な策を立ててそれにあがこうとしている限り、ワイは船田元投票せざるを得ないと思う。

2026-01-15

見知らぬ君へ ある初老独白

この場所を掘り当てた、見知らぬ君へ。

誰に宛てるでもなく、ただ書き置いておく。

ここには、残酷で、そして中庸世界を、

それなりに機嫌よく生き抜こうとした

一人の凡人の思索の跡がある。

私は君と語らうつもりはない。

褒め言葉も、謗りの言葉も、私には届かない。

ただ、もし君が

世界無意味さに途方に暮れているのなら、

この記録を、自分を映す手鏡として使ってみるといい。

読んで、考え、そして去ればいい。

====

一、影としての意識自由幻想

まず、認めておきたい前提がある。

この世に、完全な自由などないのではないか、ということだ。

世界は、数式と物理法則に従って動く巨大な機械のようなものだ。

私が今この文字を綴ることも、

君がそれを読むことも、

はるかから連なった因果の延長に過ぎない。

私たち意識や心と呼ばれるものは、

実体が動いた「あと」に生じる影のようなものだ。

影が実体を動かすことはない。

私たちは、

起きてしまった出来事

から眺めている観客なのだと思っている。

若い頃、私は何者かになりたいと願った。

だが、特別な才覚はなかった。

下手なゲーム時間を溶かし、

結局、何者にもなれぬまま、

初老と呼ばれる年齢に差しかかった。

今になって、ようやく分かったことがある。

「何者にもなる必要はなかった」という事実が、

決定論の中では、静かな安らぎになるということだ。

二、車窓の景色 ― 選べないが、眺められる

すべてが決まっているのだとしたら、

なぜ私は、案外機嫌よく生きていられるのだろうか。

人生線路を引き直すことはできない。

だが、車窓から流れる景色を眺めることはできる。

眺めるという一点においてのみ、

である私たちは、

この世界の唯一の目撃者になる。

この列車がどこへ向かうのか、

乗客である私たちには分からない。

終点に降りて、初めて知る。

私は生きるために、人生の八割を使った。

会社方針には内心で抗いながら、

表向きは従順な有能な歯車を演じた。

それは、この自然界を生き抜くための、

冷静な策略だった。

残りの二割の時間

私は車窓に寄りかかり、

自分だけの景色を眺めていた。

三、因果を引き受ける ― 後出し肯定

人生の先が見え始め、

予測がだいたい当たる年齢になると、

生は「物理現象追体験」に近づく。

アトピーの薬を塗らなかったこと。

歯を磨かなかったこと。

情熱を持てない自分に焦りを感じてたこと。

それら負の履歴さえ、

今では私がバランスを取るための重りなのだ

人生の無数の選択に、

身体が先に答えを出し、

脳が0.5秒後に理由をつける。

「これが正解だ」と。

それが、この無味乾燥世界を、

自分自身の物語として着地させる、

私なりの作法だった。

四、君へ ― 答え合わせの走り書き

今、この文字を追っている君へ。

私の答え合わせを、いくつか置いておく。

何者かになりたい君へ。

成否は、たぶん最初から決まっている。

君のせいではない。

絶望している君へ。

その絶望も、物理帰結だ。君は悪くない。

今は、痛みの質感を眺めていればいい。

世界を呪う君へ。

世界は答えない。

ただ、中庸にそこにある。

幸せな君へ。

その幸せを、よく噛みしめるといい。

それは偶然与えられた福音だ。

虚無な君へ。

虚無でいい。

それでも世界は回り、君はそこに在る。


この文章を書くことは、

私が自分の傷を舐め、

自分自分を慰めるための行為に過ぎない。

だが、この自己救済の円環こそが、

私がこの世界に刻める、

たった一つの意志だった。

私は、私を許す。

そして、自分カルマを、ここに置いていく。

それでも、君を祝福する。

この世界に生まれてきてくれて、ありがとう

2026-01-03

ゲームスポーツを持ち込まれるのが好きじゃない。俺はスポーツが好きじゃないから。

俺はスポーツが嫌いだ。

人間に優劣をつけようとする。

持って生まれた才能・使ってきた時間環境との相性・交友関係・天運、とにかく様々な要素を組み合わせていって「貴方は全体で何番です」みたいに序列をつけようとする。

そういう態度が気に食わない。

単に遊びの優劣が"絶対的価値"であるかのように錯覚させたがる。

その割にはい構造欠陥についての指摘を受ければ「たかが遊びだ。本気であーだこーだ言うもんじゃない」といった態度を抜かす。

"たかが遊び"といった態度と"絶対的序列"の両方のスタンスに陣取って都合良く論点を切り替える薄汚い存在、それがスポーツだ。

俺はゲームが好きだ。

単に楽しければそれでいいからだ。

ゲームも時に順位をつけるが、それらはゲーム内に仕込まれ乱数によって変動しがちなのもあって"絶対的序列"と成るのは子供世界ぐらいのものだろう。

自分たちが遊びであることを割り切って意図的乱数抜け道を仕込み、何度も繰り返せばいつかはクリア出来るようにしたり、クリア出来ないことが実生活に陰を落とさないようになっている。

ゲームは本当の意味で"たかが遊び"なんだ。

割り切っている。

自分スタンスをチラチラと動かしてやってきた状況に合わせてゴールポスト必死に動かして回ったりなんかしない。

遊びとしての潔さがあり、挑む側としても気持ちよくシンプル気持ち相手が出来る。

e-スポーツはその境界破壊するものだ。

俺は好きじゃない。

"たかが遊び"としてスタンスを一貫していたはずのゲームが「いいえ、e-スポーツでの勝利には"絶対的価値"があります。賞金も1億円出します」なんて突然言い出す。

そしてその次には「"絶対的序列"を決めるようなものが、人の一生を時に左右するものが"ただの遊び"と言い張って乱数まみれにするのは駄目ですよね。ゲームバランス完璧を目指します」なんて言い出す。

ふざけている。俺はここの「完璧バランス調整を目指します。だってスポーツから」という流れが本当に大嫌いなのだ

言ってしまえばゲームを開発している側が「スマブラ終点アイテムなし以外ありえないよね。アイテムとかどうせ誰も使わないから無くしてもいいよね」と言い出すようなもんだ。

そうしてゲームはどんどん「強い人がほぼ確実に毎回勝って、次に強い人が毎回2位で、その次が3位、そして一番下手な奴はいつもビリになる」という状態になる。

なあ、息苦しくないか

俺はゲームに対して「俺達の誰が一番優れているか決めてくれよ」なんて頼んだことはない。むしろ「なんかいい感じに曖昧にしてよ。その方がパーティーとして気楽だからさ」と願ってきた。

だがe-スポーツなるものを目指し始めるとゲームはどうやっても「優勝するに足る人が優勝しましたよ」の形を目指すことになる。それは"スポーツとして正しい姿"何だと思う。

"スポーツとして正しい姿"は"たかが遊び"と両立するのが難しい。

なぜなら"スポーツとして正しい姿"というのは、"絶対的序列"を決定するための"測定装置"でなければいけないからだ。

"測定装置"であることを目指すということは、遊びとしての遊びを失うってことだ。

そう、「遊びが、遊びを失う」んだよ。まさにこれこそが問題だ。

"測定装置"に徹すれば徹するほどに、それは余裕のないものになる。

余裕のないものになればなるほど、それを遊んでいる側の態度も余裕を失っていく。

休日ヘラヘラネット上の知り合いとボイチャしながら酒を飲みつつ遊ぶようなものからは遠ざかる。

「皆さんもっと基礎練習をやって下さい。今回我々のチームはゴールドリーグの中で上位争いをしており、上手くやれば次節はプラチナリーグを目指せます。頑張りどころですよ」なんてふざけた話が始まるのだ。

クソッタレも良い所だ。なんでそんな必死になって結果を出そうとしなけりゃならないんだ?そういうのは仕事だとか、資格勉強だとか、せめて子育てとか、家事とかでやるべきだろ。

必死になってもいいかも知れない場所が無数にある人生の中で、必死にならなくてもいいような場所としてゲームを楽しんでいた所に"遊びのない遊び"としていきなりやてってくるクソッタレ、それがe-スポーツなんだよ。

俺はe-スポーツが嫌いだ。

完璧に近い競技性なんて俺は求めない。むしろ不完全なぐらいで丁度いいんだ。理不尽な負けを「まあ俺も同じ感じで勝ったこ結構あるしな」と笑い飛ばしながらビールと一緒に飲み下すぐらいでいいんだ。

ゲーム業界の中でe-スポーツなんかにまらずに"たかが遊びのゲーム"であり続けているゲームの皆さん。本当にありがとうございます

e-スポーツにならなきゃ真のゲームじゃないとか、e-スポーツをやらなきゃ真のゲーマーじゃないとか、そういうクソッタレでつまんねえイキった風潮に負けないでください。

完璧ゲームバランスの対人ゲームとか現実でやりゃあいいのにゲームの中での勝った負けたを"絶対的序列"に変換して「僕ちゃんはお前よりゲームが上手いから凄いんだ!」とエバろうとするガキに媚びない姿勢、カッコイイです。

俺、e-スポーツしてないゲーム大好きです。

まあ、一部の勝ち負けにしか価値を見いだせないくせに何故かゲーム世界引きこもりたがるしょーもない奴らの財布を当てにするようなゲーム市場ちょっとぐらいあるのは良いと思います多様性ゲームの魅力ですからね。

でも全部のゲームがそうなっていこうとする流れは絶対に間違ってます

以上ですわ。

2025-12-30

[] 漫画における“正味量”

現在少年ジャンプ+で連載されている『.A-ドットアリス』。

この漫画、ひいてはこの作家さんの過去作品も「私、こういうの好きなはずなんだけどなあ……」ってなる。

通常なら、こういうタイプ漫画に対してXとかで感想つらつらと書いてそうなのに。

自分でも不思議なくらいハマんないんだよな。

現状、自分の中でも結論でてないけど、理由を何とか捻りだしてみる。


今やってる『.A-ドットアリス』も、過去連載してた『夏の終点』にも感じるんだけれども、総じて“雰囲気”とか“余白”を大切にしている作風

それらはコマからフキダシの配置に至るまで細やかなんだけれども、言葉選びや画風はさっぱりめだから与えられる情報量が少ない。

その少ない情報量の中で表現されているものは繊細で、かつ複雑そうに見えるんだけれども、実のところ単純明快

まり、この人の描く漫画って“正味量”が少ないんだと思う。

咀嚼し続けるうちに「思ってたほど味しないな、ボリュームないな」となるというか。

すごく雰囲気あるんだけど、その雰囲気に見合う“量や味”が物足りないと感じる。

もちろん重厚さだとか密度だとか、そういった質量けが漫画面白さではないけれども。

ファーストインプレッションから期待されるものと、食べ進めた時との間にギャップを感じる。


まあ、これはあくま暫定的結論で、自分で書いておいてなんだけれどもしっくりきていない。

ただ「漫画における“正味量”」って考え方自体は、我ながら興味深いと感じたので、いずれ深堀りしていきたいなって思った。

2025-12-24

某A省K重事案の真相をお前らに教える

退職して5年経ってるから時効ってことで。

ぶっちゃけこのネタは元々アドベントカレンダーに書こうと思ったのだが「流石に方向性が違いすぎる」ということで封印したものだ。

でもせっかくだからここに放流することにする。


偉い人が「お前!100円でアンパン牛乳サラダカレーを買ってこい。100円あれば2人分買ってこれるだろ?昭和時代は出来たぞ?」みたいなことし続けたのが全ての原因

まずは結論から書こう。

結局の所はトップ現場のことを省みることな適当な金の使い方をしてきたのが全ての発端であり終点だ。

防A省のトップ金銭感覚というものを持ち合わせていない。

勘定なんて薄汚いことは下っ端が考えることであり、大蔵省に頭を下げるなんてみっともないことは薄汚い背広を来たメガネザル共がやればいいことで、自分たち戦車戦闘機模型ブンドドするのが仕事だと本気で思っている。

そしてそのツケは最終的に末端にやってくる。

たとえば陸自トイレットペーパーがその最たるものだろう。

自分で使うんだから自分でもってこい」とトイレットペーパーの持参を命じられる会社があったら倒産するが、防A省は親方日の丸から死ぬことも出来ずにゾンビ化するのだ。

偉い人「工夫しなさい(何も考えてないけど)」の果てに起きる「現場努力

たとえば君がトラックの運ちゃんだったとして、雇っている会社から「今年はもうガソリン代を経費で落とすのは無理だよ。本社が前もって決めていた年間のガソリン支給額を使い切ったからね」と言ってきたらどうする?

マジでどうしようもないと思う。

残された道は「自腹を切る」か「どこからか持ってくる」のどちらかだ。

そして上司はいつも「工夫をしなさい。たとえば同じ速度で走り続ければ急加速急減速より減りが遅いんだからしか言わない。

さて、君が行きつけの給油所でウンウン困っているとそこの社員が「どうしたんだい?」と声をかけてくる。

君は仕事愚痴をツラツラと口にするが、そうすると相手は「だったらツケにしてもいいよ。来年になったら毎回2割増しぐらいで領収書を出していけばそのうちとんとんになるからさ」とガソリン提供してくれるという。

さあ、どうする?

トップは下々の悩みなんて改善する気はない

さて、君は色々あって様々な誤魔化しを繰り返す汚れた手の現場職になってしまった。

それでも心のなかに残された倫理観が「なんとかしてこの苦境を上に伝えよう」と努力する。

「足りてないんです。致命的です」と報告を上げるが、上は「嘘つけ。それならもう動けなくなってるだろ?動いてるなら足りてるんだよ」と言ってくる。

だって流石に「実は給油所のおっちゃんと結託していて・・・」なんて言えるはずがない。

言ったら君に正義感が残っていたかどうかなんて関係なく皆が処罰されるだろう。

そして、トップは「現場勝手にやっただけですよ。僕はむしろ被害者なんです」と平気で言うのだ。

これは現実に起きていることだ

たとえばとある部隊人間が「桟橋が壊れているんですよ」と口にしたのが地方新聞に「コイツら完全にオワコン!桟橋もないwwww」とニュースになった途端に工事をしたニュースを知っているだろうか。

https://www.zakzak.co.jp/article/20210331-WFNICEQ5HFPJVHS27CJNQP6NTM/

ググったらすぐ出てきたコレだコレだ。

この事件が何を意味しているか

1 トップ現場意見を聞く気はない。

2 現場意見を聞く気はないくせに新聞に乗ったら動く

3 問題が起きていることは理解したうえでわざと「あーあー聞こえなーい」をずっと繰り返している

4 そのくせして意味分からんパーティーは開くしお友達予算で変なものは買いまくるしで無駄遣いしほうだい(いわゆる離れですき焼き

マジで終わっている。

そしてこの「ニュースにされない限り放置される下々の声」の中に無数の備品が含まれていた結果が、川重事案に行き着く。

だが川重は本当に悪い人たちだったのだろうか?

先程のたとえ話に出てきた「来年予算が出たら領収書を2割増で請求してくれればツケにしてくれる給油所のおっちゃん」のようなものではないのか?

まあ、悪ではあるな。

だがこの状況を招いたトップの方がよっぽど悪じゃないのか?


まあ、俺はやめて5年経過してるし、当時も「そういう部隊があるらしいぜ。最近嗅ぎ回ってるから気をつけようぜ」と言われつつ壊れたスパナを自腹で買ったり、蛍光灯が足りなすぎて事故った時にカンパして皆で買ったりして凌いでいただけだからセーフだ。

つうかトイレットペーパー持ち込みが何十年も当たり前になってた組織でそういうことが起きてないはずがないのに、なんでトップは「えー!始めて知りましたよ—!」って顔してたんだろうな。

嘘が下手なのか、都合が悪いことは上に一切流れない組織なのか。

辞めて本当に良かった。

じゃあ皆も楽しいクリスマスを。

俺はケーキ食って寝るぜ。

anond:20251224120122

え…………

終点着いたんだが、雪ないんだが…?

山々も青々としておる…

途中や長野来る前は雪あった所もあったのに…

なう(2025/12/24 12:19:56)

anond:20251223204430

詰められた根本の原因はあなたにないです。会社が適正な人員配置をしていないからです。会社勤めなら会社就業規則を入手して、その上でweb傷病手当制度について学習して、精神科に行って休職してください。傷病手当をもらいながらゆっくり静養してください。人生終点時点で限界状態を越えてまで働く必要は無いです。あなた歯車じゃ無くて、かけがえのない個です。もう誰かが自分をすりつぶすのを我慢しないでください

2025-12-07

うおおおおおおおおおお!!! 好きな惣菜発表ドラゴン、発進準備よし!! 車内放送開始!!!

好きな惣菜発表ドラゴンが 好きな惣菜を発表しま!!!

からあげ唐揚げくん仕様塩味強め) ハンバーグデミグラスソース特盛) とんかつロース厚切り120mm級) 肉を甘辛く炒めたやつ(プルコギ限定運用

正式名称不明惣菜も 好き 好き 大好き 全力で連結!!!

好きな惣菜発表ドラゴンが 好きな惣菜を発表しま!!!

おひたしほうれん草かつお節山盛り仕様) アジフライ(骨まで食べられるやつ) とんかつ(また来た!重連運転ありがとう!!) 甘酢あんかけのあれ(酢豚?いや酢鶏?どっちでも爆食い)

正式名称不明惣菜も 好き 好き 大好き 加速!!!

好きな惣菜発表ドラゴンが 好きな惣菜を発表しま!!!

エビチリ海老デカすぎて車両限界突破) メンチカツ(汁が溢れるやつ) 肉じゃがじゃがいもホクホク新性能試験済) ごぼうにんじん炒めたやつ

あれってきんぴらごぼうだよな!? そうだよきんぴらごぼうだよ!! きんぴら大好き きんぴら最高 きんぴら終点まで一直線!!!

好きな惣菜がまた出てきたその瞬間は

即座に発表する!! 即座に発表する!! 惣菜検測器がピピピピピッと反応したらもう止まらない!!!

惣菜発表ドラゴン、終日運転継続決定!! 次発も惣菜発表!! ご乗車ありがとうございます!!!

2025-11-18

思い出の覚書

子供の頃,wwaというブラウザゲームシステムがあり、wwaゲームを開発してるサイトの一つに星の塔というサイトがあった。

ピチュー主人公シリーズものストーリーなどもかなり凝ったゲームを作っていた人だ。(七色列島の旅というタイトルがあったのは覚えている)

ロトム主人公ゲームも作っていたはずだがそちらは年齢の上昇に伴い興味も移ったためプレイはしていなかった。

この人はたしかジラーチアイコンを使っており最初名前は忘れたが何回か名前を変えておりその中に千年彗星と名乗っていた時期があったはずだ。

星の塔のサイトに誰かに向けて書いたメッセージ掲載されたことがあり、それが妙に印象に残っている。

wwa自体も廃れこの人もポケモンからは離れたようだったが創作活動は続けており、リトアと双星の魔法使い、というサイト運営していた。

童話チックな絵とストーリーが展開されており趣味ではなかったので読んではいなかったが、なつかしさから時折サイトを覗いていた。

そしてさっき見たらサイトアクセス出来なくなっていた。

知る人ぞ知るサイトにしたいと以前書いており、そのためsnsどころかpixivすらやっておらず足跡は一切掴めないと思うので、思い出の終点をここに記録しておく。

サイトアーカイブの断片があったのも残しておく。

https://web.archive.org/web/20220117044725/https://futahoshi.com/

2025-10-29

山手線快速定期

大抵山手線各駅停車普通)以外の種別として快速などを導入するといった時に出てくる内容は以下の通り

特急新幹線の駅は停車

鉄ヲタじゃないにわか人間でも流石に特急新幹線は知っているので、そうした駅は必ず停車駅に指定されている

東京品川上野新幹線新宿池袋渋谷特急が止まるので指定されやす

京浜東北線などの並行路線

快速運転可能性として京浜東北線のレール案の定期もあり、湘南新宿ライン上野東京ラインなどの停車駅を踏襲するパターンもある

このため並行したレールがあっても山手線ホームしかない大塚巣鴨駒込やその付近ダサい駅もあって通過されがちである

大崎行きを知るヲタ

テレビ特集される際に山手線車両基地も紹介されるが、この車両基地存在池袋大崎は停車駅に指定されることも多い

池袋については前述した理由指定されやすいが、大崎大崎まりのうざさで通過されることも少なくなかった

近年はコミケ相鉄直通の存在もあって以前と比べるとマシにはなりつつあるが、待避線が存在する理由も含めてヲタじゃないと指定されない運命にある

チャレンジングクイズ

コピペということなのもあってか、増田の他には?の同じノリで別の定期ネタであるインターネット老人会乾電池FLASHで出てきたチャレンジングクイズ号も当然出てくる

なお乾電池FLASHは後にJRの駅で大騒動引き起こしている

超速

コピペには途中停車駅無しの始発終点同じ駅の種別存在しており、今となっては氷河期以下に寒いネタが入れ込まれることもある

なおコピペでは超速という種別となっているが、山手特快になっていたり、特急パターンなど複数存在している(駅についても品川のみだけでなく東京のみなど、多少のばらつきがある)

コリアライナー

コリアタウンのある新大久保駅2ちゃんねるコピペなどでは各駅停車すら通過することも見られる

前述した山手特快のように韓国特快と称して新大久保始発新大久保まり途中停車駅無しを入れてフォロー()することも見られる

増田ではどう出てくるのか

2025-10-25

献血に行ってきた

成分。計186回目。

予約をしてあったので行ってきた。


特に予定がない土曜。

いつも通勤に使っている私鉄に揺られて献血ルームに向かう。

道中、オレンジ色の装飾の家々を見かけて、そうかハロウィンの季節なのか、と気付く。

電車の中にも、すごい子が一人居た。

恐竜の被り物というか着ぐるみというか、恐竜レースとかのイベントで使われるヤツを着てる男の子

車内での注目度抜群だった。まぁ俺はスマホを弄ってたか電車を降りるその時まで気付かなかったけど。

終点で降りて、繁華街を通る。天気は微妙だが、なんらかハロウィンイベントがあるのだろう。活気づいている。

気合の入ったコスプレが見れるかと期待したが、電車の子インパクトを超えるヤツはいなかった。

繁華街を通り抜け、寂れたビルに入る。ここが献血ルームが入っているビルだ。

以前に、「どうしたら献血に来る人が増えますかねぇ?」と看護師さんに世間話がてら聞かれたことがあるが、

まずは献血ルームの立地が悪すぎると思う。お前らは人を集める気あんのか?と毎回思っている。

ただ、今日は人が多くて混んでいるのでないか?と予想していた。

受付を済ませて、中を見渡すとやっぱり人が多い・・・ 気がする。

医師の問診が済んだのに、なかなか血液検査に進まない。

血液検査が済んだ後も、採血に呼ばれるまでに大分時間がかかった。

おかげで、コーヒーを飲みながら今月号のDIMEをじっくり読めた。別にそんなに面白くもないが。

やっと採血に呼ばれて、ベッドに横になる。

担当看護師さんが「待たせちゃって、ごめんなさい!なんだか知らないけど今日は混んでて」とのこと。

ネットの一部で献血流行ってるらしいからそのせいかもしれないですねー と言うと、

「そうなの?全然知らなかった。昨日も平日なのに人が多かったけどそのせいかな」

「それ自体はありがたいことだけど。でも偶然今日来た、知らない人はびっくりしちゃうよね。こんなに混んでるならもう来たくなくなっちゃうかも」

という反応だった。

なかやま氏のことも、国立がん研究センターへの寄付のことも、そこから派生した献血ムーブメントのことも、何もご存じない様子だった。

というか、実際それらの件と、昨日今日の混雑ぶりは全然関係いかもしれない。

血を抜かれながらテレビを観る。

大谷翔平がなんか頑張っている。

知らんけど、この人野球がすごくお上手なんでしょ?外観からしてフィクションじみてるな・・・・ 

でもドジャースは負けたらしい 大差じゃん。何やってんだよ翔平。お前が付いていながら。

いや、初戦だから、これからの盛り上がりも計算して手を抜いているのだろう。流石だ翔平。興行ってものをわかってるじゃないか

しばらくして採血が終わり、休憩室でアクエリアスコンポタをがぶ飲みする。

寒い。血を抜いたせいかアクエリアスホットでいただく。

そのくせに、ご褒美のセブンティーンアイスを食う。俺はバカだ。アイスは美味い。

献血ルームを後にして、どうしたものかと考える。

腹が減った。血を抜いたし、肉を食おう。

近所にバーガーキングが出来たらしいと聞いていたので、向かってみる。

すげぇ並んでる。ダメだ面倒くせぇ。それに、よく考えると肉の気分でもない。

とりあえず、家に向かってあることにする。食欲の湧く、店があったら入ろう。

ケンタッキーフライドチキン・・・・ 違うな。

家系ラーメンでもない。

ガストでもサイゼリヤでもない。 わからない。

考えながら歩く。

とりあえず、タンパク質を取るべきだろう。

タンパク質パフォーマンス、略してタンパだ。タンパが良いものを食うのだ。

肉より魚だろう。魚が手軽に喰えるというと、回転寿司だな。

国道1号沿いにスシローまで歩くことにする。

久しぶりにスシローに入ったが、システムの変貌ぶりにびっくりした。

何あの、専用レーン?もう、流れてくる皿を見張ってなくていいのか!すげぇ!

そりゃカッパは負けるわ。新幹線走らせてる場合じゃねぇよ。

とりあえず、汁物が欲しかったので茄子味噌汁を頼む。

味噌汁を啜りながら、どうやって専用レーンに来るように制御してるんだろう?とふと気になる。

皿の何かを認識して、より分けている?

じゃぁ、この皿は俺の席専用?まさか。そんな仕組みだったら、膨大量の皿が必要になってしまう。

というと、この時だけこの皿を俺の座席用にする仕組みがあるんだろう。まさかタグ物理的に差し替えるとか?

と考えながら皿の裏を見ると灰色チップが張り付いてた。

なるほど。こいつ中の情報よろしくやってくれているのだろう。と、とりあえず納得することにする。

海老と、マグロを食べて大体満足したが、最後牡蠣を食うかで迷う。高ぇな牡蠣・・・

さんざん迷った挙句、結局注文する。焦がしバター醤油牡蠣

結論を言うと、残念なシロモノだった。不味くはないが・・・ とにかくガッカリだ。会計を済ませて外に出る。

疲れたからもう電車に乗って帰ろう。

帰りの電車は人も疎らで落ち着いていた。

誰もハロウィンのめいた格好はしていない。

正面に制服姿の女子中学生が座る。口元のホクロがやたらとセクシーだ。マリリン・モンローみてぇだな。

俺が同級生だったら、魔性の女、とかあだ名をつけるだろうな、としょうもないことを考える。

帰ったなら何をするか・・・ 晩飯を作るか。スーパーに寄って帰ろう。

帰宅して、ジャガイモを茹でつつ今に至る。

何が言いたいのかというと、ハロウィンって本当にいいもんですね、という話

日本長江線を

長崎江戸リニアを開通させて長崎スタジアムティ活性化しよう

長崎を出て博多広島大阪名古屋終点品川に停車する

この中では一番知名度の低い博多でも一蘭故郷だと言えば外国人もあああれねとなる

長崎品川間1000キロ以上を二時間半でつなぐ

日本東西に横断する大動脈

夢(No.1294 2025/10/24)

←前 | 後→

帰宅しようと駅に立ち寄ると、聞いたこともない路線特急電車が停まっている。たった四駅しかない支線で、最終駅の名前「えだ」だという。こんな路線があるのかとぼんやりしていると、突然足元ががたんと揺れ、列車が出発した。いつの間にかぼくも乗り込んでいたのだ。これはまずいと思ったが後の祭りだ。諦めて次の駅で折り返すしかない。いや、どうせ時間も有り余っているところだ、せっかくだから見知らぬ街の観光も悪くないかもしれないなどと考え直す。

車内は案外混雑していた。ぎゅうぎゅう詰めというほどでもないが、かといって空いている座席もないという程度。これだけ人の往来があるということは、この先も思っていたより栄えた地方なのかもしれない。列車は海沿いの高架を走っているようだ。それにしても思っていた以上に走行距離がある。次第に退屈し、意識は細長く引き伸ばされてゆく。木々の枝の合間に瞬く夕日が眠気を誘う。

かれこれ数時間は走った頃だろうか、終点ひとつ手前の駅でふと我に返る。駅前には華やかなネオンが灯り始めた土産物店などが並び、浴衣姿の観光客たちで賑わっている。何があるところなのだろうかと不思議に思っていると、背後で列車の扉が閉まる音。振り返ると列車はぼくを置き去りにしたまま出発してしまった。どうやらこの列車乗客思念類推して勝手に乗せたり降ろしたりするらしい。そんなわけで、ぼくはなすすべもなくこの見知らぬ駅に置き去りにされてしまったのだった。

仕方なく、ひとまず帰りの時刻表を探す。壁一面に古びたホーロー看板が張り巡らされ、なかなか時刻表が見つからない。それどころか駅の名前も判然としない。少なくとも「えだ」駅ではないようだ。しばらくしてどうにか見つけた粗末な張り紙によれば、上下線とも一時間に一本ほどしかないようだ。この辺りで時間をつぶして待つしかない。

商店街ぼんやりと見て回る。アセチレンランプの灯る屋台食堂キッチンで、巨大な鉄板料理をかき混ぜる料理人がいる。少し空腹を覚え、食事をするのもいいかもしれないなどと考えながら通り過ぎる。だがさらに歩くとあっけなく街外れに出てしまった。寂寞とした葦原の向こうに激しく荒れた海が見える。何層にも厚く垂れ込めた空が落ち、誰かが遠くで荒れ狂う波に翻弄され断末魔叫びを上げているかのような底知れぬ不穏な気配。冷たい風の音だけに包まれ世界が妙に不釣り合いだ。再びあの疑念が沸き戻る。いったいこの街に何があるというのだろうか。

駅の方へ後戻りする途上にも、奇妙な違和感は頭の中で膨らみ続ける。一見華やかなネオンに彩られているものの、どことな張りぼてのような嘘くささ、取ってつけたような底の浅さが感じられるのはなぜだろう。何だかからない玩具を売る夜店の店先に退屈そうに座っている男。もう何年も品物が売れた形跡はなく、その収入生活できるはずもない。隣の古書店も品数は少ない。疎らな棚から試しに一冊手に取ってみると、子供クレヨンで描いた落書き帳だった。すべてが急ごしらえの街並みで、慌ただしくかき集められた役者たちが戸惑いながら呼び込みや観光客を演じている。そんな気がしてならない。おそらくあの時刻表も嘘だろう。帰りの列車など最初からないのだ。

←前 | 後→

2025-10-22

バスで脚怪我してる人を見つけて席譲ったことがある

そのババア終点まで俺にぶつぶつ愚痴を言ってきた

こういうのがあるから他人自分から親切にしづらい

2025-10-06

続・直通運転ならではの問題点

半年前、 anond:20250512191333 を書いたけど、きょうはもっととんでもない例をみてしまった...。

田園都市線脱線のため一部運転見合わせ → 直通している大井町線半蔵門線が遅延 + 本数大幅減 (大井町線半蔵門線の車庫も田園都市線内にあるため) ・ 東急バス (二子玉川駒沢大学駒沢大学渋谷) にも混雑が集中して遅延 → 半蔵門線と並走している銀座線も遅延・半蔵門線に直通している東武スカイツリーラインも一部運転見合わせ田園都市線代替ルートとなる東横線 (*) に混雑が集中して遅延 + Qシート (指定席車両) 中止 → 並走している目黒線や直通している東急新横浜線や副都心線も遅延 → 東急新横浜線に直通している相鉄線目黒線に直通している南北線三田線も遅延 → ...。

* 田園都市線東横線渋谷駅で改札内のりかえができる。

池尻大橋駅中目黒駅東急バス10分、徒歩で30分くらい。このルート花見の時期になると毎回混雑する。

二子玉川駅と自由が丘駅大井町線急行で1駅 (5分) 、各停で5駅 (10分) 。この区間急行でもゆっくりなうえ駅間も短いのでおもったほどの時間差はない。

溝の口駅武蔵小杉駅南武線で3駅 (10分) 東急バス川崎市バスで30分くらい。東急バス国道409号線をずっととおっていくのに対して、川崎市バス溝の口駅武蔵新城駅あいだは南武線を並走する。東急バスだと高津駅も利用可能。なお、朝ラッシュ時の国道409号線は混雑するので、とくに東急バス場合時間どおりの到着は期待しないほうがいい。

溝の口駅新横浜駅にもいけるが、時間がかかるうえ振替輸送対象外のため料金もかかる。ただしシートベルト必須である高速道路走行するため、絶対に着席したいならひとつ選択ではある。

鷺沼駅武蔵小杉駅東急バス川崎市バスで40分〜50分くらい。こちらは東急バス川崎市バスルート共通だが、途中駅止まりルート分岐がおおいので間違えて「小杉駅」と書いているもの以外に乗車しないように注意 (なお南武線利用なら「中原駅」でも可 / 小杉駅ゆきでも「中原」で途中下車して武蔵中原駅まで (3分ほど) 歩くことも可能 10分ほどの短縮になる / 久末と野川中原よりさらに手前なので乗らないように / 営業所ゆきルート分岐になるので絶対乗るな) 。

あざみ野駅日吉駅ブルーラインセンター北までいって、グリーンライン日吉まで。どちらも (2025年10現在) あざみ野日吉はどちらも線路の終わり (必ず終点) なので、センター北で「日吉」以外に乗車しないかぎり間違えることはない。

長津田駅横浜駅横浜線1本でいけるかと思いきや、半数の電車横浜駅の1駅手前である東神奈川駅でとめられてしまい、のりかえが必要。正直なところ、横浜駅のつぎの桜木町駅は3線あるのだから、その間の横浜駅も3線いれて桜木町ゆきをふやしてほしいところ...。

その他、田園都市線は1駅だけすすめるバスも多数あるが、田園都市線二子玉川から中央林間駅は駅間が短く、ちょうど中央に住んでいる人がどちらの駅にもいきやすいようにという目的であるバスのため、駅と駅の移動のためならバスよりも徒歩のほうがはやく到着する。

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