はてなキーワード: 祖母とは
私は、もうすぐ結婚を控えているんですが
結婚するってなんなんでしょうか。
親の考えが古臭くて、苦しいです。
私には男兄弟がいません。
だから、
「長女の私が家を継がないと」
と、言われ続けてきました。
私は結婚したら
何も変わらないと思います。
私の名字はありきたりなので
いまの婚姻制度は
2人で新しく戸籍を作るという仕組みです。
しかし、親はよく「嫁に行く」
そして「嫁ぎ先」とか言います。
私としては、嫁に行くつもりはありません。
2人で新しい家を作るイメージです。
「しきたりを教えてもらいなさい」
とか言われても
義実家に同居するわけでもないですし
義実家の近くに住むわけでもありません。
私としては、ただ名字を変わるだけ。
あとは家計とかが一緒になる、ぐらい。
話は逸れますが、たとえ〝嫁に行った〟としても
荒れ果てた山林を掻き分け掻き分けって感じで
確認しに行くだけでもひと苦労です。
家は築400年近くで、とにかく古いですが
まさに負の遺産です。
これらを相続しなければいけないと思うと
心が真っ黒になります。
そして、それにも関わらず
「これから、家に来る時にただいまは使えない。ごめんくださいと言え」
と教えられたそうです。
そんな祖母に育てられた母も
母の実家に帰る時は
「ごめんください」と言ってます。
でも、私はたとえ結婚したとしても
長年の人生で作られた親の考え方は
もう覆せないと思います。
これ以外では仲が良いほうだと思いますが
この件に関してはお互い寄り添えません。
親と分かり合えないのが辛いです。
母が亡くなったのが2015年
父が亡くなったのが2024年
同じ葬儀社でお世話になったが、葬式の時は打ち合わせでどんな棺にするとか骨壺選びとかご遺体の処理をどうするかを選べたりする
カタログだったり表のようなものを見ながら葬儀社の人が説明をしてくれるが、時代の流れなのかと思ったことがひとつあった
2015年はご遺体に対しての処理でドライアイスを何時間分入れるか、というのが選択肢として選べたが、
2024年の時にはエンバーミング(死体防腐処理と翻訳されるらしい、直接的!)しか選べないようになっていた
コロナウイルスが大流行した2020年の前後でそうなったのかなと勝手に思っている
「中には別れがつらくてお別れする方に頬ずりをされる方もいる。衛生的な視点でみるとかなり危険な行為なので、リスクを減らすためにも今はエンバーミングが必須」
という説明を受けた たぶん他社と比べると安いほうだったと思うが(記憶違いでなければ九万円だった)いやいやいや、九万でかくね?
でも納得できる部分もあったりはする
頬ずりこそしなかったが、確かに最後棺の蓋を閉めるときに自分も少しだけ体に触れたので、衛生的な観点でエンバーミングは必要なのだろうなと感じた
エンバーミングってしっかりと遺体に処理をするのでもう本当に亡くなってしまったんだなと悲しくなってしまうが、ドライアイスよりはしっかりと遺体に対してのケアを行ってくれるので、
本当に眠っているみたいな感じにしてくれるし、目も口もしっかりと閉じてくれるから見送る側にとって穏やかな気持ちでご遺体を見れるってのもあったりする
日本だと海外のように土葬はしないので、(しかも三日ほどで火葬されることも多いと思う)エンバーミングしか選べない!というプランにしなくてもよいような気もするが、
ドライアイスのみだと遺体の状態が悪くなるのがわりとしっかりわかって怖かった記憶もあるので、エンバーミングのメリットもちゃんとあるよなとも思う
GWが終わった。5連休だった。外に出たのは祖母に頼まれてスーパーに行った2回だけだ。それ以外はずっと家にいた。アニメ消化してVtuberのアーカイブ流して、途中で昼寝して、気づいたら夜だった。それを5日繰り返した。
不満はなかった。疲れもしなかった。ただ「休んだ」という感覚もあまりない。普段と何が違ったかというとSlackを開かなかっただけだ。
家事を全部自分でやることになる。それはまあ大したことじゃないからできるだろう。
問題はそこじゃなくて、この家に俺一人になるってことだ。
別に寂しいとかじゃない。ただ「静かになるんだろうな」とは思う。
今でも十分静かだけど、もう一段階静かになる。その静けさの中で俺は多分、同じようにSlack開いてZoom出て定時にPC閉じる。それだけが続く。
友達に久しぶりにLINEした。返信は即座に来た。お互い暇なんだろうな。「GWどうしてた?」「家にいた」「配信見てた」「FGO読んだ」「ワイも」それで会話が終わった。
職場の後輩に子供生まれて育休を取るようだ。子供が生まれるという出来事が、どういう質感のものなのか、俺には想像する手がかりすらない。
結婚も、出産も、育児も、俺の人生の射程の外にある。世界線が違うってやつだな。
積立NISAの残高だけが着実に増えていく。何のために増やしてるのかはよくわからない。老後のためとは言うけど、老後に何をしたいのかも特にない。ただ「やっておいたほうがいい」と聞いたからやってるだけだ。
30代も半ばに差し掛かって、俺の生活の解像度は上がるどころかむしろ下がってる。若い頃は「将来どうなるんだろう」という不安があったけど、今はその不安すらない。将来が見えないんじゃなくて、今日と同じ明日がずっと続くのが見えすぎてて、不安を抱く余地もない。
寝たきりの祖母がなくなった。
おととい、東京から丸一日かかる僻地にある実家、その近くの施設までお見舞いに行った。
ここしばらくは意識がもうろうとしているとは聞いていたが、実際しばらくぶりにあった孫(増田)のことを認識していたのかも怪しかった。
そうして片道東京に戻ってきた昨夜、訃報の連絡を受けた。明日は再び実家に向かう。
悲しい気持ちより先に、自分が姿を見せて何かしらの影響があったのだろうかとか、明日丸一日かけて移動している間どんな気持ちいればいいのかとかぼんやり考えている。
田舎ではねー、昔は嫁だけ実家で下女扱いで農作業や家事や介護(主に年寄りの下の世話)をさせ、長男坊は東京の大学へ、なんなら就職も東京で、子供だけ作って定年までそのまま(嫁だけ田舎で暮らす、それが長男の嫁!)なんていっぱいありましたよ。別に珍しくない。で、そんな男に都合のいい話、いま誰がそんなことをしたいか、してくれるのかって話ですよね。
ちなみに男も婿に行くパターンはそりゃありますが、ここまで虐げられることはない。男は将来の家の顔になりますから扱いが違うんです。それなりのところからもらってくる場合も多いので。
で、そういう家、自分のとこの娘はちゃんと女学校に入れるんです。だって金はあるから。嫁はタダだからこき使うけどw嫁は嫁入りのときに親から貰ってきた着物を一生着る。喪服まで全部実家で揃えてもらって嫁入りするのが決まり。嫁に払う金はもったいない、病気になったら放っておかれてそのまま死ぬのが当たり前、死んだら代わりの嫁をすぐにもらってくる。
そんで、そういうのがしたい、そうでないと困るから、嫁は下からもらえ、って普通に言われてました。だってこの生活モデル、嫁に学歴あったら成り立ちませんからね。嫁には学歴がないのが好都合。主に下働きの使用人として使いたいんだから学なんかあっちゃダメなんですよ。
だから先々は自分の娘息子たちにバカにされたりしてね。そういうの、祖母くらいの代で目の前でみてきました。以外と、そんなに昔の話じゃないですよ、まだその嫁の立場だったおばあさんたち、生きてます。
ま、要約しますとふざけるなってことです。
特別しんどい仕事をしていたという自覚はない。ただの事務職のおばちゃんである。ただとてもとても小さい事務所で働いていて、代表以外はわたしひとり。代表の手に負えないところは全部拾って丸めてどうにか事務所を転がしていく、なんともいえない仕事であった。
2年前に友だちが死んだ。出産の折のことだった。
みんなその子の出産を心待ちにしていて、お祝いに何を贈ろうか、という幸せな悩みで頭がいっぱいだった。
今でも夢に見るほど悔やんでいる。
1年前、前職でお世話になった弁護士さんが死んだ。飲んで帰って眠ってそのまま、という話だった。お酒が好きな人だったので、本人としては本望な死に方だったのかもしれない。
年齢的には大大大往生で、悲しい死では決してなかった。何年ぶりかわからないが親戚で集まって声が枯れるほど話をし、笑い、解散した。
わたしにもう生きている祖父母はいない。たぶん大好きだったこの親戚たちとこんな風に集まって笑える日はきっともう来ない。
繰り返すけれどわたしはもう37歳で、幸いなことに穏やかでわたしみたいな様子のおかしい妻と仲良く暮らしてくれる夫がおり、ママが大好きと毎日呪文のように唱える息子がいる。仕事は融通がきき雇用主との関係も悪くなく、毎日は平穏無事である。
でも病んだ。主治医の先生は迷うことなくうつ病と診断書に書いた。君には休養が必要だよという。
身体につらいところはどこもない、家事も育児も夫の方がウェイトが高く、わたしはさしたる苦労もしていない。仕事も常に出力45くらいで、気楽なものだ。
何よりも、自分よりも、この世の何よりも大事な娘が18年前に亡くなった。やさしくかわいく、娘が笑うと感じたことのない暖かさを感じた。娘が妊娠中に病気が見つかったけれど、娘は妊娠を継続し産むことを選んだ。私はまだ会ったことのない孫より、娘の方が大事だったので、何度も何度も治療を優先してほしいとお願いした。でも、娘は孫を産んで、「お母さん産むのを許してくれてありがとうね。先に死んじゃってごめんね」と言った。
孫の世話は私がすることになった。赤ちゃんのころは、育児のつらさよりも、娘がいないつらさがあり、ミルクをあげていても涙がとまらない夜も何度もあった。立ったり、歩いたりしても「娘に見せてあげたい」と思い、また涙がでた。代わりに自分が病気になればよかったのにと思ってまた泣いた。
幼稚園に入る頃には、孫は娘そっくりに育っていて、とてもかわいいと思うようになった。孫には「おばあちゃん」と呼ばれていた。周りを真似てママと呼ばれたことがあるけれど、ママはちがうと伝えた。娘が命をかけてもほしかったものを、私が奪ってしまうのは違うと思った。
孫には娘がしてあげたかったであろうことを全部してあげようと思った。さみしい思いやかなしい思いはしてほしくなかった。毎日楽しいことがたくさんあったけれど、楽しいと思うことが許されないことのように感じた。娘がしたかったこと、感じるべき楽しさを、私が得ることで、娘がいなくなってしまうような気がした。
娘にはあまり勉強を厳しく言わなかった。娘の夢はいつも「お母さんみたいなお母さんになりたい」だった。小学生になった孫には、科学教室や塾に通ってもらった。しんどそうにしていたら辞めてもいいと伝えていたが、「たのしい」と言っていたので安心した。中学受験もしてくれ、将来はお医者さんになりたいと言っていた。孫は「おじいちゃんの母校にいきたい」と言い、無事に合格してくれた。孫の祖父である私の旦那はとても喜んでいた。
孫は本当に良い子で、優しく、娘とそっくりの笑い方をする。今年あった関西万博にも何度も一緒にいってくれた。2人で年パスを買い、孫が3日前予約や当日予約を駆使してたくさんのパビリオンを回らせてくれた。「大学は忙しいだろうし、おばあちゃんとばっかり遊ばなくて大丈夫なのに」と伝えたら、「おばあちゃんといるのが楽しいだけ〜」と答えてくれた。いろいろな国のパビリオンを見る孫の顔を見ていたら、ふともうすぐ娘と過ごした時間よりも、孫と過ごした時間の方が長くなると思った。
娘が亡くなったことは受け入れられているけど、私が忘れてしまったら、娘はどうなるのか。娘と同じくらい、孫のことも本当にかわいく大事で大好きに思っている。それが私はとてつもなく怖かった。娘の気持ちを考えると胸が締め付けられるように痛くなった。
亡くなった祖母をアンドロイドの身体に移すことを扱ったパビリオンがあった。孫がおばあちゃんの心をアンドロイドに移して欲しいと希望する映像が流れた。孫は涙を流して、「私もおばあちゃんにはアンドロイドに移ってでも、ずっと一緒にいてほしい」と言った。私はパビリオンを出てからも、涙が止まらなくなった。私が泣いていたら、孫は「私がおばあちゃんからお母さんを奪ってしまったのに、ごめん」と言った。私は娘も孫もどちらも大事で、孫のことを娘を奪ったなんて思った事はない。娘から強く望まれて生まれてきたのに、私がそんな気持ちにさせてしまった。
私は2人ともが、楽しく元気に生活してほしかった。娘にも生きていてほしかったし、孫も生まれてきてほしかった。大屋根リングで座りながら、うまく伝えられたかはわからないけれど、孫も心から大事であることを伝えた。孫は照れくさそうに笑って、その日は、帰りのフェリーで子どもの時と、同じような顔で眠っていた。
なんだか誰にも言えないので聞いて欲しかっただけです。万博とても楽しかったですね。年齢などは少し変えて書きました。読んでくれてありがとうございました。
こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。お互に心持は奥底まで解っているのだから、吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのである。しかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未まだ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである。
お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様なことを繰返しつつ幾町かの道を歩いた。詞数こそ少なけれ、その詞の奥には二人共に無量の思いを包んで、極りがわるい感情の中には何とも云えない深き愉快を湛えて居る。それでいわゆる足も空に、いつしか田圃も通りこし、山路へ這入った。今度は民子が心を取り直したらしく鮮かな声で、
「政夫さん、もう半分道来ましてしょうか。大長柵おおながさくへは一里に遠いッて云いましたねイ」
「そうです、一里半には近いそうだが、もう半分の余来ましたろうよ。少し休みましょうか」
「わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」
親指の中ほどで疵きずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往いってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。
十年許り前に親父おやじが未だ達者な時分、隣村の親戚から頼まれて余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石こしこくを持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。
三方林で囲まれ、南が開いて余所よその畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜こうばいになっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目まぶしい様に綺麗だ。
民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、十月の熱を凌しのぐには十分だ。ここへあたりの黍殻きびがらを寄せて二人が陣どる。弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐ふところへ入れ足を展のばして休む。青ぎった空に翠みどりの松林、百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ。天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである。
「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」
顔から頸から汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。
「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家うちを出る時はほんとに極りが悪くて……嫂ねえさんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。政夫さんは平気でいるから憎らしかったわ」
「僕だって平気なもんですか。村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむずかしい。あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」
「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」
面白く遊ぼう遊ぼう言うても、話を始めると直ぐにこうなってしまう。民子は涙を拭うた様であった。ちょうどよくそこへ馬が見えてきた。西側の山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻しきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、
「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦で棉採りかな。洒落しゃれてますね。アハハハハハ」
「ハア吾々なんざア駄賃取りでもして適たまに一盃いっぱいやるより外に楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。余あんまり罪ですぜ。アハハハハハ」
この野郎失敬なと思ったけれど、吾々も余り威張れる身でもなし、笑いとぼけて常吉をやり過ごした。
「馬鹿野郎、実に厭なやつだ。さア民さん、始めましょう。ほんとに民さん、元気をお直しよ。そんなにくよくよおしでないよ。僕は学校へ行ったて千葉だもの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」
「ほんとに済みません。泣面なきつらなどして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」
民子は襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかりの間に七分通り片づけてしまった。もう跡はわけがないから弁当にしようということにして桐の蔭に戻る。僕はかねて用意の水筒を持って、
「民さん、僕は水を汲くんで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます」
「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの」
「だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水しみずのある所は。道という様な道もなくて、それこそ茨いばらや薄すすきで足が疵だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民さん、待っていられるでしょう」
「政夫さん、後生だから連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」
「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」
弁当は棉の中へ隠し、着物はてんでに着てしまって出掛ける。民子は頻りに、にこにこしている。端はたから見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから、笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀よずる。しばしば民子の手を採って曳ひいてやる。
近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人ふたりは、嘗かつて一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺このへんの一種云うべからざる愉快な感情は経験ある人にして初めて語ることが出来る。
「民さん、ここまでくれば、清水はあすこに見えます。これから僕が一人で行ってくるからここに待って居なさい。僕が見えて居たら居られるでしょう」
「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄えびづるがあった」
僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆りんどうの花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。帰りは下りだから無造作に二人で降りる。畑へ出口で僕は春蘭しゅんらんの大きいのを見つけた。
「民さん、僕は一寸『アックリ』を掘ってゆくから、この『あけび』と『えびづる』を持って行って下さい」
「『アックリ』てなにい。あらア春蘭じゃありませんか」
「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいこと仰おっしゃるのです。矢切の百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、皸あかぎれの薬に致します。ハハハハ」
「あらア口の悪いこと。政夫さんは、きょうはほんとに口が悪くなったよ」
山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当が不思議とうまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を汲み来り母の心を籠こめた弁当を分けつつたべるのである。興味の尋常でないは言うも愚おろかな次第だ。僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。
民子は笑いながら、
「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」
僕は真面目に、
「なアにこれはお増にやるのさ。お増はもうとうに皸を切らしているでしょう。この間も湯に這入る時にお増が火を焚たきにきて非常に皸を痛がっているから、その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」
「まアあなたは親切な人ですことね……お増は蔭日向かげひなたのない憎気のない女ですから、私も仲好くしていたんですが、この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、何でもわたしを憎んでいますよ」
「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣わけさ」
「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫さんにはかないやしない。いくら私だってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ……」
「実はお増も不憫ふびんな女よ。両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。親父は戦争で死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」
「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。お母さんもよくそうおっしゃいました。つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、また政夫さんの様に情深くされると……」
民子は云いさしてまた話を詰らしたが、桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。
「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」
花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。
「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」
「政夫さんはりんどうの様な人だ」
「どうして」
「さアどうしてということはないけど、政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」
民子は言い終って顔をかくして笑った。
「民さんもよっぽど人が悪くなった。それでさっきの仇討あだうちという訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。僕は悦よろこんでりんどうになります。それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」
二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。さアとの掛声で棉もぎにかかる。午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。
半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木この間まから影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦そばの花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。
「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んで行きましょう」
「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」
「今更心配しても追おっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」
月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際きわ立って白い。
「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句とかいうものをやったら、こんなときに面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」
「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」
お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束おぼつかない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁がんが二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。
ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種の感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、忽たちまち門前近く来てしまった。
「政夫さん……あなた先になって下さい。私極きまりわるくてしょうがないわ」
「よしとそれじゃ僕が先になろう」
僕は頗すこぶる勇気を鼓こし殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払せきばらいを一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は指の先で僕の肩を撞ついた。僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何いかに盛んであったか。
宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃そろうた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても、心中に疑わなかったのだが、今夜は口には余り言わないが、心では十分に二人に疑いを起したに違いない。民子はいよいよ小さくなって座敷中なかへは出ない。僕は山から採ってきた、あけびや野葡萄えびづるやを沢山座敷中じゅうへ並べ立てて、暗に僕がこんな事をして居たから遅くなったのだとの意を示し無言の弁解をやっても何のききめもない。誰一人それをそうと見るものはない。今夜は何の話にも僕等二人は除のけものにされる始末で、もはや二人は全く罪あるものと黙決されてしまったのである。
「お母さんがあんまり甘過ぎる。あアして居る二人を一所に山畑へやるとは目のないにもほどがある。はたでいくら心配してもお母さんがあれでは駄目だ」
これが台所会議の決定であったらしい。母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣やってしまいさえせば仔細しさいはないと母の心はちゃんときまって居るらしく、
「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ……えいか、そのつもりで小支度して置け」
学校へゆくは固より僕の願い、十日や二十日早くとも遅くともそれに仔細はないが、この場合しかも今夜言渡いいわたしがあって見ると、二人は既に罪を犯したものと定められての仕置であるから、民子は勿論僕に取ってもすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊いささか妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科とがを着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘わがままを言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。
あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚はばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん、
「はア……」
と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。
「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」
不図ふとそう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子はうつむいて膝の上に襷たすきをこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼まぶたを伝って眼が曇った。なぜ悲しくなったか理由は判然はっきりしない。ただ民子が可哀相でならなくなったのである。民子と僕との楽しい関係もこの日の夜までは続かなく、十三日の昼の光と共に全く消えうせてしまった。嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇やみの幕に這入ってしまったのである。
十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい仕事のあるばかりに、とにかく思い紛らすことが出来た。
十五日と十六日とは、食事の外用事もないままに、書室へ籠こもりとおしていた。ぼんやり机にもたれたなり何をするでもなく、また二人の関係をどうしようかという様なことすらも考えてはいない。ただ民子のことが頭に充ちているばかりで、極めて単純に民子を思うている外に考えは働いて居らぬ。この二日の間に民子と三四回は逢ったけれど、話も出来ず微笑を交換する元気もなく、うら淋しい心持を互に目に訴うるのみであった。二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。
朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから、学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります。
十月十六日
政夫
民子様
学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元気も恢復かいふくしてくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、
「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝あしたは早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」
独口ひとりぐちききつつ眠りに入った様な訣であった。
船で河から市川へ出るつもりだから、十七日の朝、小雨の降るのに、一切の持物をカバン一個ひとつにつめ込み民子とお増に送られて矢切の渡へ降りた。村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽のどがつまって声が出ない。民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫なでたり襟えりを撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子は今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日の民子はまた一層引立って見えた。
僕の気のせいででもあるか、民子は十三日の夜からは一日ひとひ一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。
尤もっとも民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校を卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目に染しみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである。
余所から見たならば、若いうちによくあるいたずらの勝手な泣面と見苦しくもあったであろうけれど、二人の身に取っては、真にあわれに悲しき別れであった。互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚はばかり、一言の詞ことばもかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられてしまった。物も言い得ないで、しょんぼりと悄しおれていた不憫ふびんな民さんの俤おもかげ、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志どうしの思慮には何らの工夫も無かったのである。八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖おじ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。
僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分で自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をし
それで、あー元気にしてんだなーって確認する
両親は幼い頃に離婚していて、実父と書いたのは母が再婚して今は別の父親がいるから
実父は結構破天荒というか、趣味や仕事に生きる人で家庭とは??ってタイプの人だったらしい
地元が嫌で東京に飛び出した母を、「情熱的」に口説いて(ストーカー規制法に今だったら引っかかるんじゃないかな)、仕事を辞めさせて田舎暮らしにさせたんだけど
思ったより子供って可愛くないね?向いてないかもしれない!子育て!!とかなんとかいって家出してしまったらしい
何とかして家に戻したけど、つらい!おうち(実父実家)に帰りたい!!!自由に遊べないし子供は汚いし!!とかなんとかいって、最終的に若い子と浮気もしていたので離婚となった
大変だったのは母
仕事も辞めているし、田舎だし、貯金はないし、にっちもさっちもいかずに大変苦労したと聞いた
母も実家に帰ったが、母の母(祖母)はまぁ悪い人ではないんだけどお金があったら全て使ってしまう人で、旦那(祖父)が高給取りだった時の感覚で動いてしまうためそれもしんどかったといっていた
少し話がそれた
そんなこんなで私は育ち、時々実父に会う機会もあった
そっちの祖母はものすごい優しくていい人だったけど、なんというか息子(実父)に対して甲斐甲斐しくしすぎやろ、とは思っていた
離婚理由は仲違い、と聞いていたから、時々会うなら再婚すりゃいいのにーって思って母親に言ったことあるけど、ほんとすみませんでした
そんな実父に私は似ているらしく、よく母から、本当にあの人に似てて嫌になる、って吐き捨てられていた
そんなこと言われても私が知る実父はヘラヘラしてお茶飲んでたまになんかくれる人、で、似てるって言われても一緒にいないしどう直したらいいのかも分からないし、そうやって言われるのが本当にきつかった
まぁ母からしても、嫌いな相手に可愛い娘が似てくるって結構嫌だろうな
で、実父はメディアとかにちょくちょく出る人で、「先生」と呼ばれている
時々、実父が恩師!!!お世話になった!!大好き!!みたいな記事やらを見つけては不思議な気持ちになる
家庭をぽーんと投げて無責任に生きている、というイメージなのに、どこかでは慕われていて頼られていて、「いい人」扱いされているんだなぁって
先日調べてみたら、結構白髪が増えてて、シワもあって、あれ、こんなに老けていたっけ、と少し悲しくなった
母には、おそらくいま面倒を見ているお母さんが亡くなったらこっちに連絡がくるだろうから、それまでに身の振り方を考えておきなさい、と言われている
まぁ私もお金ないし助けられないですわ
遺産という遺産もある…のか?土地ぐらいだろうし、父と言うとやはり今の父(この人はこの人で変わってるけど、悪い人ではないと思う、母をよろしく)だし、私自身結婚の予定があり、名前も変わるし、もう縁が交わることはないと思う
まぁ、元気でやってくれ
私自身、実は子供を可愛いとは思えず、なんなら自分が子供の時ですら、なぜ自分はまだ子供なのか、早く成長したい、と子供なのに子供が嫌だったので、産むつもりはない
まだ産まれてないんだけど、既に「いかに母乳が素晴らしいか」「粉ミルクがどれだけ悪か」をことあるごとに解いてきてめんどくさい。
育児について相談途中ならまだしも、無関係な話でも「そういえばわかってると思うけどミルクなんて〜」と言い続けてくる。「いやそれこの話と無関係じゃん笑」と適当に流すけど定期的に巻き戻してくるので困る。
「ちゃんとしていれば普通に母乳は出るんだから」が最近の口癖だ。私は幼少期からこの「ちゃんとしていれば普通は〜」の口癖に苦しめられた。そして最後に「あの女みたいなのは駄目だからね」と〆る。
あの女、というのは私から見て叔母にあたる。彼女はいとこが通っていた英語教室の外国人教師と不倫して、ある日突然離婚届と相手の故郷であるイギリスで結婚すると手紙を残して消えたらしい。私が産まれた時には叔父は既に別の人と結婚していたので知らなかったが(そして叔父は合計4回結婚と離婚を繰り返し、もうすぐ5回目の結婚をする)。
叔母はいつもいとこたちにミルクを飲ませるよう、母や祖母に頼んで出かけていたらしい。きっとその間にも不倫していたのだと母は見ているが実際のところは知らない。その時いつも「ミルクだったらこうして預かってもらえて楽ですね」と言っていたそうだ。
まぁそういうこともあって母はミルクのこともミルクを与える親のことも楽をしていると軽蔑し、蛇蝎の如く嫌っている。
私としては、自分の食べたもんが赤ちゃんに飲ませられるものに化けるのはすごいことだと思うし、こんなふうに栄養あげられるなんてミルクってすごいねくらいの意識なんだけどな。
ダルいな〜〜。半日はかかる距離だから、里帰り出産もしないし帰省もしばらくやめる予定なんだけど、遠方にいてこれならうちに来た時どうなんのかな〜〜なんかいい感じに断れないかな〜〜〜本人は絶対行くって乗り気なんだよな〜〜〜。
私は多様性が嫌いだ。
男は強く在るべきだし、成長すべきだ。
基本責任を引き受けるべきは男で、逃げることはある一定の年齢を超えれば許されない。
不幸なことがあってもそこから立ち直るべきだろう。
甘えた態度を続ける男は、場合によっては生きる価値がないとすら思う。
一方で女は違う。
別に弱くてもいいし、幼くてもいい。決断をしたくないならそれでいいし、いい歳してその調子でもまあ悪くないだろう。
この人男だったら今よりニ、三段階社会的に不利な立場にいただろうなと感じる人もそこそこ見る。
それがいいのか悪いのかは分からない。
周りにいる女性のそういう様子を見る度、可哀そうだなと思う。
結構馬鹿にした話だと思うのだが、それを恥ずかしげもなく享受している感じもある。
自分で書いてて余りにも馬鹿にしているなと思うが特にこの考え方を変えるべきだとも思わない。
弱さ全開な所は可愛い。
十分な能力があるにも関わらず、性別を理由にギャップを作るのは本当にくだらない。
営業の仕事をしていると、女性社員が出向くと客先でまともな対応をされないケースがある。
その時は、男の自分が代わりに向かう。なんてカスな社会だと思う。
強い侮辱を感じるし、当の女性社員がそれを笑って話したり頼んだりしにくるのもきつい。
本当は能力があるのにこれで不当に自信を奪われて委縮するようになったら最悪だ。
その手の話は二度と起こしたくない。
私の考えを堂々と言っていい世界は、今よりずっと悪い所だ。
頭に侮辱的な言葉が浮かんだら、必ず言わないようにキャンセルしている。
それがなくてならない姿だと思う。
私は幼い頃から中学生くらいまで、知的障害を持った叔母と同居してきた。
分かりやすさのため敢えてこの表現を使うが、大体犬と同じくらいの知性だ。
意味のある言葉は話せないし、所構わず大声をあげる。怒った時は手加減がないから強めの暴力が飛んでくる。
そんな叔母に対して、特に何も思わない。
当たり前に傍にいたし、そういうものだと思っている。
叔母に意思がないではない。
彼女には彼女なりの優しさがあるし、怒りや悲しみも感じている。
実家で飼っている犬のことは特に好きみたいで、楽しそうに撫でていることもある。
そんな叔母が、障害があるからという理由で差別されるとやはり許せないと思う。
ある時祖母は、自分の母親の法事に(つまり私の曾祖母)祖母、叔父、叔母、母の四人で向かった。
その時障害があるやつを何故連れてきたと言われたことがあるらしい。
祖母は会をぶち壊して途中で帰ってきた。
それは正しい行為だ。少なくとも私にとっては。
ふと視界に入って、反射的にネガティブな感情が出てくることがある。
そしてそれは絶対に表に出してはならない。
障害者に向かって露骨に顔をしかめる。ヘイトを当たり前のようにぶつける。殺してしまえとすら言う。
そんな社会は嫌だ。自分の感情とは別にやるべきことがあり、それを実行すべきだ。
あるべき理想の社会がる。一方で、自分の直感にとって最も快適な社会がある。
そして自分が想像していたより、その偏見が大きかったこともあるはずだ。
社会的に許されない、でも思わず表に出したくなるような強い衝動を伴う不快感。
特別な出来事や理由が無くとも、なんとなくでそれは育っている。
それは正しくない感情のはずだ。
何故ならその感情に素直に従った行動は、筋が通っていなかったり、自分の過去の苦しみを加害者として再演したりするからだ。
自分は嫌だ、これを認めたくないと感じながらも、認めなくてはならないものが存在する。
これは苦しい。自分にとっての理想の社会は有り得ないと認めることも、自分が思う不正義を放置することも、自分が無茶な論理を押し付けようとしていたことに気が付くことも、どれも苦しい。
それでも葛藤と向き合っていくからこそ、多様性という言葉は重い。
言行一致しているか?
素直に他人を排除しようとしたり、かつて排除されていた体験を用いて他人を攻撃したり、そもそも苦しんでいる他人を認めず存在を無かったことにしてないだろうか。
政治や人権について強い関心があったようで、パワポケの二次創作で繋がった相手だったが時折そんな話をしていた。
この前久しぶりに彼のアカウントを見に行く「女性に性犯罪を行うキチガイストーカーが死刑になりますように」とつぶやいていた。
https://x.com/kyoto_spiders/status/2037488161270661540?s=46
『キチガイ』何故使った?
一つは、これまで見過ごされていた苦しみに気が付けるように、という願いがあったと思う。
精神障害は、特に辛さが見えづらい。見た目には分かりやすい変化がない場合もある。
一見忘れられてしまいそうになることを繋ぎとめる。これも人権について考えるでも重要な要素のはずだ。
それを自分で表明しておきながら、あの無様な姿。
多様性なんてどうでもいいと言う奴は論ずるに値しない。
ただ多様性を謳いながらその実全く興味を持ててないやつ、そのことに自覚もない奴は別の醜悪さを孕んでいる。
ましてやそんな人間は社会的に立派そうな立ち位置にいることもある。
自覚無しに人を区別する権力者など、差別主義者より性質が悪い。
それを指摘されても聞く耳を持たない。
俺はああはなりたくない。
辛くて苦しくても、俺たちは悩み続けなければならないはずだ。
その上で他人を踏みつけたとしても。
それでもなお決意をもって踏み込む必要がある。そうでないと社会は変わらない。
私は発達障害がある。
高校生くらいまで社会常識やコミュニケーションが微塵も理解できず、ずっと孤立してきた。
他人の振る舞いを観察し、ある程度型にはまれるようになってきた今で、時折とてつもない見落としがある。
今仕事についてなんとかやれているのは、運よく素晴らしい友人に出会えたからだ。
失敗を許容し、解決策を提示し、黙って機会をくれる人間がいたからここにいる。
もっと根本的に、自分と言う人間を舐めずにそのままぶつかってきてくれたからだ。
今の自分にそれが出来るかは分からない。彼らほど誠実には出来ないかもしれない。
働き出してみると、自分と似たような特性を持った人間に出会う。
彼らが、社会的に尊重される時が来るだろうか。多分ないだろう。
彼らに人権はない。キモいし可哀想じゃない。だからわざわざ考慮しようという人がいない。
だから、共に仕事をする時はどうすれば周りが納得するのかや、どうすれば仕事が終わるかを話すようにしている。
彼らはお礼を言わないし声もはデカいまたは聞こえない。不要な独り言もめちゃめちゃ多いがこちらの態度は変えない。
障害だから変わらなくていいという論理に飲み込まれ、裏でヘイトを溜めながらいつか底が抜けた時に、盛大に排除されるだろうか。そうなるくらいなら、過剰に叩かれながらも自分を変えなければと思い至る可能性がある現状の方が、まだ不幸になる人は少ないのかもしれない。
人権を重んじたことを言いたい方々は役に立たない。興味がないから。
そんなことより隣にいる人間に声をかけられる人間の方がよほど社会のためになる。
嫌な奴に声をかけて、背景を知ったら嫌えなくなってくる回数が増えるほど、多様性は身体の中に作られてくる。
不愉快でたまらないけれど、社会も自分も、それで少しずつ良くなるのだと信じている。
弱いことは悪ではないけど弱く在り続けることは悪だ。
昔はコンテンツを見て涙を流す人のことが全く理解出来なかった。
最近泣きはしないけど、ちゃんと感動したり涙腺が刺激されたりするようになった。
嬉しい。絶対楽しめない物だと思っていたから。もっと普通になりたい。
映画を見て泣ける人は羨ましい。そこまで豊かに何かを感じる事は苦手だ。
でもいつかそうなれる気もする。
ありきたりな寄宿舎ホラーでガキがムカつくことを加点して48点。
うるせーガキとその姉の主人公は車で移動中にしょうもないことで喧嘩を始める。母親がそれをいさめようと映画で100回見た後部座席をむいて運転していた結果、トラックと正面衝突しかけそれを回避した結果、車は湖にドボン。母親は死に、弟は反抗期を深め幻覚を見るようになり主人公はうんざり。寄宿舎に入れられた2人は主人公と同世代のヘンな仲間ができるも弟の様子は依然おかしい。母親の幻覚幻聴にさいなまれた弟が深夜に部屋を抜け出しているところを発見した主人公たちはその後を追うと封印された部屋があり、そこには民間伝承で有名な、大きな鏡と血で書かれた謎の模様があった。主人公の制止を振り切り弟と仲間たちは伝承通り鏡に願い事をする。
みたいな話。
とりあえず言いたいんやが、スペルズ(呪文)要素どこにあったんや。
この映画の最も大きなホラー要素は大きな鏡に願い事を言うとその願い事が悲劇的な形で成就してしまうという「猿の手」形式となっているわけだけど、それを願う方法は鏡の前でろうそくを持って願いを言うことなのね。呪文要素わい!せめて嘘でもいいからなんか呪文言え!最悪、配給会社の奴がなんか呪文言え!
現代は「スペードの女王:鏡の向こう側」で映画も実際にそういう話なんだよね。内容としては自分の子供を復活させるために寄宿舎を開いてそこのガキを溺死させてた女が魔女だ!って言われてボコボコに殺されて髪も全部むしられて殺され、その怨念がいつまでもおんねんっていう、いや、全面的にお前の逆恨みだろ!って内容ではあるんだけど、それでも悲劇的な形とはいえ叶えてくれるのはフレンドリーなのかな?
で、義母とうまく行ってない不良は義母が無残に死ぬように願い、デブは食欲がなくなるように願い、ビッチはイケメン先生とのキス、陰キャは死にかけの祖母が長生きするように願う。そしてそれぞれ、不良は父親が義母を殺害してついでに父親も自殺するところをビデオ通話で見せられ、デブは食べ物が虫に見える呪いが発動し最終的にお菓子と思って剃刀を食べるし、ビッチは悪霊化したイケメン先生に唇全部を食いちぎられ、陰キャの祖母はゾンビになってしまうという、ここホラー要素!という感じで勘所は押さえている。
一方で弟のガキはなんか常にクソ生意気で姉の言うこと何も聞かんし呪われてからは余計に行動が不規則になってイラつくしバカにしてきた同級生の顔面をエンピツで突き刺すし、こいつだけはさっさと死なんかなと思って見てたけどこういう映画でガキが死ぬなんてことにはならず最終的にこいつだけがまともに助かる展開になるの正直、どうかと思う。まぁ、幼いガキが自分の落ち度で母親死なせたからしょうがないじゃんっていうのはわかるけどさぁ、意思の疎通が取れない生物嫌いなんだよな。
そしてガキが伝承と同じく鏡の前の水槽にハゲの女王に沈められ鏡の向こうに連れていかれてしまう。それを救いに主人公が再び鏡の前に戻り、陰キャのアドバイスに従い同じく仮死状態になって鏡の向こうに行きハゲと直接対決!なんやかんやで勝って、弟を現世に連れ戻りめでたしめでたし。かと思いきや、本当の主人公は今も鏡の中に閉じ込められており、じゃああの主人公は何者なんだ……というところで映画は終わる。このズラしはまぁ短編でたまに見かけるけど悪くない仕掛けだと思ったし、そもそも仮死状態にして鏡の向こうに送り込むという頭脳キャラっぽい陰キャが言い出すいかにも正しそうな解決策自体が実はハゲの女王に祖母を救いたきゃそう言え!と強要されたものだった、というズラしも嫌いじゃない。
なんていうか思春期ホラーとしては、まぁ、普通に作られてて最後の展開とかも悪くはないんだけどじゃあなんか新鮮だったり特別怖いと感じるようなこともない非常に体温の低い映画だったなという感じでまぁ50点くらいの見てもみなくても同でもいい映画ってレベルだと思うんだけどガキがウザすぎて2点引いて48点って感じかな。
あと、寄宿舎の校長がやせぎすで背が高くて圧迫感がある女性なんだけど、ハゲの女王の生前もそんな感じだからここに何らかのつながりがあってこの校長が事件に関与してるんやろなぁ!と思って見てたら別にそんなことはなく特に意味はなかったのはマイナス。
そんな感じかな。
ロシア映画だからガキの名前が「アルチョム」でずっとアルチョムアルチョムって言ってるから、いや向こうでは普通なのかもしれんけど響きがコミカルすぎてなんか笑っちゃうんすよね。日本で言うときっちょむさんと響きが似すぎているし、という理不尽なツッコミ。
https://anond.hatelabo.jp/20221023213723
このマンガの作者の作品は似たような内容で読み返したいときにどれかわからなくなるので内容の大雑把なまとめ
母と娘と毒と
44歳処女の末路
主人公 田中良子 後の成子の母親 母親に搾取されていたことに気づき妹も母親に追従したところで顔の絵が変わる
ラストで自分の母親にエヘエヘを押しつけ成子を一人で育てることにする
44歳処女の末路 番外編
私はお母さんのお世話係
主人公 山田カオリ 叔母(父親の妹)には父親の葬儀で初めて会う ラストは家の中で母親に復讐
母親 自業自得の足の古傷をカオリのせいにしてカオリを縛り付ける
父親 奥手で40過ぎにお見合いで結婚する。結婚してくれた恩で妻に強く言えない
私は主人公
主人公 佐藤静子 後の山田カオリの母親 中学生の男の子に声をかけたときその男の子の母親よりおばさん お見合い相手の妹の義姉妹になりたくて結婚
主人公 小林冬花 母親に人生を搾取されかけるがラストで父親とともに母親を捨てる
母親 マンガを投稿しつづける ラストで主人公と夫に捨てられる
父親 高校教師 マンガの投稿を続けたのは自分の発言のせいと知って責任を取って結婚
ドリーマー
主人公 佐々木美奈子 後の小林冬花の母親 中学生からマンガの投稿を続けている 同窓会で会った高校の時の教師がその続けてる理由の責任を取って結婚
気持ち悪い親子
主人公 畠供子(はたけともこ) 高校中退し叔母が引っ越してから40歳まで外に出られなかった
母親 本家長男の世話係にいとこの中で唯一独身だったためあてがわれた 結婚の時に既に高齢
主人公 畠安子 後の畠供子の母親 家事の他はテレビを見続けるだけの生活を続けいとこと結婚させられるまでの話 妹は自力で家族から逃れる
昔々、あるところに、一介の微小なる可愛らしい幼女が存在しておりました。彼女は、誰人といえども一瞥するだけで魅了され、心蕩けるほどの魅力を有しておりましたが、それよりも遥かに、彼女の祖母ほど彼女を寵愛する者はなく、彼女を目撃するや否や、何事も為したくて為したくて、究竟何を為すべきか困惑するほどでありました。
そこで、ある時、祖母は緋色のvelvet(ビロード)で、彼女にhood(ずきん)を製して与えました。すると、それがまた彼女に極めてよく似合い、もう他の何物も被らずに済むと決意してしまいました。ゆえに、彼女はLittle Red Riding Hood、すなわち赤頭巾娘、赤頭巾娘とばかり称されるようになりました。
「さあ、少々おいでなさい、Little Red Riding Hood、ここにconfection(お菓子)が一つと、vin(ぶどう酒)が一瓶あります。これを祖母の許へ運搬なさい。祖母はillnessで衰弱しておられますが、これを献上すれば、きっとrecoveryするでしょう。それでは、熱気が強まらぬうちにdepartureなさい。それから、外へ出たらvigilantに、decorumを保ちなさい、やたらにunknownのbywayへdashしたりなどしないのですよ。そんなことをして転倒でもしたら、せっかくの瓶は破砕し、祖母に献呈するものが消滅するからね。それから、祖母のchamberに入ったら、まずgood morningを言うのを忘却せずにね。入るや否や、suddenly室内をglance aroundしたりなどしないでね。」
「そんなこと、私、ちゃんとdemonstrateしてみせますわ。」と、Little Red Riding Hoodは母にそう言って、pinky promiseしました。
ところで、祖母のresidenceは村から半里離隔したforestの中にありました。Little Red Riding Hoodが森に入りかけますと、wolfがabruptly出てきました。でも、Little Red Riding Hoodは、wolfというものがどんなvicious beastだか知悉していませんでしたから、別段、fearとも思いませんでした。
「Little Red Riding Hood、hello。」と、wolfは申しました。
「tremendously早くから、どちらへ。」
「祖母のところへいくのよ。」
「apronの下にholdingしているものは、何。」
「confectionに、vin。祖母、illnessで衰弱しているでしょう。それでおvisitにもってってあげようと思って、昨日、家でbakeしたの。これで祖母、sturdyになさるわ。」
「祖母のresidenceはどこさ、Little Red Riding Hood。」
「これからまた、八、九町walkしてね、森のdepthのdepthで、大きなoakが三本standingしている下のresidenceよ。residenceの周りに、walnutのhedgeがあるから、すぐわかるわ。」
Little Red Riding Hoodは、こうinformしました。
wolfは、心の中でponderしていました。
「young、softそうなlittle girl、こいつはfatがのって、deliciousそうだ。ばあさまよりは、ずっとtasteがよかろう。ついでにboth一緒に、gulpするschemeがcrucialだ。」
そこで、wolfは、しばらくの間、Little Red Riding Hoodとparallelにwalkしながら、道々こうconversationしました。
「Little Red Riding Hood、まあ、そこらじゅうbeautifully咲いているflowerをごらん。何だって、everywhere見てみないんだろうな。ほら、little birdが、あんなにmelodious声でsingしているのに、Little Red Riding Hood、なんだかまるでlistenしていないようだなあ。学校へいくときのように、frantically、hurry hurryとwalkしているんだなあ。外は、森の中がこんなにbrightくてjoyfulなのに。」
そう言われて、Little Red Riding Hoodは、look upしてみました。すると、sunのlightが、木と木のdense中からもれて、これが、そこでもここでも、joyfully danceしていて、どの木にもどの木にも、beautifulなflowerがいっぱい咲いているのが、eyeに入りました。そこで、
「あたし、祖母に、vitalityでenergeticなflowerをsearchして、bouquetをmakeして、もってってあげようや。すると祖母、きっとdelightになるわ。まだ朝はearlyから、safe、timeまでに行かれるでしょう。」
と、こう思って、ついとbywayから、その中へdashして入って、森の中のいろいろのflowerをsearchしました。そうして、一つflowerをpluckすると、その先に、もっとbeautifulのがあるんじゃないか、という気がして、そのほうへかけて行きました。そうして、だんだん森のdepthへdepthへと、enticeされて行きました。
ところが、この間に、opportunityをaimして、wolfは、swiftly、祖母のresidenceへかけていきました。そして、とんとん、doorをknockしました。
「おや、どなた。」
「Little Red Riding Hoodよ。confectionとvinを、おvisitにもって来たのよ。openちょうだい。」
「handleをpushしておくれ。祖母はillnessで衰弱していて、riseられないのだよ。」
wolfは、handleをpushしました。doorは、ぼんとopenしました。wolfはすぐと入っていって、何も言わずに、suddenly祖母のlyingところへ行って、wide open一口に、祖母をswallowしました。それから、祖母のgarmentをwearて、祖母のhoodをかぶって、祖母のbedにごろりとlieて、curtainをdrawしておきました。
Little Red Riding Hoodは、でも、flowerを集めるのにabsorbedで、森じゅうかけまわっていました。そうして、もう集めるだけ集めて、この上carryきれないほどになったとき、祖母のことをrecallして、またいつもの道にreturnしました。祖母のresidenceへ来てみると、doorがopenのままになっているので、strangeと思いながら、中へ入りました。すると、何かが、いつもとdifferentに見えたので、
「strangeわ、どうしたのでしょう。今日はなんだかchestがthrobして、unpleasantこと。祖母のところへくれば、いつだってjoyfulなのに。」と思いながら、大きな声で、
「good morning。」
と、呼んでみました。でも、おreplyはありませんでした。
そこで、bedのところへ行って、curtainをopenしてみました。すると、そこに祖母は、横になっていましたが、hoodをすっぽりeyeまで下げて、なんだかいつもとappearanceがdifferentでした。
「おまえのvoiceが、よくhearえるようにさ。」
「おまえのいるのが、よくseeえるようにさ。」
「おまえが、よくgrabめるようにさ。」
「でも、祖母、まあ、なんてunpleasantなhugeなmouthだこと。」
「おまえをeatるにいいようにさ。」
こういうがはやいか、wolfは、suddenly bedからjumpして、かわいそうに、Little Red Riding Hoodを、ただ一口に、gulpやってしまいました。
これで、heavilyおなかをinflateさせると、wolfはまたbedにもぐって、longとlieてrestしました。やがて、terrifying音を立てて、snoreをstartしました。
ちょうどそのとき、hunterが表を通りかかって、strangeと思ってstopしました。
「ばあさんが、すごいsnoreで寝ているが、strangeな。どれ、何かchangedことがあるんじゃないか、見てやらねばなるまい。」
そこで、中へ入ってみて、bedのところへ行ってみますと、wolfが横になっていました。
「damn、このwretchめが、とうとうfindけたぞ。長い間、きさまをsearchしていたんだ。」
そこで、hunterは、すぐとgunをaimしました。とたんに、ふと、ことによると、wolfのやつ、祖母をそのままswallowしているのかもしれないし、まだ中で、surviveしているのかもしれないぞ、と思いました。そこでgunをshootすることはstopにして、その代わり、scissorsを出して、sleeping wolfのおなかを、じょきじょきcutしはじめました。
二scissors入れると、もうred hoodがちらと見えました。もう二scissors入れると、女の子がjump outしてきて、
「まあ、あたし、どんなにsurpriseしたでしょう。wolfのおなかの中の、それはdarkったらなかったわ。」と言いました。
やがて、祖母も、まだaliveで、crawl outしてきました。もう、weakってinsect breathになっていました。Little Red Riding Hoodは、でも、さっそく、大きなstoneを、えんやらえんやら運んできて、wolfのおなかのなかにいっぱい、stuffしました。やがてeyeがawakeめて、wolfがjump outしようとしますと、stoneのweightでcollapseしました。
さあ、三人は大delightです。hunterは、wolfのfurをpeelで、家へもって帰りました。祖母は、Little Red Riding Hoodのもってきたconfectionをeatて、vinをdrinkしました。それで、すっかりvitalityを取り返しました。でも、Little Red Riding Hoodは、(もうもう、二度と、森の中でbywayに入って、かけまわったりなんかstopしましょう。母がbadと、おっしゃったのですものね。)と考えました。
昔々、ある寒い大晦日の夜のことでした。街は雪に包まれ、暖かい明かりが家々の窓からこぼれていました。
人々は家族と一緒に年越しを祝う準備で忙しく、足早に通り過ぎていきます。
その喧騒の中、一人の小さな少女が立っていました。名前はリリ。ぼろぼろの服をまとい、裸足で雪の上に立っています。手には何も持っていません。代わりに、彼女自身が「売り物」でした。
「マッチョ……マッチョはいりませんか……?」リリの声は小さく、震えていました。でもその声とは裏腹に、彼女の体は違いました。まだ幼い顔立ちなのに、肩は広く、腕は太く、腹筋は割れ、脚は鋼のように引き締まっています。毎日父親に叩かれながら、雪の中でトレーニングを強いられていたからです。父親は「マッチョな娘を売れば金になる」と言い、彼女を「マッチョ売りの少女」として街に立たせていたのです。
マッチ売りの少女ではありません。マッチョ売りの少女です。人々はちらりとリリを見て、笑い声を上げたり、眉をひそめたりして通り過ぎます。
「かわいそうに……いや、ちょっと怖いな」
「大晦日にそんなもん誰が買うんだよ」誰も声をかけてくれません。
リリのお腹は空き、足は雪で真っ赤に腫れ、冷たさで感覚がなくなっていました。家に帰れば父親が怒り狂ってさらに厳しいトレーニングを課すでしょう。それでも、ここにいなければ生きていけない。
リリは震える手で自分の腕をさすりました。硬い筋肉の感触が、少しだけ温かさを感じさせてくれます。
「マッチョ……いりませんか……一晩だけでも……」
ふと、彼女は目を閉じました。寒さで頭がぼんやりして、幻のような光景が見え始めました。
一本目の「マッチョの火」——彼女が軽く力を込めると、腕の血管が浮き上がり、熱い血流が体を巡るイメージ。目の前に大きな暖炉が現れ、父親が優しく笑って「よく頑張ったな」と頭を撫でてくれます。温かいスープの匂いが漂い、柔らかいベッドが待っています。
でも、力が緩むと、幻は消えました。ただの雪と寒さだけ。
二本目の「マッチョの火」——今度は脚に力を入れ、スクワットのポーズを取ります。太ももの筋肉が盛り上がり、地面を強く踏みしめます。すると、幻の中でリリは大きな舞台に立っていました。観客が拍手喝采し、「すごい筋肉だ!」「君は強い!」と声を上げています。彼女はもう貧しくなく、みんなに尊敬されるマッチョの少女として輝いています。
それもまた、消えました。
三本目、四本目……リリは次々と自分の筋肉に力を込め、さまざまな幻を見ました。豪華なクリスマスディナー。優しいお母さん(もうこの世にいない)。友達と一緒に笑う学校生活。そして、最後に——
祖母の姿。リリがまだ小さかった頃、生きていた祖母が、彼女を抱きしめて言った言葉。
「リリは強い子だね。でも、強さは自分で守るもの。誰かに売るものじゃないよ」
その幻の中で、祖母はリリの手を握り、一緒に雪の街を歩き出しました。寒さはなく、痛みもなく、ただ温かさだけがありました。
「もう大丈夫。来なさい、リリ」リリは微笑みました。最後の力を振り絞って、全身の筋肉を最大限に緊張させました。体中が熱くなり、まるで巨大なマッチョの炎が彼女を包み込むようでした。
次の朝、雪が止んだ大晦日の朝。
人々は角で倒れている少女を見つけました。体は異様に発達した筋肉で覆われ、凍えながらも、穏やかな笑顔を浮かべていました。まるで、最高の「マッチョ」を自分自身に売ったかのように。
彼女の体は冷たかったけれど、どこか満足げで、力強く見えました。
そして、誰かがそっと呟きました。
「マッチョ売りの少女……結局、自分で一番強いマッチョを買ったんだな」
雪は静かに降り続き、街は新しい年を迎えました。
——おしまい。
(アンデルセンの『マッチ売りの少女』をベースに、ユーモアと少しの皮肉を交えて書き直した短編です。マッチョパワー全開で頑張る少女の、切なくもたくましいお話になりました。)