はてなキーワード: 太陽光とは
小型原子炉というのがありましてね。
空冷でもokで、理論上メルトダウンしないというのも開発されている。
これからの時代は小型原子炉と太陽光の2つの競争になると思う。
大型原子炉は古いのも多いわけで、それは建て替えるか、更新していかないといけないとは思う。
少なくとも、これからのAIの膨大な電力消費を賄うには、今のままではいけないわけだし。経済成長のためにも。
現在研究されている小型原子炉は水辺も冷却塔もいらないわけで、もし完成したたら、
北海道の内陸部あたりを特区にでも指定して、そこにデータセンターを建てて地域経済の活性化につなげればいいと思う。
寒い空気は冷却費を下げるし、水辺から遠い寒い不毛の地に、小型原子炉使ったデータセンターができれば、地域の経済に貢献すると思う。
アルミサッシだの樹脂サッシだのアルミ樹脂サッシだの言ってるが、そもそも窓を小さくすれば断熱性爆上がりなので窓を小さく(少なく)すれば良い
いまどきアルミサッシは選択肢にないんだがアルミ樹脂(外がアルミ、中は樹脂)なら断熱性能は樹脂サッシとそんなに変わらない
樹脂サッシは断熱性高いけれどデカい窓にできなくなる
小さい窓にするデメリットは居住性とかデザイン性とかもあるけれど、そもそも外光による熱収入を得られないっていう面もある
断熱性は上がるけれど太陽光の暖房量が減るので小さくすれば良いっていう話でもない
窓ガラスの性能が断熱性能を大きく左右するんだがペアガラスで十分
トリプルガラスにしたところで結局断熱性はガラス内のガスの熱伝導率に依存するので
重くなるし高くなるので別に要らない
ただ防犯フィルム封入タイプのトリプルガラスはあってもいいかと思った
高気密住宅とか作ったところで年単位で経過すると木材とかの収縮で気密性が変わるのであんまり意味が無い
最初の測定で気密性が確保されてもそれを維持することはほぼ無理なのでそこそこで良い
具体的にはC値が1.0を切ってれば良い
玄関のドアって鉄製なので冬になるとクッソ冷たい
おまけに玄関のドアサッシって巨大な鉄サッシなのでこれもクッソ冷たい
玄関エリアはドアで仕切られてるんだけど玄関が寒いからそれが家全体に響いている気がしている
外気温が10度ならどんなに断熱してもいずれは10度になるので
一番コスパが良いのはエアコンだけど乾燥しまくるので加湿が必要
というか加湿しないと保温性が低い
夏場は換気を止めるとカビるけれど冬場はその心配もないのでさっさと止めてしまえば良い
朝になると自動的にONになるようにSwitchbotを組んだら光熱費めっちゃ下がった
夏場はカビが怖いので常時ONにしている
一年戦争史上最大級の機体で、その巨体は大気圏内でも外宇宙でも、
ジオン公国は、サイド3という人工都市コロニーの補給に常に頭を抱えていた。
なぜなら、サイド3は「サイド3自体」に必要な電力量が膨大だから。
しかし、ビグザムが光合成で自己完結し、その余剰エネルギーをサイド3に送電できるようになったら?
光合成ビグザムは、いつでもどこでも「満タン状態」を維持できる。
つまり:
なぜなら、連邦機は「補給を必要とする」が、ビグザムは「太陽が出ている限り補給不要」だから。
に変わるわけだ。
現在のジオンは「連邦に追い詰められている」が、光合成ビグザムがあれば:
ジオンの科学者たちは、この技術を人間にも応用しようと試みるだろう:
ジオンは「新人類の創造者」となり、地球連邦は「旧型人類」と見なされるようになる。
つまり、
やがて
「一年戦争」などというちっぽけな争いではなく、
「卑しい」ということは、つまるところ「余裕のないこと」だ。
クソデカ断言系を使えば反論が出てくるのは当然として、増田が本当に問題だと思うのは、"「卑しさ」が本人の尊厳と深く結びついているのに、本人の生まれつきの基質によって「卑しい」ことを繰り返してしまう"構造だと思う。
「卑しい」と指摘されて、それを治せるならまだいい。
しかし、何度も指摘しても同じパターンを繰り返すばかりしかできない人間をみれば、指摘した側も虚しいし、やがて手を引くだろう。
「卑しい」と指摘されても、体に染み付いた無意識の習慣や、コントロールできない程身に馴染んだ「卑しい」はその人と一体化してしまっている。
そこから抜け出すには新しい習慣や刺激が必要だが、それを受け入れられるかはその人のキャパシティ次第。
「卑しい」を指摘してくれるのは優しさだと思う。でも、身にしみ着いた「卑しさ」は簡単には剥がれてくれない。今の自分のキャパシティでは、新しい習慣を身につけて、自分の「卑しさ」を圧縮することも難しい。それでも、頑張るしかない…とはいえ、解決策が無いことも虚しい。
かといって、逃げても「卑しさ」からは逃げられない。むしろべったりと増田の尊厳と一体化してくる。疫病神か????
本当は「卑しさ」じゃなくて「癒しさ」が欲しい。でも、たとえ増田が他人から「癒しさ」を与えてもらっても、増田自身のが変わらない限り、「卑しさ」は消えないわけで。
結局、増田自身が変わらない限り、「卑しさ」とはずーっと仲良し永遠に一緒ハピラブズッ友☆状態なのかもしれない。
まあ、自分が「卑しい」ことに気づけただけでも御の字なのかもしれない。余裕がないと、人間って平気で狂った行動をするからな。
行動しない人間の言い訳に聞こえるかもしれないけど、今日は腹筋を3分締めた。皿も洗ったし、片付けもしたし、洗濯物も干した。あと一歩、外に出て太陽光を浴びるくらいできれば、「頑張った」と胸を張れる人間になれるかな。
「卑しい」人間ではあるけれど、まれに受け取った「癒しさ」のおかげで、それをほんの少し真似したら、いいことが起きるってことも分かった。
どうしたらいいんだろうな、増田。
記念したい被写体を取り入れたいために時には真逆の方向(カメラが太陽に向ふ)に向ふ場合もあるでせうが、このときは直射日光のレンズに当らないやうに注意をして頂きます。
フリガナがないので「まぎゃく」と読むかはわからないが、意味的には「正反対」の意味で使われていそうだ。
いまのところ「正反対」の意味で使われている最古の用例である。
只逆光線で太陽を前景のカメラをもつている人でシエードした事が、レンズに太陽の直射を避けて雲海にあたつた真逆の光線をうまく捉へる事が出来ました。
写真用語では太陽光の当たり方を「順光線(順光)」「斜光線(斜光)」「逆光線(逆光)」などと分類するが。
逆光をさらに「半逆光線(半逆光)」と「真逆光線(真逆光)」に分けることもあるというわけか。
検索してみるかぎり、用例としては「真逆光」が圧倒的に多いが、「真逆の光線」「光を真逆に受ける」のような例もわずかに見られる。
一気に時代が飛ぶが、こちらは「まぎゃく」とフリガナがあるので間違いない。
ネットで検索できるかぎりでは、いまのところ最も古い「真逆(まぎゃく)」であろう。
ここまでは用例が少ないので、もちろん「真逆(まぎゃく)」が広まっていたとは言えないだろう。
もしかすると、文章にならないような口語・俗語として使われていた可能性はあるが、それはわからない。
さて、1970年代に入ると一人の男が颯爽と登場する。映画評論家の松田政男である。
この人物が「正反対」の意味の「真逆」を広めたと言っても過言ではないのではないか。
コスタ・ガブラスが『Z』にひきつづいてつくった第三作『告白』は、いわば、日本の喪名の永久革命家の理念とは真逆の視点から、革命と反革命の弁証法をとらえようとした政治的茶番劇である。
往年の安部公房のテーゼ"猛獣の心に計算器の手を"とまさに真逆に、ポール・ニューマンは"ハトの心にタカの爪を"と、後行する世代を叱咤しているのである。
自動車から飛行機への発明のベクトルがひたすら上昇の方角にのみ向けられているのとまさに真逆に、グーテンベルグ以降におけるエレクトロニクス・メディアの発達は、ひたすら私たちの<内部世界>の深部に向って下降するベクトルをもっているのではないか。
エンツェンスベルガーは、エレンブルグの「作家ならば、ドゥルティの生涯のものがたりを書いてみようとは、けっして思うまい。それはあまりにも冒険小説そっくりだった」というしたり顔とはまさに真逆に、そういった意味合いでの「物語作者は、自己を否定しなければならない」が故に「集団的フィクションとしての歴史」――正確には「反歴史」を書くべく試みたのだ。
チャップリンが、常に、可哀想なヒロインのために献身するのに対し、キートンはまさに真逆、禁欲的にまで非情に、アクションの共同体を映画のなかへ制度化すべきことを他者に向って要求するのである。
そしてエイゼンシュタインは「人に秀でた人間」として、しかしトロツキーとは真逆に、スターリニスト・レジームへの自己批判を倦むことなくつづけることによって生き延びて行ったのだ。
この点いかに苦悩の色を露わにしつつ純文学を志そうと、できあがった作品が常に一つの社会現象として、つまりはエンターテインメントとして消費されてしまう石原慎太郎と、篠田正浩はまさに真逆であると言っていい。
私たちは「スティング」のあの不愉快なだまされ方とまさに真逆に、龍村らが「キャロル」に仕掛けたさわやかな詐術を愉しんでおけばいいのだから······
レーニン以前に、もとよりレーニン以上に楽観的に「生産者たちの自由で平等な協力関係の基礎のうえに新たに組織する社会は、全国家機関を、そのばあいにしかるべき場所へ移しかえる、すなわち、紡ぎ車や青銅の斧とならべて、考古博物館へ」と断定したエンゲルスの理想とはまさに真逆に、いま紡ぎ車や青銅の斧と共に博物館へ並べられているのは、彼らエンゲルスやレーニンや、その他もろもろの革命の理想である。
この密林の猟師は年齢不詳だがむろん年老いており、したがって初めキャステイングされていた三船敏郎のような精悍さとは真逆の、むしろ志村喬だとか千秋実だとか黒沢一家の長老ふうな中央アジア出身の老優が起用されていて、これがかえって野生の賢者という風格をかもし出してなかなかにいい。
そこへ行くと、日活ポルノ裁判の被告として四年間の沈黙を余儀なくされていた山口清一郎が、初めてATGと提携=製作した新作『北村透谷・わが冬の歌』は、『原子力戦争』とまさに真逆に、開かれた映像空間の造型に、一定程度の成功を収めえている。
高橋明や庄司三郎ら日活独特のポルノ男優たちが、画面のなかでいかにタフに振舞おうとも、私たち観客に対しては常に控え目な存在であるのとまさに真逆に、ここにおけるホストどもは、私たちの目の保養を邪魔立てする文字通りに目ざわりな夾雑物なのだ。
しかし、『25時の舞踏派』『貘をぶっ殺せ』『造花の枯れる季節』と一九七五年に三連作された8ミリ長編劇映画とは真逆に、このうまさは、なぜか上すべりするうまさなのである。
亀和田武は、そこで、私とはまさに真逆に、自らの石井隆論を全面展開しながら辛辣きわまりない反撃を重ねて行くのだが、先述したように、私がヨリ関心を惹かれるのは、個別作家論というよりも、その大前提たるべき情勢論なのだ。
そして、面白いのは、西欧的な父性原理に依拠する『くるみ割り人形』とはまさに真逆に、信州のフォークロアに原型をもつ物語の真相には、東洋的な阿闍世コンプレックスに由来する母性原理が、不十分ながら貫徹していることだろう。
いずれもフリガナは振られていないので、本人は「まさか」の読みで使っていた可能性もあるが、少なくとも意味的には「正反対」で間違いなかろう。
1970年代から1980年代にかけて、この「正反対」の意味の「真逆」用法は、特に映画系のライターのあいだで広まっていったようである。
もっとも地獄絵は、その猥褻さ、はなはだ幽玄的でない表現に寄って、裸や性器の露出がいやらしいこと、不自然なこと、いわば忌み嫌うべきこと、非人間的なことであることを強調しているわけで、これは、古代ギリシャをはじめヨーロッパの絵画や彫像が裸の美を強調し、裸こそ人間の自然の姿だといわんばかりに表現しているのとはちょうど真逆である。
「当然でしょ。”緑の革命“とは、発展途上国にとっては、自立とは真逆の、アメリカへの依存度をより高めさせ、アメリカ政府と、多国籍企業の世界支配システムにより深く組み込まれることでしかなかったのですからね」
松陰は、この狂を愛し、みずから狂夫たろうとしていた。だが、岸信介には、狂はない。むしろ、吉田松陰とは、真逆のように思える。
仮に、このあたりの記述が「まさか」という読みを意図していたとしても、フリガナがないので「まぎゃく」と読む人は多かっただろう。
電気を作るのに石油燃やしてお湯沸かしてタービン回して、軸を回して、EVに電気ためてモーターの軸を回す。二回も回している。
そんならガソリン燃やして軸を回せば1回で済むじゃないか、という論を展開しているアタオカがいるが。
山林切り崩して環境破壊するメガソーラー、が社会問題になってるが、廃棄物問題含めそんなもんいずれ解消する。
どうせ容量も外気温問題もいずれ解消する
彼ら(ひろゆき含め)の一番の問題は技術は進化しないって前提なんよね。
で、ガソリン車で言えば、原油を採掘するには軸を回し、精油するには無数の軸が回り(精油プラントは数千台のモーター「軸」があります)、それをタンカーで運ぶのに無数の軸が回り、備蓄するのにも軸が回り、輸送し、給油するまでにも無数の軸が回ります。
「軸」の多さで言えば(太陽光パネルを製造するのにも無数の軸が回るという際限ない反論は無視するとして)、ガソリンの方が遥かに軸を回している。
「軸」の多寡は本論では無い。
マクロな効率や経済性(環境負荷も含め)で論じるべきであり、どう計算しても無限に降り注ぐ太陽エネルギーを使ったほうが効率が良いとしか結論は出ない。
太陽光パネルの価格や発電効率が問題なのであり、そんなもん需要があれば投資が進みいずれ採算ラインに入る。
EVはバッテリー含め技術開発の進化でそれらがガソリン車を追い抜く目処が立っているからやっているのであり、現在は過渡期にすぎない。
完璧な技術ができてからやれば良い、というのは社会の発展の歴史を知らぬ愚か者。
新産業なんて最初はどれも不経済なんだけど、投資し開発し、次のステージに進む。これの繰り返し。
我々が当たり前に使っているコンピューターですら、初期は「手で計算したほうが確実で安上がりじゃね?」だったの。
そういうことをChatGPTに聞くべきだと思い、聞いてみた。すると、
「石油が無くなるよりも、高価になって使われなくなる」方が先に起きる可能性が高いという。
自分がガソリン車に乗っているのも、ガソリンを燃やすのが好きなのではなく、便利で他の車種より安いからだ。これがEVが普及してスタンドも整備されたら乗り換えるかもしれない。
人類はかつて氷河期を乗り越えてきた。その後も様々な問題を乗り越え今に至る。
だとすると、石油やエネルギー問題もまた乗り越えるんだろうなと希望が持てる。
結論から言うと、「石油が100年以内に“完全に枯渇する”可能性はかなり低いですが、
“今のように安く豊富に使える状態が続く”とは限らない、というのが現在の科学的・経済的な見方です。
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■ なぜ「完全枯渇」は起きにくいのか
● ① 採れる場所(可採埋蔵量)が常に増え続けてきた
技術が発達すると、
「昔は採れなかった場所や深さ」
→ その結果、埋蔵量はむしろ増えることがある現象が続いています。
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● ② 「経済的に採れる石油」が変動する
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● ③ シェール革命などで供給源が増えた
2000年代以降、アメリカのシェールオイルが大量生産できるようになり、
“石油ピーク説(ピークオイル)”は大幅に後ろ倒しになりました。
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■ では、100年後も今と同じように使えるのか?
これは NO になる可能性が高いです。
理由:
つまり、
■ 枯渇ではなく「高価になって使われなくなる」方が先に起きやすい
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■ 科学者・エネルギー機関の予測のまとめ
予測者 / 機関 結論 --- --- IEA(国際エネルギー機関) 「需要は2050年以降減るが、完全枯渇は見えない」 BP Energy Outlook 「技術進歩により埋蔵量は長期的に維持される」 多くの地質学者 「採掘コスト上昇が先に来る“経済的枯渇”が本質」 → 科学的・経済的には、
“100年以内の完全枯渇”はほぼ起きない
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■ もっと簡単にまとめると
—これはすでに世界中で議論されており、用途ごとに代替候補が違うのがポイントです。
用途別に、もっとも現実的な代替エネルギーを分かりやすくまとめます。
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■ 1. 発電の代替
電気をつくる用途は石油依存がもともと小さく、代替が豊富です。
◎ 第一候補:再生可能エネルギー(太陽光・風力)
○ 補助候補:原子力(小型モジュール炉SMRなど)
- ベースロード電源として安定
△ 補助:地熱・水力・バイオマス
- 地域制約が大きいが、長期的には安定
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■ 2. 自動車(輸送)の代替
◎ 第一候補:電気自動車(EV)
○ 対抗:ハイブリッド(HEV)
△ 特定用途:水素(燃料電池)
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■ 3. 船・航空の代替
◎ 第一候補:SAF(持続可能航空燃料)
○ 船舶は:LNG・メタノール・アンモニア
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■ 4. 化学製品(プラスチックなど)
◎ 第一候補:バイオプラスチック
○ 対抗:リサイクル技術の進化
△ 長期的には:CO₂から合成するプラスチック
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■ 5. 暖房・工場の熱源
◎ 第一候補:電化(ヒートポンプ)
○ 補助:水素・合成燃料(e-fuel)
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■ 最終結論(用途別に一言で)
- 飛行機 → SAF
つまり、
◆ 石油の全用途を一つで代替できる“万能エネルギー”はない
◆ 用途ごとに最適な別エネルギーに置き換わっていく
■ 1. 「石油そのものが物理的に消える」未来ではない
多くの人が心配するような
→ 完全枯渇より先に「高くて使えない」状態になる
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■ 2. 不安の本質は「物理的枯渇」ではなく「エネルギー転換の過渡期」
実際のリスクは、
- 電気代が上がる
- 車の燃料が高くなる
- 社会インフラが変わる
といった、移行期間のコストと混乱の方です。
普通の生活者にとっては「徐々に切り替わっていく」感覚になりやすいです。
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■ 3. 世界はすでに“石油のない世界”の準備に入っている
- 再エネ(太陽光・風力)
- SAF(航空燃料)
への転換を前提に動いています。
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■ 4. 技術が進むほど、むしろエネルギーは豊富になる可能性が高い
エネルギーの「質」と「量」はむしろ増える可能性さえあります。
つまり、
● これからの不安は“消滅”ではなく“変化”の不安
● でも変化はすでに想定されていて、代替策も多数ある
という状況です。
「エントロピー低下=情報生成、エネルギー消費」「エントロピー増大=情報喪失、エネルギー生成」という枠組み(これは熱力学と情報理論を結びつけた、生命現象を理解するための一つの考え方です)を前提とした場合、生命がこの系をコントロールするための良い戦略は、情報の効率的な獲得・利用による、外部へのエントロピーの最大放出であると言えます。
生命は開放系であり、周囲の環境との間でエネルギーと物質をやり取りすることで、自らの内部の低エントロピー(秩序立った状態=情報)を一時的に維持しています。
熱力学第二法則(エントロピー増大の法則)は、孤立系のエントロピーは常に増大することを示しています。しかし、生命は開放系として、この法則に対抗しています。
生命は、太陽光(植物)や、複雑で秩序立った有機物(動物)といった低エントロピー(利用可能な価値のあるエネルギー)なものを取り込みます。
これは、ご提示の「エントロピー低下=情報生成」に相当するプロセスに必要な「情報」の原材料や、そのための「エネルギー消費」の元手となります。
取り込んだ低エントロピーの資源を使って、生体高分子の合成(DNA複製、タンパク質合成など)や、細胞構造の維持・修復といった秩序立った状態(低エントロピー=情報)を作り出します。
この過程で、生命はエネルギーを消費し、体内のエントロピーを低下させます(ご提示の枠組み)。
特にDNAなどの情報を持つ分子を複製・維持することは、この戦略の核となります。
体内で資源を利用・代謝した結果、生命は熱や単純な分解生成物(老廃物)といった高エントロピーなもの(無秩序で利用価値の低いもの)を周囲に排泄・放出します。
この「周囲のエントロピーを大きく増やす(捨てる)」という行為によって、生命体自身は内部の低エントロピーな状態を維持し続けることができます。
生命が長く存続し、進化していくための「良い戦略」は、「情報の獲得」と「効率的な情報利用」に集約されます。
動的平衡の維持: 体内の物質を常に作り変え(分解と合成)、故障した部分を迅速に修復・交換します。これは、エントロピー増大の法則がもたらす「秩序の崩壊(情報喪失)」に先回りして対処する自転車操業のようなものです。
情報(DNA)の複製と継承: 完全にエントロピーの増大に抗うことはできないため、「自己複製」によって、低エントロピーな「情報」を次の世代へと継承します。
センサーとフィードバック: 光、化学物質、熱などの環境情報を正確に取得し、それに基づいて代謝活動や行動を調整する「情報処理能力」を進化させます。これにより、最小限のエネルギー消費で最大の秩序維持効果(エントロピー低下)を得られます。
適応と進化: DNAという「情報」をベースに、環境の変化に応じて形質を変える「適応」と「進化」を行うことで、系(生命体+環境)の中での生存確率を高めます。
つまり、生命は「局所的なエントロピーの低下(秩序の形成=情報生成)」を、「系全体のより大きなエントロピーの増大(熱・老廃物の放出)」という形でコストとして支払い続けることで、生存を維持しているのです。
Q.
再生可能エネルギーについて、太陽光や水力、風力発電など、「再生可能」とされているエネルギーでも、間に発電機とバッテリーを置いて中間でエネルギーとして抽出していれば、エネルギー保存の法則によって他に供給されるエネルギーが減ることになり地球環境に影響があるのではと思うのですが、実際にマイナスの影響が起こる可能性はありますか?
A.
興味深い物理的な視点からの質問ですね。実際に科学的な研究でこの問題は検討されており、マイナスの影響が起こる可能性はありますが、その規模と性質は限定的であることが分かっています。
再生可能エネルギーは確かに地球のエネルギーシステムからエネルギーを抽出していますが、その影響は種類によって異なります。
風力発電が最も顕著な影響を持ちます。ハーバード大学の研究によると、アメリカ全土で大規模な風力発電を行った場合、平均気温が0.24℃上昇する可能性があることが示されています。これは風力タービンが大気の運動エネルギーを抽出し、風速を低下させ、大気の乱流混合を増加させるためです。特に安定した気象条件下では、風力発電施設の風下30〜50km以上にわたって風速の低下と乱流の増加が観測されています。
太陽光発電の気候への直接的な影響は風力の約10分の1と、はるかに小さいことが分かっています。
水力発電は河川の自然な流れを変え、水温や酸素レベルの変化を引き起こし、生態系に影響を与えます。
重要なのは、時間軸によって評価が変わることです。風力発電の場合、最初の100年間は温暖化効果が温室効果ガス削減効果を上回りますが、これは温暖化効果が主に風力発電施設の周辺に局所的に現れる一方、CO2削減の利益は地球規模で実現されるまでに時間がかかるためです。しかし、1000年単位の長期的視点では、風力発電による気候への影響は石炭や天然ガスと比べて圧倒的に小さくなります。
さらに興味深いことに、抽出された電気エネルギーは最終的に熱として大気に戻り、一部の位置エネルギーと運動エネルギーが再生されることも指摘されています。
PNAS(米国科学アカデミー紀要)に発表された研究では、再生可能エネルギーの直接的な気候影響とCO2削減による間接的な利益を比較した結果、間接的な利益の方が一貫して直接的な影響のコストを上回ることが示されています。欧州環境機関の分析でも、2018年時点でEUの再生可能エネルギーへの移行は、気候変動、富栄養化、粒子状物質、酸性化などの環境影響を2005年と比較して大幅に削減したことが確認されています。
したがって、エネルギー保存の法則に基づく懸念は理論的には正しいものの、実際の環境への影響は化石燃料の使用と比較すると遥かに小さく、全体としては環境にプラスの効果をもたらすと結論づけられています。
どうしても進次郎にしたかったらしいけど、現在進行形で防衛省もやばいぞ
東大の鈴木宣弘教授による発言、全農をアメリカのカーギルが買収するために日米合同委員会で全農を株式会社化しろという命令が出た。
そこから大馬鹿な小泉進次郎らの農協攻撃が始まった。カーギルがほしいのは全農の商社部門である全農グレインであり、これが巨大な商社機能を持っている。
カーギルがそこがほしいだけなので、全農の物流は中国の国営企業に売り飛ばそうとしている。
シャインマスカット栽培権、農水省がNZへ供与検討 小泉氏に山梨県抗議
https://jp.reuters.com/markets/commodities/A3L2SAAGXVLHBMTL6KBUMK4PAY-2025-09-25/