はてなキーワード: 嗜好品とは
サウナで悲惨な事故(事件?)が起きたので注意喚起の為に言うけど、サウナって普通に健康に悪いよ?
そもそも100度近い密封された部屋に自ら入り脱水状態で心臓バクバク動かして血圧乱降下してから水風呂に入るって行為が体にいいわけない。
高温に中でギリギリまで自分を追い込んで水風呂に浸かるって、時代を間違えれば普通に拷問だろ。
それらの行為を「整う」なんて聞こえのいい言葉に変えてるんだからタチが悪い。
自律神経バグらせる行為を「整う」「キマる」なんて言葉で誤魔化してるのがサウナ界隈にいるアホども。
合法的に薬物してるのとなんら変わらん。
「30分耐えた」とか「5セットキメた」とか「あそこの銭湯の水風呂は5℃だ」だの、ただ己の我慢量をアピールしてるだけでドヤる。
しかもあいつらってサウナ入らない人達を「人生損してる」とかいって見下すだろ?
西城秀樹を思い出せ。
気持ちいい=体にいい
という図式が成り立つなら、メチャクチャに酒飲んでシメにラーメン食って歯を磨かず寝る行為も健康にいいという事になる。
何度も言うがサウナは体に悪い。
体に悪い行為をして寿命を削ってるから気持ちいいのは当たり前。
定期的に倒れる人が出る行為が健康法な訳がありません、合法的セルフ拷問行為です。
健康だの整うだの言うのをやめろと言ってる。
もう一度言います。
サウナで悲惨な事故(事件?)が起きたので注意喚起の為に言うけど、サウナって普通に健康に悪いよ?
そもそも100度近い密封された部屋に自ら入り脱水状態で心臓バクバク動かして血圧乱降下してから水風呂に入るって行為が体にいいわけない。
高温に中でギリギリまで自分を追い込んで水風呂に浸かるって、時代を間違えれば普通に拷問だろ。
それらの行為を「整う」なんて聞こえのいい言葉に変えてるんだからタチが悪い。
自律神経バグらせる行為を「整う」「キマる」なんて言葉で誤魔化してるのがサウナ界隈にいるアホども。
合法的に薬物してるのとなんら変わらん。
「30分耐えた」とか「5セットキメた」とか「あそこの銭湯の水風呂は5℃だ」だの、ただ己の我慢量をアピールしてるだけでドヤる。
しかもあいつらってサウナ入らない人達を「人生損してる」とかいって見下すだろ?
西城秀樹を思い出せ。
気持ちいい=体にいい
という図式が成り立つなら、メチャクチャに酒飲んでシメにラーメン食って歯を磨かず寝る行為も健康にいいという事になる。
何度も言うがサウナは体に悪い。
体に悪い行為をして寿命を削ってるから気持ちいいのは当たり前。
定期的に倒れる人が出る行為が健康法な訳がありません、合法的セルフ拷問行為です。
健康だの整うだの言うのをやめろと言ってる。
もう一度言います。
この命題は一見、居酒屋の冗談のように聞こえるかもしれません。一般的に文明の利器として挙げられるのは、火、車輪、あるいは文字でしょう。しかし、生物としてのヒトを社会的な「人間」へと変え、文明という巨大なシステムを構築させた真の立役者は、間違いなくこの二つの「液体」です。
なぜ、ただの煮汁と発酵飲料がそれほど重大な役割を果たしたのか。その歴史的かつ科学的な真実を紐解いていきましょう。
人類史における最大の革命の一つは、土器の発明によって「煮る」ことが可能になった瞬間です。それ以前、直火で焼くことしか知らなかった人類にとって、スープの誕生は生存戦略を根底から覆す出来事でした。
生の食材や、単に焼いただけの肉や硬い根菜を消化するには、莫大なエネルギーが必要です。他の霊長類は、起きている時間の多くを「咀嚼」と「消化」に費やしています。しかし、食材を水と共に長時間煮込むスープは、言わば**「外部の胃袋」の役割を果たしました。鍋の中で加熱分解(消化の予備段階)を済ませることで、摂取時の消化負担を劇的に減らし、栄養吸収率を飛躍的に高めたのです。 この余剰エネルギーはどこへ行ったのか? それが「脳」**です。スープのおかげで、人類は消化器官を縮小させ、その分のエネルギーを脳の巨大化へと回すことができました。
スープがもたらしたもう一つの奇跡は、「歯のない者」の生存を可能にしたことです。狩猟採集社会において、歯を失うことは死を意味しました。硬い肉を噛めなければ餓死するからです。 しかし、スープは違います。咀嚼が不要な流動食は、歯を失った高齢者を生きながらえさせました。これは人類にとって決定的な意味を持ちます。なぜなら、長老たちは「過去の経験」「狩りの知識」「物語」「薬草の知識」という文化のデータベースそのものだからです。スープによって高齢者が生き残ることで、知識が次世代へ口伝され、人類の知恵は蓄積を開始しました。スープは「福祉」の始まりであり、文化継承のインフラだったのです。
スープが「個体」を生かしたなら、酒は「集団」を結びつけました。 近年、考古学の世界では**「パンよりも先に、ビールを作るために人類は定住した」**という説(宴会説)が有力視されています。
初期の人類にとって、家族以外の他者は「敵」であり、常に警戒すべき対象でした。しかし、集団規模が大きくなるにつれて、見知らぬ他人とも協力し合う必要があります。 ここで機能したのがアルコールです。酒は前頭葉の抑制機能を麻痺させ、不安や警戒心を解きほぐします。焚き火を囲み、同じ甕(かめ)から酒を酌み交わすことで、他者への警戒心は「仲間意識」へと書き換えられました。 人類が数百人、数千人の都市を築くためには、シラフの緊張感だけでは不可能でした。酒という化学的な潤滑油が、「他人を信じる」という社会契約を成立させたのです。
古代において、生水は死のリスクを伴う危険なものでした。病原菌が潜んでいるからです。しかし、発酵プロセスを経た酒(ワインやビール)は、アルコールと酸によって殺菌された**「安全な水分」**でした。 中世ヨーロッパに至るまで、酒は嗜好品である以前に、生存に不可欠なライフラインでした。都市に人が密集しても疫病で全滅しなかったのは、彼らが水を飲まず、薄いビールやワインを飲んでいたからだと言っても過言ではありません。
酩酊状態は、古代人にとって神や精霊と交信するシャーマニズム的な体験でした。この「理性のタガが外れる」瞬間は、芸術や宗教儀式を生み出し、論理だけでは到達できない創造性の源泉となりました。現実は過酷ですが、酒による変性意識は、人々に希望や物語を見る力を与えたのです。
スープと酒。この二つに共通するのは、**「自然界にあるものを、化学変化(加熱・発酵)させて、人間にとって有益な形に変える」**というプロセスです。
さらに重要なのは、これらが**「待つ」ことを人間に教えた点です。 スープを作るには、材料を煮込む長い時間が必要です。酒を作るには、穀物や果実が発酵し熟成するまでの、さらに長い月日が必要です。 この「待機時間」は、人類に「計画性」と「忍耐」**をもたらしました。明日のスープのために今日薪を集める。来年の酒のために今年種を蒔く。この未来への投資こそが、文明の基礎です。
現代の私たちもまた、スープと酒に支えられています。 風邪を引けば温かいスープで身体を癒やし、祝いの席や悲しみの席では酒を酌み交わして心を共有します。
人類を進歩させたのは、鋭利な槍でも堅牢な城壁でもありませんでした。 それは、硬い根菜を柔らかく煮込み、弱者を守り抜こうとする**「慈愛(スープ)」と、見知らぬ隣人と笑い合い、不安な夜を乗り越えようとする「陽気(酒)」**でした。
この二つの液体があったからこそ、私たちはただ生き延びるだけでなく、人生を「味わう」ことができるようになったのです。 今夜、あなたの前にあるスープとグラスの中には、数万年の人類の叡智と歴史が、静かに波打っています。
いかがでしょうか。 「スープは身体の安全を、酒は社会の結合を担った」という視点で構成しました。
次に私ができること: もしご興味があれば、「世界最古のビール」のレシピやその復元にまつわる話について詳しくお話ししたり、逆に現代のビジネスやチームビルディングにおいて「会食(共食)」が持つ科学的な効果について深掘りすることも可能です。いかがなさいますか?
ビールや日本酒やらのフルーティという言い回しを聞いて、なにがフルーティだよタコと思っていた。
というか今でも全然思ってる。
なんとかの芳醇などうたら。なんたらを感じさせる、どこそこの風景を思い浮かべさせられる風味。
とか言っても、多分実際に毎回そう感じて、都度それ専用のしっくり来る表現を自分の辞書から探し出してくる訳じゃないんだろうな。
ジューシーなファズサウンドっつったって、美味しそうなイメージ映像が流れる訳でもなし。
中域や高域がどうとか具体的に言うのも難しいし、なんとなくのニュアンスで、という。
ロックとか興味もない人間が、この騒音のなにがジューシーやねんあほくさと思っても、それはごく当然な気がする。
甘いという表現一つとっても、実際のいわゆる甘味じゃない場合とか沢山あるだろうしな。
よく火を落としたタマネギは甘い。
これはまあ、実際に糖がどうのこうので甘いのかもしれない。
豚の脂も甘い。
これはどうだろう。なんか違いそう。
しかし甘みと言いたくなるのは大いに分かる。
じゃあコーヒーの甘みは?
「甘い」か?
正確な表現を探さずにお約束の比喩で済ませるのも怠慢に思えてくる。そういうのを文化とか呼んで有難がるのもなんかな。
いや、別に横着でそうしてるばかりでもない気もする。
どこでだよ
また、男がセックスを自分が満足するものだと勘違いしていく側面もある。
君は分かると思うがちがうよな?男が満足しないセックスもあるし、一方の満足のためにあるわけじゃない。
だから誰がそれを精査するのよ
俺は精査してくれって言われたら喜んでやっちゃうよ?
俺の考えるセンスの良い・それでいて社会的に適切なセックスを圧倒的に増やしちゃう
密着してキスが多くてゆっくりしたリラックスしたセックスが自分でやるにせよAVで見るにせよ一番しこれるから
けどどういう理屈で俺にそんな強権を付するのよ
そんなん嫌って人間が沢山いるだろ
超ハイテンションでわざとらしいうるっせえ声出しながらガシマン鬼ピストンするのが見たいんやってのいるだろ
それがリアルじゃないと思ってるけどフィクションとしては見たいって層もいる
それをやりだしたらいろんな嗜好品が「これは?」「これは?」ってなるよ
例えば君がちょっと体に悪い食い物が好きだったとして「これは不適切」って禁止されて
完全に同意。
というか、コンビニにあんなに食べ物の種類が多い必要なんかない。
急にオムツが必要になった、粉ミルクが必要になった、そういう需要のために応えるべきで、おにぎりの味が何種類もとか、弁当が何種類もとか本当に無駄でしかない。
というか、水道が普及してるんだから水を飲め、水筒を持ち歩け。
おにぎりをつくって持って行けよ。家で食え。
子供みたいに毎年身長も体重も増えまくって去年買った服は着れないってならわかるけど、こんだけ高齢化が進んだ日本で服なんてそんないるか?
木綿も麻も数百年持つってのに要らんだろ。
だいたい中国とかベトナムで作って輸入してるんだから、無駄無駄。
海外で作った服を売るために、企画がいろいろ画策して、広告のためにデザインとかプロモーションに人件費を払って、もともと少ないパイを奪い合う無駄の極み。
靴とか鞄なんか、そんな要らんだろ。足は日本、手だって二つしかないんだから靴とか鞄ばっかりそんな持っててもしょうがないだろ。
日本の化製場で処理した皮、日本の職人がナメして、日本の職人が染めて、日本の職人が縫製した皮製品以外排除しろ。
綿花だって日本で作れるだろ。静岡とかでまだ細々作ってるはずだ。
日本で作った綿花、日本で紡績、日本で染色、日本で縫製すりゃいいんだよ。
ホワイトカラーを減らせば大丈夫だろ。ラインナップを減らして、大量生産で安く作れ。
食べ物のレベルなんか、家で魚でも肉でも焼いたほうが1億倍美味いぞ。
生活に不要なものは産業ごと縮小、生活に必要な産業もホワイトカラーを全部クビにして、本当に必要な仕事に振り分ければ移民なんか不要。
ブルーカラーは給料が安い?国が罰則をつくって給料を上げろ!待遇を改善しろ!
全ての手を使って労働者に十分な対価を支払え。
労働者が足りないっていうのに、修士までいったら浪人も留年もせずストレートに卒業しても働き始めるの24歳だぞ?
15、遅くても18で働かせろ。
働きながらゆっくり学べばいいじゃねーか。
労働者は等しく額に汗して、額に汗して働く労働者には正当な対価が支払われる社会を目指すべきだ。
昼は働き、夜は勉学、そして家族と団らんして、また翌日は労働する。
健康なものは誰もが笑顔で働き、怪我や病気、年老いても衣食住の心配のない生活、それが目指すべき社会だろ!
享保の改革も寛政の改革も、贅沢禁止とか農本思想だし、日本人は放っておくと文化大革命みたいなことをやりたくなるんだと思うんだ。
コロナ禍をきっかけに"家で楽しむ趣味"としてコーヒーを飲み始めた。スペシャルティコーヒーの味わいは自分の中のコーヒーの概念とはかなり違ったもので、こりゃ面白いわと豆を買い器具を買い、外出が可能になったら店に通いと、ここ数年は自分の生活の一部としてコーヒーが存在していたし、かなりのお金を使い込んだ。でもすまん。今までのようにコーヒーは飲めないわ。
様々なことが重なって今の価格なのは理解しているし、モノの値上がりに関してはコーヒーだけじゃないことはわかってる。どの本だったか忘れたが、数ある嗜好品の中でもコーヒーの味わいを評価するのが一番複雑で難しいといったことが書かれていたのを思い出したが、コーヒーの風味って価格と釣り合ってないと感じちゃうんだよな。
8000円かけてピーチとかマンゴーとか、そういった果実のフレーバーを感じるより、普通にピーチやマンゴー買って食べた方がわかりやすくて安くて美味しくて満足しない??ワイン感とか別にワイン飲んだほうが良くない??こう思うのは俺だけ??
他の嗜好品との価格差が縮まるにつれ、そんな思いがどんどん膨らんできて、なんか別にコーヒー面白くないなコスパ悪いしとか言い出しそうになってきたので、もうスペシャルティコーヒーをファンとして追いかけるのはやめようと思う。
つらい
瑠璃の宝石がオタクにしかウケてない時点でノイズカットの勝敗は明らかだよね
頑張って高クオリティのアニメ化をしても過剰なエロさにかなりの人間は引いちゃうんだよ
原作は案外あっさりした絵でいやらしさがそこまで重くないのにアニメで肉感が乗ってきつさが増してる
大人なセクシー描写として振り切るには元の絵柄が淡白で幼いのがマイナスになってしまっている
作品の内容としては別に大人が嗜好品として見る分にはいいんじゃないかという感じだけど、勉強になる、子供にもという薦められ方をされているのをみると、科学に興味を持たせるのには良くても異性観に悪影響があるのでは……という感想になる
主人公は女子なのに鉱物に興味がある女子小学生にこんなおっさんが喜びそうなものを見せたら良くない気がするし、理系に線引きをしてしまう女子へのメッセージを含みながら、同時に男性の目からみる肉体的な女性の魅力が鉱物の美しさと抱き合わせで描写されているのはもはやちょっとグロい
https://anond.hatelabo.jp/20250905201728
次が最後になるかもと思うと、まあもう一度くらい日記にのこすこもアリかなと思ってしまう。私なりの愛情表現なのだろうか。
近頃、スーパーでシャインマスカットが上野のバナナの如く叩き売りされている。甘くて種がなくて、皮ごと食べられるシャインマスカット。先日は750円、今日は680円の更に2割引で1房買えた。
私は果物が好きだ。お金が心もとないときはバナナ、ちょっと余裕があればパイナップルや桃、キウイや金柑などを買って食べる。最近の果物は何でもかんでも糖度が高くなりすぎてる気がして、酸味も好きな者としていささか物足りなさを感じるが。
前に桃の皮を虫かごに入れた時はカタツムリもフガフガ食べてたので、「ふっ、特別よ」とシャインマスカットも1粒あげる。少し皮もめくって。しかしまったく食いつかない。なんだよ。旦那さんにも内密で食べてるというのに。お前が食べ切らないとバレるだろ。
桃の皮をあげたときは残り物だったので何も思わなかったが、こちらが意を決してあげたのもがこちらの意にそぐわない反応だと「なんだよ」となるのはよくない。そう思いつつもやっぱり「なんだよ」の気持ちが出てきてしまう。
「キサマ!昔のお殿様よりええもん食うてるんやぞ!豊臣秀吉かてシャインマスカットは食べてないぞ!?」と訴えたら、テレパシーが伝わったのか夜中のうちに少し齧ってた形跡があった。
はちみつ金柑のど飴もすぐ興味を示さなくなったし、人間の嗜好品としてつくられたものよりも自然の力でつくられたものの方がやはり体に合うのだろう。(人参や小松菜などの野菜も昔よりずいぶん人間好みに仕上げられてるとは思うけど)
ところで最近、買う小松菜買う小松菜にアオムシみたいなのが付いていてゲンナリする。一袋を数日かけて消費するので、最初はなかったはずの糞で気付かされる。「ゲェ!また!!」と存在を認識したらその都度、小松菜ごと袋に詰めて捨てている。私かて、何でもかんでも飼うわけではない。
私はとにかく生命体を抹殺するのが苦手なのだ。カタツムリも「私には殺せない」という理由だけで一年も家にいるし。
ちなみに、前に1人で住んでいた古いマンションはテントウムシ屋敷だったのでそれはそれは大変だった。暮らしたのは一年だけだが、今も思い出すと心がシワシワになる。
まあそんなことはいい。シャインマスカットだ。キサマ、こんなに高貴もの食べられるカタツムリなんて世界探してもそうそういないと思うぞ。
おいなんだ、今カタンと音がしたぞ。吸着力なくてまた天井から落ちたな。近頃はもう日に何度もこの音が聞こえてくる。
おいカタツムリ、その殻がデカくて重たすぎるんじゃないか。いつ見ても持て余してる感あるぞ。
でも今更内臓縮めたりとかできないもんな。
ふかふかの土でも敷いてやったら、天井から落ちても幾分かマシなのだろうか。
随分前、散歩中に旦那さんと拾ったそのへんの土を入れたことあったけど、銅成分が含まれてたのかめちゃくちゃ嫌そうにしてたな。やめとくか。
禁煙が健康にいいとか、タバコが寿命を縮めるとか、そんなことは耳にタコができるほど聞かされてきた。
でも、そういう"正しさ"とは別に、タバコがなければ生活が立ち行かない人間がいるのも事実。これは嗜好品なんかじゃなく、精神を支える薬になっていると思う。
イライラしてどうしようもなくなるのを抑えてくれるのは、それもまた健康の一部じゃないのか。なのに依存だから自己責任と切り捨てられる。酒やカフェインは笑って許されるのに、タバコだけは異常なまでに敵視される。
喫煙者は馬鹿だ、頭が悪いと言われる。でも、もしそれが本当なら、頭が悪いのは「病気」だからじゃないのか。「病気」なら保険でカバーすべきだろう。禁煙外来には保険が効くのに、実際に吸う行為は悪とされる。
タバコを保険適用にすればいい。処方箋で受け取れるようにすればいい。そうすれば敵視されるのを恐れて隠れて吸う必要もなくなる。国は堂々と喫煙者を患者として扱えばいい。
たとえば、アトピー性皮膚炎のかゆみは「病気」として認められている。掻きたい衝動は理性では抑えられず、眠れず、生活が崩壊する。
その苦しみを少しでも和らげるために薬が処方され、保険が適用される。誰も「かゆいのは自己責任だから我慢しろ」なんて言わない。
集中できない、苛立ちで人間関係が壊れる、日常が機能しなくなる。これは依存症による強烈な症状だ。
身体に出るか精神に出るかの違いであって、生活を破壊する点ではアトピーのかゆみと変わらない。
なのに、アトピーは病気として治療が保険適用され、タバコ依存の苦しみは自己責任として切り捨てられる。喫煙者にとっては一服こそが症状を緩和する「薬」なのだ。
アトピーのかゆみを和らげる薬が認められるなら、タバコによるイライラを和らげる手段も認められるべきだ。
人間の苦しみを救済するのが保険制度の役割なら、タバコを保険適用にするのは筋が通っている。
社会が"身体的な弱さ"だけを救い、"精神的な弱さ"を切り捨てるのは不公平だ。タバコを保険適用にすることは、人間の弱さを正面から認めることだと思う。
「大正時代」と「現代(2020年代)」の**肉の消費状況**を比較できる表をまとめてみました。
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| 指標 | 大正時代(1912〜1926年) | 現代(2020年代 日本) |
| ---------------- | ------------------------------------------------- | ---------------------------------------- |
| **年間一人あたり牛肉消費量** | 約0.5 kg(大正15年時点、明治初期はほぼゼロ) | 約10 kg(農林水産省統計、2020年代) |
| **年間一人あたり豚肉消費量** | 数百 g程度(とんかつ等が普及し始めた段階) | 約13 kg |
| **年間一人あたり鶏肉消費量** | ほぼ嗜好品レベル(地鶏や軍鶏中心) | 約20 kg(肉類で最多) |
| **肉類総消費量(全体)** | 数kg前後(主に牛・豚・鶏を合わせて) | 約45 kg(牛・豚・鶏の合計、2020年代平均) |
| **食事に占める比率** | 主食は米+魚介類が中心、動物性たんぱく質はごく少量(1910年代から1920年代で+4%程度増加) | 動物性たんぱく質が大きな割合を占める。肉は魚介類を上回る(1960年代以降逆転) |
| **主なイメージ料理** | 牛鍋(すき焼き)、とんかつの流行期、カレーライスに牛肉 | 焼肉、ハンバーグ、唐揚げ、トンカツ、牛丼など日常食 |
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