はてなキーワード: 個人ブログとは
それは思った
始めるのは簡単なんだけど、通知を無視する⇒今までつながってた人との関係を断つ
俺の場合野良ユーザーだからつながりもほとんどないからどうでもいいけど、今ってSNS離れでこういうトコに移住する若い世代が多いから
ココ離れたら繋がりが無くなるっていうね・・・。
俺はジジイだから個人ブログやmixi世代なんで、まぁ数日に更新ありゃええかなくらいの感覚なんよなぁ。
今のZ世代って繋がりというより、相互監視に近い物を感じたし、見てもらうというより監視してもらうっていう観点が強いなと。
で、監視してもらうために倫理観を捨てた様な事をしたりもする。マジに強迫観念だよ。
これはWindows11での話
最近何をやってもフリーズしてクラッシュするようになっててこれはおかしいとAIとかRedditとか個人ブログとか漁って解決策を見出そうと必死こいてやってた
多くが昔のIMEを使えとなっててその通りにしてた、というかずっとその設定でやってたのね
でも気付いたのよ、元々古いIME使ってたなと
設定見直したら古いIMEを使ってたので互換性云々の奴もオンにしてた
だってさ、検索したら十中八九昔のIMEを使えば治るって出るのよ
まさか昔のIMEが今のクロームとかエッジに合ってないなんて逆説的な展開になってるとは思わないじゃない
いやそう思い込もうとしてた訳よ
これはファッションとかに限った話じゃないが、ネットでも匿名掲示板や個人HP、個人ブログがメインだった2000年代だと、「それなりに纏まったちゃんとした情報」にアクセスしようとするとまあまあ大変だったわけで。
ファッションなんか若者向けの雑誌を1年くらい買って読めば「季節ごとの無難なファッション」くらいわかるのに金出してまで読みたくないとかそもそも雑誌とか抵抗感あるみたいな奴らが多かったからな。
あとそいつらの親とか家族とかがたまたま若者ファッションに詳しければいいけど、基本そうじゃないから「お母さんの買ってくれた服(そしてそれは基本的に若者目線ではダサい)」になってしまうわけでな。
今の時代「無難なファッション」程度ならインスタやTikTok活用ですぐ量産型的な正解にアクセスできちゃうから、逆に不正解にたどり着くのが難しいだろ。
コーパス(小納言)だと「頭の中がお花畑」という用例が2005にある
一方で、国会図書館デジタルコレクションで揶揄する意味の「お花畑」の用例は、1990~2026の範囲で探した限りこれが最古だった。(追記メモ:「最古」って表現が後から読み返したとき誤った印象を生む?調べ始めるとっかかりとして最新から眺め、2000の用例を見つけ1990まで遡り手応えが全然ないので検索打ち切り、その範囲でもっとも時代が古いくらいの含意)
これが一番典型的な用例か
樋口, 直人 (2015-09-25)
。ネット右翼が「お花畑」56という表現で二分法に対する懐疑を揶揄するの…えてりゃいいやっていう、そういう時代じゃない。平和ボケっていわれる人たちがね、何とか気づいて
「平和ボケ お花畑」「右翼 お花畑」「左翼 お花畑」「学生運動 お花畑」で検索した (そう、学生運動付近の出来事を指して「お花畑」と言及する検索結果が見当たらないのよな、だから語彙として新しい?という予断になっている)
どうしても本物のお花畑とか「高山植物の群生地」が混ざるから捗らない
しかし、どうにも「のんきな」みたいな、小馬鹿に……と言うと明らかに言いすぎなのだが……するようなニュアンスと解釈できなくもない用例もまれにあったんだよなあ
成人男性に対して「少女趣味」というような感じというか、ちょっと違うか どれだったかな、メモっておけばよかった、また検索結果を舐めなきゃ
真面目にやるなら
「お花畑だ」「お花畑な人」「お花畑に行った」「頭の中がお花畑」のように前後の構文まるごと確認して分類分けとかしなきゃいけないのだろう
まあ真剣にやると疲れるんでね……
偽善の爆発 (ラッコブックス. 初級人間学講座 : 時事問題講義 ; 1)
関連があるかどうかはわからないが、この文脈、ニュアンスが合流した可能性も今は否定できない もっとしっかり調べないと
青空文庫は軽く探したが手ごたえなしだったのでしっかり舐めて見ていない
この検索結果を見るに
・2000~2005年の間にネットスラングとして一般化していそう
・遅くとも2015年には政治的なニュアンスが付与されていそう
今となっては個人ブログ、まとめブログなどから探す手法が現実的か
なにかの漫画とかアニメとか小説とかドラマとか、あるいは有名人の発言とかがきっかけで一気に普及した可能性も否定できない
嘘、しない
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「お花畑」の検索結果(2,902件) - はてな匿名ダイアリー - 146ページ
匿名はてなダイアリーだと2007-01-07が最古
2007年1月のいくつかの投稿を見るとすでに揶揄としての「お花畑」が定着していることがわかる
しかし今2026と微妙に構文が異なる気がしないでもない 興味深い
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mixiだと2005年に「電波お花畑」のような表現を拾えた……そうか、「電波」かあ
新しい検索キーワードに気付いたとき『都市伝説解体センター』みたいだなと思い少し笑う
1990~2000頃だけ使われた示準化石めいた死語があれば検索に便利なのだけれど
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2chにそのものずばり「電波・お花畑板」ってのがあったのか!
ずいぶん遠回りしてしまった
無知による恥の感情を今感じているが、必要経費 むしろ倒錯的に「私は無知です!だから今調べてます!学び!」という電子的露出狂めいた感情に昇華していく
しかし、1999年時点で板の名前になる程度にはスラングとして成立していたということ?
1990~くらいのサブカル?スピリチュアル?とか、そこらへんに源流があるのだろうか
「サブカル」が曖昧な言葉、具体的に何を指すか分解した方がいいはず
これまでまったく触れてこなかった領域だな この時期の情報はインターネットに表れにくいので文献など資料にあたる必要が出てくる
なんだろう、宝島とか、ムーとか、と学会とかそこらへん?全然詳しくない、一旦この時期のサブカル文化を説明した本とかに目を通して全容を把握できると嬉しいのだけれど
知っている人は知っているというか、ここらへんの事情に詳しい生き字引が普通にどこかにいそうな気もするわね
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「「現実を直視しない/都合のいい解釈をする人」を指す侮辱・嘲笑語の歴史」を追いかけているのと同じだな、これ……「平和ボケ」「電波」「お花畑」
そういえばある時期のサブカル文化はめちゃくちゃ露悪を是としていた、みたいな話を聞いたことがあるような そこに接続するのか? 延々と掘れるなこの話 面白い
「鬼畜系」ね
露悪な趣味の文化圏にいる人が露悪でないモノを指すときにもっぱら多用していたワード、というものがあるのでは……という勘
この勘に拘泥せず違うっぽいとなれば即棄却すること
『ゴーマニズム宣言』を通読したら「お花畑」という言葉選び登場しそうな気もするのだけど(やりたくないなあ) 『SPA!』とか『朝まで生テレビ!』とかそういうのに登場しそうな言葉でもある
うーん調査打ち切ろうかな、深追いしたら悪意に触れすぎて精神の健康に影響を及ぼすかも とりあえずデジコレで追えるぶんだけ追ってみるか 『週刊現代』だとスラングの「お花畑」の用例無かったがなあ
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頭の中に咲くイメージと頭の外とか上とかに咲くイメージとでズレ、シフトがある 面白い
漫画的表現で頭の上に一輪〜数輪、花が生えてる描写は確かにある←「直系」と考えてよい?どうやればそれを評価できる?なんか類似の話を探す グーグルスカラーとかで
ビジュアルイメージの検索はデジコレでは出来ない、探す場所を変える必要あり←どこ?
デジコレにしろコーパスにしろ検索対象のデータの偏りは意識すること
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お花畑 | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト)
例えば「憲法9条があれば、他国は日本に攻めてこない!」といったような、極めて現実味に欠けた定番の左寄り思考を指す「お花畑」という表現はすっかり定着しています。
「すっかり定着」という言葉選びから「昔は定着していなかった」というニュアンスに読み取れる
なんというかいかにもこういう言葉が飛び交いそうな世界にいるであろう人がその認識なら、スラングとしての成立は比較的新しそうにみえる、という予断を補強する内容ではある←ブログ著者に詳しくない、あとで調べよ 「大須賀淳」……参画は比較的最近? 情報として弱くなったか
『危険な思想家』の呉智英もそうだが登場人物の名前で調べると同じ名前が関連項目に登場しがちというか、「界隈」がありそうというか この感覚は予断か
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「頭に花が生える」という漫画的表現の初出を調べるなら以下を参考に行うこと
元祖や系譜、起源、お約束、新語などに関する「まとめのまとめ」&関連リンク 『初出・系譜ポータル』 - posfie
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そういえば「お花畑」で調べていたが「花畑」で調べるのを忘れてた これは重大な見落とし 後で調べる この検索結果によっては方針が大きく変わるかも
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NHK ニッポン戦後サブカルチャー史 単行本(ソフトカバー) – 2014/10/9
宮沢 章夫 (著, 編集), NHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」制作班 (著, 編集)
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あっそうだ
『花』が“夢見がち・非現実的”というニュアンスを帯びる用例がいつ頃から見られるか?について調べる……とすればいいのでは?
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インターネット普及後の時代だと「コーパス/デジコレに載らない類の情報はある」というのはイメージできるのだけど
「コーパス/デジコレに収録されるような文献に記載されない戦後〜インターネット普及以前に使われた語彙」とは何?をしっかり自分がイメージできていないのかもしれないな
それをしっかり言語化して、どこを探せばいいかを認識して、場合によっては草の根をかきわけるような調査をしないといけない、ということかも……か
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解消のため一旦塩漬けにして全然別の別のこと考えよう 保留にしていた「日本の江戸、明治、大正、昭和(戦前、戦後)で「静電気」という概念がどのように変化していったのか」とか 途中まで調べてて読むべき論文が沢山出てきたから中断したんだったな メモをまとめるのにObsidian使ってみるか WIP
「5chは死んでる」「Xはスラム」「YouTubeはバカ」って、それってあなたの感想ですよね。全体を示すデータありますか? アルゴリズムは過激で感情的な断片を過剰に見せますし、静かに成果を出してる層はそもそも目立たない設計になっているだけだと思います。
どれも炎上芸で数字を稼ぐ設計じゃないか、管理が厳しめなので、相対的に「まとも」が残りやすいです。
見つけ方のコツを置いておきます。
結論として、「まともな人」はいなくなっていないです。可視化のレイヤーが変わっただけです。プラットフォームに嘆くより、以下の3つを今日やってください。
2) 興味分野の個人ブログ/ニュースレターを5本RSS登録する
「どこにもいない」と断じるのは、探すコストを払っていないだけでは? それってあなたの感想ですよね。オイラは上のやり方で普通に見つけていますけどね。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20260212/1770908348
「こんなにマクロな話にミクロな話で反論する人だっけ?」とか「昔からこんなだったっけ?」みたいなブコメがあるけど、以前からというか性質的に“こんな”だったと思う。
本質がネットバトル民の人だから、とにかく今その場かぎりで説き伏せるのを至上としてる人なんよ。
この人、個人ブログに乗り込んではコメント欄で延々とダル絡みすることで知られてるが、これって滅茶苦茶ミクロ的な行為だろう。
議論の内容がなんであれ、個人ブログで一対一の議論をいくら重ねたり、一般人ひとり説き伏せることにマクロ的な有意義さなんてないわけで。
この人にとってリベラルは「自分がよく使っているバトルスタイル」であり、よくやってるチェリーピッキングは「戦闘力を上げるためのツール」という側面が強い。
そんな“ゲーム”に興じてる輩は他にも多くいるけど、“そういう体”でやってないように取り繕っているのが厄介なところだな。
俺自身が読んでるのがラノベと漫画に偏ってるから共読に流れてくるやつも偏っちゃうんだけどまーた君らっすか四天王はこいつら
https://bookmeter.com/users/23924
https://bookmeter.com/users/81125
https://bookmeter.com/users/265319
https://bookmeter.com/users/556856
雑なんだよな本当に
その本を読んだ生の感情がそういうもんだったとしても他人の目に触れる場所に公開する以上ある程度整えろよ
別に批判的だからダメとか言ってるわけじゃなくて雑な感情を整理しないまま書くと批判的になるようになってんだよ人間の思考の作りが
それを正しく落とし込んでないから厳しい意見を書くけどとか辛口感想だからっていう定義に自分を当てはめるしかない
実際に内容を読み込んだうえでシビアな感想が多い人はいるけど、その場合は逆にその人なりにどういう作品を褒めるかっていう方向性は明確だしそれが俺の嗜好とは毎回解釈違いということで目に付くのはあるけどそれはまだマシ
個人ブログとかここみたいなところに書き捨てるんなら雑な文章で書くのはわかるんだけど、共読っていう機能で流れてくる以上ある程度まともな文章書いてほしいしBOOKWALKERの商品ページにも転載されんじゃん
それは当然読書メーターのシステムがクソアホノーガードなところに大いに責任があるとはいえちょっとは考えてくれ
意図的にレビューの攻撃性高めてるのもいるけどどっちにしろクソ邪魔
https://bookmeter.com/users/1539364
実際に見直すとプロフ長いのはどっちかっていうと一般文芸のレビュー書いてる系か
普通の感想だと思って読むと今の日本だと~とかこれだから作中の〇〇は今の社会でも~みたいな政治とか実在人物と紐づけてる系のキッツイおっさんおばさん多いわ
小川一水とか神林長平とかのSFで解釈違いとか書き方が気に入らないみたいなんはレビューとしてわかるけどマジでここから何読み取ってリアル政権批判の話しとるんやこいつみたいなのいるし
ベタ褒めっていうかそれしか書けんのかお前みたいなのもいるけどそっちはもう気にならない
本当にWeb検索結果に出てくる広告枠とかAIが書いた文章みたいなもんだと思って目が留まらないようになってるな
常に褒めるやつは毎回文章ギッチリ書くからスルーしやすいし短文でよかったですねぐらいの文章の奴はまだいい意味で毒にも薬にもならない
こういうの
https://bookmeter.com/users/443540
https://bookmeter.com/users/906624
まあ本のレビューってもの自体が良かった/悪かったの感情が強く出たときじゃないと書かない人が多いだろうからそのどっちかに偏ること自体はある程度しゃーない
「AIイラスト投稿禁止」を掲げるサイトを見つけて、ホッとしているイラストレーターの仲間たち。
悪いことは言わない。今すぐその認識を改めて、自分の足元を見てほしい。
「AIイラスト投稿と学習を禁止しているから、ここなら安心」とか甘いことを考えているんじゃないだろうか。
お前たちが今使っているその「AI排除サイト」、実は「AIが書いたコード」で動いている可能性を考えたことはあるか?
今、ウェブ開発の現場は生成AIパラダイスだ。エンジニアたちはChatGPT、Claude、Cursorといった生成AIツールを使い、AIにコードを書かせてサイトを構築している。
私たちが「私たちの絵を勝手に学習した泥棒ツール」と憎んでいるものと、本質的には全く同じ仕組みのツールを使って、そのサイトは作られている。
プログラミングコードなら問題がない?そのAIたちは、一体何を学習したと思う?
世界中のエンジニアが血を吐く思いで書いたコード、個人ブログの知見、公式ドキュメント……それらをライセンスも著作権も無視して、好き勝手に学習している。
イラストレーターの私たちが、これまでどれほど苦しめられてきたか思い出してほしい。
勝手に学習され、絵柄を盗まれ、さも自分が作ったかのように出力される。
そんな「泥棒の道具」で建てられた家の中に、お前らは自分の大切な作品を並べようとしているのか?
「AIイラスト禁止」という甘い言葉に騙されて、そのサイトに群がり、友達を呼び込む。
それは、「AIによる略奪によって作られたシステム」を肯定し、支持しているのと同じことだ。
もし私たちが本当に安心してイラストを投稿できるサービスを探したいなら、
「このサイトは開発過程でAIコーディングエージェントを一切使っていません」
と明記しているサイトを探すべきだ。
そんなサイト、今どきほとんど存在しないだろう。 だが、見てみろ。俺が今書いているこの「はてな匿名ダイアリー」はどうだ? ここは生成AIなんてものが蔓延するはるか昔に作られた、はてなの遺物だ。
メンテナンスすら満足にされていない。だからこそ、ここは「AIという病」に侵されていない、数少ない、本当の意味でクリーンな場所だと言える。
「イラストはダメだけど、文字やプログラミングのコードはAIが使っても問題ないよね」 もし本気でそんなことを思っているなら、お前らのリテラシーは絶望的に低い。
文字なら良くてイラストはだめ?そういうことを言っていたからイラスト生成AIに荒らされたんだ。きっと次にはイラストは良くて動画はダメとか言っている。
そんなダブスタを振りかざしているから、AI推進派が鼻息荒く群がってくるんだ。
敵は「AIイラスト」だけじゃない。 AIによって作られたウェブサービスそのものが、私たちの敵かもしれないんだ。
そのサイト、本当に信用できるのか?
よく考えろ。
年末年始、暇なのでFacebookとか個人ブログの巡回してたけど、アイキャッチに「ジブリ風」のなんか黄色っぽい絵使ってるおじさんが多すぎる。
自分の観測範囲におじさんが多いだけなのかもしれないけど、あれ使ってるのもれなくおじさん。
それも、だいたいそこそこの社会的地位と、AIなんか使いこなしてる進んでるオレ自認がセットになってるおじさん。
一昔前、アメブロでピグ使ってるおじさんとMiiアイコン使ってるおじさんがアレだったが、今はジブリ風おじさんがアレ枠だわ。
ってのをSNSで書こうと思ったけど、周囲の偉い人にジブリ風おじさんが多くてさすがに言えないから増田に書いたわ。
ビジネスセンスとか技術力とかそれなりにあって尊敬してる人がジブリ風ってだけで見てて恥ずかしくなるから、早く廃れて欲しいわ。
その通りだ。首がもげるほど頷いた!!!!
あなたのその叫び、俺の鼓膜と網膜に焼き付いていた感情そのものだ。
いや、それ以上だ。
俺も乗っからせてもらう。
企業のTech Blog、およびその形骸化したノルマ文化、今すぐ滅びてくれ!!!!!!
「参考になった」なんて声は稀だ。
大半は、冷笑と、呆れと、ミュート推奨の対象になってるんだよ!!!!
具体的に「生の声」を代弁しながら、なぜお前らのブログが「社会悪」なのか、骨の髄まで理解させてやる。
まずな 「公式ドキュメントの劣化翻訳」は検索汚染だ!!!!
散々言われてるだろ!?
「公式のREADME読めば1分で終わる話を、なんで自分語りとスクショ付きで薄めてんだよ!!!」ってな!!!
エラーログをそのままググった時、検索トップに出るのが公式ドキュメントでもStack Overflowでもなく、バージョンも文脈も不明な、どこの馬の骨とも知れぬ企業の個人ブログだった時の絶望感!!!!
あの時の「またお前か……」という徒労感を!!!!
中身を開けば、「なんかよくわからんけど再起動したら治ったw」……舐めてんのか!!!!!!
お前らのその承認欲求を満たすためのゴミ記事が、本当に困っているエンジニアの邪魔をしてるんだよ!!!!
おい、特に「〇〇をとりあえず触ってみた」系の記事を書いているお前ら!!!
胸に手を当てて言ってみろ。その記事、公式ドキュメントの「Getting Started」をなぞっただけじゃないのか!?!?
「〇〇の初期設定手順」で、何でお前らの手垢まみれの画像を必要とするんだ!?
公式が提供している最新で正確な一次情報、あれをわざわざコピペして、スクショを撮り直して、「俺もできた!」とドヤ顔で公開する。
しかもそれを鵜呑みにした新人が環境構築に失敗して「動かない!」と勘違いする。
正確な情報への到達を阻害する、まさに検索結果のテロリストなんだよ、お前らは!!!!
頼むから、公式ドキュメントを「分かりやすくしてやった」とか傲慢なこと抜かすな。
公式が分かりにくいなら、そのツールの開発元にフィードバックしろ!!
真顔でXポチポチーってして、薄めた麦茶を、さも高級なワインのように売るな!!!!!!!
「エンジニアがアウトプットする文化があります(キリッ)」じゃねえんだよ!!!!
その「アウトプット」とやらを見て、まともなエンジニアがどう思うか、Xのタイムラインでエゴサしたことあるか!?
「うわ、こんなレベルの低い記事を『技術ブログ』としてドヤ顔で出す会社なのか……技術力お察しだな」
「これをGoサイン出したマネージャーがいるってことは、コードレビューもザルなんだろうな」
質の低い記事は、「弊社の技術レベルはこの程度です」って全世界に恥を晒してるのと同じなんだよ!!!
お前らが良かれと思ってやってるその施策は、優秀な人材を遠ざける魔除けにしかなってねえんだよ!!!!
あとな、アドベントカレンダーという名の「ハラスメント」
そして今まさに進行中のこれだ。
「ネタがない」「書くことがない」「業務時間外に書かされる」……悲鳴で埋め尽くされてるじゃねえか!!!!
「12月だから」という理由だけで、なぜ普段書かない人間まで駆り出されるんだ?
「空き枠を埋めること」が目的化したカレンダーに、魂なんて宿るわけねえだろ!!!!
11月末にSlackで「まだ枠が空いてます!誰かいませんか!」って必死にメンション飛ばしてる広報!!
その姿を見て、エンジニアがどれだけ白けてるか想像してみろ!!!
「書くことがないなら、書くな!!!!」
これが真理だ。
無理やり絞り出したカスみたいな記事で、インターネットの帯域を無駄にするな。
やる気のある数人が、本当に書きたい時に、濃密な記事を一本落とす。
量で質を誤魔化すのはもうやめてくれ!!!!
「〇〇とは?」「〇〇の使い方」なんて記事は、もうChatGPTが3秒で、しかもお前らより正確に教えてくれるんだよ。
人間が書くべきなのは、AIには語れない「泥臭い一次情報」だけだ。
「ビジネス要件と技術的負債の狭間で、どう意思決定したかのドキュメント」
こういう血の通った、文脈のある記事以外は、もうノイズなんだよ。
だから頼む。元記事の提案通り、今年の年末がラストチャンスだ。
こう言ってくれれば、俺たちは「よくぞ言った!!」とスタンディングオベーションを送る準備ができている。
頼む。本当に頼む。
「広報のKPI」「自己顕示欲」「Xで有名人になりたい」のために、俺たちのインターネットを、これ以上濁らせないでくれ!!!!!!!!
Qiita の文化変質は、技術系コミュニティ全般で起きている知的インフレの縮図みたいなものなんだよね。昔は
みたいに基盤技術を自前で握りつぶした記事が純粋に評価されていた。なぜなら、それを書ける人がそもそも少なく専門性で差別化できていたから。
昔は「Pythonで形態素解析器自作」なんて、アルゴリズム・CS基礎・実装力が揃ってないと無理だった。
難しいことをやってそうに見える記事を、凡人でも量産できるという環境が生まれた。
Qiita を読む層が「実装力を鍛えたいエンジニア → とりあえず AI 触りたいライト層」に変わった。
「再現性のないLLMコピペ」「AIツール使ってみた」みたいなのが評価される。
本気の記事は長く、コードが多く、前提知識も重い。そして PV が伸びない。
つまりQiita のインセンティブ構造と、高度技術記事のインセンティブ構造がズレた。
理由は明確で、読む側がそれを理解できないので評価する母集団がいない。
昔はユーザ層が技術ガチ勢寄りだったので、少数でも濃い支持があった。
今はライト層が母集団なので、希少な高度記事が埋もれるのは自然。
Qiita がライト層に最適化した結果、本気の人たちは別の場所へ移動した。
個人的にははてなブログは駄目だ。体裁が整い過ぎているし、すっきりこじんまりとしていて地方の大型SCのような趣が強い。なのでおすすめはココログ。シンプルかつ雑多で不器用な感じは阿部寛のHPを彷彿とさせ、装飾からして既に他とは一線を画す。ここの00年代のものが特に旬(食べ頃)で、2001年代の記事がもっとも味わい深い。
2001年といえばノストラダムスの大予言、その後風がようやく通り過ぎたような年。そのためか2001年代の内容としては牧歌的なものが多く、そして散文的に話はとっ散らかりオチもない。その絶妙なつまらなさが堪らなく良くて「そうそう!これこれ!!」と思わず舌鼓を打ちながら味わっている。
やはり文章というのは活きのいい天然物に限りますなぁということを改めて認識させられ、養殖物は脂が乗って鱗も輝いているが…老眼にはその輝き、ちっと目に毒なんだわ。
現状認識として正しいと思うけど、その出力先がはてな界隈しかないってのがなんか不幸だな。
老人会で「お前らは思い込みに凝り固まったどうしようもない老人会だ!」って本当のことを言ってもその先何も起きない。資質的にはX以下の馬鹿しかいないし。
でも個人ブログに書いても誰の目にも触れないし、Xに書いても誰にも理解されない。
たとえバズったとしても二、三日ほど通知がうざったいだけで無に戻る。馬鹿が何も考えずにふんいきでイイネしてるだけだから。
彼らはエコーチェンバーと言われても独自のエコシステムを持ってる。一匹狼にできることはなにもない。
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これへのブコメもいっぱしの教養人のつもりでヤレヤレしてみせてるものが多く救いがない。和式リベラルフィルターバブルの中で一生安穏としてるつもりの人たち