【WEEKEND PLUS】(486) 新滑走路に対空ミサイル、レーダー拠点まで!? “永世中立国”カンボジアの港湾都市が中国軍基地化していた!
南シナ海に面する中立国カンボジアの港湾都市が、東南アジア広域の高速鉄道計画や運河計画、そして現地のリゾート開発と並行して、中国軍の軍事拠点と化しつつある。その最前線をフォトジャーナリストの柿谷哲也が迫真リポート!
19世紀後半から20世紀初頭の1910年代にかけて、アメリカは国内の大陸横断鉄道、そしてアメリカ大陸初の横断水路である『パナマ運河』を完成させた。これにより、軍事的・経済的に太平洋、大西洋双方向へのアメリカのプレゼンスは飛躍的に増大し、世界帝国への礎となった。近年、太平洋を挟んでアメリカと対峙し、超大国への野望を隠さない中国は、どうやらこの歴史を分析し、模倣しているようだ。東アジアから南アジアで進めている、経済面と軍事面を複合的に織り交ぜた“南下作戦”は、アメリカが嘗てやってきたことと実によく似ている。2021年12月、中国は雲南省昆明市からラオス国内を縦断し、タイ国境に接する首都ビエンチャンまでの高速鉄道を開通させた。2027年にはタイの首都バンコクからナコンラチャシマ、マレーシアのコタバルからクラン港の区間も完成する予定で、将来的にはこの高速鉄道網をマレー半島南端のシンガポールまで繋ぐ計画がある。なお、対岸のインドネシア・ジャワ島では、既に首都ジャカルタからバンドンまでの高速鉄道も営業している。最終的にはマラッカ海峡に海底トンネルを建設し、中国からインドネシアまで完全陸路で大量の兵員を輸送できる体制の構築を目指す筈だ。更に、マレー半島を東西に横断する全長102㎞、幅400m、平均水深25mの『クラ運河』の建設計画もあり、総工費は280億ドル(※約4兆2000億円)、中国の技術なら5年で完成すると見積もられている。中国の立場からすると、この運河が開通すれば、アメリカ軍の影響力が強いマラッカ海峡を通らずに、インド洋と南シナ海を行き来できるようになる。
前置きが長くなったが、本題はここからだ。クラ運河構想の東の出口、タイランド湾の制海権を握ることを目指す中国が、湾の東側で進めている“南下作戦”の最前線――それが、今回筆者が訪れたカンボジア南端の港湾都市、シアヌークビルだ。シアヌークビルでは2016年に中国資本の本格進出が始まり、カジノ付きホテルが多数建設された。2020年には一大海洋リゾート計画がぶち上げられ、山ひとつ分の土地が確保され、建設が始まっている(※①)。実は、これは中国が軍事目的を隠して計画を進める際の典型的な“最初の一手”だ。1998年にウクライナから旧ソビエト連邦製空母『ワリャーグ』のスクラップを購入した際も、当初は「船体のみを使用して海上カジノリゾートに改造する」と説明していたが、結局、2011年にはこれが中国海軍初の空母『遼寧』として生まれ変わっている。また、山東省青島や広東省海南島に空母基地を建設する際も、先ずリゾート開発が先行し、その流れで空港が拡張されて軍用機の運用に使える3000m級の滑走路ができ、港湾の桟橋も増設され――という手順だった。筆者がシアヌークビルを訪れるのは2020年以来だ。当時は首都プノンペンからバスで6時間ほどかかったが、その後、コロナ禍にも拘わらず中国資本により高速道路が整備され、今回は約2時間で到着した。なお今回、筆者はシアヌークビル国際空港を利用しなかったが、現在は当時2400mだった滑走路が3300mに延長されている。地方の空港には明らかにオーバースペックだが、この長さなら中国海・空軍の各種戦闘機や、大型のY-20輸送機も運用できる。また、滑走路の横には広大なエプロン(※駐機スペース)も整備されていた。カンボジアには雨季があるので、何れ屋根付きの整備用格納庫が造られるだろう。
更に、カンボジア海軍の基地には当時なかった300mの桟橋が完成し、その横では2本目の桟橋の建設も開始されていた。300mの桟橋が2本あると、空母機動部隊の構成艦を全艦停泊させることができる。そしてその岸壁には、昨年12月から中国海軍のAコルベット2隻が出入港を繰り返している(※同艦は香港に空母『遼寧』が入港した際も、空母の誘導と警備を担当した)。未だこの海軍基地に空母が入港したことはないが、準備は着々と進んでいるようだ。筆者が小型船をチャーターし、同艦を撮影しようと沖に出始めた時、ふと、あるものが目に入った。大型倉庫が立ち並ぶ岸壁で、何かがクルクルと回っている。望遠レンズで覗くと、それは地対空レーダーだった(※②)。探知距離は200~300㎞、レーダーを範囲の狭いビーム状にすれば300㎞以上先の航空機も捕捉できる。これが中国軍の装備であることに疑いはない。恐らく陸揚げして、動作確認している最中だ。そして、このレーダーとセットで運用されるのは多くの場合、ロシア製の対空ミサイル『S-400』だ。では、このレーダーと対空ミサイルは何を守る為のものか? 軍事的な常識で考えれば、それは港に停泊する空母機動部隊、そして空港で羽を休める空母艦載機ということになるだろう。筆者が宿泊したのは、中国資本が開発を進める巨大リゾート地帯『白銀村』(※③)の一角で、既に営業を始めていたホテルだ。チェックイン後、グーグルアースの空撮画像を見ながら、港湾と空港を守るレーダーと対空ミサイルがどこに設置されるのか考えてみると、小高い山の上が2ヵ所、平たく円形に造成されている場所を発見。何と、そこは今滞在しているホテルの直ぐ裏手だった。ホテルの女性マネージャー(※④)に「この山の上、何ができるんですか?」と聞くと、「高級住宅地とペンション、遊園地を建設する予定です」とのこと。リゾートと軍事拠点を併設させる中国の常套手段を考えると、決して矛盾する話ではない。
翌日、隣町からトゥクトゥクをチャーターし、山頂を目指すことにした。態々遠い場所から呼んだのは、若し本当に軍事拠点だった場合、警備の厳しさを知る近所のトゥクトゥクには拒否されるだろうと考えたからだ。山の上まで繋がる道は2本あり、そのうち1本はレーダーやミサイル、その関連装備を大型トラックに載せて運べるだけの広さがあった。今回は警備が比較的緩いであろうもう1本の細道を選び、暫く走ったところで頂上の造成地を撮影した(※⑤)。更に上ると、〈STOP〉の看板と検問所にぶつかった(※⑥)。小屋から武装したカンボジア海軍兵士が出てきて、「これ以上入るな」と警告のポーズ。疑念は確信に変わった。ここには中国軍の対空ミサイル基地ができる筈だ。続いて、基地の沖合に浮かぶタキエフ島に渡った。この島の宿泊施設の経営者は、こう話してくれた。「この島では2021年、中国政府が購入した土地に、カンボジア海軍と中国海軍の訓練施設と学校の建設が開始された。もうカンボジア軍と中国軍は上陸訓練をやっているよ」。翌日、ジャングルの小道を抜け、その建築現場に行ってみた。観光客が散歩するような風体で建築現場をぶらぶら歩いてみてよくわかったが、ここは中国海軍陸戦隊が、カンボジア海軍陸戦隊の訓練を行なうにはもってこいの地形だ。監視所や武装兵は確認できなかったものの、太陽光パネルを電源にした監視カメラが動いていた。港湾空港、対空レーダー、訓練施設と学校――。中国は、アメリカにとってのハワイ・オアフ島のようなミリタリーパッケージをシアヌークビルに置こうとしている。訓練施設の役割のひとつは、現地における訓練や演習の機会をつくり易くし、海軍や空軍の展開を常態化することだろう。何れ大きな演習、或いは多国間の演習を主催するとなれば、筆者が泊まったような宿泊施設の存在も重要になってくる。カンボジア憲法は非同盟・中立を謳ってはいるものの、経済的な要請もあり、中国との関係は重要だ。そして、ここシアヌークビルでは、日本で言えばリゾートや住宅施設を伴う在沖縄アメリカ軍基地に相当する施設の整備が進んでおり、言うなれば“在カンボジア中国軍基地”化への道を歩んでいる。 (取材協力/フリージャーナリスト 小峯隆生)
2024年4月22日号掲載
19世紀後半から20世紀初頭の1910年代にかけて、アメリカは国内の大陸横断鉄道、そしてアメリカ大陸初の横断水路である『パナマ運河』を完成させた。これにより、軍事的・経済的に太平洋、大西洋双方向へのアメリカのプレゼンスは飛躍的に増大し、世界帝国への礎となった。近年、太平洋を挟んでアメリカと対峙し、超大国への野望を隠さない中国は、どうやらこの歴史を分析し、模倣しているようだ。東アジアから南アジアで進めている、経済面と軍事面を複合的に織り交ぜた“南下作戦”は、アメリカが嘗てやってきたことと実によく似ている。2021年12月、中国は雲南省昆明市からラオス国内を縦断し、タイ国境に接する首都ビエンチャンまでの高速鉄道を開通させた。2027年にはタイの首都バンコクからナコンラチャシマ、マレーシアのコタバルからクラン港の区間も完成する予定で、将来的にはこの高速鉄道網をマレー半島南端のシンガポールまで繋ぐ計画がある。なお、対岸のインドネシア・ジャワ島では、既に首都ジャカルタからバンドンまでの高速鉄道も営業している。最終的にはマラッカ海峡に海底トンネルを建設し、中国からインドネシアまで完全陸路で大量の兵員を輸送できる体制の構築を目指す筈だ。更に、マレー半島を東西に横断する全長102㎞、幅400m、平均水深25mの『クラ運河』の建設計画もあり、総工費は280億ドル(※約4兆2000億円)、中国の技術なら5年で完成すると見積もられている。中国の立場からすると、この運河が開通すれば、アメリカ軍の影響力が強いマラッカ海峡を通らずに、インド洋と南シナ海を行き来できるようになる。
前置きが長くなったが、本題はここからだ。クラ運河構想の東の出口、タイランド湾の制海権を握ることを目指す中国が、湾の東側で進めている“南下作戦”の最前線――それが、今回筆者が訪れたカンボジア南端の港湾都市、シアヌークビルだ。シアヌークビルでは2016年に中国資本の本格進出が始まり、カジノ付きホテルが多数建設された。2020年には一大海洋リゾート計画がぶち上げられ、山ひとつ分の土地が確保され、建設が始まっている(※①)。実は、これは中国が軍事目的を隠して計画を進める際の典型的な“最初の一手”だ。1998年にウクライナから旧ソビエト連邦製空母『ワリャーグ』のスクラップを購入した際も、当初は「船体のみを使用して海上カジノリゾートに改造する」と説明していたが、結局、2011年にはこれが中国海軍初の空母『遼寧』として生まれ変わっている。また、山東省青島や広東省海南島に空母基地を建設する際も、先ずリゾート開発が先行し、その流れで空港が拡張されて軍用機の運用に使える3000m級の滑走路ができ、港湾の桟橋も増設され――という手順だった。筆者がシアヌークビルを訪れるのは2020年以来だ。当時は首都プノンペンからバスで6時間ほどかかったが、その後、コロナ禍にも拘わらず中国資本により高速道路が整備され、今回は約2時間で到着した。なお今回、筆者はシアヌークビル国際空港を利用しなかったが、現在は当時2400mだった滑走路が3300mに延長されている。地方の空港には明らかにオーバースペックだが、この長さなら中国海・空軍の各種戦闘機や、大型のY-20輸送機も運用できる。また、滑走路の横には広大なエプロン(※駐機スペース)も整備されていた。カンボジアには雨季があるので、何れ屋根付きの整備用格納庫が造られるだろう。
更に、カンボジア海軍の基地には当時なかった300mの桟橋が完成し、その横では2本目の桟橋の建設も開始されていた。300mの桟橋が2本あると、空母機動部隊の構成艦を全艦停泊させることができる。そしてその岸壁には、昨年12月から中国海軍のAコルベット2隻が出入港を繰り返している(※同艦は香港に空母『遼寧』が入港した際も、空母の誘導と警備を担当した)。未だこの海軍基地に空母が入港したことはないが、準備は着々と進んでいるようだ。筆者が小型船をチャーターし、同艦を撮影しようと沖に出始めた時、ふと、あるものが目に入った。大型倉庫が立ち並ぶ岸壁で、何かがクルクルと回っている。望遠レンズで覗くと、それは地対空レーダーだった(※②)。探知距離は200~300㎞、レーダーを範囲の狭いビーム状にすれば300㎞以上先の航空機も捕捉できる。これが中国軍の装備であることに疑いはない。恐らく陸揚げして、動作確認している最中だ。そして、このレーダーとセットで運用されるのは多くの場合、ロシア製の対空ミサイル『S-400』だ。では、このレーダーと対空ミサイルは何を守る為のものか? 軍事的な常識で考えれば、それは港に停泊する空母機動部隊、そして空港で羽を休める空母艦載機ということになるだろう。筆者が宿泊したのは、中国資本が開発を進める巨大リゾート地帯『白銀村』(※③)の一角で、既に営業を始めていたホテルだ。チェックイン後、グーグルアースの空撮画像を見ながら、港湾と空港を守るレーダーと対空ミサイルがどこに設置されるのか考えてみると、小高い山の上が2ヵ所、平たく円形に造成されている場所を発見。何と、そこは今滞在しているホテルの直ぐ裏手だった。ホテルの女性マネージャー(※④)に「この山の上、何ができるんですか?」と聞くと、「高級住宅地とペンション、遊園地を建設する予定です」とのこと。リゾートと軍事拠点を併設させる中国の常套手段を考えると、決して矛盾する話ではない。
翌日、隣町からトゥクトゥクをチャーターし、山頂を目指すことにした。態々遠い場所から呼んだのは、若し本当に軍事拠点だった場合、警備の厳しさを知る近所のトゥクトゥクには拒否されるだろうと考えたからだ。山の上まで繋がる道は2本あり、そのうち1本はレーダーやミサイル、その関連装備を大型トラックに載せて運べるだけの広さがあった。今回は警備が比較的緩いであろうもう1本の細道を選び、暫く走ったところで頂上の造成地を撮影した(※⑤)。更に上ると、〈STOP〉の看板と検問所にぶつかった(※⑥)。小屋から武装したカンボジア海軍兵士が出てきて、「これ以上入るな」と警告のポーズ。疑念は確信に変わった。ここには中国軍の対空ミサイル基地ができる筈だ。続いて、基地の沖合に浮かぶタキエフ島に渡った。この島の宿泊施設の経営者は、こう話してくれた。「この島では2021年、中国政府が購入した土地に、カンボジア海軍と中国海軍の訓練施設と学校の建設が開始された。もうカンボジア軍と中国軍は上陸訓練をやっているよ」。翌日、ジャングルの小道を抜け、その建築現場に行ってみた。観光客が散歩するような風体で建築現場をぶらぶら歩いてみてよくわかったが、ここは中国海軍陸戦隊が、カンボジア海軍陸戦隊の訓練を行なうにはもってこいの地形だ。監視所や武装兵は確認できなかったものの、太陽光パネルを電源にした監視カメラが動いていた。港湾空港、対空レーダー、訓練施設と学校――。中国は、アメリカにとってのハワイ・オアフ島のようなミリタリーパッケージをシアヌークビルに置こうとしている。訓練施設の役割のひとつは、現地における訓練や演習の機会をつくり易くし、海軍や空軍の展開を常態化することだろう。何れ大きな演習、或いは多国間の演習を主催するとなれば、筆者が泊まったような宿泊施設の存在も重要になってくる。カンボジア憲法は非同盟・中立を謳ってはいるものの、経済的な要請もあり、中国との関係は重要だ。そして、ここシアヌークビルでは、日本で言えばリゾートや住宅施設を伴う在沖縄アメリカ軍基地に相当する施設の整備が進んでおり、言うなれば“在カンボジア中国軍基地”化への道を歩んでいる。 (取材協力/フリージャーナリスト 小峯隆生)
2024年4月22日号掲載