【企業人必読!キャリアアップの為の組織防衛術】第3部・自動車メーカー総務部編(03) 3種類の予測で備える
生古(保守的で自己防衛心の強い男性課長)「部長、社長専用の社有車が自損事故を起こしたようですが、ちょっと気になることがありまして…」
斜地(行動力はあるが怒りっぽい男性部長)「何だ、何が気になるんだ?」
生古「左の後ろのバンパーが激しく損傷しているんです。しかも、事故を起こした場所が箱根のターンパイクでして」
斜地「ん? 何で社長はそんな所に行ったんだろうな? 温泉にでも行ったのかな。運転手から話を聞いてくれよ」
生古「既に宇仁係長が聞きましたが、ドライバーの話は曖昧で、歯切れが悪かったそうです。何かを隠しているようで」
斜地「何か怪しいな。おい、直ぐに皆を集めてくれ」
【総務部の会議室】
斜地「宇仁君、君がドライバーから聞いた事故の概要を話してくれ」
宇仁(密かに素早く仕事をするが言葉に棘のある男性係長)「事故を起こしたのは、先週金曜日の夜8時頃。場所はターンパイクの大観山展望台の近く。動物が飛び出して急ハンドルを切ったら車がスピンした、と」
生古「急ハンドルといっても、かなりのスピードが出ていなきゃスピンはしないよね」
宇仁「ですね。調べたら、金曜の夜は雨も降っていませんし、おかしな話です」
斜地「抑も、あの真面目な運転手が、社長を乗せてスピードを出すなんて考えられん」
布具(繊細で直ぐ膨れっ面になる女性新入社員)「私、以前ドライバーさんから聞いたんですが、社長は運転が凄くお上手なんですって。ということは、ドライバーさんは社長の運転する車に乗せていただいたことがあるわけですよね」
生古「布具ちゃん、社長が運転して事故を起こしたんじゃないか、と言いたいの?」
布具「あくまでも可能性ですけど」
宇仁「私も、その可能性はあると思います。社長用の社有車のETCの明細を見ると、時折、休みの日にも走っているようですから」
斜地「なるほど。社長は自動車競技のBライセンスを持っているし、自分で運転した可能性は否定できんな」
宇仁「この件、社長が起こした事故だとしたら拙いですね」
生古「だけど、変に詮索をしたら社長の逆鱗に触れかねないよ」
斜地「わしが運転手に直接聞いてみるか? 嘘吐いたら承知せんぞ、と脅して口止めもした上で」
宇仁「いえいえ、私がドライバーに報告書を書かせますよ。嘘は文書偽造になるからね、と忠告したら正直に書くと思います」
布具「それにしても、何をしに箱根へ行かれたんでしょうか?」
生古「オーソドックスに考えたら、湯河原にある保養所へ向かったくらいしか思い付かんけど…」
宇仁「私もそう思って調べたんですが、その日、社長が使う特別室は予約されていませんでした」
斜地「保養所じゃないとすると、いよいよ怪しい話になってくるなぁ。最悪を想定して対応の準備をしといたほうがいいぞ、生古君」
生古「そうですね。分担して3つの予測をしてみましょう。私は楽観、宇仁係長が悲観、布具ちゃんは標準ということで。先ず、布具ちゃんに標準的な予測を聞かせてもらおうか」
布具「難しいですけど、損傷の不自然さやドライバーさんの曖昧な話を総合すると、やはり社長が運転していてドリフトターンでもして事故を起こした。それが私の予測です」
生古「楽観的に見れば、ドライバーが言うように、動物が飛び出してスピンした、ですね」
宇仁「悲観的な予測としては、助手席に女性が乗っていて事故を起こした。しかも、怪我をしたってとこですか。事故の目撃者が通報して、警察がガードレール等の物損を現場検証したとかもあり得ますね」
布具「えーっ!? 女性同伴ってことは、社長が不倫ですか?」
斜地「それは…あり得るな。社長は我が社のレースクイーンと噂になったこともあるくらいだ。飲酒運転だってあり得るぞ。社長は酒がお好きだから」
生古「自動車メーカーの社長が飲酒運転の事故なんて最悪ですね…」
斜地「昔、日産のカルロス・ゴーン社長がバイクと接触事故を起こしただけで、かなり大々的に報道されたからな」
生古「我が社は来月が株主総会ですから、スキャンダルは困ります。経過を見ながら慎重に対策を考えましょう」
布具「経過って、何を見るんですか?」
生古「それは、その、ドライバーに書かせる報告書の内容とか」
宇仁「うちがよく使っている事故鑑定人に、詳しく鑑定してもらう手もありますね。現地へ行って」
生古「宇仁係長は秘書室の籾手係長と同期だよね。それとなく社長の女性関係を聞いてみてくれんかね?」
斜地「それは妙案だな」
宇仁「そんなこと、絶対に無理です。詮索したことが社長に知れたら、私が社からスピンアウトってことになりかねません。私の身にもなって、少しは悲観的な予測をしてみて下さい!」
田中優介(たなか・ゆうすけ) 『リスクヘッジ』代表取締役・岐阜女子大学特任准教授。1987年、東京都生まれ。明治大学法学部法律学科を卒業後、『セイコーウオッチ』に入社。お客様相談室や広報部等に勤務後、2014年にリスクヘッジ入社。企業の危機管理コンサルティングに従事。著書に『スキャンダル除染請負人 疑似体験ノベル危機管理』(プレジデント社)・『地雷を踏むな 大人のための危機突破術』『その対応では会社が傾く プロが教える危機管理教室』(弊社刊)。
2023年12月28日号掲載