■ サッカー協会を批判する声ブラジルW杯はドイツの優勝で幕を閉じたが、日本代表のGL敗退が決まった後、選手やザッケローニ監督を批判する声とともに湧き上がってきたのが、日本サッカー協会を批判する声である。「選手や監督は敗戦の責任を取らされるのに、協会あるいは協会の上層部が責任を取らないのはおかしい。」という意見もあったし、「根本的な問題は協会にある。」という意見もあった。
当然、協会にも幾分かの責任があるのは間違いないが、協会の仕事というのは多岐にわたる。男子のフル代表だけが全てではない。女子のフル代表もあるし、男子の五輪代表もあるし、男女ともU-20やU-17の世界大会が2年に1度のペースで開かれており、それらのアジア予選もある。W杯と五輪くらいしか目立たないが、男子のW杯と言えども、たくさんある国際大会の1つである。
「きちんとブラジルW杯を総括する前に新監督の名前を出して次に進もうとしている。」という批判もあるが、年明け早々にアジアカップが待っているので、早く新監督を決めないといけない状況である。何をもって総括したことになるのかも疑問で、大会の総括が完全に終わった後で監督選びに取りかかっていたら、余った監督の中から次の監督を探す必要がある。これは非常にマズイ。
「W杯を総括する作業」と「後任監督を探す作業」は同じ人が担当するわけではないので、普通に考えると、両者は並行して進んでいく。ある意味では別の要件になるので、「後任の監督の名前が出てきた」=「W杯を総括する作業を放棄した。」と考えるのは短絡的であるが、協会のやることなすこと全てに文句を言わないと気が済まない人というのは、日本代表ファンの中に少なくない。
■ プレジデンツ・ミッションとは?さらには、改めて言うまでもないと思うが、協会の仕事というのは代表に関わることだけではない。JFAのサイトを見ると、『JFAは日本サッカー界を統括し代表する団体として、サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献することを目的とする。』と記述されており、代表に関わる仕事というのはほんの一部分にすぎないことが分かる。
JFAは「プレジデンツ・ミッション」という名前で、将来を見据えて以下を推進することを宣言しているが、「Mission」と題して11の項目を挙げている。
・Mission 1 「JFAメンバーシップ制度」の推進
・Mission 2 「JFAグリーンプロジェクト」の推進
・Mission 3 「JFAキッズプログラム」の推進
・Mission 4 中学生年代の環境充実
・Mission 5 エリート養成システムの確立
・Mission 6 女子サッカーの活動推進
・Mission 7 フットサルの普及推進
・Mission 8 リーグ戦の推進と競技会の整備・充実
・Mission 9 地域/都道府県協会の活動推進
・Mission 10 中長期展望に立った方針策定と提言
・Mission 11 スポーツマネジメントの強化
当然、男子のフル代表に対する注目度が一番高くて、協会にとっては大きな収入源となる。もっとも目立つのが(男子の)フル代表と(男子の)W杯であることは間違いないが、「男子のW杯」という目立つ部分だけをフォーカスして日本サッカー協会を評価しようとすることが果たして正しいのか?というと非常に疑問である。評価の仕方としては安直過ぎないか?と思わざるえない。
もちろん、「監督選びからマッチメイキングから大会前の準備まで何の落ち度もなくパーフェクトな仕事ができている。」とは思わないが、今の協会の上層部の仕事ぶりがどれほどブラジルW杯の日本代表の結果に影響を及ぼすか?というとそこまで高くないし、別の人が任されていたら、全然違った結果になったのか?というと、そう考える方が不自然であり、現実逃避のように思える。
「Mission」に書かれている内容というのは、長い目で見守る必要がある活動が多い。「男子のW杯で結果が出なかったら、協会の上層部は責任を取って辞任する。」というのがスタンダードになったとしたら、日本サッカー協会の方針も変わってくると思うし、即効性のある取り組みしか出来なくなる。安易な責任論が日本サッカー界にとって良いことなのか?というと絶対に「No」である。
当然、目の前にある大会には全力を注ぐべきである。特に男子のW杯は影響力も大きいので、そこで結果が出なかったときはきちんと反省して次の機会に生かす必要があるが、協会をヒステリックに叩くことで得られるものは何もない。人を代えたら今と比べて劇的に仕事の質が上がるか?というと微妙なところで、むしろ、経験値が乏しい分、仕事の質が下がる可能性の方が高い。
■ 1986年組だけが飛び抜けているのか?紆余曲折ありながら、ここ10年あるいはここ20年というスパンで考えると日本サッカーは着実に前進している。20年前までは日本代表がW杯に出場することすら夢のまた夢という時代だった。欧州のクラブで活躍する選手も奥寺さんなどスペシャルな選手を除くと皆無で、親善試合で欧州や南米の強豪国と試合をすることすら難しかった。わずか20年で大きな進歩を遂げたのは間違いない。
「何年か前、何十年か前に栄光の時代があって、そのときは欧州のトップリーグで活躍する選手がたくさんいたのに、いつの間にほとんどいなくなった。」という惨状であるならば、ここ最近の日本サッカー界の歩みであったり、日本サッカー協会の仕事ぶりを疑ってかかる必要があるが、誰がどう考えても、「ここ最近」というのが、選手の質(あるいは量)という意味ではズバ抜けて高い。
しかも、20歳前後にも有望な選手はたくさんいる。MF本田圭とMF岡崎とDF長友らの世代が日本サッカー史上最高峰のレベルに達した世代と言えるが、「ここがピークであとは下がるだけ。」かというと、その可能性は低い。飛び抜けた選手が数名出てくる程度であれば「単なる偶然」と言えるが、1986年組だけが飛び抜けているわけでないことは下の世代を見るとよく分かる。
■ 十分な情報と知識を得た上で・・・「協会を批判すると上層部から睨まれて仕事がやりにくくなるので、解説者あるいはライターは協会を批判することはできない。よって、自浄作用も働かない。」という指摘もあるが、個人的には正しくないと思う。一般のファンと専門家の知識レベルは全然違っている。「男子のフル代表」という目立つ部分だけに着目している一般のファンと専門家の間で認識が異なるのは当たり前である。
もちろん、協会が進もうとしている方向が正しいのか?間違っているのか?については、解説者も、ライターも、サポーターも、代表ファンも、その都度、チェックしていく必要があると思うが、「男子W杯の結果」だけで評価しようとするのは誤りで、本気で協会の仕事ぶりを評価しようとするのであれば、十分な情報と知識を得た上で評価しなければならない。そうでないと説得力は出ない。
いつの時代も日本サッカー協会を積極的に擁護しようとする人というのは皆無である。さらに言うと、いつの時代も「お上」を批判すると比較的、簡単に人気取りができる。協会を批判することで一定の人たちから容易にシンパシーを得られるが、「安易な責任論」というのは日本サッカーを後退させるだけであり、決してプラスにはならないと思う。
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