■ 欧州でも屈指のトップ下ブンデスリーガの32節のボルシアMG戦の後半14分に左足で追加点のゴールを決めたMF香川真司は、今シーズンのゴール数を13ゴールに伸ばした。これで、欧州の主要リーグで日本人選手が記録した最多ゴールの記録をまたしても更新して、ブンデスリーガの得点ランキングでも単独9位に浮上した。
得点ランキングで、彼よりも上にいるのは、FWマリオ・ゴメス(バイエルン)、FWフンテラール(シャルケ)、FWレワンドフスキ(ドルトムント)、FWポドルスキー(ケルン)、FWピサロ(ブレーメン)、FWラウール(シャルケ)といったワールドクラスのストライカーたちで、同じ中盤の選手であるMFリベリ(バイエルン)やMFロッベン(バイエルン)を上回っている。
2011-2012年シーズンのMF香川は、浮き沈みのあるシーズンとなったが、終わってみると、これ以上ないほどのシーズンとなった。底だったのは、昨年の9月・10月の時期で、コンディションが上がらず、スタメン落ちも経験した。最大の目標だったCLも、グループリーグ最下位に終わるなど、チームとしても、個人としても、不本意なものとなった。ただ、ウインターブレーク明けの1月・2月はゴールを量産し、ドルトムントの連覇に大きく貢献した。「欧州でも屈指のトップ下」という評価を得るのも納得できるほど、後半戦のパフォーマンスは際立っていた。
それにしても、ここまでの選手になるとは、想像することはできなかった。「MF香川をもっとも過小評価しているのは日本人である。」という言葉は、大袈裟ではないように思う。日本のサッカーファンが、MFロッベンだったり、MFリベリだったり、FWイブラヒモヴィッチであったり、MFエジルであったり、FWファン・ペルシーであったり、海外のスター選手を羨望のまなざしで見つめるのと同じ気持ちを、海外のサッカーファンは、MF香川に送っているのではないだろうか。
■ ハイブリッドなドリブラー最初に、MF香川真司という選手のことを認識したのは、2006年の秋のアジアユースのときである。当時は、ボランチやサイドバックで起用されることもあって、「アタッカー」と言うよりは、「ユーティリティーな選手」という印象の方が強かった。そのときは、ただ一人、「飛び級」で、U-19日本代表に選出されていたので、1989年生まれの選手が中心となるワールドユースやロンドン五輪の中心となることを期待したが、予想以上の飛躍を果たした。
この年、C大阪がJ2に降格したので、2007年からの3年間は、J2でプレーすることにあったが、これによって、試合経験を積むことができたことが、何よりも大きかった。クルピ監督との出会いによって、攻撃的MFにコンバートされたことも大きかったが、プロ2年目となる2007年から、J1昇格を目指すC大阪の攻撃の軸となって、大車輪の活躍を見せることになる。
個人的にも、2007年の夏頃に、C大阪でプレーするMF香川真司のプレーを観たときは、かなりの衝撃を受けた。当時は、一学年下のMF柿谷曜一朗の方がクローズアップされることが多くて、MF柿谷に期待する声の方が大きかったが、あらゆる面で、MF香川の方が上回っていた。「こんな選手がいるのか?」というのが、そのときの素直な気持ちである。
その後も、MF香川には、いくつか驚かされることになるが、最初にびっくりしたのは、判断力と技術力の高さである。当時は18歳だったが、その年齢では、考えられないほどのレベルで、「次元が違う。」と表現しても、おかしくないほどだった。当時は、今以上にドリブル突破が武器になっていて、サイドでボールを持って縦に突破することも、カットインして中央に切れ込んでからシュートを放つことも自由自在だったが、打開力があるのはもちろんのこと、何よりも、判断が的確で、ドリブルすべきところなのか、パスすべきところなのか、その選択にほとんど間違いはなかった。
また、運動量の多さにも驚いた。当時のドリブラーというと、ファンタジスタの特性を持った選手が多くて、運動量や守備意識に欠ける選手も多かったが、MF香川は運動量という部分でも、トップクラスだった。明らかに、これまでのドリブラーとは違ったタイプの選手であり、「従来のイメージとはかけ離れたハイブリッドなドリブラーが出現した!!!」ということで、どんな選手になるのだろうと、大きな期待感を抱いた。
■ ストライカーへの変貌攻撃的な部分に関しては、ほとんど、非の打ちどころのない選手だったが、当時は、「決定力不足」という課題を抱えていた。フィニッシュに至るまでの過程は素晴らしくて、左右両足でゴールを狙うことができたが、ゴール前で慌ててしまうことが多くて、ゴール数は伸びなかった。プロ2年目の2007年シーズンは、35試合に出場して5ゴールを挙げたが、二桁ゴールを記録していてもおかしくないほどチャンスを量産しており、「シュートさえ上手ければ…。」と誰もが感じた。
前述の「MF香川に驚かされたこと」で、2度目に相当するのは、「得点力の無さ」を克服したことである。当時は、『「決定力」に関しては、持って生まれた部分が大きいので、改善するは難しい。』というのが通説だった。また、『ゴール前では、中盤で必要とされる技術とは違ったものが要求される。」というのも、当時、よく言われていたことで、細かいテクニックは、中盤のエリアでは生きるが、ゴール前では、生きないものだという意見も多かった。
そのとき、よく例に出されたのは、MF中田英寿だったり、MF小野伸二であったり、MF中村俊輔であったり、いわゆる、「黄金の中盤」を構成した選手たちである。フランス代表のMFジダンなどもその一人と言えるが、中盤で技術を発揮するタイプの選手でも、決定力に欠ける選手が多かった。ボールコントロールに優れていて、キックの精度も高い選手であれば、ゴール前でも落ち着いてプレーできてもおかしくないが、そうではないケースの方が多かった。
そのため、「得点力に関しては、向上しないもの。」と考えられていたが、MF香川は、日々のトレーニングであったり、試合をこなすことで、得点力を身に付けることに成功した。この過程で大きな転機となったのは、「北京五輪で3連敗を喫するという屈辱を味わったこと」と、「ベストパートナーと言われるMF乾貴士がチームに加入したこと」の二つであるが、北京五輪後は、ミッドフィールダーの選手の得点力としては、考えられないレベルに到達することになった。
今でも、簡単なシュートを外してしまうこともあるので、「決定力がメチャクチャ高い。」という訳ではないが、ブンデスリーガでも、2試合に1ゴールに近い割合でゴールを決めることができている。ボルシアMG戦のゴールが、典型的なMF香川のゴールパターンの1つであるが、ゴール前に入って行っても、全く慌てることがなくなって、常に、ペナルティエリア内では、イニシアティブを取れるようになった。MF香川よりも、テクニックに優れた選手は日本にも何人かいるだろうが、ここまで、ゴールに近いところでテクニックを発揮できる選手はいない。
■ 意志の強さとメンタリティー最後に、意志の強さも、彼を飛躍させた重要な要素である。C大阪でも、ドルトムントでも、ゴールを期待されるポジションでプレーしているが、フォワードの選手ではないので、ゴールすることに対して、貪欲になることは難しいが、彼は、とことん、貪欲である。172センチの選手なので、ゴール前で相手に競り勝ってゴールを決めることは難しいが、それでも、MF香川は、サイドからのクロスに合わせて、ネットを揺らすことが多い。
J2で、試合に出場し始めた頃は、ドリブルで突破してシュートチャンスをつかむことが多かったが、ゴールに対する貪欲さが増したことで、ゴール前に入っていて、シュートに絡むシーンが増大した。ゴールを奪うためには「嗅覚」が必要とされることが多いが、MF香川の場合、「嗅覚が優れている。」とはあまり感じないが、運動量の多さと敏捷性を生かして、絶えず、ゴール前に絡んでくる。「意志の強さ」や「意識の高さ」は、並外れたものがあるように感じる。
「オフに移籍するのでは?」という話も出ているが、MF香川であれば、どこのクラブでも、活躍することはできるだろう。もちろん、ロングボールをポンポンと蹴り込むようなサッカーをするチームで、生きるタイプではないが、MF香川を獲得できるほどの資金力のクラブは限られてきて、そういったクラブが、ロングボール主体のサッカーをするケースは稀である。
すでに、世界でもトップクラスに近いところまで到達してきているが、ここから、さらに上のレベルに到達するには、メンタル的な部分で、一層の成長が必要かもしれない。MF香川は、J2でプレーしていた頃から、「外国人助っ人」のようなメンタリティーを持っていて、ゴール前では、セルフィッシュになることも多かったが、やはり、根本的なところは日本人なので、譲ってしまうところもある。
今シーズンも、一番いい状態のときは、自分で行くところと、味方を使うところのバランスが良くて、支配全体を支配しているような雰囲気となったが、行くときと、行かないときのバランスが崩れてしまうときが、偶に見受けられる。どちらかに傾くことなく、自然な状態で、適切な判断ができるようになると、もっとプレーに余裕が出てくるだろうし、力むシーンもなくなるだろう。
かつての中田英寿は、「日本人離れしたメンタリティー」を持っていて、そのメンタリティーが、いくつもの壁を乗り越える力となったが、「日本人的な良さ」を感じる部分は、パーセンテージとしては、あまり高くなかった。一方で、香川真司の場合は、「日本人離れした部分」と、「日本人的な良さ」をうまくミックスできている。
18歳のときのプレーを見て、「完成された選手である。」と感じたが、実際には、全くそうではなくて、いくつもの引き出しを持っていた。今、23歳になって、「完成形に近づいている。」と感じられるが、まだ、向上する余地はありそうである。今後の数年間で、「日本人のアタッカーとしての理想の姿」を示してくれるのではないだろうか。大きな話になってしまうが、オーバーな話ではないように思う。
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