Category: 空花鳥風月雲
一年ぶりの
八王子駅前のロータリーから西東京バスに乗って30分弱。
一年ぶりに両親が眠る、長福寺です。
盆彼岸は鬼のように混み合う八王子界隈。どうもこの季節に来るのが、一番良いようです。紅葉も拝めるし。
東京随一の萩の寺なので、宮城野萩の季節も良いのですが、その季節はツーリングで忙しいのだ。
一年ぶりということは、震災後初めて。実は墓石が無事かという心配も少しあった(特に寺からは連絡がなかったので、便りがないのは良い便りということ?)のですが、なんと本堂が大変なことになっていたのでした。
建て替え中です。
どうも地震の被害は、内部の土壁が崩れた程度だったらしいのですが、先代の住職がかねてより望んでいた、大仏像の設置が、これまでの本堂では小さくて無理だったそうで、ついでに建て替えということになったようです。
壊す前の姿はこちらとこちら。
こちらは観音堂。
この上に我が家の可愛いお墓があるのでした。
お墓は無事でした。
墓石の脇から伸びていたドングリの木、昨年の倍以上になってます。
このまま行くと、墓を破壊しかねないので、次回は移植の準備をして行き、引っこ抜いてこようかと思っています。
さて、本堂の建替工事。上の方からのぞいてみます。
立派な屋根になりそうです。
工事を請け負っているのは、加賀の宮大工さんのようでした。
よろしくお願いします。
次回は初めて車を走らせて来てみたいと思っています。
東北道(佐野JCT)北関東道(高崎JCT)関越道(鶴ヶ島JCT)首都圏中央連絡道経由であきる野ICまで、高速のみで一気に行けるようになっているのですね。川越で一泊かな。
寺をあとにして、バス停へ向かう道、以前と同じ場所で、ダイサギが餌を狙っていました。
今回の旅の機材は、Ricoh GX-200です。
Category: 博物芸術
震災からの復活
昨日面白い恋人が、白い恋人に訴えられたそうです。もう買えなくなるかも。
面白い変人にしてもダメかな。
さて、週末は、大学の同級会。
しばらく東京に出かけるのが面倒で、この時期毎年誘われる同級会もずっとパスしていたのですが、友人たちが東北のことをいろいろ心配しているであろう、ということもあり参加することにしたのでした。
はやての車窓から見える、あすと長町の仮設住宅。
県外から来る旅人の目にはどう映るのでしょう。
郡山、日大工学部の風車。
この日はいつもと反対側の窓側席だったのですね。
昼前に上野駅に着き、京浜東北線で秋葉原へ。
地上に降りて、駅周辺の変貌ぶりに目が眩み、南の方向へ行こうとしたのに、西へ向かってしまいました。
神田川を渡り、中央線のガードをくぐって、靖国通り、神田須田町です。
手打ちそばの、神田まつや。
秋葉原や御茶ノ水には何十回も来ているのに、このあたり、駅で言うと地下鉄淡路町周辺は未知の世界。
十卓以上あるテーブルはほぼ満席、私も相席でなんとか席に付くことが出来ました。
池波正太郎氏も愛したという下町の御蕎麦屋さん、酒の友もいろいろあって、混雑した中、蕎麦屋呑みのお父さんもちらほら。
二日酔いの私は、大ざるをお願いします。
きりりと冷えた外二の手打ちそば、濃い目の甘辛つゆが、超美味でした。本山葵。
もりとざるが両方あるのも東京風です。
満腹、満腹。
周辺を一回りすると、ビルの間に良い感じのお店が沢山。
此処が有名な藪蕎麦でしょうか。
御茶ノ水方向にさらに歩くと、
日本ハリストス正教会 東京復活大聖堂です。
札幌の時計台と同じで、周りのビルが見切れないように撮影するのが大変。
一般には、ニコライ堂として知られています。
永く東京に住んでいたのに、此処にも来たことがありませんでした。内部は撮影禁止。
明治24年、1891年に完成したものが、関東大震災で鐘楼が倒壊、1929年頃に復興されたようです。
東日本大震災で大きな被害を受けた石巻のハリストス正教会も、早く復興して欲しいものですね。
実に立派な美しい教会でした。
Category: 美味いもん
侘び寂び山葵
立町の佗び助。
仙台に来た頃から、時々尋ねる隠れ家です。
侘び助でも検索できますが、正確には佗び助。
侘びと、佗びの違いは良くわかりませんが、佗び寂びというのは、こんなものかも知れないなと思わせる店の雰囲気ではあります。
メインのテーブル席があるのは板の間だし、座布団は薄いし、入り口には風除室もないから、誰かが出入りすると、入口前の席は、空気入れ替え状態になるし、でも、女将の温かさがそれをカバーしてくれます。
予約してグループで来るときは、おまかせコースにすることが多いのですが、この夜はアラカルトで、いろんなモノを少しずつ。これが大当たりでしたが、画像は無し。こちらと、そちらを参照ください。
メインはせり鍋です。
この根っこが美味しいのです。
前から何度か食べたことはあったのですが、この夜は、根芹の洗い方を、女将から根掘り歯掘り取材。
なんと流水と歯ブラシだそうです。それもビトウィーン。いや、ビトイーン?
せり鍋の季節は、水道料金がぐんと上がるとか、大変な準備なんですね。まさに根掘り歯掘り。
写真には一切れしか写っていませんが、せり鍋には鴨肉が入ります。
主役は芹なのですが、この鴨肉の出汁がないとダメ。
美味しい夜になりました。
翌晩は調布で大学の同級会があり、一次会だけでお暇するはずだったのですが、楽しくて結局二次会へ。
ブラッセリーノート再びです。今度は根セロリ?
さらにたっぷり呑んで、ラーメンの〆無しで帰宅しました。
Category: アルコホリック
最初に届いた支援
安芸の酒蔵便り。
このところ突如地震が増えている広島、おそらく備えに乏しいと思われ、心配しています。
この冊子にこんな記事が載っていたのでした。
三月にありがたくいただいたお酒、確かに素晴らしい支援物資でしたね。
ありがとうございました。
Category: 空花鳥風月雲
朝一番ならすいています
松島城。
伊達政宗が再建した五大堂。
五大堂から見た、島々。
沿岸の商店街、松島周辺は今回の震災で、最も津波の被害が少なかった地域なのですが、それでもまだ閉まっている店が見受けられました。
そして向かったのは、此処。
円通院です。初入院。
ずっと来たかったのです。
宮城を代表する紅葉の名所なのですが、混みそうなので、朝一で来ることにしたのでした。
紅葉ライトアップでも有名なのです。下に並ぶのも、ミニ灯籠。
伊達政宗の嫡孫、光宗の菩提寺。
家光の光をもらってることからも跡継ぎ候補だったことがわかりますね、父は忠宗。母は、家康の孫、孝勝院振姫ですから、家光とは従兄弟です。
霊廟三慧殿。光宗は幼少より文武に優れていたものの、19歳という若さで、江戸城内で死去。
幕府による毒殺説もあるそうです。
藩主とはならなかったため、青葉山には祀られていないのですね。
光宗像の右上には、薔薇の図、左上には水仙の絵。
これらはそれぞれローマとフィレンツェを象徴する花なんだそうです。
知らなかったのですが、日本に園芸種の薔薇(日本には野生種の薔薇はあった)を持ち込んだのは、支倉常長だったのですね。円通院には15m四方ほどの西洋風の庭がありました。
光宗と常長が会ったことがあるのかどうかはわかりませんが、少なくとも円通院を建てさせた忠宗は、世界を回って来た常長の話を何度も聞いていたでしょう。
決して広くはありませんが、美しい庭園を持つお寺です。
自然のままの扇谷とは全く趣を異にします。
隣にある国宝瑞巌寺が男性的だとすれば、円通院は女性的です。
そうそう、美しい副住職様が有名なのですが、お会いすることは出来ませんでした。
ちょっと恐れ多いのですが、その天野さんからのメッセージを転載します。
全国の皆さん、よろしくお願いします。すでに松島は復活しています。来てください。
さて、円通院の本堂は、別名大悲亭。
元々は、光宗が江戸で使っていた建物だったのですが、その死を悼んだ父忠宗が、移築したもの。
当時の建物は、東京にはほとんど残っていないため、貴重です。
小堀遠州作と伝えられる、前庭。
ライトアップはこの23日が最後だったそうです。
今は少し静かになっていることでしょう。
照明器具が片付けられたこの時期が、一番良いかも。
仙台の皆さんも、是非お出かけください。
伊達光宗。
二人のおじいちゃんが、伊達政宗と池田輝政、曽祖父が徳川家康ですよ。
凄い血筋だなぁ。
バラが咲き乱れる季節に、また来たいものです。
IR仙石線、松島海岸駅からも歩いて数分、ミシュランガイドでも二つ星に選ばれた、円通院でした。
私が拝観し終わった9時半頃、観光客がどんどん入って来ました。
昼飯は、なぜか南仙台のとんかつ屋さんで、広島産カキフライ定食。
Category: 空花鳥風月雲
新八犬伝は見てたけど
新嘗祭の休日、折角の休みなので、ジムニーを走らせます。
県道8号線利府街道を東へ。
新幹線が見えるファミレスで朝食です。
目の前の利府街道と新幹線の間を、東北本線も走っています。
在来線の特急にもたまには乗ってみたいものですが、このあたりにはもうないのかな、寝台特急はあるのかも。
久々のファミレスだったので、洋風のブレックファストのつもりだったのですが、メニューは和風中心、客層も中高年中心でした。
豚汁朝食、399円。
ゴハンは大盛りにも出来るようでしたが、おかずが足りないかも。
ドリンクバー付きなので、食後の珈琲も含まれます。お年寄りの朝のミーティングにも良いですね、店は広いし。
私はこういう所でのんびりするのは苦手なので、さっさとお勘定。
引き続き、利府街道を北東方向へ。
辿り着いたのは、松島。
震災後初松島でした。
しかし目当ては、海ではなく、山。
扇谷という場所です。紅葉の隠れた名所で、駐車スペースは最奥で10台ぐらい。ダートを300mほど走ります。
朝早く入ったので、なんとか停められました。
南総里見八犬伝にも出てくる、舟虫
じゃなくって、扇谷は、おうぎがやつ、と読みますが、ここはおうぎだにです。
欅と紅葉の混合林なのですが、元々は松島四大観の一つ、幽観と呼ばれる展望地なんです。
少し山を登って見ましたが、上の方はもう落葉。
こんな道を歩いていても、船の汽笛が聞こえたり、裏を通る東北本線や仙石線の音が聞こえたりする場所です。
結局また、谷へ戻って来ました。
美しい紅葉が残っていたのは、車を停めた駐車場周りだけ。
今週うちのテレビニュースで放送した、カメラマンレポを見て来たのですが、
私より、あとに某国営放送局も取材に来ていました。うちのを見て来たのかな。
新八犬伝
の、辻村ジュサブロー人形は怖かったね。
インタビューを受けても困るので、退散しました。
機材は、主にあの、OLYMPUS E-PL2 + G Vario 14-140mmです。
Category: 街角探検
五郎の散歩道 その拾陸
ケータイも鳴らなかったので、少なくとも地元は大したことがなさそうでしたが、関東などで大きな地震があったのかもしれず、とりあえずテレビを点け、情報を確認。最大震度4でした。
朝6時前。
月齢28の極細の月。
忘れられそうな散歩道シリーズの復活です。
その拾伍から一年半が過ぎてしまいました。
これは広瀬川、澱橋のすぐ下流になります。愛子方面からほぼ東に向かって流れてくる川が、仙台の旧市街地が乗る巨大な岩盤にぶつかって、その流れを南に変える、曲がり角になります。
長い年月をかけて川は崖を削り、今すぐどうこうという事はないにせよ、長期的には市民の安全を脅かすという判断なのでしょうね、土木工事です。
施工は宮城県ですけど。
以前にも少し書いたことがありますが、震災後ずっとその工事が細々と続けられているのです。
以前は広瀬川が直に接していた崖の下に道が造られています。先日少し歩いて見ました。
小型車なら、すれ違えそうな幅ですね。
所々にある暗渠の出口も、雨水が道路下のパイプに誘導されています。
仙台の街に向かう、良い感じの道でしょう。
崖にはこんなけしからんオブジェも。
広瀬町から支倉町にかけて、崖のすぐ上に建つ家も少なくありません。
私だったら、落下する夢を見そうです。
そこに侵食防止の、護岸堰が延々と。玉砂利は、広瀬川産です。
ダイサギや鴨たちにも、影響はないようです。
市民会館に近づいて来ました。
振り返ると澱橋は、彼方です。
結局此処、ドレメの下あたりまで続いていました。500mぐらいかな。
今後西公園まで伸びるのでしょうか。
此処からなら階段を作れば、市民会館まで行けそうですけど、造ってるのは県だから無理か。
散策ルートとしてぜひ整備してもらいたいものですが、自然を守るという意味では、どうなんでしょう。もっと美しくしないとダメですかね。見栄えの問題じゃないか。
観光で仙台に来られる方は、なかなか街歩きの途中で広瀬川に触れる機会がないと思います。
それは仙台市民も同じ。
全国に知られた川だし、地下鉄東西線の西公園駅からこのあたりまでの間に、川面に近い遊歩道やジョギングコースが出来れば、素晴らしいスポットになると思うのです。
名付けて、流れる岸辺ロード。どう?
西公園か、対岸の旧スポーツセンター側の一部にキャンプ場があってもいいくらい。
確かパリには、セーヌ河畔にキャンプ場がありました。ブローニュの方。
老後の私の散歩道にもなるし。
Category: 博物芸術
ラピスラズリ
11時半に入ったのですが、ガラガラでした。
以上は資料画像。節とんチャーシューにしてしまいました。
チャーシューは鳥二枚豚三枚ですか? 小ライスはランチタイムサービス。
細麺と言うほどではない、細めの麺。BGMは、J-Pop。
カウンターの中央付近に座ると、狭い厨房で働く大柄の親方と至近距離。
手持ち無沙汰だとずっとこっち向いてるので、甚だ居心地悪し。話しかければ良いのか。
いろいろ複雑なスープ。見た目ほどはこってりしてません。
ちょっと肉が多すぎですね、私には。
一般論ですが、ラーメンのチャーシュー1枚では寂しいけど、肉でスープが見えなくなる程はいらない人向けのチャーシュー中盛麺があっても良いいのでは?
ところでこのお店の前は丁字路で、たぶんもうすぐ十字路になるのですが、この日工事中の道路の部分にミニパトが潜んでました。
腹一杯の私は、腹ごなしに澱橋の方へ歩きはじめたのですが、しばらくしたらサイレン。
一旦停止の取り締まりでもしていたのでしょうか、スイフトのおばちゃんが追われて停められてました。
要注意箇所です。十字路になって信号が付けば、取り締まりもなくなるけど。
仙台二高の紅葉、いつも見事。
県美術館の前庭を、こんな車両が走ってました。ピンホールカメラリヤカー。
この日はフェルメールその他の特別展開催中。
ちょうど先日大阪に行ったとき、向こうでやってた展示が、仙台まで来ているのでした。
混んでいたので、早足で見学。
フェルメールの時代は、肖像画や宗教画が中心だった世紀から、絵の題材が自由になっていった頃、しかし印象派やキュービズムよりはずっと前で、しっかりした現実的な絵が多いのですが、自由になった分、構図が重要になりました。
現在の写真の世界につながる、構図を決める力、特にフェルメールはその能力に長けていたように思います。10cm移動しても崩れる視点から、余計な物を外して、見せたいものを取り込んでいる構図、そして光。
もちろんその力さえあれば、画家になれるわけはありませんが。
美術館周りをぶーらぶら。
紅葉のピークは過ぎています。
ちょっと厚着をしていたのですが、とても暖かい日で、汗をかきました。
フェルメール展は1500円なので、ついでに佐藤忠良館も見てきましたが、この庭は無料。
癒される空間です。
ところで、フェルメールの絵には青い色が印象的に使用されています。
彼が生きた17世紀、青い色の絵の具は貴重だったそうです。
光の三原色である、赤、緑、青。色の三原色は、赤、黄、青。
赤、黄、緑はこんなに地上に溢れているのに、青いものは、手が届かない空や、広い海原。
生きとし生けるものと、距離感のような隔たりを感じさせる色です。
昔は赤と緑、せいぜいオレンジ色しか作れなかった、発光ダイオードの歴史も、何故か似ています。
光という言葉のイメージとは程遠い、温かみがない青色LEDの明り。
カメラのレンズも、青い光の取り扱いが難しい。
仙台で深夜にテレビをつけると、複数の局で天気カメラの絵を流していますが、街灯などの横に青いモノが見えてます。レンズの色収差ですね。カメラには青だけずれて映ってるんです。
昔からモノクロ撮影をする時に、黄色いフィルターをかけるのは、青をカットしたほうが、画像がシャープになるため。
人間が生存していくために、あまり用がない色なのかもしれません。
子供の時、最初に使ったのは、クレヨン。そして色鉛筆、水彩絵の具。
いろんな色があってとにかく楽しかったものですが、、高校の入学祝いに、美術教師をしていた叔父(僕の好きな先生)が美術の授業用にプレゼントしてくれた油彩画セット。
それまでの道具より、少し色が偏っていました。
足りないなぁと思う色を、高校から歩いて五分の新宿の世界堂に探しに行くと、同じサイズのチューブなのに、びっくりするほど高い色があったのを覚えています。
ずっと色に関わる仕事をしてきたので、フェルメールの絵を見て、少しそんなことを想い出しました。
空が青く見えるのは、白い光が大気中の酸素や窒素、水蒸気にあたった時、波長が短い光ほど散乱されやすいから。
やっぱり地上にまっすぐ届いているのは緑や赤の光なのでした。
青は貴重なのです。
一番好きな色です。
最後の話の続き。
雲が出ると、全ての色が散乱されるので、空は白くなります。
太陽が低い朝夕は、光が通ってくる大気中の区間が長くなるので、青が散乱を受ける割合が増し、水蒸気が多いと緑の波長まで散乱されはじめ、届くのは赤い光だけになって行きます。
Category: 空花鳥風月雲
秋の空と街の色
翌日のイベントで、私のタープを使いたいということだったので、朝飯前にTTで配達。
ハードオフで買った中古のタープですが、予想以上に出番が多いのです。
今回も楽しいイベントになったようです。
↑ 何時に帰ってくるんだろう。
帰り際に長町のスタンドで、久々の超撥水洗車。
帰宅して朝飯を食べ、今度はジムニーに冬タイヤを積んで、晩翠通のスタンドへ。
レギュラー満タン、タイヤ交換、撥水洗車、ついでにオイルも交換を依頼。
歩いて帰宅して金魚の水槽の水交換。
あとは買い物やら、掃除やら。
夜、なんとなく下界が騒がしかったので、外を見ると、
大町方面、なんとなく煙っているし、オレンジ色、火災でしょうか。
それも程なく収まり、空を見上げると、星。ビル街のすぐ上にあるのが、シリウスです。
オリオン座が見えました。コンデジをベランダの手摺にのせてぶれないようにスロー撮影。
オリオン座大星雲も見えてますか?
Nikon CoolPix P300、62mm(35mmフィルム換算)、ISO-800、F:3.7、1秒。
まだ手ぶれはしていますが、写るもんですね。
翌朝は4時前に起きて、岩出山へ。
6時前に到着したのですが、天気はまぁまぁだったものの、お目当てのバルーンフェスは、強風で中止でした。
三本木の道の駅から、恨めしげに見上げた青空。
帰宅して朝寝。
西公園の紅葉。
仙台二高と、東北大川内キャンパス方面。
今年の紅葉の名所は、色づきがイマイチと言われていますが、市内の木々は例年通りのように感じます。
色付いている樹種が違うのか、里山と市街地の気候の差によるものか。
ところで、もうすぐ東京モーターショーですが、目玉の一つがこのトヨタアクア(画像はCORISMから無断借用)。
ホンダのフィットハイブリッドに対抗する、スモールハイブリッド。サイズはヴィッツ並みですが、エンジン&モーターはプリウスと同等だそうです。速そうですね。
燃費も噂では40km/l!?
おまけに生産は岩手県、エンジンも宮城県の工場で製造されることになりました。
大ベストセラーになってほしいものです。
Category: 街角探検
下から読んでもAKASAKA
あの感動、いつか仙台にもやって来て欲しいものです。
赤坂。
仕事が終わって懇親会がありました。サカスが見える高層階。
ちょうどスケートリンクの設営中。
無料で滑れるのだそうです。
二次会は此処。
浦霞をたっぷりいただきました。
ホテルの手前で、待ち構えている罠。
今回も入っちまいました。
零時を回っているというのに、結構入ってます。
前回2009年の〆はこちら。
つけ麺並盛720円です。
ひやあつですね。
ぷりぷりで美味しい麺だったと思います。
ぐっすり寝て、風呂に入って、バスで幕張に移動。
展示会で、昔の仲間やいろんな人にあって挨拶。昼飯は信州そば「そじ坊」であぶり鮭丼セット。
幕張メッセから海浜幕張駅へ向かう歩道、かなり波を打っていて、補修中でした。
私たちは地元の被害と、せいぜい隣県への関心しかありませんでしたが、関東の震度も仙台と殆ど変わらなかったのですよね。
東京駅の新幹線ホームで。
そして仙台駅前、バスを待ちながら。
冬ざれた街でした。
Category: 空花鳥風月雲
Discover TOKYO
例によって奥羽山脈側の席を取ります。
震災以来、新幹線はずっと混んでいたので、いつも早めに窓側の席を予約する必要があったのですが、このところ、様々なことが、だいぶ落ち着いてきたのか、席にも余裕が出てきました。
あの日から8ヶ月ちょっと、なんとか希望者が仮設住宅に入れ、主な地域の瓦礫が集積されて県外も含め処理できる体制が見えてきたところなんですが、世間の記憶は急激に薄れつつありますね。
蔵王連峰。
今シーズン三度目の冠雪でしょうか。
相反する、忘れてはならない記憶と、切り替えて未来へ進まなければならない気持ち。
棲家、仕事、家族、経済状況、年齢。人それぞれ、全ての人で異なる状況と望み。
動かない政治。頑張ってるけど、人手不足の地域行政。見えてこない中央行政。
中央から見ると、三陸は地の果てなのでしょうか。
いろいろ考えるのに、新幹線の窓側席は適しているかもしれません。
こちらは吾妻連峰。
結論のない思考。
なんの手助けさえできていない自分。
そして安達太良山。
仮住まいや、仮設店舗、共同で使う小舟や漁具、全国から送られてくる道具、資材、車。声援。
頑張って、努力して、仕事を始めだした人が大勢居ます。
大宮を過ぎて、富士山です。
まだまだボランティアもたくさん必要ですが、これからも、東北の水産品、農産物、加工品や酒、出来る限り購入して消費せねば。旅行も東北。温泉も東北。カメラも車も東北製かな。
先頭を切って走る人に良い結果が出れば、みんなついていけると思うのです。
全部火山ですね。
東京駅に着き、有楽町に移動して、前回と同じ八百八町で昼飯です。
同じはやてで、同じ時間に着いたせいか、全く同じ席に案内されました。
ボージョレ解禁イブでしたね。
日替わり定食580円、とり天と白身魚のフライ、これははずれです。
近所のガード下をぶらぶら。
サラリーマンのオアシスですね。
平日の昼時だというのに、もう開けてるお店も。
このあたり、夜になると煙が充満して、呑む気満々にさせられるのです。
仕事まで時間があったので、超久しぶりに日比谷公園へ。
こっちは、OLのオアシスという雰囲気。
心字池。
対岸の石垣の上に、気になる中高年カメラマンの隊列。
早速取材です。
白鳥でも来るのかなと最初は思ってました。
そうしたらですね、なんと。
な、な、なんと、カワセミが生息しているのだそうなんです。
すんばらしい写真を何枚も見せていただきました。
ギョギョギョですよね。
有楽町ガード下の飲み屋街から、歩いて5分の場所ですよ。
東京の自然も捨てたものではありません。日比谷公園・カワセミで検索すると、目撃例多数ですが、私は見ることが出来ませんでした。
そして、旧日比谷公園事務所。
明治43年(1910年)竣工だそうです。東京にも良い建物がありますね。
私の故郷は、東京から仙台に変わりつつあるのかな。
Category: 生活
炎をながめたい(危)
明日は晴れるかな? 興味が有る方は、BBSへ。
昨日、友人がこんな画像を送ってくれました。
国道6号線を相馬から仙台へ向かう、ブータン国王だそうです。奇遇ですね。ありがとうございます。
話は変わって、寒くなって来ましたね。
このところ毎日暖房を使うようになって来ました。
マンションなので、一軒家と比べればずっと暖かく、厚着してれば暖房なしでも何とかなりそうなんですが、薄着好きなので、ガス床暖房と、カーボンヒーターを併用しています。
寝室用に、デロンギもあるのですが、布団に入っていれば不要です。
一軒家に住んでいた時に使用していた、石油ファンヒーターや電気カーペットは、人にあげてしまいましたし、エアコン暖房は時々動作確認するだけです。
思い出す、家にあった一番古いストーブは、ガスストーブです。四角くて、20x25cmぐらいの白い
東京ガスブランドだったでしょうか。
小学校のストーブはダルマ式。覚えていませんが、幼稚園もそうだったのかな。
これは2006年、5年前に津軽鉄道に乗った時のダルマストーブです。
高学年になってからは交代でストーブ当番をやりました。
最初の頃は石炭だったのが、コークスに変わって着火しやすくなったような記憶があります。
家ではその後、対流式の石油ストーブ(画像発掘中、見つかったら追加追記します)に変わりました。
ネットで色々検索しましたが、たぶんこれです。パーフェクション750デラックス、炎が美しいストーブでした。
当時の石油タンクは、醤油缶って言うのかな、30x30x50cmぐらいの金属製直方体。蓋を外すとき嵌めるときの、ぺこっていう音をよく覚えています。
震災発生以降、停電時に使えなかったファンヒーターでなく、昔ながらの石油ストーブが見直され、ずっと品不足が続いているのですが、停電はまたいつやってくるか、万が一に備えて、石油ストーブを入手しようか考えています。
MaxFritzSendaiのTANNミーティングに参加させていただいて、炎を眺める心地良さに魅せられたので、耐熱ガラス窓の大きなモデルを物色中。
有名なのはアラジン・ブルーフレームですか。窓は小さいですね。
ヤフオクにもクラシックモデルが結構出品されています。
そんなストーブ探しをしていたら、こんなのを見つけてしまいました。
こっちのほうがアラジンの魔法ランプのように見えますが、もっと大きくて、対流型の石油ストーブ。
日本船燈という船舶用の大型照明器具メーカーが、元々これも船舶用に製造しているストーブなんです。船舶用ですから、地震なんてへっちゃら。
なんとも格好良いデザイン。アラジンに対抗してか、ゴールドフレーム、金色の炎です。
美しすぎて、ごちゃごちゃした我が家には全く似合いません。
受注生産のようで、今シーズンは分はもう予約受付終了。2月ぐらいに来シーズン分の予約が始まるのだそうです。
せいぜい似合いそうなのがこれ。
トヨトミ RB-25Cという製品なのですが、七色の光で部屋を照らすそうです。
今朝、コンビニで見つけた、BE-PAL。
焚き火好きな皆さん、是非お買い求めを。
これからゆっくり読みたいと思います(無駄遣いの始まり)。
Category: 電脳生活
知りませんでした。
来年の年賀状を考えなければいけない季節になりました。
おめでとうその他は入れたくなくて、大体こんなものにしようかというプランがあったのですが、岩手県にやられました。ほとんど同じアイデアです。
上のような素材、岩手県のHPからダウンロードできます。いかがでしょう。
三陸復興の文字は、ダウン症の天才書家、金澤翔子氏によるものです。
書いてしまったので、私は使えませんが。
前に節電マシンを組み立てた話を書きましたが、最近こんなものを見つけました。
和製英語で、テーブルタップなんですが、パソコンの電源ON/OFFに連動して周辺機器の電源も落とすというタップ。
上のパソコン専用という出力につないだ、パソコンの消費電流を検知し、そのON/OFFに合わせて複数の出力を連動させるというものです。
前からある製品なんでしょうが、全く知りませんでした。
モニターやらスピーカーやら、パソコンの周辺機器をぶら下げて、一緒に電源を入り切りすることにします。
もっともこのタップ自体が、普段から少し電流を食っていることになりますけどね。
サンワダイレクトや、エレコムで製品化されています。
Category: 音楽
ブルーライトセンダイ
仙台城隅櫓のライトアップが、青くなっています。
これまでの電球照明から、LEDに変えられたのでしょうね。
あまりにも立て続けなので、検索してみると、ブルーライトアップ in 宮城 「2011世界糖尿病デー」というイベントで、青くライトアップされているとか。
関連ホームページによれば、国内各地、多くの観光スポットで行われているのでした。
冬場のライトアップ、青色LEDが普及しているせいもあり、ブルーの照明が増えてきていますが、正直寒々しいですね。普通の電球色のほうが良いと思います。
話は変わって、ICメモリー型のミュージックプレーヤー、いつの間にか我が家にはたくさんあります。
この中のiPod nanoのリコールが最近発表されました。
14日のDigital Todayによれば、アップルは、携帯メディアプレーヤー「iPod nano(アイポッドナノ)」の初代モデルでバッテリーが過熱して安全上の問題を引き起こす可能性があるとして、本体の無償交換を開始した。Webサイトから手続きを行える。対象モデルは2005年9月―2006年12月に販売したもの。
かねてから、熱くなる個体については交換に応じるとしていたものが、結局全数交換です。
appleIDは持っていたので、Web入力は簡単。即日ピックアップに来
使用しているバッテリーの不具合とはいえ、5年前に販売した製品の全数交換、たいしたものですね。
普段はジムニーに乗って、ひたすら働いている此のnano。傷だらけなんです。
もう第5世代が出ているiPod nanoなんですが、どうせなら最新型と交換してくれないかな。虫が良すぎ。
これで好感度が上がって、iPhone 4Sを買ってしまいそうな気がしてきました。夏の虫。
Category: 昭和の香り
五十年前の七五三
泉ヶ岳に初冠雪です。ゲレンデも真っ白。
大嫌いな冬到来です。
一日遅れてしまいましたが、ちょうど50年前の母のブログを掘り起こしました。
1961年11月15日の撮影。
母と弟、母方の祖母と一緒でした、撮影はおそらく父でしょう。
5.5歳の私と、2.5歳の弟、この頃からあまりサイズの差がありませんでした。
数ある当時の写真ですが、一生に一度のお祝いですね。
初ネクタイかな。カメラは、ミノルタAのはずです。
オマケ。翌1962年の正月写真。この親にして、この子たちあり。
こんな写真が、本当にたくさん或るんです。
ちゃぶ台の上の大皿、仙台のマンションまで飛んできてます。