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2026-05-07

[]ブッダ葬式を望まなかった ―葬式仏教までの2000年

仏教は、元来「アンチ宗教」だった。

釈迦ブッダ)はバラモン教階級制度・有料儀式・神々への依存を徹底的に喝破した。

そして「生そのものが苦である」(一切皆苦)という現実直視する実践道を説いた。

金銭功徳を買う行為など、想像すらしていなかったはずだ。それが特に日本では、死後の戒名授与や高額お布施を伴う「葬式仏教」として定着した。なぜ、輪廻からの完全脱出理想とした教えが、死者供養のビジネスに変貌したのか。原始仏教思想大乗仏教の展開、そして日本独自歴史的必然を、独立した視点で整理する。

1. 原始仏教の核心 ―― 「反宗教」の喝破

紀元前5世紀頃のインドで、釈迦は当時の宗教界を根本から批判した。バラモン教祭祀呪術金銭による功徳取引を基盤とし、永遠の魂(アートマン)を前提に輪廻を語っていた。これに対し、釈迦諸行無常一切皆苦諸法無我四法印を掲げた。世界は瞬間ごとに生滅し、固定の実体(我)はなく、生老病死は避けられない苦である

悟り涅槃)とは、欲望・無明・渇愛を断ち、輪廻の火を完全に消すことだった。

出家者(比丘)に対する戒律は厳格だった。律蔵(Vinaya Pitaka)では、金銀の授受を明確に禁じている。「比丘よ、金銀を受け取ってはならない。他人に受け取らせてはならない。これを破れば捨堕の罪である」(Nissaggiya Pācittiya 18)。布施自発的喜捨でなければならず、対価としての儀式販売は許されなかった。葬儀自体も、僧侶の直接関与を避ける傾向が強かった。死体は「穢れ」とされ、修行の妨げになるとされたからだ。

釈迦の教えは、死後の供養ではなく、現世の苦から解放に徹していた。

「完全な消滅」(無余涅槃)が理想で、永遠の魂を前提とする常住論も、すべてが無になるとする断滅論も、ともに「中道から逸脱した邪見とされた。

この姿勢は、まさに「アンチ宗教」だった。

神頼み・儀式依存・金で救済を買う商売を、毒矢の譬え(矢が刺さったまま原因を詮索する無益さ)で一蹴した。目的個人解脱であり、組織化された宗教団体すら、釈迦自身は最小限に留めた。

2. 大乗仏教の登場 ― 方便による俗習化の扉を開く

釈迦没後約500年後、インド北部大乗仏教が興った。「小乗」(上座部)と自らを区別し、「大いなる乗り物」として一切衆生の救済を掲げた点が決定的だった。原始仏教個人解脱に対し、大乗菩薩道理想とする。菩薩は自らの涅槃を遅らせ、衆生を救うためにあえて苦行を続ける。

最大の武器方便(upāya)だった。

衆生能力文化に合わせて教えを柔軟に変容させる手段だ。これにより、厳格な出家戒律無神論性格が緩和された。

中国に伝わった大乗は、現地の祖先崇拝や道教儀礼と融合。死後供養・功徳回向積極的に取り入れられ、在家信者向けの浄土信仰阿弥陀仏による救済)が拡大した。戒律大乗戒(梵網経など)として再解釈され、菩薩利他行を優先するようになった。

この方便は、仏教の「生存戦略」でもあった。民衆に広まるためには、現地文化適応せざるを得なかった。しかし同時に、原始の精神を薄め、儀式・供養・経済的布施への依存を許す土壌を生んだ。インド中国ではまだ「死後ビジネス」までは発展しなかったが、日本への伝播で決定的な変化が起きる。

3. 日本での「葬式仏教」完成 ―檀家制度という政治的強制

仏教6世紀日本へ伝来したが、当初は国家鎮護貴族氏寺として機能した。飛鳥奈良時代僧侶葬儀に直接関わらなかった。死の「穢れ」を嫌う神道的な観念が強く、官僧(国家公認の僧)は死体に近づくことを避けた。

転機は鎌倉時代だった。遁世僧(とんせいそう)と呼ばれる民間僧が現れ、死の不安に苛まれ庶民のために葬儀・供養を積極的に担った。

浄土信仰の広がりと相まって、「死後も浄土往生」という安心提供した。

これが仏教民衆に近づけた「革命」期である

本格的な「葬式屋」化は江戸時代に確定した。

1630年代幕府キリスト教禁制のため寺請制度(檀家制度)を全国に施行した。全庶民をどこかの寺院檀家強制登録させ、寺が戸籍宗旨人別改帳)を管理。出生・死亡・婚姻証明を発行し、死体検分まで行った。結果、葬儀法事戒名授与が寺の独占業務となった。戒名(死後与えられる仏弟子の名)は、元々出家者の生前名だったが、日本では位階付き(信士居士院号など)で一般化し、「長い戒名=高額お布施」という金銭取引が生まれた。

この制度は、幕府民衆統制という政治的必要からまれた。

寺院国家の末端機関となり、経済基盤を葬儀収入依存する体質が固定化した。

荘園崩壊後の寺院経営危機も、檀家から継続的布施必要とした。こうして、原始仏教の「金銀は毒蛇のごとし」という戒律は、遠い過去のものとなった。

4. なぜアンチ宗教葬式屋になったのか ―― 三つの必然

第一政治的強制

江戸幕府仏教キリシタン摘発の道具に利用した。信仰自由などなく、寺檀関係義務だった。

第二に文化的融合。

大乗方便が、日本古来の祖先崇拝・家制度と結びついた。死後の供養は「家」の存続を象徴し、戒名は家名を仏教的に昇華させる手段となった。

第三に経済的必然

少子化以前から寺院布施に頼らざるを得なかった。方便の名の下に、原始の喝破精神は置き去りにされた。

結果、日本仏教は「生の苦から脱出」ではなく「死後の安心供給業」として機能するようになった。

浄土真宗のように法名簡素化・生前授与する宗派もあるが、多数派戒名料を伴う葬儀中心だ。

5. 現代への問い ― 原点回帰可能

今日、寺離れ・直葬火葬のみ)の増加は、この歴史的矛盾を浮き彫りにしている。原始仏教視点から見れば、戒名料や葬儀独占はブッダの教えに明確に反する。金で徳を買う行為は、貪欲増長させるだけで、涅槃の道ではない。

大乗方便は、仏教世界に広めた功績がある。しかし、少子高齢化檀家減少が進む今、僧侶自身が「生活仏教」への転換を模索している。生前からのつながり、戒名なしの俗名供養、原始の喝破精神への回帰―これが、本来仏教が「葬式屋」から脱却するための道かもしれない。

ブッダは、死後の儀式ではなく、今この瞬間の苦を観察せよと説いた。

アンチ宗教精神を忘れたとき仏教は単なる葬儀屋となる。2000年歴史を振り返り、私たちは再び「中道」を問う時を迎えている。

2026-05-06

anond:20260506093819

でも天皇神の子孫って嘘だよね?

って言ったらブチギレる人いっぱいいるし

おそらく学校は退学になる

天皇誕生日プリクラ風に祝った女子高生も退学になったし

 

日本人神道を信じてないなんて絶対

anond:20260506093819

そのあたりは古代から続く長い話になるからね。

とりあえずは、神仏習合あたりを読めばいいと思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E4%BB%8F%E7%BF%92%E5%90%88

最初日本の土着の神道の神々は立場が弱った。大陸から進んだ仏教が入ってきたからね。

仏教が主で神道が従だった。

でも、時の権力者の都合によって、どっちが主になるかを巡って、いい感じに宗教が使われてきた結果だ。

で、いろいろあったすえに、

江戸時代になると住民管理するために、仏教を主にして、寺請制度が作られた。

明治になると天皇を主役に建てるために、神仏分離神道が主になった。

だけど長い間続いたのをいまさら切り離せず、イベント神社葬式は寺という風になっていった。

今でもお葬式で坊さんがお経上げたりしてるでしょ。

戦後神道指令とかで、神道が主ではなくなった。

こんな感じで、時の権力者の都合でいろいろ混ざってカオスな感じになっていった。

なお、日本におけるクリスマスは、WW2後のクリスマス商戦あたりからかな。アメリカホリデーシーズンのかき入れ時なのを真似したものだ。

アメリカ株が年末年始に上がりやす理由の一つは、この最大のかき入れ時のホリデーシーズンがある。(アメリカ株が上がれば日経も釣られて上がる)

それを日本でも取り入れて商売につなげた結果だろう。

そしてさらカオスに。

anond:20260506093819

日本神道経典もなければ開祖もいないか宗教観がないし信者もいないように見えるけど

教義である「清真であること」というのが大体の日本人が(多くの諸外国人よりも)戒律のように遵守している傾向にあるから日本国民の多くは神道信仰していると言える

何も自認することや敬虔であることだけが信者であるという定義ではないのだ

anond:20260506094256

神棚おいてる家殆ど無いよ。

それに廃仏毀釈とかで貴重な仏教美術しまくった神道が懐広いとはとても思えん。

anond:20260506093819

結婚式クリスマスあんなのキリスト教の要素ゼロコスプレだし

葬式や墓は大概仏教だし大概の家は仏教のどっかの宗派だろうけど

初詣いったりお守りもらってきたり神棚あったりで根本的な部分は神道強いとおもうで

仏教でもキリスト教コスプレでも何でもこいってのも神道的だし

日本って神道信者そんな多くないよね

福音派外人となんでキリスト教信じないんだと言われて日本神道はー!!と言い返してる人を見て思った。

結婚式神前やる人は少数派で、キリスト教が主だろうし、葬式仏教が主だろうし、墓は寺関連が主だろうし。

クリスマス殆どの家庭が祝ってるし。

多分日本神話も大雑把で、詳しく知ってる人そんな居ない。

うちは多分浄土真宗だった気がする。

2026-05-04

十字架のほうが先だよね?

だったら、それを宗教シンボルにする教徒って、マゾじゃね?なんで刑罰の道具をトレードマークにするのさ…

サムライ神道ハラキリやクビキリを旗印にするか?しないだろ?(もっと海外から以下略)

2026-04-29

anond:20260429105906

拡張型の宗教がいつ日本神道タブー的な部分とぶつかるのかと思ってドキドキしてる。日本人ってそこに触れられると死ぬほどキレると思う。

2026-04-27

ボヤッキー

国交省系の会社はどうしてどれもヤバイんだ?

旅行会社詐欺師個人情報を売る

保険会社警察とつるんで事故自殺隠蔽する

土木会社は地下にガス室を持ってる

物価は、ほぼ全てが日本人料金設定

ヤクザ会社でない会社で働きたくても、裁判所検察がもうアレなんだってよ…

ガチャの上に国ガチャとか、神道仏教カス思想じゃないのか

2026-04-23

anond:20260423115701

嘘(あるいは事実わからん話)とファンタジー区別をつけたほうがいい(あるなしの1ビットではなく程度の差を考えるべき)という話をしてる

12月25日キリストが生まれた日とか2月11日日本建国されたというのを事実と思い込むのと

ヤマタノオロチ実在したとか死人が生き返った話を事実と信じるのでは雲泥の違いがあるし

ヤマタノオロチ実在してると信じる日本人の比率キリストが生き返った話を事実と信じるキリスト教徒の比率ではおそらく後者のほうが高いだろう

昔のことほど事実かわからなくなるとしても事実がわからないこととファンタジーを信じることも混同すべきではない

あと「日本人もそうだから」というのは根本的に反論になってない(一神教神道の優劣を論じたかったのならそれでいいが)

キリスト教であれ神道であれ宗教世間に浸透してるとファンタジー現実区別がつきにくくなるんだねという結論しかならない

2026-04-22

anond:20260422224131

日本書紀聖書事実を元にしたフィクションだ。

MMRみたいなものだ。

一応学校では存在は習うだろう。

ガチ右翼だともしかしたら、日本書紀はすべて本当であり、天皇家の始まりの方も本当なのかもしれんけど、実際は違う。

したがって、2/11建国記念日結構怪しい。

一番最初天皇の人が、宮崎高千穂から大和に向かって進撃するんだけど、神道に傾倒した人は陸路遠征したと主張しているけど、実際は船で移動した可能性が高いとされている。

聖書も似たようなものだと思う。

もちろん、神学に傾倒した人だと、聖書の内容はすべて真実になるのんだろうけど。

出版数の違いは信者の数の違いが大きいと思う。

2026-04-19

anond:20260419121851

はい戦時中特に昭和10年代後半~1945年頃)に「国家神道」という具体的な用語が使われていたのは、ごく一部の限られた場面だけでした。一般的日常的に広く流通していた言葉ではなかった、というのが正確な理解です。

gendai.media

戦前戦時中用語の実際の状況戦前全体を通じて:

国家神道」という言葉は、帝国議会での一部議員発言(例:1908年1911年小田貫一議員発言)や、神道学者内務省陸軍省関係者の専門的な議論軍部学術文書の中で散発的に見られる程度でした。

しかし、一般国民向けの新聞雑誌教科書プロパガンダ学校教育日常会話ではほとんど登場しませんでした。代わりに使われていたのは「神道」「神社神道」「国家祭祀」「皇道」「国体」「惟神の道」などの表現です。

ja.wikipedia.org

戦時中日中戦争太平洋戦争期):

軍国主義が強まる中で、神社参拝・遥拝・戦勝祈願・八紘一宇聖戦などの実践イデオロギーは確かに国家的に推進され、国民生活に深く浸透しました(教育勅語の読み上げ、神社への強制的寄付や参拝、靖国神社位置づけなど)。

しかし、それらを一括りにして「国家神道」と呼ぶ用語自体は、依然として専門家官僚軍部内の限定的文脈しか使われていませんでした。

一般大衆メディアでは「神ながらの道」「天皇の道」「国体精神」といった言葉が主流で、「国家神道」というカテゴリー名はほとんど普及していませんでした。

なぜ「ごく一部」だったのか当時の公式スタンスは「神社神道宗教ではない」(国家祭祀道徳教育愛国心養成のための非宗教施設)というものでした。これを「宗教の一形態」として「国家神道」と名付けてしまうと、憲法上の信教の自由矛盾する恐れがあったため、用語として避けられていた側面があります

GHQ神道指令(1945年12月)で、初めて「国家神道State Shinto)」が明確に定義命名され、戦後歴史叙述で一気に広まったのです。それ以前は、実態国家管理神社体系+天皇中心のイデオロギー)はあっても、統一的なラベルとして定着していなかった。

まとめ実態国家神社管理・利用し、天皇崇拝を国民統合のツールにした体系) → 戦前から戦時中まで強く存在し、特に戦時中軍事動員活用されました。

国家神道」という用語戦前戦時中はごく一部の専門的・官僚的な文脈しか使われず、国民一般には馴染みの薄い言葉でした。

まりあなた理解戦時中に使われていたのはごく一部だけ」は、用語使用頻度・普及度という点では正しいです。ただし、実態としての「国家神道的な仕組みや思想」は戦時中にかなり強力に機能していた、という区別大事です。戦後GHQがこの用語を導入して「軍国主義の源泉」として批判的に総称したことで、今日イメージ形成された部分が大きいと言えます

anond:20260419115828

ソースWikipedia(笑)

たとえば1940年の『国体神祇辞典』にこう書かれているのがわかりやす

神道は大きく二つに分けられます。それは国家神道国体神道神社神道)と宗派神道宗教神道・俗神道)とであります

遡ってみると明治末には「国家神道」「宗教神道」の対比が行われているのでそのくらい歴史のある考え方なんだね

anond:20260419115607

国家神道」は1945年昭和20年)にGHQの出した「神道指令」によって戦前の「国家によって管轄された非宗教としての神社神道」を定義した語である[3]。戦前日本では使われたことのない戦後新語である[3]。

2026-04-15

anond:20260415224938

Xが自動翻訳するようになってから割と一神教のとこの人も普通に神道のこととか聞いてくるし意外と緩いなと思ってだけど説明すんのはやっぱり結構難しい……

信仰を聞かれた

海外の人(多分カトリック)に信仰を聞かれて神道仏教って言ったら、それは知ってるけどあなたはどっち?と言われ、いやどっちもって言ったらどういうこと?ってなってた。

どうも2つの宗教を同時に信仰(と言っていいのか)してるのが理解できないっぽかった。

最終的に仏壇神棚が同じ部屋にある写真を見せて納得?してもらった。

海外でも土着宗教キリスト教併用してたりインドとかも結構ごっちゃになってた記憶があるからそんなに日本特殊ってわけではないと思うんだが。

キリスト教行事信仰もないのに抵抗なくローカライズするのは少し異様だと思う)

2026-04-14

日本人宗教観世界平和はどの神に祈ればよいのか、と

前々から思っていたら

フランス人「神道では神様が何百万もいると聞いたが、どうやってどの神様に祈ればいいのかわかるの?」→神様の概念を説明するリプが集まる - Togetter

近しい話題が出てきた

しか自分の興味の部分にはあまり触れられず参考にならず

神への祈りと「天罰」と、SNSにみる宗教観 米 - CNN.co.jp

まず目立ったのは、「神の加護」を祈るメッセージだ。ニューヨークの街やニュージャージー州海岸惨状が伝わるにつれ、「アラーの神よ、人々に安全を」「無事を祈りますアーメン」と、宗教国籍にかかわらず、世界各地から祈り言葉が寄せられた。

日本だとこういうタイプ祈り方はあまりしない気がするのだけど、という話

自分が知らないだけかも 実際は出来る/普通にやってるのだろうか

「世界中から戦争がなくなりますように」と言ったら、炎上したのはなぜ? | Books&Apps

世界に影響を与えるかどうかは極論どうでもよく、ただただ「祈らずにはいられない」という人だっているだろう

そのような人が「世界から戦争がなくなりますように」と言った際に、そこに政治的な色を見出されるのは不幸なことだなと思う

そこで私は日本宗教観からくる宗教色がついた(≒宗教色を政治色を見出されにくい、純粋に痛めた心を慰撫するような)「世界から戦争がなくなりますように」という祈り日本の神相手にはできないのかも、という点にもどかしさを感じる今日この頃

天変地異にたいして祈る事は出来そうな気もする でもそれって「祟りを鎮める」的なやつに感じるなあ 戦争紛争何らかの悲劇に対して同じようにできるのかなあ

軍神はいるけれど もっぱら戦死者の慰霊とか戦勝祈願で登場するイメージ

だって神社で「世界平和を祈った」とか言う人がいたら場合によってはジョーク扱いされるじゃない、という話  「普通個人的なことについて願掛けするものだよ」とでも言われそうな気がする 七夕短冊とかでもそう

今日今日とて日記を書いた

おわり

2026-04-10

[]天皇というタブラ・ラサ

天皇は長らく「便利な神輿(みこし)」として担がれ、権力者イデオロギー勢力に利用されつつ、本人の意思伝統的な神社とのつながりはしばしば無視・切断され、時には「拗らせた連中」のクーデター暴走の口実にされる——という皮肉な状況が、江戸後期から戦前まで繰り返されました。以下でまとめます

「便利な神輿」としての天皇:担がれるが実権は薄い

中世江戸時代

天皇将軍摂関家武家政権正当性を与える「権威の源泉」として機能。実際の政治軍事幕府貴族が握り、天皇本人は宮廷内の儀礼文化に留まるケースが多かった。後醍醐天皇建武の新政(1333-36年)は珍しい親政試みでしたが、武士の不満・恩賞問題現実離れで3年で崩壊足利尊氏の反乱を招き、南北朝分裂へつながりました。天皇の「意思」が尊重されたというより、理想論暴走した例です。

尊王思想時代江戸後期〜幕末):

水戸学国学天皇を「国体の中心」「神聖なる君主」に再定義吉田松陰ら志士はこれを倒幕の論理に利用しましたが、天皇孝明天皇など)の実際の意向より、論者たちのナショナリズムが優先。結果、天皇は「尊王」の象徴として担がれ、維新後の権力闘争の道具にされた側面が強い。

明治維新以降、この「神輿」性はさら近代的に洗練されました。

明治国家神道天皇神社のつながりを「バッサリ切る」

決定的な切断点です。

明治政府は「祭政一致」を掲げつつ、神社を「国家宗祀(非宗教公的祭祀)」に位置づけ、神職官選世襲廃止しました。伝統的な神社勢力吉田家白川家などの既得権)や神仏習合の慣習は剥奪排除

天皇伊勢神宮を頂点とする全国神社象徴的頂点に据えられましたが、実務的なつながりは官僚内務省神社局など)が管理天皇意思より、国家国民統合イデオロギー装置としての利用が優先されました。

真宗浄土真宗)側の「神社宗教論」策謀も絡み、神道勢力を抑えつつ、天皇祭祀だけを「宗教未満」として残す形に。結果、神社国家管理下で「便利に」使われ、天皇神社伝統ネットワークは大幅に切断されました。

伝統を「スッパリ切る」ことで、天皇近代中央集権国家の柔軟な象徴に再定義したのです。

戦前昭和:「拗らせた連中」のクーデター理由にされる

昭和期になると、天皇さらに「意思尊重されにくい」立場に置かれました。

• 大アジア主義八紘一宇

軍部右翼天皇を「世界の親」「万民の赤子」の象徴勝手拡大解釈記紀神話を都合よく世界普遍主義に読み替え、侵略イデオロギー正当化に利用。

二・二六事件1936年):

皇道派青年将校らが「昭和維新」「尊皇討奸」を掲げ、首相大臣らを暗殺占拠。「君側の奸」を排除すれば天皇親政が実現すると信じ、行動を起こしました。しかし、昭和天皇激怒し、「朕自ら近衛師団を率いて討つ」とまで言い、鎮圧強硬に命じました。将校たちは天皇の「大御心」を勝手解釈していただけで、実際の天皇意思無視・逆手に取られた形です。事件後、統制派が台頭し、軍部の独走を加速させる皮肉な結果に。

ここでも、天皇は「尊皇」の神輿として担がれましたが、拗らせたイデオロギー勢力青年将校ら)の暴走の口実にされ、本人の明確な意思表示(稀だった)がなければコントロール不能でした。終戦時(1945年)の聖断のように、天皇が明確に意思を示した例外は少なく、ほとんどの時代で「担がれる側」でした。

全体の構造問題

権威 vs 権力の分離:天皇万世一系神聖性の「権威」を持つが、政治実権は少ない。これが「神輿」の便利さを生み、江戸尊王論→明治国家神道昭和軍国主義で繰り返し利用された。

意思尊重されにくさ:後醍醐天皇のように親政を試みても失敗し、明治以降は国家軍部天皇イメージを「勝手付託」。神社との伝統的つながりも切られ、孤立した象徴に。

ナショナリズムの道具化:水戸学国学から始まる再定義が、天皇を柔軟なイデオロギー装置に変え、「意味不明な主張」(世界万民天皇の赤子など)を可能にした。

戦後神道指令で国家神道解体され、天皇象徴天皇制にシフトしましたが、この「神輿」としての歴史的遺産は、象徴性として残っています

2026-04-09

今回のイラン侵攻で、イスラエルヤバい極右カルト支配されていることと、そいつらがトランプ支持母体であることが改めて認識できたことかな。

敬虔キリスト教徒聖書に書いてあることはすべて真実と思っている人に、それならこのイスラエルの地は神がユダヤ人に上げたわけだから、彼らのものだし支援するべきだよねと誘導しまくった結果の出来事だと思う。

1990年代オスロ合意の頃はイスラエルも歩み寄れたのに、今や完全な侵略者になった。

停戦合意もどうせそのうちイスラエルアメリカが3度目の卑怯だまし討ちで破るんだろうなと思っていたけど、まさか1日も絶たずに破られるとは思っていなかった。

トランプとしても、自分支持母体だし、切れないよね。

NYTIMESに開戦への経緯がまとめられているけど、いくらイスラエルネタニヤフにビデオ見せられて唆されたとしても、イスラエル非難できないよね。

彼が同盟国はガンガン非難するのに、イスラエルを一切非難しないのはその証左だと思う。

How Trump Took the U.S. to War With Iran

トランプ大統領がどのようにして米国イランとの戦争に導いたのか

https://www.nytimes.com/2026/04/07/us/politics/trump-iran-war.html

日本キリスト教カルト仏教カルト神道カルトのような宗教団体政治家といろいろやっているらしいけど、

そういうのを支持母体に持ってしまうと、いろいろ厄介なことになりそうに思う。

暗躍する暗黒司祭的な奴はゲームフィクションの中だけで十分だ。

2026-04-05

anond:20260405120812

あの、日本場合仏教でも神道でもキリスト教でもない、謎の集団協調性強要のしきたりテンプレみたいなのって何に由来するんだろうな。海外でもあんな感じなのか?アメフト部チアリーダー部とかスクールカーストいじめ構造みたいな文化はあるってアメリカドラマとかでもよく見るけど。旧日本陸軍とかも「あんな感じ」なのかな。よく珍走団とか暴力団とか昭和映画に出てきた応援団とかが同じ「制服」きて「オッスオッス先輩ご苦労さんッス」「おタバコつけます」ってやるじゃん。ああいう振る舞いってどこで教わるの?言語化されているのかな?

神道アニミズムではないし日本人アニミズム信仰していない

中世以降の神道の考え方は「この世界を作った神様の力が全てに宿っている」という典型的な汎神論でむしろ一神教に近い。

日本人がいま「日本人アニミズムを信じている」と思っている感覚は、

古事記多神教的な世界観(多神教アニミズムではない)

・「御神木」や「霊山」などの自然信仰特別な木があっただけで全ての木を大切にしたわけではない)

食べ物を粗末にしない(「お米に神が宿る」などはそのくらい大切に食べろという近代の教訓話であって信仰ではない)

ぬいぐるみなどを生きているように扱う(愛着に伴う擬人化であって信仰ではない)

付喪神(長く使われた道具が妖怪化するという怪談にすぎない)

あたりが混同されて形成されたもので実質を伴っていない。

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