はてなキーワード: 個人競技とは
なぜなら、人が怖いからだ。もう少し踏み込んで説明すると、「他人に自分の存在を見定められ、価値がないことに気づかれ、人がみんな自分を避けていく」のが死ぬほど耐えられないからだ。とにかく自分の存在を評価されたくない。できることなら、最も人の記憶に残らない、普通で平凡な存在になりたい。排斥されたくないし、自分の価値もつけられたくない。就活や婚活のような、人間を商品のように品評し、見定められ、価値を測定されることはなるべく、いや、絶対されたくない。もしも人間に初期アバターがあれば、その姿で一生生きていたい。自分の存在が他人から全く見えないようになって欲しい。でも、誰かに愛されたい。傲慢だが、そういう根底の欲求だけがあるのが苦しい。産まれた時から、集団に入るたびに虐められ、排斥されてきたから、「人に自分の価値を計られる」ことに非常に強い拒絶反応が起きる。
圧倒的に人間社会で生きるのに向いていない。だが、自殺もできない。自分は子どものころから極度に怖がりで、ジャングルジムも怖くて登れなかった。だが、子どもの頃はまだ人が怖い存在だということに気づいていなかったから、見境なく話しかけては嫌われるを繰り返していた。それを繰り返していくうちに、周りから人が誰もいなくなり、「自分は異常で、人から避けられる存在だ」という学習をした。それからは、集団に適応しようと、自らを嘲笑の対象にしてもらうことで集団に入れてもらっていた。確かにひとりで孤独でいるよりは、どんなにバカにされても集団の中にいることで安心感を得られた。だが、中学に入ってからは、それも通用しなくなり、「完全なる孤独」に突入した。それでも部活は毎日かかさず行っていたが、「一緒に剣道部を見学しにいこう」と言われて、何となく見たことがあるが関わりはほとんどない人たちがいて、「知ってる人がいるから安心だ」と思い、そのうえ、母親から「運動部に入りなさい」と言われていたので、ちょうどいいと思い、剣道部に入ってしまった。剣道部は過酷で、個人競技で順位付けされ、その結果でカーストも決まる、非常に厳しい場所だった。俺は臆病だから大きい声を出すこともできなかったし、人を竹刀で叩くことにもためらいがあった。結局最後まで俺は弱いままで、試合では出して貰えず、後輩が代わりに試合に出ていた。後輩から毎日バカにされ、同級生や上級生は腫れ物扱いで、存在を無視された。一度、同級生に「お前、ウザイんだよ。やる気がないなら部活来るな」と校門の前で言われ、殴られた。それを見ていた誰かが先生に言ったらしく、先生と話し合いをした。それも影響あって腫れ物扱いされていた。週末に色んな学校に練習試合に行かされ、どこの学校の人も野蛮なやつが多く、その上、教師もまるで競馬を見てるおっさんのように試合中の生徒に暴言をぶつけていた。1回宿泊もできる施設で、有名な先生の元で練習ができる機会があったのだけど、「目が悪く、剣道用のメガネも持っていなかったので、どこに行けばわからなく、ウロウロしていたら、その有名な先生に目をつけられ、全員が集まった集団の中で自分とその先生の学校の人、合計2人が立たされ、「面を受ける」という合法的な体罰を受けた。剣道では、面というのは素早く竹刀を動かすため、気持ちのいい音を出すために、できるだけ最小限の力で面を打つのだけど、その時は違った。力いっぱい竹刀で頭を何度も殴られた。非常に痛かったし、集団の前で晒し者にされたことが非常にショックだった。今でも強烈に覚えている。「人間って怖いものなんだな」とその頃に徹底的に記憶に植え付けられた。部活では、定期的に先輩後輩関係なく、練習試合をさせられ、順位もつけられた。いつも自分は負けてばかりで、後輩以下で、いつもバカにされていた。自分の無能さを毎回そこで味わった。後輩に毎日バカにされ、メガネを取られて壊されることもあった。部活外では、いつもひとりだった。中学に入った時に、小学生のころ地域の子どもたちで集まって登校したり、遊びに行ったりしていたんだけど、そのメンバーの女性がいて、「こんにちは」と話しかけられるから、ヘラヘラ笑いながら返事をしていたら、ある時、上級生の友達が「なんであんなやつに挨拶してるの?」と聞き、「挨拶を返す時の顔がえろいこと考えてる顔みたいでキモイから」と言っているのが聞こえてしまい、挨拶されても返さなくなった。そうしていたら、上級生の女性が「いつも挨拶してるのに返されない!あの子は酷い!」と広めたらしく、上級生とすれ違うと「キモイ」とか「宇宙人」とか言われるようになった。親が仲良いので、ディズニーランドのお土産を貰ったんだけど、リトルグリーンメンのストラップを貰った。「宇宙人」というメッセージだと思っている。風呂上がりに、外の風景を窓から見るのが好きだったから、風景を見ていたら、上級生に見られ、「きもちわるっ!なんで裸なの!w」と大声で言われた。小学生の頃に転校生に執拗に「友達になろう」と言ったら「君とだけは友達になれない」とか、仲がいいと勝手に思っていた同級生に嫌われ、エンガチョをされたこともある。
このあとも、学生時代は常にいじめ、もしくは腫れ物扱いの対象となっていたが、人と関わる気力が失われた決定的な時は中学生時代だった。
その後、高校で黒いスーツをきた集団に嫌がらせされてると思ったり、バッグや体操服に体液のようなものが付いていたこともあり、障害が悪化した。手洗いが酷く、「ヤバいやつ」と何度も言われた。高校時代はいつもマスクをしていて、水泳の授業の時に「誰!?」とコソコソ言われたこともある。明らかに異常者として扱われ、全く人が寄ってこなかった。めちゃくちゃ頭が悪かったが、虐められたくなかったので、進学コースを選んだら、なんでこいつが?と何度も言われた。ある先生のことを北朝鮮のスパイだとおもっていた時もあった。Fラン大学に入ってからは、暇が増えたので精神病はある程度良くなった。今日は昔のことを思い出して、疲れた。
28歳男性、生活保護、Fラン大学中退、最終学歴高卒、障害者手帳2級、障害基礎年金2級、医者から言われた診断名はASD、ADHD、社交不安障害、強迫性障害、躁鬱傾向あり。クエチアピンやリスペリドンを出されているので、統合失調症もあるのかもしれない。今はクエチアピンがよく効いて、今まで常に不安だったけど、不安が結構ましになった。職歴はFラン大学時代の5年間(留年した)新聞配達、それとB型作業所、A型作業所。A型作業所に適応できなく、鬱や被害妄想が悪化した。具体的に書くと、「呼吸が浅くなる。震える、大勢に指を刺されているような感覚になる、文字が怖くなる、悪意をぶつけられているような感覚になる、音に敏感になり、音が怖くなる、攻撃的なSNSの投稿が怖くなる、布団に入り猫の動画を見ると良くなることがある、デパスを飲むと良くなることがある、リスペリドンは効かない、音がすると怒られそうな気がする、隣の人が怒ってないかがすごく気になる、音が大きく感じる、鳥の鳴き声などが闇の組織の通信音に感じる、周りの人が人間とは思えず、なにか自分に危害を加えたり、悪意をぶつけることしか考えてないように感じる、死んだらこれが収まるなら死にたいと考えてしまう、寝て起きると良くなる、睡眠不足の時が多い、ゲームからも悪意を感じてしまうのでプレイが続行できない、文字の点々が特に怖い、思考してる時に頭に浮かぶ文字も怖い、人が恐ろしくて仕方ない、鬱の時のようななんとなく死にたいではなく、突発的な死にたさしか出なくなる。」という症状が出てきた。仕事を休む日が増え、クビにされたので現在は無職。ここまで書き出せたのはきっとクエチアピンのおかげだと思う。もっと早く出してくれていれば、もう少しはましな人生になっていた気がする。今日は昔のことを思い出しすぎて非常に疲れたので、デパスを飲んで寝るつもりだ。おやすみ
悪い人ではないんだけど、誘われてランチに行くと必ず始まる。
「シェア!」
「シェア!」
まだ注文もしてない。
「これシェア前提でいこ?」
前提ってなに。
私はまだ迷っている。
パスタが運ばれてくる。
湯気が立っててよし、一口目いくぞと思った瞬間、
「シェア!」
フォークが伸びる。
「シェア!」
もう一撃。
「二個ずつでちょうどいいじゃん!」
ちょうどよくない。四つ食べたい日だってある。
「シェアのほうが楽しくない?」
真顔。あの顔。あの、説得ではなく確信の光。
ピコン。
ピコン。
心の中でタイマーが鳴る。
「今日はそれぞれ好きなの食べよ?」
三秒沈黙。
「でもせっかく一緒なんだしさ?」
負けた。
彼女の目が光る。
「シェア!」
息子は幼稚園に通う5歳の時、レゴとゲームが好きだった。公園に連れて行くと虫取りに熱中した。幼稚園でも砂場に穴や溝を作って水を流すようなことをやっているらしく、かけっこやサッカーといった身体を思いっきり動かすことには興味を持っていなかった。
息子は全体的に夫に似ている。穏やかで面白くてゆったりしている。
夫は小学生の頃運動が嫌いで体育が苦痛だったらしい。上手くできないし疲れるから嫌だったと。
そして多分、このままでは息子もそうなりそうな感じがした。
母親の私は昔から運動するのが好き。中高生の時は個人競技で全国大会に出て2回勝てるくらいの強さだった。
夫婦で話し合って、息子には小学生時点で体育が楽しいくらいにはなってほしいなーということになった。
無難に体操教室やプール教室を探したけれど、大体月謝が1万円前後で高い。
そんな時自治体がやっている月謝千円のスポーツ教室を見つけた。元気な身体を作るのが目的です、みたいなやつ。
安かったのでそこに入って週2で息子は運動をした。最初は何もできなかったから行きたくないと言う日もあったが続けた。
いまだにゲームとレゴが好き。将来はロボット作る人になりたい。
少し前にスポーツ教室でしっかりと、しかし基礎と1つの技しか習っていない個人競技の県大会に出て優勝した。
息子は金メダルをもらえて大喜びだった。
相手の子たちは競技を始めたばかりだったのかもな、うちは週2で頑張ってたから小さいうちに努力が報われる経験をさせてもらえて良かった〜くらいに思っていた。
昨日、近くで全国大会が開催されたので出場した。
県大会では勝つ経験ができたから、次は負ける悔しさやそこから立ち直る術を学んでもらえたらと思ったから。
そしたら3人倒して1回負けて3位に入賞した。
息子は負けて泣いた。負けた直後はもう試合に出ない、やめるといっていたが銅メダルをもらってコーチから褒められれると、次は優勝したいな〜とニコニコしていた。
相手の子たちはみな、親がクラブのコーチをして幼児期から競技漬けでハイエースで全国回って大会に出てるタイプだった。技が多彩。隙がない。上手い。
しかし息子は1つの技とタイミング、フィジカルだけで互角以上にやりあえた。
あれ、息子はもしかして強いのか?この時始めて思った。
全く無名の息子がいきなり出て勝ったから、いろんな指導者から話しかけられた。
いつからやっているのか、他のスポーツはしていたのか、親は何かやっていたのか。
そしてこの競技に特化したクラブに入って週4で練習すれば技を覚えられてもっと強くなるからどうだと誘われた。
私はちょっと運動ができるようになれば楽しいだろうな、くらいの気持ちだった。
競合チームに入ってたくさん練習したら、そりゃ強くなるだろう。
でも息子は家でレゴしてゲームして、ロボット作ることを選択できるような大学を目指して勉強するほうが幸せなんじゃないのか??
ゆったり昆虫図鑑見たり自由帳に僕が考えた最強の武器とか最強の敵を描いてる今の生活の方が幸せなんじゃ???
息子にもっと練習増やしたいから聞いたら、どっちでもいいよ〜とのことだった。
多分本当にどっちでもいいんだと思う。
何のスポーツだって、競技の世界は厳しい。私くらいのレベルでも中高生のころはほとんど練習だった。毎日5時間くらいやればある程度までは勝てる。けれどトップになれるのは才能の有無が関係することも認めざるを得ない。
ありがたい悩みだと思う。
集団系のスポーツを見るのがつらい、というお気持ち、とてもよく分かります。特に、社会の縮図のように感じてしまうと、競争や序列、時にはいじめのような側面が見えてきて、純粋に楽しむのが難しくなりますよね。
集団スポーツには、チームワークや役割分担、そして勝利を目指す過程で個人の能力が評価されるといった側面があります。これは、企業や組織など、私たちが日々生活する社会の構造と非常に似ています。
各ポジションに役割があり、それぞれが責任を果たすことでチームが機能します。
メンバー間の競争があり、パフォーマンスによって評価され、出場機会やレギュラーの座が決まります。
指導者と選手、先輩と後輩といった関係性の中で、指示や指導が行われます。
こうした要素が、時に「ダメな奴は補欠行き」といった形で現れ、それが社会における「使えない人間は排除される」といった側面と重なって、しんどいと感じるのかもしれません。
一方で、水泳の平泳ぎや短距離走のような個人競技がマシだと感じるのは、まさにその「個」に焦点が当たるからでしょう。
他者との直接的な比較ではなく、昨日の自分、前回の記録など、常に自己ベストを更新することに意識が向かいます。
タイムや距離など、客観的な数値で結果が出ます。そこに余計な人間関係や複雑な評価軸が入り込む余地が少ないです。
スポーツの楽しみ方は人それぞれです。集団スポーツが苦手なのであれば、無理にそれを見続ける必要はありません。個人競技に目を向けるのも良いですし、あるいはスポーツ以外に興味を持てるものを見つけるのも一つの手です。
もし、集団スポーツの別の側面、例えば「チームが一つになって困難を乗り越える」といった部分に光を当てて見てみると、また違った感情が生まれるかもしれません。ただ、それもあなたが心地よいと感じる範囲で構いません。
社会の厳しい側面をスポーツに見出してしまう感覚は、決してあなただけのものではありません。自分の心に正直に、楽しめるもの、心地よいものを選んでいくのが一番です。
800m競走--400mトラックをたった2周、
時間にすると約2分。
立派なアスリートだったなと。そこに至るまでの練習や努力、それを思うと涙が溢れそうになる。
ある競技の選手が全力を出している横で、次のレースの選手は黙々とウォーミングアップをしている。
息子が最速タイムを目指す傍らで、跳躍選手は最高点を、投擲選手は最長距離を目指す。同じ空間にいながら、全く違う目標に向かって、異なる時間軸で動いている。他のスポーツではなかなか見られない光景だ。
会場には選手だけでなく、たくさんの審判やコーチがいて、彼らもまたそれぞれの役割を黙々と果たしている。審判は競技の公平性を保ち、コーチは選手を支え、導いている。みんながそれぞれの立場で。
会場に溢れる選手たちのユニフォームや審判やコーチの服装もバラバラで、トラックやフィールドは常にカラフルな色に彩られていた。
多様な個性を持つ人々がそれぞれの色を出しながら、共に存在している様子を見る。
陸上競技は個人競技でありながら、会場には多様な人々が共存し、それぞれの目標や役割を全うしている。みんながそれぞれの「今」を生きていて、誰かにとっての「本番」が、別の誰かにとっての「準備期間」だったりする。
ペース配分を間違えて2周目から
減速してしまった息子に大きな声援を送る。
声を張り上げて叫ぶ。
がんばれ
20代30代にモテる男性にするにはどういうルートを通るのが良いか?
トップ選手ならモテるだろうがバランスが難しくなるのでそこまでいかなくてもいい
得手不得手はあってもよい、1個何か得意なものがあればこの目標は容易い
子は親のセンスを見て学ぶ所が大きい
基本的に男児、少年は外見への意識が薄く、20代になってから強くなる人が多いと思うが
どうにかして興味を持ってもらう
ナルシストにはならないように注意
音楽が一番良いが、それ以外でも良い
しかしやりすぎるはよくない、鑑賞できる程度で十分だと思う
一番いいのはそういう家や環境を作ることだが、苦手ならそういう施設に連れて行くか、習い事をちょっとだけさせる
一通りやらせる
全部やってあげるとモンスターが誕生する、そういう時代ではない
放っておいてもどうせハマるので、抑制する程度で丁度いい
全体を通して
・やりすぎると傾倒し始めてバランスが壊れるから、エンジョイ勢に留める
・親のセンスを過信しない
まあこうやって並べると、金持ちほどやりやすそうだなって感じはしちゃうね
私とBは部活が同じだったが、Bは不登校になったタイミングで部活にも来なくなっていた。別に仲が良くもなかったので特に連絡は取りあっておらず、いないなーとだけ思っていた(個人競技なのでいなくても困らない)
ある日のホームルームで、Bの退学が告げられた。
担任は「Bは学校に来るのが難しくなって、別の方法で勉強をする決断をした」というような説明をした。
それまで同学年に退学者がいなかったのでクラスはざわついた。ホームルームが終わると、クラスメイトAが私の元にやってきた。
「B辞めるんだ、なんで?」
Aと私は仲が良いわけではない。グループ学習でお喋りはするが休日は遊びに行かないくらいの関係性だ。
私は激怒した。
大学進学をすることになった。
志望校は堂々のD判定。だが入試形態でひとつだけ入れそうなルートがあり、私はそのルートを選択した。
そのルートは二次試験まで試験があるが、一次試験の突破率が低めな代わりに、二次試験は合格率が90%を超えており「一次さえ受かればまず受かる」と三者面談では言われた。
三者面談では同様に「この方法で落ちたら、正直この大学は厳しい」とも言われていた。
帰宅して早々に母に合格を告げたところ、即座に「でも二次で落ちるんでしょ?」と言われた。
私は激怒した。
20歳の誕生日に「お誕生日おめでとうございます。これでお前も老人の仲間入りだなw」とメッセージがあった。
そのメッセージを送ってきたのは同い年の友人で、友人の誕生日に私は肉を奢ったはずだが。
そもそも友人は既に20歳なので、自分を棚上げして私を老人呼ばわりしているわけだが。
私は激怒した。