はてなキーワード: 謙虚とは
https://anond.hatelabo.jp/20251006154014#
二人でサイクリングしてるときに○○があるとか言われたんだけどどこにそれがあるのかわからなくて、とりあえず自分が思い当たる○○を見てこれかなあと天を仰いだりしてきょどってたら、また呆れられた。
最初から何時の方向とか言ってくれればいいのにと苦言を呈したらそれではお前のためにならないとのこと。
普通の人間は発言者を見てその視線の方向を観察することで言及している対象の場所をつかみ取るんだって。
でも一つ気になったのは、なんで俺がきょどったりしているのかあのとき認識できたかってこと。
それに対しては視野は広いからとかいちいちそんなどうでもいいこと突っ込むな謙虚になれとか言われるんだけどさ。
いやいや俺がどうなってたか見えてるってことは発言した直後に既に俺の方を向いて観察していることになるかもしれないわけで、そうだったとしたらあのとき俺が相手を見てもその相手が見てるのは対象物とは無関係な俺の方向に過ぎず、発言者の視線がヒントになるって助言が破綻してることになるんだよ。
https://anond.hatelabo.jp/20260207194031#
道具あるって頼んだらその道具取りに行くからついていくじゃん?
であるところで止まれってジェスチャーされたから立ち止まるわけよ。
その人が回り込んで奥側に回り込んでケースから目的の道具をとるときに「これを覚えておくためについていかせてるんだよ」みたいなことを言ったわけだ。
道具を取ろうとするときに近寄らなかったから「ぼーっとしてる」という態度に読み取ってそう言ってきたと思うんだけど、止まれって言われたのに「今ここで道具とりそうだから近寄る」って判断するの無理ゲーがすぎないか?
そこに道具があるとあらかじめ知ってるならまだ適当なタイミングで近寄り始める判断もできるけどそもそも知らないからついてってるわけでさ。
dorawiiより
定食屋に入る。
メニューを見る。
おれは0.3秒でBランチを頼む。
毎回だ。
なぜか。
まずAランチ。
これを頼むやつ、はっきり言って「思考停止」だ。
家で作れ。
コンビニにもあるぞ。
わざわざ店に来て、人生で1万回食ったことある味を選ぶ意味がわからない。
Aランチ頼んでるやつのテーブル見ると、だいたいスマホをぼーっと見てる。
味わってすらいない。
ガソリンスタンドにでも行ってろ。
次にCランチ。
こっちはこっちで重症だ。
「人と違うものを頼む俺、センスある」というオーラを全身から出している。
謎の創作パスタとか、聞いたこともない魚のグリルとか頼んで、出てきた瞬間に「うわ、思ってたのと違う」って顔してる。
知ってる。
おれはずっと見てる。
食う前に。
冷めるぞ。
ライティングもひどい。
そして一番痛いのが、半分残すパターン。
「ちょっと量多くて〜」じゃない。
それに比べてBランチ。
Bを頼むやつには知性がある。
メニューを上から下まで読み、店の構成を理解し、「この店が本当に出したいのはこれだな」と見抜いた者だけが辿り着く境地。
派手じゃない。
主張もしない。
これはもう、構造的にそうなっている。
考えてみてくれ。
「Bランチで」と言われた瞬間だ。
「お、わかってる客が来たな」と。
Aを頼まれても何も思わない。
ルーティンだ。
Cを頼まれると「うわ、これ作るのめんどくさいんだよな」と内心舌打ちしている。
Bを頼まれた時だけ、店主は本気を出す。
これは断言できる。
連休明け、定食屋に行ったら、AでもCでもなく、Bを頼んでくれ。
メニューを見ずに、だ。
店主は気づく。
「あ、こいつ、できるな」と。
能力(社会的・実務的能力)が低い女性が「詰み」の状態を回避するための具体的な方法は、主に以下の5つのポイントに集約されます。
人生が破綻する最大の要因は「能力の低さ」そのものよりも、それを埋めようとする「過剰な承認欲求や寂しさ」であると指摘されています。
社会的能力が低いことを自覚している場合、自己主張を控えて「すみっこでひっそり生きる」ことが推奨されています。
自力で健常者と同じように振る舞おうとして失敗を繰り返すのではなく、早い段階で適切な支援を受けることが回避策となります。
自分の特性がマイナスになりにくい、あるいは希少価値として扱われる環境を選ぶことも有効です。
「理解ある彼くん」や「性の安売り」は不安定なセーフティーネットであり、最終的には破綻するリスクが高いです。
結論として、「自分の能力の限界を認め、寂しさに流されずに、身の丈に合った静かな生活や公的な支援を受け入れること」が、人生の破綻を避けるための現実的な生存戦略となります。
英文:
The guy whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power got about as ticked off as a polite Southern gentleman of faith is allowed to get.
The guy ... got about as ticked off as ... is allowed to get.
つまり、
「その男は、かなり腹を立てた」
「ただし、信仰深い礼儀正しい南部紳士として許される限界いっぱいまで」
という構造です。
[1] 主語
The guy whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power
主語の中心は、
The guy
です。
whose actual paid job it is to try to get those in power to think about a higher power
これは、
「その人の実際の有給の仕事が、権力者たちに“より高次の力”について考えさせようとすることである」
という意味です。
whose は the guy を受けていて、
whose actual paid job
という意味です。
his actual paid job is to try to ...
彼の実際の仕事は〜しようとすることだ
と考えると分かりやすいです。
[2] try to get those in power to think about a higher power
ここが少し皮肉っぽい部分です。
those in power
権力の座にある人々
権力者たち
get A to do
Aに〜させる
なので、
get those in power to think about a higher power
権力者たちに、より高次の力について考えさせる
a higher power は普通、「神」「超越的存在」「人間を超えた力」のような意味です。
ここでは、
those in power
と
a higher power
より高い権力/神
がかけられています。
つまり「政治的・世俗的な権力者に、神のようなもっと高い権威を意識させるのが仕事の人」というニュアンスです。おそらく牧師、聖職者、チャプレン、宗教指導者のような人物を指しています。
[3] 動詞部分
got about as ticked off as ...
腹を立てた
ムカついた
怒った
という意味です。
ticked off は angry / annoyed に近いですが、やや口語的です。
だいたい〜と同じくらい
ほぼ〜な限度まで
[4] 比較の後半
as a polite Southern gentleman of faith is allowed to get
a polite Southern gentleman of faith
Southern はアメリカ南部の、という意味です。アメリカ南部には、礼儀正しさ・信仰心・穏やかな紳士性といった文化的イメージがあります。
〜になることを許されている
という意味です。
つまり、
「信仰深く礼儀正しい南部紳士としては、これ以上怒れないというくらい怒った」
ということです。
直訳:
その実際の有給の仕事が、権力の座にある人々に、より高次の力について考えさせようとすることであるその男は、信仰深い礼儀正しい南部紳士に許される限りにおいて、ほぼ最大限に腹を立てた。
意訳:
権力者たちに神の存在を意識させるのが仕事のその男は、信仰深く礼儀正しい南部紳士として許されるギリギリまで、かなり怒っていた。
権力者に「神の前での謙虚さ」を説くのが本業のその人物は、礼儀正しい南部の信仰人としては限界いっぱいと言えるほど、怒りをあらわにしていた。
さらにくだけると:
政治家たちに「神を忘れるな」と説くのが仕事のその人が、南部の信仰深い紳士として許される範囲では、ほぼ最大級にブチ切れていた。
「その限度いっぱいまで怒った」
というユーモラスな表現です。
※これはChatGPTによる解説です。
メンタル死にそうなので、貧乳について書いて気持ちを落ち着かせることにする。
大きいのはなんというか「お母さん感」が出てしまうので、拒否反応が出てしまう
そうやって自分の感覚に気づいた時、自分が貧乳好きであることがわかった
貧乳といっても全くないのはちょっと無理だ。男性と同じに見えるから
胸が小さいと、セッ久する時にちょっと物足りないことはある
これは認めざるを得ない
しかし普段の生活や、普通に裸を見るときは、小さい胸の方がかわいいし、美しいと思う
健気さ、謙虚さがそこに現れる
肩も凝らないし、汗の問題もない
なにより貧乳の方が似合う服が多いように思う
世の中の女性は貧乳を誇っていいし、コンプレックスに思うことはないと思う
日本人のカップ数が上昇傾向にある現在、貧乳はむしろ希少価値があり、羨ましがられる存在とも言える
みんな、貧乳を誇ろう
「100意見があれば1の意見が影響するという意味」のつもりではなかった、あくまで1つの意見で作品制作にまつわるあらゆる要素の中で寄与率がどれくらいか、と言う話
なので「100意見あれば」による希薄化の効果はそこにさらに掛けることになる。
さらに「批評がバズってみなくなれば終わるし、叩かれて消えることもある」と言う話だったから、そもそも批判を受けた作者が2作目を書けるかどうかも考えないといけないね
そんなに批判・批評を受けて残存できる割合というとかなり厳しそうだけど、まけにまけて30%としよう
ほかにももっと希薄化の効果はあるだろうけど、考えれば考えるほど寄与度は少なくなるし、
しかもそれによる影響が本当にプラスなのか、それともむしろ状況を悪化させるだけのマイナスなのか、もまだ未考慮だ
要するにこの程度のことも君は考えてないから、「一般人の批判にも影響力があると考えていいと思うが」といったことが言えたわけだ
30歳でPairsで出会って結婚したけど、自分が気を付けたのは
最初は高卒であることを正直に書いてたけど仲良くなってからがいいわ。謙虚に書くのもよくない気がする。働いて収入あればいいわけだし。
休日は家に引きこもってますとか貯金が趣味です、とかも捉え方が微妙な気がする。
自分は妹が結婚して子供出来てあんまり結婚とか考えてなかったけどしたいなと思って登録したって書いた。
②希望条件は書かない
最初は年下が良いとか書いてたけど「楽しく食事が出来たらうれしい」的なことに変えた。
実際、女の方が優位なわけだから条件出さないほうがいい気がする。
なんか「学校は「ノーポジションなんて存在しない」と教えてくれない」みたいなことを書いている記事がはてぶで人気を博してるんだけども、ブコメを見る限り
・預金はインフレでは実質価値が目減り、デフレでは増加すると教えている。
ということみたいだ。
元記事を書いた人は、なんか「ノーポジション」という言葉にこだわって、「円預金はノーポジションではないとは教えていない!」みたいなことを一生懸命主張してる。
けど、その三重否定を単否定に戻すと「円預金もポジションであると教えていない」ってなって、その仮説は上記のとおり誤りだ。
なんか三重否定やら「日本円タンス預金」みたいな誇張表現やらを駆使して糊塗してるけど、「自分は全ての面において現在の高校生よりも知識があるというわけではない」と思う程度の謙虚さがあれば良かったのにね。
昔は言ってたがそういうときに限って親戚側は自分が絶対正しいと思ってるときでお前が謙虚になれとか聞く耳持たないしそれでこちらに対する評価が下がるのを反映して待遇も悪くなるから諦めた。
ロジハラする奴には黙るって増田が伸びてなかった?あれと同じ原理よ。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421145630# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHQEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaecRZgAKCRBwMdsubs4+ SMDfAQC/jnUKHnbSVfa5XXbHmOg0XqIGVJRDN9CyBVyOpr3qtwD2I1LLin0S7kzS TunU2EKxB4FbqMFIB2Ft+JhBt8TjCg== =W2pL -----END PGP SIGNATURE-----
すまんかった。省略しすぎたせいで誤解させてしまいました。誤解を生まないように書き直すと…
朝鮮人。良く聞け。
インドを植民地にしたイギリス。ポーランドを占領したナチス・ドイツ。どこも植民地のインフラを整備したり、その国の人間に教育を施したりなどしない。搾取するだけ搾取する。それが植民地だからだ。
と書いた人に、
きっと品格ある日本人は(百歩譲って腹の中で思っていたとしても)そんな露悪的で尊大な表現は用いないよね
悠然・毅然とふるまうなり、(あなたをくすぐる言い方をすれば)憐れみや慈愛の態度で臨み、意見を述べる時も謙虚を旨とし、時には言葉を選ぶだけでなく切り口も変えて、諸外国から「さすが日本人の品格は違う」と称賛されたいんじゃない?
と聞いてみたいよ。
こんな感じ。
プログラマとそれ以外の人って世界の捉え方からして違いすぎて、そのギャップが毎日嫌になる。プログラマってパソコンが存在しなくてもプログラマなんやなって毎日思う。以下、嫌な点の列挙
・プールプルーフの考え方がない。あらゆる分野のエンジニアは、「人は基本的にヒューマンエラーを起こす無能」という前提で環境を作るが、そうでない人は、啓蒙したり、ミスを叱って気を引き締めさせることで解決する。(特に私はヒューマンエラー多めの人間なのでつらい)
・カプセル化や疎結合を意識していない。部署ごとの役割の境目が曖昧なので、たしかに「他部署のミスを発見できる」とか「例外的なことが起こった時に融通が利く」のようなメリットはあるが、他部署の都合も把握していないといけないと、意識すべきことが膨大になる。
・水平思考ができない。自分の主観はいつだって正しくて、押し付けて良いと思っている。プログラマは常に「自分は間違ったことや、ソースがないことを喋っているかもしれない」と気をつけて喋っているというのに! 主観と主観がぶつかったときは常に、地位が高い方の主観が正しい。
・業務の持続可能性をついて考えていない。業務の全容は人の脳内にあり属人的で、業務内容を次世代へ引き継ぐときもフローチャートや手順書に起こしたりしない。OJTでは、知識が必要になったり、例外的な事が起こったら、場当たり的に知識を教える。知識を断片的に、枝葉から順番に覚えることになる。(なんなら、そうやって業務内容を容易に理解させない事で、属人的な業務をこなしている上司の威厳や上下関係を担保しているのではと疑いたくなる)
・弊社ではようやく「手順書を書こう」というムーブメントが起こり始めているのだけど、みんな(プログラマと比べて)命令を厳密に記述するのがド下手。「ここまで書けばわかるでしょ」という、複数の解釈ができてしまう記述や、前提知識を多分に要する記述が多い。というか手順書に限らず普段のOJTでもそう。
・エンジニアの「チョットワカル」の精神がない。なんでもいいので学問を1つ本気で学んだことがある人はみんな「自分は途方もないくらい無学だ」ということをわかっていて謙虚なのだが、そうでない人は傲慢で、「新人の方が自分より業務内容に詳しい」という状態が許せない。
・新人が、プログラミングであらゆる既存のルーチンワークを解決できることが実証されると、(そのルーチンワークをしている自分の尊厳が失われるためか)集団で無視する。
プログラマとそれ以外の人って世界の捉え方からして違いすぎて、そのギャップが毎日嫌になる。プログラマってパソコンが存在しなくてもプログラマなんやなって毎日思う。以下、嫌な点の列挙
・プールプルーフの考え方がない。あらゆる分野のエンジニアは、「人は基本的にヒューマンエラーを起こす無能」という前提で環境を作るが、そうでない人は、啓蒙したり、ミスを叱って気を引き締めさせることで解決する。(特に私はヒューマンエラー多めの人間なのでつらい)
・カプセル化や疎結合を意識していない。部署ごとの役割の境目が曖昧なので、たしかに「他部署のミスを発見できる」とか「例外的なことが起こった時に融通が利く」のようなメリットはあるが、他部署の都合も把握していないといけないと、意識すべきことが膨大になる。
・水平思考ができない。自分の主観はいつだって正しくて、押し付けて良いと思っている。プログラマは常に「自分は間違ったことや、ソースがないことを喋っているかもしれない」と気をつけて喋っているというのに! 主観と主観がぶつかったときは常に、地位が高い方の主観が正しい。
・業務の持続可能性をついて考えていない。業務の全容は人の脳内にあり属人的で、業務内容を次世代へ引き継ぐときもフローチャートや手順書に起こしたりしない。OJTでは、知識が必要になったり、例外的な事が起こったら、場当たり的に知識を教える。知識を断片的に、枝葉から順番に覚えることになる。(なんなら、そうやって業務内容を容易に理解させない事で、属人的な業務をこなしている上司の威厳や上下関係を担保しているのではと疑いたくなる)
・弊社ではようやく「手順書を書こう」というムーブメントが起こり始めているのだけど、みんな(プログラマと比べて)命令を厳密に記述するのがド下手。「ここまで書けばわかるでしょ」という、複数の解釈ができてしまう記述や、前提知識を多分に要する記述が多い。というか手順書に限らず普段のOJTでもそう。
・エンジニアの「チョットワカル」の精神がない。なんでもいいので学問を1つ本気で学んだことがある人はみんな「自分は途方もないくらい無学だ」ということをわかっていて謙虚なのだが、そうでない人は傲慢で、「新人の方が自分より業務内容に詳しい」という状態が許せない。
・新人が、プログラミングであらゆる既存のルーチンワークを解決できることが実証されると、(そのルーチンワークをしている自分の尊厳が失われるためか)集団で無視する。
モナキ爆裂愛してる中だけど、ジュニ様のストーリーとビジュアルの一致が完璧すぎて日プでもデビューできただろという気持ちになってきた。
37歳、未経験、元会社員、早稲田首席、一級建築士、妻子持ち、サラツヤロング、鼻筋系美人
これだけでもストーリーがある。モナキサンチームはデビュー前にちゃんとドキュメンタリーを展開していた。デビューまでの過程をストーリー仕立てで見せるけど、順位や視聴者投票はやらない、プロデューサーが1人軸となって進める、という形は去年大流行りしたノノガに似てるなと思った。
私はモナキをYouTube shortで初めて見た。3回くらいモナキが流れてきて、「この人たちよく見るけど誰?」となりホーム画面に飛んで何者かを知った。消費者が、「よく見る」と感じるまで公式がshort動画載せまくる(実際流行っているかは別)のは、カワラボのやり方に似ていると思った。
謙虚でトンチキ元気な所はM!LK、ちゃんと生歌でやる所はJuiceの盛れ!ミバズったハロプロ系、酒井Pによると純烈のように温泉も回るらしい。
狙ったのか偶然かはわからないが、完璧に流行ってるラインを網羅した、狙ったバズを起こしたグループに見える。
元々芸能界にいたじんケンケン、ボイトレは受けてたけど活動は初めて(とは思えないくらいパフォーマンスできる)おヨネ、3人より追いつかない要素が多くても完璧なストーリー持ちのジュニ様、レコ大新人賞どころかいろんなもの総舐めにしそうである。(ネックなのは上半期であること…9月くらいならもう勝ってる)
女は糞虫か、謙虚でよろしい
学歴は九大卒、職業は今はITエンジニア、趣味はダンス。(歴10年くらい)
年収は副業合わせて1200万以上(うち本業は800万)、身長175cm、体重75kg。一人暮らし。あと3つ上の姉と1つ下の妹がいる。
大学生このころ同じ学部の知り合いで1年~3年(19~21歳)まで付き合っていた彼女がいた。28~30歳と、32~34歳まではダンス趣味で出会った彼女がいた。
正直、言って、34歳ぐらいまでは全く結婚を考えてなかった。34を迎えたとき、周囲もだいぶ結婚したりしていて、結婚を考えるようになった。
34の頃に付き合っていた彼女と結婚しようと考えていたが、結婚について価値観が合わず別れてしまった。
(彼女に働いてほしかったが、仕事をやめるとか。仕事を辞めて家事に専念するの?とか聞いたけど、料理と家事は半々でとか言っていたので、まったく価値観が合わなかった。ちなみにその女は32歳)
そこで婚活を始めようとしたら、だいぶ苦戦したので、いろいろ書いておこうかなと。(一応言っておくと、婚活は無事なんとかなりそうである)
始めに言いたいことを書いておこう。
ぶっちゃけ結論から言えば、婚活している女、甘えすぎだし、にしては理想が高すぎるのを実感した。
そら結婚できないわと思った。てか、私は、年収とか身長を見れば、だいぶ好物件だよ?なんで、私のスペックでお断りしたりしてるの?
このように書くと、私に問題があると思われるだろうが、それでも、ちょっと本音を書いておきたい。
女性はもっと理想を下げろ。欠点を探すな。本気で結婚願望あるのか???結婚の夢を見すぎ。
女性の「平均的」な要求は平気的じゃない。それは非現実的な夢だ。
プロフィールや一目見た、短時間話した程度で、判断するな。ある程度付き合った程度で判断しろ。
その時の気分で判断するな。まずは数回会ってみて、その人のことを理解しろ。
以下私の婚活遍歴を書いておく。
ペアーズのアプリを登録して、プロフィールを考えて、写真もちゃんといいものを取って。
始めた当初はすぐマッチングして付き合えるだろう!とか思っていた。
だが、なかなかマッチングしない。苦戦した。
こちらは正直ある程度、顔はある程度で話していて楽しければOKかなと思っていて、
気になった人には、いいねを送っていった。でもなかなかマッチングしない。
https://www.youtube.com/shorts/4Dcmj1Oc_XE
↑マジでこんな感じ。
正直わけわからないと思った。始めた当初、割とすぐ付き合えるものだとか思っていたが、全然そんなことなかった。
自分で言うのもアレだが、正直私はスペックは高いほうだと思うし、ある程度話も人並みにできる。趣味がダンスともあってある程度身なりにも気を使っている。
周りの友人に相談したが、相談した友人もわけわからないとか言っていた。
半年ぐらいやって諦めた。
次に街コンを試してみることにした。
正直、こっちの方がまだマシだった。マッチングはした。けれどもマッチングした後が全く続かない。
ラインを交換しても会話が続かなくて、自然に解消したり、デートを1~2回するぐらいで終わったりした。
35の時、街コンを開催していた結婚相談所の方から、結婚相談所の登録をおすすめされた。
それがきっかけで、結婚相談所に登録することにした。結婚相談所曰く、マッチングアプリや街コンは成功率が低いらしい。
一方、結婚相談所は女性も男性とある程度は同額をお支払いする。マッチングに関しても、仲介の人がいて、サポートがある。
会員規約にもマッチングしたら、出会うまでは補償してくれる。マッチングしたけどキャンセルした場合は罰としてキャンセル料1万円とられるとか。
私はなるほど、と思って、ちょっと高い料金を払って試してみた。
仲介の人がひとまず10人申し込んでくださいとか言われたので、ひとまず検索して申し込んでみる。10人中3人とマッチングした。
私としては、こんなにマッチングしないものなの?とか思ったが、相談所の人が普通の人よりもマッチングしている方だとか言われた。
にしても、7人はどうしてお断りしてんだ?とか聞いたら、断る理由を聞いてみたら、タイミングが合わなそう3人、4人が価値観が合わなそう。ってことらしい。
いや、そもそもあってもないのに「価値観が合わなそう」ってなんだよ。とか思った。
一方で、女性からの申し込みも多かった。大抵マッチングOKした。年上45歳まではOKにした。
最初の1~3カ月はお見合いラッシュ&仮交際ラッシュだった。ぶっちゃけ大変だった。
お見合いして、仮交際は大抵私はOKしていた。そもそもお見合いで、その人となりがわかるもんじゃないので、ある程度話せる人はOKしていた。
よほど、一問一答にならなければと。9割ぐらいは私の返事としてはOKしていた。
でもお見合い時点で向こうからのお断りが8割ぐらいだった。意味がわからない。
そのあとの進展は、仮交際したなかで、真剣交際に3回ぐらい発展した。真剣交際した結果は私がお断りした。
一人は子どもが居たのですが、その子との相性と問題がありそうみたいな。あと2人に関しては、結婚観がずれていた感じ。
いやクソみたい文章かいてごめんなさい。勢いで書いたので誤字脱字やら構成はおかしいだろう。正直私がすっきりするために書いた。
ただ思うのは、婚活できないのは男性が悪いわけじゃなくて、女性に大抵問題があると思った。ほんとに。男性のほとんどは誠実でやさしいよ。なんでそれに気づかないの?
男性のやさしさや誠実さを当然として、男性の欠点を荒さがし。女性はもっと誠実に謙虚になれ。
他のスペックが全部本当なら見た目だろうな
いや、相談所の時は、普通に顔自体も普通にちゃんとアドバイザーに指摘してもらったりしたので、写真で弾かれたりはないとは思う。
というか普通に顔が悪かったら、「顔が悪かった」という仲介のアドバイザーがはっきりいう感じなので。それは考えにくい。(実際にお断りの理由に容姿の選択肢もあるからね)
普通に大学や高校時代に女性から告白されたりしたので、そこまで悪いとは思わないな。
というか「塩対応」というがそもそもちゃんと、「塩対応」されたとはちょっと違う。この辺りはそもそも、人と会話に慣れてない人って感じ。塩対応ならもっとあからさまに無関心だってわかるからね。
経済学を学んできた人間として私が長年思い知らされてきたことのひとつは、技術革命についての予測はほぼ必ず二つの方向に間違えるということだ。短期的な影響を過大評価し、長期的な影響を過小評価する。Amara’s Lawと呼ばれるこの法則は、もう耳にタコができるほど引用されているが、引用している人々の大半がその含意を正しく理解していない。
なぜか。この法則が本当に言っているのは、私たちは技術の生産性への経路(path)を予測するのが絶望的に下手だということであり、それは「長期的にはすごいことになる」という楽観論の根拠にはならないからだ。むしろ謙虚さの根拠である。
1987年、ロバート・ソローが言った有名な一言がある。「コンピュータの時代はどこにでも見えるが、生産性統計の中には見えない」。いわゆるソロー・パラドックスだ。
結局のところ、ソローは間違っていた——ただし、正しくなるまでに約10年かかった。1990年代後半になってようやく、IT投資は全要素生産性(TFP)の統計に姿を現した。そしてその生産性ブームは2004年頃にはもう息切れしていた。つまり、真に生産性が加速した期間はせいぜい7〜8年だった。
ここで問いたい。AIについて、私たちはソロー・パラドックスのどの段階にいるのか?
私の暫定的な答え:まだ最初期、つまり投資は膨大だが生産性統計にはほとんど現れていない段階だ。2024年から2025年にかけて、米国の大手テック企業はAI関連の設備投資に年間2000億ドル以上を注ぎ込んでいる。これはドットコム・バブル期のIT投資をインフレ調整後でも凌駕する規模だ。しかしBLS(労働統計局)の生産性データは頑固に平凡なままである。
これ自体は悲観する理由ではない。1990年代の教訓は、GPT(General Purpose Technology、汎用技術——チャットボットの名前ではない)の生産性効果は補完的な投資と組織変革が追いついて初めて顕在化する、というものだった。電力についてのPaul Davidの古典的研究が示したように、工場が電力を最大限活用するには、建物の設計から生産プロセスまで全面的に作り直す必要があった。それには一世代かかった。
問題は、AIについてこの「一世代」がどのくらい圧縮されるか——あるいはされないか——である。
■ 今回は本当に違うのか
AI推進派(ブースター)たちの主張を整理しよう。彼らの議論は概ね三つの柱からなる。
第一に、AIは「知的労働」を自動化するので、過去の技術革命(肉体労働の機械化)とは質的に異なる。第二に、AIはAI自身の改良に使えるので指数関数的な自己改善が起きる。第三に、したがって従来の経済モデルは適用できない。
率直に言おう。第一の主張には相当の真実がある。第二の主張は経験的にまだ確認されていない。第三の主張はほぼ確実にナンセンスだ。
第一の主張から。確かにLLM(大規模言語モデル)がホワイトカラー業務の一部を代替・補完できることは明らかだ。コードを書く、文書を要約する、定型的な分析をする——これらのタスクでAIが人間と同等かそれ以上のパフォーマンスを示す場面は増えている。そしてこれらはGDP統計の中でかなりの比重を占めるセクターの業務だ。
しかし——そしてこれは大きな「しかし」だが——タスクの自動化と職業の自動化は全く別物である。これはDaron AcemogluとPascal Restrepoの研究が繰り返し示してきたポイントだ。ある職業の30%のタスクが自動化可能だとしても、その職業が消滅するわけではない。むしろ、残りの70%のタスク——AIには(まだ)できない判断、交渉、文脈理解——の相対的価値が上がる。
経済学ではこれを「Oの環理論(O-ring theory)」で考える。宇宙船チャレンジャー号を思い出してほしい。あの事故では、一個のOリングの不具合が全体を破壊した。多くの知的労働もこれに似ている。プロセスの大部分をAIが完璧にこなしても、人間の判断が必要な一箇所が全体の質を規定する。この構造がある限り、「AIが全てを代替する」というシナリオは実現しにくい。
投資の話に戻ろう。
私はバブルかどうかという問いの立て方自体が間違っていると思う。正確な問いはこうだ:現在のAI投資の期待収益率は、資本コストを上回っているか?
NVIDIAの株価は、AI関連の半導体需要が今後5年間にわたって年率30%以上で成長し続けることを織り込んでいる。Microsoftのクラウド事業の評価額は、企業のAI導入率が楽観的なシナリオの上限で推移することを前提としている。これらの仮定が同時に成立するためには、AIの経済的価値が、それこそ過去のどの汎用技術よりも急速に実現されなければならない。
これは不可能ではないが、歴史的な基準率(base rate)を考えれば、かなり強気な賭けだ。
もうひとつ、あまり議論されないが重要なポイントがある。AI投資の地理的・企業的集中度だ。米国のAI設備投資の大部分は事実上5〜6社に集中している。これは1990年代後半のテレコムバブルと構造的に似ている——大量の資本が少数のプレイヤーの「勝者総取り」の賭けに集中し、セクター全体の合理性が個別企業の楽観バイアスの総和によって歪められる。
マクロ経済的により心配なのは、バブルが弾けた場合の波及効果だ。テック企業の設備投資がGDPの相当部分を占めるようになった今日、AIへの期待の急激な修正は、2000年のドットコム・クラッシュよりも大きなマクロ的ショックをもたらす可能性がある。
■ 分配の問題
仮にAI楽観論者が正しいとしよう。AIが本当にGDP成長率を年1〜2ポイント押し上げるとしよう。それでも、私にとって最も重要な問いは変わらない。誰がその果実を得るのか?
過去40年間の技術進歩の歴史は、生産性の上昇が自動的に広く共有されるわけではないことを痛いほど示してきた。実際、skill-biased technological change(技能偏向的技術変化)の文献が明らかにしたのは、ITの普及が賃金格差の拡大と中間層の空洞化に寄与したということだ。
AIの場合、分配効果はさらに極端になる可能性がある。なぜなら、AIが代替するのは(少なくとも当面は)比較的高給のホワイトカラー業務の一部だからだ。パラドキシカルに聞こえるかもしれないが、配管工やクリーニング業者の仕事は、弁護士のパラリーガルやジュニアのプログラマーの仕事よりもAIによる代替に対して安全だ。これは分配の観点から複雑な含意を持つ——単純な「高スキル対低スキル」の図式では捉えきれない再編が起きる。
■ 私が本当に心配していること
以上を踏まえて、AI経済についての私の暫定的な見方をまとめよう。
AIは本物の汎用技術であり、長期的に有意な生産性効果をもたらす可能性が高い。しかし「長期的」が何年を意味するかについて、私たちは驚くほど無知である。現在の投資水準は、その効果が歴史的に例外的な速さで実現されることを前提としている。そしてたとえ楽観的なシナリオが実現しても、分配の問題が自動的に解決されることはない。
私が最も心配しているのは、AIについての公共的議論の質だ。テクノ・ユートピア主義者たちは「AGIが3年以内に来る」と叫び、テクノ・ペシミストたちは「大量失業が来る」と叫ぶ。そしてどちらの陣営も、自分たちの主張がきわめて不確実な予測に基づいていることをほとんど認めない。
経済学を学んだ人間として私が言えるのは、不確実性にはそれ相応の政策的対応がある、ということだ。セーフティネットの強化、教育と訓練への投資、競争政策による市場集中の抑制——これらは、AIがユートピアをもたらす場合でもディストピアをもたらす場合でも、あるいはその中間の(最もありそうな)場合でも、正しい政策だ。
確実性の幻想に基づく政策よりも、不確実性を認めた上でのロバストな政策のほうが、はるかにましだ。これは退屈な結論かもしれない。だが退屈な正しさは、刺激的な間違いに勝る。いつだってそうだ。