はてなキーワード: 凋落とは
学生運動に明け暮れた世代のおっさんとか、バブルを思う存分楽しんだ世代のおっさんおばさんが、自分たちと比べて今の若者はつまらなくて可哀想だなーって言い続けたのが今の日本の凋落に繋がってるんだと思ってる
だって実際可哀想なんだもん。時代の波にタダ乗りして実力以上の娯楽に明け暮れてた世代に比べて自分らってただ下り坂を落ちていくだけなのが明確で
今の世代には今の世代なりの楽しさとか恩恵もあるはずなんだけど、そういう自分たちなりの楽しみ方をしてる若者を取り沙汰して「金が無いから地味な遊びしかできない」って茶々入れてきてた上の世代の害悪さったらない
やたら数も多いし社会の上層に食い込んでるから声もデカいし。テレビなんか見てたらこいつらが若者を可哀想可哀想ってずっと言ってる。その割に救う気もない
だから可哀想なのは自分たちの世代で終わりにしよう、っていうのが何十年か続いた結果がこの有様だよ
もっと早くにおっさんおばさんの言いたい放題が規制されるべきだったんだよな。こいつらが日本の行く先に呪いをかけ続けてたんだわ
理系も文系もトップの人はあまり日本企業に行きたがらないのよ。これが日本凋落の大きな原因の一つだわ。これは何も今に始まったことではなく少なくとも15年以上前から続く傾向であることよ。
なんで日本のメーカーが韓国や中国のメーカーに負けてるのか。トップ人材は誰もメーカーに行かないからだわさ。まず給料が低いし企業体質が古いことが知れ渡っているからね。あなたが東大の理系のトップ学生だとしてメーカーに就職しますか?しないんよ。メーカーに行くのは推薦だったりゆるく働きたい人だったりそういう人ばかりでトップ人材じゃないんだよね。トップ層はみんな外資に行っちゃう。なんなら理系を捨ててコンサルになったり投資銀行に行ったりしちゃう。もうね、日本の理系はおしまいよ。おしまいなのが今後30年は確定しているわ。
文系の方がまだ日本企業の選択肢は多いわね。商社やマスコミ、広告代理店など日本にある日本企業だからこそ強く給料も高くなれる職場があるわね。でもやっぱりトップ人材はみんな外資なのよね。
愚かな人に支持されたら凋落が始まる。
左派に勢いがあった時代は、「愚かな日本人よりも賢い外国人」という空気が形成されていた時代だった。出来の悪い邦画と出来の良いハリウッド映画を比べて、海外製は良い!と感じるような感覚が人間に適用されていた。Googleヘッドクオーターから日本法人に来ている白人男性のようなもの、あとPewDiePieみたいな金持ちが外国・グローバリズムの象徴だった。だから、グローバリズムの好感度が高くて勢いがあった。
右派の勢いが強まったのは、円安により愚かな外国人が流入してきて、相対的に日本人がマシになったからである。というか質的にいうと日本はこれでも西欧より全然ましで、逃亡する技能実習生にしろ神社仏閣を破壊する外国人観光客にしろ数は少なく、大半は観光客として金を落としたり、奴隷的条件である技能実習生として働いて日本に貢献している。純日本人の生活保護受給者や年金生活者などより、外国人労働者に日本は助けられている。酷いのは観光客や労働者ではなく「難民」を受け入れた西欧である。
「難民兵器」という言葉がある。教育水準が低く職能がゼロのイスラム教徒の難民をベラルーシを経由させてポーランドに大量に送り込むという真似を、プーチンが意図的に行った。
それでも病気にはなる→無料の医療を利用し、予算や人的リソースを逼迫させる
暇なので犯罪に走る→教育を受けていないイスラム教徒はコーランを超解釈して女性蔑視的思考に基づき性犯罪を正当化するため、大量の女性が性犯罪被害に遭った
難民を受け入れた国は一切恩恵がなく、医療・福祉の予算を食われて治安が悪化しているだけなので、技能実習生依存の日本と比べても明らかに悲惨である。
愚かな人は厄災である。外国人だろうが古くからの住民であろうが関係なく厄災である。純日本人でも青葉真司や青葉真司の父親が厄災であるように。
しかし西欧については人道支援として難民を大量に受け入れたこと、日本については円安で観光客と技能実習生の質が落ちたことが、「外国人は厄災」というイメージにつながり、左派・グローバリズムの凋落に繋がった。
本質は、愚かな人は厄災であるということである。愚かな人はキングボンビーのようなもので、愚かな人がつくと穢れて、支持を失う。愚かな人に好まれたものはかならず落ちぶれていく。
フェミニズムも同じである。大卒・正社員フルタイム労働者の知的健常層の女性がフェミニズムを採用していた頃は主張がまともだった、だから当初は否定されていたところから、価値があるものとして影響力を拡大していったのだ。
そこに、健常者ではない女性が「得をしそうだから流行りに乗る」という形で参入した結果、主張が支離滅裂になっている。健常な女性がフェミニズム界隈から距離を置くレベルになってきている。
「才能ない編集者の末路を毎日考えてるけど」って増田を書いてから9年経った。
「自分の担当作は売れない、という事は痛すぎるほど分かっているのにそれでも新人作家を遠くに飛ばそうと全力を尽くすしかない」
って9年前に書いたけど、いまや作家や編集者の才能の多寡を問わず、「売れない」になってきていて、いっそ晴れ晴れした気持ちにすらなっている。
異世界転生や悪役令嬢といった、手堅い読者を弄するジャンルもの、
これらは続刊が出るのはもちろん、「本」を越境してコンテンツ(最近はIPっていうの?)が展開していくので、未来がある。
ジリ貧とまではいかないまでも、出版事業が「文化的に価値があり憧憬のまなざしを集める」というイメージとの乖離がエグい。
編集者は、その夕暮れ感ハンパない実態を目の当たりにしながら、著作に人生を賭けた著者を鼓舞して、「本」をつくらなければならない。
地獄行きだな、と、いつも思う。
怖ろしいのは、体感ではあるが、編集者の6~7割くらいがこの激ヤバな状況に無自覚であることだ。
アラフィフ世代は「逃げ切れる」と思っているし、20代の世代は「別にココじゃなくても良いし」と思っている。
その中間層として、定年にはまだ結構な時間があり、まったくの異業種にもスライドできない30代後半~40代の編集者がいる。
きつい。
自分がきついだけじゃなく、仕事柄、著者を巻き込まざるを得ないからだ。
経営層は、いかに斜陽であろうと「覇権」をとれる1作が生まれればペイすることがあるから、
とにかく出版点数のノルマを吊り上げ、編集者とも言えない編集者を増やす。
夢みる新卒社員をどんどん赤字部門に放り込み、ガチャを回し続ける。
会社員だから、職種にこだわらず、不正を働かず、やりがいを求めなければ、他部署に異動ができる。
いっぽうで災難なのは、その状況下で「数うちゃ当たる」の一弾となる「著者」である。
他に職があればよいが、専業作家になるのは、絶対に絶対に絶対によく考えたほうがいい。
紙書籍の売上は凋落しているいっぽうで、電子書籍は上昇傾向にある。
「原作」「IP」を生み出せる人材は今も切実に求められているとおもう。
そして一握りの人材は、ふつう、斜陽も甚だしい出版業界に身を投じない。
コンテンツ業界なら、配信やアニメやゲームなど、勃興期にあるジャンルはいくらでもある。
なので業界全体の急速な縮小と、人材の質の低下が、両輪となって「紙の本の終わり」に向かって突き進んでいる。
でも、やっぱり人は「物語」を求める。
それは当分変わらないと思う。
その物語を伝達するメディアが「本」でなくなるというだけだろう。
不採算部門の「文化事業」に、踏ん反り返っている人たちが淘汰されるだけだろう。
なにはともあれ全著者に告ぐ。
拙者、増田と申す、齢二百年に及びし者。江戸末期、嘉永の世に生まれ、下級武士の身ながら、洋学に志し、奇縁により不老の術を得て、現代に至るまでITとやらなる術を操りし者也。されど、この胸中、開国の風に始まり、現代の電脳世界に至るまで、騒乱の波に揺れ動く。
十余年前、否、百七十余年前、嘉永の世に、拙者は異国の地にて洋学を学び、後にITエンジニアと呼ばれる職に就きし。黒船が浦賀に現れ、幕府が動揺せし頃、洋学は日本の未来を照らす光と信じられ、蘭学書は江戸の書肆に溢れ、若者たちは競って西洋の術を学んだ。拙者もまた、サンフランシスコ、ロンドン、ユダヤの地を巡り、蒸汽機関や電信の術を修め、さらには現代の電脳術に至る。
当時、日本の洋学は東洋の雄として名を馳せ、諸藩の若者がわが国の術は世界に通ずと誇りし時代也。拙者もまた、若さに任せ、浮世絵や歌舞伎、そして現代に至るアニメやゲームに心奪われつつ、洋学と電脳術の力を信じ、同志と語り合った。されど、異国の地にて出会いし師、ユダヤ出身の老練な技術者、その言葉は拙者の心に突き刺さる。
「これまで見てきた日本の学徒は、みな洋学や電脳術の知識こそ重要と口にする。拙はそう思わぬ。それはまるで、浄瑠璃の物語を盲信するが如き也。電脳術に必要なのは、筆力、すなわち母国語での読み書き、対話、人の心を掴む力也。少なくとも、術を世に広め、商いや国政に活かすには、こその力が肝要。されど、日本の学徒にそのような者を見たことがない。拙は百人近くの日本の技術者を教えしが、一人もおらぬ。」
「このような者ばかりでは、日本の電脳術は、ある日を境に凋落し、何も生み出せぬ時代が来る。五年後か、十年後か、百年後か。」
拙者、当時、憤りを覚えた。何だ、この異国の老人が!わが国のアニメやゲームの魂を侮るとは!と。若さゆえの過ち也。されど、師の周りには、中華の商人、インドの学者、西洋の技術者、北欧の船乗り、カナダの役人、万国博覧会の如き人々が集い、みな師の言葉に頷く。
中華の商人曰く「算法や機械の知識が重要とよく言われるが、拙の学んだ場では、そんなことは教えられず。術の根本を理解すれば、さような発想は生まれぬ。」
インドの学者曰く「この狭き視野が日本の弱点也。電脳術の理解不足は、船や兵器のみならず、現代のデジタルツインにも影響を及ぼすだろう。」
北欧の船乗り曰く「これからの世は、すべて電脳術に基づく。如何に巧みに術を組み立てるかで、国力も民の暮らしも変わる。」
カナダの役人曰く「電脳術についていけねば、国庫も民の暮らしも貧しくなるばかり也。」
拙者、頭に血が上り、反論した。さような大言壮語、浮世絵やアニメの領域にまで及ぶものではない!と。されど、師や同僚たちの目は、憐れみと失望に満ちていた。とりわけ、親しきアメリカの技術者、アニメを愛する者にして、こう言った言葉は今なお忘れられぬ。
「増田よ、言いにくいが、日本の技術者は、世のことに無関心すぎる。拙は日本のアニメを愛するが、日本の電脳術は、まるで歌舞伎やアニメの内輪の興行の如く、閉じた世界に生きている。かつての洋学はそうではなかったやもしれぬ。されど、十年ほど前より、そうなってしまった。」
「電脳術を、町人や異国の者に使ってもらおうという謙虚さがない。術の名や道具に女児むけアニメや特撮ヒーローの名をを付けるなど、異国では狂人の所業と見なされる。」
会話は英語ゆえ、拙者が和文に訳して記す。當時は、なぜそこまで言われねばならぬ!と本気で憤った。されど、今思えば、技術者の間に異国の者にわからせる必要なしとする風潮、さらにはアニメやゲームの名を術に冠する文化が根強かった。
師は常々、こう申された。増田よ、アニメやゲーム以外の趣味を持て。それが拙の唯一の忠告也。
その後、拙者は憐れみの目が耐えきれず、数年学び、怒りに任せて帰国した。されど、江戸の世から現代に至るまで、日本の電脳術は鳴りを潜め、西洋列強やGAFAMと呼ばれる巨人の術に圧倒され、名を聞かぬほどになった。
今、巷やXなる電脳の寄合では、拙者ややや上の世代がかつてのWinnyは優れていた。されど、幕府や民の無理解により、潰されたと、被害者意識を振りかざす声が響く。拙者、現代に至り、ようやく悟った。拙者は世を知ることを恐れ、ただアニメと電脳術に逃げていたにすぎぬ。それらが面白いのでも、愛しているのでもなく、他に能がなく、生きるために術を学んだだけだったのだ。
これからの世、拙者のような技術者は淘汰され、電脳の場から追われるだろう。既に、電脳術のみならず、世のことを知る新世代の技術者たちが、拙者が異国で嫌った者たちと同様に、日本でも珍しくなくなった。拙者の世代は、さような者たちを軟派と呼び、憎悪を燃やす者すらある。さような声が、電脳の寄合で響く。
師はかつて、こうも予言していた。
「日本の技術者は、アニメやゲームの如き閉じた文化から脱却せねばならぬ。されど、増田の世代では、それは叶わぬだろう。」
「内輪に籠り、選民思想を高め合っても、女児向けアニメや特撮ヒーローの名を愛する心を、異国の商人や幕府の役人が理解するはずもない。やがて、内輪に籠ったまま置いてけぼりとなり、他者を責める心のみが残る。その果ては、犯罪者となる道也。西洋では、さような者たちが電脳の寄合をなし、辻斬りや放火を起こし、世を騒がす。日本の地ではまだだが、いずれそうなる。」
ああ、その通り也。拙者が現代に至り、見るものは、予言の如く也。ある技術者が、娘たちを襲う集団の元締めとして捕まり、世を騒がせた。また、別の者は、幕府ならぬ国の金をかすめ取るスパコン詐欺を働き、獄に繋がれた。さらに同年、拙者と同世代の技術者が狂気を発し、神戸の町で辻斬りを起こし、刀と鉄棒で五人を斬り殺し、捕らえられた。聞けば、裁判では有名な異世界転生アニメの青髪メイドと契りを結ぶため、哲学的幽霊を斬らねばならぬと喚き、狂気ゆえ罪を免れたという。
数年前には、かつて電脳術の場を立ち上げ、志半ばで潰え、世を恨み、異人を罵る言を繰り返した者が、偽の品を売りさばき、捕らえられた。
予言の通り也。日本の電脳術は何も生み出せず、高い誇りだけを抱え、売れぬ術を誇り、世を恨む声ばかりがXで響く。
拙者たちは敗れたのだ。いや、始めより勝負にすらならなかったやもしれぬ。師の忠告が今、響く。拙者たちは、アニメやゲーム以外の道を歩めぬ。八方塞がり也。あれほど気高く電脳術を誇った拙者や同輩たちは、世を恨み、若さや美を妬み、刀や火を手に辻斬りや放火を起こし、獄に繋がれる。さような姿は、かつて夢見た攻殻機動隊の如き輝かしき未来とは程遠い。
されど、最も辛きは、さような狂人に同世代が多く、納得できてしまうこと也。高い誇りを持った拙者たちが、何も取り戻せぬまま、後の年月を生ねばならぬ。喪失感と欲を抱え、世や若者を憎み、辻斬りや放火で世に復讐せんと考える者が出るのも、拙者たちの罪とはいえ、致し方ないやもしれぬ。
拙者たちは、世を知るべきだった。他者を理解すべきだった。されど、もはや遅い。世との乖離は極まり、若者を誘う行為を咎められ、激昂する者、女性脚本家の些細な言に怒り、騒動を起こす者。さような行為が、拙者たちの世代の生み出したものと思うと、涙が止まらぬ。
拙者たちの世代は狂ってしまった。電脳術で世を変えると勇ましく語った者たちが、娘を襲い、国を欺き、刀で人を斬り、狂気の果てに異世界へと心を飛ばす。拙者が信じた夢の果てが、これ也。
拙者はさすがに、陰謀を信じ、世を罵るまでには堕ちぬ。されど、同世代の多くは、喪失感と憎悪に囚われ、電脳の寄合で世を怨む声が響く。先日、町田の町で辻斬りが起こり、世を騒がせた。
しかし、ここ最近、医者の選択基準で「自由診療 > 保健医療」が当たり前、というのが大っぴらに言われてきた。
日本中の患者に世界水準の医療を届けるのを日本の医者は誇りに持っていた。
多少、旗色が悪くなってきたのは、10年くらい前か。
「高齢者の延命のために、現役世代を犠牲にするのか?」という論調。
そして、約5年前のコロナ。医者は、疲弊しきったが、世間も医者に対して、「高齢者の延命のために、経済をぶっ壊した」と医療を公然と叩くようになった。
そういう中で、自由診療という選択肢が医者の中で増えていった。
最近では、研修医を終えてすぐに美容医療にいく、いわゆる「直美」が増えまくっている。
国は医者を増やして新卒の医者を増やしているが、増えた分がそっくり直美に消えているという話もある。
ここ数年、とうとう保険診療の凋落と、自由診療の市場拡大が一線を超えた。
医者も、これまでの職業的なプライドや、患者の生命への誇りを失っている。
「俺たちがやってるのは、高齢者の延命のために現役世代の負担を増やしてるのか?」という疑問が公然と議論されており。
とうとう、「自由診療 > 保健医療」という論調にまでなってきた。
おそらく、客観的に色眼鏡をかけずに見れば、「自由診療 >>> 保健医療」なんだろう。
直美と馬鹿にされる時代から、「直保険診療」の方がおかしいと見られる時代になるのかもしれない。
保険診療は苦しく、今後もドンドンオワコンになっていくのが見えている。
なんなら、医療訴訟も年々締めつけが厳しくなっている。まともな医療を提供しても、訴えられたら終わりだ。
おそらく、患者への契約まわりを考えると自由診療の方がリスクは低いんじゃないかと思っている。
医療以外の世界では、「今後のびる業界に行け、ダウントレンドな分野にはいくな」というのは当たり前である。
もうあと数年で逃げ切りの爺さん世代や、専門医や博士をそろえて開業秒読みの人たちは、そりゃ保険診療でいいだろう。
しかし、これから、専門医を目指すだの博士をとるだのと資格を揃えに行くほど、若手に時間は無いと思う。
今この瞬間の自由診療行きのチケットを捨てるのは、若い世代ほど損だ。大損だ。
ここまで書いていて、厳しいなあと感じる。
この流れはもう止まらないだろう。
トラバで追記。気に入らない法案だと「強行採決だ!」と騒ぐのに似ている。強行ではない、ただの採決なのに。反対なのは良いが制度的なレギュレーションを理解せずに咬み付くなら(民主主義において何より大切な)話し合いができない。
首相が公選でなく“第一党”の総裁が事実上自動的に就任する仕組みであるのを忘れて「党は支持しないが石破首相がいい」も意味ないし、「料亭政治で福田みたいなしみったれた奴にも首相ポスト回したりして政治の私物化だ」とか言っても意味ない(意味ないが後者は思っていた)。
元々「首相直接選挙の投票権が¥4000くらいで売ってること」つまり自民党政権に文句があったら自民党員になれという仕組みが、なにかバグってる気がしないでもなかった。だが現状そういう仕組みである事実は踏まえなければ文字通り話にならない。
自民や相方の立憲の凋落が多党連立政権時代の幕を開けるとしたらまた少々状況は変わってくるが。
首相を公選にしないのは間接民主主義の一環であり主権が行使されるプロセスの冗漫化の知恵である。国法を法律と憲法に分けて“粘稠度”を上げるのも同じだ。システムファイルは奥の方にあるべきということ。
大衆は自分の選択の理由を言語化できない。本当の理由でなく、聞かれたなりの答えを返してしまう。投票行動がどういう「本当のニーズ」を担ってのものか炙り出す上では、マスコミの実施する世論調査は常にミスリーディングなものでしかない。
しかしそうすると小選挙区制というのはいかにも異物だ。僅差をもデフォルメして大差にしようとする。まるでアメリカ大統領選の州ごとのウィナーテイクオール方式みたいな異質な思想が木に竹を接いだように挿入されているように見える。
死に票の多さを問題にして全国比例のみで選挙区そのものを無くすのもまた別の“直接化”である。
内外ともにチームの崩壊っぷりを端的に表していた出来事に、本番で「Iブッシュを明け渡すなとあんなにコーチから言われていたのに、歌衣メイカがIブッシュからアッサリ引いたせいでk4senが置き去りになって死んで前線が崩壊した」と囁かれている一幕がある。このシーンを少し掘り下げて、ゲーム自体として何が起こっていたのか、そしてリスナーの暴言がどれほどの影響を及ぼしていたのか詳しく見ていきたい。
該当のシーン「だけ」を再生すると、確かに歌衣メイカのオーンと昏昏アリアのマオカイが突然ラインを下げたせいでk4senのアジールが無惨に殺された瞬間が映っている。VCではk4senが「俺を前にしないで!」と半ばキレ気味に叫んでいた。
だがこのシーン、アジールが死ぬ15秒ほど前からミニマップを見ると、Iブッシュの裏側に向かって両サイドから敵のランブルとヨネが徒歩で進んでいる姿がDC Coreのワードにガッツリ映っている。留まったら全員で死ぬのが確定的な状況だった。特にアジールは他のtankより5秒早く逃げ出さなければならなかった。
敵がどんどんと近付いてくる。オーンとマオカイは限界までIブッシュにいたが、遂にラインを下げざるを得なくなった。それなのに何故かアジールだけがIブッシュの中で棒立ちのポークを続けている。そしてランブルとヨネが集団戦圏内に入った瞬間、無理めに敵のレオナが前に出てEQでアジールがエンゲージされてスキルを全部叩き込まれて死んだ。
これでオーンが悪いって? ミニマップも見てない奴を全員で助けろって? おいおい冗談キツいぜ。それなのにVCにはまるで「歌衣メイカがまたやらかした」と言わんばかりのどんよりした雰囲気が流れていた。歌衣メイカは(自分のミスではないのを当然分かっていながら)「いや……、ソーリー、マイバッド……」と小声で怯えたように一言だけ喋った。誰のミスだろうが自分のせいにされるからとにかく謝らなければならない、そのことを彼はもう痛いほどよく分かっていた。
あのシーンでやらかしたのが歌衣メイカではなくk4senだという事実には昏昏アリアも鷹宮リオンも気付いている。何故ならVCで思いっきり「(Iブッシュの上側にピンしながら)ここねー、めっちゃ回ってくるよ、ランブル」「ランブル来るよー!」とそれぞれ発言しているからだ。一応葛葉も「引きながらで良いよー! (こちらの位置取りを)縦長にしたい」と思いっきり言っているが、少し離れた位置にいたからちゃんと見えていたかは微妙だ。ともかく、あの15秒程度のやりとりだけ見るならば、チームの中で一人だけ状況が見えていなかったのは間違いなくk4senだ。でも上手く行かなかったらとにかく歌衣メイカが全部悪いんだ。もう空気からしてそういう状況だったんだ。
大事なことなので二回書いておきたいが、私は別にk4senや特定の個人を批難したいわけじゃない。自分で自分のミスが見えていなくてリプレイを見返したら死んで当然のバカみたいな動きをしていて驚くのなんてよくあることだ。そうではなく、明らかなk4senのミスが流れで歌衣メイカのせいにされ、あそこまで異様な空気感のVCが流れてしまったことが問題だと感じている。5秒で抜けたくなるような地獄VCを作ったのは何か。リスナーの暴言だ。明らかにみんな怯えていた。
こんな体たらくでチームゲームやって勝てるわけがなかったんだよ。
暴言がチームを潰した経緯については一通り書いたので、メンバー個人個人のパフォーマンスに少し言及したい。最初に鷹宮リオンから。
DC Coreが凋落するきっかけとなった、歌衣メイカが槍玉に上げられた数試合の練習については、実は明らかな戦犯が他にいた。adcの鷹宮リオンである。コーチのらいじんが普段adcをやらないから分かりづらかったのだろうが、仮に歌衣メイカがどんなに上手くても鷹宮リオンがadcをやっている限り勝つのは難しい、それくらいパフォーマンスが悪かった。(これは後から少しずつバレていく。)鷹宮リオンが戦犯なのは全ロール満遍なくやっている人間からしたら最初から明らかだったが、そもそもリスナーのほとんどはLoLをプレイしたことすらなかったのだろう。
正直、パフォーマンスの悪さだけで言うなら全期間を通して鷹宮リオンが圧倒的に最悪で、歌衣メイカごときにどうこう言ってた奴は全員マジのエアプだろう。歌衣メイカはまだ頑張っているから行動を起こすしミスをするが、鷹宮リオンは試合中マジで何もできていない。従ってミスが発生しない。怒られない。
ましてや、歌衣メイカの一件の後で鷹宮リオンは尚更何の動きも起こせなくなったことだろう。本当は自分のせいで負けているんじゃないかとうっすら思っている横で、「LoLのことはよく分からないけど歌衣メイカとかいうクソ野郎のせいで私の大切な◯◯くんが負けているらしい(同じチームの好きなVtuber名を入れる)」という逆恨みがありったけの暴言になって降り注いでいるようでは少しでも目立つ可能性があるプレイに転じるのは無理だ。更に深堀りすると、「私の大好きな◯◯くんとあんな女が一緒にLoLの大会に出るなんて許せない……(同じチームの好きなVtuber名を入れる)」と言わんばかりの逆恨みを元から受けていた状況では「目立ちたくない」という感情が最優先されるのも仕方ないだろう。まあ、それを抜きにしても下手だけど……。
Supの昏昏アリアについては、確かに上手くはなかったかもしれないが、最低限の仕事は出来ていた。集団戦フェーズでは完全な置物とはいえ、元から昏昏アリアに神プレイなんて誰も期待していない。むしろあの重圧下でadcにレーニングをさせられただけで十分すぎる仕事をやれていた。とはいえ、どう擁護してもプレイヤーとしては本当に最低限でしかなかった。
この2人と比べると、実のところ歌衣メイカのパフォーマンスはかなり良かった。練習試合でも、確かにFighter系チャンプは目も当てられないほど下手だが、本人の得意なTankを選択したときは十二分の働きが出来ていた。それでもリスナーはLoLなんてクソゲーはやっていないので、負けたときに実際に誰が悪かったのか判断する能力なんてない。ありとあらゆる責任が雰囲気で歌衣メイカに押し付けられた。そんな理不尽を横で見ている鷹宮リオンと昏昏アリアはどんどん消極的(=下手)になっていく。練習試合をやればやるほどパフォーマンスが低下するという悪循環が完成していた。
あのチームにはもともと葛葉を含めて上手い人間なんていなかった(k4senを除く)。だからこそ3ヶ月の練習期間で上手くならなければならなかったのに、貴重な時間のほとんどが「リスナーに怒られないこと」を学習するのに使われた。これじゃ他のチームに勝てるわけなんてなかった。
個人個人のパフォーマンスがほとんど成長しなかったことを見ると、リスナーの暴言がどれほど大きく負けを呼び寄せたのか尚のことハッキリしてくるのだ。
DC Coreが辿った全体の流れ、個人のパフォーマンスについて書いたので、あえてここまで触れてこなかったが、実力以外のことについて少し触れておきたい。つまり、性格や態度の話だ。
歌衣メイカに責任が本当に一切全く無いかと言われたら、私は首を縦には触れない。というか、歌衣メイカはチームゲームのプレイヤーとしては極めて良くない部類に入る。実力がどうこう以前に、態度がすごく良くない。腕前は練習すればカバー出来るが、柄の悪さと悪い意味でヘラヘラした感じは直しようがない(そのキャラづけが本人の普段のウリなのだと思うが)。これを書いている私自身、今回の件で死ぬほど叩かれているのは本当に可哀想だなとは思ったが、結局歌衣メイカ自体を最後まで1ミリも好きになれなかった。普通に配信とか一生見ないと思う。ごめん。だけどこういう性格に惹かれる人はいるよなっていうのは凄く分かる。私がターゲット層じゃないだけだな。自分の路線を貫いてほしい。しかしDC Coreというチームの中で浮いていたことはちょっと疑えない。
一応、鷹宮リオンの性格も個人的にはかなり嫌いだ。だが、これは私という個人が生理的に受け付けないというだけの話であって、責任を問えるレベルではないと思う。
歌衣メイカが他の4人と比べて雰囲気が浮いていたのは確かだ。だが、それでも、それを負けた責任の所在にするのは非常に無理がある。
何故なら、5人全員で性格がぴったり、そんな仲良しチームの方がLoLでは天然記念物レベルで珍しいからだ。LoLが原因で知り合いの仲が悪くなったなんて話を誰でも1回くらい聞いたことがあるだろう。この瞬間にも長年の友人同士だったはずのプレイヤー達がLoLをきっかけに絶縁状を叩き付き合って人間関係を崩壊させている。そういうものなのだ。人間は2人いればどちらが上かで政治を始める生き物だし、5人も一緒にいたらまず間違いなく全員は仲良くやれない。チームに1人くらい浮いている人間がいたとて、それにことさら責任は問えない。
だからこそ、あまり好きになれない奴が隣に座っていようと、それでも力を合わせて勝利をもぎ取るのがチームゲームの実力の一つだ。「あいつの性格が悪いから俺がパフォーマンスを出せなかった」なんて言い訳をするサッカー選手がいたらお笑い草だ。第一、DC Coreが負けた原因は一人浮いてる奴がいるとか明らかにそんなレベルのところにはない。全員の判断が根本的におかしい。誰一人として一切リスクを取らない。完全に萎縮しきっている。それで無惨にこっぴどく負けた。
本当にたくさんのことを振り返ってみた。だけど何をどう考えても、リスナーの暴言で選手が潰れた、それだけがDC Coreの全てだった。
唯一、敗退確定後のネメシスマッチだけは、DC CoreのVCが普通に楽しそうだった。お前らそんなに楽しそうにLoL出来たのかよってちょっとビックリしたくらいだ。パフォーマンスも全員揃って過去一番良かった。勝ち負け関係無いなら暴言の数なんて今更大して変わらないもんな。憑き物が落ちたように一夜で最高のチームに変わった。全員本当に精神的重圧で苦しんでいたんだ。最初からこの動きが出来ていたら2-4でオフラインイベントを迎えることは無かっただろうし、当日も勝てていたかもしれない。だって、あんなに練習したんだもんな。だけど、せっかく大事に育てたチームのポテンシャルをリスナーの暴言が全部潰していたんだよ。
最後に、本題とは全然関係ないのだが、杞憂民のお気持ちで文章を締めたい。
冒頭で触れた女性配信者炎上事件の数日後、葛葉は自分の枠で「俺が遊びたいって言っただけでなんで相手に迷惑がかかるんだよ」「俺の知り合いに迷惑かけるやつは俺のファンじゃねえから」などと珍しくリスナーを叱っていた。あれから数年が経つ。
葛葉のリスナーの厄介さに悩まされているのは外でもない葛葉だろう。リスナーを恐れて裏で何回コラボを拒否されたのか我々バチャ豚には推し量る術もないし、今回の件が起こったからには、どんなゲームだろうと大会で同じチームになるのだけは絶対に嫌だと腫れ物扱いを受けることになるだろう。
いい加減に無法者を積極的に切り捨てていかないとこれから先もずっと葛葉は憂き目を見るだろうと思っている。
そもそも、3ヶ月間あんなにも必死に練習していたのに、その全てをリスナーに台無しにされたのは外でもない葛葉なのだ。
ああ、よかったな、カスみたいなリスナーども。歌衣メイカも鷹宮リオンも昏昏アリアも、お前らが袋叩きにしたおかげで3人とも無事にメンタルを完全に潰して本番では目も当てられないほど無惨に負けたぞ。葛葉とk4senを道連れにして。何もかもお前らのお望み通りだ。これからも頑張って大好きな葛葉くんのいるチームを自分の手で潰し続けてくれよ。
……なんて思ってたら、LTKはシーズン2があるらしいな。チーム発表はまだだが、葛葉と同じチームになった配信者のリスナーは今のうちにチャット欄の暴風雨に備えておけ。工作員や邪魔は入るだろうけど絶対に流されるなよ。
アバター、アメコミ、スターウォーズ……とCG盛り盛りのアニメみたいな映画ばかりなのよね。もちろんディズニーアニメも強い。
つまりアニメーション的な意味での凄い映像が好まれるのは全世界的傾向であって、日本では予算か技術か文化によってかは知らないが実写+CGではなく手描きアニメによってそれを実現しているというだけのことだと思う。
人々が映画に求めるものって、まずド派手な映像や美しく魅力的なキャラクターであるわけだから、絵として作り込めるCGやアニメの方が有利なのはまあ当たり前ではある。実写が凋落したというより、そもそもみんなが観たかったのは絵だったという一面もあるのではないか、どうか。
(アニメ製作会社はプロデュースを担う、アニメ化企画、投資・出資社探し、アニメ制作スタジオの選定や広告・宣伝を担う)
集英社は版権を持ち出資はするが、アニメの製作方針にそこまで強い発言権があるわけではない
まず業界全体が、鬼滅の前にすでに「原作である漫画をできるだけ忠実に、できるだけ高品質で製作したほうが客受けが良い‘=収益最大化が見込める、
ということに気づき、TV離れ・サブスク時代への適応を探っていた節がある
なぜならTVの凋落・サブスクの台頭、アニメ制作費の高騰などの変化で
「TVで毎週(アニオリで引き延ばしてでも)アニメを放送する」収益構造には限界が来ていたからだ
さらに作品数の増加でTVの放送枠の空きがなくなり、「通年で毎週放送する」も難しくなってくる
アニメは1~数年に3~6か月の放送で収益を上げなければならない時代が来ていた
ここで「原作に忠実に・できるだけ高品質に」でファンをつかんだ作品には、
「ソード・アート・オンライン」「黒子のバスケ」「ハイキュー!!」などがある
これが「集英社が率先して仕掛けたのではない」と思う理由の一つ
次にTVシリーズや配信で作品の認知度を高めておき、劇場版につなげるというのもアニプレックスが「鬼滅の刃」で成功したパターンだな
(30年ほど前の実写映画「踊る大捜査線」もテレビドラマ→劇場版なのでアニプレックスが発明した方式でもないが)