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2026-01-05

真に復活すべきFF15ゲームシステム

死んだゲームシステムが蘇るか考えてみよう。時代に消えた5つのシステムを再検証【特集】 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

こちらの記事では自動撮影システムが取り上げられているが、FF15は本当に革新的オープンワールドRPGだったので、復活すべきゲームシステムもっとたくさんある。

オープンワールドRPGでの複数人パーティ

FF15個性のあるキャラによる四人パーティである

そんなのRPGでは当たり前じゃないかと思う人も多いだろうが、世のオープンワールドRPG主人公単独行動が基本である

仲間がいるにしてもサポートメンバーの域を出なかったり、クエストの流れでの一時的な協力に留まったりするのである

おそらくオープンワールド特有の難しさがあるのだろうが、パーティシステムの復活は最優先で実現すべきであると主張したい。

そもそも自動撮影システムが普及していない理由がこれだと思う。パーティメンバーがいないから「自動撮影してくれるパーティメンバー」もいない)

制約が強い昼夜サイクル

FF15では、夜に強力なモンスターが出現し、ほとんど行動ができなくなる。

そのため、昼に活動し、夕方にはキャンプできる場所を探し、夜はキャンプをする、というサイクルが生まれてくる。

感覚としてはマイクラの「夜だから寝なきゃ」というあの感覚が近いが、FF15はより強制的だ。

また、キャンプ時に食事(バフの獲得)や経験値清算写真確認なども行われるので、単に寝るだけではない。

そのように昼夜サイクルがはっきりしていると、ゲームプレイにもメリハリ生まれる。

オープンワールドは単調になりがちなので、この昼夜サイクルシステムは標準装備になっていいと思う。

ファストトラベル代替としての乗り物

オープンワールドにおいて「移動」は最重要課題である

多くのプレイヤーは「同じところを行ったり来たりするのは面倒なのでファストトラベルさせろ」と主張する。

しかし「移動中に偶発的に発生するイベント」はオープンワールド醍醐味でもある。

この問題いか解決するか。そこでFF15自動である

FF15自動車は、基本的自動運転であり、道路以外を走ることができない。

乗り物役割を「徒歩の高速化」のままで捉えていると不自由さを感じるかもしれない。

だがFF15自動車は本質的に「ファストトラベル」の代替なのである

実際のゲームプレイの流れとしてはこうなる。

本来ならファストトラベルで済ませるところを高速自動運転代替していることがわかるだろう。

もちろん運転中には「偶発的なイベント」が発生するので、そこの取りこぼしがない。

オープンワールドの移動問題に対する見事な解答である

自動車は移動するファストトラベルポイントでもあり、遠出をしてもそこまで戻れる安心感がある。

「来た道を引き返す」ときにだけ本当のファストトラベルを使うという設計である

ファストトラベルを最小限に留めるためのゲームシステムとして、これ以上のものは見たことがない。

ぜひとも他のオープンワールドRPGはこれを真似してほしい。

2025-12-20

>『かまいたちの夜』って、フラグが無いので、じつはGoodエンドに最初から行けるんですよ。

>つまりゲームに慣れている人には、最初から何も起きないんです。『かまいたちの夜』と言いながら、殺人も何も起きなかったみたいな感じになるんですね。

>みんな選択を誤って死体の山を作るわけですよ。つまり「悪いのはあなただ」、「あなたが間違えたから、この悲劇は作られている」とゲームシステムに翻弄されるのが『かまいたちの夜』のスゴいところなんです。

 

正しい選択肢を選び続けないと毎回ストック刺されエンドだから相当極悪っすよ。

一見明らかにダメ選択肢でも正解だったりするので、

寸分のミス無く正解を選び続けないとグッドエンドにならない。

当時、トリック犯人も判ったのにそこまで辿り着けないプレイヤーが続出したよ。

2025-12-19

マクドナルドの例のCMで思い出す、格ゲー界の「公然の秘密

例のCM

https://x.com/i/status/1983745679433269398

このCMへ対して一部のユーザーが「M.U.G.E.Nじゃねぇかw」の様なコメントを付けている。

この「M.U.G.E.N」こそが格ゲー界の公然の秘密である

M.U.G.E.Nとは何か?

M.U.G.E.Nとは、1999年にElecbyte社が公開した、ユーザー拡張型の2D格闘ゲームエンジンだ。「キャラクターステージ自由自作して追加できる」という画期的仕様により、本来なら交わるはずのない別作品キャラ同士を戦わせる「ドリームマッチ」を実現できるツールとして、2000年代ネットの片隅で熱狂的な支持を集めた。

だが、このエンジンには致命的な「暗部」がある。

全盛期に最も広く利用された「WinMugen」と呼ばれるバージョンは、実は正規リリースされたソフトウェアではない。

開発元のElecbyte社が一度消息を絶つ直前に、本来は非公開だった次期バージョンMugen 1.0)のベータ版が何者かによってリークされ、それがアングラサイト経由で広まったものなのだ。つまり、WinMugenを使っている時点で、それは「流出した未完成の開発データ」を勝手に使っている状態に他ならなかった。

正直に申し上げて、M.U.G.E.Nというコミュニティは、このエンジン出自も含め、著作権的に見れば限りなく真っ黒に近いグレーだ。

キャラクターステージ自由自作して追加できる」という画期的仕様は、実質的に「既存の商用格闘ゲームキャラクターファンメイド移植できる」環境意味していた。

まりスプライトのぶっこ抜きである。この事実否定しようがない。

からこそ、格闘ゲームプロプレイヤー開発者、そして我々のようなコアな格ゲーマーにとって、M.U.G.E.Nは長らく「名前言ってはいけないあの人」のような存在だった。

みんな知っている。家でこっそり触ったこともある。でも、表立って「M.U.G.E.Nで遊んでいます」とは口が裂けても言えない。そういう「公然の秘密」として、格闘ゲーム史の影に存在し続けてきた。

けれど、あえて今、その「技術的・文化的な功績」についてだけは語らせてほしい。

格ゲー界の同人活動だった

法的な問題を一旦脇に置いて(肯定するわけではないが)、なぜあそこにあれほどの熱量が生まれたのかを言語化するならば、「あれはプログラムによる同人活動だったから」という結論に行き着く。「絵」ではなく「挙動」を模写するのだ。

同人作家が、好きな漫画キャラクターを愛ゆえに模写し、自分の手で二次創作漫画、そこから更に発展してBL同人などを描くようにだ。

M.U.G.E.N職人と呼ばれた人たちは、好きな格闘ゲームキャラクターを愛ゆえに解析し、自分の手で動かそうとしていた。

彼らにとって、リュウ波動拳テリーのパワーウェイブドット絵は、単なる画像素材ではない。「完成された美」であり「憧れ」そのものだ。

しかし、画像M.U.G.E.Nに持ってきただけでは、それは動かない。

憧れのあの技を放つためには、中身のエンジン……つまりプログラムを、自分たちの手で一から組み上げる必要があった。


彼らがやっていたのは、MS-DOS時代から続く古臭い仕様スクリプト言語を駆使して、最新ゲーム挙動コードで模写する」という作業だった。

これは、プログラマーやゲームデザイナーにとっての一種の「写経」であり、エンジニアリングの側面から愛を表現する手段だったのだと思う。

模倣を超えた実験

さら特筆すべきは、単なる模倣に留まらない「実験場」としての側面だ。

M.U.G.E.N界隈には、既存格闘ゲームの枠組みには収まりきらないアイデアを形にするクリエイターたちもいた。

ドット絵からアニメーションまで全てを一から描き起こした「完全新規オリジナルキャラクター制作。あるいは、商業ゲームならバランス崩壊として即座にボツになるような、複雑怪奇かつ斬新なシステム実装

「売れるかどうか」を考える必要がない同人活動からこそ、そこには尖ったアイデアが無数に投入されていた。

また、AI対戦」という独自の観戦文化も見逃せない。

プレイヤー操作することを放棄し、キャラクターに搭載されたAI人工知能スクリプト)同士を戦わせる。

そこでは「いかに強いAIを書くか」というプログラミング競争が勃発し、時にはゲームプログラム仕様の隙を突くような「凶悪キャラ」「神キャラ」と呼ばれる人知を超えた存在が生み出された。

そして、それらが公平に戦えるよう、有志によって厳格なレギュレーション階級分け)が整備され、毎日のように動画サイト大会が開かれる。

これは、ある種のレジェンドプロ格ゲーマーを超えた理論格ゲープレイシミュレーションであり、eスポーツとは全く異なるベクトルでの技術進化だったと言える。

現在では将棋囲碁などのAI同士が対戦し、その強さを競うことは珍しくないがM.U.G.E.N界隈ではそれらよりもずっと前に対戦AIを専門的に書く人たちが認知されていたのだ。

同人出身」のエンジニアクリエイターたち

漫画界で「同人出身」がある種の実力の証明(例えば高い評価を受けていた同人作家商業誌での新連載が決まり同人作品を知る一部界隈で話題)になるように、実はゲーム業界にも「M.U.G.E.N出身」の才能が確実に存在する。

例えば、Steam世界的な評価を得た2D格闘ゲーム『Skullgirls』や『Indivisible』でリード・アニメーターを務め、『熱血硬派くにおくん外伝 リバーシティガールズ』にも関わったJonathan "Persona" Kim氏は、かつてM.U.G.E.N界隈で伝説的なスプライト改変職人として知られた人物だ。

また、セガ公式の『Sonic Mania』でコンポーザーを務めたTee Lopes氏も、キャリアの初期にはM.U.G.E.N等のファンゲームへの楽曲提供で腕を磨いていた。

最近の例では、ホロライブファンメイド格闘ゲーム『Idol Showdown』記憶に新しい。

このゲーム自体Unity製だが、プロジェクトを牽引したGura_D氏や、美麗なドット絵を統括したアートリードのSodan氏は、海外ハイレベルM.U.G.E.Nプロジェクト(Hyper Dragon Ball Zなど)出身ベテランだ。

彼らにとってM.U.G.E.Nは、GitHubUnityが普及する前の時代における、ポートフォリオであり実験場だったのだ。

もっとも、彼らのように自らそれを語り、その出自が明るみに出ることは業界の慣習としては稀なケースなのかもしれない。

忘れてはならない。ここは依然として「公然の秘密」の領域だ。

プロ格ゲーマーを含めた多くのプロフェッショナルたちが、過去の経歴としてM.U.G.E.Nを語ることはない。そこには、あえて触れないという暗黙の了解が、今も静かに横たわっている。

「俺ならもっとこう動かす」「もしもこのキャラとあのキャラが戦ったら」という妄想(IF)を、絵や文章ではなく、実際に動くゲームシステムとして出力する。

それは紛れもなく挙動二次創作と呼べるものだったはずだ。

現在YoutubeなどのSNSを通して格ゲー界のプロフェッショナルへ気軽に話しかけられるようになったが決してM.U.G.E.Nの話を振ってはいけない。無視されるか立場上、表面上、便宜上M.U.G.E.N否定する発言しかしないだろう。

二次創作の経歴がある人へ「盗作ってどう感じますか?」と質問しても多くは「悪いことだと思う」と返すしか無いはずなのだから

最後

現在は、Ikemen GOのようなMITライセンスオープンソースエンジンが登場し、エンジン権利問題クリアになった。Steamでは『The Black Heart』のように、この系譜からまれインディー格闘ゲーム正規販売され始めている。

かつてのM.U.G.E.Nが抱えていた著作権侵害の罪は消えない。

しかし、「憧れのキャラ自分の手で動かしたい」というあの熱量と、そこで培われた技術的土壌までを「黒歴史」として封印してしまうのは、あまりに惜しい。

あれは無法地帯だったかもしれないが、同時に、間違いなく数多くのクリエイターを育てた、一つの巨大な同人界隈」でもあったのだ。

[]12月18日

ご飯

朝:なし。昼:春雨スープサラダ。夜:人参大根ピーマンキノコスープ目玉焼き冷奴納豆、沢庵。ヨーグルトバナナ。間食:バウムクーヘン

調子

むきゅーはややー。お仕事はそれなりー。

ポケットモンスターブラック(序盤ポケモン電気袋の旅)

四天王、N、ゲーチスを倒してクリア。これで都合5回目の序盤ポケモン旅だった。

ミルホッグは間違いなきエースなんだけど、催眠術でハメてドーピングゴリ押すという陰キャ戦法なのでエース感が薄い。

ケンホロウ(メス)も良い技がないので、毒毒と空を飛ぶでスリップ+時間稼ぎとこれまた陰湿だったかも。

ケンホロウ(オス)に至ってはレベル上げをしていないのでクッション兼空を飛ぶの時間稼ぎと誰でもできる役割

電気袋枠のエモンガは前回のNPC交換旅からの続投だったのでなんかあまり使わず

今までの独自ルール旅の中でも一番絡め手しつつゴリ押しとゲームシステムクリアした感じだった。

ブラックホワイト世代も慣れてきたけど、まだまだ遊び足りないのでお馴染みのメスのみ、ゴースト、あくと次々遊んでいこう。

2025-12-18

「FGO10年やってる奴らこそが本物のゲーマー」と思い出すぐらい俺は病んできてる

大前提としてハッキリ言っておくがFGOなんて全く持って本当のゲームではない。

アレは「菌糸類のご飯を守る会による募金運動BOX」でしかないわけで、アレをゲーム扱いするのは他のゲームへの侮辱ですらある。

だが俺の中では「10年も同じゲームをやってる奴らはハードナードでコアでゴアだ」という誤った思い込みがある。

捧げた時間の長さを正義と誇る「誤ったオタク像」のようなものにオレの心が毒されてきている。

同じゲームをやり込むなんてオタクのやることじゃない。

オタク最先端を走り続けなきゃいけないんだから、30年前のゲームシステムで遊んでじゃ駄目だ。

今まさに最前線を行くゲームプレイせずにいつまでもアルトリア顔がどうこうとかほざいてる老人になっちゃ駄目なんだ。

それを脳で理解しているのにインターネットの連中が「20年同じゲームやってるやつこそが本当のゲーマー」という大嘘に騙されそうになる。

スト2を30年やってる奴らは単に新しいゲーム世界に飛び込めない臆病者でしかなく、本物はいだって日本で人気がなかろうとも最新作で外人切磋琢磨してきたはずだ。

騙されちゃいけないんだ。

2025-12-10

anond:20251210174043

違うだろ。

数万人のNPCが動くような最上マシン前提でゲームを作ってる企業はない。

普及帯のマシンで数百人のNPCが動く前提のゲームシステムを設計して、

最上マシンではそのテクスチャエフェクトちょっと豪華になってるだけ、

という作り方をしてるだろ。

2025-12-08

シナリオで死んだのに戦闘フェーズだと元気に戦ってる奴

ソシャゲやってて地味に気になるのが(ソシャゲだけじゃないと思うが)ストーリーで死んだキャラ自分パーティには普通にいて、元気にスキルぶっぱなしてたり

ストーリーだと待たせたな!ってピンチに駆けつけてくれた奴が戦闘フェーズはいなかったり、みたいなやつ。

シナリオゲームシステム的な部分は別だって言われたらそれまでなんだけど普通にいやお前さっき死んだやんって思っちゃう

ゲーム的にそこの整合性取るのムズいんかなー、まーそんなこまけーことはどうでもいいかー、気にしすぎかー、と思って進めてる。

2025-11-29

別にエンタメ社会派やったっていいけどさぁ

万人が納得するわかりやす解決法なんかあったらとっくの昔にリアルワールドでそれやってるわけで、結局どっかでチグハグなっちゃうんだよね

タクティクスオウガとかそうだったでしょ

ティトー亡き後のユーゴスラビア紛争モデルにしたといわれる世界観は、当時としては間違いなく画期的だった

なんせ序盤から飛ばしている

普通物語なら囚われのお姫様でも救出して英雄になるところを、助けるのは髭もじゃのおっさんで、しかも「英雄として祭り上げられる」

かに救出を言い出したのは主人公たちではあるけど、前線で戦ったのは異国の騎士で、シナリオ上はもちろんのことゲームシステム上でもあの段階では全然戦力になってない

すごいよね

でもあのゲーム雰囲気が素晴らしいのはせいぜい例の虐殺シーンまでで、後はひたすらムカつく奴みんなぶっ倒すだけ

3民族バラバラの島をどうやって再びまとめるのか、という当初のメインテーマをどう消化するかと思えば

死んだ王様の娘を引っ張り出して後釜に据えて、最後は敵味方で王女の奪い合い

なんだそりゃって話でしょ

いつから幕末明治維新の話になったんだっていう

でもこんな話どうでもいいでしょ?

ゲームとして面白ければいいんだから

からあの脚本家みたいに思想に振り切れたところで、受け手はつまんだだけで全部食った気になって、それで終わりなんだよ

所詮エンタメなんだから


anond:20251128214655

2025-11-19

ゲームオブザイヤーにノミネートされてる「Clair Obscur: Expedition 33」、J-RPGから影響を受けた美麗グラフィックと細やかなゲームシステムで大ヒット、しかも30人くらいのスタジオで作られたの…?

そんなことになると、どうしても日本スタジオメガタイトルRPGも頑張ってくれ!と言いたくなるけど、まぁ尖った才能の少数精鋭と、大規模スタジオでは求めるべきものが違うんだろうな

2025-11-04

ギルドの討伐報酬

ほとんどは普通に依頼人が払ってて、たまにギルド自体報酬かけてるのと、国とか貴族とかが絡んでるだけで

誰が報酬用意してるのか って疑問が出るほどにゲームシステム的な作品とかで背景触れないのも多いんだろうな

2025-10-29

anond:20251029184827

ほとんどの人って作中の推理要素を推理してたりしないし

単に種明かしとして説明されたロジック理解できない=難しいってことなんだよね

でも種明かしパートって普通に理解できるものばっかりだから

こういう難しい論って全然しっくりこない

たとえばドティも、ゲームシステム経由せずに数申告を相手にのぞき見させてミスリードしたってだけだし。

2025-10-06

ファイアーエムブレム シャドウ

最初の部屋で3人疑心暗鬼で殺し合いしてさ、人狼が判明しました!2人で協力して人狼しましょう!とはならんだろ普通

これゲームシステム根本的におかしいと思う。

人狼だと思ってた奴が村人で、真人狼は別の人で、協力して倒しましょう、ってナニソレ!?俺は今でもお前の事人狼だと思ってるし、今すぐ殺すべきだと思ってるよ。俺の村に狂人必要無いのだ。

たぶん頭の良い人が作ったゲームだよねこれ。気分を瞬時に切り替えれる人前提で作ってある。いや~、ユーザーはそこまで賢くないですよ。頭悪いですよ。

 

本物の人狼ゲーム人狼が判明したら終わりだけど、このゲーム人狼が判明しても吊れないかイラつくんですよ。なぜなら相方が本気出してくれないと勝てないゲームから

俺みたいなのが1人いたらゲームが成立しないんです。

2025-09-30

ファイアーエムブレム シャドウ

合計6時間プレイしてタマモの魂1個だけドロップだもんな。渋すぎるよ。無課金でやりたいなら無職じゃないと無理。

 

だいたいゲームシステムが判って来た。育成した同士の対戦でも基本的に2発で倒せるバランス(一撃死は無理)で、自由スキル撃ってるだけだと倒せずに回復されて振出しに戻るから

自分のターンに合わせて攻撃を重ねないとゴリ押しで倒せない(回復が間に合わない場面=詰みの状態を作らないと倒せない)の自分で気付いたわ。

ふつう公式テキストチュートリアルで教えるもんだが。任天堂製品なのに不親切な部分が多すぎる。仕様は教えるより自分発見しろって感じ。

ボルブ(タートルロック)やってた頃を思い出す。ザシャとサイが完全にラザラス枠。禿げる!

 

あと光側だと、相方ゲーム仕様判って無いと勝てないかダメそうだと思ったらさっさと自滅して次の戦闘に行った方が効率良いの、実にスマホゲーっぽい。

精神消耗して勝つだけ無駄なのよね。宝箱+2こ貰えるだけだから

2025-09-23

ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』が日本ゲーム大賞「年間作品部門」優秀賞を受賞!

いや駄目でしょ。

知名度が高いだけでガワさえそこそこの駄目リメイクが受賞って。

グラフィックだけでも評価されてるならともかく、手癖でやってるだけのショボリメイクだって批判受けまくってただろ。

しかも満を持してとかじゃなくて散々既にリメイクもされてる作品

そして最も駄目なのがゲームシステムの出来が悪いこと。

移植失敗じゃなくてテストプレイたかも疑わしいほどの改悪化が為されているのは本当に救いようがない。

とにかくアホみたいに硬い敵とか、経験値効率まで弄るようなイージーモード、適切なバランスがほぼ存在しないのはレベルデザインとして全く美しくない。

家庭用RPG本体は成長曲線の調整にあるわけで、経験値テーブルも敵の強さもユーザーに半ば投げている仕様ドラクエでそこがピーキーになりすぎたら楽しくプレイするのが極めて困難になるのは当然。

キツいとヌルいの絶妙な湯加減のポイント全然存在しなくて、ちょっとレベルが低ければ難しすぎて高ければ簡単すぎて、そしてどちらの場合でも多くの職業が「コイツ要らなくね?」になってしまうのは流石にゲームとして終わってる。

ダメージ計算式が終わってるだけじゃなくて職業バランスも終わっていて、色んな職業を使う楽しみが全く無いっていうかずっと強いのとずっと弱いのばっかでマジで調整が下手。

ドラクエは序盤は確定ダメージ魔法使いが強くて、後半に行くと物理職が圧倒的に強くなるというバランスなわけだが、そのスキマに「序盤から後半までずっと強い特殊職」がねじまれたらもうそれ以外が全部型落ちのゴミになるのは明白だろ。

つうか「踊り子は弱いけどハッスルダンスは強いので一人はやらせたい」みたいなポイントを上手く作れてないのもテストプレイや調整会議が上手くいってないのを感じるんだよな。

ほんま、バグを取るだけのテストだけじゃなくて「これ本当に面白いの?」っていうテストちゃんとやれよ。

それが出来るのが何百人も集めてゲーム作れる大手の強みだと思うんだけど?

つうわけでそういうの全部投げ捨てたゴミリメイクに惰性で大賞出すような日本ゲーム業界オワコンってことですよ。

ほんま悲しい

2025-09-14

AI生成のエアプ攻略記事邪魔すぎる

最近ゲームタイトル検索すると、上位に出てくる攻略記事が完全に嘘っぱちのAI生成になってきてる。昔からエアプがネットの断片情報を寄せ集めて書いた怪しい記事なんて腐るほどあったんだけど、今はもうレベルが違う。「あ、これ1秒もプレイしてないやつがAI適当に書かせたな」ってすぐわかる嘘や矛盾だらけの文章検索結果を占拠するようになってきてる。

たとえばゲームシステムの説明の途中で唐突全然関係ないジャンル用語が混ざったり、同じキャラ名前が一文ごとに変わったりする。たとえるなら「マスダ・デス・ドラゴンは緑白(2)のマナを持つ攻撃力1500の思い出カードエルフ族のたねポケモンです」みたいなやつが平然と書かれている。

たぶんどこかの業者クローラーを走らせて、既存情報をかき集めてAIぶち込み自動記事を量産してるんだろう。昔からSEOしまくったアフィリエイト記事で「検索上位にゴミ記事を並べる」ってのは常套手段だったけど、そこにAIという最後ピースが加わったことで、俺たちがずっと予見してた地獄が遂に完成した感がある。

結局、本当に役立つ攻略情報に辿り着くのがどんどん難しくなってきた。なんかもういよいよ本当にインターネットゴミになりつつある。

2025-09-10

絵を描く人間からインターネット特権階級はい剥奪されるのか

インターネットで注目されたり、その延長線上で小遣いを稼いだりするためのハードルの高さに関して、絵を描く人間のそれは他の技能に比べてずっと低いよな、とずっと感じている。俺は描けない人間なのでやっかみもあるんだとは思う。

でも、一流の研究者自分の専門分野についてほぼ毎日更新しているブログが1日数百PVとかなのに、デザイン専門学校入りたてみたいなやつが描いたキャラクター絵が簡単に数千、数万閲覧されていたりするのを見るとどうしてもそう思ってしまう。

なにか「作品」を作ったりする場合もそうだ。

物語を作る能力があったとしてもマンガ小説ではリーチできる数が全然違うし、ゲームシステムとかの設計ができてプログラミングができても、絵を描けなかったら独力でゲームを作ることはできない。俺の作った世界一面白いはずのゲームは、Unityroomの片隅で誰にも見向きされてない。

生成AIが登場した時、ついにそういう状況が改善された、と思った。文章を書くのが苦手ならAIに書かせ、プログラミングができないならAIコーディングさせ、絵を描くのが苦手ならAIに生成させればいい時代が来た、と思っていた。

もちろん、絵を描く人が見たら、自分AIの書く文章コードに感じるのと同じ物足りなさを感じるんだろうけど、少なくとも誰でも一人で「成立する」程度のものは作れるようになるんだ、と。

みんな得意な部分のクオリティだけで勝負できるようになるんだ、と。

ところが、絵を描く人間たちは、「AIで生成した絵」が倫理的ダメものだという風潮を作り、それを使った作品忌避したりゾーニングし始めた。

インターネット上の文章コードを無断学習したAIメールを手直したり、ちょっとした便利ツールを作らせたりは当たり前にしているのに。

俺が魂を込めて書いたフェチ小説は、表紙にCanvaの生成イラストを使ったせいで、DLSiteの「AI使用作品カテゴリの中で埋もれている。

だったら描く練習をすればいい。あるいは、描ける人間お金を払って頼めばいい。

もちろんそんなことは分かっている。ただ、たまたま絵を描くことが楽しいと思えるように生まれたというだけで、そうでないものに楽しみを見出す人間よりもずっと良い場所からスタートを切れるというのは、こちら側からすればどうしても不公平に感じてしまう。

俺はfanboxの収入で毎月新しいガジェットを買えてるインターネット絵描きが絵にかけたのと同じくらいには、より良い文章コードを書いたり設計する努力をしてきたと思うんだ。

2025-09-09

サイパンはアプデ組と発売直後組で評価が全く違う

2020年12月、発売当時はプレステ版全部返金になるなど

控えめに言って未完成ゲームだった、何もかも。。。

ff15 day1より評価が悪かったのではないか

だがシーデーは開発を続け、パッチを重ね

ついに2023年9月アップデート2.0を迎える

ここまで3年

レベルアップ、パーク、サイバーウェア、クラフト、服など、 

ゲームシステムの大部分がday 1から変わった

言わずもがなバグ取り、クラッシュ対策パフォーマンス改善グラフィックの強化も行われている

私は2.0になったばかりのときに買ったが

特に品質での不満点は無かった

インクエストが肩透かしに思えるほど短かったのは驚いたが作風範疇だろう

仮初めの自由はかなり楽しめたし 総合してみるとちょうどいいのかもしれない

だが、2.0前の初期組はβどころかα版をやらされたと言っていいレベルであり

ゲームとして評価が芳しくないのはさもありなん

2025-09-07

anond:20250907130409

キノコ伝説系のローコスト放置ゲーみたいなやつのことな広告効果は抜群でかなりの売上を上げている、むしろゲーム愛のない金のために作ってる国産ゴミソシャゲ開発会社がこぞって手本にしようとする部類の成功事例で実際パクってるところもある、資金力がないなりに本家ほど派手に広告は打てないがゲームシステムを真似る程度だけど

商品提供をもってレビュー依頼をする系ももともとその分野の商品を触れ慣れてるモチベの高いインフルエンサーに送ってるから普通に事情通の人視点レビューしてくれるし中には案件生計立てたい思惑から勝手空気読んで良い部分しか言わないレビュワーもいるけど大抵の人は自分の信用も大事から悪い部分も指摘するよってことで了承とってるしほんとにケチしかつけられない商品なら提供レビュー掲載自体ポシャるんで普通に広告として機能する

2025-09-03

anond:20250903084625

すげーいまさら言及するけどゲームシステム部分なんて発注してる運営バンナム責任だろ

開発協力のリベル担当してるのLive2D部分とカードイラストプランニングだけらしいし

なんでドカメ擁護バカ下請け責任なすりつけるかね

2025-08-22

anond:20250822161606

普通カードゲームならガワとゲームシステム面白さを中心に評価するはずなのに

IP文脈が乗るとIPに興味あるか条件に追加されるのなんかおもろいな

anond:20250822104550

結局新しいゲームシステムとかって5 ~ 10 年で数個出てくるくらいだし、

ゲームシステムじゃなくてナラティブの部分を楽しんだ方が良いのでは?

2025-07-08

ここ最近になって数独アドベンチャーが急に流行りだした感じないか

ここ5年ぐらいだよな。

その前は全然なかった気がする。

単純な「ヒントA+ヒントB+ヒントC=アンサーX」っていう単純な足し算の問題から、消去法によって答を導く複雑な問いかけがなされるようになった。

世界観事件説明キャラクター自分で語る方式から、散りばめられたヒントからインタラクティブプレイヤーが読み解いていく方式が増えてきている。

結局のところReturn of the Obra Dinnという大発明の影響力がぶっ飛んでいたということなんだと思うが……。

何故これほどの影響力があったのかについては誰か考察してるのかな?

個人的には

プレイヤーに対してのインタラクティブ自由度の高いゲーム性が求められる時代が来た

・これまでのADVが持つゲーム性ゲームブック以上でも以下でもなかった

タイパ重視の時代であったためADVというジャンル自体が伸びるポテンシャルはあったがゲームシステムけが追いついていなかった

・昨今のプレイヤーが求めがちな「一見難易度に感じるが自然といつかはクリア出来るゲーム」への最適解が「まだ解放パターン化されきってないゲームシステム」だった

辺りかと。

仮説まみれではあるが、それぞれがそれなりに当たっているならこのジャンルが跳ねたのは納得だわ。

じゃあ、俺より強い考察持ってきてくれ。

お前ら好きだろ?

他人ネットから引っ張ってきた情報マウント取るの?

2025-06-19

【なぜ差がついた】ナイトレイン快進撃 vs ワイルズ苦戦の考察

「ELDEN RING NIGHT REIGN」と「モンスターハンターワイルズ」について考える。

ナイトレイン最初賛否両論」だったのに、今や「非常に好評」で話題沸騰。一方、ワイルズは前作ほどの熱気を感じない。同接も伸び悩んでるらしい。

この2つに共通してるのは、どっちもCOOP可能アクションで、ボスを倒して強くなるいわば「ボスハント系」。しかも有名IP買い切り型。

(まあそもそもガチャまみれの基本無料ゲーが幅を利かせるこのご時世に、フルプライスガチゲーム体験提供しようって心意気は素晴らしいと思う)

じゃあ、なんでこんなに明暗が分かれたのか?

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ナイトレイン

まずはナイトレインリリース当初は「やっちまったかフロム…」って雰囲気だった。

エルデンリング名前借りた別ゲー」「ソロ無理ゲー」「ローグライク要素がただの運ゲー」と散々。

ナイトレインの基本は、最大3人でランダム生成マップリムベルド」を探索。時間と共に雨がエリアを狭め、プレイヤーを追い詰める。(Apexとかのアレ)

道中、エリアボスを狩って装備やら「潜在する力」(ランダムパッシブ)を集め、最後に大ボス「夜の王」を倒すのが目標だ。

この辺りがローグライク要素だが、初期の体験ピーキーすぎた。運が悪いとクソビルドYOU DIED。「賛否両論」もさもありなん。

じゃあ、なぜV字回復できたのか?俺の分析では理由は3つ。

①「理不尽だが、諦めきれない」難易度

超前提となる部分。フロムお家芸だ。「夜の王」はマジで強い。初見じゃまず勝てない。でも、死んで、学んで、ビルドを練り、仲間と連携して勝った時の脳汁半端ない。このフィードバックループが強烈なんだ。

報酬設計も上手い。クリア報酬はもちろん、道中でも良いものが手に入り、何より「潜在する力」や武器パークとの新たな出会いが「もう一回!」とプレイヤーを駆り立てる。これが結果的に長く遊んでもらえるインセンティブになってる。

②インゲーム体験における3つの要素の化学反応

ナイトレイン面白さは、ただの高難易度アクションじゃない。

時間的・空間的制約による緊張感:夜によるエリア収縮で、常に「どこを優先して探索するか」「どのリスクを取るか」っていうギリギリ判断を強いる。この焦燥感がたまらない。

・状況判断を迫るルート選択エリアボス強敵はそれぞれ弱点や報酬が違い、戦略が変わる。

ローグライクランダム性:毎回違うマップ構造、違う敵配置、違うビルド。神がかったシナジー無双できた時の快感病みつきになる。

運営神対応コミュニティ成熟

フロム対応マジで早かった。すぐソロ難易度を調整するパッチを当て、ソロでもやれるバランスになった。

並行して、コミュニティ成熟。有志が攻略情報を共有し始め、メタゲーム形成された。開発もこれを見てか、不評な要素を調整し、プレイヤーの声に耳を傾けた。この対話姿勢デカい。

で、①~③がエルデンリングIPと見事に融合。「リムベルド」の雰囲気フレーバーテキストキャラクターの背景。どこを切っても「エルデンリングらしさ」が滲み出てる。

それでいて、ゲームシステムは新しい。既存ファンは驚き、新規純粋COOPローグライクアクションとして楽しめる。このバランス感覚が絶妙だ。

ナイトレインプレイフィールは、SEKIROのパリィBloodborneステップ回避、そこにローグライクランダム性とビルド構築の奥深さを加えたような、それでいてフロム印の激辛テイスト。最高だ。

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ワイルズ

さて、ワイルズだ。俺も初代からプレイしてるが、ワイルズは…「惜しい」。

アクション進化してる。武器モーションも気持ちいい。だが、胸を張って「神ゲー!」とは言えないモヤモヤがある。

こっちも理由は大きく3つだと思っている。

①「オープンワールド」という名のハリボテ感

ワイルズの目玉の一つが「オープンワールド」だった。確かにマップシームレスだが、プレイすると「ただ広いエリアが繋がってるだけじゃね?」と感じる。

結局「クエスト受けて特定モンスター狩って帰還」という伝統芸能と変わらない。ファストトラベルが便利すぎて探索の動機も薄い。オープンワールドである必然性が感じられない。

エルデンリングみたいな「あの崖の上、何かありそう…!」みたいなワクワク感が皆無。

②「ストーリーモード」の蛇足

ストーリーも力入れてるって話だった。キャラ個性は立ってるし、演出リッチ。でも、物語が…そこまで深くないし、ゲームプレイとの有機的な連携絶望的にイマイチ

クリアすると「はい、ここからはいつも通りね」って感じで、集落NPCもほぼモブ同然で、マジで用済み。

ストーリーモードあくまチュートリアルってことだとしたら、それはそれで長すぎる。

③エンドコンテンツ既視感ボリューム不足

現状のエンドコンテンツは、アイスボーンの「導きの地」みたいな革新的ものが見えてこない。歴戦個体特殊個体をひたすら周回するだけだと作業感が強い。

モンハンはエンドコンテンツでどれだけ飽きさせないか重要。そこが弱いと古参ほど早く離れる。

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もうちょっと比較

ざっくりそれぞれの良さと悪さを見てきた。

じゃあ、なんでこんな差がついたのか?をもう少しポイント比較してみる。

①コアゲームループ継続

ナイトレインは「超高難易度への挑戦 → 壮絶な失敗 → 必死学習ビルド試行錯誤 → 仲間との連携・再挑戦 → 脳汁バドバの達成感」という、まさに「死んで強くなる」を体現した強烈なループ

ローグライク要素による無限リプレイ性、そして何よりコミュニティ全体で攻略法を編み出していく「祭り」感が、プレイヤーモチベーションを異様なレベルで維持してる。(いわゆるKPIみたいな話で言えば、「プレイヤーの平均睡眠時間」が著しく低下してるはずw)

ワイルズ伝統の「狩猟→剥ぎ取り→武具強化」ループは健在だが、新要素が上手く強化できていない。むしろ、「探索の自由度(という名の移動の面倒くささ)」や「物語への没入感(という名の強制イベント)」が、従来のモンハンテンポを削いでるようにすら感じる。

レベルデザインと体験の質

ナイトレインマップランダム性がありつつ「考えさせる」作り。慣れて来ても、何だかんだ油断すれば即死の緊張感が続く。COOPでは、スキルアーツを駆使した役割分担が自然生まれる。ソロプレイは…まあ、フロムゲーマー向けの苦行だが、それすらも戦略性の塊だ。

ワイルズマップは綺麗だが、探索の楽しみや戦術的な深みは物足りない。COOP楽しいが、それはモンハン元来の面白さだ。

リリース後の運営コミュニティ

ナイトレインは初期は荒れたが、開発の迅速な対応コミュニティ成熟でV字回復運営コミュニティ理想的共犯関係って感じに見える。

ワイルズユーザーの声への反応が鈍かったり、アプデのロードマップも、なんだか悠長というか、「え、それ次の大型アプデまで待つの?」みたいな感じで、プレイヤーの不満や渇望感が解消されないまま時間が過ぎていく。

結果、「アプデ来たら本気出す」勢が、アプデが来る前に力尽きて離脱ちゃう

IP活用

ナイトレインは、エルデンリングの持つダークファンタジーの世界観シビアアクション、そして何より「困難を乗り越える達成感」というコアな魅力を完璧継承しつつ、ローグライクCOOPという全く新しいゲームデザインに挑戦し、見事に成功させている。これぞIPスピンオフのお手本と言っていい。

モンハンという巨大IPの「お約束」と「革新」のバランスを取ろうとして、結果的にどっちつかずの中途半端ものになってる感が否めない。新要素が、モンハンのコアな楽しさを薄めてしまっている部分がないか、もう一度ゼロベースで見直す必要がありそう。(「伝統を守る」ことと「何もしない」ことは違うが)

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ナイトレイン成功を読み解くと、成功するゲームは「作り手が一方的提供するもんじゃなく、作り手と遊び手が一緒になって育てていくものなのかも」と思える。

ある意味エルデンリングという看板に胡坐をかくことなく、全く新しいゲーム体験を生み出そうと足掻いた挑戦とか熱量が俺たちプレイヤーに伝わったのかなと思う。

というわけで、強化されて登場したらしいエデレ氏を狩ってきますわ。

2025-05-30

学園アイドルマスターってよく考えたらゲーム性に「アイドル」も「学園」も関係なくない?クリア後に対人戦が出来るアーケードローグライクカードゲームでは?

ファン数を稼いだりはするんですが、これってあくまステータスアップでしかなくて「アイドルゲームしか存在しないもの」ではないと思うんですよ。

あと「学園」モノの特徴としてよくあるのが「受ける授業による方向性分岐」と「学友とのイベントによる方向性分岐」だと思います

でも学マスって授業もイベントもあるけどひたすら一本道で、変化は起きないんですよね。

サポカで育成の仕方が大きく代わることはありますが、目指すべきデッキステータスの形に大きな変化はないわけで。

これって言うなればアイドル」と「学園」が相互個性を打ち消しあった結果、それ以外のゲームシステム部分がありありと残る形になった感じかなと。

アイドルゲーム」って本質的には「突発的な不調による影響を極言しつつ足切り回避しし続けて山の天辺を目指すゲーム」な訳じゃないですか?

対して「学園ゲーム」っていうのは「能動的な選択による分岐を繰り返しつつ異なった結末にたどり着くゲーム」だと思うんですよ。

この2つが混ざりあった結果「能動的に選択する機会が多いことで状況をコントロールやすいなかで天辺を目指すゲーム」になってしまっているんですよね。

しかもこれにローグライクが混ざったことが状況をかき乱すのではなく、結果的に更に安定を産んでいるという感じなんですよ。

学マスってローグライクカードとして立ち上がりが不安定デッキもいくつかある中で、最終的にはなんかやたらと安定して「最終形」にたどり着けてしまうんですよね。

表向きは異なる3つが混ざりあった化学反応って感じを出してますけど、実際には三本足で立ってるおかげで一本足や二本足よりよっぽど安定したバランスになっているわけです。

そこが学マスの強みではあるんですが、重心となるポイント結果的にそのどれからも等間隔気味に離れているわけで「アイドルとしても、学園としても、ローグライクとしても、なんか半端だよね」となってるのが否めないんですよね。

とはいえ、他のアイマスシリーズアイドルという立脚点固執しまくってシリーズ毎の個性を出しきれずに共食い状態になってるのを考えれば、シリーズ末っ子が取る生存政略として大正解だとは思いますが。

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