【星条旗とダビデの星】(04) 思想とカネ、大学苦慮
パレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織『ハマス』とイスラエル軍による戦闘で人道危機が深刻化していた4月25日夕、ワシントンにあるジョージ・ワシントン大学のキャンパスでは、親パレスチナのデモが行なわれていた。「イスラエルは直ぐに停戦しろ!」。数百人の学生らが大声を上げる脇で、アメリカとイスラエルの国旗が合わさった旗を掲げる男子学生2人がいた(※左画像、撮影/松井聡)。
記者が声をかけると、そのうち1人はユダヤ系で、こう言い切った。「最近はキャンパス内でも襲われるのではないかという恐怖感がある。だから今日は勇気を振り絞って旗を掲げて、デモに反対する姿勢を示した。抑もの発端はハマスが攻撃して人質を取ったからだ。このデモは明らかに反ユダヤ主義だ」。
この学生は普段、キッパ(※ユダヤ教徒の小さい帽子)の上に野球帽を被って、ユダヤ系であることを隠してキャンパス内で過ごしている。「何故我々が怯えて暮らさなければいけないのか。ユダヤ人であることは罪ではない筈だ」。結局、同大でのデモは5月に入って警官隊に排除された。
デモの強制排除は他の大学でも相次いだ。デモが全米に拡大する“震源地”となったニューヨークのコロンビア大学でも、4~5月に数百人の逮捕者を出し、大学当局の要請を受けて一時全ての出入り口には警官隊が配備された。キャンパスへの警察介入にはユダヤ系学生の反応も割れた。「私はとても不安に感じていました。心強いです」と警官隊に声をかける学生がいた一方、別の学生は「私は抗議デモに反ユダヤ主義の雰囲気は感じなかった。警察の介入はやり過ぎだ」と疑問視した。
親パレスチナは反ユダヤ主義か――。アメリカメディアでは、こうした“問い”が度々取り上げられている。有力ユダヤ系団体『名誉毀損防止同盟(ADL)』が全米のユダヤ系大学生を対象に実施した調査によれば、昨年10月のハマスとイスラエルの戦闘開始を受け、73%が「学内で反ユダヤ主義を経験したり見たりした」と回答。「自分がユダヤ系であることを学内で知られても平気だ」と答えた人の割合は、戦闘開始前からほぼ半減した。
ADLは親イスラエルの団体で、ガザの戦闘を巡る統計の信頼性を疑問視する声もあるが、それでも反ユダヤ主義の伸長を感じるユダヤ系の学生が増えている傾向はあるとみられる。こうした中、アメリカの政財界に多くの人材を輩出する名門ペンシルベニア大学とハーバード大学では、デモ等反ユダヤ主義への対応が契機となり、学長が相次いで辞任する事態に発展した。
ハーバード大学初の黒人女性学長だったクローディン・ゲイ氏の辞任は、論文の盗用疑惑やDEI(※多様性・公平性・包括性)推進に対する保守派からの反発等の理由が重なったが、一連の過程ではユダヤ系の大口献金者が大学の自治に与える影響力の大きさも浮き彫りにした。
ハーバード大学は2022年の収益58億ドルのうち、寄付金が45%を占める。昨年10月のイスラエルとハマスの戦闘開始以降、ユダヤ系の大口献金者からは「大学側が反ユダヤ主義への対応を強化するまで寄付を停止する」との声が相次いだ。ゲイ氏らの退任を求める急先鋒となった一人が、ユダヤ系の有名投資家ビル・アックマン氏だ。140万人以上のフォロワーを抱える『X』で、ゲイ氏と擁護する執行部を非難する長文投稿を繰り返した。
ハーバード大学の学生グループがハマスに触れず、イスラエルだけを批判する声明を公表した際には、署名した学生の名簿を公表するよう大学側に要求。これらの学生を自社で採用しないと表明し、他の経営者にも賛同を呼びかけた。学生新聞『ハーバードクリムゾン』によると、一部の学生は署名を取り下げたという。
街中での大規模な親パレスチナのデモは散発的に続いているが、大学でのデモについては警官隊や大学側の取り締まりもあり、現状では落ち着きを見せている。だが、全米最大の親パレスチナのユダヤ系団体『ジューイッシュ・ボイス・フォー・ピース』のメンバーで大学生のノエ・カプランさん(21)は、こう指摘する。「SNSでの攻防は日々激しくなっている。親イスラエル側も相当に危機感を覚えている筈だ」 。(取材・文/北米総局 松井聡/ニューヨーク支局 八田浩輔)
2024年10月9日付掲載