【WORLD VIEW】(107) アメリカに潜む内戦の危険性
アメリカは内戦に向かう危険性をはらんでいる――。今から2年前、カリフォルニア大学サンディエゴ校のバーバラ・ウォルター教授が著書『How Civil Wars Start(内戦はどう始まるのか)』で鳴らした警鐘だ。ウォルター氏は、CIAが主導して1994年に設置した『政治的不安定性タスクフォース』の元メンバーだ。世界各地の内戦を30年近く分析し、ある国がどういう条件になれば内戦になるのかを研究してきた。関係性が浮かび上がったのは、ある国がどれぐらい民主的か、どれぐらい専制的かを評価する指標『ポリティインデックス』だ。最も民主的をプラス10、最も専制的をマイナス10とする21段階。完全に民主的、或いは完全に専制的な国では内戦は殆ど起きない。一方、プラス5~マイナス5、つまり中間の国はアノクラシー(※部分的民主主義)と呼ばれ、内戦のリスクは専制国家の2倍、民主国家の3倍になるという。リスクを更に高める要因として、人々がリベラルか保守か、共産主義か否かといったイデオロギーではなく、民族や宗教、人種等のアイデンティティーに基づいて政治集団化するようになっているかどうか、を挙げた。アメリカは2016年以前はプラス10だったが、それ以降格下げが続き、2020年12月から2021年初頭にかけてアノクラシーに分類された。この時に起きたのが連邦議会襲撃事件だ。ドナルド・トランプ大統領(※当時)の支持者らが2021年1月6日に議会議事堂を襲撃して占拠し、警察官や暴徒計5人が死亡した。その後、アメリカはアノクラシーを脱し、直近はプラス8だ。しかし、ウォルター氏は昨年のインタビューで「容易に後戻りする」と語っている。
事件から3年以上経つが、人々は今も激しい対立や分断を目の当たりにしており、何かを契機に再び暴力が起き、内戦に行き着くのではないかという不安を持っている。先日公開された映画のタイトルは『Civil War(内戦)』。連邦政府から一部の州が離脱し、戦争となる映画だ。設定は現実離れしているが、“只のフィクション”として笑い飛ばされてはいない。不安を裏付けるデータには事欠かない。『公共宗教研究所』と『ブルッキングス研究所』が昨年公表した報告書では、「愛国者は国を守る為に暴力に訴えなければならないかもしれない」という意見に賛同する人は、回答者の4分の1近い23%に上った。議会襲撃事件を受けて2021年に尋ねた時は15%だった。別の調査では、政府に対する暴力行為が時と場合によっては「正当化される」と答えた人が、3人に1人を占めた。暴力を許容する世論の広がりを感じる。何が起きているのかを聞く為、テロリズムや反乱等に関する研究で第一人者のブルース・ホフマン博士を訪ねた。CIAでの勤務経験もあり、現在はシンクタンク『全米外交問題評議会』の上級研究員やジョージタウン大学外交大学院の教授を務めている。ホフマン氏は、「大統領選で誰が当選するかに関わらず、復讐か、弾圧か、根拠もなく『選挙が盗まれた』と争うことで引き起こされる暴力なのか、何らかの形の暴力が起きると、多くのアメリカ国民は予期している」と率直に語った。議会襲撃事件では1000人以上が訴追され、厳しい判決を受けている。にも拘わらず、政治的暴力を支持する風潮は収まっていない。ホフマン氏は、「前大統領や選挙で選ばれた議員がこうした極端な立場を代弁し、暴力を正当化したり、分断や偏向、憎悪等を当たり前のことのようにしたりしているからだ」と指摘する。
トランプ氏は先月の選挙集会で、議会襲撃事件で服役している支持者らを「愛国者だ」と呼び、敬礼をした。自分が大統領に返り咲けば、こうした人達に恩赦を与える可能性も示唆している。トランプ派の議員の中には、服役囚らを“政治犯”と呼んで擁護する人物もいる。ホフマン氏は「公職者への信頼と信用が損なわれ、政府に対する暴力が正当化されるという非常に極端な立場に人々を導いている」と嘆き、こう付け加えた。「50年近くテロリズムを研究してきたが、民主主義に対するこうした脅威は想像を絶するものだ」。同じシンクタンクで過激主義やテロを専門にしているジェイコブ・ウェア研究員も危機感を共有している。ウェア氏は、司法制度は人が犯した罪を罰すると同時に更なる犯罪を抑止する為に存在している点を強調。「極右の囚人達を殉教者や政治犯、愛国者と呼ぶ“物語”が出現した為、抑止力が低下してしまった」と語る。アメリカでは約160年前、奴隷制度の存廃を巡って北部と南部が激突した。ウェア氏は、「現在の分断は南北でも東西でもなく、大部分が都市と農村だ。我が国はどの国よりも銃器保有数が多い。内戦まで発展しなくても、地域的な紛争は起こり易い」と警告する。ホフマン、ウェア両氏が当面の対応策として挙げたのは、ウォルター氏も主張しているソーシャルメディアへの規制だ。扇動的なもの、分断的なものを利用者に向けて押し出すアルゴリズム(※計算手法)の規制や、ソーシャルメディア企業がコンテンツにより責任を取るようなルール作りだ。「法律と規制により、事実に基づいた情報と信頼できる知識を取り戻し、市民社会を再構築しなければならない」(ホフマン氏)という。必要性に同意する一方、その前に行なわれるべきことがある。政治家が暴力を強く批判し、意見が異なっても最低限の節度や敬意を持って議論・論争をすべきだと訴えることだ。そうした当たり前のことを求めねばならないほど、今のアメリカは深刻な状況にある。 (北米総局長 西田進一郎)
2024年4月28日付掲載