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2015年にフリント市の水道で起こった鉛汚染は、子どもの脳に損害を与えたのだろうか?


<記事原文 寺島先生推薦>
Did Flint’s Water Crisis Damage Kids’ Brains?


 
ザ・ニュー・パブリック
エミリー・アトキン著

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年3月10日

 「デトロイト・フリー・プレス」紙のコラムニスト、ロッシェル・リリー記者は、鉛汚染の被害を受けたミシガン州フリント市の子どもたちについて驚くべき記事を載せた。記事の内容は、同市の子どもたちの読み取りにおける成績は、2014年から始まった水汚染問題以来、どんどん低下しているということだった。州政府の報告によると、2014年からから2017年の間に、同市の3年生の読み取り能力は41.8%から10.7% にまで低下している。「これはフリント市の水汚染危機の際、鉛に汚染された水道水によって、生活に影響を及ぼされた子どもたちの読み取り能力が、4分の3近く低下したということになる」と、リリー記者は記している。

 成績が低下したことには、これ以外の要因もある。2015年にテストが難しくなったことだ。その結果、ミシガン州内の3年生の読み取り能力は、70%から44%に低下した。しかしフリント市の成績の低下は、ミシガン州の平均よりもずっと低かった。ミシガン州のブライアン・ウィストン教育長がリリー記者に語ったところによると、この結果は「受け入れがたい」ものであり、このような学力低下を招いた原因のひとつに「ストレス」がある、とのことだった。しかし、リリー記者はこの教育長の説明には納得しなかった。「受け入れがたいことは他にもある。それは、ミシガン州が3年前に或る取組を実行しなかったことだ。その取組とは、被害を受けた子どもたちの発達状況をしっかり見届け、発達状況を継続して評価し続けるという取組だ」とリリー記者は書いている。

 リリー記者の怒りに同意する人々は他にもいた。

 サイト「ザ・センター・フォー・アメリカン・プログレス」は、フリント市の水汚染問題は、「子どもたちの読み取り能力の危機を招くことになった 」とした。さらにオンラインメディアのハフ・ポストのアラナ・バギアノス記者は、「子どもたちに大きな悪影響を及ぼした」とツイートした。 この懸念は以下のような事実により裏打ちされている。すなわち、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)によれば、鉛汚染を受けた子どもたちは、「学習障害や問題行動を示す可能性があり、危険なレベルの発作や昏睡状態や死さえ引き起こす場合もある」とのことだ。



 もちろん、すべての人がフリント市の水汚染問題が、子どもたちの読み取り能力の低下に大いに関係しているということに納得しているわけではなかった。「マザー・ジョーンズ」誌のコラムニストのケビン・ドラム記者はこう書いている。「鉛の摂取量が少量増えたからといって、こんな 大きな影響が出るとは考えにくい」。さらに彼は「鉛により症状が出るのは、主に1歳から5歳までの子どもたちだ。今回問題になっているのは、8歳児だ。体内に取り込まれる鉛の量が少し増えた程度では、このような大規模で、しかも即時的な悪影響が出るとは考えにくい」と。さらにドラム記者がつけ加えたのは、鉛が読み取り能力低下の原因だったとしたら、「読み取り能力は、鉛が除去された2016年より後には向上していたはず 。でもそうならなかった。成績は下がり続けた。そして、ミシガン州全土でも同じように成績は下がり続けている」

  

 しかし、ドラム記者の分析は間違った認識に基づいている。それは、鉛汚染がどのように作用したかについてと、フリント市の水道の汚染の現状についての2点だ。鉛はまだフリント市の水道から「除去された」わけではないのだ。 2018年2月13日のミシガン州の検査結果によると、フリント市内の9校の小学校のうち5校が、少なくともひとつの検査において、今年(2018年)ミシガン州で定められている閾値を超える値を出していることが分かった。 ある小学校においては、93件の検査項目のうち14件において 15ppb(10億分率)以上の鉛含有率が確認された。そして100ppbを超えている箇所が2箇所確認された。AP通信社の先月(2018年1月)の記事によると、  2017年の下旬においても、フリント市内の4つの学校や複数の介護施設で、水道水中に高い濃度の鉛が検出されていた。

「2016年に鉛が除去されたていたとしても、子どもたちの脳に与える鉛の影響は、消えることはなかっただろう」と話すのは、小児科医で、マウントサイナイ医科大学グローバル・ヘルス部の部長フィリップ・ランドリガン医学博士だ。ランドリガン博士は、鉛に関する世界的な権威であり、鉛がこどもの脳にどんな影響を及ぼすのかについて研究した最初の研究者のひとりである。「極少量の汚染でも、鉛は子どものIQを低下させ、集中力の持続時間を短くし、子どもの行動に悪影響を与えることが分かっています」 とランドリガン博士は語っている。「追跡調査の結果分かっていることは、子どもの頃に鉛の汚染を受けた場合、後に失読症になりやすく、問題行動を起こし、法律に反するような行為を行なう傾向が強いということです。このことについては、疑念を挟む余地はありません」

 「鉛は8歳児の読み取り能力に悪影響を及ぼさない」というドラム記者の主張は、精査された研究を受けたものではない。今8歳の子どもたちは、水質汚染が始まった2014年には4歳か5歳だった。まさにドラム記者が指摘していた年齢だったということだ。そして、その点に関しては、ドラム記者は正しかった。ランドリガン博士によれば、鉛汚染により最も激しい被害を受けるのは、1歳から5歳までの子どもだそうだ。というのもその年代の子どもたちの脳や身体は急速に発育するからだ。しかし、「子どもたちへの影響が6歳になればピタッと止まるわけではありません」とランドリガン博士は語っている。「鉛の被害が20代全般まで続く可能性も実際はあります」。さらに、鉛汚染の影響は慢性化する傾向がある、というのは汚染された顔料や水が影響を与えるのは長期間になるからだ、とのことだ。ランドリガン博士によると、体内に鉛を所持している8歳児は、その鉛をずっと血液内に留めておくことは有り得ることだ、とのことだ。

 ただし、だからといって、フリント市の水汚染が子どもたちの読み取り能力の低下の原因になった、とはまったく言えないのだ。「学童の読み取りテストの点数を下げる理由には何百万もの要因がある、ということは承知しています。ほんとうにすべてです。学校の質や、子どもたちの家庭の質など、本当にすべてが要因になります」とランドリガン博士は語っている。「私は、鉛が子どもたちにひどい悪影響を与えることを深く信じていますが、それでも、鉛が子どもたちの成績低下につながったと言い切ることにはしっくりきません」と。鉛が成績低下の真犯人であることを証明するためには、フリント市と、フリント市と環境がよく似た(具体的には、学校や、地勢や、読み取りテストが似ている)、鉛汚染がなかった他の地域とを比較する複数年の研究が必要となる。

 フリント市の保護者は、自分たちが心配するのは当然のことであるという事実を知るべきである。さらには、鉛汚染に苦しんでいる子どもをもつ全米の親たちもそうだ。CDCの報告によると、「子どもがいる家庭で少なくとも400万家庭は、鉛汚染を受けている。さらには1歳から5歳の子どもたちのうち約50万人の血液中の鉛濃度が、1デシリットルにつき5ミリグラムとなっている。 この数値は、CDCが公的医療機関に、なんらかの対応措置をとるよう推奨している数値だ」と。厳密にいえば、子どもにとって安全な血液中の鉛濃度などは存在しない。2016年12月のロイター通信社の調査によれば、全米の「ほぼ3000地域において、汚染されたミシガン州のフリント市よりも高い濃度での鉛汚染状態にある」とのことだ。

 ドラム記者の記事によると「鉛の危険性を人々に警告することは大事なことだが、パニック状態を誘発するのは良いことではない。子どもというものは周りの環境によく気がつくものだ。フリント市の水汚染のせいで子どもたちの頭が悪くなっている、という話を子どもたちが聞けば、子どもたちのテストの成績は下がるだろう」とのことだ。そのようなことが起こる証拠は、ドラム記者は提示せず、「常識的に考えて」としている。しかしランドリガン博士はこう語っている。「私は太鼓判をおして言えることは、鉛は子どもたちの脳に悪影響を及ぼすということです。そして、フリント市の何千人もの子どもたちは鉛汚染にさらされました。この現実を知れば、人々の関心が広がり、行動を呼び起こすことになるでしょう。おそらく、多くの親たちが自分の子どもたちに検査を受けさせるようになるでしょう。そして血液中で鉛が検出されれば、慢性的な被害を防ぐよう行動を取れるようになります」

 鉛汚染は防ぐことのできる問題だ。社会が防ごうと行動を起こせば、政府も解決に向けてもっと取り組みを深めることになるだろう。2016年の大統領選挙後、ランドリガン博士は、ワシントン市で開催された米国鉛サミットに参加した。その場で、博士や他の小児科医たちが提案したのは、米国における鉛汚染をなくすための5カ年計画だった。 その計画によると、汚染にさらされている州や市において、飲料水や顔料に含まれる鉛を除去する方法を考える対策委員会を立ち上げる、とのことだった。さらには、鉛削減作業に従事する若者たちの育成のための就業プログラムの立ち上げも含まれていた。「この計画は綿密に練られた計画でした。この計画には、すべての関係組織が関わっていました。CDCや、EPA(アメリカ合衆国環境保護庁)や、すべての組織が、です」と同博士は語っている。「しかし、それ以来この計画に関して何の動きも見えないのです」

 政府が動こうとしないのは、適切な研究を行う科学が不足しているからではない。政府にその意思がないからだ。米国人が、鉛汚染が原因となる長期にわたる被害を証明する研究を何年でも待つと言うならば、鉛汚染の解決についても長期間待つことになるだろう。


Emily Atkin is a contributing editor to The New Republic and the author of the climate newsletter Heated.

 

 

 

 

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