はてなキーワード: 食器洗いとは
ずっと死にたかった。気づいたときに「死んじゃえばいいんだ!」とすごくうれしくなった。
希死念慮が止まらなくなるときがある。頭の中を「死にたい」「死ね」が埋めつくす。今までもあった。でも生きてるから、死にたい気持ちが嘘だったみたいで、死にたい気持ちが本当だという証明に絶対に死にたい。
精神科にはもう行ってる。通院はしている。でも突発的な希死念慮には対応してない。予約は常にいっぱいだ。
日常のいろんなことができなくなってきた。歯を磨く、風呂に入る、料理、食器洗い、朝起きる、夜寝る。
助けを求めたら仕事だという。いのちの電話、いのちのチャット、全部返事は来なかった。
逃げたくて上りの電車に乗って、やっぱり帰るべきだと下りの電車に乗って、繰り返していたら夕方から夜になった。
そこで「死ねばいいんだ!」と考えたら足取りがすごく軽くなった。「首を吊って死のう!」閉店間際のスーパーで縄を探したけど縄がなかった。家にあるタオルでもいいかと結論づけた。ホームセンターはもう開いてない。くそ尿まみれだと後処理が面倒だろうからオムツも買った。
家に着いたら遺書を書いた。先立つ不幸をお許しください。とかなんとか。頭が回らない。指も回らない。字も変だ。笑えてきた。下ろしてきた金も置いて、クリーニング代や家賃の数ヶ月分、敷金礼金とかは用意した。どれがいるんだっけ?知らねぇ。金あるじゃんとか思われそう。でももうすぐなくなるんだ。仕事できねぇんだから仕方ない。
タオルは短くてうまくできなくてドアノブにかけたんだけど、首が締まるのが心地よかった。苦しいけど気持ちいい。けど、何度やっても、ドアノブが折れる。体重のかけ方を変えてもダメで、意識が遠のかない。他にもいろんな方法があるのに首がつれないとなったら死ねないのかと思ってしまった。
死にたい気持ちに勝つべきだから、よくわからないけどコンビニでカツ丼を買った。空腹でもないのに食べて吐きそうだ。頭の中の「死ね」は消えない。死にたい。死ねなくて死にたい。
へええ手洗いなら5分で終わると主張している人なんているんだ。
一人暮らしでカップ麺のカップ捨ててお箸だけあらってるのかな。
なんて煽ってみてもたのしいんではないでしょうか。
手が太くできてるので水筒とか腕までつっこめないんだよね
食器を洗ってもらっても、炊飯器の蓋とか鍋とかは自分で洗うから大変な部分はそう変わらないのよね
とかいたら元増田「食洗機の話になると必ず現れる「手洗いなら5分で終わる妖怪」
手洗い動画を公開してほしい 1回平均20分×2回と言われている食器洗いが、1日5分で終わるなんて革命なので絶対バズるぞ? 朝食の皿とコップと箸 弁当の調理するならフライパンやまな」が消えたので転生先っぽいとこにつなげておこうとおもいましたまる
夫の衛生観念の無さが怖い
例えば食器洗い。
基本毎食後、少なくても1日1回はやるのが当たり前。それでもどうしてもめんどくさい日、体調の問題、時間がないとかでできないのは仕方ないと思う。でも夫の場合、面倒くさいからやらないとかじゃなくて3日分貯めてなにが悪いの?なんだよね。なにが厄介ってそれを不衛生だって自覚がないところ。俺のまわりそんなんばっかだよ?俺が普通じゃないみたいに言われるの癪だわって。
いやいや汚ぇよ。そして多分まわりは汚いと思ってるけど面倒くさいからサボってるだけで、貴方の場合はそもそも汚いとも思ってないよね?それが本当に怖い。この違いと怖さ分かってくれる人いる?今家事はわたしが全部やってるから問題ないけど過去の一人暮らしの話を聞いてゾッとしたわ。一緒に暮らしてからコイツやばいとは思ってたけど日々更新されてくわ。やらなくていいからなにが不衛生にあたるのか知っといて…。大人として…。赤ちゃんもいるんだからさ…。
AIがさぁ、はてな記法にしてくれるの。楽しいねぇ。表なんて面倒なやつを一発いや、十発くらいか。でも次は一発だと思うわ。楽しいねぇ。
| *素材** | *油の吸着** | *値段** | *乾きやすさ** | *何に向いてるか** |
|---|---|---|---|---|
| *アクリル毛糸(湿式)** | 高い (油分を吸着・絡めとる) | 比較的安い | 普通 (綿よりは乾きやすい) | 食器洗い (特に油汚れ、洗剤なしで使えるのが利点) |
| *ポリエステル糸** | 高い (繊維の凹凸やキラキラが汚れを絡めとる) | 普通〜やや高め | 速い (吸水性が低く乾きやすい) | 水回り全般 (お風呂、シンク、食器。速乾性を活かせる) |
| *麻ヒモ** | 低い (繊維の硬さでこすり落とす) | 普通 | 速い (水切れが良い) | シンク磨き、根菜洗い、焦げ付きなど強い摩擦が欲しい場所 |
| *アクリル毛糸(乾式)** | 普通〜やや低い (湿式よりタワシ効果は劣る) | 比較的安い | 普通 | 軽い汚れやホコリ取り、衣類などの用途 |
| *綿の糸** | 低い (吸水性は高いが、油分を絡めとる力はアクリルに劣る) | 普通 | 遅い (水を吸いやすく乾きにくい) | 食器洗い (洗剤と併用)、デリケートなものを洗う際、鍋敷きなど |
| *羊毛(ウール)** | 低い (油を吸収するが、洗浄力・速乾性に劣る) | 普通〜高め | 遅い (水を吸収しやすく乾きにくい) | 手洗い用の石けんを入れたり、フェルト化させてデリケートな場所の掃除。 |
アクリル毛糸(湿式):繊維が締まっており、ごわごわした手触りが洗浄用に向いています。
麻ヒモ:マイクロプラスチックの心配がなく、環境に優しい素材です。
羊毛(ウール):フェルト化しやすい特性があるため、デリケートな場所の掃除やソープストーン(石けん入れ)としても活用できます。
ここまでAI
それな!
そして、やるにしても結局途中のやりがいを感じるところだけやってやった気分になっているけれど、本質はそこじゃないみたいな。
例えば、難民をボートで運ぶ作業とか難民とコンタクトを取って亡命申請書を書かせるとかを活動家の人はするけれど、
その後の生活に関することはすべて普通の国民の労働と税金で成り立っているんだよと言う。
書きながら男の家事みたいなやつだと思った。
ゴミ出しは曜日の確認、分別、収集、ゴミ袋の設置まで含めてゴミ出しなんだけれど、家からゴミ捨て場に運ぶ作業でゴミ捨てしている気分になるみたいな。
料理もストック管理、献立、買い出し、前処理、料理、後片付け、配膳、事前清掃、食事の世話、食器の片付け、事後清掃、食器洗いまで含めて料理なんだけれど、
人からよく相談を受ける。それ自体はいい。人間誰だって心に寄り添ってほしいときがある。
でもそうやって相談を受けている内に相談がいつの間にか不幸自慢になる。
「最近眠れないの……」とわざわざ睡眠ログを見せてもう10回目の不眠報告をしてくるAちゃん
「彼氏が連絡返さないんです。浮気ですよね」と去年末から言い続けているBさん
今日こそは私を愚痴の吐き捨て場にするのはよしてくれと言おうと決意した矢先にCさんから「ちょっと相談したいことが……」と切り出されて頭を掻きむしりそうになったこともある。
そういうことが積もり積もって、仲良し(だと思っていた)Dちゃんに「最近こんな感じで感情のゴミ箱にされてしんどいんだ」と切り出したら返す刀で彼氏が家事をしないという愚痴に持っていかれた。ワロス。食器洗いすらしないって前に言ってたね。まだしないんだ。辛いね。
振り返ってみると、私はいつの間にか優先順位最下位の都合がいい人になっていた。
たまにご飯に誘っても忙しいからといって断られるが、私がこのあと予定があるといってもじゃあその予定の時間までとしつこく誘われる。
仲間内で誕生パーティーをするけど、何故か私の誕生パーティーは開催されない。
恐らく私のなにかがそのような扱いをされる要素となっているんだろうけど、それがなにかも分からないから改善することもできず結局できることといったら便利使いする人から距離をとることだけ。
だからといって、距離を取った先に対等に接してくれる人がいるはずもなく、今までのことは仕方ないで済ませてモヤモヤを抱え込んだまま毎日をこなしていくしかない。
いつか対等に仲良くできる人が見つかることを祈って、なんとか頑張ります。
食洗機のない我が家では、夕食後の食器洗いは夫婦の共同作業だ。私がスポンジを握り、妻がキッチンペーパーで拭く。無言の協奏曲のようなこの作業のなかで、いつもと違う時間が流れる。
箸を手に洗っているとき、ふと気づいた。私は決まって一組の箸をまとめ、いっぺんに洗っているのだ。丁寧すぎると妻に笑われるほど、皿の隅々まで磨き上げる私が、箸だけはなぜかペアとして扱う。その奇妙なルーティンは、まるでDNAに刻まれた儀式のようだ。
思い返せば、箸を使うときも二本を揃えることに無自覚の快感を覚えていた。並んだ箸が作る対称と余白のバランスは、日々の食卓に無言の安定感をもたらす。しかし、箸はそれぞれ確実に違う役割を果たしている。動かす箸、支える箸。機能は似て非なるものなのに、洗う瞬間だけは機械的に同じ扱いをしてしまう。
「箸は一体、何者なんだろう」と自問した。ナイフとフォークなら一本ずつ細部を確認しながら洗い、スプーンも柄から先端まで丁寧にゴシゴシやる。なのに箸だけは二本まとめて、手早く流してしまう。この小さなズレは、私の思考の盲点を示しているように思えた。
箸を丁寧に一本ずつ洗う実験を始めてみる。やはり丁寧に一本ずつ洗うと満足いく完璧な仕上がりが得られた。しかし、そのぶん時間はかかる。効率か、質か。家庭のリズムは、わずかなズレでも崩れてしまう。だが、気づきを放っておくわけにはいかない。
箸をまとめて洗うクセは、安心できるお約束事なのかもしれない。慣れた動作、変わらない所作が、心のどこかで安堵をもたらしているのだろう。だが、そこに隠れた盲点を分解し、新たな視点を得ることで日常は豊かになる。
暮らしの儀式をもう一度見直す――箸一本一本に意識を向けることで、雑に流されていた細部が輝きだす。朝のコーヒーカップ、夜のリモコン、玄関の靴べら。どれも、まとめ洗いから解き放たれた瞬間に、違う表情を見せてくれるだろう。
まとめることに安堵し、分解することで発見する。箸一本から始まる、家事という名の小さな旅。今夜もまた、スポンジを手に取りながら、私はその旅路の続きを探す。
その隣には私がグズグズと箸を洗い続けるのを少しイライラしながら、でも寛大な心で見守ってくれる妻がいることはとても幸せなことだ。
最近編み出したライフハックがあまりにも画期的だったので共有する。
以上。
あとトイレの後に手を洗うのも正直面倒くさい。(でも洗わないと気持ち悪いから洗う)
だから確実に食器を洗うタイミングが来るわけ。シンクに食器が山積みになることがなくなった。
さらに化石化したトイレタンクの蛇口からちょちょって手を洗うより、洗剤を使うわけだから確実にきれいになる。
うっかり先に食器洗った後にトイレ行きたくなった時の損した感がヤバい。
「さっき洗ったばっかりなのに!!!」ってなる。
あと多分これ一人暮らしじゃないと無理。
「なんでトイレの後に食器洗ってるの?」って聞かれたら説明できる自信がない。
ワンルームじゃないと成立しないと思う。トイレからキッチンまで遠いと「ついで」感がなくなるし。
この点で「いろんな意味で終わってる」と思う元増田の感想はまあその通りだねと認める。
皿を洗う手間が惜しいのではない。皿を洗う気力がないのだ。
生活自体やめられるものならやめたいが、気力がなくても生きなくてはならない。
台所にカビや藻の浮かんだ半年間洗ってない食器を放置するのと使い捨て食器を使うの、どちらがマシかは考えるまでもないだろう。
使い捨て食器を使うような人間は大抵インスタントコーヒーを使う。電気ケトルで沸かした熱湯を入れてハイ出来上がり。つまり熱々のコーヒーと親和性が高いわけだ。
「ぬるいコーヒー」を飲む人間というのは、コーヒーに最適な湯温である90度前後にわざわざ調節してるこだわり派か、コーヒーメーカーで作り置いて保温したコーヒーを飲んでるような人間だ。つまりレギュラーコーヒー派である。彼らは丁寧な生活寄りの人間である。全然終わってない。
ところで、誰もが疲れてるし余裕もないというのなら、手を抜くところは抜いて、自分がエネルギーを注ぎ込みたいところには手を抜かないといったメリハリも必要ではないか?
食器洗いが苦手で他の人よりエネルギーを消費してしまう人だっているだろう。そのような人にとっては使い捨て食器を使うことは合理的といえる。
「使い捨ての方が時短になるし衛生的じゃん」みたいな言い訳を真顔で言うやつがたまにいる。そういうやつに限ってゴミの分別すらできてない
お前はたまにいる「そういうやつ」のゴミ袋をわざわざ漁って中身を見たのか? 少なくとも私は分別はきちんとしている。
お前はたまにいる「そういうやつ」と生活環境をともにしているのか? いったいどういう状況なんだ? お前の家族の話なのか。そうすると「たまにいる」という記述との整合性が取れなくなるが。
おしゃれにデザインされた「ちょっと高い使い捨てカトラリー」なんてのが売ってて本当に地獄だと思った。意識だけ高い風を装いながら中身は何もない。結局「捨てられる」ことに快感を覚えてるだけだろ。責任を取らなくていい安心感。汚れたものを洗わずに済む安堵感。そういうのを積み重ねて、自分の生活の重みを全部削ぎ落としていった先に何があるのか。もうペラッペラの人生しか残らない。
そのオシャレなちょっと高い使い捨てカトラリーって、友人らを集めてパーティーやらバーベキューやらピクニックするときに使うやつだろ……。頭大丈夫か? 2級の精神障害者に心配されるってよっぽどだぞ。
ここに書かれた文章からは、なぜ脱プラが必要なのかを理解してるようには思えない。環境問題の話のはずが自堕落さや人間性や道徳の話にすり替わっているからだ。
問題は、そういう自堕落さに無自覚でいること。便利に身を任せてるうちにいつのまにか自分自身も「消費される側」になる。そうやって気づかずに摩耗していく生き方ほど空虚なものはない。
なぜ自分は理解しているつもりでいて、相手は無自覚であると決めつけるのか。あまりに傲慢では?
それに社会で生きている以上、消費される側にならない人間なんていない。それっぽいことを書いているようでいながら急に論理が飛躍するところは確かにAIが書いた文章っぽい。
仮にAIでない場合──今までの経験上、こういう物の見方をする人は大体メンタルの疾患があった。元増田もなにか持病があるのではと疑いたくなる。
便利の裏にはどこかしら腐臭が漂ってる。それをごまかして「楽でいいよね〜」とか言ってるのを見るたび、ああもう戻れないんだろうなと思う。使い捨ててるのは物じゃなくて、たぶん自分の生活そのものだ。
どうした?と返すも返事なし。その数時間後に、別件の連絡事項が来たので了解のスタンプで返した。
なにが「もうむり」なのか。
ちなみに「もうむり」の前のやりとりは、前日夜に私から送った「寝るので食器洗いよろしく」のラインだった。おそらく「もうむり」と連絡してきたのは「俺はこんなに大変なのに皿洗いまでさせる気なのか」という意であると推測している。
しかし私が朝起きたときには、食器は洗われていなかった。なので出勤前に私が洗っておいた。洗っていないのに「もうむり」とは如何に。
夫は絶望的に話し合いのできない人で、何か気に食わないことがあるとあからさまな不機嫌オーラを出して私のことを無視する。この件より前、先週あたりからずっとその状態が続いており、今回のラインもその延長線上のことだと思う。
ちなみに不機嫌の理由はここ最近私が風邪をひいていたから。夫は私が体調を崩すと機嫌を悪くする。
そのくせ、家事を代わることもなく、私の介抱をすることもない。私が丸15時間寝室から出てこなくても、ポカリ1つ、インゼリー1つ持ってくることもしない。
せめて子どもと遊んでくれれば良いものの、タブレットの充電が切れるまでYouTubeを見せ続けている。
ここまで書いてしまったが、夫は夫なりによくやっているのだろう。保育園の朝の送りや、毎日の浴槽掃除、子どもの寝かしつけはほぼ夫がやってくれている。仕事の時間も長く、出張も多い。大変そうだとは思う。
だけど、私も仕事をしている。毎朝5時半に起きて片道2時間かけて通勤して、7時間働いて、また2時間かけて帰って、保育園に迎えに行って、家事をして、ペットの世話をして日付が変わってから寝ている。
夫には私の苦労は見えていないらしく、以前にもペットの世話や食器洗いを頼んだ時に「もう限界なんだよ」と言われたことがある。私よりも2時間も多く寝ていて何が限界なの?と思った。
私がこどもを風呂に入れている間に食器を洗ってくれれば可処分時間が増えるのに、と伝えたところ「だって風呂から呼び出してくるじゃん」と反論してきた。たまに、子供が風呂でおもちゃを欲しがることがあるので夫を呼んで持ってきてもらうことがある。月に1,2度あるかないかだ。それを理由に食器洗いができないらしい。ちなみにうちは食洗機を使っているため、食器洗いというのは「食洗機に入っているものを食器棚に入れ、汚れた食器を食洗機にいれること」だ。急に風呂から呼び出しがあっても、対応できる内容のことを言い訳に使うみっともない男だと思った。
誰のためにこんな田舎に引っ越して、朝5時に起きて、片道2時間かけて通勤していると思うのか。通勤時間に映画を観ているという話をしたら羨ましがられたが、どうしても趣味の部屋のある一軒家が欲しいと言って埼玉の田舎に家を建てたのは夫の希望だった。夫は週4在宅勤務で、趣味の熱帯魚の世話をしながら仕事をしている。羨ましいのはどっちだ。
夫も仕事のプレッシャーがあり大変なのだろうとは分かるが、だからと言って私が大変でないというわけではないのにあまりにも理解されていなくて腹が立つ。
あまりインターネットで呪詛を吐きたくないが、匿名なら許されるだろう。こちらも限界まで頑張っているのだがら、しょうもないスマホゲームをする時間を保育園のオムツに名前をスタンプする時間に充てるくらいのことはしてほしい。
うちもレスが長かったけど、なんとか解消できた。
うちは共働きで、5歳の息子がいる。
妻は性欲低めで、俺の誘いも流されがち。レス期間は数年単位だった。
香水は嫌がられたから、風呂上がりに柔軟剤の香りをまとわせるくらいにした。
次にスキンシップを増やした。
いきなり性的な雰囲気を出すんじゃなく、日常のなかで軽く触れる回数を増やした。
たとえば、肩を揉むとか、手に触れるとか。
最初は適当に流されてたけど、続けるうちに受け入れるようになった。
俺もそれなりにやってるつもりだったけど、細かい部分を指摘されることが多かった。
なので、洗濯物を畳むだけじゃなく収納までやる、食器洗い後のシンク掃除もセットにする、みたいに、妻が気になる部分までやるようにした。
また、デートを復活させた。
最初はランチとか映画くらいだったけど、何度かやってるうちに、自然と距離が縮まっていった。
決定打になったのは、夜の雰囲気作り。
オイルを使うと気持ちいいらしく、リラックスした流れでスキンシップが自然に増えた。
最初は「そういう気分じゃない」と断られることもあったけど、無理強いせずに「じゃあ今日はいいよ」と引くことで、逆に拒絶感を減らせた。
レス解消まで時間はかかったけど、焦らずコツコツ積み重ねたのがよかったと思う。
今も頻繁にできるわけじゃないけど、ゼロではなくなったし、関係も良くなった。
もし参考になれば。
誰も興味ないと思うんだけど書いていい?
昨日夫と喧嘩になったんだけど。
夫は書類系が苦手で、保育園の書類(父親と母親がそれぞれ出さないといけない)を放置してたんだけど、私が自分の書類だけ用意して夫に確認しなかったのが気に食わなかったらしいのね。そもそも私に言われなくてもやってよって話なんだけど。
その時に、自分でやって、いやこっちだって色々やってるしできないことは協力してよ、みたいな話になって、「俺がこの家のケア労働全部やってる」って言われたの。
は???と思って。
うちは共働きで、夫は確かに「家事は」かなりやってる。掃除機かけたり皿洗ったり洗濯機セットしたり。世の中には家事をしない夫もいるらしいから、それに比べたらありがたい。保育園の迎えも週1か週2は行ってる。ありがたい。
でもさ?
子ども抱っこしたり食事の介助したり、絵本読み聞かせたり。泣いたら話聞いてなだめたり。毎朝髪の毛結んだり、保育園で必要なもの揃えたり。寝るときに子ども2人に挟まれて寝たり。トイレに付いてったり、朝起こす時「ママがいい」って言われて私が行ったり。
そもそも夫はあまりコミュニケーションをとらない人で、話し相手にもなってくれなくて。(なんで結婚したの?て感じだけど、元々仕事の上ではそこまでではなくてあまり気にならなかったし、付き合ってからも結婚前はお互い頑張ってたんだと思う)
夫婦間のコミュニケーションもなく、あるのは必要な情報伝達のみ。なんていうか、会話を楽しむという発想がない感じなんだよね。今日こんなことがあったよ〜とか、そこから話が広がって盛り上がったりとか、そういうのとは無縁で、私はずーっと孤独感を感じてた。
夜子供が寝た後も一人で部屋にこもって酒飲んでるみたい。普通そういう時って夫婦で一緒に過ごしたりするんじゃないかな。うちは皆無。
それがさあ。
ウケる。
私、めちゃくちゃ孤独ですけど。
確かに夫は家事はやってるけど、二言目には「俺はこんなにやってる!」とか言うのも無理なんだよな。
子がパパ(夫)よりも私の方に色々求め、何かにつけて「ママがいい」というので、私が子供の対応、その間に夫が家事、となってるのであって。
私の体感的には、例えば「私が延々と子供にごはん食べさせてる間、夫は食器洗いが終わればソファでくつろいでていいな…」て感じなの。
それをさあ。
「この家全体のこと考えてるのは僕だけ」「ケア労働は僕が全部してる」「そっちは自分のことしかしてない」
だってさ。
ウケる。
今までも色々あってもなんとかやってきたけど、なんかもう無理な気がする。