はてなキーワード: あるあるとは
FPSやMMORPGなんかの男女比率の偏った環境に置かれて初めて異性に囲まれる経験をした女が色ボケするって場面はあるあるだけど、独身がやるならまだ痛い女で済むものを、既婚でも旦那が最初で最後の彼氏だったような人が今になって遅れた青春やトキメキを取り戻すが如く色ボケすることがあって怖い。
専業主婦にでもなって旦那子供以外のリアルでの人との関わりが希薄になり、人寂しいという感情が解消される環境に依存してしまうという感覚は分からなくはない。
だが本当にこういう人の暴走と言わざるを得ない行動には迷惑をかけられるし、家庭に影響が出てるのではないかと思う事も多い。
お前にはもう少し優先することがあるだろうという気持ちがやはり先行してしまうし、良くも悪くもモテないと失敗するんだなと思いつつある。
異性に囲まれて舞い上がった非モテの考えるモテる行動…と自分では思い込んでいるが実態は自分が注目される為の行動…ってのは
か
くらいしかレパートリーがなかったりするわけで、結果として他人に寄りかかってお世話-キャリーといった行為-をしてもらうことをステータスにする生き物になりがちである。俗にいうテイカーやオタサーの姫。
結婚してもついぞ何者にもなれなかった大人によるこれらの行動達は、その環境に依存しているほど、この為にネットにしがみ付いている母親を持つ子供が可哀そうに見えるほど愚かに映ってしまうんだよな。
1人じゃ何もできない赤ちゃんです!って子供を世話すべき立場の人が言ってるのを見るとゾワゾワするよ。
次いで人寂しさと色ボケを募らせた主婦の行きつく道は「相方」。
簡単に言えば現在置かれている環境において周囲に自慢できる寄生先かトロフィーであり、異性同性関わらず場合によっては心の不倫相手にもなり得る。
既婚者がこういう関係を結んで周りにアピールする時点で…な問題ではあるが、これができたらもう家庭との時間配分がおかしくなってくるんだよね。
目を離したら危険な子供という最優先事項があるのに目先の楽しい事への感情優位になってしまうのは不倫脳か、はたまた発達の気でもあるんだろうけど、子供の為に専業主婦の道を選んだのに、やってることは旦那が仕事でいない時は子供を別部屋に閉じ込めてゲーム、子供をベビーサークルに入れてゲーム、旦那が帰ってくれば子供を旦那に預けてゲーム、旦那に子供を預けて週末はオフ会…偽りであってほしいことがマジで出てくるのがここの人達。
SNSでは毎日のように誰かと遊ぶ姿、ネト充でキラキラはしてるが、"既婚・子持ち・主婦"という要素が刺さる。
活動に対してアクティブな為にゲームでの一時的な付き合いとしては楽しいかもしれないが、既婚者であるという事実も含めて長い目で見ると「ちょっと…」と感じることばかり。
そりゃ今のご時世、地方限定のイベントなんかもあるしこの日だけはってこともあるだろうよ。
でも、サシだろうと複数人だろうと独身社会人さながらに身軽に一泊二日なんかで飛んでいく姿を見てると、いつか旦那に愛想つかれるんじゃないかと思ってしまう。
リアルでの繋がりのみではこんな疑似不倫のような出来事は彼女らにも起きやしなかったと思うからこそ、今のインターネットって非モテの恋愛市場なんだなと凄く思う。
GW中2度も遠方へのオフ会に飛び立ったフォロワーの旦那が子供の為にGWを早めに取っていた事や、「子供見てるだけでGWが終わった」とSNS投稿しているのを見て、ふとこの増田を書いた。
まず、この「モイスチャー」って商材は40年以上前から売られてる古いスキンケアシリーズ。
それも資生堂ドルックスのように定期的にコスメヲタの間で話題になるような「隠れ名品」といったポジションではなく、現役世代は誰も使ってない、なぜ未だに売られているのかまったくわからないポジションのおばあちゃんコスメ。
レトロコスメでよくある「すごい美肌のおばあちゃんが若いころからずっと使っていた」ってエピソードもあんまり聞かない。
売ってるメーカーすら「絶滅危惧コスメ」なんて自嘲しちゃってるぐらい存在感ない、でもドラストやスーパーの片隅においてある、そういう商品なのね。
今回バズるまで見た目は知ってるけど名前知らんかった(そういう意味では炎上マーケティング成功している)
明色奥様シリーズの自然派緑バージョン、みたいなもんだと思ってたわ
まあまともに考えてどっかでリノベしないとどうにもならないシリーズだったのに、ずっと作り続けたのはウテナの美学なのかこだわりなのかだと思うけど
それの認知を高めようと、昭和レトロがテーマのクリエイター・インフルエンサーを起用してAIも活用した昭和っぽい広告を3シリーズ作ったが不発。少なくとも観測範囲で話題になってるのは見かけなかった。
この広告も、まあ本気の昭和レトロ愛好家が見たら怒るクオリティだったが、そういう人の絶対数が少ないから不発に終わるだけで炎上はしなかった。
そもそも、昭和レトロコスメを若い子にも認知させよう、というコンセプトで、なぜに「昭和あるある」でプレゼントキャンペーンを打つのか本当に意味がわからないし、なんとなく「AIでやれば若い子の話題になるでしょ(鼻ホジ)」って安直さが否めない
この商品を使ってたのは、80年代レトロを懐かしむ世代(=バブル世代)よりもっと上の70代とか80代だし、ヘチマコロンとか美顔水ぐらいの歴史があればまだしも、中途半端なレトロは全方向的にダサい。
そこで基軸を切り替えて今回炎上したセーラームーン風の変身アニメを作ったわけだが、これはすでに昭和ですらないし、愛着のある世代から見ると馬鹿にしたような仕上がりで炎上した
昭和レトロを狙うなら、むしろぴえろ魔法少女風にすべきだったかもしれない。それなら「なんか見たことあるけど何かに似てるわけではない」みたいな作り方はできただろうし
まあ、どうせ規定路線通り話題にならずに不発だったと思うけど、つつがなくキャンペーンを終えることもできたんじゃないのか
長く廃番にせず大事に売るのは偉いように思うが、令和の世はコスメに詳しくない人もセラミドだナイアシンアミドだビタミンCだと成分で選ぶ時代で、「昔ながらのスキンケアが安心」って価値観自体が古くなってきてる
たとえばロートの極潤シリーズとか花王のキュレルとか資生堂のアクアレーベルとか、同じようなプチプラ価格帯において、最新の研究成果を採用して「潤いを守る」とかいう訴求をもっと本気でやってるブランドがいっぱいある
大手企業ではない「ちふれ」だって、定期的にリニューアルを繰り返してるし、有効成分をきっちり配合して(全成分の配合割合まで公開されている)話題になっている。そんな中どう戦うのという話である。
さらに、プチプラコスメって「洗面所において家族みんなでぱしゃぱしゃ使える」ってことが最大の価値なのに、ガラスボトルで150mlではそれができない。すぐなくなるし落とせば割れる。
たとえば、ガラスボトルに紙シールの謎パケやめて、500mlの大容量を出すとかできなかったんだろうか?
鎮静と保湿だけで使うなら、いらない成分は刺激になるからむしろアロエエキスだけってシンプルさがいいんだよ、ってだれか成分系のコスメインフルエンサーに言わせたりすりゃ動いたんじゃないの
商品にまったく向き合わず、広告に金かければどうにかなるでしょってのはナメてるし、AI使って中途半端にケチったイメージにもなっちゃってる
元コンテンツへの敬意というより、商品に対する掘り下げもユーザーに対する洞察もあんまり感じないというとこで、なんか気持ち悪い案件だなって感じたわね。
スキンケア化粧品でAIおもしろ広告を見たからといって、これ使ってみようってことには絶対ならない、それは確か。
少女革命ウテナと正式にコラボすればって言ってる人もいたけど、そういうコラボば効くのはもともと売れてるシリーズか、メイクものでかわいいパッケージ作れる場合で
そもそも売れてないものにキャラクター絵をくっつけたからといって売れるということはまあない。
今は、化粧品の広告に面白さや話題性って不要で、なぜなら化粧品を手に取る時の気持ちはむちゃくちゃ切実なんだわ
特にスキンケア化粧品は、消耗品だけども、カップラーメンみたいに「面白そう、食べてみよう」って手に取るものじゃなくて、自分の肌を預けるものとしてみんな真剣に選んでるわけだし
商品に対する信頼や愛着や憧れがまずあって、コラボはそれに上積みする要素でしかない
個人的に、自分がこの商品のプロモするなら「昭和あるある」じゃなくて団塊マダムやその子、孫に「次世代に語り継ぎたい美容」とか「おばあちゃんに聞いた美の秘訣」を聞く企画すると思う レトロコスメのセールスポイントなんて「地味だけどずっと使ってる人がいる」その1点だけなのだし。
じゃあ何の話したらええんねや?黙ーってればええんか?
それとも言葉通りに受け取りすぎワイASDなだけなんやろか。どういうこっちゃ
おそらく本来はこういう人物像を対象としているのだろうが、昔はドヤ顔で後進にやたらと過去の自慢話をしてばかりいて何ら有意義なものを与えられていないおっさんが迷惑をかけがちだった。男は歳をとるとみんなそうなっちまうんやという乱暴な前提に立ち、だからそれを戒めるためにその謂れが発生したのだろうと推測。
いちばん届いてほしいような人物には届かず、マトモな人間の耳に届いてしまい自分事として内面化して委縮してしまって言動を制限してしまう話やんけ。
マトモなおっさんほど女に手を出さなくなったの事なんかと同じで。
こういった注意喚起が逆効果になってまう問題ってどうしたらええんや?
5匹の猿の実験と似とるな。
何故そうするのか、どのような人物が対象か、主語が本来の意図から外れてデカくなって格言として広がってしまったことがギルティなんとちゃう
まるで「情けは人の為ならず」の誤解が未だにあるような。
説明不足の舌足らずとも言えるし、受け取り側の読解力不足や誤解ともいえるかも知れんが。
何かを批判するとき主語を最小限にしないと誤爆が生じてしまうという、その悪例であると言えそう。
社会問題やね。いま話題のホワハラなムーブの一種とも言えるわ。まるで腫れ物に触るかのように扱ってるやんけ若いのを。
閑話休題、おっさんは過去の仕事の話を適切に話すぶんには普通に後進に役立つと思うんやが。win-winやん。
実際ワイも先輩から色んな昔の仕事の話聞かされて役立ったけどなー戒められるような迷惑人物も殆どおらんかったし。得失でいうたら全然得のほうが多いわ。
健常者のほうがLLM的だよね、みたいな議論ツイートを見かけたんだ。
エンジニアや研究者に賢いASDが多いから気づいていないだけだよね、みたいな。
そうなの?逆じゃない?というのがきっかけ。
かねてからのASDのような立場からいうと、健常者は魔法使いやエスパーのように見えるんだよね。
自分からはさっぱり分からない言外の情報をなぜか読み取って以心伝心通じ合いながら会話しているかのように見えるんだ。
だから疎外感を感じるよ。自分だけが読み取れない未知のチャンネルで情報をやり取りして文脈を共有しながら、それ前提で会話しているように見えるから。そこに参加することも難しい。
しかし自分にはそのスキルがないので、自分が使うことのできる限られた情報チャンネルである「言葉」のみで「この場合はこれを言えば社会的にマトモらしい(何故だか知らないけど)」を学習し、データベース的に社会適合しようとするんだよね。ASDにとってのSSTとか健常者エミュレーターとかいうのがこういう状況なんだ。この振る舞いはまさしくLLMだよね。
言い換えれば、健常者エミュレーター事例集Wikiは発達障害者というLLMにとっての学習すべきデータセットなんだ。
このような認識ってのは自分だけでなく他の人も同じことを言ってるんで、たぶん業界あるあるなんだと思う。共通認識みたい。
雑談は音ゲーだ!制限時間以内にタイミングよく連想して正しいボタンを押せ!というゲームなんだけど
健常者は9割GREATが取れるけど、発達障害者はタイミングがズレていたり押すボタンが違ったりしてFAILを連発して責め立てられる。ブーイングの嵐さ。
しかも社会がそのゲームから逃げるな!と強制してくるのでその状態から逃げることもできず詰んでいる。
ASDのような立場から目線で見ると、健常者の使う魔法やエスパーといったスキルは神秘的に見えるんだけれど、しかしあくまでコンテキストを補強しているだけであって健常者もまた同じLLMなのかい?
健常者って発達障害者に比べてただコンテキストが多いだけの同じLLMなの?
音ゲーの喩えからすると同じゲームで遊んでいるのだからプレイヤーは同じ動作をしているはずではあるね。
逆に言うと健常者から見た発達障害者はCLAUDE.mdを与えられていないエージェントみたいなものってこと?
表情や顔色や声色や身振り手振りといった、ノンバーバル・コミュニケーション・MCPサーバーに接続してないエージェントみたいな感じ?
前作以上に、要素の盛り込み具合がすごいから楽しい映画だと思うし、実際楽しかった。その上で思ったこと
※トゲトゲした感想
※以下ネタバレ含む
効果音やモチーフは嬉しかったけど、己がゲームのスーパーマリオギャラクシーで好きだと思う根幹の要素はほぼ無かった。飾りみたいにアイテムとかモチーフを出されて、「はいスーパーマリオギャラクシーですよ」と言われたような気がして、難しい顔になった。すごかったけど。
沢山の人でこれだけのクオリティのものを作ることは大変なんだと思った。
マリオギャラクシーのゲームのスタート画面で、タイトルの派手なサウンドがなった後、急に静かになって宇宙に投げ出されたような圧倒的な孤独を感じるところ、その合間で星の瞬きみたいな音が鳴っているのを聞くのがものすごく好きだった。その辺りにあのゲームの好きな要素が詰まっているんだけど、映画にはあまりなかったような気がする。この映画の宇宙はマリオギャラクシーの宇宙ではなくて、別作品の宇宙みたいだと思った。
タイトルで、ゲームのスタート画面と同じ音が出た時が感情のピークだったかもしれない。
ストーリーで虚無になりそうになると、ゲームで聞き覚えのある効果音やアイテム、bgmが出てきて引き戻されて、置いてかれて、引き戻されての繰り返しだった。
アイスボルケーノのbgmが飛行中の通過数秒だけ流れてたの笑った。全部そんな感じ。
なんか知らない設定も積まれるし
いや、映像化して一つの物語として組み直す過程で違う設定が付加されること自体はまああるあることなのですが………なんかこう上手く言語化ができない。知らないロゼッタだった。
ロゼッタの旅のエピソードとか、そこから来る彼女のキャラクター性の根幹に関わるものが結構己の中のイメージと違っていた。
母なる偉大さみたいな部分は、まあ同じか。己はマリオギャラクシーの1作目しかやっていないため2作目をちゃんとプレイしたら感想が変わるかもしれない。2をやってきます。
マジで正直最後何が起きたかあまり覚えていない。マリオギャラクシーというタイトルをつけるには別物すぎる。姉妹パワーでどうですか?
マリオ作品はそこまでしっかりとやっている訳ではなく、スーパーマリオギャラクシーが1番よくプレイした作品だったので、かなりトゲトゲした感想になってしまった。個人的には、作品ファンも初見の人もどちらも置いてけぼりの作品になってはいないだろうか?と感じた。まあ任天堂作品を深く知っているファンだったら、もっと気軽に笑って見ることができたのかもしれない。色々な人の感想も聞いてみたいと思う。
ちなみにマリオ作品でプレイしたことあるのは、64とキャッチ!タッチ!ヨッシーNEWスーパーマリオブラザーズとスーパーマリオギャラクシーのみ。映画1作目はそこまでトゲトゲせずに見ている。
最初にも言ったけど、盛り込み方は本当にすごい。それはゲームの作品ファンとして感謝している。映画を作ってくれてありがとう。
親の電話番号を着信拒否してる人あるある:親が死んだことを知る方法がないんだけどこの場合って相続拒否の手続きはどのタイミングで発生してどんな感じになるの?と疑問に思うが、思うだけがち(あまりにも実生活に関係がないため)