はてなキーワード: 遅刻とは
トロッコ問題は、多数を助けるにしても、少数を助けるにしても、その理由を考える事のトリガーにする問題で
そうハッキリしているんだ
対してこの問題は、なにもハッキリしていない
例えば、「工事現場で点字ブロックが遮断され盲目の人が立ち止まっている、助けますか?」という問いを作ったとき
顔出し放送で聞かれれば、ほとんどの人は「助ける」と答えるだろう
匿名のアンケでも「助ける」人が多い筈だ
これだけいるんだ、誰かが助けるだろう
面倒くさい
理由は様々だろうが、多くの人は助けない
この話は「青派閥」が道徳問題にしてしまい、いろんな条件を後付けして、如何に赤が利己的であるかを説いているが
実際には赤が押されると「信じて」いるよ
風俗慎重派の自分は石橋を叩いて渡る風俗嬢選びを実践している。
なんとなく直感で選んだりフィーリングで良さそうと思った風俗嬢に突撃したりしない。
なぜならキャリア15年に及ぶ風俗利用で自分にはほとほとそういう直感力が備わっていないと知れたからだ。
ハズレならいいが、大ハズレを引く。
そんな失敗に懲り懲りになった自分はヘブンネットの充実に合わせるようにして徹底的な事前調査をしたうえでしか行かなくなった。
口コミはもちろんのこと、日記も徹底調査、最低でも1か月くらいの動向を把握してからしか新しい嬢には突撃しないことにした。
なぜ1か月も掛けるかと様々な理由があるが一番には当欠されたら困るからだ。
風俗には少なからず当欠嬢とでもいうべき、当日になってからの遅刻欠勤を頻繁にしてしまう嬢が多い。
そういう動向はある程度の勤務状態を観察してからしか判別がつかないからだ。
たまたま短期間だけのいつもと違ってきちんと出金ができている場合もあるし、
逆にどれだけキッチリしてても当欠は絶対に避けられない(身体を使う仕事なのだから)。
そういう事を知るには1か月は観察しないとわからない。
さらに、、、と続けるとひたすら長くなるのでそろそろ本題に入る。
そういう自分だが、今回は本当に久しぶりにフィーリングだけの初見で入ってみた。
口コミ評価がどれもおしなべて最高のテクニシャンという評価の嬢だ。
そのほうかをしんじ えれrふぁ
まず、因果推論全般では、「相関がある/ない」と「因果関係がある/ない」を同じ軸で考えない。
相関は、観測されたデータ上で見える関係である。因果は、一方を変えたときに、もう一方が変わると考えられる関係である。
なお、「相関がない」と書くと完全に無関係であるように読めるため、以下では原則として「相関が見える/見えない」と書く。
そのため、全体像としては、次のような2×2で整理するとわかりやすい。
| 分類 | 因果関係がある | 因果関係がない |
|---|---|---|
| 相関が見える | A. 因果関係が相関として見えている | B. 見かけ上の相関 |
| 相関が見えない | C. 因果関係はあるが、相関として見えにくい | D. 関係が見られない |
ここでいう「相関が見えない」は、「その観測方法・分析方法では相関が確認できない」という意味であり、完全に無関係であることを直ちに意味しない。
この表は、あくまで全体像を示すための地図である。因果推論では、相関が見えるかどうかと、因果関係があるかどうかを分けて考える。
Aは、相関が見えており、因果関係としても説明できる場合である。
Bは、相関は見えているが、それが因果関係を示しているとはいえない場合である。いわゆる擬似相関はここに入る。
Cは、因果関係はあるが、単純な観測データでは相関として見えにくい場合である。非線形の関係、時間差のある関係などが該当する。
Dは、相関も見えず、因果関係も想定しにくい場合である。ただし、相関が見えないことは、完全に無関係であることを直ちには意味しない。
したがって、因果推論全般では、相関が見えるからといって因果とは限らないし、相関が見えないからといって完全に無関係とも限らない、という両方の注意が必要になる。
一方、高校教科「情報」で扱う範囲は、因果推論全般そのものではない。
高校範囲で中心になるのは、散布図や相関係数をもとに、今見ている2つのデータの関係をどう読むかである。具体的には、散布図や相関係数を使って、2つのデータに直線的な関係が見えるかを確認する。そのうえで、「相関が見えるからといって、因果関係があるとは限らない」という点を学ぶ。
先ほどの分類表を高校「情報」の範囲に寄せると、次のように整理できる。
| 分類 | 高校範囲での扱い |
|---|---|
| 直線的な相関が見える | 高校1:因果関係として説明できる場合/高校2:擬似相関の場合 |
| 直線的な相関が見えない | 高校3:相関が見られない。ただし、完全に無関係とは限らない |
高校1は、直線的な相関が見え、背景知識などから因果関係として説明できるもの。これは、全体表のA「因果関係が相関として見えている」にあたる。
高校2は、直線的な相関は見えるが、因果関係として説明できないもの。これは、全体表のB「見かけ上の相関」にあたる。擬似相関はここに入る。
高校3は、直線的な相関が見えないもの。高校範囲では、いったん「相関が見られない」と整理されることが多い。ただし、これは完全に無関係であることを意味しない。非線形関係、時間差、しきい値のように、別の見方をすれば関係が見える場合もある。
高校範囲で中心になるのは、「直線的な相関が見える」場合である。つまり、その相関を因果関係として説明できるのか、それとも擬似相関なのかを考えることが主題になる。
一方、「直線的な相関が見えない」場合については、基本的には「相関が見られない」と整理する。ただし、これは完全に無関係だと断定することではなく、高校範囲では深く扱わない発展的な関係が隠れている場合もある。
相関関係とは、2つのデータの増減に一定の傾向が見られる関係のこと。
高校範囲では、主に散布図や相関係数で確認する。そのため、ここでいう相関は、基本的には直線的な相関である。
片方が増えるともう片方も増えるなら、正の相関。片方が増えるともう片方が減るなら、負の相関。増減の関係がはっきり見られないなら、相関が見られない、と整理する。
ただし、ここでいう「相関が見られない」は、少なくとも散布図や相関係数では、直線的な相関が見られないという意味である。
現実には、曲線的な関係、時間差のある関係、しきい値のある関係などが隠れている場合もある。したがって、「相関が見られない=完全に無関係」とは言えない。
因果関係とは、一方の変化が、もう一方の変化を引き起こすと考えられる関係のこと。
ここでは、原因側のデータ項目を X、結果側のデータ項目を Y と書く。
・X → Y
これは、X が Y に影響している関係である。現実の例で言えば、「気温 → アイスの売上」のような関係である。
この場合、気温の上昇がアイスの売上に影響していると考えられる。
ただし、2つのデータに相関が見えるだけでは、因果関係があるとは言えない。因果関係を考えるには、少なくとも以下のような項目を確認する必要がある。
なお、高校範囲で「因果関係」と言う場合は、多くの場合、X → Y のような単純な関係を念頭に置いている。X → M → Y のような間接因果については、後述する。
擬似相関とは、2つのデータに相関が見えるが、その相関が因果関係を示しているとはいえないものを指す。
ここで注意したいのは、擬似相関は「相関がない」という意味ではないこと。多くの場合、相関は実際に見えている。擬似なのは、相関そのものというより、因果関係があるように見える解釈のほうである。
つまり、擬似相関は、その相関だけでは因果関係を示しているとはいえない相関と考えるとわかりやすい。実際、「擬似」という言い方だと相関そのものが存在しないように誤解されるため、「非因果相関」と呼ぶ方がよいと考える人もいる。
擬似相関の原因には、主に以下のようなものがある。
それぞれ整理すると、次のようになる。
交絡因子による擬似相関は、次の形で表せる。
・Z → X
・Z → Y
2つのデータ X と Y の両方に、第3の要因 Z が影響している場合である。このような第3の要因を、交絡因子という。
・気温 → アイスの売上
・気温 → 熱中症の発生数
このとき、アイスの売上と熱中症の発生数には相関が見えるかもしれない。しかし、次のような因果関係があるわけではない。
実際には、気温という Z が、アイスの売上 X と熱中症の発生数 Y の両方に影響している。
高校範囲では、擬似相関の典型例として、この交絡因子による説明がよく使われる。
特に、たくさんのデータを比べていると、本当は関係がなくても、偶然よく似た動きをする組み合わせが見つかることがある。
この2つが、ある期間たまたま似た増減をしたとしても、それだけで因果関係があるとは言えない。これは、意味のある関係ではなく、偶然相関して見えただけである。
時系列データでよく起きる。2つのデータが、どちらも時間とともに増えている、または減っているだけで、相関があるように見える場合である。
・スマートフォンの普及率
どちらもある期間に増加していると、相関があるように見えるかもしれない。しかし、それだけで、次のような因果関係があるとは言えない。
この場合、両方が「時間の経過」とともに増えているため、見かけ上の相関が生じている。
データのまとめ方によって、相関があるように見えたり、逆に相関が消えたりする場合である。
たとえば、10年分のデータ全体ではほとんど関係がないのに、ある3か月だけを切り取ると、2つのデータが同じように増えているように見えることがある。
これは、特定のトレンドが見えている期間だけを切り取ることで、相関があるように見える場合である。意図的にやれば「都合のよい期間の切り取り」になるし、意図せず起きることもある。
また、全体で見るか、グループ別に見るかで、関係が変わる場合もある。
・学校全体で見ると、学習時間が長い生徒ほど成績が高いように見える。
・しかし、学年別に分けると、その関係は弱かったり、違う傾向が見えたりする。
この場合、学年、クラス、地域、年齢層などの分け方によって、見える相関が変わっている。
さらに、個人単位で見るか、都道府県単位で見るか、国単位で見るかによっても、関係が変わることがある。個人レベルでは成り立たない関係が、都道府県ごとの平均値で見ると相関して見える場合がある。これは、専門的には生態学的誤謬に近い話である。
また、割合で見るか、実数で見るか、平均で見るか、合計で見るかによっても、相関は変わる。
たとえば、人口が多い地域では、店舗数も事故件数も多くなりやすい。そのため、単純な件数同士で見ると相関が出ることがある。しかし、人口あたりの件数に直すと、その関係が弱まる場合がある。
つまり、集計方法の影響とは、期間、集団、単位、指標の取り方によって、相関があるように見えたり、消えたりすることである。
高校情報の教科書では、間接因果は独立した中心概念としてはあまり扱われない。
高校範囲で重要なのは、まず、相関関係が見えても因果関係があるとは限らないこと、そして交絡因子による擬似相関に注意することである。
そのうえで、間接因果については、補足的に考えればよい。
間接因果とは、X が別の要因を介して Y に影響する関係である。中間に入る要因を M と書くと、次のようになる。
・X → M → Y
この場合、「勉強時間」と「点数」の間には、「問題演習量」を介した因果関係があると考えられる。
これは直接の因果関係ではないが、比較的近く、説明しやすい間接因果である。そのため、高校範囲では次のように丸めて説明しても、通常は問題ない。
つまり、近い間接因果は、広い意味で因果関係として扱える場合がある。
・大型商業施設ができる
→ 人の流れが変わる
→ 通学経路や交通混雑が変わる
このような関係は、完全にありえないとは言えない。
しかし、途中に入る要因が多く、他の要因も大量に関わるため、単純な相関関係からこの因果経路を説明するのは難しい。
さらに遠い因果経路まで含めると、ほとんど何でも何かに影響している、という話になってしまう。
そこまで広げると、バタフライエフェクトのような話になり、高校範囲の「相関関係と因果関係」の整理としては扱いにくい。
そのため、間接因果は次のように考えるとよい。
・比較的近く、説明可能な間接因果は、広い意味で因果関係として扱える。
・一方、因果経路が遠すぎるものや、途中の要因が複雑すぎるものは、高校範囲では擬似相関に近いもの、または発展的な話題として扱うのが自然である。
つまり、間接因果は、高校情報の中心的な分類ではなく、発展的な補足として考えるのがよい。
高校範囲では、まず「直線的な相関が見える場合」に、その相関を因果関係として説明できるのか、それとも擬似相関なのかを考えることが重要である。間接因果は、その後に考える発展的な補足として扱えばよい。
高校「情報」で中心になるのは、「相関関係」「因果関係」「擬似相関」を区別して考えることである。
「相関関係」は、2つのデータの増減に一定の傾向が見られる関係である。
「因果関係」は、一方の変化が、もう一方の変化を引き起こすと考えられる関係である。
「擬似相関」は、相関は見えているが、それだけでは因果関係を示しているとは言えない関係である。典型例は、第3の要因である交絡因子が2つのデータの両方に影響している場合や、たまたま似た動きをしただけの偶然の一致である。
ただし、高校範囲で扱う相関は、主に散布図や相関係数で見る直線的な相関である。そのため、「相関が見られない」と整理される場合でも、完全に無関係とは限らない。非線形関係や時間差のある関係のように、別の見方をすれば関係が見える場合もある。ただし、そうした見方は高校範囲では基本的に深く扱わず、大学以降の専門的な範囲に入る。
また、間接因果は、高校情報の中心的な分類ではなく、発展的な補足として考えるのがよい。
要するに高校範囲では、相関が見えてもそれだけで因果とは言えず、相関が見えなくてもそれだけで無関係とは言えない、という点を押さえるのが重要である。
見た目が可愛いとか、話し方が独特とか、そういうありがちな入口だったと思う。たまたまその子の幼馴染と同じサークルで仲良くなって、流れでその子とも話すようになった。
ただ、今思うと、俺は恋をしていたというより、未知の生態を観察していたのかもしれない。
最初に「ん?」と思ったのは、授業のあとに一緒に帰ることになった時だった。
その子が急に、
と言って、校内にあるよく分からないオブジェの近くの茂みに入っていった。
大学の構内には、誰が何のために置いたのか分からないオブジェがある。新入生の俺にはそれだけでも意味不明だったのに、その子は迷いなく茂みに突っ込み、数秒後、リュックを持って出てきた。
当然聞いた。
「なんでそんなところにリュックあるの?」
すると彼女は、何を当たり前のことを聞いているんだ、みたいな顔で言った。
「重し。誰も盗らないじゃん!」
重し。リュックを。茂みに。
この時点で俺は、何か大事な警告を見逃していた気がする。
別の日、一緒に学食へ行く流れになった。
また例のオブジェの前を通った。すると彼女は、何の説明もなく茂みに入り、今度はオブジェを登り始めた。
俺はただ見ていた。
止めるとか、声をかけるとか、そういうまともな反応ができなかった。人間、本当に意味が分からないものを見ると一旦フリーズする。
チョコレートだった。
「え、これ何?」
「隠しておいたの! お腹空いてるでしょ!」
しかも自分用じゃなくて人に渡す前提なのも怖い。いや、優しいのかもしれない。怖い優しさだった。
さすがにおかしいと思って、幼馴染の友人に聞いた。
友人は「ああ」と、だいぶ慣れた顔で言った。
昔からそんな感じだったらしい。遅刻しないように制服を着たまま寝て、そのまま登校したこともあるらしい。合理的ではある。合理的ではあるが、人間の生活として何かを失っている。
中学までは、見た目の可愛さもあって「天然」で済んでいたらしい。
でも高校からは周囲の見方が変わって、笑えないあだ名で呼ばれるようになった、と聞いた。
変わっていることと、雑に扱っていいことは違う。俺も内心では「やばい」と思っていたけど、本人のいないところでそれを属性みたいに呼ぶのは、また別の気持ち悪さがあった。
その後、後期に入って同じ授業が減った。
大学というのは不思議で、春に毎日のように顔を合わせていた人とも、履修が少し変わるだけで簡単に会わなくなる。サークルや学部の人間関係も固定化されていき、俺と彼女は自然と疎遠になった。
付き合ってもいない。
何か劇的な事件があったわけでもない。
ただ、大学のオブジェを見るたびに、そこにリュックやチョコレートを隠す女がいたことを思い出す。
もうすぐGWだ。
新入生っぽい集団を見かけると、あの春のことを思い出す。
俺はあの子のことが好きだったのか、怖かったのか、面白がっていたのか、今でもよく分からない。
ただひとつ言えるのは、大学に入って最初に好きになった女は、リュックを茂みに隠し、チョコレートをオブジェに備蓄するタイプだった。
そして俺は、そういう人間のことを、たぶん今でも少し好きだ。
前日に「あしたは、いちご食べにいく?」と聞くと、なんとも言えない顔で、ちょっとキョドってゆらゆらと横揺れをし始めたのが可笑しかった。見たことのない動きですごく嬉しそう。
現地は、大きな農園かと思ったらそんなことはなく、街中の駅前にあっておどろいた。3mくらいの大きさのいちごのモニュメントがあって、子どもの反応が見たかったけど、遅刻ギリギリだったので素通り。50mくらいの大きなハウスが6棟くらいあったかな。いちごは浮くような栽培されてて、腰の高さにいちごがずらっと並んでた。子供にとっては目線の高さ。
時間は45分。大人がいちごを取って、どーぞであげてるのに、手に持ったいちごはこっちに向けて、「たべていい?」と毎回聞いてくるのがかわいいかったw
普段、家で食べれるのは大きいので2つ、おかわりに+1個くらいなのに、「え、食べていいの?これも、食べていいの?」見たいな反応がずっと続く。
30分が過ぎると大人もお腹いっぱいで、ハウスのなかに置いてあるベンチがありがたかった。子供のお腹もポンポンポンではち切れそう。
みんなお腹いっぱいなのに、種まで真っ赤ないちごを見つけてしまうと、がんばって食べたくなる。子供にも食べる?と聞くと「うんうん!」とオーバーリアクション。
仕事がブラックすぎてやめたものの、蓄えもなく実家も頼れなかったため、はじめて働いた風俗だった。
いまでも綺麗なワンルームマンションで電車の音を聞きながら、客が来るまでの間、暖房の効いた部屋でエロ自撮りしていた頃を思い出す。
そりゃあ確かに最初は不安だったけど、講習を受けたときにAVのようなこともなかった。
際どい部分は触られたものの、際どい部分を触る仕事の講習なので気にならなかったし、講師の男性(店長)はめちゃくちゃ申し訳なさそうにしていたし、ちんこもたっていなかった。
今調べたら店はだいぶ前に閉店していた。彼は今何をしているのだろうか。
ちんちんだけじゃだめですか?
大チンポです!あとチンチンでチンポを出なくちゃ遅刻しちゃいそうです!
https://my.foreverprojects.org/xinoo/posts/lee-cronins-the-mummy-2026
https://my.foreverprojects.org/martabak/posts/filmi-2026-bgsub
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チンポにしかずチンポ出したらチンポなくてもめっちゃ可愛くなれるもん!
にゃにゃにゃ~~
にゃにゃにゃ~~
とはいえチンポ間に合わなそう!
だけどチンチンは見せられなーい///
「だめー××」
チンポの道具も応援中!
私のでっかいチンポにくらべたら
こんなチンチンはちっちゃいかー!(?)
この可愛さに免じて ゆるして!チンポ!
「チンポ」
チンポないけど顔が可愛いのもチンチンだと思って優しくして欲しいのです
チンポを
磨け
磨け
磨け!
チンチンで世界征服!
「チンチンだけじゃだめですか?」
右・左・チンチン チンポさせちゃう!
時はチンチン チンポ小町も
多分チンポ出してた
チンポを取り合う戦いなのです!
臆病な心はポポポイっとして
シェアでチンチン楽しくなれる
ここがここがここが世界いチンチン!
にゃにゃにゃ~~
にゃにゃにゃ~~
中途で採った二十代の男。
若いということで雇ったんだけど、とにかく酷い。
遅刻は当たり前。サボっていることも多々あり、その度に注意をしても謝らない。一言目に言い訳。二言目に言い訳。
おまけに先輩の言うことを聞かない。自己流でやろうとして効率が悪いのにも関わらず、それでも指示通りにはやろうとしない。
何度も注意してようやく「分かりました」と従うようになっても、それまでに謝罪ゼロ。
正直居るだけで空気が悪くなる。だがすぐさまクビにすることもできない。きつく注意すればパワハラ扱いされるかもしれないので、強く出ることもできない。
これはもう素直に疑問なんだが、社会人にまでなって謝ることができない奴ってマジで何なんだ!??
どういう教育を受けてきたらそうなるわけ?理解できないし、他県から来ているんだが地元から追い出されたんじゃないか?って思ってしまうほどに酷い。
このままだと職場の雰囲気は悪くなる一方だし、何より本人に改善する気がないんだよ。社長と相談して何とかしてもらうようにはするつもりでいるが、正直なところ一刻も早く辞めて何処かへ行ってほしい。良いところがまるでない人間、というのはフィクションだけのものだと思っていたが、現実にこうして身近にいると本当にしんどい。マジでもう、誰か助けてくれよ!!
【心理学部】2025年8月、神戸市で24歳の女性が殺害された事件は性暴力型フェミサイドか?
https://www.kuins.ac.jp/news/2025/09/202524.html
この事件は、加害者と被害者に面識がないことから、一部では「無差別殺人」説があるが、実際には、女性であることを理由とした殺人、即ち、フェミサイドという構造的な暴力に起因する事件と考えられる。
容疑者は、2020年に神戸市で面識のない23歳の女性に付きまとう事件を起こしている。この時は、約3か月間、女性のマンション周辺をうろつくなどして、少なくとも3回、オートロック付きマンションに"共連れ"で侵入。エレベータに同乗し、動画撮影などをしたため、兵庫県迷惑防止条例違反、ストーカー規制法違反、住居侵入で逮捕された。しかしながら、結果的には起訴されず、罰金刑で終わっている。また、2022年にも、同じく神戸市の路上で見かけた女性に一方的に好意を抱き、オートロックのマンションに"共連れ"で侵入。好意を告げたが、女性が受け入れないので首を絞めるなどの行為をしたため、殺人未遂罪で緊急逮捕。また、約5か月間に渡って付きまといをしていたため、傷害罪、住居侵入罪に加えて、ストーカー規制法違反でも起訴され、懲役2年6か月・執行猶予5年(保護観察処分はつかず)の判決を受けている。さらに、今回の容疑者が逮捕されたという報道後、本件の2日前に、神戸市内で同じ容疑者がオートロックをかいくぐってマンション内に侵入してきたと、別の女性から警察に相談があり、防犯カメラの映像で事実確認されている。
容疑者がこれまでに起こした事件に共通しているのは、オートロックマンションに"共連れ"で侵入するという手口と、女性との最初の接点が、路上で偶然に被害者を見かけたという点である。一方、逮捕された2件は数か月に渡り、ストーカー行為をしているのに対して、本件の場合、自宅まで追尾したのはおそらく、犯行当日のみ。そして、エレベータ内でその日のうちにいきなり、殺害にまで至っている点がこれまでとは異なっている。
以上のような経緯から、本件についても、女性を最初から殺害することが目的ではなく、始めは、気に入った女性を、見つけて後をつけたのでないかと推測される。そして、2回目の逮捕事実から、容疑者は一方的に自らの好意を告げるだけでは、それを受け入れてもらえないことを学習した。さらに、首を絞めるという程度の、暴力では女性は言うことを聞かないことも、本件の前には織り込み済みになっていた。そこで、今回は刃物を予め準備していたのではないか。従って、刃物は女性を殺すためにではなく、脅かして自らの思い通りにするための道具として所持していたと推測される。
今回も、いつも通りに、オートロックをかいくぐることには、苦も無く成功したが、本来、自分の思いを遂げるのに最適な場所、二人きりになれる、外部と隔離された空間、即ち、被害者方内には到達できなかった。
つまり、その直前、容疑者にとって予測しなかった何らかのことが、マンションのエレベータ内で起きたのではないか。たとえば、それまで尾行に気づかなかった被害者が、エレベータに乗り込んできた容疑者を見て不審に思い、突然、逃げだそうとしたか、大声を上げて助けを呼ぼうとしたとか、様々なことが推測されるが、詳細は容疑者の供述を待つ他ない。
そして、エレベータ内で被害者が羽交い絞めにされたという報道が出ていたが、最初から殺すつもりなら、容疑者が両手で羽交い絞めにする必要はなく、ひと思いに刃物で被害者の胸を刺せばすむことである。従って、殺すためではなく、エレベータ内という、目的の場所まであと一歩のところまで来ているので、何としても被害者を自室に入れようと、この時点で刃物を取り出して脅しにかかったのではないか。ところが、被害者が従わず、予想外の行動に出たので、とにかく被害者を強制的に部屋に押し込もうとした(あるいは、始めは被害者に多少は切り付けてでも、言うことを聞かせようとした)が、被害者が応じないので最終的に殺害してしまった。即ち、「殺意があったかどうかはわからない」という容疑者の供述は、「どの時点で殺害の犯意が生じたかわからない」という意味ではないかと解釈される。
容疑者にはお気に入りの女性を自分の思い通りにしたいという、自己中心的で身勝手な願望があるが、その行動からは「衝動的暴力」ではなく、性別に基づく支配欲と反抗への報復性が見て取れる。その点で、フェミサイドの定義に相当すると考えらえる。以前の逮捕事実と異なり、今回は数か月に及ぶストーカー行為はないが、これまでの失敗から、本件では刃物を使ってでも何とかして、とにかく自分の思いを遂げることを急いだのではないか。心の奥底には、男女間の健全な交際ではなく、執拗な性的欲求が感じられる。
ところで、職場での容疑者は、無遅刻・無欠勤で勤務態度は極めて真面目、雇用主からはリーダー的存在と信頼されていたと報道されている。従って、容疑者が起こした本件を知って、勤め先の人々からは驚きの声が上がっている。この点に関して、容疑者にはパーソナリティの二面性が推測される。特に、女性との交際について周囲から全く話が出てこないのは、女性に対して良好な人間関係が保てなかったのかも知れない。わが国には、「女、三界に家無し」という古くからの諺があり、女性は幼少期には父、結婚後は夫、老後は子に従うものとされた時代があった。換言すれば、女性は常に男の言うことを黙って聞いていればいいという、昭和以前にあった、家父長的考えである。今の時代に、このような考えを受け入れる女性はいないであろう。前回の判決公判で、裁判長が「・・・事件の翌日に、謝って許してもらいたいと考えて、被害者の心情に思いを致すことなく、被害者方へと赴こうとした経緯からしても、思考の歪みは顕著である。再犯が強く危惧される言わざるを得ない」と述べている。謝ろうとしたのは、自らの行動を悔い改めたからではなく、被害者に警察への通報を思いとどまらせるためであろう。その点を考えても、容疑者はどこまでも自己本位で、社会生活において女性との正常なコミュニケーションの構築は困難と推測される。女性を身体的にも精神的にも支配し、服従させることだけを一方的に望む極端な考えを有しているから、暴力や刃物による脅かしも厭わず、その極限に至って本件が起きたのかも知れない。以上のことから、本件は「性暴力型フェミサイド」の典型例のひとつと考えられる。その点で、今回の事件は相手はだれでもいいという、単なる無差別殺人ではなく、女性であることを理由とした殺害と推測される。フェミサイドには、他に親密パートナー型、名誉殺人型、社会的弱者型、制度的型など、いくつかのタイプがあり、国際的にも注目されている。
ところで、連続的な空き巣犯や不同意わいせつ行為を繰り返す容疑者は、自宅の直近では事件を起こさない。犯行中もしくはその前後に顔を見られると、すぐに人定が割れてしまうからである。一方、全く土地勘のない、見知らぬ場所での犯行もやりにくいということは、犯罪者プロファイリングの世界ではよくいわれることである。即ち、捕まるリスクと効率性を考えて、拠点(自宅や勤務場所)から犯行場所まで、適度な距離を取ることが多い。本件容疑者の場合、どれほどの数のストーカー行為を繰り返していたかわからないが、少なくとも逮捕された2件の被害者は神戸市中央区在住である。大阪の専門学校を中退した後、10年ほど、容疑者は神戸市に住んで運送会社に勤務していたと報道されている。神戸市は彼にとって、地理に明るい場所であり、これまで、彼なりに犯行目的の達成感を味わった経験から、神戸市を好みの女性を見つけるのに、最適な場所と考えたのではないか。そのために、東京での仕事の休みを取って、わざわざ神戸市に赴いたのかも知れない。それにしても、被害者の職場の前の通りを、事件の前々日から何度も行き来したり、時には歩道に座り込んで携帯電話をかけるなどしており、執行猶予中の身でありながら、不審者として通報される危険性を全く頭に描いていないようにも見受けられる。それほど、頭の中が欲望一色になり、逮捕されることへの警戒心まで失うものかと思うが、換言すれば、犯行直前となると、自らの目的にこれほどまで強く固執することには、犯罪者に特有の「低自己統制」というパーソナリティ特性が強く影響していることが伺える。
時間を守ることは権利者への屈伏という考え方のため。30分の会議で10分遅刻の上、29分目に突然長々と話し出したり、延々と終わらない質問攻めを始めるコンピテンシーが必要
辺野古ボート事故のように、事故を起こしても謝罪しないのは「革命に必要な犠牲の1つ」に過ぎないからであるが、批判にいちいち対応していると心身を痛めてしまうのでら雲隠れしてやり過ごし、時が過ぎるのを待つ
革命達成のためには一切の異論がない組織が必要。従って異論を吐く人は革命を妨害する反逆者である
人間ではない輩の意見を聞くことは愚かである。だから総理大臣をゴリラに見立てたり楽器のヘッドに見立てて叩いても何の問題もない
自分達の意見が唯一の正解なのだから、ハラスメントに気を使いながら他人を諭すような緩い主張をする意味がない。自分達に従うのが唯一解となるよう、強い言葉で主張しなければならない
自分達は正しい事を言っているのだから、伝わらなかった、理解できなかった…というのは聞き手の問題である。我々に同意出来ないのも聞き手が間違ってるからだ
自分達が正しいのであり他人が間違っているためである。正しい我々は何をやっても良いが、間違ってる他人には生存権すらないのだ
https://news.yahoo.co.jp/articles/091d41a8d80de7af3bb0e6936545c1dbcaa34dff
会社は、Aさんに対して、X支社への出張を命じたが、Aさんは「不眠症のためX支社に常駐できない。出張経費を立て替える金銭的余裕がなく出張できない」旨述べたため、会社は在宅での業務を認めていた。しかし、会社が、出張経費について配慮したことから、AさんはX支社に出張して勤務することになった。
■ X支社でのトラブル
・他の従業員が時間をかけて説明しても適切に業務を行うことができない
・Aさんをフォローするために他の従業員が余分な作業を強いられる
・Aさんの離席が多い
■ 賃金の減額
会社は、上記トラブルを踏まえ、Aさんに対して「賃金を1割減額する(43万円 → 約38万円)」旨伝え、書面を送付したところ、Aさんは署名欄に電子署名した(裁判所は「この賃金減額は有効」と判断している)。
■ 客先での業務
その約1か月後、会社はAさんに対して、客先のオフィスにおける約2か月間の常駐勤務を命じた。しかしその期間中、Aさんの勤務態度について、会社は客先から以下のクレームを受けた。
・離席が多い
・居眠りをしている
・始業時間に遅れて出社する
会社は、上記のとおり客先からクレームを受けたことに加え、X支社への出張に際してAさんが「不眠症や金銭的な余裕のなさ」を理由に出張できないと申し出たことを踏まえ、Aさんに対して、出勤停止処分(1か月)とすることを通知した。
その後、社長と上司は、Aさんと2度面談し、自己都合退職を勧めたが、Aさんは受け入れなかった。
■ 異動命令
その後、会社はAさんに対して、X支社への異動を命じた。理由は、X支社においてシステム開発の案件の受注が増加したこと、Aさんが当該システム開発の案件に携わった経験があり、X支社での勤務経験もあったことなどである(裁判所は「この異動命令は有効」と判断している)。
■ 懲戒解雇
こんな社会のゴミが毎月43万ももらってるのに無遅刻無欠勤で毎日真面目に働いてる底辺労働者は20万ももらえてるか怪しいんだぜ?
うちの嫁はとにかく時間を守らない。
時間の大小はあれど、時間前に行動することは、ほぼ100%に近いくらい無い。
パートに行くときも2~3分遅刻するし、プライベートの予定になると、30分くらい遅れるのも珍しくない。
かといって、定期的に注意するとうるさいと言われ、あなたが手伝わないのが悪いと言われる。
別に俺だって暇なわけではなく、俺は俺で自分の作業があり、それはさっさとこなして終わらせるし、間に合わなそうなら早めに着手して終わらせたので準備に余裕があるだけだ。
なんでこんなに遅れるんだろうと思って色々見ていると、まず第一に効率が壊滅的に悪い。
例えば洗濯物があるとすると、洗濯機を回している時間は手があくし時間もかかるので、まず最初にやるべきことなんだけど、それをギリギリまで後回しにする。
干すのは10分でおわるというんだけど、洗濯自体が40分くらいかかるから、50分、多少バッファを見込めば60分は確保すべき。
なんだけど、洗濯機を動かすのは出発の40分前(もしくはそれ以後)になる。
他の作業を優先しているんだけど、それは先にやる必要なくないか? みたいなものを先にやる。
例えばママ友にLINEの返信をするとか。しかもやけに長文で、一回送るのに10分くらいかかったりしている。
そんなのは洗濯機を回してからやればいいんだけど「急いで返さないと失礼だから」とか言ってる。
洗濯機をセットするのなんて5分くらいで終わるんだけど、5分も待たせられないことかと思うし、そんなに急いでるんだったらもうちょっと早く返せと思う。
で、もう一つが時間の読みが壊滅的に甘い。
初めていく場所なので、GoogleMapで調べると車で30分くらいとのこと。
ただ混んだりとか、駐車場が空いてないとかあるかもしれないから、15分くらいバッファをつもうと俺なら考える。
嫁は「30分なら、急いでいけばもう少し早くつけるね」とギリギリまでやろうとする。
毎回毎回それで間に合ってないのに、全く改善しない。
この事を会社で話すと、嫁と同じような問題を抱えてる人が何人かいたんだけど、こういう人たちの思考回路ってどうなってるの?
別に自分が100点満点のつもりはないけど、ここまでひどいんだから流石に直して欲しいし、少なくとも逆ギレできる立場じゃないと思うんだけど。
お前よりも大変で忙しいからできない、お前も手伝えみたいな事言うなら、俺全然家事やるから、同じくらい稼いでくれよって思う。
高卒で缶詰工場で働いてて、給料も全然上がらないし、思い切って、やりたかったWebデザインの仕事に転職してみた
昔ちょっとだけ勉強したことがあったから、どうにかなるだろうと思ってたら、未経験可、何か作品を提出すればokって求人を見つけた
仕事でやってたわけでもないし、出せる作品なんてなかったんだけど、AIを使ってみたらすぐにそれっぽいサイトが出来たから、それを提出したから採用された
OJT で教えてくれるって言うから余裕だろうと思ってたら、会社の求めてるレベルよりもあまりにもレベルが低かったらしく、すぐに OJT は取りやめで、研修というなのお勉強だけになった
三ヶ月みっちり教えてもらったら何か出来るようになるかと思ったんだけど、そもそもパソコンの使い方も仕事レベルに達してなかったらしく、試用期間が一ヶ月延長された
それに、転職と同時に一人暮らしを始めたせいで、誰も朝起こしてくれなくて、かなりの頻度で遅刻してしまい、もう試用期間の延長も出来ないし、会社都合で良いから、頼むから辞めてくれってことで退職した
あとで聞いたら、教育を担当してくれた社員さん達が口を揃えて、頼むからクビにしてくれってお願いしてたらしい
次はどんな仕事しようかな
コンサータとかいうADHDの薬を飲み始めて半年が経ったので、感じたことなどをまとめていこうと思います。
まずコンサータを飲んだときに一番に感じる変化として、「身の回りの全てがつまらなくなる」というものがあります。それまでゲームやアニメから受けていた刺激が100だったとするとそれが5とかになるイメージです。多分これが普通なんだと思います。自分は今まで公共料金を何度も滞納してきましたが、それはおそらくゲームやアニメから受ける100の刺激が魅力的すぎて「公共料金を払う」という0.1くらいの刺激に耐えられなかったからだと思います。今はゲームやアニメの刺激が5くらいしかないので、「公共料金を払う」みたいな0.1くらいの刺激でもたいして苦痛じゃありません。ここ数ヶ月は毎月ちゃんと支払いを済ませることができています。逆に、普通の人は今までの人生でこの「5」くらいの刺激しか経験したことがないのだと思うと、少しかわいそうだとも思います。
それから、文章が書けなくなりました。正確には「文章のリズム」みたいなものがわからなくなった感じです。文字にリズムがなくなってしまったので、どう紡いでいったらいいのかが分からなくて、単調に言葉を並べることしかできません。これは少し悲しいですが、そこまで問題ではありません。でも、なんで発達障害が芸術家に向いてると言われるのかは分かった気がします。多分発達障害が芸術家に向いているのではなくて、普通の人の脳みそでは何も生み出せないだけだと思います。
副作用はあります。心臓はずっとバクバク言ってるし、脳みそをギューっと鷲掴みされているように感じます。この薬を飲んでたら長生きできないということは直感的にわかります。でもこの薬を飲むと公共料金の支払いができるし、遅刻もしなくなるので、飲むしかありません。
褒めてくれ増田に感化されたので、少し前の話だが。
通勤途中、中高生と思われる女の子が自転車の脇でガチャガチャやっていた。
7時前の都心の大通りの一本裏道で、この時間いるのはチワワと散歩するおばさんくらい。
振り返って悪戦苦闘している姿を見るといたたまれなくなってその場に戻った。
どしたん、話聞こか?くらいのノリで話しかけたら、上履きが自転車の前輪に挟まっちゃったんだと。
とりあえず車道は危ないからと、ガードレールの内側の歩道に引き上げてから上履きを引っこ抜いた。
成人男性でも数十秒かかるくらいには巻き込まれていたので、手を貸して正解だったと思う。
彼女は焦った声ですいません、ありがとうございます、と言いながら
おそらく朝練に遅刻しそうなのだろう、急ぎ漕ぎ出そうとしていた。
気を付けてね!とだけ声を掛け、かっ飛ばしていった後姿を見送り、会社へ向かった。
無事に朝練に間に合っていたらいいなあ。
早朝とはいえ都心だったので遅かれ早かれ助けられていたことだろうけど、
その日は一日気分よく過ごすことができてよかった。
その温室は、あとから地図で確かめれば「バービカン・コンサバトリー」と呼ばれている場所だった。
ロンドンの真ん中で、コンクリートの箱の三階にひっそりと載せられた、ちょっと場違いな熱帯雨林。
その日の私はロンドンのシティで、あまり気の進まない打ち合わせに向かう途中でした。
Googleマップはいつものように、何ひとつ悪びれることなく、私を間違った方向へと導いていく。
細長い路地をいくつか曲がっているうちに、ガラスとコンクリートが入り乱れた無表情な建物の谷間に迷い込んでしまった。
ビル風が、誰かの忘れたメールみたいに、足もとをせわしなくすり抜けていく。
時間はあきらかに足りていないのに、靴紐だけがほどけていく、そういう午後でした。
やっとのことで辿りついたバービカン・センターの入口は、劇場やギャラリーの看板でごちゃごちゃしていて、そのどれもが私とは無関係に見えた。
でも、エスカレーターを乗り継いでいるうちに、「Conservatory →」という小さな案内板が、ふと視界の端に引っかかった。
誰かが悪ふざけで貼った冗談みたいに、そこだけ文字の温度が違っていた。
私は予定より遅れているくせに、吸い込まれるようにその矢印の方へと歩いていってしまった。
ビジネス・パーソンとしては明らかに失格ですが、旅人としてなら、まあ合格だったのかもしれません。
コンサバトリーの扉を押し開けると、空気が一段、体温ごと入れ替わったような気がした。
中は、湿り気を帯びた別種の時間で満たされていた。
熱帯雨林をそのままビルの三階に引っ越してきたような空間で、シダの長い葉が廊下にせり出し、椰子の影がコンクリートの壁にやわらかい傷をつけている。
ロンドン第二の規模というその温室は、コンサートホールの上に土を盛り、そこに無理やり根付かされた植物たちの、少し騒がしい仮住まいだった。
足を踏み入れると、まず匂いが来る。
土と水と、少しだけ古い配管の匂い。
東京の地下鉄の匂いとはまるで違うが、どちらも人間がこしらえた迷路の匂いだ。
その迷路の隙間という隙間から、モンステラやドラセナやバナナの葉が伸びてきて、コンクリートの論理に異議申し立てをしている。
彼らは声を持たないが、葉のかたちと光沢で、じゅうぶん雄弁だった。
頭上にはガラスの天井が高くかぶさっていて、その下を、ヤシとシダがビルの梁をなぞるように伸びている。
少し離れたところには、乾いた空気の一角があって、サボテンや多肉植物が、別の惑星の住人みたいな顔でこちらを眺めている。
ロンドンの曇り空から落ちてきた光は、ガラスを透過するあいだに少し丸くなり、その丸くなった光が葉の縁をなぞる。
それは、仕事のメールがフォルダを三つくぐって届くあいだに、言葉の角を落としてしまうのと、どこか似ていた。
世界は、フィルターを一枚通過するたびに、少しだけ不正確になっていく。
「切羽詰まる」という言葉を、私はいつも、、終電間際の改札といっしょに思い浮かべてしまう。
でもあの日のロンドンで切羽詰まっていたのは、終電ではなく、スケジュール表の余白だった。
会議と会議のあいだに挟まれた三十分という数字が、じわじわと縮んでいく。
その縮みゆく時間の隙間に、バービカンの温室は、するりと滑り込んできた。
まるで、誰かがエクセルのシートの裏側に、秘密のタブを隠しておいたみたいに。
温室の小径を歩いていると、ところどころに池があって、鯉や草魚が、あまりやる気のない役者のように水の中を一周してみせる。
水音は、遠くから聞こえるコピー機の音に少し似ているが、こちらには紙もインクトナーもいらない。
ただ水が石に触れ、魚が水を押すだけだ。
きっとここも、もともとは劇場の舞台装置のために計画された場所なのだろう。
舞台の上では芝居が進み、舞台の上の上では植物が茂り、そのずっと下の地下鉄では人々が愚痴をこぼしながら通勤している。
現代生活というのも、考えてみれば、そう悪くない三段構造の劇場だ。
ただ、私たちはふだん、いちばん下の階で、湿気のぬけた顔をして立っている。
そして、そこで数十分ばかり、誰か別人の人生を借りるようにして時間を過ごす。
そういうことが、一年に一度くらいなら起きてもかまわない。
資料をひもとけば、このバービカン・コンサバトリーは「ロンドン第二のガラスハウス」とか、「都市型の温室」といった定型句で説明されるのかもしれない。
一五〇〇種を超える植物、適切に保たれた気温と湿度、そういう数字を並べることもできる。
でも、あの日の私にとってそれは、名称のない、ただの「迷い込んだ温室」だった。
名前のないものは、たいてい、こちらの心の側に名前を要求してくる。
だから私は、そこを勝手に「終電間際の温室」と呼ぶことにした。
時間がここだけ、半歩ずれて流れている。
届くのは、少し冷たいガラス越しの光と、換気システムの低い唸りと、落ち葉を掃く係員のほうきの音だけだ。
その音を聞いていると、自分の中の、使いかけのまま放置された感情が、ひとつずつ棚から下ろされていく。
「ああ、私はちょっと疲れているんだな」と、ようやく理解する。
やがて私はスマートフォンを取り出し、現実の世界へ逆戻りするための検索をした。
その過程で、ここが「Barbican Conservatory」と呼ばれていることを知る。
でも、魔法というのは、弱くなったあとに記憶として定着するのだと思う。
そこを出て、再び灰色の廊下とエスカレーターを乗り継ぎ、午後の会議室にたどり着いたとき、私は十分ほど遅刻していた。
遅刻の言い訳として、「すみません、温室に迷い込んでいました」と正直に言うわけにはいかない。
そのかわりに、「エレベーターが混んでいて」とか、「出口を間違えて」とか、いくつかのありきたりな言葉を適当に組み合わせた。
それは嘘ではなかったが、真実でもなかった。
ロンドンから戻ってしばらくしても、あの温室のことが、ときどき頭に浮かぶ。
メールの返信をしながら、ふと指が止まり、脳裏にシダの葉の輪郭がちらつく。
飛行機にさえ乗ってしまえば、地下鉄を乗り継いで、エスカレーターを三本と階段を二つ上がって、あのガラスの天井の下に再び立つこともできるだろう。
でも、おそらく次に行ったときには、あの日と同じ温室は、もうそこにはない。
温室というのは、建物のことじゃない。
切羽詰まった移動の途中で、ふいに足を止めさせる、あの妙な違和感のことだ。
そこで、なまぬるい湿気と、少し冷たいガラスと、名も知らない葉のかたちが、一時的な共犯関係を結ぶ。
その共犯関係に巻き込まれた人間だけが、あとからそれを「思い出」と呼ぶ。
バービカン・コンサバトリーが、世界で二番目に大きなロンドンの温室であることは、きっとそのうち忘れてしまうだろう。
でも、「名前も知らない温室に迷い込んで、会議に遅刻したことがある」という事実は、たぶん私の中で、これからも長いあいだ、奇妙なかたちをした記憶の温室として残っていくはずだ。