はてなキーワード: 桑田佳祐とは
そろそろ折り返し時期なので自分用にメモ。今回も多いので3つに分けてる
星は個人的な好みを表したもの(私の好みであって作品への評価ではない 出来が凄いんだろうなあという作品も、自分が好きではなかったら星は少ない)テレビ放送中心。
好みの星はたぶん見ていくうちに変わるし変えてる。自分と違ったとしたら「こいつとは趣味があわんな」くらいのレベルで見てください。
声優とかアニメ制作会社とかよく知らないので間違ったこと書いてたらごめんなさい。
今回のアニメは「2倍2倍!」「飛びます飛びます」「ヒューヒューだぞー」など、見てる人のほとんどが分からんだろってくらい古いネタが使われてる気がする。
追記:好きを示す星は4段階。感覚的なものなので話が進むにつれてコロコロ変わることがあります。環境によっては☆も⭐️も⭐️に見えるのね 後で変更しておきます
スイカももう立派な科学者なんだよ。と、まだ前のシーズンのスイカの話をひきずって涙してる自分がいる。
巨大なラスボスはいるが、普通の敵はもういないので結構安心して見れる。
OPはASIAN KUNG-FU GENERATION。EDはBURNOUT SYNDROMES、やっぱりDr.STONEといえばこの人たちやね
SAIが加わったことで28話でEDが少し変わり、日本メンバーと合流した30話でまた変わる。
名前の通り、「嘘をつく力」と「嘘を見抜く力」で勝ち残っていくゲーム
実写ドラマや映画は戸田恵梨香と松田翔太で製作されており、韓国でもドラマ化されている人気作。
騙し、騙されで1億、10億と巨額のお金が動く展開に「おー、すげー」と感心していたところに、最近「はてな11億詐欺事件」の報道が飛び込んできて、現実に似たようなことが起こったもんだから戸惑っている自分がいる。
過去に大きな事故に遭い、一度死んだはずの菜花。家では謎の「物体X」を飲まされる変な日常を過ごしていた。
ある日、事故現場近くの商店街で妖怪だらけの世界に紛れ込んでしまう。
妖怪に襲われる菜花を助けたのは、刀を携えた若い男性・摩緒(マオ)だった。
女子高生と別世界の人間という関係性は、まさに『犬夜叉』のようなワールド。
ゲームが原作。メンタルがヘラってたり、OD・リスカをする子、そして狂信的なファンがつくほどの「超てんちゃん」というネットアイドルがいたり。
90年代のエヴァや、2000年代の物語シリーズのように、精神病者の精神描写の演出が過多、故に人を選ぶ作品だと思う。
私は嫌いじゃないけど好きじゃないよ。まぁ10代の頃に少しくらいは考えた人も多いのでは
あめちゃんがいかにして超てんちゃんになるかは3話で語られるが、まあ酷い過去ではあるけれど、よく見るやつなので。もっとこう、あそこまで神格化されるほどぶっとんだキャラになるのであれば、それと反比例するくらい重いのが欲しかった。
超てんちゃんのCVはクレジットに明記されていない、が、22/7の天城サリーかな。ナレーションはピエール瀧
OPは超てんちゃん、EDはキタニタツヤ。5話のEDは特殊な構成。
1年ぶり4期。どうやって終わったんだっけ。なんやすごい強敵揃いで大変な戦いだったのと「強欲」レグルスが最悪なやつだったことしか覚えてない。
ジャージではなくなったスバル。レム睡眠を救い出すことはできるのだろうか。
これからお付き合いくださる皆様
OPは鈴木このみ feat. Ashnikko、EDはMYTH & ROID feat. TK(凛として時雨)相変わらず流れる回数少ないけど
憧れの父が破門され、父から「落語」を奪われた。あかねは父の無念を晴らすべく、落語家として真打を目指す。
この作品が週刊少年ジャンプで連載開始した時、普段漫画を読まない私の耳にも「なんかスゴイのが始まった」と聞いた覚えがある。
単に女子高生が落語をするだけじゃなく、落語の世界そのものを描きつつ、そこに「友情・努力・勝利」の成分もあることからの人気なのかな。
3話までの話を通じて、落語噺だけでなく、社会人として教訓も感じるところがある。
落語のアニメといえば『昭和元禄落語心中』や『じょしらく』がよく話に出るが、『うちの師匠はしっぽがない』もぜひ思い出して欲しい。
5分アニメ。淫獄団地。タイトルからヤバそうな団地の管理人が主人公。
団地に住む人妻の元にスマートブレイン社のファイズギアボックスみたいなケースが届き、
中に入った卑猥で異常な衣装「リビドークロス」を着用した人妻たちが狂気に堕ち、管理人や団地の人々を襲う。
何となく私は見ないやつだろうと思ったけど、バカバカしくて見ちゃう。
モデルのようにクールな外見だが、実は主人公と同じ趣味を持つギャル(天音さん)。主人公の前の席に座り、いつも優しく接してくれるノリの軽いギャル(伊地知さん)。
王道ラブコメ好きだわ〜・・いや私じゃ無くて妹がね、妹がね!?
同じ趣味の天音が有利そうに思えるけど、伊地知の人の良さや健気なところにも応援したくなる。くぅ〜
3年ぶりの2期。1期で付き合うことになり、2期は付き合ったことを公にする。
今期はOPの歌詞にあるとおり「ただの惚気話」、背景にあるネグレクトのトラウマを忘れそうなくらい、ひたすらイチャイチャする様子を見るのかな・・と思ったののだけど。 主人公の周(あまね)の過去と向き合ったり、真昼の父親、親友の父親に関する悩み事も浮上するなど、やはり深い話も出てくる。
OPはオーイシマサヨシ、EDはJ-POPのカバーソングという構成で、1期と同じパターン。
ED曲はドリカムの「うれしい!たのしい!大好き!」、5話ではジッタリンジンの「夏祭り」。
舞台は東京の府中市だが、里帰りシーンで静岡も登場する。 座席は主人公席。
エロギャグコメディ。暴食の悪魔 カナン様と高校生男子の羊司くん、言動や行動の勘違いが続き、なんやかんやで恋人関係に。
カナン様が羊司より優位に立とうとするのだが、羊司が直球ど真ん中のストレートな言動を繰り返すため、いつも結局撃沈してしまう。
そんなカナン様の可愛さも魅力だけど、羊司がいい感じに変態なので成り立っているのだと思う。
いろいろとSNSで話題になっている気がするが、単なるアニメ視聴者の私が特別な話に食いついても良い事なさそうなのでスルーしてます。
内気なゲイの中村くんは、入学式で同じクラスの男性生徒「廣瀬」を見て恋に落ちる。
コミュ障な中村は廣瀬とお近づきになるため、まずは友達になろうとするのだが、どうしても空回りしてしまう。まあ、BLです。
絵柄は80年代〜90年代のサンデー漫画っぽいレトロな雰囲気だが、スマホやLINEがある現代。
2021年にオーディオドラマが発売されており、その時のCVは今作アニメとは異なる。が、アニメ劇中に登場するBL漫画「ラブ弁」で、オーディオドラマ版の中村と廣瀬が声を担当している。
OPは岡村靖幸&中島健人。EDはなんとも懐かしい曲が流れて……
1話は村下孝蔵『初恋』、2話はバブルガム・ブラザーズ『WON'T BE LONG』、3話は今夜はブギー・バック(smooth rap ver.)など、懐かしの曲がそのまま選曲されている。
伝説の殺し屋が謎の蜂に刺されて若返り、所属組織の提案で中学校生活を送ることになる話。見ていてラーメンが食べたくなる。
姿を変えた殺し屋を主人公にしたジャンプ漫画ということで『サカモトデイズ』を連想してしまうが、私はこっちの方が好きです。
中学2年の秋、ロシアから来た二足歩行で長身の……鳥?の「クジマ」に出会い、一緒に暮らすことになる。
厚かましい態度のUMAみたいなのがホームステイに来たような感じのアニメ……と昔の友人に説明したら、「それアルフじゃん」と言われた。あー
兄の受験失敗で家族全体がどこか暗い雰囲気になっていたところ、クジマがいい意味でそれを掻き乱し、明るくしていく物語。
アニメの中でいろんな種類の(普通の)鳥が登場するけど、どれも丁寧に描かれているのが印象的。
学校内でも学校を離れたプライベートでも友達がおらず、ぼっちだった主人公の前原くん。
同じB級映画好きということで、クラスで2番目に人気のある女の子、朝凪海と仲良くなる。
1番人気の天海夕と海は親友だが、そこにも内緒で海と前原は金曜日の放課後に共に時間を過ごすようになる。
灰原くんの〜と思ったらお隣の天使様に〜になっていくラブコメ。
歌で戦うから『戦姫絶唱シンフォギア』的なものかと思ったら、過去の偉人が登場して戦う展開になったりする。
偉人?今期の他のアニメでも同じような要素があったような。最終的にはミュージカルのように歌い合う形になる。
いやー、見続けるかどうしようかなーと思いながら見ていたら、4話のようなオモシロ回もあるので困る。
ある意味話題作。「福岡地域の活性化とともに食の大切さや料理の楽しさを子どもたちに伝えたい」というコンセプトで、
これまでショートアニメや4コママンガ、ライトノベルが展開されてきた同プロジェクトのアニメ化作品。
なお、アニメ・漫画化を目指してクラウドファンディングを実施したものの、目標額の27%しか集められなかった経緯がある。
そんなアニメとしての出来は……ストライクゾーンが広めな私でも「これは結構キツイ」と思うかな。
低予算感がEDのクレジットからひしひしと伝わってくる。皆さん、おそらく別ジャンルとして楽しんでいるんじゃないでしょうか。
クソゲーをあえて縛りプレイしたくなるような上級者の琴線に触れているのか(失礼)、
深夜遅い時間の放送にもかかわらず、リアルタイムのネット実況が結構ワイワイしています。
2部構成になっており、本編アニメ(15分)の後に食育アニメのミニコーナーが続く形式。普通に勉強になる。
地球が怪獣に襲われる世界。コミュ障で人付き合いは苦手だが、ロボット操作だけは天才的な主人公。
宇宙での怪獣戦に敗れ地球へ帰還したものの、そこは全土が凍結し雪と氷に覆われた「スノーボールアース」となっていた。
私はそこまで・・。怪獣8号も私には刺さらなかったのだけれど、こういうSF物は私の好みと相性が悪いのかも
ブラックな会社に勤めながら、家でアニメ鑑賞をして癒される日々を過ごすOLが主人公。
マンションの横でいつも壁ドンしてくる住人は、主人公が崇拝する漫画の漫画家だった。
反対側の隣さんはとても親切で、いつも主人公を心配してくれるイケメン男性。
この3人の家の壁が漫画家によって破壊され、ついに空間が繋がってしまう。
主人公は漫画家に食事を提供するメシスタントになり、親切なお隣さんは彼氏という設定を作り、彼女を守ろうとしてくれる。
こうしてむちゃくちゃな展開だけれど、お隣さん同士3人共同生活が始まる。
本来は昨年放送予定だったが、制作のクオリティ向上を目的に延期され、この時期での放送となった。
それもあってか、非常に高いクオリティを感じる。特に第5話は繰り返し見てしまった。
魔法に憧れる女の子、どうやったら魔法が使えるのか分からない彼女は、ある日家に来た魔法使いの術をこっそり盗み見。
それを参考に、昔お祭りで手に入れた道具を使って魔法を発動。・・しかし、それは、我が家と母を巻き込む大事件を招くことになる。
かわいい、かっこいい、きれいを両立させるビジュアルに、映画のようなドキドキとワクワクを感じさせてくれる。
突然、人が巨大な怪物「鬼獣」になり、それとニワトリが戦うという異色の作品。
なんだこれw EDも含めて昭和〜平成初期のアニメの香りを感じる。
クソが付くくらい真面目だが学力は底辺な男性高校生と、「ポエム」という自分の名前にコンプレックスを抱いている女子高生のお話。
校長も含め、この学校の人たちは個性的で好感が持てるキャラが多く、結構好き。
悪の組織のやつらは「懲役1466年」や「懲役999年」などのぶっとんだ量刑が飛び出したり、警察が来ても銃火器で蹴散らしたりと、かなりむちゃくちゃな展開。
トリックや推理は二の次で、リリテアがかわいいから見てるのかも。
特に意味のない大人気ゲームを原作にうまく意味づけされた一本で67点。
日雇い派遣で働くニノは地下鉄での通勤中に元カノから電話がかかってくる。とってみると妊娠したと言われ、えぇーと思いながら電車を降りて駅を出ようとするニノは通路でチョンマゲおじさんとすれ違う。通路を進んでいくと再び同じおじさんとすれ違うニノ。地下鉄駅の通路がループしていることに気づいたニノはルールを把握し脱出を図る。
みたいな話。
なにをおいてもOPでボレロのダン、ダダダダンっていう打楽器の音にあわせて8番出口 Exit 8 ってタイトルの文字がバラバラと出てくる演出がダサくてねぇ……いや今日日音ハメ演出て、MADじゃないんだからさぁと思ってしまいました。ちょいちょいクラシックが流れるんだけど、なんかダサい。つーか、日雇い派遣でスマホでSNS(陰謀論系)を眺めてる奴が通勤中に聴く音楽がボレロか?ホンマにそうか?という偏見。
まぁ、それ以外は概ねよくできていて。
うだつのあがらない病気持ちの日雇い派遣の日和見主義の中年が、降ってわいた妊娠という異変に迫られ懊悩する様子を大人気ゲームである8番出口の「ループする通路の中で異変を探して進むか戻るか決断する」というゲーム性とうまく対応させているなと思った。
で、原作では特に意味のないループする通路だったのを今回はニノの精神世界と綿密に結び付けており、ロッカーの中から赤ん坊の声が聞こえる演出や、天井から血がふってくる演出、ポスターに描かれる人物や目がニノを追いかけてくるといった(赤ん坊はなかったけど)、原作でも人気のギミックが「元カレの妊娠」を突き付けられたニノの精神状態をうまく表しているなと思ったし、第三幕で出会うガキが生まれてくる予定のニノの子供であり、ニノの子供時代でもあるというように受け止められるように撮られていてなかなかよかった。
一方で原作でも人気のおじさんがまさかの主人公に昇格する第二幕は「ルール説明」としての意味合いが非常に強く、ニノの精神世界である地下通路との接続が弱くここももっと工夫のしどころだったんじゃないかな。決して悪い人ではないのだけれど共感力が低く自分でなんでも決めてしまうおじさんで尚且つおそらく離婚していて息子にはあんまり会えない、という子供を産んだけど失敗した世界線のニノというポジションであろうことはわかるんだけどさ。
どうしても原作で人気のおじさんを使ったファンサ感がぬぐえなかったのがちょっと残念。
そうしてニノは途中で合流したガキに寄り添いながらギミックをクリアし続け、最終的にニノの根源的恐怖であるTSUNAMI(cv:桑田佳祐)に見舞われその中で元カノとガキと幸せになっている自分の幻想を見、この未来を守りたいと決断し恐怖を乗り越えガキを守ることで、ガキも自分もそれぞれ8番出口にたどり着くことになる。
ちなみにこのTSUNAMIは原作では引き返すのに間に合わなければ一発アウトのギミックだが、映画では乗り越えることができるものとして表現されているのは、解釈として悪くなかった。
しかしニノがたどり着いたのは8番出口、ではなく地下鉄への道で、そこでニノはまず彼女に電話をかけ「すぐに行く」と告げる。失敗してNPCになってしまったおじさんのように相手の意見を聞かずに腕を強引に引くわけでもなく、目を見て会話することで未来を切り拓こうとするという着地はこの作品の回答としておそらく正しい。
そして電車に乗り冒頭と同じようにイヤホンを付けると、冒頭で発生したトラブル――リーマンが赤子連れの母親に怒鳴り散らすところに遭遇。8番"出口"から脱出していない自分、全く同じ展開の"ループ"をおそらく自覚したニノは冒頭では見逃した"異変"を今度は見逃さない、というところで作品は終わる。これはもしかしたら8番出口の続編の8番乗り場(今度は通路ではなく電車の中が舞台)を表しているのかもしれないし、もしくは特に関係なく単なるループを経て成長したニノを表しただけの俺の考えすぎかもしれない。
あとはアレだなー。ニノの演技はめっちゃよかったんだけどニノってニノじゃん?実年齢40過ぎとかだと思うけどぶっちゃけ20代前半とかにも見えるし、まぁ40歳くらいにも見えるじゃん。でさ、今回持ってる設定の元カノはらませた日雇い派遣っていうのが年齢によって重みが変わりすぎるじゃん。ニノが年齢不詳すぎるせいでこれどういう気持ちで受け止めるべきなんやろか?ってちょっと悩んじゃった。
ま、そんな感じかな。
8番出口ってゲームを知ってる人だったらなるほどそういう感じになるんだ~って思えると思うし、知らない人にもまぁ男が人生と未来を見つめ直す話という普通の話をうまくSF設定に絡めたなぁって思えるようにはできてると思うのでまぁそこそこオススメ。
ロマン優光氏(以下ロマン氏)が書いた「椎名林檎とノンポリとサブカルと」という文章を読んだ。フェアじゃないので、まず最初に言っておくが、オレは椎名林檎のファンだ。ほぼ同世代であるということを割り引いても、椎名林檎の登場は鮮烈だった。それ以来、約四半世紀のあいだ東京事変の活動も含めて椎名林檎の楽曲を聴き続けてきた。
ロマン氏の文章は「ファンが旭日旗を思わせるミニフラッグを振っている様子が物議をかもしている」ということに端を発し、椎名林檎が特定の政治的志向を持たないことに触れ、むしろその「無自覚性は時として害悪なのである」としている。オレの意見はまったく逆なので、そのことについて書いてみようと思う。
ロマン氏がいみじくも指摘するように、椎名林檎に特定の政治志向はみられない。ましてや差別意識といったものもない。差別が存在していない状況は何よりではないかと思うのだが、しかし話はそこでおわらない。なぜかロマン氏は、特定の思想の指向を持たないからといって、ほぼ死語になっている「ノンポリ」と単語を使って椎名林檎の思想信条をあげつい始めるわけだ。この人の表現に際しての単語の選択基準の鈍感さにまず驚いてしまうわけだが、それは置いておいて、そもそも魔女がいないのを知っているくせに、無理やり魔女を探してどうしようというのだ。
椎名林檎のライブで無邪気に旗を振っているファンに差別意識なんかないのは明白だし、ロマン氏自身もそのことを認めている。しかし、ロマン氏はその無自覚性が罪悪であるとうわけだ。 ちゃんと旭日旗にまつわる歴史を勉強して、軽々しく扱わないようにというわけだ。その理屈は、まさに鬼滅の刃の主人公の耳飾りに旭日旗と似たデザインが描かれているので、差別的だといっているのと同じだ。言うまでもなく、旭日旗が悪いのではなく、悪いのはそこにある差別意識そのものだ。しかし、差別意識がないにも関わらず、表層的な意匠の共通性だけを根拠に、ロマン氏は「無自覚」な差別意識を見つけてしまう。
ロマン氏の言葉を本人に返すようだが、本人の主観を別にすれば、ロマン氏は批評ということにちゃんと取り組んだことのない人なのではないか。アウトサイダーアートを引き合いにだすまでもなく、むしろそうした既存の文脈と関係ないところから出てきた作品が人々に深い感銘を与えることがある。あるどころか、規定概念にどっぷりつかっているオレたちの凝り固まった感性を揺り動かすには、ロマン氏のような、既存の問題意識をお勉強しただけの、ありふれたつまらない感性から生み出された表現ではなく、その外側からの表現こそが必要だということがわかるだろう。
> 横尾忠則やその影響を受けた丸尾末広、さらにその引用といったものに触発されてとかで、文脈を踏まえて支持しているとか、文脈を踏まえた上で異化しようとしている感じではない。
批評の文脈で言えば、ロシアフォルマリズムが提唱した「異化」こそが、こうした文脈にとらわれた言辞から自由になるべきだという主張であったことをロマン氏はしらないのであろうか。オレは教養主義は好まないが、ちょっと調べれば、ロシアフォルマリズムの提唱者のシクロフスキーが「石」といえば誰もが思い浮かべてしまう固定観念の「石」のイメージから観客を解放させるために「異化」という概念を提出したことが分かる。むしろロマン氏が示すような既存の文脈に回収され、解釈されてしまうような脆弱な表現ではないことこそが、椎名林檎の表現が「異化」に成功していることのなによりの証明になっているのではないか。
>「歌舞伎町の女王」は現実の歌舞伎町とは関係ない、想像上の歌舞伎町の歌であり、想像上の古い盛り場のイメージを歌舞伎町に持ち込んだものだ
だからこそ「歌舞伎町の女王」は素晴らしいのだ。そもそも表現というものは記録作品じゃない。「歌舞伎町の女王」が現実の歌舞伎町に近いかどうかは作品の価値とはまったく関係ないのだ。むしろ現実の歌舞伎町と関係のないところで、だれが聞いても歌舞伎町としか思えない音像を作り出す、椎名林檎の圧倒的な力量を理解できないのであれば、批評の真似事などやめたほうがいいだろう。椎名林檎は、昭和任侠ものの姐さんのような巻き舌で、ゴスロリと大正ロマンを重ねあわせたようなファッションを身にまとい、寺山修司や桑田佳祐を思い出させる和語まじりの歌詞で、架空の歌舞伎町を作り上げた。古臭い盛場のインチキ臭さは、歌舞伎町に多くの人が持っているイメージと、極めて効果的にに重なっていて、作品のリアリティを高めている。これはロマン氏がたかをくくっているのとは真逆で、非常に高度でクリエイティブな達成だと言っていい。
無邪気に旭日旗を模した旗を振る椎名林檎のファンに差別意識などかけらもない。すこし真面目に言えば、不幸にも過剰な政治的意味を担わされてきたシンボルを、風化させ単なる意匠に戻してあげることこそが、差別を解除する最も有効な手法だし、オレのかんがえではそれが唯一の方法なのだ。
ロマン氏が見ているものは、あなたたちこそが懸命に努力して到達しないといけない理想の状態なのだ。しかし残念ながら、ロマン氏はそのことに気がつけない。そこにオレは、思想の怠惰を感じる。歴史的文脈をお勉強して、意識が高くなれば、差別がなくなると考える、あまりに粗雑で乱暴な理屈と、その底にひそむ傲慢な選民意識にうんざりする。
ロマン氏の思想には、差別が無効化された社会とはどういう状態なのかといったビジョンがない。歴史背景を勉強して、差別は良く無いと言っていれば差別がなくなるという、ある意味では最も批評性から遠い貧弱な思想からは、オレたちが目指すべき社会のイメージを受け取ることはできない。ゲイ差別を最も効果的に無効化したのは、ロマン氏のような痩せ細った思想ではなく、マツコデラックスだろう。オレは北海道の田舎に生まれたので、アイヌ差別を身近に体験してきたが、もっともアイヌ差別の無効化に貢献したのはいくつも作られたアイヌ博物館ではなく、ゴールンデンカムイだと思う。旭日旗に背負わされた過剰な政治的な意味を無効化したのは、鬼滅の刃であり、椎名林檎の表現なのだ。
ロマン氏自身はリベラルな考えを持っていると自認していると思うが、オレの目からは旭日旗を振り回すことで真剣に大日本帝国の復活を夢見ている老人とまったく同じに見える。そこにあるのは、この先二度と復活することはない、現実的には完全に無効なお題目をとなえつづける残念な思想の姿である。
未曽有の自然災害であった東日本大震災は良くも悪くも楽曲までも影響力をもたらした。
その中で震災により歌われなくなった曲・再評価された曲をあげたいと思う。
●歌われなくなった曲
タイトルや歌詞にTSUNAMIとあり、甚大な津波被害に配慮し自粛して震災後しばらくメディアでにおいても流れることがなかった。
楽曲を制作した桑田佳祐自身も歌う気になれないと2008年のサザンの活動休止前ライブを最後に歌われていない。
後年、サザンや過去のヒット曲を流す番組においてサザン最大のヒット曲であり日本における歴代シングル売上でも4番目に売上が多く流れる機会が多くなっているが
桑田自身は「震災はまだ終わっていない」と歌うつもりはないようだ。
参照*https://ja.wikipedia.org/wiki/TSUNAMI
・この愛のために/CHAGE and ASKA
歌い出しに「少しイケテルと 思うと決まって津波のように さらわれる未来さ」とありやはり津波被害を連想してしまう。
2004年のライブツアー前半に歌われたのが最後で2009年に無期限活動休止を発表しその後ChageもASKAもそれぞれのライブでチャゲアスの楽曲を歌う頻度が高くなったがASKAのライブにおいても歌われることはない。
1994年リリースの福山にとって初のオリコンシングル1位獲得となり初のミリオンヒットとなった。
2番目のサビで「まちがいさ 揺れる想い何を求めて海へ来たのか 愛だけは 忘れたはずさあの頃を 忘れたいよどうしてさ またひとつ波が想い出さらってあふれる涙は IT'S ONLY LOVE」とありこちらも津波を連想してしまうので、
震災以降のライブにおいては1番目のサビの「どうしてさ またひとつ風が想い出 運んであふれる涙は IT'S ONLY LOVE」を2番においても繰り返し歌われている。
◯再評価された曲
1991年リリースの今井にとって初のオリコンシングル1位獲得となり初のミリオンヒットとなった。
元々人気の高い楽曲ではあったが歌詞がそれまで今井の楽曲に多かった恋愛ではなく前向きで希望をモチーフになっており震災後メディアにおいて取り上げられることも多く今井もこの楽曲を歌うことが増えている。
2005年リリースのフジテレビ系ドラマ「救命病棟24時(第3シリーズ)」主題歌のために書き下ろされたがこちらも前向きなメッセージソングで震災後にメディアに取り上げられたり本人たちが演奏する機会が増えた。
2010年リリースのナインティナイン岡村隆史主演の「てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜」主題歌として書き下ろされたがメッセージ性が強く震災後にメディアに取り上げられたり達郎本人も自身のラジオ番組「サンデーソングブック」においてオンエアしたり、ライブで演奏する機会が多い。
達郎はライブで「この曲を作るきっかけになった、ナイナイ岡村君と闘病中の友人桑田君に捧げます」と同曲を紹介している。
2012年6月22日、3月11日放送の「サンデー・ソングブック」“東日本大震災1周年 追悼と復興祈念のプログラム”が、「第38回 放送文化基金賞」(主催:公益財団法人 放送文化基金)にて、「ラジオ番組 優秀賞」(番組部門)と「出演者賞」(番組部門 個別分野)の2部門を受賞。贈呈式には山下の代理としてスマイルカンパニー社長小杉理宇造が出席し、本人のメッセージを代読。この中で出演者賞の賞金(10万円)を震災復興支援のため全額、日本赤十字社へ寄付することが併せて発表された。
参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E9%81%94%E9%83%8E
1990年代にも日米貿易摩擦があり、アメリカは「アメ車買え」政治圧力を掛けた。その結果を書いていくよ。
自動車というのはメーカーが作ってそのメーカーが売るんじゃなくて、自動車メーカーの子会社の販売代理店(ディーラー)を作ってそこが売るという形を取っている。
アメリカにあーだこーた言われた政府は運輸省経由でこれらメーカー系ディーラーに働きかけ、それに各社が応じて協力して販売網でアメ車を扱うことにした。
トヨタ系列のカローラ店、東京トヨペット店で販売。特にキャバリエをトヨタOEMとして販売していた(つまりシボレーのバッジの代わりにトヨタのバッジを付けている)。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A8%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%A8
右ハンドルあり。
2ドアクーペのデザインはまぁまぁだが4ドアセダンは凡庸なデザインであまり売れず。だって凡庸ならカローラ買うよな。
「トヨタ・キャバリエ」は2000年に終売、チャンネルも解消に。
ホンダプリモ店、クリオ店、ベルノ店で販売。右ハンドルあり。そもそも4WD車は豪州(右ハンドル)での需要も大きく、更にジープは乗り降りが多い米国内郵政向きに右ハンドルを販売していた。
元々ジープ・チェロキーの人気は一定以上あったし、そこに右ハンドル仕様車ありでホンダが整備を受け持つとなればそこそこ売れる。更に300万円を切るグレードも投入された。
パジェロやランクル、ハイラックスサーフなどの競合があるにも拘らず良く市中で見られた。
特にイチ押しだったのがエクスプローラーで、今で言うSUV。というのも当時の日本ではステーションワゴンとSUVタイプが流行していた。
だがここにはハイラックスサーフという強力ライバルがいた。日産テラノや三菱パジェロもいた。
そういう訳で販売は振わなかった。増田も見た事が無かった。だから右ハンドルがあったかどうかもチト分らん。
マツダ系列で特筆すべきなのはフォード・プローブ。これは2ドアクーペだが、90年代の「アメ車買え」圧力の前からマツダとフォードは提携していて、プローブを共同開発していた。マツダカペラというセダン/ワゴンがあったのだが、それをベースにしたクーペなんであるな。
特に2代目からはエンジンもマツダ製になったもんで、OHVが当たり前のアメ車にあってDOHCでガンガン回るエンジンである。1万1千回転までキッチリ回せ。いや、そこまでは回らないが。
つまり、プローブの2代目はもうマツダのライセンス車をフォードがアメリカで作ってるのに近い。
これも右ハンドルありだ。そこそこ売れた。
97年で終売になってしまうが、後継車を作らなかった。故にその分の日本での販売チャンネルも失うことになる。
政治圧力で販売チャンネルごり押しした以外にも、普通の販促活動などで売れたモデルもあった。
1992年からの4代目キャデラック・セビルは結構造りがいいと評判で、燃費も滅茶苦茶悪いわけではなかった(但し日本車と比べ無い場合)。それまでのアメ車は運転がガバガバ大味でハンドル遊び大きい、サスペンションがフワフワだったが、これをドイツや日本の高級車に寄せて来た。
同社は雑誌や新聞に頻繁に広告を打ち、サザンの桑田佳祐が出るTVCMも流した。結構攻めの攻勢だったわけ。
そういうわけでそこそこ売れた。4代目は右ハンドル無し、1997年からの5代目には右ハンドルがあり、しかも運転ポジションが変にならないように調整されていた。
だが同社はこの5代目でキャデラック・セビルを終売にしてしまう。更に販社を現地法人方式にしてヤナセ扱いを外してしまう。「継続は力」を知らんのか…
ロボコップのパトカーの車。それのステーションワゴンが人気があった。当時の日本ではスバルレガシーのステーションワゴンの人気がすごく、それのアメリカ版としてトーラスワゴンが売れていた。
本音ではみんなカプリス(アメリカンパトカーの車種)ワゴンが欲しかったみたいだが何せデカい。日本で転がせる気がしないし駐車場に入らない。そこで常識サイズのトーラスで妥協してたって感じ。
3ナンバーサイズの中型セダン。スズキ系列でも扱いがあったという記述がみられるが増田は見た事がない。本当にあったのか?
メインの代理店はヤナセで、サイズも手頃、エンジンもDOHCで日本車と遜色ないので割と売れた。
しかし3ナンバーセダンのこの車がアメリカだとコンパクトカー扱いなのだ。
これが売れる原因を作ったのは所ジョージだ。所は90年代から「ライフスタイルリーダー」となっていて、『デイトナ』という雑誌を発刊、古い日本車やアメ車を中心にした西海岸的カジュアルファッションを発信していた。あとはネコパブリッシングの雑誌の影響もある。
その中で推されていたのがアストロで、日本で運転するにはデカいこのミニバンが結構売れた。ヤナセ扱い。
こういう感じで、政治圧力で90年代に販売チャンネルが増えたのだが、アメ車メーカーはそのチャンネルを維持してきていないのだ。維持とはそのままってだけじゃなくて、仕向国でマーケティングを行い、広告も打ち続けるって事だ。つなりは普通の日本企業が行っている事と同じ事をやっているかって事だ。
更に、見て判る通り、アメ車メーカーも90年代から既に、「アメリカで生産して輸出する」ってビジネスから脱しているのだ。OEMにしたり、半ばライセンス生産で技術力をカバーして(プローブのエンジンなど)日本に輸出したりしている。やる気がある車種では右ハンドルも生産している。
だから現況は、2000年頃からアメ車メーカーが日本市場を諦めてしまったという状態になっている。
しかも日本市場はJDM(Japanese domestic market)として、かなり特殊、ガラパゴス市場であった。更にデフレの進行によりこの傾向が強まっていて、継続的にJDMにアタッチしていないと参入難しいのだ。
あるんですよ。韓国ではGMと大宇グループの合弁で小型車を作っている。車格としてはアクアとかシビックの大きさ。
更にその車種を中国市場で展開するという事をしている。
だったら日本でもその車種売ればそこそこ売れるんじゃね?となるのだがやらないのだな。右ハンドル化しないといけないが。
それはもう大分前からメートル(ミリ)規格になっている。というか、車種によっては使われている場所によって混在しているからそれがややこしい。
というのも、カナダ、メキシコ、豪州でもアメ車は売れていて、その国はメートル法なのでインチネジはめんどくさいワケです。更に整備書の記述がインチ準拠なのも面倒とトラブルの元。
豪州(右ハン)市場があるから、豪州向けモデルがある車種には右ハン設定されてる。だから右ハンドルを作らないほど企業努力してないというわけじゃない。そこはBig3ちゃんとしてる。ただ、その右ハン車種が日本市場にマッチしてるかっていう問題がある。
トランプ政権はメキシコで部品作ってるのが怪しからん、国内に戻す為に関税掛けるのだと言ってるが、それはオフショアが安く付くってだけじゃなくて、グローバル展開していてその一環でメキシコに工場があるって状態なのだ。
韓国、中国、タイ、インド、イタリアにも工場があるし、そのサプライチェーンも国際的に展開している。
ホンダのスーパーカブは日本で作っていて1000万台ほど売れたが、中国やベトナムなどで現地生産を始めると猛烈に販売台数が伸びて1億台以上になった。それをやるのが企業努力であったし、今更日本の浜松と和光に戻せって言われたら、9000万台の需要どうするの?って事になる。
トランプ政権の言ってるのはこういう事であって、今更何を言っているの?という感じ。
あと、メキシコはアメ車の主要な市場であって、物価の違いから純US産アメ車が出来たとしても価格面でメキシコでは売れません。
1970~80年代前半の常識で今の車ビジネス擁護されてもBIG3も困るんじゃないかな?政権の中に新聞の経済面ちゃんと読んでる人が居ないような感じがする。
anond:20240904032316についてたブクマカの初めて買ったCDのリリース年を調べた。
for (let a of document.body.getElementsByClassName('entry-comment-text js-bookmark-comment')) console.log(a.textContent)
ってやってテキスト集める。
Microsoft Copilotに「以下の文章に出てくる、音楽CDのタイトルとリリース年を一覧で表にしてください。」って指示。
途中で切れたので分割する。 続き→ anond:20240905115337