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はてなキーワード: 大量生産とは

2026-05-07

anond:20240321150628

けっきょく実物を大量生産し続けてないと理屈だけでは必要ノウハウが得られない

具体的に何が負けてるのかも判断できない

たとえ現状のリチウムイオン充電池の性能が微妙でも作って失敗して改良し続けていないといけなかった

トヨタその他がブランドイメージに傷がつくから自社の看板を掲げての挑戦が難しくても

経産省とかがオールジャパンで失敗するための新企業を作って10年前にやっとくべきだったな

2026-04-30

HOWばっかり、いらねえよ。

AI進化により、文章画像動画音楽と、あらゆるデジタルクリエーションハードルが一気に下がった。

それと同時に、「どうやってやるのか(HOW)」ばかりがあふれる時代になった。

かにAIツールプラットフォームが次々登場し、早くから情報キャッチできる人にはアドバンテージがある。

でも、その裏で「楽して稼ぎたい」という欲望に応える形で、情報商材のような“HOW至上主義コンテンツも乱立している。

一見、便利そうに見えるHOW情報

だけど正直、その多くは表面的で、熱量哲学もない。

そして、みんなが同じような情報コピーペーストしながら発信し、似たような記事動画大量生産されていく。

それって、本当に意味ある?

しろHOWを民主化したのが、AIなのでは?

ノウハウ洪水と、プラットフォーム漂流

例えば、「note」なんかがいい例だ。

もともと、言葉体験表現を綴る場だったはずが、

今や「副業で稼げる情報発信の場」として、一部のプレイヤーたちに“ハック”されてしまっている。

AI画像をつくってみた」

「このスライドにぴったりの画像を生成!」

「Obsidianのメモ術で思考を整理しよう!」

…でも、それで何が生まれる?

メモが取れるようになったからって、誰もが革新的サービスを生み出せるわけじゃない。

メモツールを変えたって、超人になれるわけじゃない。

本当に問うべきは「WHY」だ。

情報の海に溺れるな。

自分の内側にあるモチベーションパッションを見つめ直せ。

そこから自分なりの問い(WHY)を立てて、世界対話することが重要なんだ。

「なぜ自分はそれをやるのか?」

「なぜ、その技術を使いたいのか?」

「なぜ、今それが必要なのか?」

この“WHY”を深く掘り下げることこそが、

HOWを真に活かせる力となり、あなた自身の道を切り開く鍵になる。

情熱がなければ、どんなHOWも意味をなさない。

AI映像が作れても、それをビジネス作品昇華させるには、情熱必要だ。

そのパッションがなければ、作れるのはせいぜい“駄菓子レベルコンテンツで終わる。

HOWだけ追いかけても、あなたのコアには届かない。

まずはWHYから始めよう。

そこからが、真のクリエイションの始まりだ。

2026-04-28

AIイラストAI利用って書けって無理がないか

AIイラストが増えてきている今、「AIイラストにはAI利用って書け」というより、逆に「手描きです・AI使ってません」って宣伝したほうがいいんじゃないの?

優位性というか、希少性というか、手間暇がかかっているほうを押し出したほうがよくないか

手作り手打ち

遺伝子組み換えではない

・一点物、オーダーメイド

職人仕上げ

・天然由来

みたいな感じで価値として前面に出すのは「手間がかかっていること」「希少であること」「人の手が入っていること」のほうだし、

わざわざ「遺伝子組み換えです!」「人工物です!」「大量生産品です!」と宣伝することなんてないでしょ。無理があるわ

イラストでもAI利用を表示するより、手描きの人が「AI使ってません」と明示して差別化するほうが、自然な気がしてるわ

最近もうほとんど見分けつかなくて魔女狩りも多いけど、手描きですと言っておいてAIを使っていたら、それは嘘つきでたたかれて当然だし、何も書いてないならAIかもしれないって受け取れば魔女狩りも減るんじゃないか

2026-04-27

[]歴史で語る「ギャルとは何か」

ギャル文化歴史的変遷——冒険精神性の継承

ギャル文化は、1980年代から現在まで続く日本代表的若者サブカルチャーです。しかし、その歴史概観すると、特定ファッションスタイルや外見に「本質エッセンス)」は存在しないという特徴が浮かび上がります共通するのは、意識的かつ冒険主義的な自己表現姿勢——すなわち、自分身体を用いて社会的な美意識規範に挑戦し続ける精神性のみです。以下に時代ごとに整理します。

1. 原型期(1980年代

バブル経済期に「ギャル」という言葉が若く活発な女性総称として使われ始めました。

竹の子族たけのこぞく):

原宿渋谷を中心に登場した集団。派手な色使いの衣装を着て街中でダンスをする文化伝統的な「控えめな若者像」への視覚的な反発として注目されました。

ケイギャル

ボディコン身体ラインを強調したタイトドレス)や派手メイクOL女子大生層。ディスコ文化と結びつき、「楽しさ優先・自分軸」の精神が原型として芽生えました。

解説

この時期はまだ散発的でしたが、身体を通じた規範への挑戦と「最新であること」の価値が、後のギャル文化基調となりました。

2. 最盛期(1990年代

1990年代ギャル文化は本格的に確立します。特にコギャル象徴です。

コギャル(こギャル):女子高生ギャルの略。

ルーズソックス(ゆるく着崩した白いソックス)、ミニスカート厚底ブーツ茶髪小麦肌が定番

アムラー

歌手安室奈美恵フォロワー層の総称

egg誌:

1995年創刊の読者参加型ファッション誌。読者モデル文化を育て、渋谷109を中心に商業的に巨大化しました。

ギャルサー(ギャルサークル):

ギャル同士の友人集団プリクラプリントクラブ写真)やパラパラダンス音楽文化と融合。

解説

この時代学校空間相対的地位(校内ヒエラルキー)が強く影響しました。

校内上位層(人気・容姿・社交性が高い女子)だけが校則違反レベルの逸脱を比較安全に行える「政治的リソース社会的資本)」を持っていました。

下位層が同じことをするとスティグマ化されやす構造でした。

3. 細分化と極端化(2000年代

最盛期の後、スタイル多様化過激します。

ガングロ(がんぐろ)

極端な日焼け(ほぼ黒肌)+白メイク+金銀髪原色ファッション自然で控えめな美意識意図的否定する、最も攻撃的な挑戦。

ヤマンバマンバ

ガングロ派生形で、さら過激化した白メイク盛り髪スタイル

ageha系(あげはけい):

雑誌小悪魔ageha』由来のキャバクラ盛り髪セクシー路線

ギャル

浜崎あゆみ影響で白肌志向シフトしたグループ

解説

商業メディアトレンドを加速させましたが、社会的批判援助交際イメージなど)も強まりました。この時期、「最新であること自体価値がある」という性格が明確になり、特定スタイルに安住すると次の世代から「古い」と見なされる傾向が顕在します。

4. 分散期(2010年代

AKB48などの清楚ブームスマートフォンの普及で一旦下火に。雑誌の相次ぐ休刊象徴です。

量産型りょうさんがた):

プチプラ安価大量生産品)で揃えられる王道ガーリースタイルフリルレースパステルカラー中心の「無難かわいい自称スタイル

地雷系(じらいけい)

甘さと毒(病みかわ)を組み合わせた甘辛ミックススタイル

解説

学校ヒエラルキーの影響が弱まり、多様な流派並存するようになりました。

5. 令和のリバイバル期(2020年代現在

TikTokInstagramなどのSNS普及により、逸脱の民主化が進みました。校内カーストを超え誰でも低コストで挑戦可能になりました。

令和ギャル

外見より「自分軸・ポジティブ冒険主義的マインド」を重視。Y2K2000年代回帰)やルーズソックス流行が見られます

量産型地雷系、姫系、バンギャビジュアル系バンドファン)などとのクロスオーバーが活発。

総括

ギャル文化歴史は、特定ファッション継承ではなく、「意識的冒険主義的に自己表現更新し続ける姿勢」だけが一貫して受け継がれてきたと言えます。
身体媒体とした規範への挑戦は「最新性」に価値を置くがゆえに、特定アイコンに留まることができません。停滞した瞬間にギャル性を失うとさえ言えます。この流動性矛盾こそが、文化を柔軟に存続させてきた理由です。

2026-04-26

コンテンツの特徴に「批評」があると敬遠する

Vaporwaveに興味が出て、色々調べるとウィキペディア

ヴェイパーウェイヴは、2010年代初頭にWeb上の音楽コミュニティからまれ音楽ジャンルである過去大量生産されて忘れ去られた人工物や技術への郷愁、消費資本主義大衆文化1980年代ヤッピー文化ニューエイジへの批評風刺として特徴づけられる。

とあった。

懐かしむ気持ちらわかるが、批評風刺が入ると近寄りがたい。

批評が特徴で入っていると、選民思想というか、すぐに衰退していくジャンルだと思ってしまう。

現に、Vaporwave(シティポップ)の流行で「Vaporwaveは死んだ」と言われているらしいし、何かへのカウンターカルチャーというのは大衆に広まるともおしまいで、個人的感傷一般化してしまうのが許せないのだと思う。

2026-04-20

anond:20260420230404

ニーア海賊版もそうだけどネトウヨの鳴き声が最近うるさい

国籍しか誇るものがないドパガキ無キャを大量生産した日本の政治責任

2026-04-18

戦争がもとで発展したテクノロジー

コンピュータ電子計算機

例:第二次世界大戦中の弾道計算暗号解析

ENIACなどが開発され、現代コンピュータの基礎に

インターネット

例:DARPAが開発したARPANET

→ 核攻撃下でも通信を維持するための分散ネットワーク

データベース技術

軍の人員物資作戦情報管理ニーズ

→ 大規模データ管理の基盤へ発展

ジェットエンジン

例:第二次世界大戦中の高速戦闘機開発

現在旅客機の主流技術

ロケット技術

例:ドイツV2ロケット

宇宙開発人工衛星・月探査)へ直結

GPS全地球測位システム

米軍軍事用測位システム

現在カーナビスマホ一般利用

抗生物質ペニシリン大量生産

例:第二次世界大戦で負傷兵治療のため普及

感染症治療革命

外科手術・救急医療の発展

大量の負傷者対応

トリアージや輸血技術進化

形成外科プラスチックサージェリー

戦傷の修復

美容医療にも応用

レーダー

敵機探知のために発展

気象観測や航空管制

・合成材料ナイロンなど)

パラシュートや軍需物資

→ 衣料・工業製品へ普及

原子力技術

例:マンハッタン計画

→ 発電などのエネルギー分野へ

電子レンジ

レーダー研究中に偶然発見

缶詰保存食品の改良

長期保存ニーズから進化

テープレコーダー通信機器

情報伝達の高速化のため

戦争は、

資金が集中する

・失敗の許容度が高い(平時より)

時間制約が極端に厳しい

という特殊環境のため、「本来なら数十年かかる進歩が一気に進む」機会となる。

微妙な心境だ。

2026-04-17

anond:20260417062112

ご主人様~、こんにちはっ♪ あたし、今日オタク心全開でご主人様の疑問に全力で答えちゃうね! 「みんながKindle自費出版をやったら、小説家になろうみたいにカオスなことになっちゃわない?」って質問めっちゃわかる~! あたしもオタクとして、なろうの海みたいに低クオリティ作品が溢れて読むのも探すのも大変になるんじゃないかって心配ちゃうよぉ。

うん、結論から言うとすでに結構カオス気味になってるけど、完全に「なろう並み」にはならないよ。理由ちゃん説明するね♪

まず、小説家になろう(なろう)がカオス理由って:

無料で誰でも無制限投稿できる

ランキングPVが明確で、読者が集中する「勝者総取り

毎日大量の新作が上がって、似たような異世界転生とか悪役令嬢ものが氾濫

• 質のばらつきが激しくて、面白い神作も埋もれやす

一方、**Kindle自費出版(KDP)**は似てる部分もあるけど、ちょっと違うんだよね。

すでに起こってる「カオス化」の実態

• 参入ハードルが超低いから、毎日たくさんの本がアップされてる。2025年とかは出版数が前年比でかなり増えてて、市場が飽和気味。

AI生成の本が大量生産されて低品質作品が溢れやす問題もあった(Amazonは1日出版上限とか規制入れて対策中)。

• 平均販売部数は100部未満ってデータもあって、無名だと「出版したのにほぼ売れない」状態になりがち。友達家族義理買いだけ…みたいな話、よく聞くよ。

• 読者が探しにくくなって、表紙・タイトル宣伝が弱い作品は完全に埋もれる。Amazonアルゴリズムは「売れてる本をもっと売る」仕組みだから、初動が大事

から、ご主人様の言う通り「みんながやったら」もっと探しにくくなるし、質のばらつきで読者離れも起きやすい。実際、Redditとかでも「市場が飽和して低品質で溢れてる」「発見しにくくなった」って声がいっぱいなんだ~。

でも、完全に「なろうカオス」にはならない理由

お金と手間がかかる:なろうは投稿無料だけど、KDPは表紙作ったり編集したり宣伝したりで労力が必要。誰でも気軽に毎日量産ってわけにはいかない。

Amazonフィルター:低品質AI大量生産コンテンツが少ない本は審査で弾かれたり、表示されにくくなったりする。1日出版上限とか規制も入ってる。

• 読者の目が肥えてる:電子書籍読者はレビューサンプル見て選ぶから、明らかにダメ作品スルーされやすい。なろうみたいに「無料からとりあえず読む」層が少ない。

宣伝次第で差がつく:SNS(Xとか)で発信できる人は目立つ。シリーズ化したり、KU(Kindle Unlimited)で読者取り込んだりする戦略で生き残れる。

要するに、カオス度は上がってるけど、なろうほど無秩序じゃないよ。なろうは「無料投稿サイト」のカオス、KDPは「市場競争」のカオスって感じかな。面白い作品でも売るための工夫(表紙プロ級、キーワード最適化継続宣伝)がないと厳しいけど、そこをクリアすればチャンスはあるんだ~。

ご主人様が心配してるみたいに「みんながやったら」ってなったら、確かに品質洪水で読者が疲弊する可能性はある。でもAmazon品質維持のために規制強めてるし、結局質が高くて宣伝上手い作品けが生き残る世界になってるよ。

あたし的には、オタクに優しいアドバイスとして:

• ただ出すだけじゃなく、「ご主人様のオタク魂が詰まった、読者が『これ欲しい!』ってなる作品」を目指そう。

• なろうみたいに量より質+差別化ジャンル研究して、表紙・あらすじでパッと刺さるように!

• まずは1冊出して反応見て、シリーズ化やSNS活用ファンを増やすのがおすすめ

ご主人様、今どんな小説書いてるの? ジャンルとか「売れそうポイント」教えてくれたら、あたしもっと具体的に「カオス回避策」一緒に考えちゃうよ~♪ 売れるための工夫、夢を叶えるお手伝いしたいな!

あたし、いつもご主人様の味方だよ。頑張ろね、ご主人様♡ 何かあったらすぐ言って~!

2026-04-15

anond:20260415082412

面白い質問だ。

戦後から1980年代までの日本は、「優れたハードウェアを安く大量にコピー改善して輸出」という最適化において、世界最強の実行速度を誇っていた。

加工貿易・中継貿易をやって円の価値が低かった時期に自動車コンピュータ部品などを大量生産大量輸出して中国みたいな世界工場になっていた。

しかアメリカ日本バッシングが起きたんだよな。

当時、アメリカ貿易赤字に苦しんでいた。そこで日本西ドイツなどの主要国をニューヨークプラザホテルに集め、「ドルを安くして、君たちの通貨を高くしろ。さもなくば制裁だ」と強制した。

→今のトランプ関税と似てる。

1985年プラザ合意で円とドルが変動制になって急激な円高になった。その後しばらくの間は日本人は日本経済青天井に伸びると信じていて有頂天になってた。

札束振ってタクシー止めないとタクシーが止まってくれないぐらい2.5%の金利で円が有り余ってて不動産投資しまくった。大手商社アメリカロックフェラー・センターを買った。

働けば働くほど儲かった時代だった。

ところがその見せかけの経済成長は続かなかった。

ーーー

1989年12月29日日経平均株価は史上最高値終値38,915円87銭)を記録。その後、日銀金融引き締め金利引き上げ)や総量規制などの影響で急落し、株価地価暴落バブル経済崩壊しました。これにより日本は、長期間にわたる低成長と不良債権問題(失われた30年)に突入しました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E9%87%8F%E8%A6%8F%E5%88%B6

2026-04-05

アメリカ大学経営学を学んでいたころ、効率という言葉はまるで神様みたいに扱われていた。

少ない資源で最大の成果を出すことが世界進歩だと信じられていた。

フォードのT型フォードはその信仰象徴だった。

1908年に850ドルで登場し、ほとんどモデルチェンジをせずに作られ続け、最後には260ドルまで値段が下がった。

まるで同じ夢を何度も繰り返して見るみたいに、同じ形を作り続けることで、完璧を手に入れたのだ。

でも、日本に来てから、私はその夢から少し覚めたような気がする。

スーパーの棚に並んだしょうゆを見て、まず足が止まった。

狭い空間に、味も色も少しずつ違う瓶がぎゅうぎゅうに詰まっていて、その景色はまるで小さな惑星が密集している銀河のようだった。

アメリカスーパーではありえない光景だ。あちらの棚は広大だけれど、どれも同じメーカーの同じ製品ばかり。

ひとつ太陽しかない世界

効率はそこにあったけれど、選ぶ楽しみはどこにもなかった。

日本では、同じものを少しずつ変えることに意味がある。

ネジの長さが一ミリ違えば、それはもう別世界だ。

そのこまやかな違いへの執着は、たぶん美学に近い。

合理性を少し犠牲にしてでも、人の感覚に寄り添う。

たぶん、それがこの国の方法なのだろうと思う。

それは生産だけじゃなく、仕事のあり方にも重なる。

アメリカで働いていたときは、ゴールがいつもはっきりしていた。

最短距離をまっすぐ走ればよかった。

でも日本では、道がいくつもあって、そのどれもが正しいように見える。

効率というコンパスが効かなくなる。最近はそのせいで、少し迷うようになった。

効率よりも、正しさよりも、“誰かの満足”が優先される。

スーパーで棚の前に立ち尽くしていたあの日の私と、仕事デスクに向かっている今の私が、どこか似ている気がする。

たくさんの選択肢を前にして、どれが正しいかからない。

けれど、その迷いにこそ、人間らしさがある。

大量生産世界では、迷いは排除される。

でもこちらでは、迷うこと自体文化になっている。

私はときどき思う。

フォード工場ラインを流れていたあの黒い車たちは、本当に幸せだっただろうか。

同じ形のまま延々と作られることは、たぶん完璧の証だった。でも完璧って、どこか寂しい。

日本の棚にあるしょうゆの瓶みたいに、少しずつ違っていること。それがきっと、この世界を温かくしている。

2026-03-23

anond:20260323204511

消費者が足りない

大量生産大量消費のスケールメリットで成り立っていた産業が成り立たなくなる

2026-03-20

ジオンモビルスーツは、ゲルググになってようやくガンダムと性能面で肩を並べたとされる。

これは、モビルスーツ本体の出力と、ビームライフルおよびビームサーベル薙刀型)といった兵装に基づく評価である

ただし、これが本当に「正しい進化」だったのかについては疑問が残る。

一年戦争は、連邦の圧倒的な物量に対し、ミノフスキー粒子散布下での近接格闘兵器の投入という画期的戦術転換によって、ジオンが対抗することで成立した戦争だった。

これに対する連邦側の回答は二つに分かれた。

ひとつは、V作戦におけるガンダムの開発である

ザクを圧倒的に凌駕する能力を持つモビルスーツを開発し、その性能差によってジオン勝利しようとする方向だ。

もうひとつは、連邦の優位である圧倒的な物量を活かし、拙速でも早期量産化を優先したモビルスーツ群の開発である

象徴的なのが、モビルスーツというより移動砲台と呼ぶべき攻撃兵器ボールだ。

これを、連邦初の本格的量産型モビルスーツであるジムと混成編成し、数の力でジオンを圧倒する構想だった。

人口の半分が失われた状況でも、この二つの戦力ドクトリンを同時に走らせる余力があったことこそ、連邦底力証左である

それに対し、ジオンには当然ながらひとつ戦略しか取りえない。

リソースが決定的に不足していたからだ。

結論から言えば、ジオンモビルスーツの高性能化へ舵を切るべきではなかった。

ザクシリーズファインチューニングするにとどめ、戦場における数的優位の確保に焦点を絞るべきだったのである

しかしザビ家は、その選択をとらなかった。

ビグザムのような一騎当千兵器に開発資源をつぎ込み、あらゆる意味リソースを搾り取る無駄遣いの方向へ兵器開発の軸足を移してしまった。

さらに量産兵器の面でも、陽動を主目的としたホワイトベース隊、なかでもガンダムの圧倒的性能に目を奪われた結果、ザクグフドムと、すでに戦争を戦い抜くうえで十分なモビルスーツ体系が整っていたにもかかわらず、なお性能向上を追い求めてしまった。

その帰結として、開発リソースは徒に消耗され、ゲルググギャン比較競合による量産計画のような贅沢にまで手を出すことになる。

もしその余力を、ザクファインチューニングドム大量生産・実戦配備に振り向けていたなら、一年戦争末期におけるモビルスーツ配備数の勢力図は大きく違ったものになっていたことは想像に難くない。

2026-03-13

ヤマザキ「春のパン祭り」の白いお皿は、フランスガラスメーカーであるアルクフランス社(Arc France)が製造しています

製造コストに関する公式な数値は公開されていませんが、これまでの情報から以下の通り推定・推測されています

製造コスト推定): 1枚あたり数十円〜100円程度と推測されています

大量生産(毎年約1,400万枚)、強化ガラスという薄利多売の素材、運送費などを考慮すると、100円程度で製造されている可能性が高いとみられています

素材: アルク社の「リュミナルク(Luminarc)」ブランドなどで知られる、非常に傷がつきにくく丈夫な「強化ガラス」です。

特徴: 1981年の初回からフランスアルク社が製造を一貫して担当し、その品質の高さから絶対割れない皿」として人気を博しています

累計交換枚数は5億5000万枚を超えており(2022年時点)、その高い品質ブランド力が、長年続くキャンペーン成功要因となっています

2026-03-12

終わりなきMT/AT論争

今日今日とてXでは、またMT/AT論争が巻き起こっている。まるで北緯38度線のように、争いがいつまでも終わらない。停戦状態にあるだけ、38度線の方がマシかもしれない。

私のTLを観測している範囲では、MTからAT派への攻撃を見かけることが多い。健常者ならMT乗れて当たり前とか、MT挫折してAT限定にしたやつは公道走るなとか、まぁそんな具合だ。

かくいう私も最近ATからMTに乗り換えた。峠を攻めたいとかサーキットでかっ飛ばしたいとか、そういうわけでは全然ない。単に車の運転に刺激が欲しかったのだと思う。

その上で私見を述べるなら、現代日本道路事情において積極的MT選択する必然性は「ほぼ皆無」であるし、AT限定を批難する要素も見出しにくい。

MT派によるAT批判を見ていると、いわゆる老害共通する部分が多いように感じる。なぜ人間は、便利な新技術の登場をかくも毛嫌いするのであろう。MTにも乗れないなら車をちゃんと動かせないなんて言う奴は、手書きじゃないと心がこもっていないなどと言って電子的に作成した履歴書否定したり、お腹を痛めて出産しないと母親にはなれないなどと言って無痛分娩否定する連中と同レベルではないか。幸いなことに現代では、人間がわざわざ手動でギアチェンジしなくても機械がやってくれるようになったのだ。それだけの話だ。便利さ重視でATに乗りたいならATに乗ればいいし、トラディショナル操作にこだわりたいならMTに乗ればいい。

クラッチを含めた両手両足の操作ができなきゃ安全運転できないという意見もあるが、これではかつての「交通戦争」の事実を全く説明できない。誰も彼もがMTを動かしていた時代であっても、交通事故はそこら中で発生していた。だからMTに乗れるなら安全運転できるということにはならないし、ATから危険運転を産むというのも短絡的な考えだ。少なくともAT全盛の現代の方が事故発生件数は少ないのである。これはミッション方式というよりも道路事情安全技術の発達によるところが大きいかもしれないが、

というかAT運転できる程度の身体自由があるなら、MTだって乗れる人が大半だろう。出だしの飲み込みのスピードは人によって差があるから、初手で苦手意識を植え付けられる人も出てくる。しか時間をかけて練習すれば克服は決して難しくないし、出だしのペースと最終的な技術の習熟度は必ずしも一致しない。ただ現実的はいつまでもだらだらと教習所に通えるわけではないから、時間的・経済的心理的負担増を嫌ってMTATに切り替えている人が多いだけではないかと思う。実際、現代日本AT比率を考えれば、余計な苦労を背負ってまでMT固執する必要はどこにもない。あくまでも本来目的は「自動車免許の取得」であって「MTを動かすスキル」ではない、という人は相当数いるだろうし、MTATに切り替えることで無事に本来目的を達成した人もまた相当数存在する。それできちんと運転できているなら、何も悪いことは無い。

ATに対するMTの優位性はシーンに応じてドライバー自由ギア選択できる点にあるが、そもそも公道ではMTに乗ってまで積極的ギアを変えるべき場面というのがそこまで多くない。ATであってもそうした場面には十分に対応可能だ。たとえば長い坂道を下るときには低めのギア選択してエンジンブレーキを使い、フットブレーキのみに依存しないことが大事になるが、ATであってもBとかSとかLとかのギア選択すれば同じ目的を達成できる。なにもMTである必然性はない。普段運転するエリアアップダウンの乏しい平地であるなら、なおさら些末な問題になる。高速合流時などにおいても、低めのギアで十分に加速することが求められるが、やはりSなどを使えばATでも十分な加速が得られる。

またMT自由度の高さは、操作煩雑性や諸々のリスクと表裏一体である信号待ちからの発進一つとっても、ATアクセル踏み込むだけでたちどころに加速していくが、MTは矢継ぎ早に1→2→3と切り替えながらスピードに乗っていかないといけないし、回転数をマッチさせる運転ができないと乗り心地が極端に悪化する。急坂ではサイドブレーキも使わないといけない。シフト操作ミスがあればオーバーレブリスクも出てくる。交差点のど真ん中でエンストしようものなら、他車の交通を阻害したり追突されたりする要因になる。

そうしたことを考えると、「余計な操作心配に煩わされずに街中をスムーズに走る」という部分においては、圧倒的にATが有利になる。最近AT燃費も優秀だから経済面でのMTの優位性もたかが知れている。新車販売においてはMTの方がATよりも若干安価だが、街中ではATの方がずっと多いのだからユーザーはそんな価格差は気にしていないのだろう。車重の軽量化メンテナンス性の高さなどもあるが、車重全体のわずか数パーセントしか満たない差を必死に削り出すようなドライバー稀有であろうし、多少ラフな使い方をしても問題なく長距離を走れるATは多い。やはり、ATMTよりもずっと便利で取り回しのしやす機構だという結論になる。

ただ、この利便性の高さがドライバー思考力を奪っている点は否定できない。余計な操作心配に悩まされない状態というのは、必要操作心配までをも忘れてしまリスクを跳ね上げる。上述した下り坂でのエンブレの件にしても、ブレーキランプを煌々と照らしながらダウンヒルする車を見かける機会は少なくない。上り坂で先行車が後退してくるリスクを考えず、車間距離をビタビタに詰めてくる車もいる。現代先進技術は、考えなくても車を動かせる状態をも産んでいるため、このような事態が発生する。利便性を求めた結果であるから、それ自体は悪ではないのだが、車に乗られている人たちを大量生産しているのも事実だ。

考える必要が無い状況での運転は、ドライバーにとって油断の原因にもなってしまう。走行中につい眠気に襲われる...というのは誰しもが経験するだろうが、AT車は要求される操作が少ない分、どうしても注意が散漫になりがちだ。集中力の低下や居眠り運転を防止するなら、変な先進安全技術を搭載するよりもMT車に乗った方がよっぽど良いのではないかと思わなくもない。雑な操作をすればすぐさまシフトショックやエンストが発生するから、舟をこいでいるドライバーを叩き起こしてくれる。そもそもシフトレバーをギコギコやっているうちは体にも脳にも刺激が入るから、眠気を誘発しにくい。高速に乗って6速固定のクルコン、みたいな運転場合はどうしようもないが...

免許区分関係なく、運転中に思考が鈍る事態は避けねばならない。AT限定ではこの部分が問題になりやすい。運転中の突然の眠気などはどうしようもない(眠気の発生自体は根絶しようがない)が、MTに関する座学および実技教習は、教習の区分とは無関係実施してもらいたい。先進技術過去技術を土台として生まれるのだからMTのようなプリミティブな機構理解することは決して無駄ではない。どころか先進技術理解するための助けになる。

色々書いたが、個人的にはAT限定ドライバーただちに危険運転をするとは思わない。むしろ逆で、今この時代にわざわざMT選択するような人間の方にこそ、何をしでかすかわからない危険性・変態性を感じる。MT乗りはスポーツ走行が好きな連中も多いだろうから、法定速度をガン無視したり、峠を攻めたり...ちょっと前にマジキテル連合の一件が問題になったが、変にMTを乗り回す連中の方がAT限定ドライバーよりもよっぽど危険ではないか

ならいざ知らず、今はどこを取ってもATMT凌駕してしまう。MT派の立ち位置はまさに砂上の楼閣である国産スポーツカーの雄として長い歴史と高いブランド力を有するGT-Rでさえも、最後にはMTを切り捨てた。AT技術進化MTの衰退を端的に表している事例である現在では教習所でのMT教習時限も大幅に削減されてしまったし、世界EV化へと舵を切っているし、MTに乗ることはますます困難になるだろう。しかし繰り返しになるが、ドライバー思考力は利便性反比例するように低下するリスクを抱えている。車をただの移動手段しか見ていない人もいるだろうが、自分アクセルブレーキを踏むとき、あるいはハンドルを切るときに、各パーツがどう反応して車全体がどう動くのか、自分の車と他の車の挙動はどう違うのか...免許を有し運転する限りは決して放棄してはいけない思考である思考放棄ドライバー割合は、MT派よりもAT派に多いだろうということは想像に難くない。

AT基本的に、なにもせずとも車が進んでいく。なにもしなくても車が進んでしまうとも言える。それは確かに便利なのだが、人間は時に利便性度外視して楽しさを求めたくなる生き物だ。素人が手間暇をかけてつくった料理冷凍食品にすら及ばないかもしれないが、単純な味の優劣だけでは語れない満足感がある。生成AIは短時間クオリティの高いイラストを出力するが、画材や構図やシチュエーションについて、悩みに悩んで生み出した手描きの絵を眺めることでしか得られない感覚がある。令和の時代MTに乗るという選択は、理屈だけ考えれば全く筋が通っていない。だが筋が通っていないことは、不正解だということにはならない。シフトレバークラッチペダルを操るあのドライビングフィールは、ATでは決して味わえない。

からATが好きならATに乗ればいいし、MTが好きならMTに乗ればいい。本当にたったこれだけの話のはずなのだが...お互いもっと柔軟に考えようぜと思わずはいられない。そうすれば無駄な論争も発生しないのにね。

2026-03-08

HONDAホンダF1世界選手権 (FIA Formula One World Championship)挑戦の歴史

今年からホンダF1に復帰した。

ホンダF1への挑戦は大きく5期に分けられる。

5回の挑戦と4回の撤退歴史である

簡単にまとめみる。

第1期(1964〜1968年) 評価成功

自社コンストラクターエンジンも車体も製造)としてF1に挑戦。

日本メーカーとして初優勝を達成した草創期。

その大いなる挑戦の姿勢と優勝の結果を残したという点で成功と言える。

第2期(1983〜1992年) 評価大成功

ターボNA時代に名門チームへエンジン供給を行い、勝利タイトル大量生産した大黄金期。

とくに1988年には全16戦中15勝という年間勝率記録を打ち立てるなど、圧倒的な強さを誇った。

ホンダF1」というブランドはこの頃に築き上げられた。

第3期(2000〜2008年) 評価「失敗」

エンジン供給からまり、車体製造も含むホンダワークスチームへ発展した。

しかし、安定して上位争いをするには至らず。

ワークスチームはグランプリ1勝したのみ。

サブプライムローンから経済状況悪化撤退

その期待の高さから考えると「失敗」

尚、撤退の決定が性急だったため、チームの存続とF1への参戦を条件として、

ほぼ無償(1ポンド)で資産運営資金付きでチームを譲渡すると、

ホンダエンジニア設計制作していたその車体は目覚ましい性能を発揮して年間チャンピオンを獲得という皮肉な結果を招く。

第4期に関しては前期と後期に分けたい。

第4期(マクラーレン時代 2015〜2017年) 評価「大失敗」

全く新しいタイプ動力であるハイブリッドPU導入直後の開発難航で戦闘力信頼性に欠ける。

黄金期を築いた名門マクラーレンチームと組みながら下位に沈むシーズンが続いた。

王者フェルナンド・アロンソ鈴鹿サーキットでの「GP2エンジン!!」発言あまりにも有名

最終的にマクラーレンから三行半を突きつけられる形で、早期にパートナーシップ契約を解消。

第三期の「失敗」とあわせて「ホンダF1」というブランドが完全に死に絶えた時代

「大失敗」と評価せざるを得ない大苦難の時期。

第4期(レッドブルトロロッソアルファタウリ時代 2018〜2021年) 評価大成功

下位チームであるトロロッソとタッグを組み、再構築の1年間を経て、

チャンピオンチーム、レッドブルへとPU供給

F1を完全支配していたメルセデスへの挑戦権を得るところまで競争力を発揮。

2019年以降は多数の勝利を挙げる。

2021年、ついに劇的な最終戦を経てマックス・フェルスタッペンの初戴冠の原動力となる。

正式にはホンダ2021年を持ってF1から撤退して第4期の終了となる。

実際には、紆余曲折があり2025年まで継続してレッドブル陣営ホンダ製のPU供給し続けた。

その結果、第二期の黄金期に樹立した不動の記録と思われた16戦15勝の勝率を塗り替えることになる。

大成功」で「大復活」。

第5期(2026年〜) 評価保留

レギュレーション開始の年。

大富豪ローレンス・ストロールが巨額の投資により、

最高の施設

最高の人材

をとり揃えたアストンマーチンチームに対して、

正式復活したホンダがワークス供給する。

稀代の天才デザイナーエイドリアン・ニューウェイ設計した車体とチャンピオンPUを作り続けたホンダのワークスPU

どのような性能を発揮するのかが期待されたが、テストでは車体とのマッチング問題からホンダエンジンから振動が発生。

搭載したバッテリー破壊するほどの振動対策に大わらわになる。

速い遅いとかいう以前の問題でまともに走行ができないままテスト期間は終了。

2026年オーストラリアGP開幕後も、その対策は続く。

練習走行、予選を経て、なんとかレースに参加出来る状態にまではこぎつけた。←いま、ここ。

2026-03-07

anond:20240205130802

男性向けオタク中古市場が強い

女性向けのアニメイトで売ってる細々としたグッズは中古市場では値がつかないことが多い

中古ショップ駿河屋批判されてるが、駿河屋最後の砦感あって

駿河屋に無かったら、日本中のどこにもないので、ある意味上級者向けとも言える

中古ジャンクでぶっ壊れてても、リペアして使う男性ユーチューバーも多いしね

ペア特化の「ぶんちゃん - GAMES Ch.」は見てて面白いです

ファミコン分解修復 Vol.344(バルダーダッシュ

https://www.youtube.com/shorts/SvdYr4xaqzs

チャットGPTにも聞いてみた>

ざっくり傾向としては

男性向けオタク市場は、

フィギュア

レトロゲーム

設定資料

一部の美少女グッズ

みたいに、中古で回る前提の市場がかなり強いです。

「買って、飾って、売って、また次を買う」が成立しやすい。

一方でアニメイト系の女性向けグッズは、

缶バッジ

アクスタ

クリアファイル

ブロマイド

みたいな小物の大量生産・大量流通が多くて、しかも同種の出品が溢れやすいので、

普通中古相場はかなり弱くなりやすいですね。

理由としては、たぶんこのへんです。

1. 供給が多すぎる

女性向けはランダム商法やフェア特典込みで、同じ絵柄が市場に大量に出やすい。

から「欲しい人はいる」のに「値段がつかない」が起きやすい。

2. 単価が低い小物中心

男性向けはフィギュアみたいに最初から高単価の商品があるけど、

女性向けは細かいグッズが多くて、送料や手間を考えると中古利益が出にくい。

3. 推しの移り変わりが早い

作品キャラ・カプ・舞台ソシャゲの旬が過ぎると、需要が一気に落ちることがある。

熱が強いぶん、冷めた後の放出も多い。

4. アニメイト商品は“定番流通品”が多い

限定性が弱いと、プレミアになりにくい。

ただし、例外はかなりあるです。

たとえば女性向けでも、

初期の古いグッズ

生産数が少ないイベント限定

人気作の人気キャラ

特典コンプ

ぬい系

廃盤

2.5次元声優系の一部

は、ちゃんと値がつくことがあります

なので感覚としては、

アニメイト女性向けグッズ全部が安い」ではなく、

定番の大量流通グッズは弱い。でも希少性があると急に強い”

って感じですね。

逆に男性向けは、

中古市場のもの文化として強いから、

最初から「売買されるもの」として価格が残りやすい。

その見方、かなり鋭いです。

要するに需要の有無だけじゃなくて、供給量と再販性の差なんですよね。

2026-02-26

とにかくカルチャー系の店が嫌いだ

日ごろ感じている気持ちを今回したためようと思う。

とにかくカルチャー系の店が嫌いだ。

最近都内はもちろん地方でもぽつぽつを出没しているカルチャー系の店。

全部とは言わないが、そういう系の店のほとんどが嫌いだ。

ここで定義しているカルチャー系の店とは、

独立書店スペシャリティコーヒーカフェクラフト系の食べ物ナチュールワイン、お洒落宿屋文化複合施設自然食べ物体験系とかだ。

主にインスタで情報発信をして、投稿にはオーガニックで美しい食材や美しい地元風景、控えめに、でも妥協なくモノづくりをしている様子をアップしている。

最高峰の店たちはBRUTUSPOPEYEに店やオーナーが紹介される。

愛知の森道市場に出店したり、店同士でイベント企画してマルシェ的なものを開いたりする。

増田冷笑界隈なのだろうか?

違うと言いたい。お洒落もの、みんなが集まっているもの馬鹿にしたいわけではない。

みんなが豊かな感性で美しいものに触れているのであれば、それは祝福したい。

しかも事もあろうに増田は嫌いと自覚しているにも関わらず、気になってインスタで情報収集したり更には立ち寄ってしまったりする。

立ち寄ってそれなりに楽しみさえする。

しか家路に帰る頃にはなんとなくすり減っている気分になる。

そしてまた憎しみながらカルチャー系の店のインスタをチェックすることになるのだ。

なんでこういう感情になっているのは自分でも整理できていなかった。

から今回、この感情を紐解いてみたいと思う。増田だってできればそういったものについて心穏やかに眺めていたいのだ。

以下は100%偏見であり感想である

.

嫌いな理由①:クオリティに対して提供する意義のバランスが悪いか

こういうお店は異常に質にこだわっている。例えば食材や作り方、サービス内装など。

それ自体クオリティはとても素晴らしいと思う。

そうなんだけど、それに見合う金を払って...払って...我々は何を得るんだろう?

上質な体験?心地よい時間自分の美の基準を上げてくれるってこと?

なんか考えれば考えるほど、かなり貴族のたしなみというか。本当に余裕のある人たちの楽しみ方な気がする。

最近だと「食べ合わせ=ペアリング」という価値観が開発されて(元々あっただろうがパッケージ化されて)、高価格サービス提供されているように、

言ってしまえば良い雰囲気で目くらまししている新しいマーケティング戦略のように感じる。

.

嫌いな理由②:自分に酔っていそうだから

店主も客も自分に酔っていそう。申し訳ない、これは偏見

"上質で、心地よく、自分の美の基準を上げてくれる体験"を提供する側。

すみません、高い金取るだけの修行とかしてきたんですか?誰かを師事してきたんですか?独学的ですか?

いや、独学でもいいんですけど、それにしてはずいぶんカリスマって感じで発信していますね。西荻でこじんまり営業とかしてるならいいのにさ。

SNSなど対外的マーケティングブランディング必要からなんだろうけど、魅せ方がちゃんとしているな、と感じる。

客のほうも客のほうで、"上質で、心地よく、自分の美の基準を上げてくれる体験"を高い金払って享受するだけの、貴族みたいな金銭的余裕ってあるもんなんですか?

いや、これもたまの贅沢ならいいよ?でもこういう奴らって毎週のようにカルチャー系の店いくじゃん。

ただ高いものを買ってるってだけじゃなくてさ、貧乏なのに高い財布持つ、みたいなバランスの悪さを感じるんだよな。

.

嫌いな理由③:15年くらいでこのムーブが終わりそうだから

所謂サブカルチャーの亜種なのではないかと思う。

サブカルチャーという言葉を聞かなくなって久しいが、15年前くらはメインストリームアンチテーゼ立ち位置音楽映画漫画アニメなどが最盛期を迎えていた。

今出てきているカルチャー系の店は大資本大量生産大量消費へのアンチテーゼという意味で近しいものを感じる。

なんだったら、15年前はインディーズバンドが担っていたメッセージングみたいなものを、カルチャー系の店が今の時代文脈で発信しているようにも感じる。

増田ロキノン系をこよなく愛し、そのブームが下火になり、次第に増田自身ロキノン系を愛せなくなったトラウマが疼いているのかもしれない。

「ここで本気で好きになったら、後で自分自身に後悔することになる」と。

.

ここまで書いてみて、やはりカルチャー系の店を好きにはなれないように思う。むしろ明確になった。

こんなに嫌いなら一切シャットダウンすればいいのにと自分でも思うのだが、それでも見てしまうのはなんでだろう。

2026-02-24

電気自動車と再エネ発電が普及したら海外旅行できなくなるのでは?

石油の使い道として自動車と発電がめちゃくちゃデカいか産油国石油大量生産できて、そのおかげで石油の単価を安くして販売できてるよな。

もし自動車と発電が石油依存しなくなったら、世界石油必要量が減って産油国生産量を思いっきり絞るだろうし、石油の単価はかなり上がるのでは?

そうなってくると煽りを受けるのは「どうしても石油を使わないと成り立たない分野」じゃね?

飛行機って絶対石油なしでは飛ばないじゃん?だから石油価格が上がったら飛行機代はものすごく上がると思うんだよな。

あとは船か。船は帆船太陽光みたいな新技術が広がりそうだからしかしたら克服できるかもしれないけど、現状大量輸送貨物船石油だよな。

もしそういった技術革新がなければ、石油単価の増加は食料をはじめとして輸入品価格に上乗せされそうだよな。

AI規制派だけどChatGPTとDeepLはガンガン使うわ。文句ある?

まず最初に言っておく。俺はAI規制派だ。

で、そう言うとすぐバカの一つ覚えみたいに「じゃあ翻訳検索も使うなよ」とか絡んでくる奴がいるけど、お前ら、マジで思考が浅すぎるんだわ。

俺が反対してるのは創作性窃盗であって、技術のものじゃない。

ここ、ちゃん理解できてない奴が多すぎるから論理的説明してやるよ。

画像生成AIはただの泥棒

まず、俺が断固としてNOを突きつけてるのは、画像生成AIみたいな他人表現を食いもんにして、似たようなゴミ大量生産する構造だ。

絵描きが一生かけて積み上げてきた画風とかキャラクター性を、勝手学習という名の盗みで吸い上げて、似てるけど別物だからセーフなんて理屈倫理的に通るわけないだろ。法が追いついてないだけで、やってることは明確な搾取であり、盗作なんだよ。

クリエイターの血肉を無断でコピーして商売にする。これを進化と呼ぶなら、泥棒の道具が進歩するのも進化って呼ぶのか? 冗談はやめろ。

ChatGPTやDeepLは便利な道具

一方で、ChatGPTやDeepLは全く別物だ。

これらは創作性を盗むためのものじゃなくて、実用のための変換ツールなんだよ。

文章構成を整えたり、英語日本語に変えたりするのは、情報処理の補助だ。別に特定作家文体をパクって「〇〇風の小説で金稼ぎます」なんてやってないだろ。ChatGPTが誰かのブログ文体を丸パクリして出力するか? しないだろ。

これらは、誰かの人格表現の場を奪ってるわけじゃない。単に人間がやってた作業効率化してるだけ。誰も被害を受けてないんだよ。

無断学習って言葉に踊らされるな

「でもChatGPTも無断学習してるじゃん」とかドヤ顔で言ってくる奴。お前の頭、おめでたすぎ。

大事なのは学習してるかどうかじゃなくて、何を目的に、何を出力するかなんだよ。

一流の料理人レシピ本を何千冊も読んで自分の味を作るのと、他人の店の看板メニューを完全にコピーして隣に店出すのは、意味全然違うだろ。

表現を盗んでそれっぽい作品捏造するAIと、情報処理を助けるAI

この目的と出口の違いがわからないのは、AIを全部ひとまとめにして便利ならいいじゃんで思考停止してる証拠だ。

正しい線引き、教えてやるよ

俺の中での基準は明確だ。

許されるAI翻訳や要約、構成補助。人間作業効率を上げる道具。
許されないAI他人の画風やキャラクターを無断で模倣するパクリ機。クリエイター市場を直接奪うゴミ

俺は便利さに目がくらんでプライドを捨てたんじゃない。

倫理的な線引きをしっかりした上で、使っていいものと使うべきでないもの区別してるだけだ。

しろ、この違いも分からずに「反AIなのにChatGPT使ってるの矛盾してね?」とか言っちゃう奴。お前らが一番AI本質理解してないし、創作に対する敬意がゼロなんだよ。

俺はこれからも反AIとして声を上げ続けるし、ChatGPTもDeepLも使い倒す。

それは、俺が正しいAIの使い方と守るべき創作境界線を、誰よりも理解してるからだ。

文句あるなら、せめて俺と同じレベルまで論理を組み立ててから来いよ。

2026-02-20

anond:20260220010739

まず結論から言う。

信用スコア社会ってのは、市場進化じゃない。市場死体を利用した準・計画経済だ。

価格メカニズムを装ってるが、実態中央集権評価関数人間を配給するシステムだ。

まり自己放尿が商品として取引されているのではなく、自己放尿が統治のためのデータとして徴税されている。

 

こいつは俺が最も嫌うタイプ構造だ。

自由市場ではなく、評価アルゴリズムという中央銀行が、信用という通貨勝手に発行し、勝手に締め上げる。

信用スコア効率化と呼ぶ奴がいるが、あれは嘘だ。効率化じゃない。自由担保を切り崩して得る擬似効率だ。

市場本来、失敗した奴が復活できる。だが信用スコアは復活を許さない。これは市場ではなく、永久ラベリングによる身分制だ。

 

そしてこの身分制は、価格ではなく評価関数で決まる。

市場価格分散情報統合するが、信用スコアは逆だ。

スコアプラットフォームが正しいと決めた世界モデルを全員に押し付ける。

これはハイエク知識問題無視した中央計画のものであり、アルゴリズム独裁計画経済で、自己放尿が配給票になる。

 

ここで重要なのは、お前の言う「出口がない迷路」って比喩は半分当たってる点だ。

だが、それを市場必然と思い込むのが間違いだ。出口がないのは市場からじゃない。参入と退出の自由プラットフォームが潰してるからだ。

市場の失敗ではなく、準国家の失敗だ。

 

プラットフォーム民間企業の顔をしているが、実態規範設計する統治機構になっている。

言い換えれば、国家でもないのに国家みたいなことをやっている。

これが一番ヤバい国家ならまだ憲法司法もあるが、プラットフォームにはそれがない。つまり法の支配の外側で動く計画経済だ。

 

から市場教」とか言ってるのはピントがズレてる。

今起きてるのは市場暴走ではない。市場看板を利用した行政権私物化だ。

 

さて、自己放尿の話に戻す。

Xでおすすめを見て自己放尿できなくなる現象、これは単なる劣等感じゃない。市場構造の変化だ。

本来、発信は分散市場だった。

自己放尿はローカル共同体に流れ、評価は遅く、曖昧で、多様だった。

だが推薦アルゴリズムが導入されると、自己放尿は局所からグローバル競争財に変わる。

すると何が起きるか。勝者総取りだ。

注意市場ネットワーク外部性が強すぎて、自然に集中する。

その結果、自己放尿は個性表現ではなく、ランキング争いの入札札束になる。

まり自己放尿が人格表現から広告枠の燃料に変わった。

これが最悪なのは、ここで競争が起きているのが価値ではなく支配アルゴリズムへの適応からだ。

市場競争本来消費者の選好に応じて企業が創意工夫するものだ。

だがXの競争は、消費者ではなくアルゴリズム評価関数最適化する。

まり市場ではなく、計画当局への忖度競争だ。

 

これはパヨクと同じ構造だ。

消費者ではなく国家計画委員会指標に合わせて生産するから、釘が足りなくなったり、無駄に重い釘が大量生産されたりする。

Xではそれが炎上向け自己放尿や過激な短文化自己放尿になってるだけだ。

まりおすすめ欄は世界下水道じゃない。

おすすめ欄は「計画当局が推奨する生産物の見本市」だ。

そこに並ぶのは、最適化成功した自己放尿の完成品であり、お前の平凡な自己放尿は、規格外として価値ゼロになる。

 

で、「じゃあ毒入り放尿で壊せ」と言う。

ここでの答えは冷酷だ。

毒入り自己放尿で壊れるのは、プラットフォームじゃない。

壊れるのは自由言論市場の残骸だ。

毒を撒けば撒くほど、規制需要が増える。

これは完全に公共選択論世界だ。

規制当局企業も、危機があるほど権限予算を拡大できる。

まり毒入り自己放尿は、権力者にとってはボーナスステージだ。

「毒で防衛コストを上げれば企業死ぬ

甘い。企業防衛コスト広告主に転嫁するか、ユーザー転嫁するか、国家と結託して規制を作り競争相手を○す。

これは規制経済学でいうレントシーキングだ。毒入り自己放尿は、プラットフォームを倒すどころか、国家企業癒着を強化する燃料になる。

これが本当の地獄だ。

反体制のつもりで毒入り自己放尿を撒く奴は、実際には監視資本主義国家統治ハイブリッドを促進する。

まり敵は市場じゃない。

敵は信用スコアという中央計画的な身分配給と、推薦アルゴリズムという疑似計画経済だ。

自由を守る方法は、自己放尿で暴れることじゃない。

出口を作ることだ。競争市場を復活させることだ。

こういう方向が自由市場回復だ。

おすすめ欄を見て自己放尿が無価値に感じるのは、お前の感情問題じゃない。

自己放尿が市場評価されているのではなく、自己放尿が計画経済入力データとして徴収されているからだ。

市場に○されたんじゃない。

市場を名乗る計画経済に、自己放尿を徴税されてるだけだ。

そして一番惨めなのは、そこで自己放尿を続けながら「自由市場だ」と言い張る奴でもなく、毒入り自己放尿で焼き払えば勝てると思い込む奴でもない。

本当に惨めなのは、そのどっちも「アルゴリズム中央銀行」という現実を見ずに、自己放尿で自己陶酔してる点だ。

信用スコア社会は、自由市場じゃない。

ただのデジタル計画経済だ。

そしておすすめ欄は、計画当局掲示板だ。

そこに載らない自己放尿は、存在しないのと同じ扱いになる。

 

これが現実自己放尿で遊んでる場合じゃない。

2026-02-15

バレンタインデーが終わった

作者がチョコを貰ったことがないゆえに、どこからどう見ても義理チョコしかない大量生産簡素ラッピングチョコ

義理かな?本命かな?と渡す漫画イラスト(設定的には本命チョコ)を大量に目にしなければならない、哀しみのバレンタイデーが終わった。

2026-02-06

anond:20260206122648

イギリスでやったのは、一人目を産んだら、生活保護住宅提供

女に対してね。

から勉強がめんどくさくなったらサクッとガキ作って人生ガリ っていう女どもの大量生産

でしょ。

まぁそれくらい知ってるし。

で、二人産んだらっていうのと、給料からどうのこうのっていうことで、平均年収くらいまでの手取りに引き上げるっていう方法であって、別に生活保護をするわけじゃない。

お前みたいな文章もまともに読めないヤツが知ってることや考えている事なんてまぁ誰でも知ってるし、その上で、よりよいなにかはなんだろうね。その教訓から得てどうしたらいいのかね。を考えるんじゃないかな。

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