はてなキーワード: スピーカーとは
・部屋の選択肢が少ない
一度部屋を決めたら窓や天井が変えられないので、この窓でこの天井使いたいみたいなオリジナルの組み合わせが不可能。
窓に至っては種類も位置も数も変えられないからかなり不満。同じくドアも種類は変えれるけど数と位置は変更不可。
大きめな部屋で教室風のものがあるが、ドアがひとつだけなので思ってるようなインテリアにしづらい。
デフォだと正直かなり狭い。中途半端な大も教室作ろうとすれば小さいし、デフォだと狭いって時にこっち選ぶと今度は広すぎる。
6畳間みたいなちょうどいい広さはないんか。
あとベランダも有無選ばせてくれ。なんであの部屋にしかベランダないんだ。
窓の外の風景も選ばせてくれ。なんで部屋で固定してんだ。
1階2階で選べる風景が違うならまぁ高さあるし…とわかるが全部固定なのはなんでなんだ。
ほぼ全部ジト目。きついジト目かゆるめのジト目かの差しかない。
ぱっちりまんまる目とか萌え系とまでは言わないが可愛めのたれ目があってもいいだろ。
なんで全部あれなんだよ。あと目の高さも変えさせてくれ。もう少し低くしたい。
あと一部の髪がね、前髪の横が目に貫通してる。どうにかしてくれ。本当に。
というか前髪と後ろ髪パーツ分けてくれないか?
分けると余計重くなるから無理か。そうですか。
それからほっぺがね…かわいくないね、あれね…。頬ってかクマなんだよなあれじゃ。
・各種色が思うように設定できない
カラーピッカーやカラーコード指定ができなく、決められた色の彩度明度をいじるくらいしかできないので思ってる色にできない。
あと色指定以前にそもそも色を変更できないものが多すぎる。ひどいのが家具。
例えばカラーボックスなんかは設置時は本体の色しか変更できなくて、棚板は変更できない。
それが一度保存してから設定しなおそうとするとどうだ、全体の色が変わるじゃねーか。
どうなってんだマジで。
それくらいならまぁまだいい。スケルトンキーボード・マウスがとにかくひどい。
あれも設置時変更できるのがサイドの色がついてる部分だけど、デフォルトの紫の上から設定色重ねてるのか何色にしても全然違う色になる。
緑系は何選んでもどう調整しても青っぽくなる。土台の紫のせいで。あ、黄緑だけは汚い池の藻の色になるよ。
黄色系はどう頑張ってもくすんで茶色みたいになる。土台の紫のせいで。
そしてこれも例に漏れず一度保存してから設定しなおそうとすると今度はキーキャップ部分も同時に色が変わる。どうなってんだよ。
これ系で言うとピンク水玉部屋のデフォ天井もそう。デフォのピンクがそもそも決まってるから真っ白にしたくても若干ピンクになる。
わけわからん。
・ライティングが変
まぁ環境光は若干落ち着かせられたりするけど、室内照明は最低にしてもなんかやたら発光してるし。
発光しすぎてよく白飛びする。
あと窓がある方が影になってたりする。おかしい。
全開の窓で白飛びするくらいの夕日が当たってても真っ黒な影。なんで?マジでなんで?
あと床と壁の隙間から光が漏れてる時がある。再起じゃ直らなかったけど一旦違う部屋開いたら直ったからあれは普通にバグだと思うけど。
・家具が少ない、偏りがある
これは教室を作ろうとしてぶつかった壁なんだけど、教卓はあるのに職員机がない。あのグレーの、スチールの、あの…伝わったか?あの机がないんだよ。
机と椅子と教卓と、ランドセルとか突っ込む後部のロッカーとか掃除ロッカーとか、黒板消しクリーナーとか、細かいものはあるのに。教室モチーフにおいてあの机だけない。
なんでなんだ。
でもシステムコンポとかラジカセとか、ポータブル音楽プレーヤーとかそういう物はない。
有料DLCで初音ミクのコンポとキモイ形のラジカセがあるくらいで、普通のそういう家具はない。
ファミコン風スーファミ風旧PS2風はあるけどPS1風はないし、GB風DSlite風はあるけどPSP風はない。
それらに比べて印刷物系がやたらと多いんだよな。そんなにいらんだろってくらい。
クロダは邪魔だし、オフにしても起動しなおすと復活してるのはダルいけど。
ポモドーロとか環境音は便利。鳥とか虫はテンポやタイミングが機械的すぎて不快だけど風鈴は結構好き。
Chill With Youはなんか話かけてくるのうざいし別にキャラクターも好みじゃないから移行できないし、類似品でるまではこれでいいかなって感じ。
スマホいじってるポーズなのにスマホじゃなくてどこ見てんだお前!ってなる!
あれ本当にきっしょい!
なんとなく立ち寄った近所のハードオフ。ジャンクコーナーの隅っこで、そいつと目が合った。
店内には中古レコードも置いてある。
昔から「レコードは音が良い」なんて意見を聞いたことがあるけど、どうせノスタルジー補正だろ?と思っていた。
サブスクで十分。そう思いながらもなんとなく無視できず、気づけば会計を済ませていた。
今の時代、スマホをタップすれば0.5秒で音が鳴る。なのに俺は慎重に、まるで壊れ物を扱うように針を下ろしていた。
「プツッ……」とスピーカーから漏れた、小さなノイズ。その直後、音が溢れ出した。
…は?なんだこれ。全然違う。「音が綺麗」とか、そういう次元の話じゃない。
そこに、人がいるんだ。
レコードから流れてくるのは、生きて、呼吸して、体温を持った肉声だった。
解像度が違うんじゃない。
温度が違う。
「音楽を消費している」のではなく、「音楽と対峙している」感覚。
聴き終わったレコードを光に透かして裏返してみた。何本のも筋が見えた。
レコードは消耗品だ。針を通すたびに溝は削れ、音は形を変え、いつかは失われていく。
現代のデジタル信仰からすれば、それは劣化であり欠陥なのかもしれない。
ステージに立つ歌手だって一曲歌うごとに喉を擦り減らし、命を削って声を届けている。
彼らの全盛期の輝きは、その瞬間にしか存在しない「消耗」の結晶だ。
一枚の円盤が削れていくスピードと、俺の人生が過ぎ去っていくスピード。
それが重なったとき、音楽はただのBGMから、二度と取り戻せない体験に変わる。
たった3,300円のジャンク品が、俺の価値観を塗り替えてしまった。
ハードオフの隅っこで埃を被っていたあの一枚は、かつて誰かの宝物だったのかもしれない。
そして今日から、それは俺の人生に「色」をくれる宝物になった。
もし最近何かに感動してないな、って思うなら今すぐ近くのハードオフへ行け。
昨日、なんとなく立ち寄った近所のハードオフ。ジャンクコーナーの隅っこで、そいつと目が合った。
店内には中古レコードも置いてある。
昔から「レコードは音が良い」なんて意見を聞いたことがあるけど、どうせノスタルジー補正だろ?と思っていた。
サブスクで十分。そう思いながらもなんとなく無視できず、気づけば会計を済ませていた。
今の時代、スマホをタップすれば0.5秒で音が鳴る。なのに俺は慎重に、まるで壊れ物を扱うように針を下ろしていた。
「プツッ……」とスピーカーから漏れた、小さなノイズ。その直後、音が溢れ出した。
…は?なんだこれ。全然違う。「音が綺麗」とか、そういう次元の話じゃない。
そこに、人がいるんだ。
レコードから流れてくるのは、生きて、呼吸して、体温を持った肉声だった。
解像度が違うんじゃない。
温度が違う。
「音楽を消費している」のではなく、「音楽と対峙している」感覚。
聴き終わったレコードを光に透かして裏返してみた。何本のも筋が見えた。
レコードは消耗品だ。針を通すたびに溝は削れ、音は形を変え、いつかは失われていく。
現代のデジタル信仰からすれば、それは劣化であり欠陥なのかもしれない。
ステージに立つ歌手だって一曲歌うごとに喉を擦り減らし、命を削って声を届けている。
彼らの全盛期の輝きは、その瞬間にしか存在しない「消耗」の結晶だ。
一枚の円盤が削れていくスピードと、俺の人生が過ぎ去っていくスピード。
それが重なったとき、音楽はただのBGMから、二度と取り戻せない体験に変わる。
たった3,300円のジャンク品が、俺の価値観を塗り替えてしまった。
ハードオフの隅っこで埃を被っていたあの一枚は、かつて誰かの宝物だったのかもしれない。
そして今日から、それは俺の人生に「色」をくれる宝物になった。
AmazonやAliexpressで売られている中国メーカーのパワーアンプの多くにはBluetooth機能が付いていますが
これが日本で使えるように技適を取得しているかどうかについて触れているレビューがほぼありません
中には技適マークが付いていないことを承知しながらも自己責任で使用して下さいと他人に注意をしたり、
アンテナを付けなければ電波が飛ばないので問題無いなどと適当なことを書く購入者が見うけられます
AIYIMAブランドはBluetoothスピーカーの技適は取得していますがアンプに関してはA01という一製品しか取得していないようです
Nobsound(Douk Audio社)とFosi Audio社に関してはどちらも総務省の技適検索サイトではヒットしませんでした
私は幼少の頃からの体験により、加害/被害という(本来なら異常な)事態へのハードルが低い。
それは私にとって当たり前のことだったし、責任の所在とか、そういうのを問うまでもない事態だった。
走る馬の手綱を握るように、人は私を加害するのだろうと思っていた。
だから、「人は加害する側もダメージを受ける」という世間一般論を聞いた時、私はただそれだけの言葉が受け入れられなかった。
どのくらい受け入れられなかったって、「ならなんであいつら私に加害しても全然平気そうなんだ?」「あ、私が人間じゃなくてバケモノだからか」「バケモノなら討伐される使命があるな」「それに対して呪いで返す使命もある」「怨霊になりたい」と連想ゲーム的に“答え”を出してしまったくらいだった。
人間たちに討伐された末、世界史に残るような大災害をもたらしたかった。
首吊りから服毒まで一通りの自殺企図をし、失敗して、何故か元気に(病気に)障害者として生きている私も、感電死は試したことがなかった。
「救急です。私は今正常ではないので今すぐ精神科病棟に入れてください」
先程私は自分を「バケモノ」と評したし、加害にも被害にも躊躇いがないと言ったが、そう、加害にも躊躇いがないタイプの、野放しにしちゃいけない狂人になる。
現に「菅原道真を超えたい」とか言ってた矢先だ。
三日分の下着と二日分の服を持ち、生まれた時から一緒にいるぬいぐるみを持ち。
トートバッグの中をパンパンにして、ガタガタ手を振るわせながら煙草を吸い、私は救急隊の到着を待った。
この状態なら、任意とはいえ1週間は入院になるだろう。病院内は普通禁煙だ。
1日3箱を吸う魔のヤニカスの私は、「自他の安全の確保のためとはいえとんでもない決断をしちまったな」とピースライトを吸っていた。
──結局、何が起きたのかはわからないが、私が搬送されたのはかかりつけの精神科だった。
なんか救急車をタクシーにしたみたいな謎の罪悪感を覚え、しかし「いや私は今すぐ私を閉じ込めろって思ってたんだけどなぁ」などと思いながら、自分が主治医に向かって何やら叫んでいるのを聞いていた。
私は解離性障害を持っている。今日もバケモノは元気いっぱい病気してた。
結局入院は翌日からとなり、タクシーで自宅に帰り(とてもじゃないが電車に乗れる体調ではない)、私は一人暮らしのリビングにでっかいキャリーケースを広げ、どうしたものかと煙草を吸っていた。
結婚していた頃入院した病院と同じ病院に入ることになるらしく、当時入っていた閉鎖病棟を思い出す。
夜通し絶叫が聞こえてくるのだ。
普通の精神状態の人間は30分泣き叫べばへとへとだし、バケモノの私でも1時間が限界だが、当時の私は隔離室の人と同じくらい、丸一日泣き叫んでいられる精神状態だった。
元夫の加虐心とメサイアコンプレックスとが混ざり合った言動に脳を破壊されてしまい、ただの適応障害の女の子だった私は結婚する頃には立派な躁鬱病になっていた。
何でそんな男と結婚したかと聞かれると、「そういう状態」に陥ってしまった人にしか説明が難しいと思う。
話が逸れたが、私は隔離室に入れられることを恐れて閉鎖病棟で縮こまっていた。
白い鉄格子のはまった窓を恨めしげに睨み、他の患者との接触を極力断ち、泣きたい時でも手の甲に爪を立てて耐えた。
当時は「存在しないおばあちゃんと常に会話をしてるお姉さん」とか、「7年前に入ってもう5年間家族と会ってないお姉さん」とか、その辺りの話を聞いて震え上がった。
そういう人たちと接触すると私もそういうふうになってしまいそうで、食事も食堂ではなく自室で摂るようになった。
自室もプライベートスペースたりえなかった。
知らないおばさんが突然個室の部屋に入ってきて、ゴールデンカムイの「誰!?ねえ誰なの!?怖いよぉ!!」のコマみたいになることがよくあった。
……………………
………………
…………
……などなど、若かりし頃の入院の思い出を思い返しながら、持ち物にひたすら名前付けをし、一人で行って帰って来れるようにデカいキャリーひとつに収まるよう荷物を選別する。
結局、先程トートバッグに入れたぬいぐるみはメンバーから外し、別のぬいぐるみを入れた。
本を大量に持つ。私は病人の分際で病人と馴れ合いたくないから。
私の希死念慮は眠くなる頃合いに強くなる。
だからレッドブルを馬鹿みたいに飲みながら、入院前夜は希死念慮から目を背けてドラマを見たり煙草を吸ったり泣いたり煙草を吸ったりコーヒーを飲んだり煙草を吸ったりしながら過ごした。眠らなかった。
結局翌朝、父が迎えに来た。
父が入院費用をカンパしてやると言ってお金をいくらか握らせてくれて(マジで助かった)、言葉少なに長い道のりを運転してくれる。
父に対しても恨みはあるはあるが、彼は不器用な愛を持っている人でもある。
健常者になれなくてごめん、良い大学を出てあげられなくてごめん、社会不適合でごめん、ちゃんとした人と結婚して子供を設けられなくてごめん。全部できなくてごめんと思いながら車の中で声を出さずに少し泣き、駐車場で下ろされた。
「ありがとう。じゃあ」
「今日はどうやっていらしたんですか」
主治医の診察を受けた。
「父の運転で」
「お父さんは?帰られたんですか?」
「私を残して帰りました。少し恨んでいます」
「そうですか〜」
「まあ、親を頼りたくなくて『じゃあ』って言ったのは私なんですけど」
「あらら〜」
主治医は入院先の病院と普段私が通っている病院を掛け持ち働いている。
バケモノの私は鳴りを顰めていた。顰めているのか?これは。
とにかく父に対して甘えとも何ともつかない感情を抱いてたことを恥じ、ネタにし、不安を押し隠して「普通」に振る舞った。
結局入れられたのは閉鎖病棟だったが、前回入った閉鎖病棟よりも1段階規制の緩い閉鎖病棟だった。
拍子抜けするくらい気楽だった。
叫んでる人は誰もいない。
宙を見つめて会話をしている人もいない。
やたら私のことを見ようとしてくる知らないおじさんはいるけど、徹底して目も合わさないように無視をしてれば加害はされなかった。もし攻撃されたとして迎撃すれば良かった。
だから私はバケモノで、だから私は閉鎖病棟に入ることになっていた。
本を読んで、音楽を聴いて、食事の喜びの一歳感じられない粗末な夕飯を食べ、……
推測するに熱すぎるとそれを使って自傷したりする患者が出るからだろう、夏場のシャワーよりもぬるい水しか出ない。
ニコチンを取れないならせめてカフェインをと思って持ってきた大量のお茶が全て無駄になった。
受難すぎた。
あまりにも困難な道のりだし、しかもこれを乗り越えてしまえば清らかな人間になれるであろうことが目に見えた。
もう最終的に列聖くらいしてもらえなければ意味がわからなかった。
血の涙を流す思いで「自分のためにもみんなのためにも」と私は閉鎖病棟の個室の狭いベッドに縮こまっていた。
現在の話をしよう。
知り合いの女性がジュースとお菓子の差し入れをしてくれて、私は時折チョコを口に含みながらこれを書いている。
ニコチンの峠は超えた。
カフェインは自販機で缶コーヒーを買ったが、「缶は凶器になり得る」ので、紙コップに移し替えさせられた。
部屋の前からは男女の怒鳴り声がするが、これは耳の遠いおじさんが娘さんとスピーカーにして通話をしてるからで、先ほどから看護師さんたちがおじさんから携帯を取り上げようと奮闘している。
先述した、やたら見てくる男性は私が自販機から帰ってきた時もニコニコしながらこちらに話しかけたさそうにしていたし、私はちゃんと無視をした。病人舐めの病人なので、病人と馴れ合いたくないのだ。
窓に鉄格子はなく、なんなら外に出られる中庭すら存在する閉鎖病棟。
誰も私の部屋に突然入ってこない。
長閑すぎる。
風呂に入れる日が決まってることと、飯が不味すぎること(前回はこんなに不味くなかったので絶対コストカットされた)、煙草が吸えないこと、ひきたてのコーヒーが飲めないこと、仕事をするPCがないこと、大好きなぬいぐるみがいないこと、大好きな観葉植物たちがないことを除けば、生活は概ね何とかなる。
つまり何ともならない。
早く出たい。一刻も早くここから出たい。
早く助かりたい。
いつごろからだったか。いや、正確には覚えていない。覚えていないのだが、どうもある日を境に、「ふん・ふん・ふん・ふん」という若い女性の相槌に、妙に心がざわつくようになった。
オンライン会議の、あの頼りないスピーカーの向こうから、かすかに聞こえてくるやつだ。主役ではない。あくまで脇役。
だが、妙に気になる。気になるどころか、場合によっては、うっかりしていると、そちらが主役になってしまう。
相槌に色気を感じる、というのは、これはまあ、冷静に考えれば、なかなかどうして、けっこうなヘンタイである。
しかし、ここで「これはおかしい」と強く意識してしまうと、どうも逆効果らしい。
かゆいところを掻くと、かえってかゆくなる、あの感じだ。
なので俺はいま、この症状については、あえて深追いせず、静かに経過観察をしている。
……いや、待てよ、と、ここで思う。
俺はどうも「ふん・ふん・ふん・ふん」という一点に、過度に執着しているのではないか。
少し距離を置いて、何に反応し、何に反応しないのかを、冷静に見比べてみる必要があるのではないか。
そう考えたとたん、世の中には——いや、正確に言えば俺の周辺には——実に不愉快な相槌というものが、いくらでも存在することに気づく。
筆頭は、あれだ。口をきゅっとへの字に結んだおっさんが放つ、「ウン!……ウン!! っでね!それはね!」である。
こちらが何か話そうとしているのに、途中から完全にハンドルを奪っていく、あの感じ。
まるでこちらが何もわかっていない人間であるかのように扱われる、あの居心地の悪さ。あれは、いけない。
女性の「あ~わかるわかる、それってアレじゃな~い?」というのもあるが、これはまあ、アレの中身次第である。
場合によっては許せるし、場合によってはやはりモヤっとする。しかし、あの「ウン!!」ほどの破壊力はない。
同じ「相槌」でありながら、この差は何なのか。
ここを突き詰めれば、「ふん・ふん・ふん・ふん」の正体に迫れるのではないか、と、俺は一瞬、学者のような気分になってきた!
・・なってはきたのだが、しばらく考えた結果、「結局、あのオヤジが気に入らないだけではないか」という、きわめて身もふたもない結論にたどり着いてしまい、研究は頓挫した。
いっこうに悟りを開けないので、思い切って発想を変えてみることにした。
不快なものから快の本質を探るのは無理がある。ウンコからカレーの本質を導こうとするようなものである。これは空しい。
むしろ、似た性質の「良いもの同士」を重ね合わせたほうがよいのではないか。ワインと料理のマリアージュのように、互いを引き立てあう関係を探るのである。
そうして思い出したのが、「うん……わかった……」という、低いトーンの相槌である。電話越しに聞こえてくる、あれだ。どこか夕暮れの匂いがする。羊が、犬に追われるでもなく、ただなんとなく帰っていくような、あの感じ。生活の哀愁、とでもいうのか。
なぜこれが、よりによって、エロいのか。自分でもまったく説明がつかない。俺の頭は、いったいどこでショートしているのか。
では、「ふん・ふん・ふん・ふん」と「うん……わかった……」の共通点は何か。
考えてみると、どうもどちらも、「こちらが主導権を握っている場面」で発生している気がする。
こちらが話している。こちらが流れを作っている。そのなかで返ってくる、適度に従順で、しかし完全には崩れていない応答。
「うん……わかった……」が、牧舎に帰る羊だとすれば、「ふん・ふん・ふん・ふん」は、騎手の合図に応じてリズムを刻む馬である。
そう考えると、「ウン!!」の不快さも腑に落ちる。あれは、こちらのターンであるはずなのに、いきなり相手に手綱を奪われるから腹が立つのだ。
……なるほど。
謎は、たしかに、少しだけ解けた気がする。
ここに、どうにもならない壁がある。煩悩というのは、理解したからといって消えるものではないらしい。
押すタイミングが合う → 振幅が増える
この関係は数式で表すと f = f_0
外からの刺激の周波数 f が、系の固有振動数 f_0 に一致するとき → エネルギーがどんどん増幅される
「特定世界にアクセスする」=その周波数に合わせる → 同じ性質の情報・人・環境が“共鳴して集まる
もう一つはこれだ
Δ S ≧ 0
情報の質が低い状態(=雑な思考)にいるとより無秩序な情報が入りやすくなる。
例えば
馬鹿な情報に触れる → 判断が鈍る → さらに馬鹿な情報を選びやすくなる
❌ 「世界が寄ってくる」わけではない
それは「自分たちが戦争を起こす人間になる」と微塵も思ってないところなんだよな。
高市首相も進次郎も自民の改憲内容だって「戦争推進」なんてしてない。
だけれど「戦争反対」の人たちは、だんだんと戦争可能になっていくと疑っている。
与党を勝手に悪魔化してるけど自分が悪魔になるとは思っていない。
考えてみれば「戦争反対」の人たちは内乱を起こしたり、自分たちが有利になるよう
(今さんざん言われてる)外患誘致をしたりしても不思議ではない。
しばき隊のような人たちが増えまくればそんなことも起こる。
「戦争反対」の人たちは、太平洋戦争中の戦争推進庶民に似てないだろうか?
上からの情報には疑いもたずリポストリポスト。(なぜかこの行動を取る人が多い)
とかとか。もうちょっと落ち着いていこうぜ。
ポートランド第三区の和菓子屋「福来堂」は、今日も政府認可の甘味音楽を流して開店した。〈餡は心の調和を保つ〉──スピーカーが繰り返す。
吉崎誠司は木べらでこし餡を練りながら、視線だけを天井の監視カメラに向けた。小さな赤ランプが点滅している。いつも通りだ。
だが、厨房の奥、床下の鉄蓋の向こうには、もうひとつの世界があった。
湿り気を帯びた空気と、焦げた砂糖のような重い香り。それがここ数カ月で彼のすべてを狂わせていた。
“チョコレート”。
その名を口にするだけで、味覚庁のデータ監視に引っかかる。だが吉崎は、昨夜もひと欠片だけそれを口に入れた。
舌の上でひろがった瞬間、彼は見た――碧い空、星条旗、そして女性の声。
「ここは、君たちが夢見た国じゃない」
夜、店を閉めたあと。福来堂の照明をすべて落とし、吉崎は床下の鉄蓋を開けた。
下から微かな風が吹き上がってくる。湿った香りの中に、ほのかな甘苦さが混じっている。
地下通路は都市の古い地下鉄跡を利用して作られた密輸ルートだ。壁には褪せた英語の看板が残り、“Downtown Portland”と読めた。英語を読める市民は、もうほとんどいない。
彼女がそこにいた。
黒い作業服の女。顔の半分をマスクで覆い、手元で何かを溶かしている。
チョコの香りだった。濃密で、温度を持った空気が吉崎の肌を打つ。
「間に合ったね」
女は言った。
「味覚庁の嗅覚ドローンが北側に出た。あと十五分もすればこっちへ来る」
吉崎は頷き、懐から銀紙の包みを取り出す。それを見た彼女の目がわずかに揺れた。
彼は答えない。ただ包みを差し出した。
女は指先でそれを受け取り、銀紙をそっと剥がす。
闇の中で、それが黒曜石のように照り返した瞬間、彼女は小さく息を呑む。
「ねえ、誠司。これを食べたことがある?」
女の声の奥に、懐かしさと恐れが混じっていた。
吉崎は少し黙ってから、答えた。
「夢の中でなら、ある」
静寂。遠くでドローンの羽音。
そして彼女は微笑んだ──それは、まるで昔どこかで見たような、外国人の笑い方だった。
低い振動音が、地下の壁を震わせた。
最初は換気装置の唸りかと思った。だが、音はすぐに形を持ちはじめる──鼻腔の中をくすぐるような音、金属の羽根が空気を切る音。
女が囁いた。
天井の隙間から、青白い探知光が漏れた。光に触れた空気が、甘く、焦げた匂いに変わる。ドローンはにおいの分子を分析し、対象の“甘味指数”を計測する機能を持つ。
吉崎はとっさに鉄蓋を閉じ、換気扇を停止させた。
しかし、遅かった。音がさらに近づいている。カタカタと金属が擦れる音、嗅覚フィルターの唸り──“甘味庁モデル・二型”の特徴音だ。
女は銀紙の包みを胸に抱き、短く言った。
「もし見つかったら、嘘をついて。あなたはただの和菓子職人。チョコなんて知らないって」
その瞬間、天井板が破裂した。
ドローンが三体。人間の顔ほどの球体が、滑るように近づいてくる。
吉崎は無意識に胸のポケットへ手を滑らせた。そこには、昨日の夜食べ残した一欠片のチョコがあった。
──そして世界が裏返る。
光が消え、ドローンの音も消えた。代わりに耳に届いたのは、鐘の音。
見上げると、そこは教会だった。木の梁、ステンドグラス、風。外の空は青い。
「ここが、あなたが忘れた方の国よ」
それだけ言うと、彼女は微笑んだ。
吉崎の舌の上には、まだ甘苦い味が残っていた。
ダンナが私の上に乗ってくる。
部屋の空気が少し重くなる。
「いい?」と彼は言う。
何が「いい?」のか、よくわからない。
彼の声は、質問というよりも、もう決まってしまっている事柄の確認のように聞こえる。
私が「いい」と言わなくても、世界はその方向に動いていく。電車のレールのように。
それは興奮ではなくて、防御だ。
ちょうど、曇り空の下でアスファルトが静かに湿気を吸い込むように。
ダンナの動きに合わせて、私の皮膚が形だけの応答を返す。
けれど、そこに私の心はいない。
私は天井の白いシミを見つめながら、遠くの記憶を思い出していた。
けれど、それは私ではない。
ダンナの呼吸が、壊れかけたジャズセッションのように響いている。
テンポが微妙にずれていて、メロディのない音だけが空間に残る。
どこか遠くでサックスが鳴っている気がした。
それは、私の頭の奥に住みついた古い記憶のBGMみたいなものだった。
天井のシミは、白い海のように波打って見えた。
そこに小さな船のような夢を浮かべて、私は少しだけ眠りかける。
現実の時間がひどく不格好に歪んで、まるでゆっくり回転するレコードの中心がずれているみたいだった。
ふと、彼の肌の匂いが鼻をかすめる。
けれど今は違う。
甘く淀んだ加齢臭がその奥に混じっている。
それを嗅いだ瞬間、胸の奥に小さな波が立つ。
懐かしさと嫌悪が同時に押し寄せて、私はどちらにも身を預けられない。
ダンナの声が、遠くのスピーカーから流れる音のようにぼやける。
何を言っているのかはわからない。
私はまだ夢の途中にいる。
そこでは、私はひとりでピアノを弾いている。
誰のためでもなく、私のために。
そして、ほんの少しの静寂。
満足した彼は、身体をどかすこともなく、私の上で重い呼吸をひとつ吐いた。
その息が私の首筋にかかる。少し湿っていて、夏の終わりの風みたいだった。
彼は何かを拭くようにシーツを掴み、その指先で私の肌に触れた。無遠慮で、悪気のない仕草。
世界が一瞬だけ、無音になる。
私は目を閉じたまま、遠くのピアノを思い出していた。
夢の中で弾いていたあの旋律。
あれはいったい、どんな曲だったのだろう。
鼻の奥にはまだ、彼の皮膚の匂いが残っている。
外では、最終電車がレールの上を滑っていった。
私の心は、その少し後ろを歩いていた。
前編
https://anond.hatelabo.jp/20260324191631
社協から指定された担当者「Bさん」に電話をかけ、再び福祉課との交渉が始まりました。
社協と役所を行ったり来たり、まるで無限ループのようなたらい回し。本当にうんざりしますが、これが彼らの消耗戦術(こちらの心を折るための高品質なシステム)なのだとしみじみと感じました。
話の結果、翌日、Bさんが友人の自宅まで来て「相談」に乗るという言質を取りました。
しかし、ここで油断はできません。「相談」という名目で訪問し、「今回は申請は難しいですね」と言いくるめて帰るのが、彼らの常套手段だからです。
私は通話中の友人に、裏チャットで強い指示を飛ばしました。 「『相談したい』ではなく、必ず『生活保護を申請したい』と言葉にして伝えて」
そして通話の最後、私はついに「友人」越しではなく、自分の声で直接、Bさんに話しかけました。
これまで背後で指示を出していた私が、初めて表舞台に出た瞬間です。
「明日の訪問時、支援者として私が(オンラインで)同席させていただきます」 そう通告した上で、私は努めて冷静に、しかし最大限の圧力を込めてこう告げました。
「Bさん。明日はぜひ、法的に適切で、福祉課として誠実な対応をお願いします」
そして、ダメ押しの一言を付け加えました。 「なお、これまでの社協や窓口とのやり取りは全て録音しています。 もちろん、明日の会話も全て記録させていただきますので、そのつもりでお願いします」
電話の向こうの空気が、ピリッと張り詰めるのが分かりました。 これで舞台は整いました。もう、あやふやな対応は許されません。
翌日、Bさんは約束通り友人の自宅にやってきました。 驚いたことに、同行していたもう一人の職員は、最初の電話で横柄な態度を取り、ガチャ切りをした「先鋒部隊」でした。 ここが最後の正念場。システムが本番稼働(申請受理)するかどうかの「実地監査」です。私はスピーカーフォン越しに「監査役」として同席しました。
彼らは部屋を見回した後、聞き取りを開始しました。 序盤、Bさんは事務的に、そして少し意地悪くこう聞きました。 「でも、本気で自殺を考えることなんて、実際にはなかったんですよね?」
これは、「希死念慮(緊急性)がない」という言質を取り、保護の必要性を下げるための誘導尋問ではないかと感じました。
しかし、友人は震える声で、否定しました。 「いいえ。本気で死にたいと思っていましたし、今もその衝動があります」
こちらの「本気度」と、私の監視(録音)があること、そして何より友人の切実な訴えが通じたのか。 あんなに攻撃的だった彼らの態度が、徐々に軟化していったのです。
「これまで、本当に大変でしたね……」
中盤からは、友人の苦しい境遇に耳を傾け、親身になって書類を作成してくれました。 結果として調査は1時間半にも及びましたが、全ての書類を書き終えた頃には、最初の険悪な雰囲気は消えていました。
帰り際、あの横柄だった職員が、友人に頭を下げました。 「電話口では、申し訳ありませんでした」
そしてBさんも、「申請は確かに受理しました。審査結果が出たら、また家まで説明に来ます」と約束してくれました。
冷静に振り返れば、彼らにとっても私たちは「厄介なデスマーチ案件」だったはずです。 何の状況の説明もなしに警察に通報していきなり申請し、電話でゴネて、正体不明の支援者がリモートで介入してくる。現場からすれば「どういうことやねん」と警戒して当然のイレギュラー対応だったでしょう。 それでも、彼らは最終的に、法に則り誠実に、行政としての職務を全うしてくれました。
私たちも、あまりにスピーディーで強引な申請だったねと振り返りました。しかし、友人の命を守るためには、このスピード感しかあり得なかったと思っています。
申請書は受理され、水際作戦というバグは”運用によってカバー”され、”友人の生活”がシステムのフローに乗りました。
そして何より、友人が「やっと安心できた感じがする」と言っていました。
友人が、この世界に対して感じていた「生きづらさ」、その一つから解放するきっかけを与えられたのだと、心から嬉しい気持ちでした。
なお、その後社協の担当者の方には、今までの非礼と協力への感謝を伝えました。
まず、今回の勝利はあくまで「水際作戦という理不尽なブロックを突破した」というだけであり、友人が救われたわけではありません。
友人の困難な状況から救われたわけでも、貧困から脱出したわけでもない。あくまで「生存権を行使するスタートライン」に立っただけです。
これからの生活の立て直しこそが本番であり、私たちはまだ課題の渦中にいます。
私は法律の専門家でもなんでもない、ただのQAエンジニアです。
今回の私の行動は、YouTubeで見た「こたけ正義感」さんの「弁論」に感化され、見よう見まねで権利を主張しただけのものです。
はたから見れば、”正義感”に酔った「痛い素人」に映ったかもしれません。
それでも、私は間違っていなかったと断言できます。
私の倫理観に照らし合わせて、目の前の友人が今日生き延びるための道を開くことができた。その結果こそがすべてだからです。
たとえ手法が素人の模倣であったとしても、それが人の命を守るトリガーになったのなら、それは「正しい運用」だったと私は考えます。
そして友人自身が「安心できた」と言っていた一言を漏らしたこと、これは私自身が友人に心から理解して欲しかったことです。
「あなたは安心して生きてていいし、そのために戦える人がいる(私です)」
今回の件で行政や担当者を「悪人」と断じるのは簡単ですが、それに対しても、私は少し違和感を持ちます。
しかし、私が今思いを馳せるのは、「供給不正」とでも呼ぶべき現象です。
これは、担当者個人の資質というよりも、「制度設計そのもののバグ」であり、「運用プロセスの破綻」だと思えてなりません。
現場の人間が、設計ミスの起きた歪んだシステムを、無理やり人力で運用している。その「歪み」のしわ寄せが、弱い立場の人間の生存権を脅かしているのです。
行政が悪い、担当者が悪い、で終わらせてはいけないと考えています。
この歪んだシステムそのものを根本分析し、直していかなければ、私たちは大切な人の命を守ることができない。
「1人のエンジニア」として、そう強く感じざるを得ない一件でした。
・客ガチャなし
凄すぎる・・・。
その昔、まだレンタルビデオの画質がガビガビで映画館で見るのに比べて圧倒的に安いとは言い難かった頃でさえ多くの人がレンタルビデオで映画を見ていた理由がよく分かる。
そもそも映画館というものはハズレを引いたときが駄目駄目すぎるのだ。
スピーカーの音質や配置がでたらめだったり、照明の管理がずさんだったり、時には上映中の音ズレやフリーズなんかも起きるのだから。
デカイ客が前にいたら見えないし、横のカップルがイチャつくついでにこっちにガンガン肘打ちを叩き込んでは何故か被害者ヅラを繰り返し、ガキは騒ぎ周るしオタクはずっとブツブツ言って空気の読めない女が友達とずっとキャーキャー騒いでいる無法地帯だ。
フードだって近所のスーパーで2Lのコーラを買って山盛りのキャラメルポップコーンを用意しても500円で済むことを考えると異常なほどの物価高だ。
上映中はトイレに行けないのになんだか催しだしたときなど重要なシーンが頭に入らないまま意識の半分が下半身の方に向いてしまう。
画面に写ったメールの詳細を見るための一時停止も出来ないし、いい感じのアクションシーンを戻ってもう1度見ることも不可能、退屈なシーンの倍速再生も出来なければ変顔チェックの逆倍速再生も出来ないと来ている。
不便すぎる。
この不便さを「映画らしさ」だとのたまう輩は自分の頭の悪さに自覚がないスノッブでしかない。
もちろん大画面大音量のために交通費フード込み4000円払って見る映画には特別な良さがあるが、それを「一番だ」「正規だ」「他は冒涜だ」と言い張る連中はただのカスだ。
旦那さんの会社は人数や部署が多く、飲み会が多い。今日も飲み会、先週も飲み会。明日も飲み会である。
我が家は二人暮らしで子育てなどのタスクが発生しないからか、夫婦それぞれのプライベートには寛容だ。たまのことだし、夜どれだけ遅くなっても特に気にならない。いってらっさい!と送り出す。
楽しんできたらええと思うのだけど、旦那さんは飲み会の途中でよく電話をかけてくる。「今から二次会!先に寝ててね!」とか「今みんなで嫁ちゃんの話してた!」とか。たまにみんながいるところでスピーカーで話したりするのでやっかいである。あと飲み会の写真とかしょーもないLINEとかも随時送られがち。
こちらはだいたい家で暇してるので即レスをする。最初のうちは嫁に心配をかけまいと思ってこまめに連絡してるのかなと思ってたけど、最近気づいた。
これあれや!「酔うと好きな人に電話かけたくなるやつ」や!と。
だいたい電話が来るときはヘラヘラご機嫌なのだ。旦那さんは私が大好きなので、みんなにも私の存在を知ってもらいたいとよく話してる。(絶世の美女として紹介されるならまだしも、我が家のサモエドです!みたいな感じで紹介したいようで絶対にごめんだが)どうも、隙あらばみんなに私を知らせたいし、隙あらば私と喋りたくなっているようだ。
そういえばおったな!10代とか20代で酔うと好きな人に電話するやつ!
なんなら私もやってたわ!帰り道とかコンビニでアイス食べながらな!つい電話しちゃうやつ!
もうあんな感覚すっかり忘れとったわ!でも旦那のこの行為、多分あれやな!
と、思わず地元の言葉になってしまう衝撃レベルの気づきを得た。まあ彼は私のことが大好きだからな。
家に帰ればいるし、毎日いつでも連絡取れるのに、酔って思い出しちゃうの私なの超かわいーじゃん。
楽しんでおいでね。
AIに聞いてみた
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+半導体・・