■ 3位決定戦1968年に行われたメキシコ五輪で銅メダルに輝いたことは、日本サッカー界が成し遂げた偉業の1つと言えるが、中でも、メダル獲得が決まった地元・メキシコとの3位決定戦は、サッカーファンの間では、伝説の一戦となっている。中でも、「20万ドルの左足を持つ」と称された名ウイングのFW杉山隆一が左サイドからクロスを上げて、中央のFW釜本邦茂が左足で決めた先制ゴールは、広く知られている。メキシコ五輪の日本代表チームというと、このシーンを思い浮かべる人がほとんどだと思う。
ただ、フルタイムの映像は見たことが無くて、ハイライト映像しか見たことが無かった。「一度、フルタイムの映像を観てみたい。」と思っていたが、なかなか、その機会が無いまま時間だけが過ぎていたが、8月24日(土)にBS1でフルタイムの放送が為されたので、90分の映像を観ることができた。1960年代どころか、1970年代でさえ生まれておらず、「フルタイムで観た試合」の中でもっとも古いのが、1970年のW杯決勝のブラジルとイタリアの試合だったので、今回、それを更新することになった。
「メキシコ五輪の試合をフルタイムで観たい。」と思っても、なかなか実現できなかったのは当たり前で、この試合というのは、1968年当時も、後半の一部だけが衛星中継されて、NHKもフルタイムの映像を持っていなかったという。そのため、「幻の試合中継」とされていたようだが、今年の4月にメキシコのテレビ局に2インチテープの形で映像が残っていることが判明して、今回のBS1でのフルタイム放送の実現につながったという。
■ 今と昔の違い試合は前半20分に左サイドのFW杉山のクロスからFW釜本が決めて日本が先制すると、前半40分にも同じくFW杉山のクロスからFW釜本がミドルシュートを決めて2対0とリードを広げる。2点を追うメキシコは、後半開始早々にPKを獲得するが、守護神のGK横山が防いでゴールならず。後半はメキシコがポゼッションで圧倒したが、決定打を出すことはできなくて、2対0で日本が勝利して、初の銅メダル獲得となった。そして、トータルで7ゴールを挙げたFW釜本は大会の得点王に輝いた。
45年前の試合となるが、今のサッカーと似ているところもあるし、全く違っているところもある点が、面白い。日本代表は4バック+3トップで、「4-1-2-3」のようなシステムを採用しているが、DF鎌田光夫がスイーパー役で、DF片山洋とDF小城得達とDF山口芳忠の後ろに構えている。一応、4バックのような感じになっているが、3人の選手がいて、さらにその後ろをカバーする選手が控えているという点は、ラインを統率してコンパクトに戦うことが常識になっている現代サッカーと比べると違和感はある。
ただ、昔は、これが一般的だった。リトバルスキ監督がチームを指揮していた2008年のアビスパ福岡がDF布部をスイーパーに置くという守備的なサッカーを見せた時期があったが、近年のJリーグでスイーパー役を置くサッカーをしたのは、このときの福岡くらいで、ある意味では非常に新鮮な感じがしたが、主流となるやり方は、何年かごとに変わっていく。ちょっと時間が経つと、新しいものが古臭く感じるようになって、古いと思われていたものが新しく感じるようになるのは、面白いところである。
■ ボールの違い前半は2対0で日本がリードしたが、後半はメキシコが一方的に攻め込む展開となった。前述のとおり、後半開始早々のPKは失敗したが、圧倒的にボールを支配して、前半は攻撃の局面で目立っていたMF渡辺正なども、ほとんど攻撃に絡めなくなった。ボールを奪っても、苦し紛れに前に大きく蹴るだけの時間が続いたが、メキシコチームもかなり焦っていて、パスやクロスの精度を著しく欠いたので、PKを除くと、ほとんど決定機は無かった。守護神のGK横山謙三がビッグセーブで防ぐシーンはほとんど無かった。
感じるのは、ボールの違いである。最近のボールは進化していて、「キーパー泣かせ」と言われているが、当時のボールというのは、重たく感じる。シュートチャンスになってもクリーンヒットすることがほとんどなくて、コロコロとキーパーにとってイージーなシュートで終わることが多かった。したがって、45年前のボールは本当にジャストミートしないといいシュートにはならなかったと思うが、その点を踏まえると、2点目のFW釜本のミドルシュートというのは、もっと評価されるべきなのかもしれない。
キーパーで1つ気になったのは、後半にメキシコに攻め込まれる時間が続いて、せっかくボールをキャッチして時間を稼げそうなシチュエーションになったときでも、GK横山がすぐにボールを前に大きく蹴ってしまうことである。現代のキーパーであれば、味方が休む時間を作るために、ゆっくりと次の動作に入ると思うが、そういうことは無いので、せっかくボールを奪っても、すぐに相手ボールになることが多かった。現代の感覚で試合を観ていると、「そんなに慌てなくてもいいのに・・・。」と思ってしまう。
ただ、小細工のようなものは無くて、日本の選手も、メキシコの選手も、無駄に時間をかけることが無いので、スピーディーに試合が進んでいく。そのため、現代サッカーでありがちなストレスは感じない。アクチュアル・プレイング・タイムという言葉は、当時は無かったと思うが、そういう類の言葉は必要ではなかったと言えるだろう。結局、前半も後半も全くロスタイムが無くて、45分が経過したら、すぐに終了のホイッスルが鳴ったが、こういうところは見習うべきなのかもしれない。
■ 日本代表の2大スター個々の選手では、2大スターと言われたFW釜本邦茂とFW杉山隆一の2人は別格だった。メキシコ五輪では日本代表は9ゴールを挙げているが、そのうちの7ゴールがFW釜本のゴールで、FW杉山は5つのアシストを記録している。(その他では、MF渡辺正が2ゴールをマークしている。)3位決定戦でも、FW杉山→FW釜本のラインから2ゴールが生まれているが、まさしくホットラインであり、「黄金コンビ」と言われるのも納得である。
FW杉山は169センチで67キロということで、それほど大きな選手ではないが、圧倒的なスピードが相手の脅威となった。左ウイングでプレーしており、「20万ドルの左足」と形容されているので、「レフティなのか?」という疑問もあったが、映像を見る限りでは、「左足も巧みにこなす右利きのウインガー」で、運動量も豊富で、守備での貢献度も高い。エースのFW釜本に負けず劣らずの人気選手だったことは、3位決定戦のメキシコだけを観ても良く分かる。プレーに華があって、期待感を抱かせる選手である。
一方のFW釜本は179cmで79キロなので、体格に恵まれている。今の基準で考えると、CFとしては標準的なサイズと言えるが、45年前というと、今よりも小さい選手が多いので、ピッチ上ではかなり目立つ。後半はロングボールが多くなって、FW釜本の仕事量が多くなったが、空中戦でイーブンに近い状態で競り合たっときは、高い確率で相手DFに競り勝つことができる。前半終了間際のMF宮本輝紀の決定機につながった落としなどは、最高のプレーだった。
もちろん、2得点というのも評価されるべきであるが、それ以外のところでの貢献度も非常に高い。ポストワークはもちろんのこと、守備でもチームを助けている。FW釜本というと、どちらかというと自己中心的なストライカーで、「ゴール前以外ではあまり仕事をしない。」というイメージもあったが、フルタイムで試合を観ると、全くそういうことはなかった。優秀なストライカーであると同時に、フォワードとしても優秀で、こういう選手が最前線にいるチームが強いのは当たり前である。
昔の選手の凄さを知ろうとするとき、数字というのは、分かりやすい指標となる。FW釜本の場合は、国際Aマッチでのゴール数(76試合で75得点)でもよく分かるが、90分の映像を観ると、もっとストレートに凄さが伝わってくる。右ウイングでプレーしているFW松本育夫(前鳥栖監督)、中盤の下がり目でプレーするMF森孝慈(元日本代表監督)、天才パサーと言われたMF宮本輝紀らのプレーも興味深かったが、不世出のストライカーと言われるFW釜本のプレーを観ることができただけでも、価値がある。
Jリーグが始まって20年が経過した。Jリーグ発足が日本サッカー界の大躍進につながったのは間違いないが、それ以前の日本サッカー界を支えた人はたくさんいる。プロ野球の場合は、OBの人たちが大きな顔をして、古き良き時代の雄姿を語る場面をよく見るが、サッカーの場合は、Jリーグ誕生よりも前の時代に活躍した選手がクローズアップされる機会はほとんどなくて、メキシコ五輪の銅メダルメンバーですら、「あまり知られていない選手が何人もいる。」というのが、実情である。
こういう状況というのは、あまりいいことだとは思わない。もちろん、「懐古主義」というのはあまりいいことではない。メキシコ五輪の栄光に捉われ過ぎて失敗したところもあるので、バランスというのは非常に大事になってくるが、ここ最近の日本サッカー界は先のことを考え過ぎていて、そういう部分が蔑ろにされているのではないか?と感じるときもある。日本サッカーを支えてきたOBたちの功績をきちんと伝えていくことは非常に大事なことだと思う。
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