はてなキーワード: 念頭とは
「彼は馬鹿です」って文章で、彼以外のことについて何かこの文章が情報が必ず含まれているように解釈しちゃうタイプか?
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260514103718# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCagUnjAAKCRBwMdsubs4+ SNFuAQD0fw9zbHO5D65QQXwqaTnyG3nhqd2d0HWlfvd4iw9csAEAuuJGPhVgasyQ yV60iDnuahJzrf6cOZmfADoYntyk4Ak= =isET -----END PGP SIGNATURE-----
@新刊発売予定、というのは@の意味を意図通りに解釈させる、ひいては@の前の部分が名前に相当するものであることを正しく解釈させるための方便に過ぎない。
特にブクマ民は鈍いと思われ、よほどわかりやすく名前を表示していなければすぐ増田呼びするだろう。そんな彼らを特に念頭に置いた方策だ。
以前は「@執筆依頼募集中」としていたわけだが、これよりも上記の方が旧ツイッター特有のアカウント名に対するアットマークの使い方として類似例が多そうで、そういうニュアンスでの記号使用であることをより確実に伝えられるだろうと考えた。
実際には本を出すことはないが、嘘をつきたくなくないから、予定と添えておけば嘘にならないと考えたから。
新刊発売する気がない人間からは最後まで新刊が出ることはないことがありえるわけだが、そうだとしても予定と書いてある以上延々と延期した結果まだ出ないのかなと思われるだけで嘘とは断定できないわけだ。
dorawiiより
dorawiiより
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「どのような国を作り上げたいのか、理想の姿を物語るものが憲法です」
4月12日、東京都内のホテルで開かれた自民党大会。総裁の高市早苗首相は演説で、改憲に意欲を示した。
「理想の日本国を文字にして、歴史という書物の新たなページに刻もう。そのページをめくるべきかどうか、国民に堂々と問おうではありませんか。立党から70年、時は来ました」
党大会での力強さとは対照的に、高市氏は国会では、憲法の価値を語りたがらない。
トランプ米大統領から、イラン攻撃に伴いホルムズ海峡への艦艇派遣を求められていたが、3月19日の日米首脳会談では応じなかった。その時に憲法に触れていたが、国会では「法律の範囲内で、できることとできないことを説明した」と答弁。「9条を盾にしたということはない」とも主張した。
野党が繰り返し質問すると、高市氏はようやく「(トランプ氏に)憲法についても話した」と認めた。
9条も含めた改憲の旗を振りながら、トランプ氏の要求を憲法でかわす――。
過去の発言などをたどると、1955年に自民党が結党されて以来、根強くある「押しつけ論」と、いまの憲法では日本を守れないという意識が見えてくる。
押しつけ論とは、憲法は敗戦直後の占領下に、連合国軍総司令部(GHQ)に押しつけられたという考え方だ。高市氏が尊敬する安倍晋三元首相も同様の考えをもっていた。
高市氏は2000年の衆院憲法調査会で、「アメリカの心でなく日本の心を持った、私たちの時代の私たちの憲法を書き上げる強い決意」を示した。憲法の前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分について、「非常におめでたい一文を、改憲の機会があれば真っ先に変えよう」と語った。
4月の党大会の演説では、どの項目を改正するかには触れなかった。ただ、9条を念頭にした発言がちりばめられていた。
自衛隊は違憲との考え方や運用上の制約があることに触れ、「(自民党の)立党宣言では、自主独立の権威を回復することが政治の使命だとうたっている」と強調。「日本人の手による自主的な憲法改正は党是」と訴えた。
高市氏、戦力不保持は「不的確」
9条で「戦力不保持」を掲げる2項は、「独立した主権国家の憲法としては不的確な表現」であり、削除して「国防軍」をつくるというのが高市氏の持論だ。
首相になる数カ月前の衆院憲法審査会では、「9条については自民党の憲法草案がベスト」と発言した。「憲法草案」は、政権から下野した自民が12年につくった。その9条2項ではこう書かれている。
「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」
「戦力不保持」を削り、国防軍を設ける。
連立政権を組む相手が、公明党から日本維新の会に代わると、連立政権合意書で、実現させる政策に9条改正が盛り込まれた。維新も「国防軍保持」を掲げている。
ただ、2月の衆院選中の演説で、高市氏は「憲法になぜ、自衛隊を書いちゃいけないんですか。誇りを守り、実力組織として位置づける。当たり前の憲法改正もやらせてください」と訴えた。
これは、安倍氏のもと自民党が18年にまとめた「改憲4項目」に沿った発言だ。優先すべき4項目の中に、戦争放棄・戦力不保持を掲げる9条への自衛隊明記がある。
自民党の草案は国防軍を設ける内容だが、改憲4項目は「戦力不保持」を維持し自衛隊を明記している。高市氏は首相になってからは、国防軍よりハードルの低い自衛隊明記を重視する発言が目立っている。
4月の参院予算委員会。立憲民主党の三上絵里氏に、目指すべき改憲と「専守防衛」の関係について問われ、「専守防衛は、現行憲法の精神にのっとったもので、我が国の防衛の基本的な方針として堅持してきている。私の考えとしても変わりません」と語った。
戦後の基本政策である専守防衛は、攻められて初めて使う必要最小限度の力を持つという、今の自衛隊を前提とした考え方だ。高市氏の持論の国防軍とは相いれない。
また、高市氏は別の議員に問われ、「9条を改正したからといって、現に戦闘が行われているところに自衛隊を派遣できる内容になるのかどうか」とも話した。
持論で自民草案や維新が掲げる国防軍か、それとも、改憲4項目にある自衛隊明記か。
高市氏は党大会で「改正の発議に何とかメドが立った、と言える状態で来年の党大会を迎えたい」と述べ、1年後を区切りに指定した。しかし、何を改憲するかは明らかにしていない。
平和主義を具体化した9条は世論調査でも支持が高い。また、中東情勢による経済危機を避けることが急がれる。高市氏が師と仰ぐ安倍氏も、まずは「アベノミクス」による経済政策を優先させ、国政選挙での勝利を重ねることを重視した。
その姿を、高市氏は見ている。
https://digital.asahi.com/articles/ASV512JQFV51UTFK00VM.html
まず、因果推論全般では、「相関がある/ない」と「因果関係がある/ない」を同じ軸で考えない。
相関は、観測されたデータ上で見える関係である。因果は、一方を変えたときに、もう一方が変わると考えられる関係である。
なお、「相関がない」と書くと完全に無関係であるように読めるため、以下では原則として「相関が見える/見えない」と書く。
そのため、全体像としては、次のような2×2で整理するとわかりやすい。
| 分類 | 因果関係がある | 因果関係がない |
|---|---|---|
| 相関が見える | A. 因果関係が相関として見えている | B. 見かけ上の相関 |
| 相関が見えない | C. 因果関係はあるが、相関として見えにくい | D. 関係が見られない |
ここでいう「相関が見えない」は、「その観測方法・分析方法では相関が確認できない」という意味であり、完全に無関係であることを直ちに意味しない。
この表は、あくまで全体像を示すための地図である。因果推論では、相関が見えるかどうかと、因果関係があるかどうかを分けて考える。
Aは、相関が見えており、因果関係としても説明できる場合である。
Bは、相関は見えているが、それが因果関係を示しているとはいえない場合である。いわゆる擬似相関はここに入る。
Cは、因果関係はあるが、単純な観測データでは相関として見えにくい場合である。非線形の関係、時間差のある関係などが該当する。
Dは、相関も見えず、因果関係も想定しにくい場合である。ただし、相関が見えないことは、完全に無関係であることを直ちには意味しない。
したがって、因果推論全般では、相関が見えるからといって因果とは限らないし、相関が見えないからといって完全に無関係とも限らない、という両方の注意が必要になる。
一方、高校教科「情報」で扱う範囲は、因果推論全般そのものではない。
高校範囲で中心になるのは、散布図や相関係数をもとに、今見ている2つのデータの関係をどう読むかである。具体的には、散布図や相関係数を使って、2つのデータに直線的な関係が見えるかを確認する。そのうえで、「相関が見えるからといって、因果関係があるとは限らない」という点を学ぶ。
先ほどの分類表を高校「情報」の範囲に寄せると、次のように整理できる。
| 分類 | 高校範囲での扱い |
|---|---|
| 直線的な相関が見える | 高校1:因果関係として説明できる場合/高校2:擬似相関の場合 |
| 直線的な相関が見えない | 高校3:相関が見られない。ただし、完全に無関係とは限らない |
高校1は、直線的な相関が見え、背景知識などから因果関係として説明できるもの。これは、全体表のA「因果関係が相関として見えている」にあたる。
高校2は、直線的な相関は見えるが、因果関係として説明できないもの。これは、全体表のB「見かけ上の相関」にあたる。擬似相関はここに入る。
高校3は、直線的な相関が見えないもの。高校範囲では、いったん「相関が見られない」と整理されることが多い。ただし、これは完全に無関係であることを意味しない。非線形関係、時間差、しきい値のように、別の見方をすれば関係が見える場合もある。
高校範囲で中心になるのは、「直線的な相関が見える」場合である。つまり、その相関を因果関係として説明できるのか、それとも擬似相関なのかを考えることが主題になる。
一方、「直線的な相関が見えない」場合については、基本的には「相関が見られない」と整理する。ただし、これは完全に無関係だと断定することではなく、高校範囲では深く扱わない発展的な関係が隠れている場合もある。
相関関係とは、2つのデータの増減に一定の傾向が見られる関係のこと。
高校範囲では、主に散布図や相関係数で確認する。そのため、ここでいう相関は、基本的には直線的な相関である。
片方が増えるともう片方も増えるなら、正の相関。片方が増えるともう片方が減るなら、負の相関。増減の関係がはっきり見られないなら、相関が見られない、と整理する。
ただし、ここでいう「相関が見られない」は、少なくとも散布図や相関係数では、直線的な相関が見られないという意味である。
現実には、曲線的な関係、時間差のある関係、しきい値のある関係などが隠れている場合もある。したがって、「相関が見られない=完全に無関係」とは言えない。
因果関係とは、一方の変化が、もう一方の変化を引き起こすと考えられる関係のこと。
ここでは、原因側のデータ項目を X、結果側のデータ項目を Y と書く。
・X → Y
これは、X が Y に影響している関係である。現実の例で言えば、「気温 → アイスの売上」のような関係である。
この場合、気温の上昇がアイスの売上に影響していると考えられる。
ただし、2つのデータに相関が見えるだけでは、因果関係があるとは言えない。因果関係を考えるには、少なくとも以下のような項目を確認する必要がある。
なお、高校範囲で「因果関係」と言う場合は、多くの場合、X → Y のような単純な関係を念頭に置いている。X → M → Y のような間接因果については、後述する。
擬似相関とは、2つのデータに相関が見えるが、その相関が因果関係を示しているとはいえないものを指す。
ここで注意したいのは、擬似相関は「相関がない」という意味ではないこと。多くの場合、相関は実際に見えている。擬似なのは、相関そのものというより、因果関係があるように見える解釈のほうである。
つまり、擬似相関は、その相関だけでは因果関係を示しているとはいえない相関と考えるとわかりやすい。実際、「擬似」という言い方だと相関そのものが存在しないように誤解されるため、「非因果相関」と呼ぶ方がよいと考える人もいる。
擬似相関の原因には、主に以下のようなものがある。
それぞれ整理すると、次のようになる。
交絡因子による擬似相関は、次の形で表せる。
・Z → X
・Z → Y
2つのデータ X と Y の両方に、第3の要因 Z が影響している場合である。このような第3の要因を、交絡因子という。
・気温 → アイスの売上
・気温 → 熱中症の発生数
このとき、アイスの売上と熱中症の発生数には相関が見えるかもしれない。しかし、次のような因果関係があるわけではない。
実際には、気温という Z が、アイスの売上 X と熱中症の発生数 Y の両方に影響している。
高校範囲では、擬似相関の典型例として、この交絡因子による説明がよく使われる。
特に、たくさんのデータを比べていると、本当は関係がなくても、偶然よく似た動きをする組み合わせが見つかることがある。
この2つが、ある期間たまたま似た増減をしたとしても、それだけで因果関係があるとは言えない。これは、意味のある関係ではなく、偶然相関して見えただけである。
時系列データでよく起きる。2つのデータが、どちらも時間とともに増えている、または減っているだけで、相関があるように見える場合である。
・スマートフォンの普及率
どちらもある期間に増加していると、相関があるように見えるかもしれない。しかし、それだけで、次のような因果関係があるとは言えない。
この場合、両方が「時間の経過」とともに増えているため、見かけ上の相関が生じている。
データのまとめ方によって、相関があるように見えたり、逆に相関が消えたりする場合である。
たとえば、10年分のデータ全体ではほとんど関係がないのに、ある3か月だけを切り取ると、2つのデータが同じように増えているように見えることがある。
これは、特定のトレンドが見えている期間だけを切り取ることで、相関があるように見える場合である。意図的にやれば「都合のよい期間の切り取り」になるし、意図せず起きることもある。
また、全体で見るか、グループ別に見るかで、関係が変わる場合もある。
・学校全体で見ると、学習時間が長い生徒ほど成績が高いように見える。
・しかし、学年別に分けると、その関係は弱かったり、違う傾向が見えたりする。
この場合、学年、クラス、地域、年齢層などの分け方によって、見える相関が変わっている。
さらに、個人単位で見るか、都道府県単位で見るか、国単位で見るかによっても、関係が変わることがある。個人レベルでは成り立たない関係が、都道府県ごとの平均値で見ると相関して見える場合がある。これは、専門的には生態学的誤謬に近い話である。
また、割合で見るか、実数で見るか、平均で見るか、合計で見るかによっても、相関は変わる。
たとえば、人口が多い地域では、店舗数も事故件数も多くなりやすい。そのため、単純な件数同士で見ると相関が出ることがある。しかし、人口あたりの件数に直すと、その関係が弱まる場合がある。
つまり、集計方法の影響とは、期間、集団、単位、指標の取り方によって、相関があるように見えたり、消えたりすることである。
高校情報の教科書では、間接因果は独立した中心概念としてはあまり扱われない。
高校範囲で重要なのは、まず、相関関係が見えても因果関係があるとは限らないこと、そして交絡因子による擬似相関に注意することである。
そのうえで、間接因果については、補足的に考えればよい。
間接因果とは、X が別の要因を介して Y に影響する関係である。中間に入る要因を M と書くと、次のようになる。
・X → M → Y
この場合、「勉強時間」と「点数」の間には、「問題演習量」を介した因果関係があると考えられる。
これは直接の因果関係ではないが、比較的近く、説明しやすい間接因果である。そのため、高校範囲では次のように丸めて説明しても、通常は問題ない。
つまり、近い間接因果は、広い意味で因果関係として扱える場合がある。
・大型商業施設ができる
→ 人の流れが変わる
→ 通学経路や交通混雑が変わる
このような関係は、完全にありえないとは言えない。
しかし、途中に入る要因が多く、他の要因も大量に関わるため、単純な相関関係からこの因果経路を説明するのは難しい。
さらに遠い因果経路まで含めると、ほとんど何でも何かに影響している、という話になってしまう。
そこまで広げると、バタフライエフェクトのような話になり、高校範囲の「相関関係と因果関係」の整理としては扱いにくい。
そのため、間接因果は次のように考えるとよい。
・比較的近く、説明可能な間接因果は、広い意味で因果関係として扱える。
・一方、因果経路が遠すぎるものや、途中の要因が複雑すぎるものは、高校範囲では擬似相関に近いもの、または発展的な話題として扱うのが自然である。
つまり、間接因果は、高校情報の中心的な分類ではなく、発展的な補足として考えるのがよい。
高校範囲では、まず「直線的な相関が見える場合」に、その相関を因果関係として説明できるのか、それとも擬似相関なのかを考えることが重要である。間接因果は、その後に考える発展的な補足として扱えばよい。
高校「情報」で中心になるのは、「相関関係」「因果関係」「擬似相関」を区別して考えることである。
「相関関係」は、2つのデータの増減に一定の傾向が見られる関係である。
「因果関係」は、一方の変化が、もう一方の変化を引き起こすと考えられる関係である。
「擬似相関」は、相関は見えているが、それだけでは因果関係を示しているとは言えない関係である。典型例は、第3の要因である交絡因子が2つのデータの両方に影響している場合や、たまたま似た動きをしただけの偶然の一致である。
ただし、高校範囲で扱う相関は、主に散布図や相関係数で見る直線的な相関である。そのため、「相関が見られない」と整理される場合でも、完全に無関係とは限らない。非線形関係や時間差のある関係のように、別の見方をすれば関係が見える場合もある。ただし、そうした見方は高校範囲では基本的に深く扱わず、大学以降の専門的な範囲に入る。
また、間接因果は、高校情報の中心的な分類ではなく、発展的な補足として考えるのがよい。
要するに高校範囲では、相関が見えてもそれだけで因果とは言えず、相関が見えなくてもそれだけで無関係とは言えない、という点を押さえるのが重要である。
自分にとってキャリアアップが指し示す概念がブラックボックス。
キャリアアップすると任せられる仕事の幅が広がり収入が高くなる傾向がある、という結果しかわからない。
なぜその結果につながるのか?
結局その内実は経歴の箔付けではないのか?
「仕事ができるようになる」のではなく「仕事ができるように見せる口の上手さ」とかがキャリアアップの肝であるに過ぎないのではないか?
だってひとたび会社に入ってしまえばメッキが剝がれてもそう簡単にやめさせられないんでしょ。
いや、やめさせられるって前提があるから、その時点で経歴に傷がついて、前職より高度な仕事への再就職が難しくなるって事なのかな。
でも、大企業の経営者って財務だろうが法務だろうがなんでもその会社の仕事全部専門家に委託なり社員に任せればいいイメージがあって、自分自身が仕事が出来る必要があるイメージがない。
特に天下り先に選ばれるような組織とその役職はそのイメージが強い。
もし仕事ができるように見せる能力を磨くだけでどんどんキャリアアップできるなら、やっぱり大企業の経営者はそうやって自分の能力を騙してきた無能がなってることになる。
でも、確かに経営者は無能でも務まるが、そうならないように、やっぱり実際にどんどん相応に仕事ができるような形で肩書なり経歴を更新していかないと、どっかで弾かれるようにうまく社会ができてるってことなのか?
もっとも自分で事業を起こすということなら逆に経歴は一切関係ないと言ってもそこまで間違いではなく、ただ仕事がどれだけできるかが事業の成長を左右するというわけで、キャリアアップというものが独立を前提としている文脈で使う用語なら、キャリアアップ=独立を念頭に雇われ者として会社で仕事を学ぶ、と捉えることで何も疑問点はない。
でも全ての文章でキャリアアップがそういう文脈で使われてるとは思えなくて、行き着くところまでいっても雇われ社長が到達点ぐらいの想定で使ってるように見える文章も多いから、キャリアアップと言って何をさせたいのかよくわからなくなるんだよな。
dorawiiより
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商品をしまうとき、同じ場所に並んでいた別のものに対して、明日はこれが出る「なあ」とぶつぶつ言ってるとしか感じないしその言い回し的にも独り言にしか聞こえないような風に言っていたものだから、そのときは特に気にしてなかった。
そして翌日になって、客が来たからあれ出して、みたいにだけいうものだから、まさかあれが昨日気にも留めていなかったような発言を念頭に置いたものだとは頭の中で結びつかないわけで、戸惑うしかない。
そうしたら察しが悪いみたいな評価をされたのだが、いくらなんでも、って思わないか。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260422125750# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaehHNwAKCRBwMdsubs4+ SFqtAQDmOtL50XGlFOLwiC3OlN9pqRvNBe8TzmYRDs4kO9tUBQEAuEQu120bgZEX 9176Ns2i5o70yEMvUCdB8ilA7YyOFwo= =PT8h -----END PGP SIGNATURE-----
https://mainichi.jp/articles/20260417/k00/00m/010/174000c
——
制定時の建前では、「普通の市民一般」を名指しで狙った法律、とは言いにくい。
もともとの条文は、**「国体を変革し、または私有財産制度を否認することを目的とする結社」を対象にしており、主として共産主義・無政府主義の運動を念頭に置いていたと理解されている。実際、国立国会図書館の解説でも、1925年の男子普通選挙法成立と引き換えに、「共産主義対策として治安維持法を成立させた」**と説明されている。 
ただし、そこで終わらない。
政府側の理由書には、「不穏なる行動に出でんとする者」を取り締まるためとあり、もともとかなり広く解釈しうる言い方だった。国立公文書館も、治安維持法はそれ以前の言論・集会・結社統制の流れの上にあり、社会運動の取り締まりの延長で制定されたと説明している。 
なので結論はこうなる。
制定時の名目上は「普通の市民一般」ではなく、反体制的な政治運動や思想運動が主対象だった。
しかし、条文や運用の余地が広かったため、実際には普通の市民でも、思想・交友関係・発言・所属団体しだいで十分に巻き込まれうる法律だった。 しかも1928年改正、1941年の全面改正で対象と刑罰はさらに拡大していった。 
かなり雑に一言で言うなら、
「最初から全国民を対象にした法律ではないが、普通の市民を守る設計でも全くなく、運用次第で普通の市民まで容易に飲み込める法律だった」
https://anond.hatelabo.jp/20260325163037#
@新刊発売予定、というのは@の意味を意図通りに解釈させる、ひいては@の前の部分が名前に相当するものであることを正しく解釈させるための方便に過ぎない。
特にブクマ民は鈍いと思われ、よほどわかりやすく名前を表示していなければすぐ増田呼びするだろう。そんな彼らを特に念頭に置いた方策だ。
以前は「@執筆依頼募集中」としていたわけだが、これよりも上記の方が旧ツイッター特有のアカウント名に対するアットマークの使い方として類似例が多そうで、そういうニュアンスでの記号使用であることをより確実に伝えられるだろうと考えた。
実際には本を出すことはないが、嘘をつきたくなくないから、予定と添えておけば嘘にならないと考えたから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325172710#
意味不明すぎ
https://anond.hatelabo.jp/20260325172947# 署名をつけず偽装をしたdorawii
この方は増田ではありません。
https://anond.hatelabo.jp/20260325174406#
https://anond.hatelabo.jp/20260325175149#
たとえば矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇がSNSにも書いたと引用URL付き報告するうえで増田に名乗って書いた場合、明らかにその人は変わらず矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇でしかなく、増田ではないだろ。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175851#
そうですね。彼らのような著名人が増田に書きこんだ時点で、増田には増田しかいないという命題に対する反例が成立しますね。
彼らが増田に書いたからといってその事実をもって増田と呼ぶようにする人よりも、増田呼びに違和感を持つ方が一般的でしょうから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175944#
https://anond.hatelabo.jp/20260325163037#
@新刊発売予定、というのは@の意味を意図通りに解釈させる、ひいては@の前の部分が名前に相当するものであることを正しく解釈させるための方便に過ぎない。
特にブクマ民は鈍いと思われ、よほどわかりやすく名前を表示していなければすぐ増田呼びするだろう。そんな彼らを特に念頭に置いた方策だ。
以前は「@執筆依頼募集中」としていたわけだが、これよりも上記の方が旧ツイッター特有のアカウント名に対するアットマークの使い方として類似例が多そうで、そういうニュアンスでの記号使用であることをより確実に伝えられるだろうと考えた。
実際には本を出すことはないが、嘘をつきたくなくないから、予定と添えておけば嘘にならないと考えたから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325172710#
意味不明すぎ
https://anond.hatelabo.jp/20260325172947# 署名をつけず偽装をしたdorawii
この方は増田ではありません。
https://anond.hatelabo.jp/20260325174406#
https://anond.hatelabo.jp/20260325175149#
たとえば矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇がSNSにも書いたと引用URL付き報告するうえで増田に名乗って書いた場合、明らかにその人は変わらず矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇でしかなく、増田ではないだろ。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175851#
そうですね。彼らのような著名人が増田に書きこんだ時点で、増田には増田しかいないという命題に対する反例が成立しますね。
彼らが増田に書いたからといってその事実をもって増田と呼ぶようにする人よりも、増田呼びに違和感を持つ方が一般的でしょうから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175944#
@新刊発売予定、というのは@の意味を意図通りに解釈させる、ひいては@の前の部分が名前に相当するものであることを正しく解釈させるための方便に過ぎない。
特にブクマ民は鈍いと思われ、よほどわかりやすく名前を表示していなければすぐ増田呼びするだろう。そんな彼らを特に念頭に置いた方策だ。
以前は「@執筆依頼募集中」としていたわけだが、これよりも上記の方が旧ツイッター特有のアカウント名に対するアットマークの使い方として類似例が多そうで、そういうニュアンスでの記号使用であることをより確実に伝えられるだろうと考えた。
実際には本を出すことはないが、嘘をつきたくなくないから、予定と添えておけば嘘にならないと考えたから。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260325163037# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCacOPHgAKCRBwMdsubs4+ SHcnAP97ezQ5yjdTispzQixLpx4Ae/iU5ck4ZcA17zFTiJRY4gEA4hQYc1xfuCAV WqWODOaoI/nJFWmsSD4P1Yn9CP2LkAo= =G+SJ -----END PGP SIGNATURE-----
https://anond.hatelabo.jp/20260313232905
こういう増田とか見てていつも思うんだけど
ぶっちゃけ暇空とはてなー、どっちと酒飲みたいとか飯食いに行きたいとか言われたら、明らかに前者なんだよね…
思想や性格の良し悪し、目的や動機を別にして、一般的に「話が上手い、面白い」とされる人って、一種のサービス精神があると思う
聞く人が受ける、理解出来る様に話す、という事が念頭にあったり、自分の話を聞いてくれた人が何らかの得をした、得るものがあったと思わせる様に話す、みたいな
暇空に限らずアンチは多いけどファンもいる類の人間は、これがちゃんと出来てる人が普通に多い
まあ何度かYoutubeライブ聞いてみたぐらいの感想だけどさ
別にはてなーに限った話じゃないけど、コミュ種の人ってそれがマジで出来てないんだよね
話が下手なのはしょうがないとしても、伝えようとする努力が足りないというか
「おれコミュ障だから悪くない、私HSPだから駄目なポイント理解して!」みたいに、
一方的にコミュニケーションコストを押し付けておいて、さもそれが当然と言わんばかりの態度
そんな奴と酒飲んだ所で楽しくないじゃん?
せめてしおらしく、みたいな社会的対応が出来ないからこそコミュ障とか揶揄されるんだろうけど
でもたまーに飲みに行く同僚程度なら、それなりに上手く付き合えそうな感じはあるよね
はてなーからは残念ながらそれが感じられない人間が多いなって思う
「総括」とか平気で言い出しちゃう様な人、それに疑問を持たない奴、普通に考えたら思想偏ったヤバい判定でしょう?
別にはてなー全員がコミュ障でテイカーの頭おかしい関わりたくない類の人だとは思わないけど
結論から申し上げますと、「法定相続分」と「遺留分」の計算を混同されている部分があります。
まず、大きな誤解を解いておく必要があります。「遺留分 = 法定相続分」ではありません。
法定相続分(目安) 今回のケースでは、おっしゃる通り 母 1/2、兄 1/4、私 1/4 です。
遺留分(最低限の保証) 遺留分は、原則として法定相続分の半分です。
つまり、「遺言で誰かに全額」と書かれていても、あなたが請求(遺留分侵害額請求)して確実に取り戻せるのは、2,500万円ではなく1,250万円までとなります。
「>遺留分の申し出を行えば無効になるということでいいですよね?」 ここが重要なポイントですが、遺言は**「無効」にはなりません。**
今のあなたの考え方は非常にロジカルです。ただ、遺留分は「法定相続分の半分」であること、そして遺言がある場合は「遺留分」までしか法的に強制できないことを念頭に置くと、より正確な戦略が立てられるはずです。 anond:20260310101223
もしかしたら男性中心的な社会の価値観、企業の儲けばかり重視してケアを軽視するような社会、が見直されるんじゃないかとほんの少しだけ期待してた。
けれど、新総裁・高市早苗さんの就任スピーチで飛び出した言葉は、それとは正反対だった。
「ワークライフバランスを捨てる」
「働いて、働いて、働く」
「自民党員には馬車馬のように働いていただく」
高市首相、裁量労働制の見直し表明へ 拡充念頭か、施政方針演説原案:朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASV2K3QTNV2KULFA017M.html
やっぱり本気なんだ。
それを軽視する政治は、結局のところ女性にその負担を押しつけることになる。
夫婦別姓にも反対だし。
そんな不安がどうしても頭を離れない。