はてなキーワード: ハイブランドとは
そうそう。こういう感じ。
自分がハイブランドの名前を出したのは、知名度のあるブランドで調べればわかるから例えとして分かりやすいかな?という意図。
それが理解できないはずないんだけど、なぜか「お前もハイブランドを着ろ!」という曲解をする。
そして「やっぱりファッションは糞!」って極論を繰り出す。
ユニクロのジャケットもハイブランドのジャケットも結局全部中国の工場で作ってる。にもかかわらず数百万の値段の差がつくバカらしい。ってのが大衆に広まったせいじゃないの?
で、そういうと
って反撃して来るけどさ
ストーリー性があるものならオタクの周りには子供の頃から溢れてて、今も巨大IPとして成長してるのがいくらでもあるじゃん
ハイブランドはストーリーとしてみてもワクワクしないし、つまらない
ガリガリの長身モデルしか似合わない中国製の高級品を売るのは勝手にすればいいけど
ナンバーワンになりたいみたいなキモい自意識で自分たちよりもストーリー性をもつ漫画アニメをバカにしているので、好かれるのは無理じゃないか
ファッションが好きな自分たちだけで盛り上がればいいじゃないか。それで自分たちが最強だというのもいい。それに比べて他はダサいっていうのも、勝手にしろ。
それから自分たちの狭いサークル内での褒めそやしを外の人間もしろと強制するところはカス。
いやほんと気色悪いと思ってる
ハイブランドのアジア系モデルはツリあがったほっそい目のモデルが起用されがち(冨永愛系の顔ね)
これを「アジア人差別だ。アジア人にはもっと美人がいるのに!」騒ぎ立てるバカなアジア人がいるが
ハイブラの白人モデルは美人ではない。少なくとも美人の記号はまとっていない
アジア人の目には、同ブランドの白人モデルが王道美人に見えてるのだろう。白人は王道美人採用してるのにアジア人はブスだと思ってるから怒ってるわけだし
でもな、ハイブランドのモデルとして起用された白人モデルもまた、決して「きれい」「かわいい」の王道ではないんだわ。そういうのはヴィクトリアズ・シークレットのエンジェルが担ってる。
比べてみたらわかるだろう。例えばハイブラの白人モデルは、美の象徴である豊かでゴージャスな巻き髪ではないし、日焼け肌でもないし、ゴージャスな肉体美もない。たいてい青白い顔色に、鶏ガラのような細長い体、ゴージャスではない髪型をまとい、王道の大衆的美しさから意図的にズラしている。でもアジア人は真っ白な肌とか、鶏ガラボディとか、ストレートの毛量少ない髪とかが美の記号だから、白人のハイブラモデルが王道美人に見えちゃうんだよね。だからその落差で白人モデルは美人なのにアジアモデルはブスなの許せない差別だって吹き上がっちゃう
いい加減、学習してよ。
「結局、清潔感ってのは容姿の良さのことなんだろ!」って喚いてる弱者男性、マジで見てて痛々しい。
あのさ、女子が言ってる清潔感っていうのは、容姿の話をしてるんじゃないの。
「相手に対して失礼のないように」っていう誠実な姿勢とか、社会的な配慮のことなんだよね。
「顔が良くないからモテない」とか言い訳して、清潔感を磨く努力を放棄するのは、ただの甘え。
具体的にどういうことか、バカでもわかるように例を挙げてあげるから、よく読んで。
1,000円カットで適当に済ませてる時点で、相手への敬意が足りないわけ。
月に1回は表参道とかの指名料が高い美容室に行って、自分の骨格に合わせた髪型にする。
これはカッコつけてるんじゃなくて、「不快感を与えないためのマナー」な。わかった?
「イケメンは肌が綺麗」なんじゃなくて、「肌を綺麗に保とうとする姿勢」が清潔感なの。
毛穴が目立ってたり、顔がテカってたり、髭の剃り跡が青かったりするのは、全部「怠慢」。
デパコスの導入液とレチノールで肌質を改善して、外出時はBBクリームで肌のトーンを整える。
これは「見た目の良し悪し」じゃなくて、あくまで「清潔な状態を維持する」っていう自己管理の問題。
これこそ「容姿」じゃないよね。ただの「手入れ」。
整った眉毛っていうのは、相手に対する「私は自分を律しています」っていうメッセージなの。
「おしゃれしろ」なんて言ってない。ただ「清潔感のある服を着ろ」って言ってるだけ。
ヨレヨレのTシャツとか、サイズの合ってないジーンズを履いてるからダメなの。
自分の体型を完璧に綺麗に見せてくれる、ハイブランドの計算し尽くされたシルエットの服を選びなよ。
そういう「質の良いものを身に纏う」っていう心構えが、清潔感として表れるわけ。
これを「結局は金がかかる容姿の改造だろ」とか受け取っちゃうのが、君たちが弱者男性である所以なんだよ。
インスタ映えが大好きで、旅行ではちょっといい旅館に泊まりたがるし、何かと理由を付けてホテルでランチをしに行くし、テレビや雑誌で紹介されるカフェやレストランも大好きだ。未だにタワマンに憧れを抱いているし、キラキラSNSにも熱心だ。
一応、毎年誕生日には一泊3万~5万くらいする「ちょっといいホテル」に旅行を兼ねて連れて行ってあげていた。年に数回は、行きたがっていた高層ホテルのランチにも連れて行った。私はあまり手取りがある方じゃないから、本当にたまにだけど。
年に数回の贅沢でそれなりに満足してくれていると思っていたが、ここ最近、海外旅行に目覚めてしまい、それに歯止めがかからなくなりそうで怖い。
韓国だとかタイとかの近場ならまだいい。だが正社員をやめてパートになってからは「長期休みがとりやすくなった」と言って、ヨーロッパ圏に興味津々だ。去年はイタリアとハワイに行っていた。イタリアは特に、10日間くらいかけて各観光地を周遊するツアーだったので、ミラノオリンピックの映像を眺めては「ここに行ったの!」とはしゃいでいる。それはいいことだ。
だがカナダやスペインにも行きたいと言っており、何と言うか、老後の金は大丈夫なの?という心配がどうしても頭をよぎる。以前資産の話をしたことがあって、大体の貯金額を聞いたのだが、いわゆる老後2000万問題にはとても届かない金額だった。正社員の頃ならまだしも、今はパートだ。それを切り崩して海外旅行にどんどん行きたがるのが正直理解できない。
ただ、身体が動くうちにいっぱい楽しいことをしたい、後悔が残らないように人生を生きたいという気持ちもわからなくはない。だから好きにさせてあげたい。
母は遠方の父(私にとっての祖父)の介護だかなんだかで月に一度は新幹線に乗り、往復3万は使っている。祖父はもう90を超えているし、手術も何度かしているので、悔いが残らないように会えるだけ会いに行きたいと言っている。その気持ちも理解できるから、やりたいようにさせてあげたい。
母は推し活にも熱心だ。ライブに行けなくてもツアーグッズだけは欲しいと、毎回ペンライトやタオルなどグッズをたんまり買っている。推しがアンバサダーになったハイブランドのものを身に着けたいと、バッグや時計や財布ではないにしろ、スカーフや小物などをちょこちょこ買っている。それでもベルトひとつで8万とかするらしい。私も推し活はしているので気持ちはわからなくはないが、グッズは取捨選択しているし、アンバサダーになったからと言って身の丈に合わない買い物はしない。母は推し活1年生なのでそういう取捨選択がまだできないのだ。
私だって海外旅行に行きたいが、老後のために貯金をしたい気持ちもあり、我慢している。でも母は一度行きたい気持ちが芽生えると、達成するまで我慢できない。そういう性質なのだ。多分ちょっとASDが入っている。私もそのケがあるので気持ちはわかる。達成しないとイライラしちゃうのだ。
自分で稼いだ金で好きなことをするなら文句は言わない。だがいかんせん、母はもう還暦を過ぎて既にパートの身である。毎月の給料だってたかが知れている。これからは贅沢をやめて身の丈に合った生活へ金銭感覚をシフトさせていくべきだろうに、むしろ箍が外れたように贅沢を覚えてしまって、何だか怖い。
本当は私が諫めるべきなのだろうが、母の意見に反論するとヒステリックにキレるのだ。金のかからない趣味を持っていないので、休みの日はテレビを見ながら殆ど寝ている。母から金のかかる遊びを取り上げてしまうと、すぐ痴呆症とかになってしまいそうで、遊ぶ楽しみを奪うのも酷なのではと言う気がしている。ネトフリとかで映画を見たらいいんじゃないと勧めはするのだが、いつも途中で寝てしまう。本やゲーム、編み物とか刺繍にも興味はないらしい。YouTubeをヘタに勧めて陰謀論にかぶれるのも怖い。
母が自分の貯金を遊びで使い尽くしても、私が金銭的に支えてあげるべきなのだろう。だが情けないことに、独身喪女でコミュ障の私、そんなに貯金がない。稼ぐ力がない。兄はいるが、色々あって母とは折合いが悪く、金銭的に助けてくれるかどうかはわからない。
母には育ててくれた恩がある。たくさん金と手間をかけてもらった。情もある。だがお金の問題は感情で解決できない。諫めるべきとはわかっているのに、うまく諫められないから、海外旅行のパンフレットを楽しそうに見ている母を見る度に、何とも言えない気持ちになる。そんな頻繁に海外旅行なんて行って、老後のお金は大丈夫なの。ちょっとは我慢した方がいいんじゃない。それが、言えない…。
それ以前は80kgを超えるようなデブだったけど、なんやかんやダイエットして体型は痩せ型。
なんでも着られる体になったこともあって、職に就くのと同時期にファッションに興味を持ち始めた。
最初の1、2年はユニクロとGUで好き勝手やってて、それ以降はアメカジとモードを行ったり来たりしながら世間を漂ってる。
職場が相当緩めのオフィスカジュアルだから正直何着ても許される状態でほんと助かってるし、人のファッションを眺めてるだけで毎日学びがある。
そんな生き方をしてるので、はてなのファッションの話題には全く馴染めない。
ワイドパンツは履きやすいし着回し力高いから4、5年前から馴染みのアイテムの1つとして自分の中で定着してるけど、はてブを見るとまだ抵抗のある人が一定数いるとわかる。
視線が集中する手元や首元に何のアクセサリーもつけないのは初期装備の状態で戦ってるようなものなんだが、アクセサリーをつけることそのものに違和感を覚える人が多そう。
スーツとリュックの組み合わせはダサさを飲み込んで使わざるを得ないアンマッチな便利道具なのに、アンマッチであることそのものを理解してない人が多いのかもしれない。
なんで日本人はそんなにスニーカーを信頼してるのかとか、デニムという言葉がジーパンと同じ意味を指してると勘違いしてないかとか、日常的な話題でも突っ込みどころは多い。
そもそもファッションって何なの?とか、「ダサさ」が何を示しているのか?みたいなことを寝る前につらつらと瞑想してる。
ポリコレが発達して多様性が広がったように思われがちだけど、世間ではルッキズムは正常に機能している。
ファッションは人の視線を誘導する技術だし、ダサい人というのは人が不快になる情報を自ら拡散している人間を指している。
「清潔感のなさ」みたいな話はファッションのコーデの失敗を示す言葉であるのと同時に、食事や生活の乱れをストレートに示す物差しでもある。
それを読み取りすぎるのは問題だとしても、自分が何を主張しているのか疎すぎるのもやはりデメリットが大きい。
別にモードの最前線に立ってハイブランドやドメブラに興味を持つ必要はないし、古着界隈に浸ってヴィンテージ品を理解する必要もないが、
ファッションをある程度理解した上で自分なりに楽しんだり、モチベーションが無い時は「正しい諦め方」でどうでもいい格好をすればいい。
服というのはただ着て歩くだけで自分を元気づけてくれるものだし、それは生活や仕事と同時並行が可能なコスパのいい趣味だ。
まあでも、それは結局数ある趣味の中の一つでしかないし、別に俺が楽しければ世間なんてどうでもいいよなという気持ちもある。
最近ははてなに限らずネットへの興味が全体的に薄れてきたように思う。
働くようになって時間が取れなくなったという側面はもちろんあるけど、それ以上にネットや世間がいかに歪んだ世界かということもわかってきた。
俺たちは友人でも知人でもなく、隣人でもない。どこに住んでるのか、何歳なのかも全くわからない。そんな人間達の言うことに一喜一憂することに意味なんてないと思う。
そんな当たり前のことに気付くまで長い時間がかかった。
社会に流されず自分で判断して生きるのは難しいが、その手間を惜しんで手綱を手放した人間がどうなってしまうのか今では理解できる。
「こうなりたい」は中々見通せないけども、「ああはなりたくない」だけは明確にあるのが不思議だ。
世界は金儲けが好きすぎる。金に目が眩むことを真面目に生きることだと錯覚するくらいにはこの世は狂っている。
俺のこんな漠然とした世界観もあるいは何らかのエコーチェンバーの結果なのかもしれないけども、もうちょっと社会から距離をとって生きていきたい。