はてなキーワード: 旧帝大とは
地方の、そこそこの偏差値(50中盤〜後半)を維持している私立大学で教員をやっている。
最近、職場の知的な質というか、共有されている「文化資本」の薄さに絶望することが増えた。
この15年ほど、うちの大学の採用プロセスが「効率化」という名の思考停止に陥ったことが原因だと思っている。
人事課の事務が作成する候補者一覧リスト。そこには氏名や年齢、そして最終学歴として「博士課程の大学名」だけがデカデカと載るようになった。
それ以前は、履歴書をめくって「どこの高校を出て、どこの学部で揉まれてきたか」という軌跡をちゃんと見ていた。それが今や、リストのトップにある「〇〇大学大学院(旧帝大など)」という看板だけで足切りや選考が行われる。
「最終学歴だけは立派だが、中身は驚くほどスカスカ」な教員が量産されるようになった。
具体的に言うと、学部や高校が、うちの大学の偏差値よりも2段階も3段階も下の、いわゆるFラン出身の人間が平然と教壇に立つようになったのだ。
努力して院から這い上がったこと自体は否定しない。だが、教育現場において「地頭の乖離」は致命的な欠陥を生む。
まず、圧倒的に「基礎教養」が足りない。
専門分野の特定の論文は読めても、その周辺にある歴史、哲学、文学といったリベラルアーツの蓄積が皆無に近い。だから、学生に学問の面白さを多角的に伝えることができない。
何より滑稽なのは、自分たちが教えている学生よりも、教員本人の「18歳時点の学力」の方が圧倒的に低かったりすることだ。
進学校を経てうちの大学に入ってきた学生たちは、それなりの論理的思考力を持っている。
そこに、かつて「論理的な積み上げ」をスキップして(あるいはできずに)Fラン大へ行き、院ロンダで看板だけを塗り替えた教員が講義をする。
教え方が、とにかく浅い。言葉に重みがない。
学生から鋭い質問が飛ぶと、本質的な回答ができずに、権威(最終学歴の看板)や専門用語の壁に逃げる。
上場企業の採用では「地頭のマーカー」として高校名が重視されると聞く。それは、18歳までの学習習慣や抽象的思考の訓練度を測るためだ。
大学教員も同じはずだ。高度な研究成果を出すことと、それを体系化して他者に伝える「知の体力」は別物だ。その体力のベースは、やはり10代から20代前半までの広範なインプットの質に依存する。
共通の古典を引用したジョークも通じない、文脈を理解する力の乏しい「高学歴(最終のみ)」の作業員が事務作業に追われているだけだ。
「大学院名さえ良ければいい」という安易なスクリーニングが、結果として大学の知的ブランドを内部から腐らせている。
学生たちは気づいているはずだ。「この先生、言っていることは立派だけど、なんだか底が浅いな」と。
かつてあった、あの芳醇で、時に泥臭いまでの知のぶつかり合いはどこへ行ったのか。
15年前の「リスト化」という小さなボタンの掛け違いが、取り返しのつかない文化の断絶を生んでしまった。
Xでは承認欲求で絵を描かない方が良いだとか、チヤホヤされるために絵を描くのはコスパが悪いだとか言われる。
自分の感覚としては、これらは全くの逆。筆者がそれなりに打ち込んできた他のジャンルと比べて考えてみる。
・勉強
コウリッチューまでは自分は勉強が出来るんだと思っていたけど、高校でどうやらそうではないということに気付いた。地方旧帝大になんとか滑り込んだけど、別にチヤホヤされることもなく、中学までの知り合いから頭いいんだねーと言われる程度。
・仕事
それなりの大手企業勤務、30代前半で年収1000万円を超えたので被雇用者としては上位数%らしい。でも社名や年収でチヤホヤされようと思ったらもう数段上が求められるというのが正直な実感。これもいい会社勤めてるんだねー給料いいんだねー程度。
・楽器
小さい頃からとある楽器のレッスンを受けていた。地方のジュニアコンクールなら入賞できるかも、くらい。アマチュアとしてはマシといったところ。音大に進んでいたら失踪者の仲間入りしていたと思う。これも楽器弾けるんだねー程度。
・イラスト
これだけレベル違いにチヤホヤされるし金も稼げる。社会人になってからアニメやゲームの二次創作を始めた結果、PixivやXで数万のフォロワーを抱え、先生と呼ばれ、それなりにお金も稼げている。ただ生活するだけならもっと時間を割いたら専業でもいけるかも。5年後も食べていられるかはわからないけど。
これはイラストならすぐ上達するということではなく、インターネットでチヤホヤされるために要求されるスキル水準が低いということ。自分より何倍も上手い人が何倍もチヤホヤされているかというとそうではない。
アニメーターや漫画家で食べていくとか、美大で油彩や彫刻専攻してやっていきますというのは違うゲームです。
共働きサラリーマンの家に生まれ何一つ不自由ない暮らしをしてきた。小学生の時から習い事をさせてもらい、中高一貫校に通わせてもらった。
受験もうまくいった、旧帝大の機械学科に進学し大学院も無事卒業して最大手の機械メーカーに就職した。
正直人生上がりだと思っていた。両親のように家庭を持ち、大きな家と自家用車2台を買って同じような境遇の子供を再生産する運命なのだと思っていた。
しかしうまくいかなかった、俺は想像以上に社会に対する適応度が低かった。
設計職としてやる気に満ち溢れていた俺は、毎日現場に怒鳴られ、品保にダメだしされ、調達にすっぽかされ徐々に気力を失っていった。
入社当初に持っていた新しい概念の製品を出すという志は消え、感情を殺し省力で定時を迎えるRTAに没頭するようになっていた。
適応度が高ければこの生活に慣れて家庭に集中するようになるんだろうが、俺はダメだった。
目の死んだ、コルチゾール臭のするゾンビ人間のような上司のおっさんに収斂していく自分が耐えられなかった。
姉は東大卒のエリートサラリーマンと結婚し、都内のタワマンで贅沢暮らし。俺は実家の子供部屋で死臭を放つ、この対比も耐えられなかった。
血便が出て、出社前に自殺の歌を歌うようになったころ、さすがにおかしいと精神科に行くと適応障害と診断された。
俺は退職を決意した。両親のような人生からのドロップアウトも決めた。
今の俺は自由だ、マイクロ法人を立てて“節税”しつつ、グレーな“副業”とチンパン投資で前職なら40歳でもらえてた年収を稼いでいる。
社会は俺に手を差し伸べてくれなかった、助けてくれなかった、はじき出した。だから俺も社会に手を差し伸べない。
昨晩、弊社の開発チームと取引先の開発チームとの懇親会があったんだけど、そこで取引先の窓口となる担当者さん(早慶卒)と話しててモヤッとした。
同い年だからか、担当者さんが増田にすごく話しかけてきてくれた。
二次会で酔いがまわった状態になると、担当者さんはいまだに出身大学を絡めた話をかなりしてて、しかも自慢系の内容が多く、コイツ時が大学時代で止まってんのか?と思うくらいウザかった。
これはモヤッというより、ウザッかも。
増田は関西出身だから関東の受験事情には疎いんだけど、増田が受験生の頃、増田の行ってた高校(そこそこ進学校)では、神大落ちが行くところの東京進学版が早慶くらいの位置づけだった。もちろん合格難易度は学部学科によるだろうけど、高校の仲良かった同級生で早慶行ってる人はだいたい神大落ち(か、阪大落ち)だった。
だから正直、担当者さんはそのレベルなのによく自慢できるよな、と思ってしまう。ちなみに増田の会社の開発部門は、旧帝大院卒が約8割占めてて、残りは他大学院卒が1割、大卒の中でも優秀なのが0.5割、高専卒で頭角をあらわした元製造部門の人が0.5割という感じ。そういうバックボーンもあって、早慶卒(しかも大卒)を自慢するのは結果としてズレているな、と感じた。
まあ、弊社開発チームの学歴は当然開示してないから、担当者さんがこっち側の学歴知らずに自慢してきてるんだけど、それにしたって仕事上の関係者に自分の学歴自慢すんなよ…。
モヤッ。
相手はお客さんだから増田も接待だと思って会話をつないでたんだけど、それで気分が良くなったからか、酔いがあるからなのか、二次会終わりに帰らせてくれない。
そんな事言わずにもう一件行きましょうよじゃねーよ。
こっちは夜ワンオペ育児でストレス溜まってる妻が家にいるんだぞ。一刻も早く帰らないとヤバい。ほんとは一次会終わりで帰らないとヤバかった。
向こうの会社の後輩さんも、ほぼ初対面(WEB会議では顔を合わしてるが…)の人相手に三次会で困り顔だぞ。
結局、次回飲みに行きましょうと言って解散してきたけど、もう飲みに行きたくないわ。
モヤッ。
早慶大卒ごときに自慢されて粘着された!みたいな文脈で取られそうなんだけど、言いたいのはそこじゃない。仮に担当者さんがMIT卒でも、同じような内容で来られたらモヤッとするわ。モヤッの総量はもしかしたら少し減るかもしれないけど。
増田の言語化能力が低くて伝わってなかったらスマンが、とりあえずモヤッとしたから文字にして頭からポイッとしたくて書いてみた。
最後に、早慶卒みんながウザいのではなく、この担当者さんだけがウザい。
なお、増田は東京への進学予定はなかったので、早慶への解像度は低く、そういう意味では早慶の凄さをイマイチ理解できていない。
先日、令和7年度の源泉徴収がでて、みてみたらほぼ1000万になってた。それでこの程度の生活なのかと言うショック半分と、1000万って婚活的に、優良物件ぽいなって思って、タイトルみたいなことを思った。
わたしのスペックは42歳女性、独身、旧帝大卒、平均身長、平均体重、顔は悪いほう、性格はそんなに悪くないほうと思っている。
仕事柄、コミュニケーションが苦手な人が多い中、割と誰とでもフレンドリーに話せて、専門性があることが受けて、転職は毎回良い方向にできている。
社会人初期にブラックを経験してしまったけど、どうにか抜け出して、転職を何度もした結果、数年前に超絶ホワイトの今の会社に入って、高収入残業なしで幸せに過ごしてる。わりとすぐにちょっと出世したりして、まあまあ認められてる気はしてる。
今の会社で定時で帰れる生活になって、運動系の趣味にハマり、ちょっとやりすぎてて、腹筋は割れるぐらいやってる。
今の趣味のトレーニングつながりで友人は増えてつづけてて、しかも気持ちの良い人ばかりで、人間関係も恵まれてる。人としては老若男女に愛されてると思うし、私もその人たちを大切にしている。女性としては全くモテないけど、そこで評価されない人間関係に感謝している。(我が家の可愛い猫がいて、そこには確実にモテてる。)
もともと結婚願望が弱いし、モテる顔立ちでもないことは理解していたので、35,36歳あたりで結婚というかなんなら恋愛市場にのること自体もう諦めたんだけど、もし男性だったらまだ優良物件なんじゃない?なんて思ってしまって、書いてみた。
高校を中退して10年が経った。不登校というやつだ。どういうわけか俺が中退してからも何かと面倒を見てくれるやつがいて、今度そいつが結婚する。そいつはそいつで俺と同様に異常な家庭で育てられていたのだが、そいつはそこから抜け出すために「普通の人生」(実際には全く普通でなく社会の上流にいないと不可能とされる)を自身の執念と努力によって獲得しつづけてきたという点で俺とは圧倒的に違っていた。だからストレートで修士まで行って典型的なJTCに入ったし、お相手とは院生時代から数年の交際・同棲のすえ別れることもなく結婚した。この調子だと数年以内に男女の子どもができてマイホームを建てて子どもたちは私立の進学校から旧帝大か悪くても早慶以上に行って最期は愛妻や子や孫に見守られながら安らかに息を引き取ることだろう。少なくともそれを目指すはずだ。これまで意識的にそうしてきたように。
さて俺はというとその間ずーっとヒキニートである。20年前に両親が離婚してからはずっと母親に養われてきたが、この人はなんというか、雲母坂まりなちゃん家のタッセルとコンブチャ母みたいな感じであり、そんなだから常に金は無く、祖父の遺産をつぶすことでどうにか暮らしている。その祖父が死んだときに青山で買った喪服が唯一持っている礼装で、たしか店員が「結婚式にも使える」ということをしつこくアピールしていた。しかしさすがに黒ネクタイというわけにはいかないだろうから買わねばならん。
買わねばならんというのは式に出席するならの話だ。そいつが「普通の人生」にどれほどこだわってきたかは俺がまだ学校に通っていた頃からずっと聞いてきた。その点においてこの度の結婚はとても喜ばしい。祝福できる。ただ、だからこそ出席するからにはこちらも「普通の人生を歩んでいる人の学生時代からの普通の親友」でいる必要がある。今の俺にそれができるか?無理だろう?しかし、かといって欠席するとどうだろう、「この人は前々から予定空けといてねと念押ししつづけてきた学生時代の親友にすら結婚式に来てもらえないような人なんだ」と思われやしないか?
ここで「そんな普通の人生を歩んできたやつなら学生時代の友人なんてほかにいくらでもいるだろう、お前1人いなくなったところで気にしねえよ」という考えが浮かぶかもしれない。しかしよく考えてほしい。そんな中わざわざ俺とつるみつづけていたのだ。何故だと思う?しかも聞くところによると高校時代のイツメンはほとんど海外に留学していて日本にいるのは俺ともう1人くらいしかおらず、そのもう1人というのも親の介護でそれどころでなく出席できないというのだ。大学の友人は知らんが、とにかくかなり強めにお願いされている。これは祝儀で少しでも回収しないといけないという事情もあるのだろうが、ほんとうに呼べる友人が少ないのではないか?
実際そいつは在学中から数えるともう15年以上本当に良くしてくれている。異常家庭話で盛り上がれる稀有な存在であり、それはもしかすると向こうにとってもそうなのかもしれない。「タッセルとコンブチャ母みたいな感じ」というのはそいつの親にもいえる形容であって、離婚していない分むしろより近いとすらいえる。だから祝福したいという気持ちはある。ここで欠席することで関係を悪化させたくないというのもある。しかし、俺は「普通」をできない。結婚式なんて参加したこともない。いとこの結婚式にも呼ばれなかった。これは呼ばれなくてよかったと思っている。一応母親にも聞いてみたら、母親も結婚式に出席したことがないという。本人もデキ婚で式なんか挙げていない。その結果生まれたのが俺なので迷惑な話である。
それはさておき、YouTubeで結婚式の流れを調べようとすると式を主催する新郎新婦側向けの動画ばかり出てきて招待されるゲスト側の流れが全然分からない。検索するとたいていトップにゼクシィが出てきて「答え」を教えてくれるが、それ以前のもっと根本的なところが分からないのだ。俺が「普通」をやりたくないのは演技に耐えられないからだ。一般論として、繁殖行為はクソ喰らえだと思っているし異性とクネって結婚とか気色悪くて吐き気がする。社会性をエミュレートするにあたって誰かが結婚したり出産したりしたら形式的に祝意を表するというのは分かる。「おめでとう」5文字を唱えて終わりというだけならまだ2,3日寝込む程度で済む。普通の結婚式なんてのはその卑しい社会性とやらを結集させたようなものであり、とても耐えられる気がしないのだ。どうすればいい?ゼクシィにはそこらへんも書いてほしいよな。
https://anond.hatelabo.jp/20130809115823
元のエントリより論点はズレてしまうのだが、東京で働くいち田舎者としてこんな奴・こんな考え方もあるということを書きたい。
高学歴・低学歴で人を分けた場合、私の家族や地元の人は確実に低学歴だ。私も漏れなく、一族で初めて四年制大学に進学した人間である。
だが、地元には、高学歴、低学歴だけでは括れない、東京と地方の二元論だけでは語れない価値があると私は考えている。
以下、東京や田舎という言葉が出てくるが、あくまで私の体験したn=1の東京と田舎の話です。
私の地元は日本海側のど田舎にある。集落は四方が山に囲まれて、交通量が少ないので信号すらなかった。
通っていた小学校は全校生徒が70人弱だった。今は統廃合されて、通っていた小学校はもうこの世界から名前が消えてしまった。
小学校は田舎すぎて少人数クラスになり、先生の指導が行き届いたのか比較的賢い学校だった。
田舎なのにやたら成績のいい子ども達がいると話題になり、関東の大きい大学の教育学の先生が研究しにきたほどだった。
私の小学校は同級生が14人しかいなかったのだが、そのうち3人が旧帝大に進んでいる。(私は国立大に落ちて私立に行きそのメンバーには入れていないのですが…)
定期的に周辺で熊や猪が出て、集団登下校が義務付けられていた地域の学校で、だ。
サピックスも日能研もない地域で遊んで勉強していた子たちが、田舎すぎて逆に賢くなっていた。
先生に気軽に絡めて質問もできるので、みんながゲーム感覚で勉強をしていたのもあったのかもしれない。
私が後に勉強エンジョイ勢になって大学院まで行ったのもこの時期に下地が作られたと思う。
そんな地域もあったということを知ってほしい。
そして、私の地元は田舎なのだが、田舎ゆえに一つでかいカードがある。
親が地域の伝統工芸の職人なのだ。地元ではそこまで珍しくない職業だ。
詳しく書かないが、親が歴史ある工芸の職人をしていたので田舎に住みながらとんでもなくでかい文化に接していた。
職人として知見を広めるために親が美術館や博物館に行くのにもよくついて行っていたし、色んな工芸や美術の知識を親から聞いていたので、よく言う「文化資本」的格差を東京で感じることがそんなにない。
それに、地元では小規模ではあるが車で20分くらいのところに美術館はあったし、車で1時間(田舎では普通の単位)で県庁所在地に行けたので、そこにはもっと大きな美術館がいくつもあり、そちらも大きな文化的拠点になっていた。
家族に話を戻すが、親戚がみな佐官・大工・和菓子・別の伝統工芸など職人のオンパレードだった。
そして兼業農家も多かった。
彼らは職人と言っても、アーティストではなくブルーカラーな人たちだ。
だが、彼らは大学に行っていない・行くという環境にないだけで馬鹿ではない。むしろ賢い。
賢くなければ職人業というビジネスをしっかり営むできない。農業だってそうだ。
なので私は、ブルーカラーに類される職業の人たちを学歴がないからといって話の通じない人たちと断じることができない。
それに、日本の産業を支えているのは彼らのような人たちなので、とても下に見たりとかはできない。もちろん、中には変な人もいるとは思うけど…。
このことを知れていることも、私が田舎(というより社会の下のほうなのかも)で育って良かったという一つのポイントだ。
日々山や川を見ていると、それぞれが気候に合わせて美しく形を変えていくのは、上京するまでの18年間一度も飽きの来ない風景だった。
山にはこんな動物がいて、木の実があって、山菜があって、木があって…という知識も家族に教わった。
山の保ち方、間伐の仕方、川での魚の獲り方も教わった。
地元の自然は人間の歴史と深く関わっていて、そんな中で生まれた民話もたくさんあった。
地元の地域には日本史に出てくるような人や事件が関わっていたこともあり、地域の人に話を聞いたり地域の研究本を読むと、時間の軸を深く辿ることができた。
小学校で勉強エンジョイ勢になっていたので、そういう地域の勉強はとても楽しかった。
私は多分そんな環境があったから文化そのものに興味を持って、大学・大学院でも詳しくはぼかすが文化系の研究をしていた。
ちなみに、私は案の定実家が細いので大学・大学院に行くために数百万の奨学金を借りています。機会格差って最悪だよな!
それでも、自分の熱中できる研究対象を見つけられたのは自分の育った環境があったからだ。
今はエンタメに関わる職に就いているが、それも田舎で美しい風景を見て、楽しく勉強をして、家族から文化を学んだからだと思う。
ただ、そんなにアツい文化があっても私の育った集落は本当に本当に人間が陰湿だった!
そこに関しては、東京のような人が多すぎて他人への関心を薄くせざるをえない地域が本当に楽に感じる。
かつて、私の父が重い病気に臥せった際、集落で噂になると尾鰭がついて嫌なので、絶対に口外しないよう家族で気をつけていたのだが、どこからか父の入院の話が漏れて集落中に広がってしまった。
気を遣うふりをして私たちの家にやってきて、直接父の病状を聞いてくる全然親しくない人までいた。
父親はその後死ぬのだが、その後も父の死についてヒソヒソ言われて、当時11歳の私はこの世界は本当にクソだと思った。
他にも、私が上京・進学・就職したことも色々言われているらしい。他人への興味が本当にすごい。
地元にいた頃は外の世界を知らないので、人間は陰湿ということが脳みその奥まで刻み込まれてしまった気がする。
補足すると、田舎にはもちろんいい人もいる。
だが残念だがらマジョリティは、上記のような噂好きで目立つ人や出来事に積極的に関わって言いふらす人たちだった。
人の陰湿さについては、もちろん東京でも一つの街に定住したらきっとしがらみはあるのだろうけど…
恐らく私の故郷ほど「うちらの家は江戸時代から付き合ってます! うちは昔は地主だったのに小作人の家のあんたはそんな態度でいいのかな?」レベルのしがらみはそんなにないのではないか。
それでも私は地元のことを「資本も娯楽も何もない最悪な場所」とは全く思わない。自分を形成した場所だからだ。
だけど大都市的価値観、東京を絶対とする価値観ではきっと理解されないのだろうなーとなかば諦めている。
なので東京出身の人の前では「羨ましいです〜」と言うのだが、それは半分くらい本当で半分嘘である。
なぜなら田舎の自然と文化と陰湿さの中で自分は育ったので、自分の文化的素養と反骨精神は多分都会では育たなかったと思うからだ。
東京の資本的な豊かさには憧れるものの、そもそも東京や他の大都市で生まれていたとしたら性格は全く違っていたと思うし、今の自分が好きなので、「東京に生まれたかった」とはそこまで思わない…
あと、東京の人は地方が豊かだという言説にすごく敏感な気がする…ので、ポーズでも「私は田舎者なので憧れの東京で来れて嬉しいでやんす」という態度でいたほうが楽だ。
(この前Xでバズっていた「東京の人は車がないのにシャトレーゼなどのチェーン店をどうやってハシゴするのだろう」みたいなポストに、東京の人がやたら攻撃的に言い返していたのがなんか印象に残っている…。
基本的に東京の人は、地方のほうが優れている側面がある可能性もあまり認めない傾向にある気がする)
こんなに言ってしまっているが、前提として私は東京のことが大好きだ。
好きだから働いているし、何より仕事・研究・趣味・生活などあらゆる面で圧倒的に機会が多い。出会う人も多様だ。
だから私は東京にいられて幸せだし、この場所にしがみつくし、しばらく居続けると思う。
ただ、たまに自分が芯から東京出身みたいな言動をとりかけてハッとする瞬間がある。
私のような東京で働く田舎者は東京的世界観に合わせすぎて、自分の故郷を否定するときがあると思う。
東京の感覚が間違っているのではなくて、ただ、自分を形成しているものを拒否してまで東京で生きなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
私は、地元は最悪な面もあるが、全然最高なところもあったと断言できる。
夕方の雄大な雲の流れ、雪の降った朝の空気、眠れない夜に聴く川の流れの音、一生懸命「ホーホケキョ」を練習するうぐいすの声、初夏の稲穂の上を通り抜ける風、祖母からぽつぽつと語られる昔話、父と山で採ったびわの味、職人である家族の美しいてさばき…これは私は自分の故郷で生まれ育ったから得られたものだ。
多分「嫌なことがあったから地元から離れたんです」という人も多いとは思うのだけど…あなたを形成した場所をすべて否定するのは苦しくはないですか。
私は地元の陰湿な人間が大嫌いだったので、そんな人たちや出来事のことは肯定しません。
よくも悪くも自分のことを形成しているのが地元だなと感じます。
私は田舎者であることを自分の中に留めておいて、東京で働く中で多様な視点をもっていたいと思う。
商品を全国で売っている自分の会社では、絶対に必要な視点だから。
仕事以外でも、東京にいる人とのコミュニケーションでこの視点があって良かったなと思うことはままある。東京は多様なバックグラウンドを持つ人の集合体だからね。
だけど、私がこんな文章を書けるのも、東京に出て、高学歴に類される大学に行き、高倍率とされる企業に入って、東京で生きていける程度の余裕があるから、ということもあるかもしれない。
そのグロテスクさについては、また考えなければいけない。
それでも、やっぱり私は田舎者である自分を否定しきれないし、できないと思う。
ここまで読んでくれた方で、地方出身の人がいたら、最初から東京にいるように振る舞い消費する過程で過去の自分や経験は全部上書きしなくてもいいと思います。
あなたを構成したものが地元のどこかにあるなら、それは抱きしめてほしい。
訂正しようかと思ったけど、それ以上に幻滅の方が強かったので、何も言えなかった。旧帝大出てて頭はいいはずなのに、そういう一般教養がないんだよね。
昨日も「クリスマスイーヴ」と呼んでて、正直キモかった。「クリスマスイブ」でいいじゃん。こだわりが強すぎる。そのくせフランフランは読めない。頭でっかちなんだと思う。CHANELのことを「チャネル…?」とも呼んでた。シャネルを知らない彼氏ってどうなの。でもiPhoneのことは「アイフォーン」と呼んでる。変なところでこだわりがあるんだよね…。
一番ひいたのが、サーティワンのことを「バスキン・ロビンス」と呼んでたこと。なんなんそれ。逆に笑ってしまった。もう耐えられない。今年中に別れる予定。
浪人留年休学繰り返して、ようやく28歳で旧帝大理系卒業したピエロが入ったのはSESだった。
「理系なら食いっぱぐれない」ってテンプレを信じたかったんだろうな。臥薪嘗胆の物語で自分を誤魔化してた。
現場出てコード書いて打ち合わせして、なんとなく社会人っぽい顔してた。でもキラキラとかエッジとか起きるわけなく、いつの間にか「これでいいのか?」だけが蓄積。神経衰弱理論がじわじわ発動。
で、29歳でメンタル病んで休職。休んだら戻れると思ってた。戻れなかった。結局そのまま退職。チャージスポット切れまくり。
今は傷病手当金もらいながら生きてる。生きてるって言っても貯金なんて当然できない。月末近づくほど心拍数上がるタイプの生活。「節約してるのに増えない」じゃなくて、「節約しないと減るスピードが怖い」側。ヌクモリンすら残らない。
再就職も一応探した。でも微経験30歳を採ってくれる奇特な会社なんてどこにあんだよ。求人眺めては「実務◯年以上」の条件で手が止まって、タブ閉じる。これを無限ループ。カイカンチュア止まり確定。
今の一番の問題は、これからどうすりゃいいか……じゃなくて、どうしたいのかがわからなくなってる方だ。「こうなりたい」がない。いや、あったはずなのにどっか消えた。意思って体力と一緒に削れていくんだな。魂の格がtの公遺症で染みつきすぎ。
とりあえずブルーベリー本読んでTypeScript勉強してる。ページ進むと一瞬だけ「俺、まだ動けるかも」って錯覚できる。読み終わったらReactでもやろうかな。別に「React好き」とかじゃない。ただ、次のページ用意しておかないと、何もない時間が怖すぎる。セルフ男子校状態。
年収900万でコレジャナイって言えるエリサラ人生もあるらしい。こっちは年収0万でコレジャナイだ。
どっちもコレジャナイなら、いったい“コレ”って何なんだろうな。アマンレジデンス眺める資格すらなく、幻資痛で眺めるだけ。予後暗すぎる。