はてなキーワード: フミオとは
https://anond.hatelabo.jp/20240826173020
これを読んで、昔はてブで良く見かけた人って今何してるのかなぁって気になったので調べる。明日から三連休だし、みんなも協力してね(仕事がある人ごめんなさい)
他に思いつく人います?
実装されたときは10件って少ないなと不満げだったが、思えば結構長い間もったものです。
でもいつまでもベータにしないでもっと増やしてくれてもいいんですよ?
ミュートしたやつ
賢い人は知ってる。これらを絶対見る必要がある3つの理由。誰か教えて。
最初は批判的なコメントを見るために覗いていたけど、延々とバカ向け文章を自主的に見に行ってバカと言ってる人たちを見に行ってる自分もバカだなと思ったので見るのをやめた。啓蒙活動とかを冷笑することにしたってことかな?はてブでは。
・弱者男性
・婚活
・投資
興味ないので……。マンションとか持ち家もそうだけど。アドバイス罪といいますか、ウエメセや意識高い系なコメントがつきやすいのはNGで。次にかかるけど創作話も多いしね。弱者男性で年収うん百万、家族構成は~みたいな雑増田を持ってこないでください。
そういうのはいろいろあるけど弾きやすい特徴的なワードがあるやつが選ばれました。換言すればブクマカが爆釣な疑似餌すぎて虚しい。
興味なしはサウナも多かったけど、なんだか最近は落ち着いたのか見かけなくなった気がする。
ブコメに求めるのは時事の詳細な追加情報とジョークで、ライフスタイルに踏み込むのは見たくないってことかな?
・tinect.jp
・shinshinohara
漫画や小説とは別枠で、作り話って読む気がしない。仮にその題材から語るべきことがあっても。弱者男性増田もかなりこれ枠。作り話を種に喋ってることの価値も自分は下がるのでミュートで。
togetterの嘘松も弾けるなら弾きたいけどタイトルスルーできるしそんなに気にしてない。
創作だとフミコフミオもだけどあるときから互助会壊滅したのか、ライン越え上司ムーブのご指摘で盛り上がるか給食業界話実話ぐらいでしか上がってこなくなった。
山本一郎はギリギリ自分をBETしてると思うし自身の話も多いからポジトークだろうが業界の内輪話も見逃している。
・3大「
殺したかったし殺せたから殺した。これも9割浮上させるブクマカにうんざり案件なんだけど、追記宣伝で自己主張してくるのもキツかった。
これは今までのとはちょっと違って、内容は悪くないけど「おもしろ」カテゴリがデイリーポータルZばっかりになって多様性が死んでるなと感じることが多かったので。
面白い記事は別枠で流れてくるからはてブはミュートでもいいかもなと。
アニメとゲームもジャン+をとにかくブクマする人が多くて辟易してるけどこっちのカテゴリは普段見ないしスルーしてる。
小分けで並べたら9個しかなかったや。やっぱり10件で十分ってことか。
もう何年もタイトルだけ見つけては開くことすらしないから。orangestarでもいい。
はてなの下駄あっても見なくなるぐらい自分がはてなへの帰属意識から解脱してきたのかな。
まとめると恐らく
価値が低い+無言ブコメが多い英語学習やQiitaの考え方記事とかは流しているから、コメント傾向の比重が重いみたい。
他者が自分と同じ考えにならないのに怒るというのはヤバい兆候ですが、好みのタイムラインを作る一環としてこれらぐらいは許して欲しい。
フミコ・フミオみたいな語り口だなぁと思った
取り扱うネタ自体は全く違うんだけど、周りの反応とその変遷が似ているなあと感じさせる。
フミコフミオは半自伝的なブログを独特な書き味でやってたのがウケてたんだけど、これが徐々に飽きられていったんだよね。
飽きられてくると、その芸風がネガティブに評価されるようになっていった。
ファンが多かった時期は、そういう意見もアンチのいちゃもんで済んでいたんだけどね。
現在は芸風を変えて、お仕事系の記事ばかり書くようになったのは賢明だった。
フミコフミオはあんな感じのを今でも書こうと思えば書けるし、そのためのネタも持ってるはずだけど多分もうやらない。
もし、周りの反応が悪くなってるのに芸風そのままだと山本一郎みたいになる。
山本一郎の芸風も十数年前まではウケがよかったんだけどね。
まあ、ジスロマックはもうしばらくは大丈夫だと思うけど、彼の芸風にうんざりしてきている人の意見も徐々に強くなってきてる。
ジスロマックが取り扱うネタって界隈では散々こすられてるサブカルが多くて、それを「読ませる文章」にするのが彼の持ち味。
だからこそ、その文章に読者が慣れてしまうと陳腐化しやすい(持ち味そのものが評価されなくなる)。
メリットがメリットとして機能しなくなると、今までは気にならなかったデメリットが気になってくる。
こういう時に、持ち味に頼っただけの、手癖で書いたような記事とかが出てきたら「いよいよ」って感じ。
ブログでもフミコフミオさんとか勝間和代さんとかやしおさんとか割合クリックしたら最後まで読んでしまいます。
logmiとかQiita掲載内容なんかも結構最後まで読みますね。
アート文化関係はサブカル以外のちゃんとした話がもっと上がってこないかなと思いますがはてブだと無理っぽいですね。
サイエンス関係はあんまり読まないですけど、ナゾロジー頑張ってるな、と思います。
DPZは神職の人とかソムリエの人とかちゃんとした素養のある人のちゃんと取材構成された記事は面白いなと思います。ちょっと最近新味に乏しい感もあります。「ネット芸人」的な立ち位置の人たちはみんなYOUTUBEに行ってしまったのでしょうか。
フミコフミオかとおもった
国税庁の最終面接のことを思い出している。大学四年生の頃だ。今までの面接は、無機質な長机とパイプ椅子でのものだった。だがその時は、四角いどっかりとした檜机と、ふかふかの椅子だった。それでいて圧迫感のある面接であり、最後に「私達と一緒に働けますか?」と言われたのを憶えている。
「はい。私でよければ宜しくお願いします」といったことを告げると、その場で最終合格が遠回しな言い方で告げられた。内定通知は賃貸アパートに届いた。
こんなところに書くほどだから予想はつくだろうが、結構前に官僚を辞めている。仕事は大変キツかった(きっつー、というやつ)が、やりがいはあった。いつかは挑戦してみたい仕事もあった。
思えば、大学3年生の春からコツコツコツコツと勉強を重ねて、やっと第一志望のひとつだった官庁に合格できて、「やったー!」と無邪気に思っていた。案外こんなものだ。
国家公務員(課税部門)としての経験は20数年しかないが、せっかくのシルバーウィークだ。ちょっと語ってみたい。今は税務コンサルタントとして働いているが、夏前に大きな仕事が片付いた。今は仕事を少なくしてもらっている。
仕事のことを、はてな匿名ダイアリーに書いてる人を稀に見る。今回、私もやってみようと思った次第だ。企業との課税交渉の協議録とか、個人・法人の税額とかを載せない限りは大丈夫だろう。何かあったら責任は取るつもりだ。
高橋洋一や山口真由が自著で話している内容に比べれば、当日記はベジタブルのようなものだ。あの内容を出版して捕まらないなら、ここで書く内容など余裕でセーフだ。
なお、私ははてなユーザーの中では年寄り(フミコフミオさんと同い年)である。古い表現があってもお許し願いたい。
先に言っておくが、「霞が関に来なければ体験できなかったことは人生の財産」とか、「国のために働いている自負があった」とか、「苦しかったけどいい仕事ができて国民のためになった~」といったことはあまり書かない。
そんなに夢や理想のある官僚じゃなかった。僅かばかりはあったが。むしろ組織に負のイメージがあって、若い頃に限った語彙だと「こいつらクソ野郎だな」という感情を抱いていた。それで、40代になって数年後に転職した。再就職規制に引っかかる危険はあったが、グレーな方法で突破した。
当日記は、数パートに分かれている。できるだけ簡潔にまとめたい。以下、思い出を何点か挙げて回想する。
中学生の頃から、「税ってそもそも何ぞや?」という疑問があった。大学に入ってからは、税理士の資格を取るために勉強していたが、どれだけ勉強しても税への理解はイマイチだったし、全科目に合格した後も結局わからなかった。
※東大とか一橋大とか慶應とか早稲田とか、そういういい大学を出てるわけじゃない。偏差値50ちょっとの大学だ。たまたま会計学の講義を取ってみたら面白く、勉強にハマった。
税とは、一般的な説明だと、国や地方自治体が国家の維持や発展をめざして、民間では供給されにくい公共的なサービスを提供するにあたっての資金として「税金」を徴収している――ということになっている。
だが、おかしいと思っていた。だって、国はお金を自由に発行できる。地方自治体が言うのならわかる。あと、大昔だったら年貢を物納で納めてもらわないと国が維持できなかったはずだ。
だが、現代社会の国家がそんなことを言っても説得力はイマイチだ。税金をとらなくても、別にお金を刷ったらそれでいい。金本位制の時代を通り抜けて、今では発行された紙幣そのものに信用がある時代なのだ。お金というのは、それがお金であるがゆえにお金だ、というトートロジーである。
増田民の人も、わかってる人はわかってるだろう。税とは何かが。ここで答えは書かない。気になる人は、Yahoo!知恵袋とか、Quoraで求めれば賢い人が教えてくれる。
私が納得いかなかったのは、一応は国家公務員一種試験(昔だったら上級甲種試験)を通ってきたはずの人達が、入庁一年目だった私の質問に答えられなかったことだ。「そんな当たり前のことを聞くな」という人もいたし、「ここではちょっと…」と口を濁す人もいたし、「知らん。自分で調べろ」という人もいた。
税を納めるのは当たり前のこと、ただ、その原理と言うか……そう、原理が大事だろう。何も考えずに常識を信じていいのは中級者までだ。上をめざすのであれば、身も蓋もない本質を疑う必要がある。
こういうことを私が言っても説得力がないので、ちょっと引用させていただく。
それぞれの原理を、その自然本性のかぎりで探求しようとしなければならないし、きちんと定義されるよう腐心しなければならない。というのも、原理はそのあとに続く事柄にとって、大きな影響をもっているからである。実際、原理は全体の半分以上であり、探求されているものの多くは、原理を経由することで明確になると思われるのである。 ニコマコス倫理学(上) P.62
なぜ国民から税金を取るのか、という新人職員の問いに答えられる職員は10人に1人ほどしかいなかった。思えば、この時から私はいつかここをやめようと思っていたのかもしれない。
実際、徴税は国民みんなから集めたお金を公共サービスに充てるため、というのはお題目だ。わかりやすく国民を納得させるための。本来の目的はほかにある。それに比べると、上の『お題目』はビックリマンチョコのおまけに近い。ウエハースだ。
トラブルになりかけた事例になる。詳細は端折って書く。専門用語は補足するか、日常的な言葉に言い換えている。
キャリア官僚は現場を体験しないイメージがあるかもしれないが、別にそんなことはない。入庁二年目からは普通に現場だったし、30才を過ぎて地方支局で働いてる人もいる。
当時は、北海道某所にある国税局に勤務していた。一応は税理士に必要な科目は残りふたつというところまで取っていたが、それでも実務は難しかった。勉強しないといけないことは山ほどあるし、一年目は税務の学校で学ばせてもらったが、実務に必要な知識の何割も身に付いていない。税務の世界は広いのだ。
最初の頃はひたすら、簡単な事務とか雑用とか、先輩が受けた税務相談の回答案作りとか、上位機関からの調査ものとか、庶務全般(文書収受~会議日程調整~飲み会手配まで含む)に、兎に角いろいろやった。
すべて勉強になるとは思ったが、正直これは臨時職員がやった方がいいのでは……と感じるものもあった。まあ、とにかく新人らしく何でもやった。
赴任して半年だった。とある先輩を経由して、それなりの事業規模の法人の税務申告を最初から最後までやらせてもらえることになった。同じ年代の職員(※省庁キャリア)の中では遅い方だった。資本金が結構ある機械メーカーだったかな。これまで当業務では、先輩方を手伝う立場として動いていたから、割とすんなりいくように思えた。
申告内容は当然精査するのだが、日本の課税制度は一応性善説でいっている。国民(法人含む)が嘘をついたりごまかしたりしない、ということを前提にしている。その企業も、過去に税務に関して更正処分(支払う税額が誤っていると判断した場合に○円払いなさい、という措置)関係のトラブルを起こしたことはない。
一応は提出書類を三周ほどしたところ、申告書類も、帳簿も、領収書や請求書や契約書(請書)も、通帳関係も問題なし……それで、さあ決裁だといった具合に伺いをスタートした。
先輩方の場合は、スルッと起案が通るようだったが、自分の場合はそうはいかなかった。新人に厳重なチェックが入るのは当然だった。
「不動産の項目がおかしい。取得した不動産価格が常軌を逸して安い。税をごまかそうとしているのでは?」
という、先輩及び直属の上司からのツッコミがあった。上司を納得させないと、次に進むことができない。思えば、あの先輩は、このことがわかっていて私に振ったのかもしれない。
当時の私の実力を超えた課題だった。頭を抱えたのを憶えている。あの時の思考過程を追っていこう。
かくして・・・
探求の旅は はじまった
まず何をすればいいかというと、不動産価格がしっかりしたものかを調べればいい。正当な根拠のある価格であればいいし、不適当な価格であれば……面倒なことになる。
不動産売買にかかる課税額は、比較的シンプルだ。普通の法人税と同じで基本は定率である(税額表を見ればいい)。ちょっと賢い中学生でも実務ができるだろう。
印紙税も、登録免許税も、不動産取得税(県税)も、固定資産税(市税)もそんな具合だ。不動産本体の価格については難しい計算が必要だが、焦る必要はない。市区町村にある固定資産税台帳には、固定資産税評価額が載っている。それを見れば、登録免許税の目安となる不動産価格がわかる。※固定資産税の納付書にも書いてある。
それを根拠に……と思ったが、そんなに単純な話ではない。ならば先輩も上司もツッコミを入れたりしない。イレギュラーなケースなのだ。
その物件は、なんと固定資産税台帳に載っていなかった。そういう土地だった。登記簿を見たところ、字名がとんでもないことになっていた。奥地にあって、大昔は栄えていたのかもしれないが、今では地域まるごと誰も手入れをしていない。そんな土地だった。しかし、幅4.0m以上の道路は通っている。江戸時代の人が整備したと思われる。
国税庁においても、外部公表している不動産価格の調べ方みたいなものはある(いわゆる路線価だが、当然奥地には路線価がない)。国でも地方自治体でも、不動産価格を求めるための要綱要領は具えているが、今回は通用しないのではないか。そういう案件だった。
若かりし日の私は思案しつつ、先輩にも相談して上司に2つの案を出したはずだ。懐かしい。
1. 比準価格(みなし計算のようなもの)を使って不動産価格を弾くと、今の数倍以上の価格になる
2. 今回は大した金額ではないため、相手方の税額を受け入れる
メリット…百万にも満たない税額差であり、費用対効果を考えるべき
結局、2.の案が採用された。それで、起案はあっさり通った。協議や相談をしたのは直属の上司までであり、決裁の責任者には上司が一声かけたくらいだ。それで新人職員の一件目である課税処分は通ってしまった。
思えば、先輩や上司からすれば、最初から2.一択だったのだ。今の私の判断もそうだ。課税額の差として百万円にも満たない金額のために、そこまでの手間はかけられない。もっとほかに、日本の税務行政のためにやらないといけないことが山ほどある。
一応弁護しておくと、現場で働く公務員には、「法適用の裁量」と「エネルギー振り分けの裁量」がある。現場的な要素が強い職種だと、上司の指揮監督を受けるのが望ましくない場合がある。極端な例だが、警察官が凶悪犯をパトカーで追っている最中に、スピード違反や信号無視をしている者を放っておくのはやむを得ない、といった観点だ。
余談になるが、国税局職員が県税や市税の脱税を見つけた場合も、人や状況によって対応が変わる。情報提供する場合もあれば、見なかったことにする場合もある。
それこそ昔の話だが、飲み会でとある話を聞いた。ある個人納税者から地方税務署に相談があったという。要約すると「1年前に出した赤字決算の申告書だが、実は黒字で、税金を納めないといけないことがわかった。どうすればいいか」ということだった。追加で納付すべき税額は、約30円のようだ。このままでは脱税者になってしまうと焦っていたらしい。
その相談を受けた税務署員はこう答えたという。「実は、ボールペンとか消しゴムとか、事務用品を買っていたのを申告書に書いてないんじゃないですか? だったら、納付すべき税額はやはり赤字では? 問題ないですよ」と。※以後の話は不明
課税処分はもちろん、どのような行政処分であっても費用対効果という観点が重視される。税収1万円増のために2~3万円をかけるのは議論の余地があるにしても、20~30万円をかけるのは明らかに不合理だろう。
テレビやネットメディアやはてなブログでは、公務員は何も考えずに税金を支出しているイメージがあるかもしれないが、ちゃんと考えている人が多数派である。そこは信じてほしい。
数年後、私は北海道から霞が関に戻ることになった。それから退職するまで、ずっと法人課税部門にいた。
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