レイシズムの基となるのは「感覚」であり、それは「理屈」からくるものではないという”不合理”が人間の性(さが)として元々存在するのにも関わらず、その存在を無視して、理性に基づく合理性を追求していくと、その”不合理”が美名をまとって噴出するのだ、という山本七平の指摘は鋭いものがありますね。
日本人とアメリカ人―日本はなぜ、敗れつづけるのか (ノンセレクト)
(2005/04)
山本 七平
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◆欲求不満が噴出した”魔女狩り”
何しろFDAはチクロ(wiki参照)禁止の際に見られたように、日本の厚生省にとっては”権威”らしいからである。
「冗談じゃない、鯨肉もチクロ並みか、こりゃもう、食物禁忌に基づく人種的偏見以外の何ものでもない。アメリカ政府が偏見のお手伝いか、よろしい、FDAヘ行こう」と決心したが、同行のNさんから、「まず実態を調べた方が……」と注意され、そこで日本食品会社に車を走らせた。
「あ、それはこのことでしょう」、支配人の杉原さん(一世)は、いとも簡単に私の前に一つの缶詰めを置いた。
「鯨の大和煮」大丸製、最小型の缶詰めである。
「いや、禁止というわけではないんですが……。一市民から通報があったという連絡がFDAから来ただけで。鯨は危ないと思ってましたから、鯨製品の輸入は四年前から一切やめていたんです。ところがたまたまスーパーにこれが一缶残ってましてネ。一缶なら別にどうってことないですから、引きあげたわけですよ」
「フーム、だが大きなスーパーの中から、この一缶を見つけ出してわざわざ通報するとは、全く異常ですな」
「え、アメリカは年中そういう正気の沙汰ではないことが起こる国ですわ。”食”には理屈はありませんからな。ここヘー番はっきり出てくるんです。もっとも常に日系が対象というわけじゃありませんが……」
理解しにくいアメリカの一面、レイシズムという形で湧き起こってくる奇妙なデーモンの動きを鋭く見抜き、この面の情報を的確に把握しているのはおそらく杉原さんのような人であろう。
そうでなければ、四年前に鯨製品の輸入をストップし、損害を一缶に抑えるなどという芸当はできない。
だがこの「来るナ!」といった感触をどうやってつかむかは、「経験ですな」という以外に、説明はなかった。
おそらく、われわれが持ち得ない一種の「感覚」であろう。
そして、レイシズムの基は何々のだと徹底的にきいて行くと、堀内さんの答えも宇野さんの答えも、「視覚・臭覚・味覚」等を総合した感覚に触発される、ある方向への社会的な欲求不満が噴出した”魔女狩り”現象だと言うことになる。
結局、感覚への対処は感覚でしかできない、杉原さんの答えもそれを裏書きしていた。
◆理屈でない「××くさい」への嫌悪
「バタくさい、ニンニクくさい、タクワンくさい」にはじまる臭覚、さらに視覚、味覚、聴覚は、理屈ではない。
従って「感覚が触発する魔女狩り」は、同一民族・同一人種・同一言語・同一感覚のわれわれには理解しにくいが、これを理解する鍵となる現象が、日本にも、ないわけではない。
『週刊朝日』一九七六年九月五日号で高峰秀子さんが記す「田中絹代(註)糾弾キャンペーン」などは、まさに「感覚に触発された理由不明の糾弾」であり、彼女がどんな「大それたこと」をしたのだという高峰さんの言葉にはだれも答え得ない、弁解の余地なき”魔女狩り”である。
(註)…wiki参照。以下、wikiより抜粋。
終戦後も、溝口監督の『女優須磨子の恋』や小津安二郎監督の『風の中の牝鶏』などに出演し、高い評価を得、1947年、1948年と連続して毎日映画コンクール女優演技賞を連続受賞する。
順調に見えた女優生活だったが、1950年、日米親善使節として滞在していたアメリカから帰国した際、サングラスに派手な服装で投げキッスをしたり「ハロー」と言ったことで、アメリカで小便をしてきただけのアメリカかぶれだと「アメション女優」と激しい世論の反発を受けてしまう。それ以降、スランプに陥り、松竹も退社する。この時期に出演した『婚約指環』では「老醜」とまで酷評されて打撃を受けている。
だがこの理由不明の攻撃、そしてその熾烈さと執拗さとは、田中絹代氏に自殺の決意までさせるほどひどい。
なぜこういうことが起こったのか?
レイシズム同様、不明な点が多いが、当時の日本では対米批判は実質的に不可能であり、敗戦や戦犯問題さらに食糧援助等への自虐的劣等感の鬱積は、直接アメリカに放散されないままに、社会に鬱積していた。
そこへ「象徴的伝統的日本女性」田中絹代氏が、アメリカ人同様の姿に変身してアメリカから帰国し、アメリカ人のような仕種で出迎えの人びとに応対した。
そのことへの「感覚的な反発」に触発されて、社会のあらゆる鬱積が彼女に向けて集中的に放出され、彼女が”身代わり羊”の形で矢面に立たされた、と考える以外にない――とすれば、卑劣とも卑怯とも言いようのない事件だが、これが「正義の標語」「錦の御旗」を掲げて行われた場合、さらにさらに、始末の悪いことになる。
「動物愛護」「資源保護」の錦の御旗にはだれも反対できない。
それならなぜ、討論を約束しておきながら逃げるという、甚だ公正でない態度をとるのか?
これはアメリカ人として、異常な行為ではないのか。
この質問に対する多くの人の答えをまとめれば、次のようになるであろう。
アメリカの建国を彼らは「最初の革命」という。
人類最初の革命の意味だそうで、ここで人類ははじめて、伝統や因襲や社会悪を内包した「石器時代以来の不合理な社会」を捨てて、合理的組織としての人工的政府をつくった、と彼らは言う。
だがこの考え方の背後にあるものは、十八世紀的”理性信仰”であり、理性という合理性を、伝統や因襲が阻んでいるから人間は苦しむ。
人間は環境の動物、従って人間が悪ければそれは「社会が悪い」のであり、その「悪い社会・環境」を捨て、それから解放されて、理性に基づく合理的科学的社会組織をつくれば、人間は幸福になる――これが独立宣言以来二百年の、彼らの国是である。
従って彼らは、不合理な面があれば常にこれを合理的にし、合理的組織という網の目で全米をおおって行った。
◆合理的組織からわく”非合理の雲”
いわば合理的組織的ルール絶対の世界をつくりあげた。
その組織の合理性は、完全に末端にまで及び、その便利さ、快適さ、的確さ等々に接すると、だれでも一種の拝米家になりうる。
そしてこのタテマエから言えば、レイシズムは存在し得ない。
従ってレイシストはアメリカの国是に反する人間ということになるから、この言葉は政敵へのレッテルにも禁句にもなりうる。
だが人間は、十八世紀の理性信仰通りの産物ではない。
ある面を合理化すれば、別の面に非合理性が出る。
その非合理性を合理化すれば、それがまた別の面に非合理性として現れる。
そのため、社会が合理的組織の網の目でおおわれて行けば行くほど、そこから遊離した非合理性が、まるで雲のように浮きあがって社会へただよい、何かのきっかけで、いわば「感覚的触発」でその方向へ集中的に吹き出していく。
アメリカの歴史とは一面この噴出の歴史で、それがKKK団、アイルランド人排斥、ユダヤ人排斥、排日法、赤狩り、鯨デモに現れ、被害者は必ずしもアジア系や黒人だけではない――「それは少しも珍しい現象ではありません、INNAという言葉があります。これは『人を求む、ただしアイルランド人は除く』という文章の各単語の頭文字を集めた言葉で、一時代前のボストンで、普通に通用していた一単語です」とビル・細川氏は言った。
(次回へ続く)
【引用元:日本人とアメリカ人/第七章 捕鯨禁止運動の背後にある人種主義に気づかぬ日本人/P160~】
これも、いわばタテマエとホンネの一種なのでしょうが、タテマエが強調されすぎて、ホンネがますます抑圧されているのが、アメリカのみならず、今現在の世界の潮流なのではないでしょうか。
昔は、人種差別という”ホンネ”が大っぴらにまかり通っていて、ある意味、ヒドイ時代だったのかも知れませんが、アッケラカンとしてそれほど陰湿さというものは無かったように思います。
それに比べ、今の人種差別は、ある種のタテマエ(錦の御旗・スローガン)の影に隠れて、それを主張する本人ですら人種差別という自らの深層意識に気づかないほど、見定めることが難しくなっていることは否めません。
その点、反捕鯨活動は、日本人が標的にされている分、我々が気づきやすい具体例だといえるでしょう。
これからは、タテマエに惑わされず、そのホンネを見抜く能力がますます必要とされるのではないでしょうか。
次回は、それに気づかないとどのような事になってしまうのかについて、山本七平の記述を紹介していきたいと思います。
【関連記事】
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