世界の中で、自らの置かれた立場をはっきりと把握しないまま、欧米の理不尽な要求に対する不平不満を溜めていくことが、どのような結果をもたらしたか。
山本七平が、戦前から太平洋戦争へと至る日本の対応を例に解説した記述の部分を以下紹介して行きます。
危機の日本人 (角川oneテーマ21)
(2006/04)
山本 七平
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(前回からの続き)
◆不要なものになった日本海軍
以上に述べた、日本人が陥りやすい危険な状態がよく現われているのが、ワシントン軍縮会議とロンドン軍縮会議における日本人の反応の仕方である。
大体、八八艦隊などというものを造ったら日本は経済的に破綻してしまう。
さらに英米がそれに対抗し、日本がさらに対抗するという形になって、一大建艦競争が開始されれば、最初にお手上げになるのは日本である。
確かに日本人は一方では大国とは全く勝手なものだとは思っている。
帝政ロシアが旅順に極東艦隊を保持している限り、また帝政ドイツが青島に基地をもち、南洋諸島からラバウルまでを植民地兼基地として太平洋艦隊を保持している限り、日本海軍は育成すべき対象であり、事実、あらゆる援助と便宜が供与されてきた。
だがロシアとドイツの両艦隊が消えた後は、日本の海軍は彼らにとって不要なもの、否、危険なものにすらなった。
では日本はどうすべきなのか。
彼らを打破し、英米にかわって世界の「御威光国」になるのか。
それとも、彼らが形成して来た国際環境の中で成長して来たという事実を踏まえて、自らの発展を阻害しないように、その国際環境保持のために、自らの勢力を削減すべきなのか、という明確な決断が必要なはずである。
だがこの決断は、はじめから結論が出ている。
軍事力だけで御威光国にはなれない。
それは経済力だけでも不可能なように、不可能である。
このことは現在のソビエトにも現われている(註)。
確かに軍事力に於ては米ソは均等であろうが、衛星国をも含めたソビエト圈と、アメリカを中心とする自由主義圏の総合的国力を比較すれば、両者の優劣は論ずるまでもあるまい。
(註)…この本の初版は1986年だったので、当時はまだソビエトであった。
この総合的国力の格差は当時の日本も知っており、格差が明らかな以上、選択はあくまでも後者である。
とすれば、日本がまず軍縮を提案してよいはずである。
もっとも英米に対抗しその勢力を打破しようとするなら別だが、これは不可能である。
一九二二年(大正十一年)のワシントン会議の時点では、以上のことは日本政府の首脳も民間の有識者も一般人も大体に於て理解していたと言ってよい。
慢性的不況がつづき、国民一般も軍事費の重圧を感じていたからむしろ軍縮歓迎であった。
この空気が徐々に変わってワシントン体制の打破となり、それがロンドン軍縮で爆発する。
この間に、明治以来、日本を守って今日あらしめたのは海軍ではないかといった声が出てくる。
一方陸軍は、明治末の二個師団増設拒否に対する上原陸相の単独辞職につづき、山梨軍縮、宇垣軍縮とつづき、これもまた同じような声が出て来て、このような壮態がつづいたらわが国の国防はどうなるかと危機感を煽る。
すると国民全体も、外圧によって軍備を減らされて行くと、しまいにはどうなるか不安を持つようになってくる。
◆「昭和の大失策」の遠因
だがこの場合、対米七割にしろ六割にしろ、冷静に考えてみれば余り意味のある違いではない。
というのはもし英米が同盟すれば、七割を保持し得たにしろ二〇対七で三分の一である。
当時は海軍国といえば英米日しかないわけであり、英米が対立して戦争状態になり、日本がキャスチングボートを握るという機会が来ない限り、日本海軍には出番がない。
だが、そういった状態の現出はまず考えられない。
とすれば日本は英米的秩序の中でそれを維持する役割を最低の負担で演じつつ国力を伸長させていくという方策しかなく、これが日本にとって最も有利な政策のはずである。
そしてもしそれをせずに、海軍力の英米との対等を欲するなら、破産を覚悟で海軍力を三倍にする以外にない。
だが破産をすれば、逆に、国際的影響力を失ってしまうからこれも意味はない。
結論ははじめから明らかである。
それなのに日本は明確な決断も総合的プランもなく、英米体制を打破して「東西新秩序」なるものをつくるという方向に突っ走る、というより自らを追い込んで壊滅する。
その発端をロンドン軍縮会議の時点で見れば、「このように英米に抑え込まれれば、結局は、わが国の国防は不可能になってしまう」という主張である。
だが冷静に考えれば英米に抑え込まれなくとも、これに対抗する軍事力を創設し維持しようとすれば日本は破産してしまうだけだから、意味のない行為である。
もちろん英米の要求がすべて正しいとは決していえず、現在のアメリカ同様に理不尽な面があったことは否定できないが、要は、現在の環境を保持しつつその中で発展を策するか否かに、基本があるはずである。
だが、当時を振り返ってみると、このことを明確に国民に説明し、はっきりと国民の決断を求めた政治家がいなかったことに気づく。
これが、歴史的な「昭和の大失策」の遠因だが、同じような現象は現在でもある。
◆「補助金漬け」は麻薬以上の害
たとえば問題になる農産物の輸入問題だが、これに対する反論は常に「食糧の自給率がこれ以下に下がったら、イザという時、日本はどうなるか」なのである。
これは昔の軍人の錦の御旗と同じような論法だが、その主張は、かつての軍人の主張が意味を持たなかったように、意味を持っていない。
英米的秩序を崩壊さすなら、対米六割だろうが七割だろうが海軍の存在自体が意味を持たないように、自由主義圈の維持という、日本存立の前提を無視するなら、食糧の自給率が三〇パーセントであれ、五〇パーセントであれ意味を持たない。
そして海軍と同様、三〇パーセントはゼロに等しい。
意味は持たなくとも「外圧」「外圧」という心理的圧迫は、現実的には意味なきことでも心理的な不満を充足するという点で意味を持たしてしまう。
だがそれによって国民は何らかの利益を受けているのか。
何もない。
世界に類例がない高価な食料品を提供され、それを負担しているだけである。
では、自らが発展しうる自らの国際的環境を保護するために理不尽なアメリカの要求をすべて聞きましょう、と言ったらどうなるか。
別にどうにもならない。
英米の三割にすぎない海軍を保持して国民全部が負担にあえぐ苦しみがなくなるだけだ、というに等しい結果が生ずるだけである。
軍人の失業は別の問題として処理すればよいように、農民の問題は別の問題として処理すればよい。
いずれにせよ、今まで記して来たような理由で要求を受け入れざるを得ないなら、外圧の前に自ら実施してしまった方がよい。
これは、今にして振り返れば、過去の軍縮の時にも言えたことである。
では、それを実施したら、日本はどうなるか、大変な苦難に頭をかかえねばならないか。
変な言い方だが、そうなってくれれば、逆に、問題はないかも知れない。
国鉄が終われば、日本は否応なく農業の再編成という課題に取り組むことになるであろうが、自由化は逆にそれを刺戟しかつ促進する最もよい手段となるであろう。
それによって日本経済の最大の問題点が逆に解消してしまう。
もっとも個々の人間の運命はまた別だが、その補償は、現在の日本では不可能なわけではないし、現在のさまざまな直接間接の補助金の支出よりも、はるかにすっきりした状態になる。
細かな計算は除くが、すでにさまざまな試算表がある。
「補助金漬け」という「漬け物」は、麻薬以上の害となっているからである。
◆的中した韓国人の予言
そこまでは計算できる。
だがそれによってさらに合理性に富む状態になった日本の経済は、さらに強いものになる。
では、アメリカのすべての要求を受け入れることによって、さらに強くなったときにどうすべきなのか。
前に韓国人を交えたある会議で、韓国の実業家が次のようにいった。
「今に、円は一ドルー五〇円ぐらいになるであろう」。
当時はまだ二〇〇円ぐらいであった。
「しかし日本は、一五〇円になれば一五〇円になったで、これに適応して相変らず対米黒字を増やしていくであろう。私は、過去の経験から、日本人はそれができると思っている。ではそのとき、日本は一体どうするつもりなのか」と。
これに対して、だれも的確な返答はしなかった。
簡単にいえば、そういう時にどうすべきかという思想を、残念ながら日本人はもっていない。
いま日本人が考えるべき問題で、まだ答えが出ていないのがこの問題である。
【引用元:危機の日本人/P229~】
確かに考えてみれば、食料自給率が40%だろうと50%だろうと、自由貿易体制が崩壊してしまえば、日本は飢えざるを得ないわけで、優先順位から言ったら、絶対的に①自由貿易体制の維持→②食糧自給率の向上という順番になるはずですよね。
しかし、ほとんどの日本人が食糧自給率を向上するべきという、いわば一種の”強迫観念”を抱いていて、それが逆に、問題解決の足枷となっている。
日本が一番自由貿易体制の恩恵を享受しているのにも関わらず、外圧で農業問題で開放を迫られていることによって、もっぱら”被害者”意識を抱いているのが現状でしょう。
思うのですが、食糧安保という問題は、発想を根本的に変えなければ本当の解決につながらないのではないでしょうか。
例えば、韓国が海外(マダカスカル)に農場を確保しようとして非難される記事↓が過去にニュースになりましたが、そこまで露骨なやり方でなくとも、そうした手段をメインにしていくとか考える時期に来ているのではないでしょうか。
参照記事:【社説】韓国が新植民主義の宗主国だと?(中央日報)
何もかも江戸時代のように自給自足で生活できる環境に無いということをまず自覚する必要があるように思います。
確かに田んぼの維持には、単に自給率の維持だけでなく、保水能力維持という国土保全の観点からも必要なのかも知れません。
しかしながら、今後、農業人口も減っていかざるを得ない状況ですから、企業の参入を認めて競争力を高めつつ、零細農家の離農を無理やり維持するような政策は控えるべきだと思う次第です。
(そういう意味では、民主党の農業政策である戸別所得補填制度には賛成できません。)
何だか、農業自由化問題の話に逸れてしまいましたが、要するに、日本の取るべき政策のプライオリティは、とにもかくにも「自由貿易体制の維持」のはずであり、それに逆行する政策を採るべきではないということです。
そうした判断を妨げるのは、山本七平が指摘するように、不当に圧力を加えられたと感じる「心理的圧迫」であるわけですが、欧米の要求だけを見れば確かに「理不尽」なのですから、日本人がそう受け取めるのはやむを得ないかもしれません。
しかしながら、日本の方針を決めるに当たっては、当たり前のことですが、「自由貿易体制の維持」を念頭において大局的に判断すべきであることは言うまでもありません。
結局のところ、如何に「日本の立場を冷静に把握できるか否か」が問われるのでしょう。
それが出来なければ、再び戦前の轍を踏むことになりかねないのですが…。
気安く反米を唱えたり、親米派をアメリカのポチ呼ばわりしてはばからない人々に、そうした認識があるかと言えば、「無い」と判断せざるを得ません。
これこそ、「反省という言葉はあっても反省力なきこと」ではないでしょうか。
話は変わりますが、『「補助金漬け」という「漬け物」は、麻薬以上の害』という山本七平の指摘は、まさにそのとおりで、一度始まったら、仮に政権交代したとしても、余程のことが無い限りやめる事は至難の技でしょう。
そういう点からも、民主党が推進しようとしている「子ども手当て」について、私は絶対反対です。
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テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済