はてなキーワード: いじめられる側とは
いじめを受けてそれがトラウマで人間不信になって、今もずっと続いている
人が信じられない。誰一人として
いじめをしてきた連中はもちろん、周囲の人間も親身になるふりをして実際には関わりたくないのを態度で示してきた
私を心配してくれる人はいままでの人生でずっと誰もいなかった。家族でさえ味方ではない
いじめを受けていたトラウマが今の歳になってもずっとずっと尾を引いているのだ
よく「いじめられる側にも原因があるからいじめられるのだ」とか言われているけどあれは嘘だ
いじめられてトラウマを抱えた人間が真っ当に生活できることはない
だから「いじめられていた過去があるから原因とおぼしきものが生まれる」のだ
「いじめられる側に責任がない」ってのは、理論的には原因と結果、つまり因果関係について話している。
因果関係について話しているのであって、どっちが悪いか、つまり、責任の所在については話してない。
そこを混同されがち。
つまりだな、例えば「ブスだから虐められました」が因果の原因にあるならば、
いじめられる側がブスであることは、「いじめの原因」ではない。いじめられる側が悪くて起きているのではないというわけだ。
そう考えていくと、いじめられる側の持つ共通の「原因」は存在しない。
いじめる側には共通の原因がある。「やるやつがアホで倫理観が未熟」がそれだ。ここまで明確な事実。
お前がやりたいことをちゃんと言いたいなら、あいつは確かにいじめにあったが、それとは関係なくムカつく奴だ、とか。別軸の話をせよ。
いじめに対しての私怨が強すぎて、メタ認知能力が欠如している感情的な奴が多すぎる。まるでヒステリックを起こしている女と同じだ。
「私たちは法治国家であるから法の場で決着すべき」と主張すると、矢継ぎ早に「でも法機能してないじゃん」「学校が隠蔽するから悪い」「被害者だけ損だ」「加害者に制裁が加えられない」という返しを受ける。
いじめ問題は我が国にとどまらず、諸外国を含めた重要なテーマだ。SNSが発達する前にも、数え切れないほどの児童が被害者になっている。それが今、SNSで明るみに出ているにすぎない。
我が国では、体育の授業を含むスポーツができ、ある程度容姿端麗でいることがカーストの頂点に立つ条件になりやすい。つまり、加害者側に立つ場合が多い。
中国では家柄や学業ができる人間がカーストの頂点に立ち、韓国では財閥に近く、かつ容姿端麗であることがカーストの頂点に立ちやすい。
つまり、いじめというのは学校という集団の中で閉鎖的に行われているように見えるが、実際は私たち大人が作り出している環境が問題の根本なのである。
「いじめはよくない」と言っている私たち大人が、「いじめ」という環境そのものを作り、子供たちはただその傀儡として、ほかの児童をいじめているに過ぎない。
親が子供に異常なほど圧力をかける行為の多くは、「良い大学への入学」「良い会社への就職」に集約される。つまり、これらの過程には異常なまでの勉学の強要がある。
子供によって勉学のペースが違うのは当たり前だが、同調圧力によって、ほとんどの子供は同じように圧力をかければ勉学ができるようになると誤認されている。
この同調圧力の被害者もまた親であり、彼ら彼女らも一族という柵にとらわれているのか、あるいはタワマン周辺の競争相手に対してカーストの頂点に立ちたい、もしくは牽制したいのかはわからない。
特に、底辺から成り上がった、あるいはそこまで叡智を持ち合わせていない母親などは、感情的になりやすく、かつ勉強の仕方を知らないため、非効率に子供へ圧力をかける害悪になりがちだ。
容姿端麗でうまく生きてきたが学がないまま、スクールカーストのノリで周囲と比較するような人間が、玉の輿と結婚した末路である。
子供は被害者であるが、圧力鍋と同じで、加えられた圧力は逃がさなければ爆発する。例えば、高学歴家庭の子による親の殺人は、数え切れないほどあるだろう。
その矛先が、自分より不出来に見える人間へ向かうのである。しかし親としては、最終的に良い大学や就職ができれば、赤の他人の子など究極どうでもいいわけだ。むしろ、タワマンカーストや一族内での立ち位置をどうやり過ごすかに全集中してしまい、子の感情など二の次になる。
さて、本例はあくまで学歴が高いコミュニティでの話だが、偏差値が低い学校ではどうだろうか。ヤンキー同士の結婚や、DV男との結婚などが該当する。とても残念だが、トンビからタカが生まれる可能性は非常に低い。
IQやEQが低い家庭では、残念ながらIQやEQの低い子供が生まれやすい。どういうことか。小学校や中学校の延長線上で、彼ら彼女らは生き続ける。スクールカーストで物事をジャッジする。
つまり、「いじめ」を「いじめ」と認識できない子が生まれるということだ。いわゆるグレーゾーンにあたる。彼ら彼女らは、将来的な渇望よりも「今を楽しく生きる」ことに重きを置く。
いじめを行ったことに対するブレーキとなる脳機能が、十分に発達していない。
では、学校はなぜ止めないのか。学校教員の多くも、スクールカーストの中で生きてきた人間だ。民間から教員になるケースもあるが、数多くの教員はアカデミックの世界だけで生きてきている。
だから、社会一般で見られる「いじめ」という行為を、「いじめ」と認識できない教員も少なくない。もしくは、過去の自分の体験を重ね、「これくらい児童間ではあって当然だ」と考えている可能性もある。
本来交わることのなかった学歴によるいじめコミュニティと、言葉を選ばずに言えばグレーゾーンにいる子達のコミュニティ。その混合体がインターネットだ。
いじめ問題が勃発したとき、これらの背景が加味されないまま、「いじめ」だの「暴行」といった言葉だけが一人歩きする。背景を理解せずに、私刑を加える輩が大半だ。
例えば「いじめはいじめられる奴にも問題・責任がある」という主張だ。多くの人は「そんなわけない」と主張するが、それは短絡的である。いじめっ子である彼ら彼女らが、そう思考する環境要因があることを鑑みれば、その発想自体は理解可能だ。
同調が求められるコミュニティで、同調的でない人間がいれば、「あいつが悪い」になる。そういう世界線で生きてきた人間からすれば、「いじめられる側にも責任がある」と考えるのは自然だ。
しかし一般的なIQやEQにいる人間であれば、一歩踏みとどまれる。「でも暴力で同調を求めるのは違う」と。
グレーゾーンに近い人間ほど、時間割引が強く働き、こうした行為にブレーキをかける前頭葉が十分に機能していない可能性が高い。これは「ケーキの切れない非行少年たち」にも類似例が記載されている。
また学のあるコミュニティでは、親が当然のように学のない人間を貶すため、子供たちもそれを模倣する。「学がないやつが悪い」と。
これらは「大人達が子供達をつるし上げ、いじめ動画を拡散している行為」と酷似していないだろうか。
正義感に駆られているのかもしれないが、拡散されている子供達も、端から見れば大人達の被害者である。それにもかかわらず、「いじめる奴が悪い」という主張のもと、動画を拡散し続ける。
自分たちが、いじめている子供達と同じことをしていると気づかない。そのメタ認知能力の欠如ぶりは、見事と言うほかない。
いじめをなくすのは、いじめている本人達を動画で拡散し、つるし上げることではない。そんなの魔女裁判と何も変わらない。今すぐ、拡散という行為は慎むべきだ。
法が機能していないと感じるなら、自分たちが政治家になればいい。いじめのない世界を作ろうと、実際に行動している人間もいる。
そうした努力を無碍にする動画拡散行為は、見ていて非常に腹立たしい。
そして、ただ単に加害者を排除すればいいわけではない。それは独裁国家と何も変わらない。私たちは法治国家であり、そのことに誇りを持つべきだ。
加害者が生きづらいと感じる社会になれば、治安は確実に悪化する。闇バイトや反社会的勢力に流れる人間が増えるだろう。
税金で加害者を更生させることに抵抗がある気持ちも理解できる。しかし皮肉にも、それによって私たち自身が生きやすくなることもまた事実だ。
こういうと大多数の人はアレルギー反応を示して「 いじめられる側に理由なんかねぇよハゲ!」みたいな感じになる。
まず、いじめられる側に理由があったとしてもいじめてよいことにはならないし、いじめが正当化さらることも無いと考えていることは申し上げておきたい。
ほとんどの人はイジメはいついかなる理由があっても許すことのできない悪行だと考えているだろう。だから、アレルギー反応をしめすことも理解できる。
だが、イジメは悪という認識であるが故に自分の行いはイジメでは無いと正当化する認知のバグが発生してるとも感じる。
つまり、イジメなのに「俺の行いはイジメでは無い!正義である!」と言うロジックになってしまう。
最近話題のデスドルノート。イジメを晒すことによりいじめっ子を制裁するというもののようにみえる。
イジメってどういう定義なのかという話をすっ飛ばすので様々な反論があるだろうが、私はイジメだと断定する。
先に述べた通りイジメる側の気持ちも分からないでもないというのはここに通じてくる。
私はデスドルノートの行為が正義なのか悪なのか断ずる指標は持ち得ないので善悪は言わないが、イジメだとは断定する。
もしあなたがデスドルノートを正義だと判定したい場合、"イジメでは無い"とするか"イジメだが正義"とするかのどちらかになる。
もしイジメは絶対悪なのでイジメでは無いと反論する場合、ぜひともイジメの定義と共にその判定ロジックを持って反論いただきたい。99.9%はイジメの定義か判定ロジックに不備があるだろう。
一方で、イジメだが正義とする場合もかなり筋としては難しい。よいイジメと悪いイジメを明確に分けないといけないからだ。これはイジメを絶対悪とするよりもさらにロジックは複雑になるだろうし、現実的ではないと思う。
私はこのように考えているので、イジメは絶対悪!イジメられてる側には理由なんかない!と言ってる人がデスドルノートを肯定して、いじめっ子を叩きまくってイジメているのを見ると、そりゃイジメはなくなることはないだろなぁ。やっぱりいじめられる側にも理由があるんじゃないか。と思ってニッコリしてしまうのである。
ただ、デスドルノートを肯定することもできる。私が肯定できると思う理由は、いじめっ子に「ナイフを振り回す」以外の反撃方法ができたこと。これはデカいと思う。ナイフを振り回すと自分もしょっぴかれるが、デスドルノートに公開されても今のところは刑事訴訟のリスクは低そうな感じがする。少なくとも、ナイフを振り回すよりは罪は軽そうだ。
これはイジメられてる側には一筋の光となると思う。
一方で、いじめっ子がイジメられている子にわざと殴らせる動画を撮影するリスクも出来たという事にもる。デスドルノートの精査力に期待したいが、警察より捜査能力が高いとはさすがに思わないのでリスクとしては認識すべきだと思う。いじめっ子の新たな武器にならないことを祈るばかりである。
可能性は低いと思うけど、もしこのテキストがバズれば私もコメント欄を用いてイジメられるかもしれないのでこのくらいで終わろうと思う。
改めて結論としては、私はいじめられる側にも理由があると思う。バズった場合はコメント欄を持って証明することに変えたい。
「いじめられる側にも理由がある」という事のメリットは、いじめられる側でいじめられないように対策可能という事ろう。
イジメられてる子って、なんとなくイジメられてそうな見た目だよな。イジメられる過程でそうなっていったというのもあるだろうけど。イケイケの子がイジメられていたらそれはデスドルノートのように晒されたりそう言った自己責任的な過去があるだろうと思う。
とにかく、いじめっ子をなくすことはできないと私は考えている。デスドルノートもどうやら撲滅は難しいと考えているようなのでその点は同じだ。
イジメは確率で発生する。しかし、イジメられない事はある程度できる。後は誰が貧乏くじを引くかだけの話である。
https://anond.hatelabo.jp/20251104081424
これ良く発生するけど、どうして「自分は社会が敵だとは思わない」って反論しちゃうんだろう。
「社会は敵」系の主観って、非モテの男性もよく言うじゃないですか。
そして「自分はなめられてないし、気持ち悪がられてないし、排除されてないです。別に社会ってそんなに人につらく当たらないです」っていう反論も出てくる。
なんで反論せずにいられないんだろう?
いじめられる側が悪いわけじゃないけど、どこに行っても集中的にいじめられたり排除されたりするしやすい要因を持つ人がいるし、
外見やスペックによって、あとは所属コミュニティの民度・豊かさによって「社会」からのあたりの強さの実感って違うものじゃん。
ヨッピーが長身でガタイが良くて声が大きいからどこに行ってもナメられにくいということに既に言及している人もいるけどさ。
めっちゃくちゃ嫌がらせされていると主張するママがいたら、「自分はそうじゃなくてよかった~」でなんで済ませられないんだろう?
キモがられて性犯罪者予備軍扱いされていると主張している非モテがいたら、「自分はそうじゃなくてよかった~」でなんで済ませられないんだろう?
なんで説教したくなっちゃうんだろう?被害者アピールなんか放置すりゃいいのに。心底そう思う。
被害感を訴える人を見かけたら「自分にとっての社会はそうじゃない」とリプライや引用で言い返したくなる気持ちに向き合ってみてはいかがですか?
被害感を訴える人を叱っても何も変わんねーんだから意味ないよ。善のつもりでやっているとしたら意味ないことを自覚するべきだし、説教したくてしていることを自覚するべき。
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男子校はいじめが少ないという明確な科学的根拠(エビデンス)はありません。むしろ、男子校は共学に比べていじめが多いという研究結果や報告が複数存在します。
多くの研究が、男子校におけるいじめの発生率が高い可能性を示唆しています。主な要因として、以下のような点が挙げられます。
力によるヒエラルキーの形成: 男子生徒だけの環境では、身体的な力や権力、序列を重視する傾向が強まることがあり、これがスクールカーストやいじめの原因となることがあります。
同調圧力とタフさの強調: 男子校では、「男らしさ」や「タフさ」を求める同調圧力が働きやすく、感情を表現しにくい雰囲気や、弱さを見せることが許されない環境がいじめを助長する可能性があります。
教師の目の届きにくさ: 共学に比べて女子生徒の視線がないため、教師の目が届きにくい場所(トイレ、部室など)でいじめが発生しやすいという指摘もあります。
いじめの発生には、学校の形態(男子校か共学か)だけでなく、以下のような様々な要因が複雑に絡み合っています。
学校の文化と校風: 生徒指導の方針、教員の意識、生徒間のコミュニケーションの取り方などが大きく影響します。
地域や家庭環境: 生徒の背景となる社会や家庭の状況もいじめの発生に影響を与えることがあります。
個人の性格や特性: いじめる側、いじめられる側の個々の特性も重要な要因です。
結論として、「男子校はいじめが少ない」という認識は、しばしば根拠のない俗説であり、現実とは異なることが多いです。いじめをなくすためには、学校の形態に関わらず、生徒や教員、保護者が一丸となって、いじめを許さない文化を築くことが不可欠です。
今回騒ぎになっている広陵の件でも「復讐は何も産まない」的な文脈を否定して復讐を賛美する人間が観測できた
なんなら加害者の個人名を晒しておもちゃにするいつもの流れですが
この復讐行為が好きな人たちって「いじめられる側にも問題がある」論者だと思う
なにか問題を起こした人を見つけたらそれを理由に叩くし、攻撃して物事をキャンセルさせる文化になっている
根底にいじめ容認思想がないとこの流れにならないと思うんだよね
そのうえで、皆復讐好きの方はあまり隠さないけど「いじめられる側に問題があったらいじめても良い」は全力で否定するじゃん
でもSNS見てると全くそういう空気じゃなくない?何か落ち度あったらすぐいじめてるじゃないすか
同じ人間が発言しているわけじゃないことを考慮しても腑に落ちない空気感なんだよな
自分は何もされてないんだから復讐ですらなく、他人を痛い目にあわせて喜んでるだけじゃないのか
それっていじめを楽しんでるのと何が違うんだろう
開き直って復讐も好きだし、逆に自分からいじめるのも好きって正直に言えないのかな
本当はいじめが好きな自分の内心を隠して、いじめの話をする時だけ綺麗事を言って気持ちよくなるのがカスだなって思ってる
これだけ復讐、私刑が大好きな世の中が「いじめだけはゆるさない!理由なんか関係ない!」って何嘘を言ってるんだよ
「理由なくいじめをするのは許されないが、悪だと見なしたらいじめてもよい」
それなら筋が通ってると思うよ
普段から約束なんかは当たり前に守らなかったけど、まだ小学生だしそんなものかと思っていたし、普段の言動からしてどちらかと言えばいじめられる側だと思っていた。
ただ加害者側の傾向がなかったわけではない。
自分が嫌いだと認識したらその人に対しての態度はすごく悪くなる(常に喧嘩を売っている感じ)
もちろん目につくたびに何がダメなのかをちゃんと説明した上で怒ったりはしていたが、まさかそこまでとは思っていなかった…
先生から連絡が来た日は当たり前のように大激怒、自分のしたことは一生消えない、罪の重さをちゃんと理解して反省しながら生きろと言った。
その日は何時間もわんわん泣き、いつもより反省してるように見えた。
結局翌日からは反省してるような態度もなく、いつも通りの約束も守らない子供に戻ってしまった。
少しも変わる気が見られなかったので、私はせめて見た目だけでもまず反省しろと言う意味で坊主にしろと言った。
頭の形が悪いから可哀想、坊主にしたらいじめられるとパートナーに止められた。
なぜ罪の重さを自覚する前に可哀想の一言で守られなきゃいけないんだ?
私はしばらくの間自分の犯した罪と毎日向き合えるような環境にしないといけないと思っているけど、その考えが過剰だったり間違ってたりするのか?
罰を与えること自体が間違いなのか?
どうしたら子供が自分を見つめ直してくれるのか、どうしたら私たちの言葉が届くのか、どうしたらこの先の人生を変えてあげられるのか、もう何もわからないよ
「いじめに関する相談」「児童間のトラブル」の、現場での実態はこんなことばかりです
↓
いじめられていたと親は言っているが、
1.子供はそう思っていないし、実際そうでもない(すでに児童間では解決しているのに親が大騒ぎしている)
2.その子にもまた直接的な原因があり(いじめられる側にも原因があるとかという話ではなく)、どっちもどっちでしかない
3.むしろ、その子のほうが悪質なことをしている、または、その親が責めている児童は何も悪くない(と、相手方の保護者も主張。また、実際その通りであったりする)→ 保護者間の長期にわたるバトルが発生する
4.当初は些細な話でしかなかったが、保護者側の要求が事象に対してひたすらに過剰で(相手方の保護者および児童からの謝罪、賠償、クラス替え、引越し、教育委員会によるいじめ認定、...etc) 、要求を受け入れられなかった保護者が引っ込みがつかなくなりエスカレート
5.暇とストレス等を持て余した保護者が、ただ学校を吐け口にしたいだけで行動しているケース
もちろん、これが全てとは言わないが、かなりの部分がコレです。で、先日の事件のようなケースは、まあコレだろうなとは予測します。
ちなみに、保護者間のバトルは学校も巻き込まれる(保護者がどちらも学校に押しかけてくる)ので、勝手にやってくれている分には、ということにはなりません。